特別レポート


食品のトレーサビリティに関する手引きについて

ブリュッセル駐在員事務所 関 将弘、山崎良人

1 はじめに

 EUは2002年1月28日、食品に関連する人間の健康と消費者の権利を高い水準で保護するために、「食品法の一般原則と欧州食品安全機関の設立および食品安全に係る手続きに関する欧州議会および理事会規則(EC)No 178/2002」(以下「食品法規則」という。) を制定した。

 この食品法規則においては、欧州食品安全機関(EFSA)の設立、早期警戒システム(RASFF:EUの各加盟国が、食品の安全を確保するための措置を実施するため、効果的な情報交換が行えるようにすることを目的とした、各加盟国、欧州委員会、EFSAの情報ネットワーク)の創設とともに、食品一般、とりわけ食品の安全に関する法令など(食品法)の一般的な原則や、食品法の一般的な要件を規定している。この食品法の一般的な要件の中で、食品事業者の責務、トレーサビリティ、事故などが起きた際の食品の回収などを規定している。この食品法規則のほとんどの条項はすでに2002年から適用されているが、トレーサビリティに関するものなどいくつかの条項は、2005年1月1日からの適用となっている。

 このレポートでは、先頃公表された「一般食品法に関する規則(EC)No 178/2002の第11条、第12条、第16条、第17条、第18条、第19条および第20条の実施に関する手引き」(以下「手引き」という。)の概要をEUの食品全般を対象とするトレーサビリティを中心に紹介する。

2 「手引き」について

 欧州委員会が2005年1月中旬に公表したこの手引きは、食品法規則の実行や解釈に関する各加盟国、各事業者間におけるコンセンサスを得るために、欧州委員会の保健・消費者保護総局が立ち上げた各加盟国の専門家によるワーキング・グループにおいて検討を重ねたものを取りまとめたものであり、2004年12月20日に開催されたEUのフードチェーン・家畜衛生常設委員会で承認されたものである。

 さらに、フードチェーンにかかわるすべての関係者が、食品法規則をより良く理解し、統一の方法で正確に適用することの手助けとなることを目指しているものである。

 この手引きは、食品法規則において適用開始時期が2005年1月1日からとなっている条項のうち、(1)EU域内に輸入された食品および飼料(第11条)、(2)EU域外に輸出された食品および飼料(第12条)、(3)表示方法(第16条)、(4)責務(第17条)、(5)トレーサビリティ(第18条)、(6)食品に関する責務:食品事業者(第19条)、(7)飼料に関する責務:飼料事業者(第20条)の各条項について解説したものである。とくに、トレーサビリティ(第18条)と食品に関する責務;食品事業者(第19条)が中心となっている。

 以下、手引きに基づいて、EUにおける食品のトレーサビリティなどについて見ることにする。

3 責務

(1)規定が意味するもの

 第17条第1項では、食品事業者に、食品または飼料の事業活動に関係する食品法の要件を満たす義務およびそれらの要件が満たされていることを確認する義務を課している。

 このような義務が第17条第1項に明記され、EUの法定要件となっていることから、加盟国が、このような義務から食品事業者を免除する加盟国独自の法令規程を維持または採択することは禁止されている。

 このような義務は2005年1月1日から適用されているが、食品事業者の責務違反などに関する訴訟手続きは、第17条に基づいて行われるのではなく、各加盟国の法定命令および侵害された特定の食品法の法定根拠に基づいて行われることになる。

 一方、第17条第2項において、加盟国の所管官庁には、食品法の要件がフードチェーンのすべての段階において包括的、効果的に守られることを監視および管理する一般的な義務を課している。

(2)規定の寄与、影響

(1) 一般的な順守および確認要件

 2005年1月1日から、このルールはすべての加盟国におけるすべての食品法の分野に適用される一般的な要件として、EU全体に適用されており、このルールが貿易の障害および食品事業者間の競争のわい曲につながる加盟国間の食品法の要件の相違を除去すると見込まれている。

(2) 責務の割り当て

 第17条のねらいは以下のとおり。

ア 食品事業者の責務の定義づけと、食品事業者の責務と加盟国の責務の区分

イ 食品法の順守、とりわけ食品の安全確保のための第一の責任は食品事業者にあるという原則を食品法の全分野に拡大すること

   一方、この規定には,フードチェーンの異なる分野間の責務を割り当てることを規定するEUの制度を導入する効果はない。

 加盟国の法律に関するシステム構造が非常に異なることから、事業者に刑事上の罰則または民事上の責務を課す可能性のある事実および状況を正確に測定することは、複雑な事柄である。

 責務に関連する議論を行う際は、生産者、製造業者および流通業者間の相互の影響がますます複雑になってきているという事実を考慮に入れることが必要である。たとえば多くの場合、一次生産者が、契約上、製造業者または流通業者に対して、品質または安全性に関する事項を含む要件を満たす義務を持っている。また、流通業者は、彼ら独自のブランド名の製品をますます多く持つようになり、製品の基本理念や設計において重要な役割を演じるようになっている。

 このような新しい状況においては、個々の事業者というよりは、フードチェーン全体が責務を果たす必要がある。一方、フードチェーンのそれぞれの部門は、おのおのの特定の活動に関係する食品法の要件に従うことを確保するために、HACCP原則およびその他の手段を適用することなど、必要な措置を講ずるべきである。

 なお、ある製品が、食品法の要件を満たしていないということがわかったときは、フードチェーンの各部門の責務は、各部門が自らの特定の責任を適切に果たしているかどうかに従って見直されることとなる。

4 トレーサビリティ

(1)規定が意味するもの

 食品法規則においては、トレーサビリティを、「生産、加工および流通のすべての段階を通じて、食品、飼料、食品生産用動物、または食品や飼料に組み込まれることが意図されるか、または予期される物質を追跡し、さかのぼることができる能力」と定義する(第3条第15項)とともに、食品事業者に対し、次の二つの事項を求めている。

(1) 製品を誰から誰に供給したかを確認できるようにすること

(2) 所管官庁からの求めに応じて、所管官庁が上記の情報を利用可能となるシステムと手続きを持つこと

  この要件は「一歩手前と一歩先方法("one step back "−"one step forward" approach)」と呼ばれる方法によって対応することができるものであり、食品事業者に次の三つのことを行うことを求めている。

・製品の直接の供給元と供給先を、当該事業者が確認することができる適切なシステムを持つこと

・供給された製品の関連を確立すること(つまり、どの製品がどの供給元から供給されたかを確認すること)

・供給した製品の関連を確立すること(つまり、どの製品をどの供給先に供給したかを確認すること。ただし、食品事業者は、製品の直接の供給先が最終消費者である場合は、その供給先を確認する必要はない)

(2)規定の寄与、影響

 牛肉についてすでに導入されていることからわかるように、フードチェーンの分野において、「トレーサビリティ」は新しい概念ではない。しかしながら、食品または飼料の直接の供給元と供給先を確認する義務を「すべての食品事業者」に課すことを、すべての加盟国に等しく適用するEUの規則の中に明確に規定したのは、食品法規則が最初である。このことによって、食品事業者に対する新たな一般的な義務が創設された。

 第18条においては、その目標と意図する成果に関しては規定されているが、どのようにしてその成果を得るかについては規定されていない。このことは、トレーサビリティのシステムとしてどのようなものを実施するかについては、各加盟国の食品事業者それぞれの判断に委ねていることを意味するものである。

 このように、詳細を規定するような方法ではなく、総括的な内容のみを示す方法は、求められていることを実施する上で、より大きな柔軟性を食品事業者に与えるものであり、食品事業者は、もっとも少ないコストでもっとも大きな効果があがる適切なシステムを実施することが可能となり、このため、食品事業者にかかる規則を順守するためのコストの削減にもつながる。

(1) トレーサビリティに関する要件の対象となる範囲

ア 対象となる製品について

 第18条の「食品または飼料に組み入れられることが意図されるか、または予期されるすべての物質」という部分には、動物用医薬品、植物用薬品、肥料は含まれない。(なお、これら動物用医薬品などの製品の中には、トレーサビリティについて、より厳格な要件を課しているEUの特定の規則(Regulations)または指令(Directives)の対象となっているものがある。)

 第18条の対象となる物質とは、その製造、調合、処理の間に、食品または飼料の一部として「組み入れられること」が意図されるか、または予期されるものである。つまり、食品および飼料の原料のすべてが対象となるということであり、飼料や食品に組み入れられる場合は、穀物も対象となる。しかしながら、栽培のための種子として用いられた穀物は含まない。

 なお、

・食品の包装資材は、その成分が食品の中に移行する可能性があるが、第2条で定義されている「食品」には含まれておらず、第18条の対象にも含まれない。(このような食品の包装資材のトレーサビリティは、他の特定の規則(食品の包装資材に関する規則(EC)No 1935/2004)によって規定されている。)

・2006年1月1日以降は、新たな食品衛生規則((EC)No852/2004)などに基づいて、農家は、動物用医薬品や植物用薬品に関する記録を保管しなければならなくなり、このことによって、食品または飼料と動物用医薬品や植物用薬品の関連が確実なものとなる。

イ 対象となる事業者について

 この規定は、一次生産物(食品生産用動物、収穫物)から、食品または飼料の加工、流通までの、フードチェーンのすべての段階の食品事業者に適用される。(慈善活動も含まれるが、各加盟国はこの規定の執行などにおいて、慈善活動や寄付活動の特別な状況を考慮に入れるべきであるとしている。)

 第3条(その他の定義)の第2項および同第5項において、「食品事業」および「飼料事業」を「食品または飼料の生産、加工および流通のいずれかの段階に関係するいずれかの活動を行う事業」と定義している。輸送業者、倉庫業者は、食品または飼料の流通に関係する事業であり、「食品事業」および「飼料事業」の定義に含まれるものであり、これらの事業者も、トレーサビリティに関する要件を順守することが求められている。

 食品事業者が輸送事業をその事業活動の中の一部として行っている場合、その事業者は事業全体として第18条の規定を順守しなければならない。このような場合、製品の供給を受けた部門がこの受け取った製品の記録を保管しておけば、輸送部門が配達した製品の記録を保管しなくても済む場合があると考えられる。

 なお、動物用医薬品や種子のような農業生産資材がトレーサビリティの対象となっていないことから、これらの農業生産資材の製造業者は、対象となる事業者ではない。

ウ 第三国の輸出業者への適用について(第11条(EU域内に輸入された食品および飼料)との関連)

 食品法規則のトレーサビリティに関する規定は、EU域外の製品、事業者には適用されない(「治外法権」効果はない)。つまり、この規定は、EU域内における生産、加工および流通のすべての段階、すなわち輸入業者から小売り業者を対象とするものである。

 第11条によって、トレーサビリティに関する規定が、第三国の食品事業者に拡大して適用されると解釈することは間違いである。同条は、EUに「輸入された」食品または飼料がEUの食品法の関連する要件を順守することを求めているものである。

 センシティブな特定の部門のための特別の二国間合意がある場合や例えば獣医部門などのEUの特別の法定要件がある場合を除き、貿易相手国の輸出業者は、EU域内で課せられているトレーサビリティに関する要件を満たすことを法律上は求められていない。

 一方、EUの輸入業者は、その製品が第三国の誰から輸出されたかを証明できるようにしておかなければならない。このようにトレーサビリティに関する要件が輸入業者に及ぶことによって、この規定の目的は十分に果たされると考えられている。

 なお、貿易相手にEUのトレーサビリティに関する要件を満たすことや「一歩手前と一歩先方法」の原則を越える内容のものを求めることが、EUの食品事業者の中では一般的な行為である場合がある。しかしながら、このようなEUの食品事業者からの要求は、事業に関する契約上の取り決めの一部であり、食品法規則によって求められている要件ではない。

(1) トレーサビリティに関する要件の実施

ア 食品事業者による供給元および供給先の確認について

  食品事業者は、次の事項を確認できなければならない。

・供給元:当該事業者に食品または原材料を供給したあらゆる人

 この「人」とは、たとえば、ハンターやきのこの採集者などの個人でも、または法人でもあり得る。食品法規則前文の29においても、食品事業者は、少なくとも食品または飼料もしくは動物、もしくは食品または飼料に組み入れられるかもしれない物質を供給した事業者を確実に確認できるようにする必要があると明記している。

 ただし、「供給」という言葉を、食品または飼料もしくは食品生産用動物を、単に「物理的に配達すること」と解釈してはならない。物理的に配達を行った人の名前を確認することが、この規定において求めている目的ではなく、また、そのことはフードチェーンのトレーサビリティを保証するためには十分ではない。

・供給先:当該事業者が製品を供給した事業者(法人)

 ただし、最終消費者を除く。

 流通業者とレストランのような食品事業者間の取引の場合も、トレーサビリティに関する要件は適用される。

イ 内部のトレーサビリティ

 当該事業者に入ってくる製品と出て行く製品の間の関連(内部のトレーサビリティ)を事業者が確立することを、食品法規則は求めていない。また、同様に個々の製品や新たなバッチ(製品の一群)を作るために、どのようにバッチを分割し、結合したかを証明する記録の保管についても求めていない。

 一方、内部のトレーサビリティのシステムは、目標とするもののより正確な撤去に貢献することによって、製品の撤去に要する時間の削減と、不必要な混乱の拡大を回避することができるようになることから、コストの節約が可能となり、事業者に恩恵をもたらすと考えられている。また、このことは、EUという単一市場の機能維持にも貢献する。

 このようなことから、食品事業者が、食品の加工、保管、流通などそれぞれの事業活動の性質に関連して設計された内部のトレーサビリティのシステムを発展させることは、奨励されるべきものである。その際、当該食品事業の性質と規模に釣り合うように、内部のトレーサビリティの詳細に関する水準の判断は当該事業者に委ねられるべきである。

ウ 保管すべき情報の種類

 第18条においては、食品事業者および飼料事業者に、どのような情報を保管すべきかについては明記されていない。しかしながら、トレーサビリティを目的とする関連するすべての情報は、それぞれのトレーサビリティのシステムの特徴に応じて保管されるべきである。

 一方、第18条の目的を達成するためには、次に示す情報の保管は必要であると考えられ、優先度合いに応じて、以下の二つの種類に分類することができる。

 

保管されるべき情報は、当該食品事業者の活動(事業の特徴と規模)およびトレーサビリティのシステムの特色を考慮して選択されるべきである。

 過去に発生した食品危機が、A社がB社に提供したというような一つの会社のレベルでの送り状を用いた製品の商業上の流れをさかのぼることだけでは、どの場所からどの場所へ移動したかといった製品の物理的な流れを追跡するためには十分ではないということを示している。このようなことから、食品事業者または飼料事業者は、それぞれのトレーサビリティのシステムを、製品の物理的な流れを追跡できるように設計することが必須であり、配達記録(または生産施設の所在地の登録)の利用は、より効率的なトレーサビリティの確保に役立つと考えられる。

エ トレーサビリティに関する情報が利用可能となるための時間

 第18条は、食品事業者および飼料事業者に、当該事業者の製品のトレーサビリティを確保するようなシステムと手続きを持つことを求めているものの、それらシステムについて詳しくは述べていない。

 食品法規則前文の28に記述されているような追求すべき目的を満足させる良いトレーサビリティのシステムを持つことの最も重要な点は、素早く正確に情報を提供することができるようになることである。関連する情報の提供が遅れるということは、危機が生じた際の迅速な対応を害することになる。

 保管されるべき情報の種類のうち、第1の分類に属する情報は、所管官庁が即座に利用可能となるようにしておくべきものであり、第2の分類に属する情報は、状況に応じた適切な期限内に、合理的に実行可能な限り早期に、利用可能となるようにしておくべきものである。

オ 情報の保管期間

 第18条は、情報の保管期間については記述していない。

 一方、一般的に商業上の書類は課税管理のために通常5年間保管されていると考えられる。この5年間という期間は、製造または配達の日からトレーサビリティに関する情報の保管期間として適用される場合、第18条の目的をほぼ満たすと考えられる。

 ただし、この一般的なルールはいくつかの場合において、変更が必要である。

○ワインのように特定の品質保持期間がない製品にあっては、5年間という一般的なルールが適用される。

○品質保持期間が5年間を超える製品にあっては、記録は、当該品質保持期間に6カ月間を加えた期間、保管されるべきである。

○果実や野菜、プレパックされていない製品のような賞味期限が3カ月間より短いか、または特定の賞味期限がなく、直接最終消費者へ仕向けられる非常に腐敗しやすい製品にあっては、記録は製造または配達の日から6カ月間、保管されなければならない。

5 食品に関する責務:食品事業者(食品事業者による撤去、回収および通知)

(1)規定が意味するもの

 第19条は、2005年1月1日以降、食品事業者に対し、食品安全の要件を満たしていない食品を市場から撤去し、このことを所管官庁に通知する特定の義務を課している。製品が消費者に届いている可能性がある場合は、当該事業者は、消費者に対し通知し、必要ならば、既に消費者に供給された製品を回収しなければならない。

 また、市場から安全ではない食品を確実に撤去するよう、フードチェーンそれぞれの事業者間の必要な協力を規定している。

 加えて、食品事業者が、市場に出荷した食品が健康を害する可能性があるとみなすか、またはそのことを信じる理由があるときには、当該食品事業者に対し所管官庁に通知する特定の義務を課している。

 さらに、供給するか、または供給した食品から生じるリスクを回避または削減するために実施される行動について、食品事業者が所管官庁に協力する一般的な義務を明示している。

(2)規定の寄与、影響

(第19条第1項)

(1) 撤去する義務

 第19条第1項は、食品事業者に対し、食品安全の要件を満たしていない食品を市場から撤去し、このことを所管官庁に通知する特定の義務を課している。

 撤去(withdrawal)の定義については、ここでは、「撤去」とは、消費者に対する危険性のある製品の流通、展示または提供を防止することを目的とするすべての措置であると定義している一般生産物の安全性に関する指令(2001/95/EC)を参考にしている。

 第19条については、次のように理解するものとする。

ア 市場からの撤去とは、最終消費者に渡るときだけではなく、フードチェーンのすべての段階においても実施されるものである。

イ 所管官庁への撤去についての通知の義務は、撤去する義務の結果である。

ウ 市場からの撤去の義務は、次の二つの基準に達したときに適用される。

(ア)撤去のきっかけとなる第一の基準

 問題の食品が、事業者から食品安全の要件に従っていないとみなされること

(イ)撤去のきっかけとなる第二の基準

 食品が市場に出荷されており、発端となる食品事業者の直接の管理から離れている。

 第二の基準は、第19条第1項で用いられている「市場からの撤去」に由来するものであり、食品が市場に出荷されていることを意味するものである。また、同項は、撤去は問題となっている食品が発端となる食品事業者の直接の管理から離れている場合のみ実施されるものとすると規定している。

 このことは、同項の枠組みで予見している撤去の範囲は、製品が市場に出される前に実施される撤去の行為を考慮していない。また、食品事業者の直接の管理から離れていない食品の撤去は、同項に規定する撤去には含まれないことを意味する。

 「発端となる食品事業者の直接の管理から離れている」という表現は、食品事業者が他の事業者の協力を必要とせずに、自らの手段によって、状況を改善する可能性がある場合は、第19条第1項の義務は課せられないことを意味している。つまりこの表現は、たとえば加工施設を離れ、他の事業者の下にあること(つまり、フードチェーンの過程における段階の変更)を対象としていることを意味している。

 第19条第1項において定義されている撤去は、所管官庁によって決定される可能性のある撤去の範囲を制限するものではない。実施される対策が正当であるとされるときはいつでも、所管官庁から指示されたように、食品事業者は、直接の管理下にある食品を撤去することも求められる可能性がある。

 第19条第1項に規定する撤去は、食品事業者の法的な義務を侵害することなく、当該事業者の管理下にある事業の範囲において、食品が食品法の要件を満たすことを確保するためのものである。

(2) 実践方法

 実際に撤去を行うかどうかについては、第14条に設けられた枠組みにおいて、次の2種類の事項について検討する必要がある。

(3) 所管官庁への撤去に関する通知

 食品事業者が、第19条第1項に従って食品を撤去したときは、当該事業者はその施設を監督する所管官庁に、撤去を通知するものとする。もし関連がある場合は、RASFFを起動させるために加盟国の中央官庁まで報告されることとなる。

 食品事業者が、当該事業者の「直接の管理下」にある、食品の安全に関する要件を満たしていない食品をフードチェーンから撤去するときは、同項の規定による所管官庁への通知義務はない。

(4) 回収と消費者への情報

 撤去を実施する場合と同様のものに加えて、製品が消費者に届いているかもしれないときは、第19条第1項は食品事業者に次のことを求めている。

ア 消費者に撤去の理由を知らせること

イ 必要であれば、既に消費者に供給された製品を消費者から回収すること、すなわち、消費者に既に供給されたか、または消費者が利用できるようになっている安全ではない製品の回収を目的とする、食品事業者によるいかなる措置もすべて採ること。回収は、他の措置では高水準の健康保護を成し遂げることが十分ではないときに必要である。

(5) 第19条第1項の適用に対する責務

 すべての食品事業者(食品の輸入、加工、製造または流通を行った人)は、第19条第1項の規定(撤去または回収および通知)の対象となるとともに、それらの規定を当該事業者の管理下にある活動範囲内で、責務に比例して適用するものとする。

 流通業者は、食品を最終消費者に流通させることから第19条第1項の適用を受けるものとする。なお、たとえばパン製造業のように生産または加工の活動を一つの店舗で行っている食品事業者がいることに留意が必要である。

 第17条に関して説明したように、食品法規則は、事業者の責務(民事上、刑事上の責務)を規定した法的な国レベルのシステムの範囲を示していない。

 事業者が、食品の安全に関する要件に従っていない直接の管理下にある原料または材料を撤去したときは、要件に従っていないことを正しくその供給元に伝えることが重要である。

 そのように知らされた供給元は、当該事業者の直接の管理下にない食品が食品の安全に関する要件に従っていないとみなされるか、または信じる理由を与える情報を持つこととなる。この供給元には、このようにして撤去および所管官庁への撤去の通知の義務が発生することとなる。

 もし、当該事業者が入手した情報が、食品が健康に有害かもしれないといったものであると当該事業者がみなしたときは、第19条第3項に規定されている義務が適用される。このことは、流通業者が内部管理を行った結果、不適合が見つかり、生産者または加工業者から供給された食品の撤去が必要となるというようなケースにも適用される。

 フードチェーンにおけるそれぞれの段階間の協力が、第19条第1項の目的を成し遂げるためには必要である。

(第19条第2項)

 第19条第2項は、小売または流通の活動を行う食品事業者に関する要件を規定しており、食品の包装、表示、安全性または完全性に影響は与えるものではない。この規定の目的は、食品の安全に関する要件に従っていない食品の撤去および関連する情報を伝えることによって、このような食品事業者が役目を果たすことを確保することである。例えば、生産者が責任のある食品を撤去または回収するときは、伝えられた情報を通じて流通業者または小売店は、必要に応じて参加することが求められる。

 また、この規定は、フードチェーンにおける異なる事業者間の協力に関する事項を規定している。当該規定は協力が必要と考えられるすべての状況を含んでいるわけではない。第19条の適用を確実とするための、食品事業者間の効率的な協力を、どのようにして促進するかを食品事業者が研究することが非常に重要である。

(第19条第3項)

 第19条第3項は、食品事業者が、当該事業者が市場に出荷した食品が、健康に有害かもしれないとみなすか、または信じる理由がある場合の当該事業者に関する情報の要件を規定している。この場合、事業者は所管官庁に直ちに知らせるとともに、リスクを避けるために実施される処置を詳細に述べるものとしている。

 つまり、この規定は、撤去を体系的に課してはおらず、潜在的なリスクとそれを回避するために採られた処置に関する情報を所管官庁に即座に伝えることを規定している。

 第19条第3項の目的は、健康に対する潜在的なリスクがある場合に所管官庁が確実に知らされることである。

 以下の二つの事項が、第19条第3項の適用を起動させるためには満たされる必要がある。

ア 問題となっている食品が、市場に出荷されていること。

 「市場に出荷されている」という言葉は、食品事業者によって既に生産または輸入されており、販売または無料で供給するために保持されている場合を含む。いまだ加工途中の食品または供給元から供給された原料は含まない。
および

イ 問題となっている食品は健康に有害である可能性があること。

 また、第19条第3項は、以下のような場合にも適用され得る。

ア 事業者が有する、当該食品が健康に有害であるとみなすことを導く情報が、他の情報と異なる場合。

 たとえば、事業者が事業者の内部において、安全ではない食品を撤去し、そのことを当該食品の供給元に知らせたが、伝えられた情報と当該供給元が持っている他の情報とが矛盾していると当該供給元がみなす可能性がある場合

イ 製品が健康に害があるという情報があるが、完全には確認されていない場合

ウ 発生中のリスクに関する情報である場合

 もっとも効率的で釣り合いの取れた処理方法を確保するためには、所管官庁が早期に警告を受け取ること、または潜在的(発生する可能性のある)リスクを確認することが可能となることが必要であり、このようにして、世界的なリスクの防止が促進される必要がある。

 また、それに続く情報、またはより確認された情報によって、製品が健康を害することを確認したときは、第19条第1項に規定する義務が適用される。

 所管官庁に対する情報提供に責任を持つ事業者とは、当該製品を市場に出荷した事業者である。

 さらに、第19条第3項の後半部分は、従業員による協力が食品から生じるリスクを防止、削減または除去する可能性がある場合に、従業員が所管官庁に協力することに食品事業者が反対することを防止することを意図したものである。

(第19条第4項)

 第19条第4項では、食品事業者が、当該事業者が供給するか、または供給した食品から生じたリスクを回避または削減するために実施される処置について、所管官庁に協力することを求めている。

 どのようにして食品事業者としての義務を果たすかを決める際に手助けが必要なときは、食品事業者は、所管官庁と連絡をとることが必要である。

 問題とされるべきリスクが不確実な場合は、事業者とりわけ小規模の事業者は、第19条第3項に規定された一般的な目的に従って、所管官庁と連絡をとるよう奨励される必要がある。


6 終わりに

 食品法規則によって食品一般にトレーサビリティが義務付けられた。この食品法規則は、トレーサビリティの一般的な目的や要件を規定するだけで、具体的なトレーサビリティなどについては規定していない。このため、当該規則の対象となる食品に関係する事業者は、当該事業者の活動の規模・特性などに基づいて、当該事業者の判断で、トレーサビリティのシステムを選択、導入できることとなっている。このように当該規則においては「公式」または「限定的」なシステムを求めていないことから、EUからも、各加盟国からも、トレーサビリティのシステムの実施に対する経済的な支援は実施されていない。

 一方、食品法規則の解説やトレーサビリティのシステムに関する情報提供による支援は行われてきた。EUレベル、加盟国レベル、地域レベルにおける業界団体が、トレーサビリティのシステムが、必要な場合に目標とするものの正確な撤去または回収や、そのための時間と不必要な混乱にかかる潜在的コストの節約など、食品事業者に対して利益をもたらすことが期待されているとして、会員企業などに対して情報提供を行ってきた。このような情報提供は、一般的に業界団体の研究会や政策説明誌、さらに、各種の業種を対象としたセミナーなどの形で行われた。たとえば、欧州の畜産関係団体は会員に対し、いわゆるe-mailや会議の開催を通じて手引き作成のワーキング・グループでの検討状況や関係する資料などを随時伝えるとともに、各種会合への参加を通じて、会員から寄せられた意見を当該ワーキング・グループや欧州委員会に対して提出してきた。

 さらに、各加盟国もそれぞれに、食品法規則の理解増進と、ワーキング・グループへの意見などを反映させるための各国の関係者・団体などからの疑問、意見の聴取を行った。

 このようにして、食品事業者に対する食品法規則の解説やトレーサビリティのシステムに関する情報提供があったため、各食品事業者などによる食品法規則の一致した理解促進のために作ることとなった手引きの公表が、関係条項の適用開始に間に合わなかった中にあっても、各事業者に大きな混乱を生じさせることがなかったと考えられている。なお、欧州の畜産関係団体によれば、手引きがもっと早く完成していれば、各事業者の理解増進にもっと役立ったであろうとの意見はあるが、完成が関係条項の適用開始に間に合わなかったことや、その内容を非難する意見はない模様である。

 さらに、手引きの内容については、当該規則の要件をうまく要約しており役に立つものであると評価する意見がある一方、既に関係団体などにより情報として提供されたものであり、目新しいことがないという意見もある。このことは、これまでの各団体、各加盟国による情報提供の取り組みが有効であったことを伺わせるものである。

 一方、食品を含むさまざまな製品のトレーサビリティに関する関心の高まりなどを踏まえ、トレーサビリティのシステムの開発などを行う企業はその売り込みに力を入れている模様であり、トレーサビリティに関する展示会の開催や、産業祭などの展示会でのシステムの展示を通じて、その開発、普及、導入に取り組んでいることも、食品事業者への情報提供に寄与していると考えられる。

 先述のとおり、食品法規則は一般的なものであり、この規則とは別に、牛肉に関するものなど、より詳細な情報を求める品目限定的な規則がある。さらに、より詳細なトレーサビリティを求める、または提示しようとする動きは、今後、その対象を拡大し、伝える情報量を脚大なものとする可能性がある。有機農産物や動物福祉に関心の高い欧州において、その生産過程や製品の素性を証明する上でも、生産資材の移動の把握や商品である食肉などの畜産物になるまでの家畜の適切な取り扱いなど、より多くの幅の広い情報が求められる可能性がある。

 このよう状況のもと、より多くの情報を正確に伝える電子耳標など情報技術を活用したシステムなど新たなシステムの開発動向とともに、消費者が農産物、とりわけ畜産物に求める情報の内容がどのように変化し、その変化に欧州がどのように対応するのかについて、引き続き注目していきたい。



(参考資料)

GUIDANCE ON THE IMPLEMENTATION OF ARTICLES 11, 12, 16, 17, 18, 19 AND 20 OF REGULATION (EC) N° 178/2002 ON GENERAL FOOD LAW、CONCLUSIONS OF THE STANDING COMMITTEE ON THE FOOD CHAIN AND ANIMAL HEALTH(欧州委員会2004年)

REGULATION (EC) No 178/2002 OF THE EUROPEAN PARLIAMENT AND OF THE COUNCIL of 28 January 2002 laying down the general principles and requirements of food law, establishing the European Food Safety Authority and laying down procedures in matters of food safety


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