6 南米― ブエノスアイレス駐在員事務所 犬塚 明伸、横打 友恵
1 アルゼンチンにおける一般的な飼養形態
(1)概要
アルゼンチンの家畜の飼養地域は、1.パンパ地域、2.北東地域(NEA)、3.北西地域(NOA)、4.中部半乾燥地域(クジョ地域)、5.パタゴニア地域の5つに分けられ、そのうち、パンパ地域と北東地域のみで牛の総飼養頭数(2002年農業センサス、4,806万頭)の93%(パンパ地域78%、北東地域15%)を占める。大まかに言うと、パンパ地域は南東部の子牛生産地帯を除き肉牛肥育地帯(一貫経営を含む)、北東地域は子牛生産地帯となっている。
パンパ地域(約6,000万ヘクタール、国土の4分の1に当たり、日本の国土面積の1.6倍)にはブエノスアイレス州全域、コルドバ州、サンタフェ州、エントレリオス州の南部とラパンパ州の東部が属し、湿潤な温帯気候で土地は平たんかつ肥よくで、穀物と牧畜の大生産地となっており、と畜仕向け牛の約8割程度が生産されると言われる。
これは、アルゼンチンにおける肥育が牧草肥育であり、肥よくなパンパ地域で生産される牧草が牛を賄うため、飼養頭数のほとんどがこの地に集中する。なお北部では、成長の遅いゼブーも飼養されている。
アルゼンチンの肉牛生産において人工授精はほとんど普及しておらず(一般的に5〜7%と言われる)、よって購入または自家生産の種雄牛を利用する自然交配(80〜90日間)がメインとなる。しかし、畜産関係者によれば、毎年25,000頭程度の種雄牛が売買されるのみで、実際には更新などで毎年20万頭が必要であろうから、ほとんどの農家で1〜2頭の種雄牛を買い、あとは自家生産を行っていることになるとの話であった。なお、更新は3〜4年で行うとのことである。ちなみに、種雄牛の購買ポイントは“見た目”のみで決定するそうで、多くは2歳、550〜600キログラムぐらいで売られており、10%程度は15カ月齢または3歳だそうだ。
一般的に自然交配用の種雄牛頭数は雌牛群頭数の3%程度(雄1頭:雌30頭)だが、種雄牛の能力が高いと雌牛40〜50頭をカバーするそうである。
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なおブエノスアイレス州において適切に管理された経営での受胎率は80%強と言われ、妊娠鑑定を行うのは季節繁殖を厳格に実施している農家(全体の1/3程度)にとどまるとのことで、交配2〜3ヵ月後に直腸検査にて獣医師が行い、1頭当たりの料金はリニエルス家畜市場における肥育去勢牛の生体1キログラム取引価格が目安だそうだ。ちなみに獣医師は、1シーズンに1〜4万頭を鑑定するとのこと。
交配した雌牛が無事子牛を離乳させる確率は70%程度(交配雌牛100頭中、70頭が離乳する意)であり、受胎〜離乳までにおける主な死因は、(1)妊娠中は性病や熱中症による流産、(2)分娩時の事故、(3)哺育中は下痢、肺炎などの病気や極度の寒さ−である。なお繁殖牛は離乳後350〜370キログラムまで痩せる。
経産牛は毎年15〜20%が更新され、未経産牛の9割強が20カ月齢前後、300キログラム前後で交配するが、残り1割以下は15カ月齢で、または飼養環境の悪い北部で成熟の遅いゼブーにおいては36カ月齢で交配する。
繁殖農場で1ヘクタール当たり0.6〜0.7頭を飼養し、経産牛は400〜420キログラム、種雄牛は600キログラムぐらいであるが、人工授精所や繁殖センターでは雌牛450〜550キログラム、種雄牛が800〜1,000キログラムといったところである。
(2)肥育について
肥育には短期と長期の牧草肥育があるが、6割が短期である。短期の場合、素牛導入の翌年初秋の3〜4月に出荷するもので、おおよそ出荷月齢は16〜18カ月となる。この10カ月程度の肥育期間には牧草肥育期と仕上げ期があり、仕上げ期にはだいたい2カ月を費やし、牛は牧草地に自由にアクセスできるが補助飼料としてトウモロコシが給与される。体重は180キログラム前後から350〜370キログラムに増加する。よって計算上のDGは約0.6キログラムとなる。なお、これらは主に国内向けとなる。
長期の場合、素牛導入後に牧草状態のあまり良くない冬を2回経験し、冬から初夏の8〜12月に出荷する。月齢は24〜26カ月、体重は450〜480キログラムで、主に輸出向けになる。秋に330〜340キログラムぐらいしかなく短期肥育としては出荷できなかったパンパ地域の肥育牛の3割が対象となっていく。なお飼育環境の良くない北部などで肥育する場合、短期肥育はなくすべて長期肥育の対象となり、と畜までに30〜36カ月齢となる。
後述するがアルゼンチンにもフィードロットは存在する。しかし農場数や頭数についての公的な統計は存在しないため正確な数字は分からない。畜産関係者の話によれば、業界内でフィードロット施設として認識しているのは200カ所程度で、これら以外のフィードロット施設も含めた年間と畜頭数は300〜350万頭と言われている。だいたいの肥育方法は80〜90日間肥育し、9〜11カ月齢の250キログラム程度で冬から初春に出荷する。
以上から初秋3〜4月に短期の牧草肥育、秋から冬の6〜8月にフィードロット、冬から初夏の8〜12月に長期の牧草肥育の去勢牛が出荷されるため、真夏の12〜2月には肥育去勢牛はいないことになるが、その時期には未経産牛(15〜17カ月齢)が出荷されるので、牛肉の生産量自体は他の月の5〜10%程度の落ち込みで済むとのことである。品不足から来る価格の値上がりはやはりあるようで、2005年には政府がインフレ抑制策として生活基本食料品である牛肉価格の値下げに力点をおいている。(「畜産の情報」海外編:2005年5月号p21〜22を参照。なお2005年の牛肉価格上昇については、アルゼンチン経済の回復や政府による強制的な給与の値上げなどの要因が複合的に加味されていると考えられる)。
ちなみに肥育去勢牛のリニエルス家畜市場における取引価格は2005年5月で、ヨーロッパ系の401〜480キログラムクラスで1キログラム当たり平均2.3ペソ(87円:1ペソ=37.7円)、ヨーロッパ系の交雑種で2.1ペソ(79円)、ゼブーの交雑種で2.2ペソ(83円)となっている。
(3)フィードロット経営について
アルゼンチンのフィードロットの形態は大きく次の3つに分類される。前述したがだいたいの肥育方法(5割程度が該当)は、80〜90日間肥育で9〜11カ月齢、仕上げ250キログラム程度で出荷することになり、これら軽量級の9割は国内向けである。フィードロット由来の牛肉は一般的に牧草肥育の牛肉よりも柔らかく価格が高いため、購買力の高い層が住む地域のスーパーや食肉小売店に仕向けられる。なお、他に仕上げ体重別に、220キログラム、300キログラム、380キログラム、440キログラムなどがある。
(1)商業的フィードロット
経営者(土地所有者)自ら所有の、あるいは借地人所有の牛を使って恒常的に経営するもので、子牛の購入方式と預託方式がある。収容能力は普通5,000〜7,000頭である。預託の場合の料金設定は、1頭1日0.25ペソ(約9円、1ペソ=36.8円)+飼料代+衛生管理費実費(6〜10ペソ(220〜368円)程度)などとなっている。なお、つい最近では成功報酬型として、契約期間における増体量に対して契約時に決めていたキロ当たり価格などを支払うものも見られるようになったが、かなり少数派とのことである。
(2)一時的なフィードロット
普通の農場において、牛の体重や穀物価格と牛肉価格の関係から、経営利益に有利であると判断した場合に、一時的に囲い込みをするもの。
(3)季節的囲い込み
特にネウケン州やチュブト州のパタゴニア地域の冬季に見られるが、冬場に家畜を囲い込んで補助飼料を与えるもの。
一般的にフィードロットでは1つのペンに200頭程度、トウモロコシ7割、小麦カスペレット2割が利用され、また農場内にある一時的なフィードロットではトウモロコシホールクロップサイレージが主に給与(8割とも言われる)されることが多い。
2 ブラジルにおける一般的な飼養形態
(1)概要
ブラジルの肉牛生産は約1億7,770万ヘクタール(1995年農業センサス、ブラジル地理統計院(IBGE))の広大な草地を利用した放牧飼育が中心で、2003年には1億9,555万頭(IBGE)が飼養され、そのうち8割がインド原産のゼブー(印度牛、瘤牛:Zebu(牛の亜属))、またその8割がネローレ種と言われている。ゼブーはブラジルの気候風土にうまく適応したため、その頭数を著しく増やしてきた。
その他としては少数のアンガス、ヘレフォード、シンメンタール、リムジン、シャロレーなどヨーロッパ系品種、ゼブーとこれらヨーロッパ系品種の交雑種がいる。
全国で一番飼養頭数が多いのは中西部のマットグロッソドスル(MS)州で2,500万頭、続いて飼養頭数が多いのは同じく中西部のマットグロッソ(MT)州2,460万頭で、そのほとんどが肉牛である。第3位は南東部に位置するミナスジェライス(MG)州2,090万頭で、他の2州に比較してMG州では乳牛の飼養割合が多いと言われる。
なお、南部のリオグランデドスル(RS)州では、ヨーロッパ系品種が多く飼養されている。
なお年間と畜頭数は近年150万頭程度の増加傾向で推移し(2000年1,709万頭、2001年1,844万頭、2002年1,992万頭)、2003年には2,164万頭と初めて2,000万頭を超え、そして2004年には対前年437万頭増の2,601万頭と急増し、ブラジルの肉用牛産業の急激な成長示した(データ:IBGE)。
ブラジルの主要放牧地帯では基本的に周年繁殖で、3歳齢を超えてから種付けし、4歳齢手前で出産する。MS州にあるEmbrapa肉用牛センター(Embrapa
Godo de Corte)によれば、MS州の一般的なネローレの繁殖サイクルは、乾期5〜10月のうち8〜10月ごろに出産が多くなる。これは雨期の11〜4月、特に12月頃から草の状態が良くなり交配が盛んになるからである。なお、草の栄養価が高い時期に出産時期を合わせた方が母牛の栄養状態にとって良いのではないのかとの質問に対し、「雨期は子牛の細菌感染率が高まるため、乾期においてサプリメントを用いて栄養管理した方がより簡単である」とのことであった。
また離乳は6〜8カ月齢、180〜240キログラムぐらいで行い、と畜は枝肉重量が16〜18@(240〜270キログラム:1@(アローバ)=15キログラム)になる時にするのが一般的であるとのこと。
なお育種用の純粋種の種付けは人工授精(AI)で行うが、食用となるコマーシャル牛の生産は自然交配を行っている。Embrapa肉用牛センターによれば、雌25頭に雄1頭の割合が普通で、成績が良い場合は雌40頭もあり得るとのことである。
なおブラジルの国土は広大であり、その自然条件など飼養環境が異なるため、ここではブラジルネローレ生産者協会(ACNB)が推進している「自然ネローレ牛品質プログラム(PQNN)」を紹介する。
(2)自然ネローレ牛品質プログラム(PQNN)
出生などが明らかで品質が保証された牛肉を「Nelore Natural」のラベルで消費市場に供給しようとする構想が1999年、当時のACNBカルロス・ビアカバ会長によって発表され、カンピーナス大学食品工学部の協力を得て2001年8月より、生産から販売までを包括するプログラムとして実施された。
以後4年近くを経過し、プログラムに加入した農家は約2,000に達し、かつ4つの食肉パッカーによって牛肉の生産が行われている。
月間のと畜頭数は、当初の951 頭から2005年5月には46,000頭を超えており、プログラム開始から2005年5月までのと畜総頭数は
102万1,818頭となった。
また、と畜された牛で、PQNNの規格に適合しかつ格付けされたものの割合は、PQNN発足の年(2001年8〜12月)の平均が
40.17%であったのに対し、2004年の平均が 46.79%、2005年1〜5月の平均が57.16%となっており、生産部門における改良の跡が見られる。
なお、自然ネローレ牛肉の市場への供給量は2005年5月までで 23,827トンとなっており、各パッカーにおける2001年8月〜2005年5月の各シェアは以下のとおりとなっているが、と畜頭数はIndependencia社がプログラムに参加した2003年中ごろから大幅に増加した。
食肉パッカー |
と畜頭数シェア(%) |
肉生産量シェア(%) |
Independencia |
64.61 |
67.88 |
Marfrig |
16.92 |
3.23 |
Frigovira |
15.50 |
28.40 |
Minerva |
2.97 |
0.49 |
合計 |
100.00 |
100.00 |
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自然ネローレ牛肉の販売網は、プログラムの発足当初はサンパウロ市内のスーパー「アンドリンニャ」1店だけであったが、2004年には3カ月間連続して仕入れを行った小売店は350店舗に増加している。中でも2004年には米国資本のWal
Martグループ(Wal Martスーパー網およびSan’s Club)が加わって傘下の18店舗で販売されるようになり、これが自然ネローレ牛肉の販売拡大に大きな進展をもたらした。
海外市場に対しては、Marfrig社がMarfrig Nelore Exportのマークを付けて空港の免税店で販売を開始する予定である。また協会では販売網の充実を図るため、小売店の規模別格付け分類を行い、検査員の定期的な訪問と情報の交換を行なっている。なお協会は2007年に月間7,000トンの販売を目標としている。
このプログラムの対象となる牛肉は、生産者マニュアルによれば、
1. ネローレ種で毛色は白または灰色(大きな斑点も可)、しかし他のゼブーの血統であれば25%までの交雑は可
2. 基本的に牧草とミネラルの飼育であるが、と畜向けに植物性飼料であれば最大130日間のフィードロット、同180日間のセミフィードロットが許可
3. 性別などとしては、肥育去勢牛(36〜42カ月齢、永久歯6本まで)、若齢雄牛または子牛(18〜24カ月齢、永久歯なし)、肥育雌牛または若齢雌牛(26〜28カ月齢、永久歯4本まで)が認められ、このプログラムで評価され得る規格としては、枝肉重量が雄の場合16〜19@(240〜285キログラム)、雌の場合12〜19@(180〜285キログラム)
4. 枝肉全体において脂肪の厚さは2〜8mm(なおACNBに確認したところ、実際には検査員が、背中から腰、もも、らんいちの脂肪の厚さを目視確認し、サーロインの表面付着脂肪の厚さを測るとのことである)。
となっている。
このプログラムに参加する生産者は、生産者マニュアルなどを順守する生産上の責任を明確化した一種の契約を交わす必要があり、その生産者マニュアルは、T牛肉の品質、U育成期におけるトレーサビリティ・システム、V肥育期におけるトレーサビリティ・システム、W繁殖の向上−の4部から構成されている(なお確定的に実施されているのはTのみで、その他は草案段階で今後改定していくとのことである)。
また離乳時期などに係る条件はないが、生産者マニュアルU(草案)では、「離乳後のもので、5〜20カ月齢まではPQNNへの加入が可能」となっている。
さらに、PQNNに参加する食肉パッカーに対してもマニュアルが存在し、と畜前やと畜時の注意事項、枝肉の規格分類、枝肉冷蔵における温度および時間の管理、パッカー内におけるトレーサビリティ・システムの導入、「Nelore
Natural」マークの使用上の注意などが記載されている。
(3)フィードロット経営について
ブラジルにおける集約的な肥育方法には以下の3つがあると言われ、コンサルタント会社によれば近年飼養頭数は大きく伸び、90年に134万頭だったものが95年335万頭に、そして2004年には606万頭となっている。
また2004年における各肥育方法の頭数は、以下のようになっている。
(1)フィードロット:囲い込んで植物由来の濃厚飼料、サイレージを与えるもの:247万頭
(2)セミフィードロット:放牧主体の肉牛に補助飼料としての植物由来の濃厚飼料を全飼料割合の20〜50%給与するもの:273万頭
(3)winter pastures:雨期に利用しなかった牧草地や特定の牧草地(ペレニアルライグラス、エン麦)を用いて冬期間に肥育するもの:86万頭
なおEmbrapa肉用牛センターによれば、「フィードロットの場合、10〜13カ月齢、350キログラム弱(枝肉重量ベースで12@)で導入し、肥育期間90〜120日でDG1.0キログラムとなるように飼料を与え、13〜16カ月齢で枝肉16〜18@(240〜270キログラム)になるとき出荷する」とのことである。ちなみに枝肉歩留を約53%(「畜産の情報」海外編:2002年2月号p68)とすると、と畜重量は453〜509キログラムとなる。なお、その他の集約肥育においても10〜13カ月齢で導入するが、目標枝肉重量16〜18@になるには、セミフィードロットで20〜24カ月齢、winter
pasturesで24〜30カ月齢になるそうである。
ブラジルの牛肉生産は牧草肥育が主体で家畜の生理にはかなっているが、出荷までに長い時間がかかりコスト高となり、しかも生産された牛肉は相対的に硬くなる。このため、肥育期間を短縮し、コストを下げ、若い牛をと畜することで柔らかい肉を得ることができる集約肥育が増加しているようである。
しかしフィードロット肥育は、労力と飼料費がかさみ採算に合わないのでブラジルではあまり定着しない、また牛本来の飼い方ではないと考える生産者も多いようである。
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