特別レポート

ボルネオマレーシアの畜産

シンガポール駐在員事務所 木田秀一郎、斎藤孝宏

1 はじめに

 歴史的には1963年にマレーシア連邦政府に組み込まれたボルネオ島のマレーシア2州(サバおよびサラワク州)は、連邦政府の発行する統計資料でも半島部とは別扱いとされるなど半島部に比べて独自性が強く、事実州政府の権限も他の地域に比べ特異でかつ広範に及んでいる。またその地理的隔絶から口蹄疫や鳥インフルエンザなどの家畜疾病についても清浄を保っており、州政府の外資誘致政策と併せて今後の畜産発展が期待されている。このレポートでは主にボルネオマレーシア2州の畜産全般に関する現状と政府の畜産振興に関する農業関連政策、外資誘致に関する政策や現況を連邦政府の政策との関連性と併せて報告することで今後の当該地域における畜産振興の可能性を考慮する上での一助としたい。

 

2 連邦政府共通の畜産関連政策

 2003年10月31日に第5代首相に就任した現アブドゥラ首相は、前マハティール政権の基本政策路線を踏襲するとしつつ、一方で独自路線の展開を始めている。前政権で掲げられた大規模インフラ整備を中心とした経済発展政策に加え、汚職撲滅、貧困対策、家族開発などの社会問題や行政改革、農業振興を通じた所得格差是正などを目標に掲げている。特に農業振興に関しては所得の大部分を農業収入に依存する農村部における農業技術や物流システムの近代化により地方の所得向上を図るとし、この分野のてこ入れを重視している。経済発展のための基本計画として5年を1期とする「マレーシアプラン」、農業基本計画として「国家農業政策」を策定し、連邦の基本方針としている。

(1) マレーシアプラン

 現在、経済開発5カ年計画である「マレーシアプラン」は第8次が進行中であり、2006年からは次期の9次計画へ移行する予定。2005年11月現在公表されている最新の計画として2003年10月に第8次マレーシアプランの中間報告が為されているので、ここで示されたGDP達成目標数値を示す。

(2)第3次国家農業政策(NAP3)

 98年に開始され、2010年を目標とする国家全体の農業振興の方向性を規定したものがNAP3で、畜産など分野ごとに個別達成目標と開発の指針を規定しているほか、肉牛振興対策およびパームオイル園などプランテーション作物栽培との複合経営に関する奨励策を規定している。

(3)その他

 各種環境規制に関する法令として(Environmental Quality Act and Regulations 1974)があり、生物化学的酸素要求量(BOD)、化学的酸素要求量(COD)、各種排出基準などはこの法令で定める規制を満たす必要がある(最終改正2005年6月)。また、食品安全性に関する規定として畜産品などの生産における衛生規定などを定めた(Food Act(1983) and Food Regulations(1985))がある。(最終改正2004年4月)

 さらに農業など特定奨励事業(製造業、食品加工業、農業、ホテル業、観光業その他)に関する会社は、生産開始から5年間、法定所得の7割が免税、また、免税所得から分配された配当金は免税となり、これを「パイオニアステータス」と称している。半島部の農業法人認定としてはヤギ乳生産農場でパイオニアステータス認定されている例がみられる。




3 ボルネオ島部マレーシア(サバ州・サラワク州)の畜産

(1) 地域概況

地理:マレーシアの国土総面積33万平方キロのうちサバ州は7万4千平方キロ(全体の22.4%)、サラワク州は12万4千平方キロ(37.7%)を占め、両州合わせた面積は全体の6割を占める。サバは北端の東南アジア最高峰であるキナバル山(4,095m)から南へ走る中央部の丘陵地帯で2分され、平野に乏しいものの多くの河川により流域の土地は肥沃である。サラワクはインドネシアとの国境沿いに山脈が走り、海岸及び河川流域には平野が開けているが多くは原生林や湿原であり、陸上交通の妨げとなっているため、内陸部へのアクセスには河川の果たす役割が大きい。マレーシアのマングローブ林および泥炭湿地のともに8割以上はボルネオマレーシアにあり、2003年、サバのマングローブ林は全体の64%、サラワクの泥炭湿地は全体の75%を占める。


気候:季節風の影響で、年中高温多湿で降水量の多い海洋性熱帯雨林気候となっているが、絶えず発生する雲により太陽光線が遮られ最高気温は低く抑えられている。サバ(コタキナバル空港)およびサラワク(クチン空港)で測定された近年の動向としては、最高気温32度、最低23度、年間降水量はサバで2,300〜3,100mm(平均湿度約80%)、サラワクでは3,800〜5,300mm(同85%)。また2003年の地上最大風速はコタキナバル(以下KK)で14.8m/秒、クチンで21.4m/秒。

行政:マレーシア全体では13州と3つの連邦直轄区(クアラルンプール、ラブワン、プトラジャヤ)からなり、このうち9州ではそれぞれのスルタン(王)を擁するが、サバ・サラワク両州はともにスルタンが居らず、連邦全体の国王(9州のスルタン会議による互選。任期5年)により任命された州長が該当する権限を担っている。州政府に与えられた権限はイスラム法、土地、農林業、地方行政などで、この2州は特に連邦加入の際の協議により先住民法・習慣、先住民裁判所等に関する追加権限を有する。

民族:ボルネオ島部の人口は外国人を含めて全体でおよそ520万人であり、これは連邦全体の約2,558万人のおよそ2割を占める。民族構成は両州で大きく異なる。サバ州はカダサン族やバジャウ族などいわゆる原マレーと称される先住民族と、新マレーと呼ばれる比較的最近インドシナ半島から移住してきた混血民族を合わせた「ブミプトラ」が全体の6割を占める。その他、華僑などの中国系移民がおよそ1割、近隣諸国からの出稼ぎ労働者など外国人が全体の4分の1を占めることが特徴的である。一方サラワク州はイヴァン族、ヴィダユ族など原マレーを含むブミプトラが7割、中国系移民が26%とサバ州の倍以上である一方、外国人は4%に満たない。

経済: 87年を指標とするGDP額の推移を見た場合、全国に占める両州のGDPシェアはサバ州でおよそ6%、サラワク州で8.3%前後となっている。また、マレーシア全体では農林水産業がGDPに占める割合が8.3%前後であるのに対しサバ州で約3割、サラワク州では15%程度となっており、サラワク州では鉱業・採石業がGDPの3割を占めて最大であることが特徴的である。

インフラ:サバ州では比較的道路整備が進んでいるが、サラワク州は沿岸部に大都市が集中し最南部クチンから最北部ミリ・ブルネイまでの沿岸幹線道路はあるものの内陸部へのアクセスは主に水上交通や航空機による。港湾整備状況ははサバ州で33バース、港湾能力1,720万トン、取扱貨物量1,810万トンに対しサラワク州でそれぞれ26バース、1,700万トン、1,690万トンとなっている。両州の獣医診療所(民間)の箇所数は2002年現在サバ州で3か所、サラワクで9か所を数えるに過ぎない。なお連邦全体では98か所となっている。



(2) 畜産業の概要

ア 家畜飼養動向

概要:大家畜換算で両州における家畜附存量を見た場合、両州合わせて連邦全体の17%(2003)、サバ州が4.6%、サラワク州が12.6%である。連邦全体で見た場合、家畜量は増加傾向にあるがサバ州ではどの畜種も停滞気味である一方、サラワク州では家きんおよび養豚部門の堅実な成長により増加傾向で推移している。両州と半島部を比較した場合、サバ州では家畜飼養全体に占める牛・水牛の割合が5割以上と高いのに比してサラワク州ではわずか5%程度に過ぎず、逆に家きん、養豚が大部分を占める点が特徴的である。マレーシアでは歴史的に天然ゴムやパームオイルのプランテーションのための土地開発が多く、反すう家畜のための飼料基盤の不足から、この分野での政府の振興策ははかどっていない。



乳用牛:マレーシア全体で見ると8割以上がホルスタイン交雑種である。2003年の半島部の乳用牛頭数は2万8千頭とされる。両州の乳用牛頭数は公表されていないため生乳生産量から推測するしかないが、州政府による振興策により生産が盛んなサバ州に比べ振興策を持たないサラワク州では現存する酪農場は2件のみである。サバ州ではキナバル山麓の一部冷涼な地域でホルスタイン純血種が飼養されているほかはおおむね交雑種である。サラワク州の2場ではホルスタイン交雑種のほか、ジャージーの交雑種も飼養される。

肉用牛:肉用牛の大部分は半島部で飼養されており、サバ州は全体の5.6%、サラワク州は1.5%(ともに2003)に過ぎない。特にサラワク州では、80年代に2万頭近く飼養されていたもののその後減少の一途をたどっていた。現在、両州ともに連邦政府のプランテーション作物との複合経営振興策に従い振興を図っている。その他一部豪州などから素畜を輸入するフィードロット経営が見られる。両州の主な飼養品種は半島部と同じくブラーマン、ドラウトマスター、バリ牛、シンブラー(ブラーマンとシンメンタールの交雑種)、ベルモントレッド、在来種およびこれらの交雑種などとなっている。

水牛:サバ州の水牛飼養頭数は連邦全体の31.6%(2003)の4万2千頭で、その多くは在来種であるスワンプタイプで主に農耕用の役畜として供される一方、州政府の振興策により一部ムラータイプ(陸型)の導入も試みられたが、限定的。サラワク州の飼養頭数は1万1千頭。

その他反すう家畜:ヤギ、羊、シカなどが飼養されているがその数は少ない。サバ州ではここ数年シカの飼養が盛んになっているのが特徴的で、現在45農場で約2,500頭が飼養されている。

豚:連邦全体では半島部でニパウイルスによる被害が発生した後劇的に飼養頭数は減少したが、ここ数年は国内需給を満たすレベルで安定している。近年サラワク州の頭数増が顕著で、2003年は全体の25.8%である53万頭が飼養される。サバ州は全体の5.5%程度で安定して推移。

家きん:連邦全体ではブロイラーも採卵鶏も好調な増加を続けているが、タイなどの周辺国に比べて輸入飼料への依存度の高さから生産コストが高く、コスト削減と品質向上が急務とされている。家きん飼養羽数は半島部でおよそ8割、サバ・サラワク両州で残りの2割程度となっており、サバ州ではわずかな飼養となっている。

イ 畜産物需給動向

 政府公表による輸出入統計の数字はサバ州、サラワク州、半島部でそれぞれ独立して集計されているため、域内での移動実績が計上されている。

牛(水牛)肉:半島部では2000年以降牛肉生産量は徐々に回復傾向を示し、2003年の生産量は水牛肉と合わせて約2万3千トン、ただし同年の輸入量が8万5千トンと消費量の8割を輸入に頼っている。また消費は半島部に集中しており、年間1人当たり消費量はボルネオ2州が それぞれ3.7、2.5キログラムであるのに対し半島部は5.5キログラムとアセアン各国の中でみても突出している。半島部で生産される牛肉のうち水牛肉の割合が16%程度であるのに対しサバで45%、サラワクで59%と両州の牛肉生産に占める水牛肉の割合は高い。

その他反すう家畜:当地域では一般的に、マトンという場合はヤギ肉のことで、まれに羊肉を意味することもあるが明確な使い分けはされていない。ともに他の食肉に比べて高価であるが、生産者が消費者に生体で直売するケースが多く、正確な実態はつかめないが、主に宗教的祭礼などに供される限定的な需要の品目であることがうかがえる。

豚肉:98年以前は主に隣国シンガポールに生体で年間110万頭を輸出していたものの、半島部におけるニパウイルス発生の影響により2000年以降の生体豚輸出は皆無に等しい。現在、半島部および両州ともに自給率はほぼ100%前後で推移しているが、半島部では近年2千トン前後の調製品が輸入されている。半島部で人口のおよそ4割を占める非ムスリム住民による消費は年間20キログラム前後となっている。2003年の年間生産量は半島部で約16万トン、サバ、サラワクでそれぞれ6千トン、3万3千トンであるが、サラワクで順調な生産量の増加を示しているのに対しサバでは減少傾向で推移している点が対照的。

家きん肉:半島部ではほぼ完全自給を達成しているものの、近年自給率は減少傾向を示しており、2003年で103.6%となっている。ただし、消費及び生産量は増加しており、同年の生産量は78万トン、年間消費量は37.7キログラムに達している。生体でのシンガポールの輸出も安定して年間およそ4千500万羽前後で推移している。ただし、鶏肉加工品などの輸入に関しては不透明な点が多く、正確な実態がつかめない。これに対し、両州では近年自給率が低下傾向で推移しており、サバで7割、サラワクで8割台になっている。生産量はサバで停滞気味、サラワクは堅調に増加している。両州ともに初生ひなの輸出が盛んである点が特徴的である。

家きん卵:全国的に自給率は100%を超えており、特に半島部の自給率は120%前後で推移している。一時期に比べ輸出量は減少したものの、2003年の輸出量はおよそ9億個となっており、シンガポールなどへ輸出されているほか、近年は液卵や粉卵の形で日本をはじめ海外への輸出に意欲的である。2003年の生産量は半島部で約61億個、サバ、サラワクで5、6億個となっている。両州の需給動向は域内完結的で、輸出入ともにわずかな数量になっている。2003年の消費動向としてはサラワクおよび半島部でほぼ年間1人当たり250個であるのに対しサバでは比較的少なく175個となっている。

牛乳:半島部では近年急速に乳製品消費が増加しており、1人当たりの年間消費量は64.35リットルと、東南アジア最大となっているものの、自給率はわずか2.4%で、生産量は年間約3千万リットル、生乳換算で15億リットルを輸入に頼っている。一方生産量の約8.5倍を輸出しているが、ほとんどが調製品および加工食品に含まれる乳成分である。一方、サバ州では独自の酪農振興策により2003年の年間生産量約580万リットルであるが、一方で1人当たりの年間消費量は1.8リットルに過ぎず、バターやチーズなど加工乳製品は生産工場を持たないため全量を輸入に頼っている。飲用乳については後述するSID社により若干サラワク州やブルネイ、半島部への輸出が見られる。一方サラワク州は現存する2件の酪農場で生産される年間およそ7万リットルのみで、全量が直販用飲用乳として販売される。






ウ 価格動向

 半島部と両州を比較した場合、牛肉ではボルネオ島部が半島部に比べやや高値であるが、半島部では国産牛肉は1キログラム当たりおよそ14リンギと輸入品のおよそ1.8倍と高く、両州でも政府発表はないものの市場では輸入牛肉が安値で販売されている。輸入マトンは半島部で1キログラム10リンギ台、サラワクでは同15リンギと高額だが、国産品になると半島部で18リンギ後半、サラワクで18.5リンギとさらに高額となり、他の食肉と比較しても最も高価で販売されている。牛肉、マトンに比べ豚肉、鶏肉は安価で、各種価格は事実上畜産農家組合と政府の協議により決定されている。このような中、豚肉は両州ともに1キログラム当たり11〜12リンギで安定した推移を見せている一方、鶏肉は地域による差が激しい。需要の高いサラワクでは地鶏で1羽12リンギ、交雑種で同9.5リンギと高値で推移する一方、サバ州は半島部に比べても安値で推移しており、地鶏・交雑種による差はほとんど無く6リンギ前後。鶏卵は両州ともに半島部より若干高値で推移している。サバ州は酪農振興が盛んなため生産者販売価格を価格統制しており1リットル当たり1.5リンギとされているが、実勢小売価格で見るとおよそ3〜5リンギとなっている。

(3)州政府の畜産振興政策
・サバ州

ア 畜産振興政策及び現状

 サバ州の畜産振興に関しては1962年の動物令(Animal Ordinance 1962)が唯一の根拠法令である。同州では畜産分野の振興のため1976年1月に州農業省傘下に獣医畜産局(DVSAI:Department of Veterinary Services and Animal Industry Sabah)が設置され、従来の家畜衛生対策に加えて州政府による畜産物生産振興対策が開始された。この当時の第3次マレーシアプラン(1976-1980)期間中、家畜の増頭を目的に海外から多くの反すう家畜が導入された。一方1980年代には豪州の4農場から継続的にと場直行の生体牛が輸入され、需給の安定が図られていた。また第4次マレーシアプラン(1981-1985)期間中には低所得層の所得増大を目的とした補助金交付による社会経済対策として、小規模生産者に対する乳牛やヤギなどの反すう家畜のほか地鶏生産振興対策などが行われた。第7次プラン(1996-2000)の終わり頃から州政府の方針は「貧困削減」から「大規模経営体の育成」へと転換し、現行8次プラン(2001-2005)期間では産業としてのさらなる自立と収益性の強化が図られている。

 現在マレーシアプランやNAP3の下、州独自の第2次サバ州農業政策(Second Sabah Agricultural Policy: 1999-2010)により、農業関連政策の方向が規定されている。政策の要点は下記の7点とされている。
1 零細規模の生産者の規模拡大を推進
2 生産効率の向上
3 自給率の向上
4 農業関連の食品生産業振興
5 特定産品については国際競争力を高める
6 基本的な助成措置により生産者の経済基盤を強化する
7 農業分野の継続的発展に資する政策をとる

 また、畜産分野では周辺国などからの畜産物輸入による貿易赤字を解消するため、数値目標として「サバ州貿易赤字削減計画(BOT:Balance of Trade Micro-plan, Sabah)」により、次回第9次マレーシアプラン(2006-2010)とリンクした2010年までの畜産物生産目標数量が規定されている。

 同時に州政府は反すう家畜の生産振興を促すため「種畜100頭キャンペーン(100 Breeder Livestock Business)」により、2010年を目標年とし、すべての反すう家畜生産者の種畜頭数を少なくとも100頭以上とすることをスローガンに掲げて、零細生産者に対し増頭による規模拡大を呼びかけている。




キャンペーンロゴマーク

(ア)畜種ごとの対策目標

(1)酪農

 サバ州の酪農は1980年代に行われた小規模経営を対象とした酪農振興策に始まり、主に奨励された品種は豪州産ホルスタイン交雑種(サヒワールとの交雑)で平均搾乳期間は304日。現在酪農場はキナバル山周辺の冷涼な地域を中心とした西海岸沿岸地域が中心で、東海岸部ではインドネシア国境付近のタワウで若干飼養されているがサンダカンでは皆無である。州内の酪農場は現在、全体で105件、そのうち飼養頭数50頭以上は20件程度で、その他は零細経営である。乳質に対するプレミアム制度が来年から開始される予定で、現在は乳質による買取価格の差がない(インセンティブが存在しない)。政府の振興策によって経営を開始した民間酪農場は全量を政府が管理する集乳所(MCC:Milk Collecting Centre)へ出荷する。MCCを経由して元政府系の生乳加工場であるサバ・インターナショナル・デイリー社(SID社またはSaDAR社)で製品化され、一般小売へ出荷されるほか、学校給食用牛乳へ供給される。その他、州政府直営の酪農場が2場(場所はケニンガウ及びタワウ)、かつて政府農場であったDESA酪農場は現在民営化され、独自のブランドで小売店へ出荷しているが学乳への供給は停止している。また、州内で生産された生乳は全量飲用乳に加工されるため、加糖練乳やバター、チーズなどの乳製品は全量輸入に依存している。

[クンダサン:高原部における元政府直営の完結型実証展示農場事例] DESA乳業


DESA乳業

 80年開業当時は政府の農場として操業開始。この時ニュージーランド(NZ)から純粋種ホルスタイン生体牛150頭を素畜として輸入。敷地総面積138ヘクタールを東南アジア最高峰キナバル山中腹クンダサン付近の海抜5,000フィート(約1,900m)に有する。最高気温24度、最低気温18度、年間平均気温20度と冷涼な環境に恵まれる。操業当初は併設乳業工場のほかに専用と畜場などを有する完結型実証展示農場を目指していたようだが、2000年の民営化を機に非採算部門を次々整理縮小し、現在と畜場は閉鎖し、乳雄はすべて別業社に売却している。乳業工場から学乳への供給も2年前から停止中(来年再開を計画中)。従業員合計20名。

 後継牛は合計3回の輸入のほかはAI、牧牛を利用。輸入は創業時の後、豪州から80頭、3回目は2005年8月にNZから80頭を導入。現在総飼養頭数720頭、うち搾乳牛はおよそ200頭。冷涼な気候のため全頭純粋種ホルスタインで構成される。朝昼それぞれ3時に2回搾乳で平均乳量は1頭当たり1日11.5リットル、乳量分布は4〜28リットル。子牛生産は主に牧場全体で5頭けい養する牧牛による自然交配(1パドック当たり50頭雌×1頭雄)で、月間生産子牛頭数およそ28頭、うちAIによる子牛生産は年間24頭(2004)となっている。未経産牛の初妊月齢は18月齢、8産の雌牛もけい養しているものの平均的に6〜7年齢。放牧地は10パドックに区分され、1エーカー当たり3頭を上限とする構成で定期的に転牧。主要草種はKikuyu、Nandi Seteria、 Legium(White Clover)が主体で、同州内の他の地域で盛んに使用されているネピアグラスは気候適性が合わないので使用せず。種子は豪州からの輸入品。定期的に成分分析を行っている。(KL:ペタリンジャヤの国立分析機関に依頼)

 基本的に放牧主体であるものの搾乳牛には1日当たり6キログラム配合飼料を給与。構成成分はPKC36%、コーン24%、大豆18%、小麦20%、魚粉8%、その他0.5%(リン酸一・二カルシウム(MDCP)、石灰、鉱塩、など)。マレーシアで一般的に使用されているPKCはタワウのKelumpang Development co.より購入している。乾乳牛および子牛には粗飼料給与のみ。

 近年の試みとしては6年前から酪農場が皆無であるサンダカンに直売所を設置し、消費拡大を図っているほか、ザーネン種ヤギ100頭の搾乳試験と、小売店への一部販売を行っている。併設乳業工場の処理能力は1日4,500リットル、実際の生産量は最大3,500リットル前後とのこと。木曜と日曜の需要が高まるのでこの日に合わせ製品生産量を調整している。1日当たり原乳生産量は2,300リットル。施設機器はノルウェーAPV社製。搾乳施設は8頭ダブルのタンデムパーラー。現在生産しているのはHTST(高温短時間殺菌法)乳のみでパッケージングは1リットル、0.5リットルの2種、プレーン乳とフレーバー乳。工場出荷価格はプレーンタイプ(同上)1リットル3.2リンギ、フレーバータイプは同3.4リンギ。小売価格は1リットル3.9〜4リンギ。工場で行う日常検査はアルコールテスト、phテスト。低温殺菌後の菌数は1,000cfu/ml平均。なお、反すう家畜部門のほか養鶏部門を有する。


DESA乳業

 

[コタキナバル:元政府系乳業による学校牛乳供給事例] SID(Sabah International dairy)社


SID乳業

 SID社は当初、1979年に連邦直轄地であり輸入関税自由地であるラブワン島に設立された。しかし、島内での原料乳調達が困難であることと、サバ州における酪農振興により生産量が増大したことから88年、KK市内の現在の立地に移転した。この乳製品加工場は市内コロンボン工業団地内に立地し、同団地内にはカーギルやFFM社の飼料工場がある。工場移転後、98年には民営化され、現在工場労働者総数は99名、飲用乳のほか、豆乳、熱帯果実を用いた清涼飲料水を生産することができる(現在、製品開発中)。2005見込飲用乳生産量は年間580万リットル。パスチャライズ乳およびUHT(超高温殺菌)の生産ラインを持つ。DVSAIが運営するサバ州内の全14か所のMCCから原乳供給を受ける。工場責任者の言によると最近品質が安定して優良な生産者はコタマルドゥ(後述エバーグリーン農場)とのこと。なお、当工場規定では受け入れるか拒否するかの二者択一で、農家からの直売はないため全量MCC経由となり、拒否された場合はMCC、つまり、州政府担当者の責任が問われることとなる。なお昨年受入拒否実績は2件で、それぞれ抗生剤混入、水分混入を理由としている。生乳以外の製造原料としては脱脂粉乳をNZから輸入しているほか、タワウ産ココア、サバ産砂糖などで、パッケージ容器はシンガポール産のほか、テトラパック原料はインドから。その他、カルシウムなど特定成分強化のための原材料を調達している。品質管理に関しては各種法令に準拠した独自の検査基準で化学・細菌検査のほか、製品の抽出検査を行う。


SID乳業 品質検査風景

 根拠法令はMalaysia Food Act & Regulations, 2005。そのほか、宗教庁(JAKIM)によるハラル承認のための定期検査があり現在2年に1回検査員が実地検査をすることとなっている。小売価格はUHTフルクリームミルクで1リットル2.9リンギ、パスチャライズ乳(フレッシュミルク)で1リットル2.7〜3.8リンギ。現在、販売先として最も大きいものが学乳への飲用乳供給で、同社における合計生産量の92%は学乳へ供給される。内訳はサバ州政府のプログラム向けが67%、連邦の学乳制度への供給が22%、サラワク州の学乳補完制度を担うYayasan Sarawakへの供給が3%となっている。また、残りの8%は州内の一般小売へ出荷される。なお、連邦全体では学乳制度が3本あり、一つがサバ州政府の制度、もう一つが連邦政府の制度であるが、サバ州以外で施行されている連邦の制度は供給が年間45日と短いため、また、配分対象者が月収450リンギ以下の低所得世帯の児童のみとの制限があるため、サラワク州においてはこれを9日間補うYayasan Sarawak(国の下部組織。協同組合形式。)による供給があり、合計54日間の供給がある。ただし、サバ州においては配布対象の制限なしで週3回(月、水、金)年間83日が小学4年以下の全生徒に配分される。なお、連邦の学乳制度に供給される製品のうち、UHT乳の製造原料として国産生乳を使用しているのは同社のみ。


 

[コタマルドゥ:平野部で放牧を主体とした中規模酪農事例]Evergreen農場


コタマルドゥ 放牧地

 サバ州北方でコタキナバルから車でおよそ二時間半の、コタマルドゥの原野にある酪農場。Mr. Shimの叔父とその妻君、息子の三人+雇用労働力三人で乳牛300頭、うち搾乳牛80頭を飼養する。営農開始は1970年、総飼養頭数5頭から開始し、酪農に転換した契機は82年、州の振興政策開始による。当初140エーカーだった土地に60エーカーを追加し、現在200エーカーで、全て自己所有地。15年前にNZから乳用牛を生体で導入したほかは自家育成牛で、現在9割以上は農場で生まれたもの。現在NZ産は全体の5%。基本的に薬剤の使用においては獣医師法が制定されていないため罰則規定が無く、ほぼフリーで使用されているが、生乳の出荷などの際には薬剤の処方せんに準じた出荷制限を独自に行っている。


コタマルドゥ バルクタンク

コタマルドゥ ミルキングパーラー

 飼養する乳牛は(ホルスタイン・フリージアン)HFとサヒワールのクロスで血量は25-75%とやや低め。1産目は牧牛による自家交配。(母体の生産性向上を考慮)放牧主体のため耐暑性を高める必要がある。平均乳量は一頭あたり7リットル/日。現在州政府は凍結精液及び液体窒素を無料で配布している。ちなみに豪州産精液は1本30リンギ。人工授精は本人(息子)と父の2人で行う。搾乳は毎日2回、午前3時30分と午後2時30分に行う。搾乳作業は本人と、その他1人(担当固定)で行う。搾乳前の乳房処置としてはクロスで清拭を基本とし、可能な限り水洗は避けている。(水の供給に問題があるわけではなく、牧場入り口に地下水汲み上げ口がある。)集乳は政府のローリー車(容量1,500リットル)が週2回集めに来るだけで、その間は自場のバルクタンクに保管。容量3,000リットルで、1日平均搾乳量は500リットル。隣の酪農家までの距離は約10キロ。放牧は毎日搾乳後午前6時30分から9時30分までと搾乳牛以外は夜間放牧。草種は豪州産 Setaria Splenda, Paspalum Atratum(Higare), Bracharia Decumbens などを土地特性に合わせて使い分けている。その他、ネピアグラスの使用がサバでは盛んである。当地の気温は27〜34度、12月から2月までは雨期で3月から11月までは乾期。外寄生虫駆除は月1回、アイボメック(イベルメクチン製剤)による内寄生虫駆除は12回、12カ月齢以降は行わない。


コタマルドゥ

 年間子牛生産頭数100頭前後。放牧による粗飼料給与以外にはPKC(28〜30セン/キログラム、280リンギ/トン)や、米ぬか(1,000リンギ/トン)など。配合飼料はカーギル製品を主体に、FFMなど。生乳の乳業(SID社)買取価格は1リンギ/リットル、これに政府の価格補てん50セン/リットルが加わり州政府による統制価格として1.5リンギ/リットルで固定されている。

(2)肉用牛

 同州での肉用牛振興はDVSAIが1993年にサンダカンでオイルパーム園と肉用牛の複合経営セミナーを開催したことに始まる。ただし、実際に多くのオイルパームプランテーション各社が肉牛飼養を開始したのはここ4〜5年のことである。これらの農園の多くは政府系プランテーション(GLCs:Government Linked Companies)で、FELDA、Sawit Kinabalu、MPOB、Felca、KPDなどの各社が挙げられる。

 複合経営を奨励する一方、政府は現在農業団地を新たに造成し、団地内での大規模肉用牛飼養経営による工業的牛肉生産の意向を持っており、積極的な外資の導入と豊富な農業副産物(PKC)利用、採草・放牧地の開発などにより低コストで持続的な大規模生産を目指している。また、この構想と合わせて、牛と畜場の実証展示のためのと畜加工・研修センター(The Sabah Meat Technology Centre)をKK市内に建設中で、2006年からの稼働を予定している。この研修施設は州内の生産者に対する研修のみならず、BIMP-EAGA圏(注)全体のオープンラボとして位置付けられている。

 現在州政府は肉牛振興のため受胎した雌牛を生産者に貸与し、初産子を6カ月以内に政府に現物供与すれば当該親雌牛を無償で配布されるというプログラムを実施中。一方、州政府の動物法によりサバ州で飼養される牛にはと畜制限があり、繁殖用途に供することが可能な24カ月齢未満の雌牛はと畜できない。また、それ以上であっても、事実上の運用として繁殖障害などの問題がない限り雌牛は簡単にと畜許可証が発行されないとのこと。ただし雄牛に関する制限はない。

(注)BIMP-EAGA圏:Brunei-Indonesia-Malaysia-Philippines East ASEAN Growth Area

[ラハダトゥ:オイルパーム園と肉牛の複合経営事例]

 この地域ではDVSAIの指導により2002〜2003年にかけてオイルパーム園と肉牛飼養の複合経営形態が一斉に開始された。政府は肉牛振興に先立ち、州政府予算で農家に肉牛複合経営に関する技術研修(1〜2週間)を開催、ジョホールの先進事例視察などを無償で提供した。その後、当地域のDVSAI事務所主催でほぼ週1回ペースで生産者の勉強会が開催されている。当地域の問題点として現在、大規模と畜場が地域内に存在しないためと畜とその後の流通は近隣南部のタワウに唯一存在すると畜場へ出荷することになることが挙げられる。なお緊急に対策が必要な家畜疾病は出血性敗血症以外特にない。当地域の事例は政府担当獣医師をブレインとして、地域ぐるみで複合経営の枠組を構築する珍しい試みで、今後の動向が注目される。

(事例1)Mansuli farm

 従来はオイルパーム園経営専業であったが政府の指導により2002年9月から肉牛との複合経営を開始。同社の試算によると複合経営により22〜25%コスト削減が可能とされる。初期導入牛は豪州産ブラーマン(受胎牛)を素畜として200頭導入、約3年経過した現在では総飼養頭数600頭。飼養管理要員は現在4名。同オイルパーム園グループ全体の増頭目標は1万頭。グループ全37農場の合計面積は1千ヘクタール。同農場自体は繁殖を目標としており、肥育は関連子会社へ売却し肥育させる。内寄生虫駆除は年4回。給与飼料はいわゆるローカルグラスと呼ばれるパームオイル園の下草(雑草)のほか、PKC,ミネラルの補給を定期的に行っている。飼養形態はパームオイル園内放牧で、電気牧柵を用いた移動式放牧を行う。1牧区あたり平均面積はおよそ20ヘクタール、1牧区3カ月で600頭を一気に移動させるローテーション。電圧は8〜9.2ボルト。脱柵は現在の所なし。現在は増頭期間のため雄牛を17頭混飼しているが理想としては雌150頭に対し雄1頭であるとのこと。生産された子牛の出生時平均体重は25キログラム、平均増体重1日当たり0.8キログラム。繁殖用雌牛の平均体重は350キログラム、肥育は15カ月齢、250キログラムを始点として3〜4カ月、出荷時の目標体重は400キログラム。


ラハダトウ Mansuli Farm

(事例2)Sandau estate (Borneo Samudera 社)

 総面積は2,075ヘクタール、うち放牧適地はおよそ1,000ヘクタール。パームオイルの樹齢が6年以下の区域は牛が若木を食べてしまうので放牧に不適。なお、プランテーションとして経済的に最適とされるのは樹齢25年で、当場においても30年を限度に更新を行う。現在パームオイルの価格は1トン150リンギ。同場も2003年から肉牛との複合経営を開始し、今後20年で1万1千頭まで増頭を計画している。子牛を含む現在の総飼養頭数は320頭で、品種は豪州産ブラーマンおよびドラウトマスター。月に1回PKC給与。ビタミン剤、鉱塩(豪州Olson社製)、その他、現在ネピアグラスの試験栽培を行っており、将来的には200エーカーの作付けを行い乾期の補助飼料として生草での給与を計画中。ただし刈り取りは人力。牧区を最大に設定した場合3カ月のローテーションとする。1月当たり3〜4ヘクタール使用。現在雌牛は増頭のため出荷していないが、雄牛については種付け用に2〜3年使用するものを除き生体重350キログラム以上になると売却する方針。放牧監視要員は昼夜交替制の2人×2人。母体となるプランテーションは82年設立、従業員820人。複合経営のメリットとして、従来下草刈りに要する人件費が1ヘクタール当たり年間150リンギ必要であったが、複合経営で放牧することでこのコストが削減できるとのこと。なお、肉牛部門と本体のパームオイル部門が別会社の場合、現在平均してパームオイル園側が放牧者に1ヘクタール当たり年間50リンギを支払う。このことにより肉牛飼養者は現金収入と粗飼料を手に入れることができ、パームオイル園側はおよそ100リンギの経費節約ができる、両者に得のある方法であるとのこと。同一経営の場合およそ30%の経費削減になるという。


ラハダトウ Borneo Samudera 社

(事例3)Abedon farm

 総飼養頭数180頭、うち20頭は牛舎で肥育中。ここでの給与飼料は午前中粗飼料1頭あたり4キログラム、午後にPKCを1頭当たり3キログラム給与。2006年初頭にこれらの肥育牛を売却予定。その他160頭のうちブラーマンおよそ70頭、その他ドラウトマスター、バリ牛交雑種、在来牛およびその交雑種など多様。この群に種付け用雄牛を3頭飼養。(ブラーマン2頭、サヒワール1頭)ブラーマン、ドラウトマスター以外はサバ州、主にサンダカンから購入。バリ牛交雑種はタワウから。複合経営開始は2003年から。PKC給与は年3回。

 肉牛飼養開始以来生産した子牛は67頭。

 総敷地面積は600エーカー、放牧監視は2人。(牛舎1人、放牧監視1人)牧区面積は電気牧柵の効果を発揮させるための限界が総延長1,500メートル(1巻500m×3)であるためその制限に縛られる。


ラハダトウ Abedon Farm 肥育牛舎

(事例4)Suhaimi Sari farm

 上記3例との大きな違いとして、当牧場のみ自己保有のパームオイル園の敷地面積が少ないため、他人の農場との放牧契約を結んでいる点で、スハイミ氏は200エーカーのパームオイル農場主にして、石材加工も手掛ける多角経営者(従業員はパームオイル4人、肉牛3人、石材1人)である。また、肥育・売却のための係留牛舎(DVSAI獣医師のデザインによる。敷地面積20エーカー)をマレーシア農民銀行のローンで、総工費50万リンギで建設中である点も特徴的である。この種の家畜集積場は当地域唯一で、2006年1月に本格稼働開始を予定。収容能力は2棟4レーンで200頭。現在は25頭を肥育中(うち最大のものは現在生体重560キログラム)。パームオイル園で放牧される牛がこの他に120頭。品種はバリ牛交雑種、HF交雑種、在来牛など様々。氏の放牧契約はFelcra(250ha:大手パームオイル園)と5年の契約(MOU)を交わしており、放牧料は3カ月ごとに支払われる。支払は1ヘクタール当たり3カ月で30リンギ、1年で3万リンギの放牧料収入となる。なお、前3社同様電気牧柵を用いた移牧で、1牧区当たり7〜10エーカーで区切られている。


ラハダトウ 係留牛舎

 

[タワウ:小規模契約放牧事例] Hj. Manjor Nastan farm

 タワウ市近郊の肉牛フィードロット+オイルパーム放牧複合経営。2001年2月からサバ州DVSAIの受胎牛配布スキームに乗って総飼養頭数5頭から経営を開始。現在98頭。飼養品種はブラーマン交雑種、ドラウトマスター交雑種、バリ牛交雑種、在来種などさまざま。繁殖用に5頭の種雄牛を飼養。オーナーの前職はパームオイル園雇用労働者をはじめ、さまざまな業種を渡り歩く。自己所有のオイルパーム園面積は12エーカーとわずかで、ラハダトゥの事例と対照的なのは、放牧契約を交わすオイルパーム園に1エーカー当たり1月1リンギの放牧料を支払っている点で、理由として契約相手の大手パームオイル園(前述Borneo Samudera 社)は既に自己所有の肉牛があり、新たに他の事業者と契約してまで下草刈りを目的とした放牧を委託する必然性がないからである。つまりこの種のパームオイル=肉用牛複合経営が成功するか否かは大手プランテーション事業者の胸先三寸に懸かっていると言っても過言ではなく、その点ラハダトゥの事例は「現在のところ」極めて平和的であると言える。先に述べたサバ州農業政策では「零細経営の大規模化」が真っ先に謳われているが、零細経営に対する具体的保護政策を何ら持たないこの事例を見る限り、長期的視野で見て、結果的には単に「大規模経営による畜産物増産」を推進する形になっている。なおこの事例の場合、放牧契約用地総面積は500エーカーであり、年間放牧料は6,000リンギ、2005年1月からの2年契約。平均的に1頭に要する敷地面積は1月当たり5〜6エーカーと言われており、現在は26頭を牛舎で肥育しており、残り72頭は放牧しているが、面積的には現状で充分であるとのこと。なお肥育牛の販売価格は生体重1キログラム当たり約6.5リンギで、販売時の平均体重はおよそ300キログラム。創業以来50頭程度売却したとのこと。必要経費はPKC(0.2リンギ/kg)1日当たり150キログラムを舎飼いの肥育牛に給与するので30リンギを要するほか、放牧料500リンギ/月、乾草1.8トン当たり200リンギとなっている。


タワウ 小規模肉牛複合

(3)ヤギ・羊・シカその他

 中小反すう家畜についてはDVSAIにより今後とも継続的な小規模経営への振興策がとられるとされている。サバ州ではヤギ肉は主に中・高所得者層の需要が高く、一般的に生体で取引され、多くは宗教的儀礼(Akikah, Kenduriなど)に供される。ここ数年、政府により飼養法などが紹介されたことによってシカ飼養が盛んになっているのが特徴的。そのほか、ダチョウ農場が州内に1場有り、日本へ初生ひなの輸出を行っている。

[タワウ:複合経営による肉用ヤギ直販農場事例] IB.Sausudih.B.Labandu ヤギ農場

 タワウ市近郊のヤギ+オイルパーム複合農場で、1995年から肉用ヤギの飼養を開始。オーナーの前職は大手パームオイル園の雇用労働者。パームオイル園に隣接して高床式の繁殖畜舎1棟(内部には分娩房28)、育成畜舎1棟(内部は4パドック)が軒を連ねる。分娩用畜舎で分娩を終えた後、2カ月程度で通常群に戻す。雨期は主に舎飼いで、乾期にオイルパーム園内で放牧を行う。放牧・粗飼料給与の他にPKC1日1頭当たり250グラム給与。3カ月齢で生体重は20キログラムに達する。品種はBoar、Feral、その他交雑種。全体で2か所で1か所250頭、オイルパーム60エーカー、合計500頭および120エーカーを所有する。雇用労働者はヤギ飼育要員2名、オイルパーム要員4名の計6名。子山羊生産頭数は年間500頭で、年間販売頭数は400頭。販売時の平均体重は20〜25キログラムで1頭当たり300〜350リンギで販売。なお販売方法として、当地におけるヤギ肉需要は非常に高く、バイヤーが直接畜舎を訪問して買い付けに来るとのこと。取引は全て生体で、主に宗教的祭礼用に適宜購入者によってと畜される。


タワウ 育成ヤギ舎

(4)養豚

 連邦政府の方針に基づき2007年を目標年とする養豚団地造成計画があるが地区の選定など、詳細は未定。政府による養豚奨励策は無く、その運営が全般的に民間セクターに委ねられていることが、計画が滞っている要因。また養豚及び養鶏はほとんどが中国系移民による経営である。

[KK:養豚・養鶏大規模複合経営事例] Kobos Farm

 Kobos Farmはサバ州最大の養豚・養鶏合併農場。繁殖母豚6,000頭規模で、山間部の谷地を丸ごと農場用地として使用する。


KK Kobos Farm 豚・鶏複合農場

(5)家きん

 州内には大規模ブロイラー農場が36社有り、その多くは資材調達や輸送に便利な沿岸部に立地する。アヒルの飼養は東海岸のサンダカン及びタワウが中心で、アヒル卵の多くは皮蛋に加工されて消費される。多くの大規模経営では閉鎖型鶏舎への移行が進んでおり、政府によってSCEP(DVSAIによるサルモネラ清浄農場認定)やSALT(連邦政府による優良農場認定)、ハラルなどの品質認証プログラムにより輸出を視野に入れた付加価値化を行っている。

[KK:大手採卵鶏農場事例] Ladang Ternakan Chuan Guan 社(CG Sdn Bhd)

 大手の採卵鶏農場で鶏舎のサイズは15×150メートル、15万羽/舎が24棟、敷地面積18.4エーカー。65年に父の代から営農開始、当初は500個/日から開始。自動給餌機による給餌。飼養鶏種はGolden Comet, Bovans, Hylineなど。ハイラインは最近試験飼養を開始。飼料は全て自家配合で鶏舎に隣接してフィードミル施設を持つ。輸入元は中国、インド、米国、タイなど。ミネラル補給にMDCPなど。従業員55人+社長Wong氏の家族3人で経営。鶏ふんは1袋(20キログラム程度)2.5リンギで周辺野菜農家へ販売する。野菜農家は、大規模経営は中国系移民、中小規模の大部分はマレー系の経営だがマレー人は余り自分で営農せず、インドネシアからの外国人労働者に作業させ、マネージメントのみと言うパターンが多いとのこと。野菜はキャベツ・キュウリなど高原野菜。

 現在卵価はグレードAで7.2リンギ/1トレイ(30個)ハリラヤの時期など供給過剰の時期はフィリピン、インドネシア、ブルネイへ輸出する。グレードはAA,A,B,C,D,E,Fの7種。初生ひなは2.4リンギで安定的に推移している。導入はKK,KLなどからの空輸。

 雇用労働者には必要に応じ宿舎を提供している。労賃は半島部より低いだろうとのこと。出身地としてはインドネシアのヌルカン、フィリピンのパラワン、ズンマンガなど。廃鶏は業者へ販売し、業者は市場へ販売する。市場では直接と畜される。


KK CG採卵鶏農場

[タワウ:大手インテグレーターの事例] Rastamas グループ

 84年10月に設立された養鶏会社Ladang Ternakan Triwana社を核とし、鶏肉加工・流通・貿易・運輸などの関連企業を傘下に持つ大規模複合経営体。グループ全体の資本金は5,010万リンギ、養鶏(ブロイラー及び採卵鶏)部門・鶏肉加工部門の資本金はそれぞれ1千万リンギ。ファーストフード大手KFC(サバ)の主要取引先でもあり、2004年7月からの2年契約で現在は主に同州東海岸部各都市へ原料を供給している。ブロイラーのシェアはサバ州全体の約15%を占める。現在、コタキナバル(KK)までの陸送に12時間を要するため、KKをはじめ西海岸主要都市への供給はわずかだが、2006年にコタキナバル=タワウ間の直通幹線道路の開通が予定されており、これを機に西海岸部(サラワク州やブルネイを合わせ)への供給を拡大したいとしている。2004年総売上額は6,264万リンギ、うち純利益が141万リンギで前年に比べ98%の増益と急成長している。種鶏の導入は半島部サマランジョンからROSSおよびCOBBのPS鶏を導入。鳥インフルエンザ発生の影響で、今年3月にはシンガポールから骨なし鶏肉輸入のオファーがあったが、提示価格が低すぎて交渉はまとまらなかった。

 鶏肉加工場の従業員数は60名で機材はオランダSTORK社製品を使用。


タワウ Rastamas 鶏肉加工場保冷車

(イ)貧困削減対策

 第7次マレーシアプランまでは貧困世帯に対してDVSAIによる直接援助や助成金の支給があったが、8次プラン以降は住宅・地方自治省などに所轄官庁が変更された。ただし、現在も生体家畜の現物支給や各種必要資材の一部を配布するなどの社会経済対策が継続している。

(ウ)協同組合

 日本のような協同組合組織は畜産分野では見られないが、畜産農家団体として家きん農家協会(Poultry Farmers Association)及び豚生産者協会(Pig Breeders Association)があり、これに加えて豚と畜業者協会(Pig Butchers Association)がある。これらの団体は畜産物価格決定に際して州農業省と協議することが主な役割とされている。基本的な状況はサラワク州においても同様である。

(エ)と場整備

 2002年に食肉検査及びと場管理に関する所轄権が、住宅・地方自治省からDVSAIに移管され、これに伴い2003年に食肉検査規則(Meat Inspection Rules)が制定された。これによりDVSAIの下部組織として公衆衛生担当部局が設置され、肉用牛の項で触れた研修センターの運営などと併せて食品衛生検査能力の向上が図られている。

(オ)流通・インフラ整備

(1)港湾

 主な積み降ろし港はKKのほか、クダ、サンダカン、ラハダトゥ、タワウ。東海岸のサンダカン、ラハダトゥ、タワウは原材料の輸入に際し、取引規模の小ささからKKで積み荷を降ろした貨物船が立ち寄る便のみで、直通便不在のため航送運賃が割高となる。ただし港湾深度は十分のため大型船舶の入港制限はない。

(2)液体窒素プラントの所在

 以前はシンガポールからの空輸により液体窒素が供給されていたが、1980年代に酪農振興対策の一環として、DVSAI によりサバ州初の液体窒素生産工場がKK市内に建設された。現在、サバ大学が調査研究用に液体窒素プラントの建設を計画している。

(カ)家畜疾病・衛生対策

 同州は国際獣疫事務局(OIE)に対し口蹄疫清浄地域指定のための申告を行い、2004年5月27日付けで清浄地域認定を取得している。他家畜疾病に関しても鳥インフルエンザ、牛疫、狂犬病、ニパウイルスなどについて清浄地域とされている。(2005年10月現在)


OIEによるFMD 清浄地認定

イ 畜産業関連の外資誘致政策と現状

 同州の外資誘致策として、KKに程近いパンタイバラ管区パパおよびペダラマン管区ナバワンに、ハラル製品団地を建設する計画があり、主にBIMP-EAGA経済地域を対象とした輸出産業の振興に意欲的であり、DVSAIは肉牛産業に関しては歴史的にも関係の深い豪州クインズランド州やノーザンテリトリー、NZなどの業者と提携しながら振興策を講じるとしている。

〈外資企業などの進出状況〉

 飼料メーカーの進出で特徴的なのは東南アジア地域で市場占有率の高いタイ資本CPグループの進出がサバ・サラワク両州およびブルネイで見られない(半島部には進出)ことが挙げられ、関係筋によると州政府等の営業認可が下りないためとのこと。理由は不明。なお、進出外資としてはカーギル社系列会社や、ゴールドコイン社などが有名。マレーシア資本としては飼料生産量で国内3位、採卵鶏飼料では国内一のシェアを誇るFFM社の進出が見られる。

・サラワク州

ア 畜産振興政策及び現状

 サラワク州の畜産振興に関しては99年の獣医公衆衛生令(Veterinary Public Health Ordinance 1999、2002年に一部改正、水産業に関する規定を追加)が唯一の根拠法令である。また、サラワク州農業開発政策(The State Agricultural Development Policy Sarawak:1998-2010)に基づき、2010年を目標年とした自給率向上などに関する達成計画を定めている。

 サバ州の畜産政策と大きく異なるのは、サラワク州には畜産局(DVS)が存在せず、各種畜産関連施策を州農業省が直接担当している点であり、両州を比較した場合、政府の振興政策がともにほとんど存在しない養鶏・養豚分野の発展が、サラワク州においてより顕著である。

 同州農業省による畜産振興政策は基本的に獣医療向上計画(Veterinary Development Program)に従って推進され、重点目標として次の2点が挙げられている。

(1)サラワク州内の畜産物需要を満たし、同時に輸出振興を行うことを目的として先進的で競合性が高く持続的な畜産業振興を図る。

(2)獣医公衆衛生機能の向上により競合性の高い畜産業を振興するために効果的な獣医サービスの提供を行う。

 これらの目標を達成するため、具体的には8つの施策を行っており、以下に同州農業省が取りまとめた2003年の執行実績を示す。

(1)動物検疫プログラム:家畜および愛玩動物の輸入検疫実績は家きん382羽、闘鶏3羽、育種用生体牛3,689頭、同ヤギ390頭、ほか。

(2)家畜疾病鑑定プログラム:シブ、サリケイ、ビントゥル、ミリ各管区に病勢鑑定ラボがあり、地域の生産者に対する病勢鑑定サービスを行う。2003年実績はおよそ1万6千検体の検査。

(3)獣医公衆衛生プログラム:畜産物の品質検査を担当。2003年の抽出検査実績は705検体。

(4)家畜生産研究および訓練センタープログラム:カラブンガン家畜改良センターにおいて家畜生産および飼料管理に関する農家研修を行っているほか、種畜の配布も担当する。同年の研修生受入実績は38名。

(5)家畜改良プログラム(連邦政府予算):パームオイル園などとの複合経営振興対策として肉用牛種畜705頭、シカ種畜110頭の調達を行った。

(6)家畜疾病防疫プログラム:口蹄疫清浄地認定のためのサーベイランス調査のほか、牛、水牛で多発する出血性敗血症ワクチン接種、その他家きんに対する鶏痘などのワクチン接種など。

(7)家畜改良プログラム(州予算):生産者に対する種畜配布(販売)のため、家畜改良センターで約93万羽の初生ひな、3万4千羽のウズラ初生ひな、1,791羽のアヒル初生ひな、肉用牛79頭、豚111頭、ヤギ31頭が生産された。

(8)畜産団地造成:連邦政府の方針に従った、州内4か所における養豚団地(PFA)造成計画が有るものの、周辺住民、対象生産者双方の反対により進展は見られていない。なお構想としてはうち2か所のみ検討が継続している。これらのうち中部リンバン実証展示PFAが500ヘクタール、コタ・サマラハンPFAが804ヘクタールが計画されている。

 なお2003年のプログラム毎の予算割当および執行額は次のとおり。

ア)畜種ごとの対策目標

(1)酪農

 サラワクに現存する酪農場は「Chai Dairy Farm」および「Lee Fat Min farm」の2件のみで、合わせて141頭(2003)。ともに中国系移民で州都クチン市内に直売を行っている。1970年代には多くのインド系移民による酪農が見られたがすべて撤退。州政府による振興策は、獣医サービス以外には皆無。ただし、前述のとおり同州における学乳供給は連邦政府のスキームに基づいているためこれを補完する「Yayasan Sarawak」がある。

[クチン:大都市郊外の直販酪農場事例] Lee Fat Mon Dairy farm

 クチン近郊で酪農経営を行う。主人のLee氏は中国系移民で1962年、雌牛2頭、雄牛1頭から経営を開始。現在総飼養頭数50頭、うち搾乳牛は20頭。雄牛は血統の良いものは2〜3年種付け用に飼養の後5年令以上になると売却、これをローテーションで行う。訪問時売却予定の雄牛は体重およそ600キログラム、4,500リンギで近隣のと畜場(SEDC)へ出荷するとのこと。雄牛は種雄牛としてよりは資産バッファーとしての肥育牛としての位置付けで、交配は主に米国や豪州、連邦政府種畜センター(パハン州)生産のホルスタイン精液を用いたAIによる。年間子牛生産はおよそ10頭。

 飼養品種は現地でローカルインディアンブリード(LIB)、ジャージーアメリカンブリード(JCB)と呼称されるホルスタイン交雑種およびジャージー交雑種で構成される。HFサヒワール交雑種の平均乳量は1日当たり8リットル、最も能力の高いもので12リットル。ジャージー交雑種の場合は3〜4リットル。なお搾乳は朝3時30分、昼4時の2回。1回の生乳生産量はおよそ60リットル。搾乳は機械を使わず手絞りで、搾乳後、隣接する自宅の調理場で簡単に加熱処理した後ボトルに充填し、直売契約を交わしたクチン市内のおよそ100件の顧客に日々配送する。容量は350mlと750mlで単価はそれぞれ1.5リンギ、3リンギ。1世帯当たり平均5本を朝5時、夕方4時30分の2回配送。採草地などを合わせた総面積は6.25エーカーで、全頭舎飼いで飼料は採草による生草給与主体。乾期に粗飼料が不足するため親類の土地に採草に行くことがある。作付けはネピアグラスが4エーカーの他は雑草(地元ではRunput nalayまたは Ischeman nagnumと呼ぶ)。 

 その他搾乳牛などに補助飼料として大豆かす、ココナツケーキ、圧ぺん大麦、コプラケーキなどを給与しているとのことであるが、見たところ総じてボディコンディションはプアである。

 クチン近郊にはもう1件酪農場があり、当該農場における飼養頭数も同じく50頭程度、全頭舎飼いで採草による粗飼料給与体系をとる。なおこの農場は移動式搾乳機械を用い、併設する処理場ではパスチャライズ乳を生産する点、幾分機械化されていると言えるが契約顧客への直売など、経営のスタイルはほぼ同様である。


クチン Lee 酪農場

(2)肉用牛

 同州ではオイルパーム園との複合による肉用牛振興を掲げており、農業省はここ4年間牛の生体融資事業(cattle PAWAU program)と併せて4万ヘクタールのオイルパーム園用地内に3,000頭の肉牛飼養を達成している。肉牛の飼養は同州でオイルパーム園が集中するミリ〜ビントゥル間の通称オイルパーム回廊近辺に多く、ミリ管区に全州の50%程度が飼養されている。経営形態は一般的に零細で、大部分が飼養頭数30頭以下でブラーマンなどの交雑種主体である。ミリービントゥル間にあるPPES Ternak社は数少ない大規模経営で、総飼養頭数1,493頭、放牧専用地2千エーカー、放牧用不整地5千エーカーを有する。また、隣接して州農業省種畜牧場がある。

(3)水牛、ヤギ・羊

 飼養頭数規模100頭を超えるヤギ農場はまれで、多くは6頭から60頭程度であり主要産地は南部3管区(クチン、サマラハン、スリ=アマン)。

 一方、水牛は1万頭以上の、同州で飼養される大部分が最北部リンバン管区のバリオ高地に集中しており、伝統的に農耕用役畜として供される。この地域では稲作の収穫後2月頃から次回作付けが始まる9月頃までのおよそ8か月間休耕田で放牧される。作付け中はその他の放牧地で飼養される。州政府による振興策は特になし。

(4)養豚

 州政府の振興策としては養豚団地造成計画があるが、当初の目的どおり4か所の養豚団地(PFA)を立ち上げるのは実施上困難な状況が多分にある。なおPFA内での汚水排出基準はBODが50以下、CODが100以下とされるなど現在の構想では極めて厳しい規制が課せられることとなっている。現在同州の商業的養豚経営はクチンおよびサマラハン管区に集中している。

[クチン:大規模養豚事例] Then Brother’s Farm Sdn Bhd


クチン Then Brother’s養豚場

 クチン市内からインドネシアとの国境まで続く主要幹線道路沿いに養豚場、養鶏場が多く存在するが、500メートルほど支道を進んだところにある当養豚場は牧場主であるテン氏の兄弟4人で経営され、弟の一人が農場専任でAIなど飼養管理、運営全般を担当。飼養規模は母豚800頭、総頭数10,000頭。豚種はランドレースとデュロックのクロス。AIのほか、種豚を15頭飼養。飼料は大豆、コーン、圧ぺん大麦の他魚粉など。1日2回給与で7時、15時。飼料添加剤としてはリジン(米国ADM社製)、メチオニンなど。飼養管理に使われる機材や豚舎周辺空調機器などはビックダッチマンなど。農場敷地面積は12エーカー。育成豚舎は完全空調の密閉型豚舎で、週齢毎に区分し6棟を並列する。豚舎内の気温は2−3月齢で27-28度。ふん尿の処理は固液分離後、発酵促進剤(IPU:フランス製)添加の後液状分はラグーンへ、汚泥は台湾製の水分調節器を通した後廃棄(マレーシアはハラルが厳格なため、豚農場からの廃棄物をたい肥として利用することは少ない。)。


クチン 同繁殖豚舎内

クチン 台湾製汚泥処理機械

(5)家きん

 連邦各州は養鶏・養豚の振興を民間に委ねており、同州農業省においてもこれと言った振興策はない。近年は閉鎖型鶏舎による大規模一貫経営に転換しつつある。

[クチン:大規模企業養鶏事例] K&L Farming Industries Sdn Bhd

 
 K&L農場グループはクチンに養鶏場と事務所に付属すると場を持つ。97年からブロイラー養鶏を開始、2001年以降はウインドレス鶏舎を導入。鶏舎は約24×82メートル。労働力としては1人1鶏舎を管理し全部で21鶏舎。1棟当たり2万7千羽(1羽当たりおよそ7.43平方センチメートル)飼養。鶏舎は平飼いで1階建て、敷き料におがくずを使用。おがくずはクチンの材木業者から5トン150リンギで購入。これはほとんど運搬コストのみ。おがくずの混じった鶏ふんはたい肥としては余り好まれないのでたい肥の販売は行っていない。ブロイラーは80日齢、平均重量2.4〜2.6キログラムで出荷、オールアウトした後鶏舎は30日の消毒期間をとる。年間4.5回転。鶏種はROSSのみで、初生ひなはゴールドコイン社から月160万羽を導入、1羽1.2リンギ。99〜2000年頃は240万羽だった。PS鶏については、AI発生以前はタイや半島マレーシアからの輸入が主だったが発生後NZ産に変更。購入飼料はゴールドコインからのみで、2002〜2003年頃と比べて現在の飼料費は30〜40%上昇しているとのこと。給与飼料はコーン、大豆、パームオイル、魚粉などで、気温や発育ステージに合わせて配合割合を変化させる。その他の飼料添加剤としてはマルチビタミン、(A,Cなど水溶性、脂溶性とも)アミノ酸、など。鶏舎内の気温は26〜28度、外部の気温は平均的に32〜34度。


クチン Then Brother’s養豚場

 

[クチン:ふ卵場併設の在来鶏農場事例] Kwan農場

 ふ卵場併設の在来鶏農場。現地では血統の特定できないコマーシャル系統の交雑種や地方特有の原種鶏などを総称してカンポンアヤム(地鶏:カンポン=田舎の、アヤム=鶏)と呼んでおり、鶏舎を覗くと、様々なコマーシャル系統の特徴をもつ鶏が混沌とした状態で飼養されている。鶏舎は一応存在するものの、扉は開放で鶏舎外にもはみ出し、半ば放し飼い状態。社長はKwan氏。91年に養鶏を開始し、現在は3農場を経営する。1棟当たり8千羽飼養で飼育期間は80日。出荷時生体重は平均2.0kg。ゴールドコイン社製の飼料を使用する。従業員9人で11,000羽CS。PS鶏の導入はフランスJUSO社、カンポンアヤムの初生ひな価格は1羽2リンギ。ブロイラーで7リンギ。出荷先はクチン市内CCK市場が最大で全体の65-70%を占める。


クチン ふ卵場

6)その他

 肉牛飼養大手であるPPES Ternak社により93年からシカの飼養が開始され、2002年末現在の飼養頭数1,844頭、農業省発表による2003年シカ飼養頭数は3,538頭。シカ肉は州政府の野生動物保護令(Wild Life Ordinance)により輸入が禁止されており、2003年の鹿肉生産量は約9.2トン。その他、漢方薬原料(角)などに使用される。

(イ)と場整備

 クチンおよびミリ管区に、それぞれ州経済開発法人の管理による主要牛と畜場がある。豚と畜場は各管区の主要都市で地方自治体などにより運営され、州全体の1日平均牛と畜頭数は300頭。州内で生産された豚肉、牛肉、マトンなどはこれらと畜場で処理された後、主に各地のウェットマーケットへ流通する。ブロイラー加工場は2003年現在6社が操業している。

(ウ)流通・インフラ整備

(1)港湾

 クチン周辺にはサラワク州の畜産の80%以上が集中しているが最寄りのSematan港は深度が浅く、一万トン以下の輸送船しか入港できないため中部ビントゥルに計画中の農業団地に期待が寄せられている。中部ビントゥル管区のビントゥル港および隣接するシミラジャウはともに大型船舶の入港が可能で、工業団地造成計画が進んでいる。

(2)倉庫等一時保管設備(飼料原料保管・乾燥設備の所在)

 養豚・養鶏など穀物飼料依存性の高い畜産経営で使用される原材料の大部分は輸入に頼っている上、同州の大部分の飼料プラントは州都である南部クチン近郊のShim Kheng Hong港に隣接する工業団地内にあることなどから、主要産地はクチン管区および隣接するサマラハン管区に限定される。

(エ)家畜疾病・衛生対策

 同州農業省は2002〜2003年にかけてOIEに対しFMD清浄地域指定のための申告を行った。2002年には血液検体6千点が、2003年には4千点がコタバル獣医検査所に送付され検査された結果、ウイルス陰性と判定された。その他家畜疾病に関しても鳥インフルエンザ、狂犬病、ニパウイルスなどについて清浄地域とされている。(2005年10月現在)

 2003年中には獣医公衆衛生令に基づき409件の生産者等に対しの認定畜産業者資格が発行されている。内訳として家きん農場323件、養豚場42件、家きん加工場5件、飼料工場5件、豚と畜場1件、食肉加工場2件となっている。また同年、畜産物衛生保証認定(Veterinary Health Mark Logo)が同州で初めて2件の畜産物加工場に与えられた。

(オ)土地所有状況と所有制限等


 土地利用についてはLand Lease Survey Departmentが土地利用権などに関する権限を有しているが海外投資家の誘致という点ではノーポリシーである。一般的に土地の9割地以上は州政府の直轄地で、農業を行う場合60年のリース契約を締結するのが一般的。全体で1エーカー300リンギ(最低)、年間2リンギ/エーカーを納入。また同州農業省は現在「Agropolis Plan」により総合農業団地建設計画を持っている。

 

4 おわりに

 97年に半島部で発生したニパウイルスによる被害や、長い間継続して口蹄疫撲滅対策が取られているにもかかわらず依然として根絶できない口蹄疫など、家畜衛生対策上の問題もさることながら、連邦全体では過半数以上を占める回教徒は養豚産業自体を快く思っていないことなど、マレーシアの養豚産業にとっては困難な状況が続いている。一方養鶏産業においても2003年初めに猛威をふるい、未だ世界各地で発生、被害を繰り返している鳥インフルエンザの問題も長期化の様相を示している。このような中でボルネオ地域はその地理的隔絶性から各種家畜疾病に対し清浄性を保っていることや、州政府による畜産振興策により、今後の基本的なインフラ整備の進展に伴い海外への輸出を含めた畜産分野の振興の可能性が高い。同国の畜産関連政策は州毎の独立性が高いとはいうものの、実際には連邦政府の策定する政策の枠組を大幅に逸脱することは無いが、各州政府の抱える個別の問題や対応如何によっては、これらサバ・サラワク両州を比較して明らかなように状況は大きく異なってくる。特に、マレーシアの場合政府政策立案部門の担当者は同国のブミプトラ政策によりその多くが広義のマレー系で、畜産、特に養豚、養鶏に携わる華人系住民との宗教的立場の違いなどからPFA策定問題など、様々な困難な状況を生じている。さらにボルネオ地域では、住民の多くがキリスト教や土着の精霊信仰を受け継いでおり、複雑な状況で、カダサン族やイヴァン族をはじめとする原住民族との共存も重要な課題である。アセアン地域では日本の定年退職者コロニーが各地で建設されておりタイでは日本人村構想などもあるが、特にサバ州では豊富な観光資源と併せて畜産業とタイアップした形でこの分野の開発の意向を持っているとのことであり、今後の動向が注目される。


カダサン市場

 本原稿執筆に際し御助言、資料提供、現地調査などでお世話になりました全ての皆様に深く感謝致します。

(参考資料)

1. “Eighth Malaysia Plan 2001-2005”Economic Planning Unit, Prime Minister’s Department, Malaysia

2. “Mid-Term Review of the Eighth Malaysia Plan 2001-2005”Economic Planning Unit, Prime Minister’s Department, Malaysia

3. “Livestock Statistics”(1999-2003) Jawatanuasa Penerbitan Laporan Perangkaan Ternakan Jabatan Perkhidmatan Haiwan Malaysia

4. “Third National Agricultural Policy 1998-2010”Ministry of Agriculture Malaysia

5. “Malaysia Agricultural Directory & Index 2001/2002”Agriquest Sdn. Bhd.

6. “Malaysia Agricultural Directory & Index 2003/2004”Agriquest Sdn. Bhd.

7. 「マレーシアハンドブック2005」マレーシア日本人商工会議所

8. “Census of Health Services(Private Sector)”Department of Statistics, Malaysia

9. “Monthly Statistical Bulletin 2005 Sabah”Department of Statistics, Malaysia, Sabah

10.“Monthly Statistical Bulletin 2005 Sarawak”Department of Statistics, Malaysia, Sarawak

11.“Laporan Tahunan Veterinar 2003”Jabatan Pertanian Sarawak

12.“Yearbook of Statistics SABAH 2004”Department of Statistics Malaysia, SABAH

13.“Yearbook of Statistics SARAWAK 2004”Department of Statistics Malaysia, SARAWAK

14. “Yearbook of Statistics Malaysia 2004”Department of Statistics Malaysia

15.“Food Act and Regulations”MDC Publishers Sdn. Bhd.

16.“Environmental Quality Act and Regulations”MDC Publishers Sdn. Bhd.

17. “Compendium of Environment Statistics Malaysia 2004”Department of Statistics Malaysia


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