特別レポート

豪州の新たな農場段階における家畜生産保証制度(LPA)について

シドニー事務所 井上敦司、横田 徹


1 はじめに

 豪州は、四方を海に囲まれた大陸という地理的条件を生かし、厳しい検疫制度を用いて海外からの家畜疾病の侵入を防ぐとともに、国内では家畜に関して各種の安全性(品質)保証対策を講じるなどして、食品に関するクリーンなイメージを培ってきた。

肉牛の放牧風景(NSW州内陸部)

 一方、近年、諸外国での牛海綿状脳症(BSE)や鳥インフルエンザの発生などにより、消費者は以前にも増して食品の安全性の確保を求めるようになってきた。このため、各国政府や産業界にとって、家畜疾病の予防や衛生的な管理など、食品の安全性の確保が極めて重要な課題となっている。

 このような中、豪州食肉産業界は、豪州産食肉の安全性に対する内外消費者などの信頼をより確固たるものにすべく、2004年、新たな農場段階での品質保証制度「家畜生産保証制度(Livestock Production Assurance:LPA)」を導入した。以下にその概要を紹介する。

 

2 豪州の食肉品質保証制度の変遷

 まず、豪州の品質保証制度の導入の歴史について触れてみたい。

 豪州で現在行われている食肉の安全性(品質)保証制度は、農場段階からと畜・加工段階、さらには輸出用のコンテナの封印に至るまで、多岐にわたって実施されている。これらの制度は、1980年代後半から相次いで確立された。

 農場段階では、1994年に豪州産輸出牛肉から残留農薬クロロフルアズロンが検出され、輸出相手国との貿易上の問題に発展した。これを契機に、豪州肉牛協議会(CCA)などが中心となって、生産者自らが、飼料に残留農薬の危険性がないことなどを申告することによって出荷牛の品質を保証する全国出荷者証明書(NVD)や肉用牛の飼養管理段階にHACCPシステムを導入したキャトルケア制度を策定、導入した。

 フィードロットでの肥育段階では、1995年に全国肥育場認定制度(NFAS)が、豪州フィードロット協会(ALFA)およびオズミートによって導入、推進された。

 一方、と畜・加工処理段階の品質保証制度は、農場および肥育段階よりも早く確立され、1980年代後半には導入された。豪州の衛生検査制度は、輸出向けは豪州検疫検査局(AQIS)の所管、国内向けは州政府の所管として、連邦、州それぞれにより、品質保証制度が導入され、推進された。輸出向けに関しては、1994年に輸出向け食肉安全保証システム(MSQA)が導入された。しかし、1995年に南オーストラリア州で病原性大腸菌O−111による食中毒事件が発生したことを契機に、豪州・NZ農業資源管理評議会(ARMCANZ)は、食品の安全性の一環として、州によって異なる食肉産業に適用される人の健康に関連する規則の整合性を図り、食肉処理工程にHACCPシステムの導入義務化を決定した。これを受けて、食肉の生産および流通に関するオーストラリア規格が定められ、それに従って各州の関係法令も整備された。現在は2002年に定められた食肉・食肉製品の衛生的生産と輸送に関する豪州規格が、国内および輸出向け双方に適用されている。輸出向けにはさらに、HACCPを基礎とした改正MSQAが、1997年に義務化され、実施されている。

 このほかにも、購入飼料の安全性確保のために、家畜飼料証明書制度(LFD)が、また、家畜の治療薬の食肉への残留の危険性防止措置として薬品使用管理制度(CUM)が導入された。また、家畜を輸送する場合の品質保証には、トラックケアなどの制度、家畜市場での品質保証は、全国家畜市場品質保証制度(NSQA)がある。

 品質保証の推進団体としては、1998年に新たに官民合同のセーフミート(Safe Meat)が発足し、食肉の安全性に関する政策の検討などを行っている。これに加えて、NVDの推進役も果たしている。

 なお、これらの他に食品の安全性を確保する手段としては、農場識別番号制度(PIC)やNVD、現在各州で義務化を進めている電子耳標を利用した個体識別システム(NLIS)などのトレーサビリティシステムがあり、問題が発生した場合の迅速な対応や原因究明、再発防止策の確立などに有効となっている。PIC、NVD、NLISなどのトレーサビリティシステムについては、「畜産の情報 海外編」2004年7月号の特別レポート(44ページ)などを参照されたい。

3 家畜生産保証制度(LPA)とは

(1)目的

 LPAの実務を行う豪州食肉家畜生産者事業団(MLA)は、LPAの導入の目的を、顧客の食肉の安全性への強い要望に応えるためとし、「豪州は食品の安全性については世界に確固たる名声を築いてきた。しかし、海外における食品の安全をめぐる問題と家畜疾病発生の問題により、顧客は食品の安全性の保証を強く要求している」ことを根拠としている。

(2)導入の経緯

 LPAの策定は、食肉産業界および政府関係者によるLPA検討委員会が組織された。LPA検討委員会のメンバーは、生産者、生体家畜輸出業者、食肉処理加工業者、家畜市場、家畜の販売業者、フィードロット業者、小売業者および行政機関である州・連邦政府などすべての関係者代表により構成された。

 委員会では、既存の農場段階での品質保証制度について調査を行った。既存の農場段階の品質保証制度としては、キャトルケア制度(羊の場合、フロックケア制度)とNVDがあり、それらの実施状況は、キャトルケアが2割程度なのに対して、NVDが9割となっており、調査結果により、それぞれの制度について、次のような指摘がなされた。

(1)現行のキャトルケア制度は、何らかの改善が必要であり、業界全体にとってより魅力的な品質保証制度が必要。

(2)NVDは、生産者が安全性を保証する仕組みであり、家畜売買時にその添付がないと不利になるなど食肉処理加工部門からの認知度は極めて高く、新たな農場段階の品質保証プログラムの基盤になり得る。

 この結果を受けて検討を続けた結果、2003年、NVDを基盤にした新たな農場段階の品質保証制度=LPAの基準が食肉・家畜業界(牛・羊)団体間で合意された。その後、詳細についてさらに検討が加えられ、2004年3月に生産者からのLPAへの登録受付を開始し、さらに2004年7月から正式にLPAの運用が開始された。

(3)LPAの内容

(1) 新制度は2段階保証

 LPAは、「レベル1」と「レベル2」の2段階の品質保証を行う。

 レベル1の認定を得るためには生産者は(1)NVDの実施、(2)家畜や飼料穀物、牧草の管理状況など、具体的には獣医治療歴や給与した飼料の記録、保存、(3)独立した監査などが要求される。従って、レベル1は、多くの生産者が既にNVDで提供している情報を正確に裏付けることに主眼を置いたものと言える。なお、すべての生産者は正式な認定を受ける前に仮登録を行い、制度に十分慣れる必要がある。

 レベル2は、レベル1の認定を受けた生産者が顧客にさらに確実な品質の保証をしたい場合に利用するプログラムである。レベル2は現在構築中だが、いくつかの既存の品質保証システムをレベル2と認定し利用可能としている。キャトルケアもそのひとつである。

(2) レベル1

 レベル1は、HACCPを基に構築されており、食品の安全性に関して生産者が守るべきガイドラインが示されている。その中に5つのポイントがありこれらに合致しなければならない。

ア.5つのポイント

(ア)農場のリスク評価

 有機塩素剤中毒または他の分解しにくい化学薬品に汚染されている牧場で家畜が飼養されていないこと。

指標:a汚染されている区域(その可能性がある区域も含めて。以下同じ。)が明らかであること。

b家畜の汚染防止のため、汚染されたすべての区域への家畜の進入が制限されていること。

c汚染された家畜が特定され、その家畜は、法令に基づき汚染により生じた危険性を最小限に抑える方法で管理されること。

(イ)安全で責任のある家畜の取り扱い

 動物用薬品は安全に保管、管理され、家畜に許容範囲を超えた薬品の残留や物理的障害がないよう管理すること。

指標:a家畜の治療は、表示ラベルや記載された獣医の指示および法令に従って、訓練された有資格者によって行われること。

b医薬品は、表示ラベルや製造業者の指示および法令に従って、家畜に触れさせないように安全に保管されること。

c休薬期間やと畜保留期間、破損した針の存在に関連して、導入家畜も含めて、治療を施した家畜をトレースできるような十分な記録を保持することなど。

(ウ)飼料用作物、穀物、牧草の取り扱い

 家畜は、汚染された飼料、特に動物由来の製品を含むものや許容範囲を超えた薬品の残留があるものを飼料として給餌されないこと。

指標:a飼料や穀物や牧草への農薬の投与は、表示ラベルの指示や法令に従い、訓練された有資格者によって行われること。

b農薬は、表示ラベルや製造業者の指示および法令に従って、家畜に触れさせないように安全に保管されること。

c農薬を投与された飼料や穀物、牧草の家畜への給与に当たっては、許容範囲を超える薬品残留の危険性を最小限に抑えるよう管理しなければならない。

 休薬期間やと畜保留期間に関連して、導入牛を含めて、農薬を投与された飼料を給与された家畜のトレースができるよう十分な記録を保持しなければならない。

d動物由来の製品の飼料を、合意された例外を除いて反すう動物へ給与しないこと。

e休薬期間やと畜保留期間に関連して、給与された飼料用作物や穀物、牧草や購入飼料のトレースを可能とする十分な記録が保持されていること。

(エ)家畜の出荷準備

 出荷される家畜は、輸送に物理的に適応でき、ストレスを受けないようにすること。家畜の集荷時および出荷時の汚染は最小限にすること。

指標:a疾病の可能性や輸送時の汚染を最小限にするため、移送するコンデションに適合した家畜のみを移送すること。

b家畜へのストレスや家畜の汚染を最小限するような家畜の集荷方法や輸送方法が採られること。


(オ)家畜売買や輸送

 と畜向けや生体輸出向けを含むすべての家畜の移動に際して、食品の安全性に関する事項についてトレース可能とすること。

指標:a異なるPIC間の移動を含む全ての家畜の移動には、正しい記録が記載されたNVDが伴われること。

b導入された家畜や農場から移動された家畜の食品の安全性に関するNVD上の記載事項が、採用されたトレーサビリティシステムと合致可能なように、十分な記録の保持がなされていること。

イ.改定版全国出荷者証明者(NVD)

 レベル1の基盤となっているのが改定版NVDである。肉牛の所有者は売買に先立ち、NVDを作成する。虚偽の申告をした生産者には厳しい罰則が課せられる。NVDの内容については、大きく変わったのは、運送上の記載が加えられた程度であるが、LPAの下では、NVDの記載内容が独立した監査を受けることとなる。これらのNVDの費用は、1冊20枚つづりで農場識別番号(PIC)を印刷済みのものが25豪ドル(2,075円:1豪ドル=83円)。費用は、生産者が負担する。11月になってウエッブサイトから電子的NVDが利用可能となった。この費用は82.5セント(68円)と、紙ベースのものより低価格になった。生産者と購入者間で電子的にやり取りすることも可能である。

○NVDの記載すべき内容は次のとおり。

(1)肉牛の所有者

(2)移動開始農場

(3)農場のPIC番号

(4)肉牛の品種、性別などの詳細

(5)荷受先

(6)全国個体識別制度(NLIS)の電子タグ装着の有無

(7)成長ホルモンの投与の有無

(8)第三者機関が監査するQAプログラムへの加入の有無

(9)肉牛の誕生地履歴

(10)植物の副産物(くず野菜、くず果物など)の給餌の有無

(11)残留農薬指定農場または化学物質残留による放牧制限農場での飼養履歴

(12)休薬期間(と畜保留期間)内にある肉牛の有無

(13)休薬期間(と畜保留期間)内にあった飼料の給与の有無

(14)農薬エンドサルファンを散布された土地で飼養された肉牛、もしくは散布により汚染の危険がある地域で収穫された飼料を給与された肉牛の有無

(15)動物由来の飼料を給与していないことの証明

(16)輸送責任者、輸送日時、車両番号など家畜の輸送に関する事項

(17)家畜の競売証明(任意)

(18)記載内容が正しいことの宣言、署名

ウ.レベル1の利用方法

(ア)利用資格

豪州のすべての家畜生産者が利用可能。

利用は任意。ただし、登録が必要となる。

(イ)登録方法

・生産者は、最初に電話やMLAのウエッブサイトなどから、PICを仮登録しなければならない。

・PICを仮登録した生産者は無料で配布されたNVDを利用し、試験的に実施。

・その後、正式に登録申し込みを行い、登録を認められたなら、登録されたPICコードが印刷されたNVDの冊子を受け取ることとなる。

(ウ)監査

・正式に認定された生産者は、独立した監査機関によって、ガイドラインに従ってレベル1のプログラムが適切に行われているか、書面による監査または農場現場での監査を受ける。

・監査結果により不適切と判断された場合で、食肉産業全体の食品の安全性に関する信頼が損なわれるなどの重大な違反があったと認められた場合は、認定が停止され、改善勧告がなされる。それでも改善が見られない場合、認定は取り消される。監査費用は生産者が負担する。

(3) レベル2

 レベル2の品質保証プログラムは、レベル1を認定された生産者がさらに確実な保証を食肉処理業者などの顧客に提示したい場合に利用するものである。レベル2そのものが特定の品質保証プログラムとなっておらず、レベル2では現在、11の品質保証に関する項目を列挙し、それらを含んだいくつかの品質保証プログラム(例えば、キャトルケア)を生産者が自主的に選択できるようにするとしている。

 レベル2の各項目を満たす個別の品質保証システムは従来から存在するキャトルケアを除き、現在検討が終了していないが、レベル1を満たすことによって、レベル2の「食品安全」という要素は満たされることになるとしている。

キャトルケア実施農家

○レベル2の11の品質保証の諸要素(草案段階)

ア.食品安全
イ.管理
ウ.動物福祉
エ.環境管理
オ.食味
カ.輸送
キ.動物飼育
ク.市場参入要件
ケ.疾病コントロール
コ.生体家畜輸出
サ.労働安全衛生

4 LPAの登録状況

 LPAは、2004年3月に生産者からの登録受付が開始され、2004年7月から正式に運用が開始された。登録受付開始当初は、生産現場で混乱が生じたため、MLAではLPAの普及キャンペーンを行うなどして登録の促進に努めた。

 11月には、LPAに関する専門家が各州に配置され、それらの者により、LPAの内容について農場やセミナーなどで生産者に直接説明することが出来るようになった。MLAでは、派遣されたLPAの専門家たちの役割について、「生産者と顔を付き合わせて、LPAのすべての内容について直接対話することにある」と述べている。

  表1.現在のLPA登録状況(MLA feedback Nov/Dec 2004より)
登録済みPIC 121,280 (仮登録数 107,483、 認定登録数(監査対象となる)13,797)
 
 MLAが発行した「フィードバック2004年11および12月号」によると、LPAレベル1の生産者のPIC認定数は仮登録数の1割程度と、まだ少ない。しかし、最近になって、LPAは急速に業界に浸透してきているとみられる。報道によると、7月の導入開始時点ではコスト増に不満の声もあったが、最近では、食肉輸出業者のほとんどが競争力の向上を図るため、生産者に対してLPAの導入を行うことを望んでおり、生産者はその影響でLPAの実施を迫られているという。

 また、最近、LPAについて生産者に聴取したところ、食品の安全性を保証するためのよいシステムであると評価するとともに、これによるコスト増も利益でカバーでき、大きな負担にならないと述べていた。

LPA加入促進の広告

5 豪州の食肉品質保証制度の概観

 このようにLPAは農場段階での品質保証制度として、開発、導入されたが、豪州全体の食肉品質保証制度の中の位置付けは、おおむね表2のようになっている。

注1 農場識別番号(PIC)
農場は、州政府が発行する8桁のコードで管理されている。家畜は農場から出荷される前にPIC番号が記載されたテールタグをつけられる。PICは中央データベースで管理され、残留農薬などの照会が可能になる。

注2 全国出荷者証明書(NVD)
NVDは肉牛生産者が自らの出荷牛の品質を保証するものであるが、PICなどの出荷者の情報が記載されているのでトレーサビリティの役割も果たす。

6 おわりに

 農場段階の品質保証については、今までは、NVDの利用による生産者の自己申告に委ねられていた面があった。しかし、LPAの実施により、独立した監査機関から監査を受けることになり、NVDで申告した内容が客観的に保証されるようになる。このことは、豪州産食肉の安全性への信頼をさらに高める結果になるといえよう。

 また、LPAのレベル1の策定に当たっては、今までの品質保証制度の利用実態を勘案し、ほとんどの生産者が実際に利用しているNVDに基礎を置いたところが、実施可能なものとなった理由である。食肉加工業者などの顧客もその実施を求めやすいものとなったといえる。

 レベル2に関しては、重要品質保証項目として提示された各要素について、生産者にその重要性を認めさせつつ、実際に生産者が利用しやすいプログラムを開発することがこのシステムの成功のカギを握ることとなるであろう。  

 豪州は世界最大の牛肉輸出国であり、生産量の約6割を輸出している。このことから、食肉産業の発展のためには、常に食肉の安全性の確保に努力していかなくてはならない。今後のレベル2の開発状況を注視していきたい。

参考資料

MLAウエッブサイト「Livestock Quality Systems」
MLAパンフレット「オーストラリア産ビーフ SAFE, HEALTHY AND DELICIOUS」
MLA Feed back 
セーフミートウエッブサイト他


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