特別レポート

メキシコの牛肉産業の概要

ワシントン駐在員事務所 道免昭仁、犬飼史郎

1 はじめに

 メキシコは、牛肉生産量および消費量では世界第6位の規模を誇るとともに第5位の牛肉輸入国でもある。また、94年に発効した北米自由貿易協定(NAFTA)により、米国、カナダとの加盟国間の投資拡大などによる牛肉生産がより一層活発化し、これら三カ国で全世界の牛肉輸出の3割以上を占めている。

 今回は、メキシコの牛肉産業について、最近の需給動向や牛肉貿易の状況などの概要を整理するとともに、メキシコの代表的な食肉処理施設の状況について紹介することとしたい。

2 牛肉産業の概観

 はじめにメキシコの牛肉産業のアウトラインとして、飼養地域および形態、需給などと併せ、家畜(牛)疾病の発生状況などについて整理することとしたい。

(1)飼養地域と形態

ア 飼養地域

 牛は国内(1市31州)の全域で飼養されているが、南部のベラクルス(Veracruz)州からチアパス(Chiapus)州、中央から北部のハリスコ(Jalisco)州からシナロア(Sinaloa)州にかけて多く飼養されている(図1)。

図1 牛の地域別飼養密度
出典:プロマー、FAO

 これらの地域区分は畜産の情報2001年12月号(海外駐在員レポート「メキシコの豚肉産業の概要」)で整理された区分を用い、これら地域の概要は次のとおりである。(図2)

図2 州名
出典:プロマー

(1) 北部地域(12州)Baja California(BC:バハ・カリフォルニア州)、Baja California Sur(BSC:バハ・カリフォルニア・スル州)、Sonora(SON:ソノラ州)、Chihuahua(CHI:チワワ州)、Sinaloa(SIN:シナロア州)Nayarit(NAY:ナヤリ州)Durango(DGO:ドゥランゴ州)Coahuila(COA:コアウィラ州)Zacatecas(ZAC:サカテカス州)San Luis Potosi(SLP:サン・ルイス・ポトシ州)Nuevo Leon(NL:ヌエボ・レオン州)Tamaulipas(TAM:タマウリパス州)

 米国と国境を接する乾燥・半乾燥地域で太平洋側にはカリフォルニア半島が伸び、本土には、チワワ、ソノラ両州に広がる砂漠と、東西のシェラマドレ山脈に挟まれた標高千〜二千メートルのメキシコ高原が広がる。かんがい農業が主体となっている。

(2) 中央地域(11州およびメキシコ市)Aguascalientes(AGS:アグアスカリエンテス州)Jalisco(JAL:ハリスコ州)Colima(COL:コリマ州)Guanajuato(GTO:グアナファト州)Michoacan(MICH:ミチョアカン州)Queretaro(QRO:ケレタロ州)Mexico(MEX:メキシコ州)Hidalgo(HGO:イダルゴ州)Distrito Federal(DF:連邦区:メキシコ市)Morelos(MOR:モレロス州)Tlaxcala(TLAX:トラスカラ州)Puebla(PUE:プエブラ州)

 温暖・半乾燥地帯で、雨期と乾期が存在する。メキシコ市のある標高二千メートルを超えるメキシコ盆地の北西部、ケレタロ州、グアナファト州、さらには太平洋側のハリスコ州に至る一帯は、バヒオ地域と呼ばれる大穀倉地帯である。

(3) 南部地域(8州)Veracruz(VER:ベラクルス州)Tabasco(TAB:タバスコ州)Campeche(CAM:カンペチェ州)Yucaten(YUC:ユカタン州)Quintana Roo(QROO:キンタナロー州)Guerrero(GRO:ゲレロ州)Oaxaca(OAX:オアハカ州)Chiapas(CHIS:チアパス州)

 熱帯湿潤地帯で、北はメキシコ湾岸とユカタン半島、南は太平洋側に南シェラマドレ山脈が伸び、南東部でグアテマラとベリーズに接する。農地のかんがい率は低い。

イ 生産形態

 メキシコの牛生産は、北部および中部地域と南部地域とでは異なる生産体系を形成している。北部地域では、中小規模の畜産農家がブラーマン種やヨーロピアン系の品種を中心にほ育・育成経営を行っている。これらはほ育・育成後、肥育素牛として米国へ生体牛で輸出されるか国内仕向け用としてそのまま牧草肥育されることが多い。グレインフェッド用として飼養されるものもあるが、これらはごく一部である。北部地域の肥育素牛が、米国内の肥育素牛に比べ価格優位性があることから米国のフィードロットからの需要が強く、結果として、近年ではメキシコ国内で生産された牛の約25%がこれらの地域から米国のフィードロットへ肥育素牛として輸出されている。中部地域も北部地域と同様にほ育・育成農家が中心であり、同地域はメキシコの穀物生産地帯であるため、少数ではあるがフィードロットでの穀物肥育を行っているところもある。

 一方、南部地域は、ゼブー種、ブラーマン種およびブラーマン種との交雑種を中心に飼養されており、ほぼ全ての牛が国内向けとなっている。飼養形態は放牧が中心で耕種との複合経営を形成している生産農家が大層を占めている。さらに、これら生産者の多くは、酪農との複合経営を行っており、それぞれ(肉用牛または乳用牛)の価格変動などを勘案しながらより収益性が高い方にその飼養規模を調整している。

 1991年にメキシコ政府が調査した全国規模の戸数調査で120万戸と推定したメキシコの牛生産者も、現在ではその7割以下まで減少し、約80万戸の牛生産者が存在しているとされている。これは、北部地域を中心として近年続いた干ばつにより、中小規模の畜産農家が減少したことによるとされている。しかしながら、飼養規模でみると依然中小規模の生産者が6割を占め、大規模生産者は、1 割に過ぎない。なお、他の畜種でみると、養豚農家の4割、養鶏農家の5割が大規模生産者となっており、牛の生産者に比べて規模拡大が進んでいると言える。

割高なグレインフェッド肥育コスト

 民間調査会社(プロマー社)の調査によれば、メキシコ国内での肥育コストは米国に比べ1割程度高いとされている。これは、グレインフェッド用の飼料コストが米国に比べ割高になることがその要因としている。2004年のメキシコ国内のトウモロコシ消費量の45%を輸入に頼っており、現在、アイオワ州からメキシコ国境までのトウモロコシ陸送コストが1ブッシェル当たり86セント(92円:1セント=1.07円)、さらに、メキシコ国内の搬送費用が約84セント(90円)上乗せされることから、米国内のトウモロコシに比べ1ブッシェル当たり1.70ドル(182円:1ドル=107円)の飼料コストが生産費に上乗せされることになる。このことから、人件費などのコストを低く抑えられたとしてもその分が飼料コストに吸収されるため、基本的にはメキシコ国内でグレインフェッド牛肉を生産するよりもむしろ、米国へ肥育素牛を輸出するか放牧形態での生産を行う方が収益性が高まる傾向にある。

(2)需給動向

 米国農務省海外農業サービス局(USDA/FAS)がまとめたメキシコの生体牛需給動向は表1のとおりである。2003年のカナダおよび米国でのBSE発生による牛肉貿易禁止措置により、生体牛の輸入は前年比74%減の5万3千頭まで減少している。その一方で2004年の子牛生産頭数は前年比1.1%増の9,000千頭となっている。また、2004年の米国での生体牛価格は堅調に推移したことから、輸出頭数が前年比17%増の1,450千頭に増加している。2005年末の飼養頭数は、同年のと畜頭数が9,075千頭まで増加したことから、17,709千頭と2000年と比べ約3割も減少している。2005年には、米国、カナダの牛肉貿易も再開されると見込まれ、需給動向もBSE発生以前の状況に戻り始めるものと推測している。

 同様にUSDA/FASがまとめたメキシコの牛肉需給動向は表2のとおりとなっているが、メキシコの牛肉供給の約2割を占める27万トン(2004年)は海外からの輸入に依存しており、メキシコの輸入量は世界第5位となっている。一方、牛肉輸出量はこれまで数千トン程度と少なかったものの米国、カナダのBSE発生の影響もあり増加傾向にある。

表1 生体牛需給動向2000-2005年
(単位:千頭)
出典: USDA, FAS
1 推定値
2 予測

表2 牛肉需給動向2000-2005年
(単位:千トン)
出典: USDA, FAS
1 推定値
2 予測

(3)価格の推移

 近年、メキシコの牛肉価格は堅調に推移しているが、これは95年から96年にかけての深刻な干ばつにより飼養頭数が減少したことと飼料価格が上昇傾向で推移していることなどがその要因とされている。また、米国内の生体牛価格は、飼養頭数の減少などから堅調に推移してしることを背景にメキシコから米国への生体牛輸出が増加し、これにより国内消費向けのと畜頭数が減少したことも国内牛肉価格の上昇を引き起こしている。さらに、近年のメキシコの堅調な経済成長により、中流階層の消費者の牛肉需要が増加していることも牛肉価格の高値を支えているものと考えられる。2001年から2003年までの月別の小売価格、生体牛市場取引価格、枝肉卸売価格の推移は表3〜5のとおりであるが、全体的に価格は上昇傾向にあることが分かる。また、表6の各流通段階での価格差の推移をみると、生産者から食肉パッカー(卸売価格)との価格差が減少傾向にあるのに対して、食肉パッカーから小売段階との価格差は逆に増加傾向にある。従って、食肉パッカーの利益率は減少傾向にあるものの小売段階での利益率は増加傾向にあると考えられる。

表3 牛肉小売価格(ロイン)月別平均 2001-2003年 表4 生体牛市場取引価格月別平均, 1998-2003年
(ペソ/kg) (ペソ/kg)
1ペソ=約11円
出典:プロマー
1ペソ=約11円
出典:プロマー

表5 枝肉卸売価格月別平均, 1998-2003年 表6 流通段階価格差比較2001-2003年
(ペソ/kg)  
1ペソ=約11円
出典:プロマー
1ペソ=約11円
出典:プロマー

(4)食肉消費量

 近年、メキシコの食肉消費量は国民の購買意欲の高まりなどに支えられ、堅調に推移している。これを畜種別に見ると、1993年の年間消費量は2003年と比較して牛肉24%増、豚肉26%増と堅調に伸びてきている。さらに鶏肉消費量にあっては、牛・豚の伸びを著しく上回る146%増となっている(表7)。これは、米国などと同様に鶏肉の価格優位性などによるものであり、表8のとおり、2013年までの食肉消費量予測から牛肉の消費量も増加傾向にはあるものの、依然鶏肉の消費量が最も多い状況は変わらないものとなっている。

表7 国民一人当たり年間食肉消費量1990-2003年 表8 国民一人当たり年間食肉消費量(予測)2004-2013年
出典:プロマー 出典: Food and Agricultural Policy Research Institute
    2004 Agricultural Outlook,University of Missouri.

メキシコの畜産農家に対する国内保護水準

 メキシコは他の牛肉生産国に比べ、国内の畜産農家に対する補助は低いレベルにある。加えて価格支持についても出来るだけ市場に任せた政策を目指している。経済協力開発機構(OECD)によると、2001〜2003年におけるメキシコの農業生産額に対する農業保護水準指標(Producer Support Estimate)は21%となっており、同期間のOECD平均の31%より低くなっている。なお、米国の農業保護水準指標は18%、EUが同37%、日本は同58%である。また、これがGDPに占める割合に換算すると1991〜1993年の3.1%から2001〜2003年の1.3%まで減少している。

(5)主な家畜疾病の発生状況

 現在メキシコでは、BSEの発生は確認されていないとともに口蹄疫についても1954年を最後に再発生の報告はないが、周辺国の家畜疾病の発生状況や貿易状況を勘案するとこれらの疾病が今後メキシコ内で発生する可能性は否定できない。

 一方で、メキシコ農牧漁業省(SAGARPA)によれば、メキシコ国内には一部地域で牛結核病の発生を確認している。このためメキシコ政府は1996年から国家および地域レベルでの撲滅を目指し、連邦政府による牛の疾病診断や監察、と畜場の監視、家畜衛生キャンペーンを実施しているところである。現在、コアウィラ、チワワ、ヌエボ・レオン、キンタナロー、ソノラ、タマウリパス、ユカタン州は、牛結核病の撲滅過程(疾病の発生は散発的)にあり発生率は各州の牛飼養頭数の2%以下まで抑え込まれている。その他の地域は、撲滅対策初期過程にあり、発生率が前者より高く、政府の牛結核監視州となっている。米国農務省(USDA)は、メキシコ国内の18の地域を牛結核病低発生地域に指定し、このうち12地域について、USDA監視下で米国向け生体牛輸出を認可している。

 さらに同国は、ブルセラ病の発生国となっているため、95年から連邦政府によるブルセラ病撲滅キャンペーンを開始し、ソノラおよびユカタン州が撲滅過程にあり、また、残りの州は撲滅対策初期過程にある。

3 貿易の状況

(1)国別の牛肉輸出入

 メキシコからの輸出は輸入に比べ非常に少ないものとなっているが、2004年で見ると米国向けが輸出量全体の87.1%、輸出額では全体の92.2%を占めており、メキシコの輸出動向は米国の需要動向に大きく依存していることがわかる。米国へ輸出される牛肉の多くは、メキシコからの移民が多いカリフォルニア州を中心に、メキシカン食材を扱うスーパーやレストランなどに販売されているようである。また、米国・カナダでのBSE発生に伴う輸入国の同国からの牛肉輸入停止措置の影響から、韓国向け輸出量は2004年には前年の約52倍に当たる1,154トンと大幅に増加している。日本向けも韓国向け同様に2004年の輸出量が2003年の5トンから115トンに増加している。(表9)

表9 国別牛肉輸出数量2000-2004年
(トン)     (%)
a 0.5トン未満
出典: Mexican Secretary of the Economy

 輸入量は、NAFTA締結国の米国・カナダからのものが全体の9割以上を占めている。しかしながら、BSE発生により、これまで増加傾向にあった輸入量は減少に転じ、2004年の輸入量はBSE発生前(2002年)に比べ6割減の266千トンとなっている。(表10)

表10 国別牛肉輸入数量2000-2004年
(千トン)     (%)
a 500トン未満. b 0.05 パーセント未満
出典:Mexican Secretary of the Economy

(2)品目別牛肉輸出入

 メキシコから輸出される牛肉製品の多くは、メキシコから輸入国までの割高な流通コストの軽減を図るため国内の安い労働力を用い付加価値をつけた骨なし部分肉形態であり、牛肉製品全体59.9%を占めている。同様の理由から調理済み商品または缶詰などの保存食の形態による輸出も全体の28.8%となっている。なお、メキシコの輸出統計では、冷蔵、冷凍の区別がされていない。(表11)

表11 品目別牛肉輸出数量2000-2004年
(千トン)     (%)
a 0.5トン未満
出典:Mexican Secretary of the Economy

 一方、メキシコが輸入する牛肉製品の71.3%が冷蔵骨なし部分肉であり、タン、肝臓およびその他の副生物が全体の2割となっており、これらで全体の9割以上を占めている。(表12)

表12 品目別牛肉輸入数量2002-2004年
(千トン)     (%)
a 50トン未満
出典:Mexican Secretary of the Economy

(3)生体牛の輸出入

 メキシコは過去5年間、年平均120万頭の子牛および肥育素牛を米国へ輸出しており、米国にとって生体牛の重要な供給国となっている。生体牛輸出の約半分が90キログラム未満の子牛であり、残りのほとんどは320キログラム以上の肥育素牛となっている。一部に米国へのと場直行牛もあるがこれらは1%にも満たない。(表13)

表13 メキシコから米国への生体牛輸出頭数および金額1995-2004年
出典: US Census Bureau

 輸入頭数は、輸出頭数に比べ少ないものの、米国、ニカラグアなどが主な生体牛輸入相手国となっている。しかしながら、米国などにおけるBSEの発生により、その頭数は2003、2004年と激減した。(表14)

表14 国別生体牛輸入頭数2000-2004年
(頭)
出典: Mexican Secretary of the Economy

(4)北米自由貿易協定、日墨経済連携協定締結と牛肉産業

 北米自由貿易協定(NAFTA)の締結は、メキシコの農畜産物部門を含む産業全体に影響をもたらした。協定の締結後、約10年間にわたる米国・カナダとの貿易競争の結果、輸入超過という状況を生み出し、これによる貿易赤字が拡大している。牛肉産業においては、NAFTA締結後の国内生産量が、年平均で1.9%増加したとともに、近代的で効率的な畜産経営への取り組みや家畜改良技術の進展も図られたが、NAFTA締結以前の1990〜1993年の4年間は輸出量が輸入量を2万1千トン上回っていたものの、NAFTA締結後の1999〜2002年の期間には輸入量が輸出量を19万1千トン上回り輸入超過となっている。豚肉および鶏肉については輸入超過とはなっていないものの、輸出量の増大に対し輸入量の増大の方が大きくなっている。このように、メキシコにとっては、NAFTA締結により国内の牛肉産業は一応の発展は見られたものの、米国・カナダとの貿易競争では締結後の方が苦闘していると言えるだろう。

 また、2004年9月に締結され、本年4月から発効した日墨経済連携協定(日墨EPA)であるが、牛肉分野においては、(1)2005年から2年間の市場開拓枠(10トン)、(2)2007年から3年間の関税割当制度(当初3,000トン、3 年後に6,000トン)が設定されている。少なくとも大手食肉処理施設(後述参照)においては、日本を含むアジア向けの牛肉製品収益率が国内向けに比べて高いことなどを背景として、その将来性に期待を寄せているところであり、今後の動向が注目されるところである。

3 牛の食肉処理産業の概要

ここでは、メキシコにおける食肉処理施設の規模や食肉の流通ルートなどの概要について整理する。メキシコにおいては食肉処理施設の規模などに関する資料が乏しいため、民間調査会社(プロマー社)が聞き取り調査などにより収集したデータに基づいている。

(1)食肉処理施設の区分

 国内の食肉処理施設は、連邦政府(SAGARPA)に承認されたもの、地方公共団体が開設した公営と畜場および地域の小規模と畜場(行政機関の承認または開設ではない)の3つに大きく分類されている。

ア 連邦政府(SAGARPA)検査型(TIF:Federally Inspected Type)施設

 主に近代的な設備を有した大規模な施設が認可対象で、連邦政府の定める施設・機械、衛生管理および安全基準を満たすと連邦政府からTIF番号が与えられる。州別のTIF取得施設数は表15のとおりであり、全国で100施設となっているが、北部地域のヌエボ・レオン州やメキシコ市などに多い。さらに、食肉製品の輸出が認められるのはTIF施設のみとなっており、輸出認可を受けた施設には連邦政府の獣医検査官が常駐している。なお、これらの施設から生産される製品は冷蔵または冷凍状態で出荷されている。

表15 州別TIF型牛食肉処理施設
出典:プロマー、SAGARPA

イ 地方公共団体開設の公営と畜場および地域の小規模と畜場

 SAGARPA によれば、TIF型施設以外のと畜場は1,090カ所存在し(2001年10月現在)、うち、40カ所が将来のTIF候補とされる登録と畜場、これ以外の1,050カ所が地方公共団体開設の公営と畜場や地域の小規模と畜場であるとされる。1,050カ所の多くが冷蔵施設を持たず、温と体(枝肉)のまま搬出されているとしている。

(2)食肉の流通ルート

 国内の食肉流通ルートは、図3のとおりであり、と畜場からは7割が温と体(枝肉)、残りの3割が冷蔵または冷凍製品として出荷されている。これらの製品は、公設市場へ40%、食肉専門店へ25%、レストラン・ホテルへ5%、スーパーマーケットへ30%の割合で流通している。公設市場および食肉小売店の多くが公営と畜場や地域の小規模と畜場からの温と体(枝肉)を購入し、レストラン・ホテルおよびスーパーマーケットはTIF型施設から主に冷蔵・冷凍製品を購入しているようである。

図3

(3)年間と畜能力上位10社の概要

 と畜能力上位10社が所有する施設は、1 カ所を除きすべてTIF型施設に認定されているとともにその約半分の施設が日本向け輸出を手がけている。

(ア) スカーン(SuKarne)社

 第1位のスカーン社は、上位10社の中で唯一3つのTIF施設を有する食肉処理加工会社である。シナロア州クリアカウ(Culiacau)の施設の1日当たりのと畜処理能力が300頭、バハ・カリフォルニア州メキシカリ(Mexicali)およびヌエボ・レオン州モンテリー(Monterrey)の施設が同380頭の処理能力を有する。同社は牛肉製品の輸出を開始して約1年半となるが、輸出仕向けは生産量の6%を占め、現在その全量が日本向けとなっているとのことである。今後も同社は、日墨EPA締結による牛肉貿易の機運の高まりも利用して、積極的に日本向けの輸出量を増大したいと考えているようであるが、現在の施設能力が低く輸出生産量増大への足かせとなっていることから、少なくとも1つの施設の稼動を現在の1シフト制から、2 シフト制に変更する計画を持っている。

(イ) ガナデラ・ヴィバ・ハーマノス(Compania Ganadera Viba Hermanos)社

 と畜能力規模では第2位であるが、2つの施設(タマウリパス州ヒメネス・タマウリパス:Jimenes Tamaulipas、州モンテリー:Monterry)のうち、モンテリーの施設は上位10社の施設で唯一のTIF型施設となっていない。いずれの施設も1日当たり300頭のと畜能力を有する。同社は、メキシコの都市部(タンピコ、マサトラン、アカプルコ、カンクンなど)に5つの保管倉庫を有し、国内向けではスーパーマーケットに55%、卸売店に33%、ホテル・レストランへ15%の割合で牛肉製品を販売している。現在、韓国のレストランチェーン1社および卸売業者2社、日本の卸売業者1社向けに、2005年2月から牛肉製品の輸出を開始している。同社の現在の輸出能力は週当たり250頭(全と畜能力の7%)であるが、BSE発生により米国・カナダから日本・韓国への牛肉の輸出が停止しているために現時点では同社が牛肉製品を日本・韓国へ輸出する優位性はあるものの、両国の牛肉輸入が再開するとその優位性はなくなることから、早急な施設の拡充などにより輸出能力の増大を図る計画はないとしている。しかしながら、今後の日墨EPAの動向を見ながら、中長期的には、国内仕向け専門の新たな食肉施設を買収し、モンテリーの施設はTIF型施設の承認を得るとともに輸出専用施設にする構想を持っている。また、米国牛肉市場の動向次第では、米国内に食肉施設の建設又は既存施設を買収する計画もある。

(ウ) カーンズ・カランザ(Carnes Carranza)社

 同社はソノラ州ハーモシロに1日当たり750頭のと畜能力を有する施設を持ち、米国、日本、韓国、EU向けの輸出認可を受けている。この施設では、国内向け豚肉製品の製造も行っている。製品の7割が国内市場向けに、残りの3割が海外向けとなっており、輸出量は近年増加傾向で推移している。海外向けは米国が主な輸出先となっており、EPA締結による日墨牛肉貿易拡大を勘案し、日本向けに今後力を入れていく予定であり、日本の消費者の需要に合った製品提供が可能であるとしている。同社は、直近5年間の家畜疾病発生の減少がメキシコからの輸出量増加に寄与してきたとしている。

(エ) フリゴリフィコ・エンパカドラ・カーンズ・タバスコ(Frigorifico y Empacadora de Carnes de Tabasco)社

 タバスコ州タバスコに1日当たり500頭のと畜能力を有するTIF型食肉施設を有しているフリゴリフィコ・エンパカドラ・カーンズ・タバスコ社は、今後アジア市場への輸出拡大の可能性は充分にあると考えているが、口蹄疫など家畜疾病の発生を防止するための衛生関連への投資による生産コストの増加が今後の懸念材料であるとしている。同社は2004年には、全生産量の5%に当たる約880トンを韓国向けに輸出している。輸出量はまだ少ないものの、国内向け牛肉製品に対する同社のマージン率が約10%であるのに対し、韓国向けの利益率は15〜20%と高くなっていることから、同社は今後も積極的に輸出市場を開拓する意向を持っているとしている。

(オ) カーンズ・サンタ・セシリア(Carnes Santa Cecilia)社

 カーンズ・サンタ・セシリア社は、レイグループ(Grupo Ley)という垂直的調整による企業グループの牛肉処理加工部門として位置付けられ、レイグループは牛の肥育施設1カ所、豚の肥育施設5カ所、食肉貿易会社1社を有している。シナロア州にあるカーンズ・サンタ・セシリア社の施設は週当たり2,500頭のと畜処理能力があるものの、現時点では能力の6割に相当する週当たり1,500頭の稼動となっているとしている。なお、同社の利益率は約12%とのことである。当該施設では現在、食肉加工はプライマルカット(大分割)までしか行っていないが、今後施設に隣接した処理加工施設を建設し、部分肉加工からコンシューマーカット、さらにはケースレディー商品の製造を行う計画であるとしている。また、現在牛肉製品の輸出は行っていないが、日本および韓国の食肉輸入業者に対し積極的な売り込み活動を行っているとともに、連邦政府からの輸出認可の申請手続きを進めているところであるとしている。同社は、この垂直的調整のメリットを生かし、アジア市場のニーズにあった素牛生産から肥育、製品製造までに至る一貫した生産が可能であるとしている。しかしながら、米国の牛のフィードロットの生産コストがメキシコ国内の生産コストに比して1割以上低く抑えられているため、今後米国からアジア各国への牛肉の輸出が解禁になれば、再び厳しい競争を強いられることになるとしている。

(カ) エンパカドラ・カーンズ・ノーテ(Procesadora y Empacadora de Carnes del Norte)社

 エンパカドラ・カーンズ・ノーテ社は、と畜処理能力が1日当たり400頭の処理施設をメキシカリに所有している。同社施設には、9 万頭規模の収容能力を有するフィードロットから年間7万2千頭の肥育牛が搬入され処理加工されている。同社は、現在、日本向けに毎月約70トンの牛肉を製造・輸出しているが、これは全生産量の1割を占めるとしている。日本向けの製品は、リブアイロール、タン、ショートプレートが輸出数量の大半を占めるとしている。現在のところ、これらすべての製品は冷凍品として輸出されているが、将来的には、冷蔵品として輸出したいと考えているようである。なお、日本向けの製品は、国内向けの製品に対して利益率が約5%高くなっているとしている。また、今般の日本とのEPA締結は米国との輸出競争においてメキシコにとって良い結果をもたらすと期待できるとしている。さらに同社は、メキシコの輸出認可施設の多くが、顧客(日本など)が要望する衛生および安全条件に合致した家畜および牛肉製品を提供することが可能であるとしている。

(キ) ディストリビドラ・カーンズ・バジオ(Distribuidora de Carnes del Bajio)社

 ディストリビドラ・カーンズ・デル・バジオ社は、TIF型施設を1カ所所有し、週当たり二千頭のと畜能力がある。製品は大分割、骨なし部分肉が主で、少量ではあるがコンシューマーパック製品も取り扱っている。現時点では、製品は全量が国内仕向けとなっているが、日本および韓国向け市場を開拓する機会を求めて積極的な販売攻勢を行っているところであり、購買意欲のある日本・韓国の顧客に対してサンプルを送り、その応答を待っているところである。なお、同社は日本・韓国向けの輸出許可をメキシコ政府から最近取得した模様である。同社がメキシコの牛肉産業の将来に対して一番懸念していることは、WTOやFTAの進展により安価な牛肉製品の製造が可能な国々からの輸入攻勢に打ち勝つことができるかであるとしている。

(ク) ガナデリア・カマーゴ(Ganadera Camargo)社

 ガナデリア・カマーゴ社はチワワ州にTIF型施設を1カ所所有し、1 日当りのと畜能力は250〜300頭であるが、現在の稼働率はその三分の一程度とのことである。家畜の集荷頭数が増加しないため、稼働率が上昇しておらず、現在は全量国内仕向け用の製品製造を行っており、海外に仕向ける余力がない状況である。同社製品の購買希望のある韓国の業者が売買契約を締結しようとしたが、前述の理由から契約には至っていない模様である。

(ケ) エンパカドラ・ガナデラ・チワワ(Empacadora Ganadera de Chihuahua)社

 エンパカドラ・ガナデラ・デ・チワワ社はチワワ州にTIF型施設を1カ所所有し、1 日当たりのと畜能力が300頭、脱骨・解体能力は1日当たり100頭である。同社は、製造から流通、小売販売まで一貫して行っている。メキシコの牛肉産業の将来に対し、消費者の需要に合った製品を供給するための充分な牛の生産が可能であるか、他の牛肉生産国との競争に打ち勝てるような製造コストを維持できるかが懸案事項であると考えている。また、メキシコ政府が放牧地への投資に対して適切に対応していない(放牧地が他の用途として宅地造成会社に購入されている)ことに不満を持っているとのことである。同社は、現在、生産量の5〜10%、頭数換算で約7千頭を輸出しており、そのすべてが日本向けとなっている。日墨EPA締結を足がかりにして、日本向けの輸出量がさらに拡大するよう積極的な売込みを行なっている模様である。同社は、今後もメキシコ産牛肉は日本向けをはじめとして顧客の需要に応じた対応が充分可能であるとしている。

(コ) エンパカドラ・トレヴィーノ(Empacadora Trevino)社

 モンテリーに1カ所のTIF型施設を有するエンパカドラ・トレヴィーノ社は、1 日当たり250頭のと畜能力および1日当たり70頭の脱骨・解体能力を有している。同社の牛肉製品の約4割が日本および韓国向けとなっており、前四分割(フロント・クオーター)、骨なしロイン、内臓が両国向けの主な牛肉製品となっている。一方で、日本のバイヤーからの商品スペックの要求は厳しく、これまでには充分な満足を与えられなかったこともあるとしている。アジア向け市場の要求に対応するのは大変であるが、同社の収益に占めるかなりの部分は日本・韓国などアジア諸国との貿易によるものであり、これらの市場に対して非常に魅力を感じているようである。将来的には、効率的で品質の高い商品を生産するためのHACCPシステムの導入を行なう予定であるとともに、日墨EPA締結を機に輸出促進のためのプロモーション活動に対してメキシコ政府の積極的なサポートを期待しているとしている。

表16 牛と畜能力(年間)上位10社
(単位:頭)

4 おわりに

 これまで日本にとってメキシコの牛肉産業の状況は米国・カナダに隠れそれほど注目されてこなかったが、北米地域でのBSE発生や日墨EPAなどを機に、同国の牛肉産業はにわかに注目を浴びてきており、牛肉産業が大きく変化する可能性を有している。しかしながら、生産構造や生産性、需給状況、家畜疾病の状況などを見ていくと、(1)国内需要を賄うためには米国などから牛肉製品の輸入が必要なこと、(2)これにより輸入超過による不均衡な貿易収支となっていること、(3)堅調な生体牛輸出も米国の需給動向次第であることなど、メキシコの牛肉産業は米国の牛肉産業の動向に影響を受けやすい構造となっている。今後、メキシコが米国からの影響を少しでも軽減させ日本やアジア諸国への輸出を増大させるためには、中小規模の食肉処理施設の統廃合を進め大規模食肉施設(TIF型施設)への集約を行うことと、家畜疾病予防措置を講じた上での計画的な家畜飼養頭数の増大が必要であると思われた。これらの課題を乗り越え、メキシコの牛肉産業が発展していくことに期待したいと思う。


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