１　はじめに

　昨年12月開催された世界貿易機関（ＷＴＯ）香港閣僚会議では、2006年中のドーハラウンドの集結に向け、2004年７月に取りまとめられた枠組み合意について、その後、収れんの見られた事項を中心に交渉の現状を取りまとめる形で閣僚宣言が採択された。農業関連では、交渉の柱となる三分野のうち、市場アクセス分野における大きな進展は見られなかったものの、輸出競争分野では「すべての形態の輸出補助金の2013年までの撤廃」について合意された。ＥＵの農業関係者は、今回の輸出補助金に関する合意はＷＴＯ農業交渉の前進を促すものとして受け入れつつも、今後の同分野での最終的な合意内容がＥＵ農業に大きな影響を与えるものにならないよう警戒するなど、農産物輸出における輸出補助金を最も多く使用しているＥＵに与えた反響は大きいものであった。　

　今回のレポートでは、わが国にはない農産物の輸出補助金制度について、乳製品を例にした制度の仕組みや畜産物における運用実態を中心に紹介する。

２．輸出補助金の仕組み

（１）輸出補助金とは

　現在、ＥＵが実施している共通農業政策（ＣＡＰ）は大きく価格・所得政策と農村開発政策に分けられるが、輸出補助金は価格・所得政策、とりわけ価格支持政策に位置付けられる。輸出補助金により国際市場価格（注）と域内市場価格の差を埋めることにより、域外に国際市場価格と同水準の価格で農産物を輸出することが可能となり、需給調整を行いつつ高い域内市場価格の維持が可能（または高い域内価格を維持しつつ需給調整を行うことが可能）である。本来であれば価格的に競争力が低い農産物が輸出補助金により輸出競争力を有することとなるのである。

（注）具体的な「国際市場価格」というものは存在しない。本レポートでは、ＥＵ産の農産物と輸出先で競合する域外産品の価格として本用語を使用している。

輸出補助金の概念図

　ＥＵでは80年代まで、市場介入、輸出補助金といった価格支持政策を中心に農業政策を行っていたが、農産物の生産過剰や財政負担の増大が深刻化し、その後の92年のＣＡＰ改革以降、この価格支持中心の政策から、所得政策である直接支払へと軸足を移していった。

　また、ウルグアイラウンド（ＵＲ）での合意により、86〜90年を基準期間として、95年から2000年（期間は７月から翌年６月）までに輸出補助金の交付額を36％、対象数量を21％削減することとなった。

　なお、ＵＲにおける輸出補助金の2000年度（2000年７月〜2001年６月）の約束数量のうち補助金額を品目別に見ると、穀物、乳製品、牛肉および生体牛でおよそ半分を占める。ただし、2004年（１〜12月）の交付実績を見ると乳製品と砂糖で約４分の３を占める。

（表１）ＵＲにおける輸出補助金の約束数量および実績

注１：約束数量の期間は７月から翌年６月まで 　　２：2001年度以降の約束数量は、2000年度と同水準で推移 　　３：実績は１-12月の額 　　４：１ECU＝１ユーロ

（２）輸出補助金の仕組み

　輸出補助金の受給を受けようとする者は、輸出数量と補助金額を確定するために、事前に輸出ライセンスを取得する必要がある。

（１）輸出ライセンス

　ＵＲ合意では、品目ごとに、毎年の輸出補助金の総額と適用数量が規定されたことから、これらを管理するために、輸出補助金の適用を受けようとするすべての輸出者は、輸出前に「輸出ライセンス」を取得することが95年より義務付けられた。この輸出ライセンスの発給のためには、品目により額が異なるが、輸出者は申請を行う加盟国政府の主管当局に対し、あらかじめ保証金を納める必要がある。また、輸出ライセンスには有効期限があり、期限内に許可数量の輸出が確認されれば輸出補助金の支払いと保証金の返還が行われるが、期限内に一定数量を輸出できない場合には保証金が没収されることとなる。この一定数量の割合は品目により異なるが、通常、許可数量の95％に設定されている。実際の輸出数量が、この一定数量未満であれば保証金は全額没収、一定数量と許可数量との間であれば、返還される保証金はその達成割合に応じて減額されることとなる。

（２）輸出補助金の決定

　輸出補助金の単価は次の２種類の方法により決定される。

ア　輸出前に輸出補助金の単価を確定させる方法（輸出補助金単価の事前決定）

　ＣＡＰの主要項目に関する決定は、欧州委員会の提案を受けた欧州理事会の役割であるが、日々の市場管理に関する責務については欧州委員会に委任されており、入札以外による輸出補助金単価の決定は、関連する管理委員会（Management Committee）の意見を参考に、欧州委員会が事前に行っている。

　現在、農業分野における管理委員会は穀物、乳製品、牛肉などの産品ごとに20の委員会、また貿易手続きといった品目横断的な問題について検討を行う４つの委員会が設置されている。畜産物に関する管理委員会はおおむね月に１回または２回の頻度で開催されており、ここで輸出補助金の単価についても検討を行っている。

　この輸出補助金の単価の算定に当たっては
・現在または将来のＥＵ市場での当該製品の価格動向
・現在または将来の国際市場での当該製品の価格動向
・ＵＲ合意に基づく品目ごとの輸出補助金の総額および数量の上限
・販売コスト
・輸出による域内経済への影響
などを考慮して算定される。

　品目ごとの管理委員会開催後に欧州委員会が決定した輸出補助金の単価は委員会規則に規定し、官報に掲載される。この単価は、有効な輸出ライセンスを有するすべての輸出者に適用される。

　この輸出ライセンスを有する輸出者が受け取る輸出補助金の単価は、荷積み日において適用される単価ではなく、輸出ライセンスの申請時点におけるものとなる。この輸出補助金の単価の「事前決定」により、輸出者は、補助金の受領額を確定することができ、ビジネスを行うに当たっての見込みを立てることが可能となるが、実際の輸出時点での域内価格や国際市場価格の動向次第では、見込みよりも利益または差損が生じる可能性がある。

　なお、品目によっては、輸出ライセンスは譲渡が可能となっている。この場合には、輸出を行う個人（または企業）はライセンスの発行を受けた個人（または企業）である必要はない。

イ　輸出補助金の単価を入札により決定する方法

　特定の品目によっては、欧州委員会が事前に決定する輸出補助金単価と併せて、入札による輸出補助金の単価決定も行われている。畜産物の場合は2004年より脱脂粉乳、バターおよびバターオイルおいて、欧州委員会が事前に決定する輸出補助金単価と入札による補助金単価が存在している。

　この入札による補助金単価の決定では、入札実施者である欧州委員会が決定する落札予定価格以下の輸出補助金単価で応札した者に対し輸出ライセンスが発行される。

　入札の対象となる輸出量は、市場動向を勘案し、欧州委員会により決定される。なお、入札参加に当たっては決められた保証金をあらかじめ納める必要があるが、落札できなかった者には保証金は返還される。落札した者は、落札単価が補助金交付単価となり輸出ライセンスが発行される。なお、入札による輸出ライセンスは第三者へ譲渡することはできない。
　
（３）輸出補助金の受給手順（乳製品を例に）

　畜産物のうち、最も輸出補助金が支払われている乳製品に関する規定内容は以下のとおりである。なお、輸出補助金の単価には、品目によっては（２）で紹介したように、事前に欧州委員会が決定し公表する輸出補助金単価と、入札により決定する輸出補助金単価の２種類の方法があり、手続きがやや異なる。

○　乳製品の輸出補助金に関する規則（委員会規則174/1999）

ア　輸出補助金の支払い

　輸出補助金は原則、輸出ライセンスの有効期限内に補助金対象数量を輸出した者に対し支払われる。　　

イ　製品分類

　４つに製品を分類（バターおよびバターオイル、脱脂粉乳、チーズ、その他乳製品）し、それぞれに保証金額などを設定。

　輸出補助金の単価は12けたの関税分類番号別に、輸出する相手先国または地域別に設定される。

ウ　輸出ライセンスの有効期限

　ライセンスの発行日から、その４カ月後の月末の日まで。

エ　輸出ライセンスの発行

　申請の受理後、５営業日目に発行される。

オ　保証金　　　　　

　交付を受けようとする輸出補助金の額（輸出数量×申請時点での輸出補助金単価）に以下の割合を乗じた額（ただし、いずれも100キログラム当たり６ユーロを下回らない額）
　バター：10％
　チーズ：30％
　脱脂粉乳：40％
　その他乳製品：25％

カ　欧州委員会によるライセンス発給の調整

　欧州委員会は、輸出量や補助金総額がＵＲ合意に基づく上限を超える可能性があるときや継続的な輸出が困難な場合には、輸出ライセンスの発給を一時停止したり、調整係数を申請量に乗じて補助金の対象数量を調整することがある。なお、乳製品の場合には、この調整係数が0.4を下回る場合（申請数量に対し40％未満しか認められない場合）には、申請を取り下げ、保証金の返還を受けることができる。

キ　保証金の返還

　乳製品の場合には、輸出者は補助金対象数量の最低98％の輸出義務が生じる。98％未満の場合は保証金全額が没収される。
　　　　
○　乳製品における輸出補助金の入札手順に関する規則（委員会規則580/2004、同規則581/2004、同規則582/2004）

　乳製品のうち脱脂粉乳、バターおよびバターオイルについては、2004年４月より、大口の輸出を対象とした入札による輸出補助金の決定も行われている。一般に、輸出補助金単価は欧州委員会が事前に決定する単価よりやや高い単価となっている。

ア　対象となる製品規格

　脱脂粉乳：１袋が最低25キログラム以上入ったもの
　バター：１ブロックが20キログラム以上のもの
　バターオイル：１容器に190キログラム以上入ったもの

イ　入札参加の最低数量

　脱脂粉乳：10トン
　バター：10トン
　バターオイル：18トン

ウ　保証金

　脱脂粉乳：100キログラム当たり26ユーロ
　バター：100キログラム当たり20ユーロ
　バターオイル：100キログラム当たり25ユーロ

エ　入札の手順

　入札の期間は、原則、開始が各月の第１、３水曜日の午前11時（時刻はブリュッセル時間）、締め切りがそれぞれ翌週の第２水曜日、第４火曜日の午前11時となっている。ただし、８月および12月は１回のみの実施となっている。

　入札参加希望者は、指定の用紙に必要事項を記入の上、各加盟国の主管当局に持参、書留郵便、ＦＡＸ、Ｅメールなどの方法により期限内に到着するように提出する。また、入札期限内に保証金を納める必要があるが、仮に落札すれば、この保証金が輸出ライセンスの保証金の一部となる。

　主管当局による取りまとめは非公開で行われ、また関係者には守秘義務が生じる。有効な入札にかかる情報については、入札者の名称を伏せて、入札締め切り後２時間以内に欧州委員会へ報告を行う。

　欧州委員会は落札上限単価を決定し、これを委員会規則に規定し官報に掲載する。各加盟国主管当局は、官報掲載後３営業日以内に、欧州委員会に対し落札上限単価以下の単価で応札した落札者の氏名および住所を連絡する。

オ　落札者

　落札者は落札した数量および補助金単価に基づき輸出ライセンスの発給を受けることが可能となるが、数量については98％以上の輸出義務を負う。なお、このライセンス受給の権利を譲渡することはできない。輸出ライセンスの有効期限はライセンスの発行日から、その４カ月後の月末の日までとなる。この間に、契約数量の98％を輸出できなければ保証金は全額没収される。

３．輸出補助金の現状

（１）畜産物における輸出補助金交付実績の推移

（１）乳製品

　畜産物における2001年から2004年（１〜12月）の輸出補助金の交付実績を見ると、最も交付額が多い乳製品については、特に輸出量が増加した2003年、2004年にかけ交付額が大きく増加している。なお2004年の輸出数量と2004年度（2004年７月〜2005年６月）の交付実績を比較した場合、期間が異なることから単純な比較はできないが、輸出数量のうち、脱脂粉乳では約８割、バターおよびバターオイルでは約９割、チーズでは約６割が輸出補助金の交付対象となって輸出されていることがわかる。

（２）食肉

　食肉および卵に対する2001年から2004年（１〜12月）の輸出補助金の交付実績を見ると、牛肉および生体牛は減少傾向で推移、豚肉については2001年から2003年までは減少傾向で推移したものの、2004年は価格低迷に伴い枝肉や部分肉への輸出補助金の交付を実施したことから増加している。また、卵については減少傾向、鶏肉については増加ないし横ばい傾向で推移している。

（表２）畜産物における輸出補助金交付実績の推移

（表３）乳製品における輸出補助金の交付実績

注１ ：各年度の対象期間は７月１日〜６月30日 　　２ ：2004年輸出量（1〜12月）はEU25カ国以外への輸出量（暫定値）

（表４）主な乳製品の輸出補助金単価の推移（2005年）

（２）畜産物における域内価格と輸出補助金の関係

（１）乳製品

　バターでは、2004年１月から2005年12月にかけ域内価格（オランダのブランドバターの価格）が100キログラム当たり300ユーロから同263ユーロに低下する間、輸出補助金（乳脂肪分82％のもの）は同178ユーロから同92ユーロに減少している。この背景には、この間のバターの介入価格が2003年６月のＣＡＰ改革により同328.20ユーロから同282.44へと14％引き下げられたことと、2003年以降続く国際的な需要の高まりに伴い域外価格が高水準で推移したことが背景にある。この結果、2004年１月には、域内価格に対しその約60％相当の輸出補助金の交付を受けて輸出していたものが、2005年12月には、域内価格の約35％相当にまで輸出補助金の交付が減少している。

図１　バターの域内価格および輸出補助金単価の推移

　またチーズ（チェダーチーズ）の場合では、2004年１月から2005年12月にかけ域内価格（イギリス国内における倉庫渡し価格）は100キログラム当たり215ユーロ前後でほぼ安定して推移していたが、その間、輸出補助金は同105.36ユーロから同56.3ユーロに約半減している。この結果、2004年１月には、域内価格に対しその約49％相当の輸出補助金の交付を受けて輸出していたものが、2005年12月には、域内価格の約26％相当にまで輸出補助金の交付が減少している。

図２　チーズの域内価格および輸出補助金単価の推移

　脱脂粉乳の場合は、バターやチーズと比較して域内価格に比べた輸出補助金の比率は小さい。2004年１月から2005年12月にかけ域内価格（ドイツ国内におけるスプレー式の工場出荷価格）は100キログラム当たり200ユーロ前後で推移していたが、その間、輸出補助金は同64.5ユーロから同10ユーロに減少している。なお、この間、介入価格は同205.52ユーロから同184.97ユーロに引き下げられたが、域内価格は安定して推移した。この結果、2004年１月には、域内価格に対しその約33％に当たる輸出補助金の交付を受けて輸出していたものが、2005年12月には、域内価格の約５％相当にまで輸出補助金の交付が減少している。

図３　脱脂粉乳の域内価格および輸出補助金単価の推移

　この２年間を見ても、いずれの乳製品も輸出補助金の単価は一貫して減少してきているものの、バターおよびバターオイルやチーズの域内価格は、国際市場価格とは依然開きがあり、これらの輸出を行うに当たり、これらの輸出補助金に大きく依存していることがわかる。

（２）食肉

　牛肉では、2004年１月から2005年12月にかけ域内価格（雄牛枝肉卸売価格。Ｒ２とＲ３グレードのＥＵ加重平均価格）が100キログラム当たり270ユーロから同300ユーロに上昇する間、輸出補助金は同97ユーロから同69.8ユーロに減少している。この結果、2004年１月には、域内価格に対しその約35％相当の輸出補助金の交付を受けて輸出していたものが、2005年12月には、域内価格の約23％相当にまで輸出補助金の交付が減少したこととなる。

図４　牛枝肉の域内価格および輸出補助金単価の推移

（表５）主な生体牛・牛肉の輸出補助金単価の推移（2005年）

　豚肉については、近年、安定した輸出が続いていることから枝肉や部分肉を対象とした輸出補助金は原則、交付されていない。ただし、2003年秋から2004年春にかけてＥＵ域内の豚肉価格が（１）牛肉消費の回復などから域内の豚肉需要が停滞したこと、（２）ロシア向けなど域外向け輸出が減少したこと─などから低迷した。これに対処するための措置として、2004年１月下旬から同年３月中旬までの間、枝肉および骨付き部分肉に対する輸出補助金を2000年６月以来約３年半ぶりに再開した。なお、同時期には域内の豚肉価格が下落した場合に、特定の豚肉を一定期間在庫する者に対し補助金を交付する民間在庫補助も併せて実施されている。これらの対策の結果、2004年1月上旬には100キログラム当たり112ユーロと低迷していたEU域内における平均枝肉価格は、3月上旬には同135ユーロまで回復した。なお、その後、枝肉や部分肉を対象とした輸出補助金の交付は行われておらず、豚肉加工品のみを対象に輸出補助金の交付が行われている。

図５　豚枝肉の域内価格および輸出補助金単価の推移

　鶏肉については、2004年１月から2005年12月にかけ域内価格（25カ国の平均の参考価格）はおおむね100キログラム当たり140ユーロから同160ユーロの間で推移している。その間、輸出補助金は同50ユーロから同24ユーロに減少している。この結果、2004年１月には、域内価格に対しその約32％に当たる輸出補助金の交付を受けて輸出していたものが、2005年12月には、域内価格の約17％相当にまで輸出補助金の交付が減少したこととなる。

　なお、2005年10月下旬以降、周辺国での高病原性鳥インフルエンザの発生や、2006年２月のＥＵ域内での野鳥における高病原性鳥インフルエンザの発生に伴い、域内価格は低迷を続けている。このような状況の中、同50ユーロから同24ユーロまで一貫して下がり続けた輸出補助金は、2006年に入り上昇を始め、２月17日適用分より同30ユーロへと増加している。

図６　鶏肉の域内価格および輸出補助金単価の推移

（表６）主な鶏肉の輸出補助金単価の推移（2005年）

４．輸出補助金撤廃が及ぼす影響

　欧州委員会は2006年２月、2005年から2012年までの農産物中期見通しを公表した。これによれば、畜産物の今後の輸出量の見通しについては、乳製品のうちバターと脱脂粉乳が減少、チーズは横ばいないし微増と予測している。また、食肉については、牛肉が減少、豚肉が横ばいないし微増、鶏肉が横ばいと予測している。なお、本見通しには、現在行われているＷＴＯ農業交渉を踏まえた貿易ルールの変更や昨年12月に合意された2007年から2013年のＥＵの中期予算が及ぼす影響は加味されていない。

（表８）畜産物の2005年から2012年の輸出量見通し

　農産物中期見通しによる今後の輸出数量の予測と、現在の輸出補助金の交付状況を勘案すれば、
・輸出量が減少し、また輸出補助金単価がすでに大きく減少している脱脂粉乳、
・輸出量が大きく減少すると見込まれる牛肉、
・輸出補助金の交付が主に加工品に限られている豚肉
については、輸出補助金廃止の影響は比較的小さいものと考えられる。

　バターについては、2003年のＣＡＰの見直しにより、介入価格が現在の100キログラム当たり282.44ユーロから2007年７月以降には同246.39ユーロにまで同36.05ユーロ引き下げられることが決まっている。現在の輸出補助金の単価が同92ユーロであることから勘案すれば、今後、国際市場価格が一定で推移したとしても、現行の介入価格の引き下げだけでは国際市場価格との大きな差を埋めることは困難である。この対応として、仮にさらなる介入価格の大幅な引き下げを行うとすれば、生産者の経営に大きな影響を及ぼすことは必死であり、2003年のＣＡＰ改革の際に行われた介入価格の引き下げに伴う直接支払いによる所得補償の実施についても併せて検討が必要となるであろう。現時点の需給見通しでは、2012年のバター生産量の約１割を輸出すると見込んでおり、輸出補助金撤廃により仮に輸出量が大きく落ち込むこととなれば、バターの需給見通しの見直しが、生乳やそのほかの乳製品の需給計画にも大きな影響を及ぼすこととなる。

　また、チーズや鶏肉についても、中期見通しによる今後の輸出量は現行と同水準で推移すると見込んでいるところであり、このためには、今後、国際市場価格が一定で推移したとしても、現在の域内流通価格を輸出補助金分、すなわち２割前後引き下げる必要がある。このためには、生産コストや流通・製造コストなどの低減などが必要となるが、特に鶏肉の場合は、現状の主な価格・所得政策の手段が輸出補助金に限られており、新たな政策の検討が必要となるかもしれない。

５．終わりに

　ＷＴＯ香港閣僚会議終了後の昨年12月18日、ＥＵのフィッシャー・ボエル委員は閣僚宣言を振り返り、「輸出補助金の撤廃期限である2013年が現行のＣＡＰ改革の実施期間と呼応するものであり喜ばしい。しかしながら、この点を除けば今回の合意はＥＵにとっての「クリスマスプレゼント」になるものではなく、「（2013年までの輸出補助金の撤廃の）実質的な（substantial）部分を実施期間の前半に実現」との合意の「実質的な」の定義が、ＥＵ市場の混乱や、さらなる改革を必要とするようであれば、大幅な削減は受け入れられない。」とコメントしている。

　このコメントにあるように、輸出補助金の撤廃期限は2013年までとしながらも、その途中段階における削減方法については現時点では未定である。本年４月末を目途に完成する予定のモダリティにどのようにこの削減方法が盛り込まれるかによるが、場合によっては予想以上に早く輸出補助金に頼らない農産物輸出への対応が求められる可能性がある。

　これまでＥＵでは、域内農産物の安定した価格の維持のために、安定した輸出という需給調整においては輸出補助金を利用してきた。また、疾病などの緊急事態に伴い域内価格が低迷するような場合の対応についても、輸出補助金の新たな付与や単価の増額などにより一時的に輸出量を増加させ、域内流通量や在庫量の減少を図るという需給調整を行い域内価格安定の一翼を担ってきた。

　このような需給調整を行う政策手段が早晩使えなくなる中、輸出補助金に頼らない輸出を行うための第１の戦略は、当然のことながら生産コストの低減などによる輸出価格の低減を達成することである。ただし、限られた時間においてはその努力にも限界があり、また大きな犠牲が必要となる。そして、第２の戦略が国際市場価格より高い価格のままで輸出が可能となる方策、例えば輸出品の高付加価値化を進めることである。現在、ＥＵでは、有機農産物、地理的表示（ＧＩ）保護、動物福祉といった農産物の品質向上や付加価値化につながる施策にも力を入れており、またＥＵは、これらの取り組みを世界的な標準にしようと努力をしている。輸入側からすれば価格が購入先を決める重要な要素であることは今後も変わりはないであろうが、例えば経済成長を続ける国などにおいては価格以外の要素を重視した市場も拡大する余地はあるだろう。今後のＥＵの輸出補助金に頼らない農産物の輸出戦略を注視していきたい。