1 はじめに
牛トレーサビリティ制度(トレサ制度)は、EU諸国をはじめとして広範な地域に拡がりを見せたBSEの被害を契機に策定・導入され、各国の状況に応じて段階的に法制化など、確かな制度への取り組みが進んできた。
わが国では平成13年9月に初めてBSEが確認されたことを契機として、「牛の個体識別のための情報の管理及び伝達に関する特別措置法(トレーサビリティ法)」が平成15年6月に公布された。これに基づき、生産・と畜段階については平成15年12月1日から、そして平成16年12月1日からは、牛肉の流通段階も含め完全に施行されている。しかし、わが国ではBSEの発生で大きく後退した牛肉消費量は未だ発生前の水準に回復しておらず、肉用牛生産や酪農のさらなる発展のためには消費者の信頼をさらに高める必要がある。
トレサ制度の本来の目的は、家畜疾病のまん延防止のため、牛1頭ごとの所在情報などを一元的に管理し、患畜発生時に移動履歴などを迅速に確認するためのものである。これに加えて、食品に事故が発生した際の速やかな原因究明および回収といった食品の危機管理および流通プロセスの透明化を意図したものであり、近年では健康や環境を重視して食品に付加価値を付与するものして、BSE清浄国においてもトレサ制度の導入が拡大している。こうした動きは世界的に拡がっており、東南アジアなどの途上国でも生産・流通履歴を記録し有事の危機管理対策として備えようとする試みが始まっている。
また、わが国では、トレーサビリティの考えを一歩進めて、牛の生産に使用した飼料や医薬品などの情報を併せて公開する生産情報公開JASのシステムが整備され、消費者により多くの選択の機会を与える取り組みも始まり、その対象も畜産物にとどまらず農産物全体で施行されている。このようにトレサ制度は、近年とみに関心が高まる食への安全性や食品のリスクコミュニケーションを体系化したツールとして、ますます重要性を増していると言える。
そこで今回は、各国における最新のトレサ制度の実施状況を紹介する。
2 豪州 ── シドニー駐在員事務所 井上 敦司、横田 徹
1 概要
(1)目的など
豪州の牛のトレーサビリティ制度としては、2005年7月にほぼ全国的に義務化された全国家畜個体識別制度(National Livestock
Identification Scheme:NLIS)がある。このNLISは農場識別番号(Property Identification Code
:PIC)制度を基盤にしたもので、その特徴は、個体識別用の標識としてマイクロチップを埋め込んだ耳標や胃内カプセルといった電子標識を利用していることである。また、NLISの目的については、日本のトレサ法のような食品の安全性の確保というよりもむしろ、家畜伝染病や残留農薬問題が発生したときの影響を最小限に抑えることに主眼が置かれている。NLISでトレースできる範囲については、生産現場からと畜場までである。NLISの導入経緯や内容(詳細は別表参照)について以下に簡単に述べる。
(2)NLIS導入の経緯
豪州のトレーサビリティ制度の歴史は古く、1960年代のPIC制度から始まった。
豪州では、60年代からブルセラ病や牛結核などの疾病予防対策として、牛の個体識別の重要性が認識された。そこで、各州政府(準州を含む)は、個々の農場を固有の8桁の番号で識別し、牛が移動する際は、出身農場を表す標識として一頭ごとにPICが記載されているテールタグ(耳標の場合もある)の装着を義務付けた。このようなPIC制度を通じて、疾病や農薬残留問題が発生した場合、その牛の飼養された農場を速やかに特定し、対策を講じる体制を構築した。
また、96年から、任意制度ながら、牛の取引の際に全国出荷者証明書(National Vender Declaration:NVD)が出荷者側から買受人側に提供されることとなった。これにより、出荷者(飼養者)が、自分の飼養した牛について、使用禁止飼料を給与していないことや農薬や動物用医薬品の残留の危険性がないことなどの安全性の証明を行っている。
このように、豪州ではNLIS導入以前に、PICによる牛の出身農場の特定とNVDによる安全性に関する証明が行われてきた。
その後、EU向け牛肉の検査体制の見直しがNLISの導入を促進することとなった。
EUは98年、牛肉の安全性を確保するため、豪州検疫検査局(AQIS)の従来の検査体制とテールタグによる管理システムでは安全対策が十分ではないとし、EU向け肉牛を一頭ごとに生産農場まで確実にトレースできる体制と、流通やと畜段階を通じてEU向け以外の牛から完全に隔離するシステムの導入を要求した。これを受けて、豪州政府や産業界はEU向けについてNLISの導入を決定した。
さらに、世界各国でのBSEなどの疾病の発生により、EU向け以外の牛についても、NLISの必要性が高まり、2002年ビクトリア(VIC)州で最初に義務化された。これ以降当初の予定より遅れて実施された州があったものの順次義務化が進み、2005年7月には北部準州(NT)を除くすべての州で義務化された。NTも2007年7月から義務化の予定である。
耳標と胃カプセル
なお、現在では、内外における食の安全性への関心の高まりから、海外からの生産履歴の要求への対応や、豪州産牛肉や乳製品の品質に対する消費者からの信頼性の維持、強化などもNLISの重要な役割となってきている。
2 NLISの運用など
(1)管理体制
NLISは、農漁林業省(DAFF)、AQIS、豪州家畜食肉生産者事業団(MLA)、豪州肉牛生産者協議会(CCA)、豪州食肉処理業者協会(AMPC)、豪州フィードロット協会(ALFA)などの政府や業界メンバーで構成される「セーフミート」が管理運営責任を負う。実際の運営は、上記のメンバーの代表から構成されるNLIS委員会によって運営される。NLIS委員会は、NLISの推進事業計画の策定や事業費財源の確保、NLIS認定業者(電子標識の製造者、コンピュータソフト業者など)の選定を行う。MLAがセーフミートから委託され、NLIS委員会の実際の事務を行う。
なお、NLISのデータベースはMLAが管理している。
(2)標識の種類
NLISの標識にはマイクロチップ内蔵の電子耳標と胃内カプセル(ルーメンボーダーラス)がある。さらに耳標は、農場内で出生した牛に付けられる生産者耳標(ブリーダータグ:白色)と他の農場から購入した耳標未装着の牛に付ける購入者耳標(ポストブリーダータグ:オレンジ色)の2種類に区別される。
なお、胃内カプセルを使用した場合は、それと分かるように_マークがついた通常の耳標が付けられる。その耳標にも電子耳標と同様な記載がされる。
耳標は読みやすくかつ脱落や破損をしないように、右耳の一定の場所(耳を横に三分割して顔に近い部分の中心)に装着する。コスト面から、耳標が一般的に使われている。
(3)データ内容
NLISは従来から行われているPIC制度を基盤として作られている。NLISの標識(電子耳標や胃内カプセル)には、PIC制度にリンクできるように、個々の牛の番号とその牛の飼養された農場を示すPIC番号が付されている。これに個々の牛の移動記録を付加し、生産農場からと畜段階(枝肉)まで電子的に牛の移動をトレース可能としたものがNLISである。
このように、NLISのデータベースの中身は、個々の牛の移動記録が主であり、安全性に関する項目や生年月日の記載はない。安全性についてはNVDによって証明されることになる。NLISの用途としては、他に生産者が農場での牛の管理のために使う場合や、繁殖農家や最終所有者が、と畜場などが任意に記録した枝肉重量や肉質の等級などの枝肉フィードバック情報とNLISのデータをリンクさせて利用している場合もある。
(4)特徴
NLISの大きな特徴としては上述したとおり、電子標識を採用した点にある。電子標識を採用した理由については、MLAでは、登録処理の正確性とスピード、データベースの運用コストの軽減、さらには疾病が発生した際の対処のスピードに大きなメリットがあるとしている。実際、NLISのデータベースの運用は、現在6人のみで行われている。また、疾病発生に迅速に対応できた例として、2003年VIC州で炭そ病が発生したときは、同一農場の他の牛の移動状況を20分以内に把握できたとしている。
(5)費用負担
NLISの義務化に当たって、NLIS実施に要する費用は、原則として受益者負担としたことから、生産者の耳標などの費用負担問題が障害になり、導入を遅らせる原因となった。このことから、この問題の解決のためほとんどの州では、耳標代や耳標の読み取り機械費用などへの補助を行っている。
◎各州の耳標代補助の状況
ビクトリア州:1個当たりの耳標代を1.80豪ドルに設定(補助額は未公表)
ニューサウスウエールズ州:1個当たりの耳標代を2.60豪ドルに設定(補助額は未公表)
南オーストラリア州:耳標1個当たり0.7豪ドルの補助
西オーストラリア州:耳標1個当たり1豪ドルの補助
また、連邦政府は、2004年10月に行われた総選挙の公約として、NLISに関して2,000万豪ドル(18億円:1豪ドル=90円)の支援を行うとした。その使途は2005年になって発表されたが、NLISのデータベースの構築費用や運営経費に充てられるほか、そのほかの使途は委員会で決定されることとなったが、個々の生産者が購入する耳標代への補助には否定的であった。
3 カナダ ── ワシントン駐在員事務所 唐澤 哲也、犬飼 史郎
1 背景
カナダでは現行の牛個体識別制度が確立される以前にも、個体識別が行われた経験がある。1920年代以降、牛について連邦政府により金属性の耳標による個体管理が行われ、1952年の口蹄疫発生の際などに活用されたものの、1985年には本制度はいったん廃止された。
しかし、93年に英国から87年に導入した肉用繁殖雌牛1頭でBSEの発生が確認された後、家畜の追跡に対する関心が高まり、牛個体識別制度の必要が再認識された。こうして、98年、カナダ政府における本制度の管理主体であるカナダ食品検査庁(CFIA)は、制度の実質的な運営を行う非営利団体としてカナダ牛個体識別エージェンシー(CCIA)を設立し、同国における現在の牛個体識別制度は本格的にスタートした。
2 目的および法的根拠
(1)目的
CCIAは翌99年、任意の牛個体識別制度を開始した。本制度は、カナダにおけるすべての牛がそれぞれ唯一の個体識別番号を持ち、牛などの登録および抹消をインターネットデータベースシステムで管理することにより、当該家畜がと畜された食肉処理施設から出生農場を特定することを可能とし、仮に国内で家畜伝染病などの発生が確認された場合には、速やかに防疫措置が講じられることを主目的としている。
(2)法的根拠
93年の家畜衛生法の改正により、「連邦政府が家畜個体識別制度の創設および管理に関する規則制定を行うことができる」旨の規定が追加された。その後、2000年4月、牛(バイソンを含む)の個体識別制度に関する具体的な実施方法などについて定めた家畜衛生規則(Canadaユs
Health of Animals Regulations)が公布されたことにより、本制度は義務化された。本規則の施行については、第1段階として、2001年1月1日以降、出生農場から移動する牛について耳標の装着が義務付けられ、次に第2段階として、2001年7月1日以降、輸入牛を含むすべての牛について耳標を装着しなければならないとされた。2002年7月1日に本規則は完全実施となり、所有する牛への耳標装着を怠った者に対しては、500〜4,000ドルの罰金が科されることとなった。
現行の規則では、対象家畜はすべての牛および羊(以下、「家畜」という)としている。また、当初、耳標の装着について例外規定が設けられていた公共牧場、共進会会場、試験研究所および獣医診療所などへの移動についても、本年6月29日の規則改正により、耳標の装着が義務付けられている。
3 制度の概要
(1)生産段階
本規則において家畜の生産者は、耳標をCCIAにより認定された販売業者などから自らの負担で購入し、所有する家畜が出生農場から移動するまでの間に装着しなければならない。耳標を購入した際、生産者は直ちに販売業者などに対し、氏名、電話番号、住所を報告し、販売業者などは、当該生産者情報および販売・配布した耳標番号などをCCIAのデータベースに報告する。販売業者などからの報告は、本年7月以降、販売後24時間以内と規定されるなど、当該報告の迅速性が強化されることとなった。また同時に、生産者に対しては、購入したものの、農場で使用しないまま処分した耳標について、CCIAに対する報告が要求され、個体識別番号の管理強化が図られている。
一方、生産者にはCCIAに対する報告義務はないものの、牛が当該農場外に移動する時には、当該牛の個体識別番号、移動日、移動理由および譲渡者の氏名や住所などの記録および最低5年間の記録保持義務が課せられ、CCIAが管理する情報からこれらの記録をたどることにより家畜の移動歴などの追跡が可能となる。
また、生産者は、牛の生年月日などの情報をCCIAの「月齢証明ウェブサイト(The Age Verification website)」へ自発的に報告することが選択可能となっている。本サイトは、BSEに関する衛生条件として、米国やわが国などが牛の月齢により異なる条件を設けたことなどに対応するために、個体識別番号と生年月日を関連付け牛の月齢を証明するため、2004年12月に本制度のデータベースに追加されたプログラムである。本サイトにおいて、生産者は個体識別番号に加え、生年月日や、出生集団の出生時期、また、家畜の性別、去勢、出産経験の有無などについても区分して入力することが可能となった。本サイトに登録された牛の生年月日は、サイト立ち上げ間もない本年3月時点では約13,000件であったものの、同9月時点では10万件を超え、カナダ国内における牛の月齢証明による輸出への期待の高まりがうかがえる。
○耳標の種類
本制度の開始当初、CCIAは、コストなどの問題もあり、9桁のバーコード付きのパネル型耳標とマイクロチップ入りの電子(RFID)耳標の2種類の使用を認めていた。しかし、最近ではバーコード型耳標の使用は段階的に廃止されており、2007年末までは経過措置が認められているものの、トレースバックの効率化を図るため、2006年9月1日までにすべてRFID耳標に移行することを促している。
現在では、CCIAにより7種類のRFID耳標が認められている。耳標は、取り外しおよび付け替えが困難で、不当修正が防止されるよう設計され、また、データ喪失が防御されるよう措置されていなければならない。色は、今後黄色のみに統一されるが、現段階では経過措置として、従来通り白色の耳標も使用可能となっている。
RFID耳標用の個体識別番号は、15桁の数字からなり、最初の3桁はカナダの国コード「124」とされ、残りの12桁が当該家畜唯一の番号となる。
CCIAに承認されているRFID耳標
(2)流通段階
現行の規則では、家畜商、市場関係者および輸送業者などは、CCIAに対し家畜の移動に関する情報を報告する義務はない。しかし、これら関係者は、取引するすべての家畜に耳標が装着されていることを確認した上、当該個体識別番号を記録しなければならず、CCIAにより認められた耳標を装着していない家畜を輸送または購入してはならないとされている。
また、耳標が脱落した場合、生産者およびこれら関係者は、新しい耳標を装着し、CCIAに対し当該個体識別番号を報告するとともに、耳標を紛失した家畜に関する記録を保持することとされている。
なお、輸入家畜に関しては、当該牛の生産国を移動する前、または、カナダへの到着後直ちに耳標が装着されなければならない。輸入家畜の個体識別番号は、当該家畜の出生地を追跡可能とする十分な情報とともに、輸入後30日以内にCCIAに報告されなければならない。
(3)と畜・加工段階
食肉処理業者およびレンダリング業者などは、と畜・レンダリング処理した家畜の個体識別番号などを記録した上、当該番号をと畜日など当該牛に関する情報とともに、と畜後30日以内にCCIAに報告する義務がある。
また、食肉処理施設への輸送中に耳標が脱落した場合、当該施設の管理者は、と畜前に当該家畜に新しい耳標を装着しなければならず、その申請の際には、(1)紛失した耳標番号(当該牛が生涯2個以上の耳標を装着していた場合はそれらすべての番号)、(2)本施設へ輸送前の当該家畜の所有者、(3)輸送業者による証明−など詳細に定められた情報を記録するととともに、これらをCCIAに報告する義務がある。
家畜がと畜されたとき、各個体識別番号はその役割を終えることとなるが、いったん個体識別番号が割り振られると以後20年間は別の家畜に同じ番号が再度割り振られることはない。
一方、と畜処理施設以降、小売業者などを通じた牛肉の流通段階におけるトレースバックは確立されていない状況にあるものの、関係者によると、仮に牛肉の流通段階において食品安全の問題が発生した場合、と畜処理施設が保持すると畜および販売記録を通じてトレースバックが行われれば、当該牛に関する追跡の対象を最小限に縮小し、特定の牛の集団にさかのぼることが可能になるとされている。
なお、家畜が死亡した場合には、死体を処分した農家やレンダリング業者などは、死体が搬出された農場の名称、住所および搬出日などを死体の処分後30日以内にCCIAに報告しなければならない。
4 本制度の管理および財政支援
カナダにおける牛個体識別制度は、98年に非営利団体として設立されたCCIAによって運営されている。当該機関は、カナダ肉牛生産者協会(CCA)、カナダ家畜マーケティング協会、カナダ食肉協議会および酪農産業などを含む同国における牛関連産業のすべての部門からの代表者から成り立つ取締役会によって管理されている。カナダ食品検査庁(CFIA)およびカナダ農業・農産食料省(AAFC)もまた、本メンバーの一員として、議決権は持たないものの、取締役会に出席できることとなっている。
CCIAによる本制度を運営するための資金として、制度開始当初、牛肉産業開発基金より資金が拠出された。その後、試験・研究や開発目的のために使われる追加的な基金は、AAFC、CFIAおよびいくつかの州政府や民間の産業団体などを通じて承認されてきた。
また、CCIAは、本制度の管理運営に充てるため、生産者などに販売されたすべての耳標から20セントを徴収している。
5 制度の順守
農業・農産食料行政金融罰法(Agriculture and Agri-Food Administrative Monetary Penalties
Act)により、所有する家畜への耳標装着を怠った者に対しては500〜4,000ドルの罰金が科される。
また、CFIAは、本制度においてすべての家畜に個体識別耳標が装着されていることを確実にするため、生産から食肉加工に至るまでのすべての段階において、検査官を派遣している。
6 制度の拡充
現行の牛個体識別制度については、今後、いくつかの構成要素について新たに義務化することが検討されている。CCIAは、自らが管理しているデータベースへの生産者からの牛の生年月日などに関する自発的な報告による情報も記載しており、関係者によると、近い将来、生年月日についても報告が義務化されることが見込まれているとしている。このほかに予定されている変更点として、対象家畜の拡張が挙げられる。同国政府は、現行の対象である牛、バイソン、羊に加え、豚、馬、ヤギについても本制度の対象とするよう関連産業界と協議を行っている。
また、CCIAは、牛の両親の個体識別番号や生産農場の食品安全に関する情報など、牛の価値を高めることを可能とする、生産者による多種多様な情報の自発的な報告を促進するため、「月齢証明ウェブサイト」に「付加価値モジュール」を追加するなど、現行システムの運用能力のさらなる拡張を計画している。さらに、家畜のトレースバックをより確実なものとするため、生産者と家畜を関連付ける情報に地理的情報を追加した「農場識別」と呼ばれる新たなシステム開発にも着手している。
現在、CFIAは、家畜疾病に関する調査のため、年に約2,000件のトレースバックを実施しているが、本制度によりその有効性は9割程度にまで向上しているという。潜在的にも甚大な被害をもたらす可能性を秘めた家畜伝染病の迅速な抑制および排除を確実なものとするため、本制度の拡充は、新たなシステム開発などとともに進展を続けている。
4 EU ── ブリュッセル駐在員事務所 和田 剛、山﨑 良人
1 EUにおける牛肉トレーサビリティ制度の確立
EUでは、80年代以降、BSE、口蹄疫、豚コレラ、畜産物のダイオキシン汚染などが連続して発生したが、特に96年、2000年の二度のBSEクライシス(危機)に際し、EUの牛肉消費は激減した。
このような状況の中、家畜疾病の管理および食品安全確保の観点から、家畜の個体識別・移動履歴記録の徹底と食品のトレーサビリティ確保が重要な課題と位置付けられた。
まず、92年には牛を含む家畜の証明および登録に関する指令(92/102/EEC)により、各加盟国による農場リストの整備、飼養者による主管当局への飼養状況(出生・死亡・移動に関する頭数、移動元・先、日時)の報告義務、耳標を用いた個体識別の義務化が規定された。
さらに、第1次BSEクライシス後の97年には、牛の証明・登録システムの構築および牛肉および牛肉製品の表示に関する規則(EC/820/97)により、牛の個体識別に関しては、移動履歴管理のためのパスポートの整備、コンピューターによるデータベースの構築が盛り込まれた。さらに牛肉(製品)となる個体に関し、出生・飼育・と畜が行われた加盟国名の表示を義務とするシステムの構築が盛り込まれたが、個体識別番号など牛肉と牛をつなぐ情報の表示については義務化されていなかった。なお、同規則では各加盟国における義務的な表示について2000年1月1日より開始するものとしていたが、この期限前に欧州委員会の承認を受けて実施した国はわずか3カ国のみであった。
各国の足並みがそろわない中、2000年7月には、97年の規則(EC/820/97)を廃止し、これに代わり牛の証明・登録システムの構築および牛肉および牛肉製品の表示に関し改めて整理した規則(EC/1760/2000)が規定された。
2 現行の牛の証明・登録システムおよび牛肉および牛肉製品の表示システムについて
1)規則(EC/1760/2000)の目的
本規則では、BSEにより牛肉・牛肉製品市場が不安定な状況となっていた中で、生産・流通までの透明性、特にトレーサビリティの改善が牛肉消費に良い影響を与えたとした上で、取るべき具体的な手段として、生産段階での効率的な牛の証明・登録システムの構築、流通段階における客観的な基準による表示システムの確立を掲げている。その結果、牛肉・牛肉製品の品質に対する消費者の信頼回復、公衆衛生の高次元での保護、牛肉市場の安定的な持続を図るとしている。
(2)規則の主な概要
(1)牛の証明および登録(生産段階)
ア 耳標
98年1月1日以降に生まれた牛は、個体識別番号を記載した耳標を両耳に装着することとしており、生後20日以内で、かつ出生農場を離れる前に装着を行わなければならない。また、耳標は、主管当局の許可なく、外したり取り替えたりしてはならない。
イ コンピューター・データベースの整備
各加盟国の主管当局は、コンピューター化したデータベースを確立し、運用しなければならない。
ウ パスポート
各々の牛について、主管当局は出生通知から14日以内(EU域外からの輸入牛では新たに実施する個体識別通知後14日以内)に、パスポートを発行しなければならない。また、牛の移動に際し、常にパスポートを携行しなければならない。
牛が死亡した場合には、飼養者は7日以内に主管当局にパスポートを返却しなければならない。と畜場に送られた場合には、と畜場管理者がパスポートを返却しなければならない。
エ 各農場での登録簿の保管
牛の飼養者は、最新の登録簿を維持しなければならない。
また、コンピューター・データベースが完全に運用されている場合は、牛の移動・出生・死亡について、日付とともに3〜7日以内に主管当局へ届けなければならない。主管当局の要請に応じ、入手先、個体識別および所有・移動・販売・と畜した牛の行き先に関するすべての情報の提供しなければならない。登録簿の保管期間は最低3年間である。
(2)牛肉および牛肉製品の表示(流通および消費段階)
ア 義務的表示
2002年1月1日以降、各加盟国で牛肉(製品)を販売する者または団体は、牛の生産(出生)国名、肥育国名、牛と牛肉の関連を示すコード番号(個体識別番号など)、と畜場の所在国名および承認番号、食肉加工場の所在国名および承認番号、牛肉について出生国・肥育国・と畜国が異なる場合、それぞれの国名を表示する必要がある。
イ 自発的表示
牛肉(製品)を販売する者または団体が義務的表示以外の項目を表示する場合には、製造・販売が行われる加盟国の主管当局の承認を得る必要がある。
(3)規則の順守のための措置
欧州委員会の専門家は各国の主管当局と連携し、各加盟国の本規則の順守状況の検証および確認のための現地検査を実施することとなっている。
具体的には規則(EC/1082/2003)において、生産段階の検査として、毎年、農場の牛の最低10%を検査(データベースが完備されている場合は5%)し、農場の選定に当たっては飼養頭数や過去の疾病の発生状況などのリスクを考慮の上、各国の主管当局が選定することとなっている。
3 問題点および今後の課題
EU食品獣医局(Food and Veterinary Office)は2002年、EU15を対象に牛肉のトレーサビリティと牛肉表示の実態に関する調査を実施している。そこでは、生産段階における農場での記録や登録に関する義務規定についてはおおむね適切に運用されているものの、と畜以降の流通段階において、牛の移動履歴や原産地を一定以上確実にトレースすることが不可能な場合が多く見られるとともに、義務的・自主的表示の両方で規則の不履行が見られたとしている。これらについては、指摘を受けた各加盟国が行動計画を作成し、順次、改善を行っているところである。
また、欧州委員会は2004年4月、規則(EC/1760/2000)の実施状況についての報告書を発表しており、本規則の実施がBSE発生により落ち込んだ牛肉の消費回復に大きな役割を果たしたと総括している。しかしながら、原産国表示が地域主義につながり、域内の自由な物流を阻害することに懸念を示し、消費者への保証を弱めないとの前提で、原産国の表示に代えて「EU産」と表示することについて提案している。
2004年11月には、欧州会計検査院(Court of Auditors)がと畜段階までの牛肉個体識別データベースの運用状況に関する調査結果を公表している。この中では、データベースの様式などがEU全体で統一されていないことから、加盟国間でのデータのやり取りに支障を来し、域内外での牛の移動にかかるトレーサビリティが保証されていないと指摘するとともに、欧州委員会に対し、規則の改善などを勧告している。これに対し、欧州委員会は、(1)統一的なデータベースの構築やコントロールについては欧州議会で過去に否定されたこと、(2)データベースの運営は各国の責任とされている−などの反論を同時に出している。
また、欧州委員会は98年より、牛の識別ミス、飼養者による登録簿の更新の遅延、個体情報のデータベースへの報告の遅延や未実施といった問題を解決するために、個体の電子識別システム導入の調査を実施している。2005年1月の報告書では、システムの改良は進んでいるものの、導入に当たってはデータを管理する組織と管理システムの確立、個体識別の方法として耳標での目視による確認の必要性、20日以内の耳標装着義務により子牛の胃の発育の関係からのみ込型のトランスポンダの導入が難しいこと、回収率の低い埋め込み型のトランスポンダはフードチェーンに入る可能性があることから導入が難しいことなどを考慮に入れる必要があるとしている。
4 ベルギーの事例
1)耳標
耳標および耳標に記載された個体識別番号が記入された出生届の用紙があらかじめ農家に送付されている。耳標は、生後7日以内かつ農場を離れる前までに両耳に装着する。
(1)生まれた国名(アルファベット2文字)
(2)チェックデジット(1桁)
(3)個体番号(8桁(最初の1桁または2桁が地域を表す)) |
(2)パスポート
出生後、出生届にパスポート発行に必要な情報を記載の上、主管当局に送付(電話やインターネットでの伝達も可能)。この情報に基づき主管当局が5日以内にパスポートを発行する。なお、下半分が農家控え用となっており、上半分を移動先(別の農家やと畜場)に渡す。移動先が農家の場合は、受け取ったパスポートを主管当局に送付の上、新たなパスポート(移動履歴の追加や新たな飼養者名などが入ったもの)を発行してもらう。移動先がと畜場の場合は、と畜場がこれを主管当局に返還する。
(1)個体識別番号(耳標番号)
(2)パスポート発行日
(3)出生農場
(4)移動履歴(農場番号及び移動日)
(5)前飼養者(農場番号、住所、氏名)
(6)生年月日
(7)毛色
(8)性別
(9)品種(肉用牛・乳用牛・交雑種)
(10)母親の個体識別番号
(11)移動日 |
(3)枝肉段階での個体情報の伝達
枝肉に個体識別番号が記載されたシールを添付
(4)表示
店頭での部分肉の表示事例
(1)名称(品種・部位)
(2)消費期限
(3)製造者の名称及び住所
(4)出生国
(5)肥育された国
(6)と畜された国
(7)加工された国
(8)牛と牛肉の関連を示すコード番号
(個体識別番号) |
5 ブラジル ─ ブエノスアイレス駐在員事務所 犬塚 明伸、横打 友恵
1 導入経緯、個体識別の対象範囲および期限
ブラジルのトレーサビリティ制度は、2002年1月9日にブラジル農務省(MAPA)が制定した訓令第1号から始まる。当システムは通称Sisbov(Sistema
Brasileiro de Identifica豪o e Certifica豪o de Origem Bovina e Bubalina)と呼ばれており、対象家畜は牛と水牛(以下まとめて「牛」とする)である。
このSisbovが導入された経緯としては、「ブラジル牛肉の最大の輸出相手国であるEU市場から家畜の追跡可能性(トレーサビリティ)について求められていたことなどにより、MAPA農牧防疫局(SDA)、ブラジル農牧研究公社(EMBRAPA)、ブラジル全国農業連盟(CNA)などを中心に個体識別制度の導入を検討してきた」と説明されている。
当訓令第1号が制定された2002年当初、Sisbovの目的を「同国で生産または輸入されたすべての牛の個体識別、個体登録および生産履歴の追跡を可能にすることである」とMAPAは説明し、国内で飼養されるすべての牛が対象で、その登録期限は以下のようになっていた。
(1)EU向けに輸出する牛を生産する農場は、2002年6月まで
(2)EU以外の諸国へ輸出する牛を生産する農場は、2003年12月まで
(3)国内向けかつ口蹄疫清浄地域あるいは同ステータスの認定を申請中の地域に所在する生産農場は、2005年12月まで
(4)そのほかの生産農場は、2007年12月まで
しかし、2003年12月12日付け訓令第17号により、上記(2)の期限が「2004年3月15日まで」と変更され、現在では2005年1月21日付け訓令第1号により、登録義務は「輸出向け生産農場」に限定されている。
また、と畜が許可されるためには一定期間、MAPAの全国データベース(BND)に登録しなければならないことが、2003年12月12日付け訓令第88号により定められ、その期間は、(1)導入当時:40日間、(2)2004年5月31日以降:90日間、(3)2004年11月30日以降:180日間、(4)2005年5月31日以降:365日間−となっていた。しかし、2004年10月28日付け訓令第77号により登録期間はと畜前最低40日間に変更され、その後2005年10月6日付け訓令第6号により、輸出向け生産農場に由来する牛のと畜許可が、(1)BNDに最低90日間の登録、(2)と畜前40日間は同一農場で飼養、(3)EU向けと畜の場合、直近90日間は輸出認定地域で飼養−が義務付けられた。
これら過去からの多くの変更は、(1)酪農場および輸出しない国内向け肉用牛農場に対してメリットがないこと、(2)個体識別装置の供給が追いつかなかったこと、(3)輸出パッカーに牛が搬入されと畜までの待機中に個体識別を行う形式的な方法を排除すること−などを目的に行われている。
2 個体識別および登録、家畜識別書(DIA)の発行
牛の個体識別および登録が完了した場合、DIAが発行される。これは輸出向けにと畜される場合に家畜とともに移動する必要書類で、(1)Sisbov番号(15桁コード)およびSisbov管理番号(9桁コード)、(2)Sisbovに登録した日、(3)出生場所および個体識別した場所の州・郡、(4)品種、(5)性別、(6)認証機関名、(7)出生年月、(8)と畜許可日、(9)認証機関の技術責任者名−などが記されている。
なお、個体識別からDIA発行に係る手続きは以下のとおりとなっている。
(1)生産者がSisbovへ参加するため、MAPAから認定された個体登録・経歴証明発行機関(以下「認証機関」とする)に申し込みを実施
(2)認証機関がMAPAに、識別頭数や生産者に関する全国個人登録番号(CPF)などの情報を添えて、個体識別番号を申請
(3)MAPAは個体識別番号を認証機関へ通知
(4)認証機関が、生産者名で耳標およびその他の識別装置を発注
(5)耳標メーカーは、耳標などの識別装置を納入。その際、生産農場および生産者に関する項目やSisbov番号などを既に記入した識別票2部を生産者に渡す
(6)生産者は識別票2部の空欄部分(品種、性別、出生年月など)を記入し、識別票1部を認証機関に提出し、残りの1部を保管
(7)認証機関は農場の個体識別状況を検証後、データを自己のシステムおよびBNDに登録
(8)BNDが登録データの有効性を確認し、認証機関はDIAを発行して生産者に渡す
なお、認証機関は、2002年7月31日付け訓令第47号により、独自のシステムにおいて上記のDIA項目のほか、(1)ワクチン接種や治療など衛生措置歴、(2)飼養方法、(3)移動歴−などのデータを記録管理することになっている。
耳標
3 個体識別番号の利用
ブラジルにおける個体識別制度の設立は、あくまで輸出市場からの要請によるもので、国内マーケットからの要請ではない。またブラジル自体は自国にはBSEが存在していないと見ているため、Sisbov番号自体を国内向けに利用していない。
隣国アルゼンチンでは、輸出向け牛肉に対して個体識別制度が適用されており、特にEU向け牛肉カットおよび梱包箱のラベル表示内に輸出パッカーが搬入時に決定したロット番号が記されているが、MAPAや認証機関などに確認したところ、ブラジルでもと畜時に決定したロット番号をラベル表示内に記載して輸出しているとのことであった。
なお、ある認証機関は、「申し出があればサービスの一環として認証機関自体のシステムにアクセスし、情報が見られるようにしているが、義務ではない」とのことであった。
4 今後の状況
前出1のようにSisbovは当初想定されていた通りには実施されず紆余曲折してきたため、訓令だけをみても不明な点が多く各方面に多々質問したところ、MAPAから「2006年2月または3月ごろにSisbovの最終的な改定案が示されるため、あくまで現行規定による回答であり、今後変更あり得ることを承知されたい」と連絡を受けたところで、Sisbovは安定的な制度運営に向け、4年目を迎えようとしている。
6 タイ ── シンガポール駐在員事務所 斎藤 孝宏、木田秀一郎
1 タイの畜産トレーサビリティ
アセアン諸国においては、BSEの発生は現在まで確認されておらず、日本などのように牛のみを他の畜種から独立させてトレーサビリティを制度化している国はない。また、トレーサビリティシステムの構築のためには、法制度の整備のほかに通信を中心とするインフラなどの整備が必要であり、アセアン諸国には対応が困難な国が多いのが現状である。
その中でタイは先進的であり、畜産物のうちブロイラーが輸出産業として盛んで、主要輸出市場であるEUや日本などの要求を満たすため、政府の動きに先んじて、鶏肉輸出企業がHACCPの取得を進めるなどとともにトレーサビリティを構築して対応してきた。
また、タイでは、畜産物のみならず、水産物や果物野菜など、「世界の台所」として輸出を振興するとともに国民に対しても安全な食品を提供する目的で行政組織を設置し、トレーサビリティを推進しようとしている。畜産物のトレーサビリティに関しては、農業協同組合省畜産開発局(DLD)の局規則が制定され、大枠が提示されているものの、データベースの構築やデータの取扱いに関しては、調整が進められている最中である。
2 トレーサビリティに関する組織および規則
タイにおけるトレーサビリティを管轄する政府組織は、農業協同組合省の2002年10月9日付け省令によって設立された国家農産物食品基準局(ACFS:National
Bureau of Agricultural Commodity and Food Standards)である。この組織の目的は、(1)タイの農産品の品質を国際レベルに引き上げる、(2)タイ製品の国際市場での競争力を高める、(3)消費者のため、食品安全基準順守のための検査システムと農産物の公正取引方法の開発を行う−などである。
このため、ACFSは、畜産物に関してはDLD、水産物に関しては水産局(DOF)、農産物に関しては農業局(DOA)との連携の下にトレーサビリティを構築するとしている。
畜産物のトレーサビリティに関しては、DLDの「2003年度畜産物トレーサビリティシステム畜産局規則」によって規定されているが、罰則規定はなく、ガイドラインの意味合いが強い。規則は、飼料工場、飼育農場、と畜場および加工場での原料、加工および製品に関するデータの記録を主な目的としている。
生産段階、流通および消費段階において、データの伝達については書類の作成による保存が義務付けられているが、具体的な伝達方法に関しては特段の規定はない。また、飼料生産者、飼育業者、と畜業者および加工業者のそれぞれがデータを記録保存することとなっているが、報告の対象は規定されていない。なお、現在はコードの統一基準の作成などの取り組みが進められている。
DLDによれば、局規則の下で個々の鶏肉輸出企業などは独自のトレーサビリティを運営しており、品目管理コードが工場番号や日付などの順番が企業ごとに異なっているなど、全国的な統一システムとして運営する場合、調整が必要であり、その作業を現在進めているところであるとしている。
タイ畜産物トレーサビリティシステム規則において関係者が記録すべきデータ項目
タイの牛のトレーサビリティシステムの事例
タイでは牛トレーサビリティシステムは、畜産物トレーサビリティシステムの一部として整備されることとなっているが、現在、実際に取り組みが進んでいる民間組織での例を紹介する。
(1)牛トレーサビリティシステムの開始
首都バンコクの西方ナコンパトム県のカンペンセン牛生産者組合(KU Kamphaengsaen Campus Beef Producer
Cooperative Ltd)は、93年に牛の肥育農家を中心に結成された。現在の会員は約200名で、1,200頭が肥育牛として登録されている。同組合はカセサート(「農学」の意味)大学構内にあり、組合の会員が生産する肥育牛に関してトレーサビリティシステムを採用している。同組合は、当地方で開発したカンペンセン牛(注参照)を中心に肥育を行い、量販店チェーンのカルフールやティスコ・ロータスなどへ牛肉を販売している。
トレーサビリティシステムの導入のきっかけは、2000年ごろ、タイが豪州およびニュージーランドとFTAを締結した後に増加するであろう両国からの輸入牛肉に対して競争力を持つためには牛肉の履歴を管理し、安全などを消費者にアピールすることによって差別化を図る必要があると判断したためとしている。
(2)トレーサビリティシステムの仕組み
当組合は、会員がカンペンセン牛の繁殖農家などから肥育素牛を導入し、肥育を開始する時点で肥育組合に登録し、耳標を牛に装着し、肥育完了後は組合が肥育牛を買入れ、と畜解体後量販店に販売している。
具体的には次のようになっている。
(1)耳標装着と肥育組合への素牛登録
肥育組合の会員は、肥育素牛をカンペンセン牛の繁殖農家や酪農家などから購入し、肥育後組合に販売することを前提に登録を行い、組合は肥育素牛が組合の定める体重などの条件に合致していることを確認して耳標装着を行う。通常、肥育素牛は約12カ月齢で体重は250〜300キログラムとしている。
(2)耳標番号とコード
耳標番号は9桁となっており、コードは左から2桁ずつ8桁までが、登録年(仏年)、登録月、登録日、農場での牛番号をそれぞれ表しており、その後にA(カンペンセン牛)又はB(その他の牛)の記号となっている。色の指定はない
耳標装着状況
(3)個体識別データベース
組合は登録された牛の個体データをパソコンに入力し管理する。データ項目は、耳標番号、所有者、品種、性別(基本的に雄)、登録日、体重、前歯の本数である。
(4)肥育
肥育は約8カ月行われ、520〜550キログラムに成長する。この間、肥育農家は、肥育組合で定めたマニュアルに従って肥育し、組合への出荷の一定期限前までにFMDワクチン接種や体内寄生虫の駆除、そして東南アジア地域では珍しい去勢などを行うこととなっている。飼料に関しては組合指定の濃厚飼料を使用するか組合に配合飼料の内容を提出することとなっている。
(5)と場から販売店まで
と畜は、組合が運営すると場で行われ、処理された牛肉は約1週間のエージングを経て分割され、骨付きのポーションカットで小売店に販売される。この時、ポーションカットのバキュームパックには、と場での枝肉番号、部位名、重量、と畜時期、賞味期限を記載したシールが添付される。
(6)店頭での表示
ポーションカットを購入した販売店は、購入した肉のデータを店のパソコンに入力し、肉をカットするとともに、入力データを元に小売販売用のシールを作成し、パックに添付する。シールには商品名のほか、品目コード、重量、価格、ブランドのマーク、賞味期限などが記載されている。
販売パックへの表示状況
(7)これまでのクレーム
組合に確認したところ、販売店段階で肉に打ち身の痕跡が発見されたことがあった。組合への出荷は農家が行うこととなっているため、出荷記録から農家を特定して改善を指導したとしている。
なお、カルフールもテスコ・ロータスも、生鮮食品に対するトレーサビリティシステムの採用や配送センターにおける検査実施を、ホームページ上で公表している。
4 日本のトレーサビリティシステムとの比較
日本の牛トレーサビリティシステムでは牛の生産から流通消費に至るまで一貫した個体識別番号によって追跡され、個体識別データベースがその体制を支えている。一方、タイの例では、肉牛生産組合が肥育素牛の段階からと畜、そして販売の段階まで、ほぼすべてにわたって個体識別データベースを管理しているため、販売店や消費者の段階で問題が発見された場合には組合が一元的に対応することになる。
全国ベースのトレーサビリティシステムを構築する場合には、牛においては、繁殖、肥育、と畜、販売と消費がそれぞれ独立した段階になることを前提にせざるを得ないため、日本やEUにおいて採用している全国ベースでの個体識別データベースが必要とされる。
カンペンセン牛生産者組合の牛トレーサビリティ模式図
(参考)
カンペンセン(Kamphaengsaen)牛について
タイにおける在来牛はタイの気候風土に順応しているが、肉牛としては肉質、増体や肉量などに課題があったため、1969年、カセサート(農業)大学が中心となって、在来種などを基に肉質や肉量に優れた交雑種の作出計画が実施された。
各品種の交雑試験の結果、それぞれの血量が在来種とブラーマンが25%、シャロレーが50%の三元交雑種が気候への順応や増体などに優れていることが判明し、これを大学の所在地名からカンペンセン牛と命名した。1991年にカンペンセン牛繁殖協会が設立され、選抜による改良が進められ、現在、雄333頭、雌1,068頭が登録されている。
なお、カンペンセン牛の体毛は白もしくはクリーム色で、出生時の体重が25〜30キログラム、離乳時の体重は雄220キログラム以下、雌200キログラム以下、8〜12カ月齢の雄のデイリーゲインは1.4キログラムで、成牛では雄750〜800キログラム、雌450〜550キログラムになるとしている。
カンペンセン牛
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