特別レポート

輸出を拡大させるカナダの豚肉産業(後編)

食肉生産流通部 調査役 藤島 博康
調査情報部調査情報第1課 長野 秀行

 2005年10月下旬に実施した現地調査を基に、前号では主にカナダにおける肉豚の生産段階について紹介したが、今号では、と畜・加工以降を中心に輸出産業として急拡大するカナダの豚肉産業の背景を報告する。


5 と畜・食肉加工部門

(1)二大パッカーによる寡占化

 カナダのと畜・食肉加工部門は、メープル・リーフ社とオリメル社の2社がそれぞれと畜シェアの4割程度を占めるとされ、この2社により寡占状態にある。

 カナダ豚肉協議会(Canadian Pork Council、以下「CPC」)のライス氏は「この数年間で信じられないような寡占化が進んだ。生産者から見れば、25年前には(販売先として)5者程度の選択肢があったが、現状では2者以外には生体による対米輸出しか選択肢しかない」と話しており、2社によると畜シェアの拡大は急速に進んだようだ。

 前述のとおり(「畜産の情報」(海外編)2006年1月号)、穀物への輸出補助金である西部穀物輸送法(Western Grain Transportation Act、以下「WGTA」)の廃止などより短期間に急拡大した肉豚生産に応じるように、カナダ国内のと畜能力は拡大方向にあるが、その途上で、2社によるマーケット・シェアの拡大も加わり寡占化は急速に進んだようだ。

 さらに、メープル・リーフ社はサスカチュワン州に単独で、また、オリメル社はマニトバ州にビッグ・スカイ・ファーム社などとの共同出資により、それぞれ1日当たりのと畜頭数が数千頭規模の豚肉生産工場の新設計画を既に発表している。いずれも、これまで肉豚生産頭数に見合うと畜能力が無く、米国向け生体輸出が多かったプレーリー地域での生産拡大計画であり、カナダ国内におけると畜・加工の増加と2社による寡占化の傾向は今後も続くと予想される。

 米国で進展した肉豚生産からと畜・食肉加工までの垂直統合型の経営は、カナダでもみられる。関係者によれば、メープル・リーフ社はと畜の9割程度の豚を契約農家から確保しており、同社による垂直的な統合は進んでいるとのことであった。これに対し、オリメル社はケベック州を拠点するカナダ最大の農業協同組合の食肉部門となるが、その経営決定機関には肉豚生産者も参加しており、協同組合を通じた生産者側からの垂直的な統合とみることもできる。

 なお、食肉関係の米国資本は海外にも積極的に投資を行っているが、現在、カナダには米国資本によるパッカーは存在しない。カナダ・ポーク・インターナショナル(Canada Pork International、以下「CPI」)のポマロー氏によれば「カナダはメープル・リーフ社とオリメル社の二大パッカーによる寡占化が進んでおり、米国資本にとってメリットが少ない。さらに労働組合が強いことなども米国資本の進出をちゅうちょさせている可能性もある」と語っていた。

図7 と畜能力の推移


(2)枝肉の格付け

 枝肉格付けは、かつては連邦政府職員が行っていたが、96年に民営化され現在は各州のマーケティング・ボードの監視の下、民間のパッカーが実施している。

 格付け方法は、枝肉重量、背脂肪の厚さなどにより決められた等級に基づき行われる。生産者への支払いは、平均的な枝肉を基準とし、平均的な枝肉の赤身率を上回った割合が、単価に上乗せされる。仮に、基準値を100とし歩留まりが高い枝肉で格付けが106ポイントであった場合には、平均支払価格に6%が上乗せされた支払単価となり、逆に歩留まりが100ポイントを下回る場合には支払単価は、平均支払単価を下回ることになる。

 なお、枝肉格付けの基準は各州マーケティング・ボードごとに決められており、等級基準は州によって異なる。

 

6 今回訪問したパッカーの概要

(1)メープル・リーフ社レスブリッジ工場

 同社は、豚肉のほかにも鶏肉の生産加工販売や製パンなども手がける総合的な食品会社である。豚肉生産については、肉豚の生産からと畜・食肉加工、食肉加工品も含めた垂直的調整を戦略的に行っている。

 同社は西のアルバータ州から東のノバ・スコシア州まで全国に8カ所のと畜場を有しており、今回はアルバータ州のカルガリーから235キロメートル南に下ったノースブリッジ工場を訪問した。。

メープル・リーフ社レスブリッジ工場の概要

 同工場の特徴は、肉豚生産段階から日本向け輸出を念頭にした肉豚生産が行われており、皮はぎ方式によると畜、日本式の部分肉カットが基本となる。皮はぎ方式は北米では珍しく同社の8工場のうちレスブリッジ工場とケベック州に所在するルーシーポーク工場の2カ所は、対日輸出を前提として皮はぎ方式が採用されている。なお、日本以外の輸出先は台湾、シンガポール、韓国など。内臓の一部も日本、台湾、韓国などに輸出されている。

 同工場での1日当たりのと畜頭数は1,300頭であり、レンダリングやメンテナンスを含め260人を雇用している。

 1日1シフト(作業員のおおむね8時間労働の労働単位が1シフト、作業員を入れ替え計16時間操業する場合は2シフトとなる。)操業であり、工場長のウッド氏に2シフトの可能性について尋ねたところ、「2シフトにする場合は、冷蔵保管庫の拡充など新たな投資が必要となること、またトリミングなどのカット作業が雑なることが懸念される」などと否定的であった。

 格付けはと畜、内臓処理直後の温と体で行われ、専用器具により背脂肪の計測などが瞬時に行われていた。入れ墨による生体の個体識別情報は、皮はぎのため、枝肉に添付されたバーコードに基づき管理されており、部分肉カット、包装など箱詰めまでの情報は必要に応じて集積される。格付を含めた枝肉に関する情報はすべてオンラインでデータ入力されていた。

 平均的な重量は、生体114キログラム、冷と体で73キログラムとのことであり、日本に近いものといえる。

 同工場でと畜加工される肉豚に関してはすべて関連会社との契約生産によるもので、繁殖段階から日本市場を意識したものであり、大麦を中心とした飼料も関連会社によって配合されている。また、部分肉カットもバラ山が残ったベリーの整形など日本の部分肉に沿った仕様である。

 同工場では、交差汚染の防止を目的に、ラインに多人数を配置するよりも、1ラインで少人数がより多くの作業を担当するよう作業員を配置しているとのことであった。ウッド氏は今後も衛生面での充実を図りたいと語っており、衛生管理は徹底されている。



日本向けカートン 日本向けにバラ山が残ったベリー 枝肉に添付したバーコードにより
個体情報を管理

(2)オリメル社レッド・ディア工場

 オリメル社は、ケベック州を拠点するカナダ最大の農業協同組合であるコープ・ケベックにより設立された豚、鶏の加工部門となる。同社は拠点となるケベック州に3カ所、アルバータ州に1カ所の合計4カ所のと畜場を有している。

 今回訪問したレッド・ディア工場は、アルバータ州のカルガリーから北へ145キロメートルの中部レッド・ディアに所在する。

オリメル社レッド・ディア工場の概要

 レッド・ディア工場のと畜能力は、1時間当たり1,250頭、1日当たり1万頭となり、カナダでも最大規模のと畜施設となる。従業員数は、レンダリング部門を含め1,500人。訪問時(2005年11月)には、冷蔵保管倉庫などの拡張工事が行われていた。

 工場の1日当たりの操業体制は、1シフトに加えて拡張後の職員研修も兼ね0.5シフト程度の操業を行っていることであった。拡張工事後は完全な2シフト体制に移行する予定で、湯はぎ方式によると畜能力は1日当たり1万8千頭程度となるが、実際には徐々に頭数を拡大していくとしていた。

 日本向けの製品は部分肉カット・ラインにおいて3段階で選別された上で、さらに包装ラインで最終チェックされており、肉質を中心に厳選されている。また、日本向けのほか、米国や豪州などへも輸出されている。

 生体は、アルバータ州とサスカチュワン州から集荷。最も遠方で輸送に8時間程度、平均は2時間程度の距離から集荷している。

 農家に対しては、コスト増になることから、飼料や品種の指定はしていないが、飼料に関しては当然ながら最も安い大麦の配合割合が高くなり、肉質に対して日本市場での評価も高いとのことであった。また、部分肉のカットは北米式が基本となるが、日本のユーザーからの要望によっては歩留まりを高めた製品などが作られる。

 部分肉カット・ラインなどでは、一般生菌数を極力抑えるため、ナイフ洗浄などによる水の使用は徹底的に制限されるなど、衛生面は北米でも高水準で管理されている。

 入れ墨による識別番号は毛焼き後も確認できる。枝肉は枝肉懸垂フックの識別票と連動しており、これによって枝肉から部分肉加工までが個体管理される。トレーサビリティに関しては、前述のメイプルリーフ社レスブリッジ工場と同様に箱ラベル(加工日時)による表示からある程度農家まで特定可能とのことであった。



日本向けカートン ロース 毛焼き後も確認できる
入れ墨による識別票

 

 

7 豚肉輸出の動向


(1)10年間で3倍に拡大

 カナダの豚肉輸出(内臓、加工品含む)は、90年代の前半まで年間30万トン台で推移し、生産に対する輸出割合は25%前後にすぎなかった。しかし、輸出はこの10年間で年率12%の勢いで増加し、2004年には94年の3倍当たる92万8千トンに上り、生産量の48%が輸出に向けられた。また、2004年の生体輸出頭数とと畜頭数を合計した数値に占める輸出割合は27%を占めており、生体輸出を併せると、2004年にカナダ国内で生産された豚の約5分の3が輸出されたことになる。

図8 豚肉輸出量の推移(枝肉重量) 

 2004年の輸出先国別の割合をみると、米国向けが63%と最大で、次いで日本向けが32%と両国で全体の95%を占めている。90年には米国向けが76%、日本向けが10%を占めていたが、徐々に米国への依存度を下げるとともに日本向けが増加してきた。米国、日本以外では豪州、メキシコなどが比較的重要な輸出市場となっている。

 CPIのポメロー氏は「近年、米国やメキシコ向けは減少しており、日本、韓国、台湾、中国、フィリピンなどを潜在的な市場として意識している」としており、今後もアジアでの市場拡大を視野に置いている。また、ロシア、東欧は加工用原料となるトリミングの輸出市場であるが、ロシアについては衛生植物検疫措置に関する協定(SPS)による問題、東欧についてはEU加盟により関税割当制度が障害となり思うように輸出できないとし、次期WTO交渉に関しては東欧のEU加盟による豚肉輸出に関する代償措置が最大の関心事とのことであった。

 近年、ロシアの買い付けが、一時的に加工原料用豚肉の国際価格の上昇をもたらすこともあり、経済成長が続くロシア、東欧の豚肉需要の動向は、今後の豚肉の国際市場にも少なからぬ影響を与えるものとみられる。

(2)対日輸出の動向

 カナダ産豚肉の対日輸出は過去15年で着実に増えている。2004年の対日輸出量は20万4千トン、対日輸出額は7億7,600万カナダドル(799億円:1カナダドル=103円)となっており、数量は15年前の8倍強にまで増加している。CPIのポメロー氏は、今後は冷凍品よりもチルドの量を増加していきたいと語っており、業界全体としても、より付加価値の高い製品の輸出拡大を狙っているようだ。

 現在、日本向けには、焼き豚用に糸を巻いた豚肉製品や、表面脂肪を削りロース歩留まりを上げるなど、付加価値を高めた製品開発が進んでいる。

 なお、カナダから日本までの輸出所要時間は、おおむね21日(洋上11〜14日)程度で到着する。アルバータ州から積み出し港であるバンクーバーまでの陸路輸送時間は17時間であり同州からであれば1〜2日で本船積載可能となるが、ケベック州からの場合は陸路で5〜7日を要することになる。

図9 日本向け輸出の推移(枝肉重量) 


8 国内消費

 カナダ国内の豚肉消費は、ここ20年間、減少傾向にある牛肉、増加傾向にある鶏肉と比較して、1人当たり枝肉重量ベースで25〜30キログラム間で安定的に推移している。消費拡大のため、ここ数年は、メディアや小売り販売業界などを通じて赤身率の高さ、レシピなどを通して健康面での利点を消費者に対しにより直接訴えかける戦略がとられている。

図10 カナダの1人当たり食肉消費の推移) 

 精肉と加工品の仕向け割合は、一般的にはハム、ソーセージなど加工品7に対し精肉3とされており、加工品の割合が圧倒的に高いようだ。カナダ農務・農産食品省(Agriculture and Agri-Food Canada 、以下「AAFC」)のマグレイブ氏によれば、消費者の購買量としてみると、精肉と加工品の割合は1対1とするデータもあるが、加工品は外食部門での消費が多いことによるそうだ。

 豚肉消費の季節性については、バーベキュー需要などによりロインとスペアリブの需要が夏場にピークを迎え価格も上昇し、ももに関しては春のイースター、クリスマスが大きな需要期となる。

 スペアリブ(バック・リブ)については、カナダ国内をはじめ米国でも高値で販売されている。このため、日本で需要の高いバラ肉については、スペアリブを取り除いた後のバラ山のないシート・リブと呼ばれる部分肉が主体となり、日本向けとしては必要な厚みが不足していることから、通常のカナダ式カットによるバラの評価は日本では低い。

 実際にカナダの小売店(8店舗)でその販売価格をみたがスペアリブがキログラム当たり平均で11.85カナダドル(1,221円)、ロ−スはキログラム当たり平均11.57カナダドル(1,192円)、ヒレはキログラム当たり平均15.94カナダドル(1,642円)であった。スペアリブの骨の割合を3割とみても、可食部分の肉量の単価としては、ほぼヒレ並の高値で販売されていることになる。

 なお、小売店での精肉販売はロースを厚さ2センチメートル前後でカットした「ロイン・チョップ」が定番であり、もも系の精肉は8店舗でわずか4アイテムと少なく、そのほとんどがハムなどの加工用に向けられているとみられる。



サイド・リブ(スペアリブの一種) 定番のロイン・チョップ 食肉販売棚

 

 

9 わが国の豚肉業界関係者によるカナダ産の評価


 わが国の豚肉流通関係者からの聴き取りによれば、カナダ産豚肉に対する一般的な評価は、米国産と比較して、肉質はきめ、締まりがよく、脂肪は白上がり、ロース芯はやや小さめで、欠点が少ないとしている。一般的な米国産は、ロース芯が大きいものが混じったり(トレイの中の見栄えが悪い)、締まりがなくドリップがやや多目などの欠点があるそうだ。
(注:米国産と言っても、個別に見れば垂直統合などにより肉豚の生産工程から日本向けとして生産されている例もあり、この評価はあくまで大層を占める一般的な米国産豚肉との比較である。)

 また、取引相手国としてみた場合、輸出が生産量の10%程度にとどまり自国消費に基軸を置く米国と、重要な輸出産業として位置付けられるカナダでは、カット規格や肉質など日本市場からの要望への対応が異なるようだ。この点は、カナダ側も業界全体として戦略的に位置付けており、単に自国消費用のものを輸出に振り向けるのではなく、輸出市場の要望に応じたカスタム・メイドの豚肉生産に努力している。

 一方で、カナダは国内マーケットの規模が限定されることから、突然の大量発注など、数量的な融通が利かないことが欠点の一つとなる。米国は輸出をはるかに上回る国内消費を生産のベースとしていることから、数量に関しては柔軟な対応が可能であるようだ。

 カナダ産チルド豚肉は、量販店だけでなく、外食、中食などの外食部門での需要も伸びているとされ、カナダ産を明示して売り出している外食チェーンも見られる。

日本市場でのカナダ産豚肉に対する評価 

カナダは輸入市場の要望をくみ取ることによって、わが国の需要者との定時定量の取引を着実に増加させているようだ。


終わりに

 わが国の需要者のカナダ産豚肉に対する評価の中で特筆すべき点は、肉質、規格面での欠点がほぼないことである。これは世界でも名高いわが国消費者の細かく厳しい要求に、日本側をも含めた業界関係者が努力してきた結果だと思われる。

 食肉製品は流通のためには必ずと畜加工処理が必要であり、品質向上のためには分野を越えた関係者の意思疎通が欠かせない。カナダでは、行政の補助を受け、肉豚生産者、と畜・加工関係者、流通関係者などが一堂に会した全国豚肉バリュー・チェーン円卓会議が2003年から開催されている。食品安全、品質向上などに関して業界関係者一堂に集い「カナダ・ブランド」の向上ため戦略が検討されており、他の輸出競合国との違いを明確にした付加価値の高い商品を今後も生み出すべく努力が続いている。

 一方、今回の国内流通業者への聴き取り調査で印象に残ったのは「国産をしのぐどんなに良い豚肉を海外で作って日本へ持ってきても、輸入品である限りは枝肉ベースで50円から100円の国産との格差がある(輸入品が安い)」というコメントである。現状では目に見えない価値であり、単に「国産」というブランドへの支持とも言えるものである。

 カナダの低コストでの豚肉生産、高い品質・規格水準、加えて業界挙げての積極的な輸出への取り組みによって、今後も対日輸出の増加は続くと予想される。これに対し、わが国は、生産現場のみならず、と畜・食肉加工部門の効率性や衛生面などまだまだ改善が必要な点があると思われる。今は目に見えない格差を今後は根拠のある目に見えるに形に代えて、消費者に国産を積極的にアピールして行くことが必要ではないかと感じられた。

 最後に、今回のレポートを執筆するに当たり、資料の提供などご協力を頂いたAACF、CPC、CPI、また訪問先のメープル・リーフ社、オリメル社をはじめご協力を頂いた関係者の皆様方にこの場を借りて厚くお礼申し上げたい。

参考資料:
Agriculture and Agri-Food Canada
「An overview of the Canadaian Agriculture and Agri-Food system May 2004」
Canadian Pork Council
http://www.cpc-ccp.com/stats.html
Canada Pork International
http://www.canadapork.com/english/pages/frmsts/page03.html
在日カナダ大使館
http://www.canadanet.or.jp/about/agri.shtml
Government of Alberta
「Alberta’s Pork Production Industry」
Statistics Canada
「Pig production is getting bigger and more specialized」
United States Department of Agriculture
「Market Integration in the North American Hog Industries」
2005年11月11日付け朝日新聞
「宝の砂、カナダ活況」
George Morris Centre
http://www.georgemorris.org

訂正
前編の図表の資料出典は以下のとおり。
図−1:Statistics Canada
図−2:米国農務省(USDA)、Statistics Canada
図−3:Statistics Canada
図−4:USDA、Statistics Canada
図−5:Statistics Canada
図−6:Statistics Canada


元のページに戻る