特別レポート

輸出を拡大させるカナダの豚肉産業(前編)

食肉生産流通部 調査役 藤島 博康
調査情報部調査情報第1課 長野 秀行

はじめに

 2004年のわが国の豚肉輸入の供給国別シェア上位3カ国は、1位がデンマークで31%、2位が米国で30%、3位がカナダの21%となる。カナダの94年当時の日本市場でのシェアは6%であり、この10年間でカナダ産の輸入量は年率20%の勢いで急拡大してきた。

 一方、カナダの豚肉需給をみると、この10年間に生産量は1.5倍、輸出量は3倍に拡大している。この間、消費量は1割程度の増加にとどまっていることから、生産の拡大は輸出の伸びに支えられていると言える。生産量に占める輸出割合は90年代中ごろまでは25%前後で推移していたが、2004年時点ではほぼ5割に達する水準までに拡大した。

 現在、カナダの生産量は世界でも8番目の規模ながら、世界の豚肉輸出に占める割合ではEU(25カ国)に次ぎ、米国と並ぶ位置に躍進し、重要な豚肉供給国の一つとなった。

 今回は、2005年10月下旬に実施した現地調査を基に輸出産業として急拡大するカナダの豚肉産業の背景を二回に分けて報告する。

表1:カナダの豚肉需給(2004年)

 

1 カナダ農業の概要と豚肉生産

(1)カナダ農業の中での豚肉生産

 カナダ農務・農産食品省(Agriculture and Agri-Food Canada 、以下「AAFC」)の年次報告書によれば、農産物・農産物関連食品の国際貿易に占める輸出シェアは、米国、EU(15カ国)、ブラジルに次ぐ第4位としている。また、2002年の農産物・農産物関連食品の生産額は国内総生産額(GDP)の8.2%を占め、就労者の8人に1人がこの分野で労働に従事しているとされ、農業はカナダ経済の中で大きな役割を担っている。

 2004年の農産物輸出額のうち食肉(家きん肉を除く。以下同様)が17.4%、生体家畜(家きんを除く)が3.0%、乳製品が1.2%、家きん肉・鶏卵が1.3%を占めており、畜産物全体としては26.1%を占め、畜産物は穀物および油糧種子に次ぐ重要な分野となっている。

 また、2004年の農家販売収入額では、養豚部門は43億ドルと全体の13.5%を占める。なお、肉牛部門は51億ドル(同16%)、酪農部門は46億ドル(同14.5%)に上る。畜産全体としては全体の54.2%を占める。

表2:2004年の農産物輸出額

表3:農家農産物販売収入額

(2)農業生産地域

 カナダは990万平方キロメートルと世界で2番目に広大な国土を持つものの、ほぼ全域が北海道よりも北側に位置しており、気象条件などから農地面積は国土の7%に限られ、米国との国境線に沿った南部地域に帯状に広がる。

 気象条件と土壌の違いより、カナダの農業地域は、東側から、大西洋地域(大西洋岸のプリンス・エドワード島、ノバ・スコシア州、ニュー・ブランズウィック州、ニュー・ファンドランド州)、中央カナダ地域(オンタリオ州、ケベック州)、プレーリー地域(マニトバ州、サスカチュワン州、アルバータ州)、太平洋地域(ブリティッシュ・コロンビア州)に区分される。

 豚飼養頭数の分布を見ると、飼料基盤などを背景に、中央カナダ地域でカナダ全体の45%、プレーリー地域で同52%を占めている。

  カナダの豚飼養頭数
全飼養頭数に占める州別シェア(%)
 

表4:カナダの気候

 中央カナダ地域は、5大湖、セントローレンス川流域に肥よくな大地が広がり、冬の降雪量が多く、夏は比較的湿度が高い。降雨量が一定していることから、カナダでは最も農業に適した地域であり、トウモロコシの主要な産地でもある。また、カナダで最も人口が集中している地域でもあり、消費地立地型の養豚が発達してきた。

 また、近年急速に養豚が拡大してきたプレーリー地域は、冬寒く夏は暑く、降水量は少なく乾燥しているが、かんがいの発達などにより、世界でも有数の小麦、大麦などの穀物生産地域となっている。

 養豚の飼料基盤という観点から見ると、カナダのトウモロコシの約95%がオンタリオ州とケベック州で生産され、小麦の約97%、大麦の約94%がプレーリー地域で生産されており、東側ではトウモロコシ、西側では麦類が飼料配合の中心となる。このほかには、カナダの基幹作物の一つである菜種の油搾りかすなどが飼料として用いられる。

 なお、肉牛産地は近年、東部から西部へと地域的な移動がみられる。飼養頭数でみると、76年には全体の68%を占めたプレーリー地域の頭数シェアは2005年には79%に増加する一方、オンタリオ、ケベックの2州のシェアは76年の26%から2005年には15%に減少している。

 酪農は中央から東部にかけて、特にケベック州、オンタリオ州で盛んであり、2005年の両州の乳用牛飼養頭数は全体の73%を占める。

表5 州別牛飼養頭数(2005年1月1日現在)

 

2 肉豚生産に関する概要

2-1 肉豚の生産動向

(1)飼養頭数の動向
 2004年4月1日現在の豚飼養頭数は1,466万5千頭に上る。これは、75年当時の約3倍に当たり、94年との比較では38%の増加となる。

 州別にみると、ケベック州のシェアが29%と最も大きく、オンタリオ州の25%、マニトバ州の20%、アルバータ州の14%と続き、この4州で全体の96%を占める。

 ケベック州の飼養頭数は90年代の前半はおおむね3千頭台で推移していたが、この10年間で年率3.5%の伸びで拡大してきた。しかしながら、同州では環境保全を目的にふん尿処理に関する規制が他州より厳しいこともあり、ここ数年の同州の飼養頭数は頭打ち傾向にある。

 一方、近年、急激に拡大したのはマニトバ州であり、この10年間で年率7.0%の成長を遂げた。

 この頭数拡大は、後述するように輸出補助金の廃止という政策変更と、米国向け生体輸出の増加が大きな要因となっている。生体輸出の実数を見ると、94年から2004年の増加分は約760万頭となる。この間に繁殖雌豚頭数は52万頭増加しており、雌豚1頭から年間20頭が生産されると考えると約1千万頭の肥育豚となり生体輸出の増加分にほぼ相当する頭数になる。

 出荷頭数の季節性については、例年、1月から3月にかけて最も多く、7月から9月に最も少なくなる。近年、生産効率の向上などにより季節的な出荷頭数の格差は徐々に縮小傾向にあり、現在の出荷の季節的な増減はおおむね2%の範囲内にあるとされる。

図1 飼養頭数

(2)経営数の動向

 経営体数は、農業センサスによれば81年当時の55,765から2001年には15,472と急激に減少している。他の作物などとの複合経営から養豚への専業化、そして経営の大規模化という傾向が続いている。2001年時点で飼養頭数4,685頭以上の経営体は全体の3%に過ぎないが、全飼養頭数の37%のシェアを占めている。

 カナダ全体での一経営体当たりの平均飼養頭数は、2001年時点で902頭。州別にみるとケベック州が最大で1,556頭、これにマニトバ州の1,523頭、アルバータ州の757頭と続いており、やはり養豚の盛んな地域ほど経営規模は大きくなる傾向にある。

表6:1経営体当たりの飼養頭数規模
(2001年農業センサス)

(3)経営体の類型

 カナダの養豚経営の中では一貫経営が中心となる。2001年の農業センサスによれば、養豚経営体全体の44%占め、豚飼養頭数全体の59%を一貫経営体が占めている。しかし、米国向け生体輸出の拡大とともに、近年は繁殖子取り専門経営や離乳子豚育成専門経営など肥育素豚の生産に特化した経営体が増加傾向にあるとされる。2001年時点では、繁殖子取り専門経営は経営体数全体の18%を占め、離乳子豚育成専門経営は同3%を占める。

表7:養豚経営体の類型

 養豚一貫経営においては、防疫上の理由から繁殖、育成(離乳)、肥育それぞれのステージによって肉豚を分離、管理するスリーサイト方式を採用する経営体も年々増加している。肉豚はグループごとに管理され、十分な距離を置いた施設で各ステージごとに管理され、ステージの異なる豚が接触することなく移動管理される。

 AAFCのネグレイブ氏によれば、1家族で管理可能な繁殖母豚飼養頭数で100頭、常時飼養頭数で1千頭の家族経営がカナダでの平均的な経営像であるそうだ。

 カナダでの一般的な生産モデルは以下のとおりとなる。

(4)品種、品種改良など

 カナダ豚繁殖者協会(Canadian Swine Breeders Association)への登録シェアでみると、国内における品種別シェアは、ヨークシャー種44%、ランドレース種33%、デュロック種14%、ハンプシャー種7%となる。このほかにはラコム種などが挙げられる。肉豚として肥育される主なものは、これらの品種から成る雑種、特に日本向けの主流はランドレースとヨークシャーから成る雌にデュロックを配合した三元雑種となるようだ。

 品種改良は、95年までは行政により行われていたが、現在は民間によって行われる。カナダ豚肉協議会(Canadian Pork Council、以下「CPC」)やカナダ食肉協会、各州の養豚協会などによって設立されたカナダ豚改良センター(Canadian Center of Swine Improvement、以下「CCSI」)が、豚の改良に関して全国的な調整を担っている。CCSIは、民間の種畜会社や生産者から、遺伝評価や、肉質、増体、背脂肪厚、産子数などに関して全国レベルでデータ・ベース化を図るなど改良に関する種々の事業を行う。

 品種改良の観点から米国と比較すると、枝肉重量で違いが見られ、米国が重くカナダが軽い。その差は近年開いていく傾向にある。現地のと畜場関係者によれば、180日の飼養期間で、米国は120〜130キログラムに仕上がるが、カナダは107キログラムと、単に飼養期間の差ではなく、同じ北米であっても米国とカナダの豚では系統的には異なるようだ。

図2 カナダと米国の1頭当たりの枝肉重量の推移

(5)肉豚の生産段階から日本向けを意識

 AAFCのネグレイブ氏によれば、カナダ産の豚が比較的小型であるのは、米国に比べて肥育用の肉豚にデュロック種が配合される割合が高いためであり、味の良さの要因ともなっているとのことであった。

 また、CPCのライス氏によれば、カナダでデュロック種が交配に多く用いられるのは、業界、特に豚肉パッカーの選択によるところが大きいとのことであった。カナダのと畜場規模は米国と比較して大きくないので、米国のように大量に処理された枝肉の中から日本市場に応じた肉質や規格を選別することは容易ではない。このため、輸出者でもあるパッカーとしては、肉豚生産段階から何らかの形で介入し日本市場に適した豚肉を生産する方向にあるとのことであった。

 肉豚の生産コストではブラジルに対抗できず、今後、輸出市場で生き残るためには品質にこだわる必要があるとの認識は、今回訪問した関係者に共通したものであった。口蹄疫が残るブラジルの牛肉や豚肉は現状では輸出先が限定されているが、安価な飼料、広大な土地(環境問題、取得コスト)などから、低コスト生産という高い競争力を秘めており、同国の疾病清浄化の進展は今後の世界の食肉需給に大きな影響を与えるものとみられる。

 なお、カナダでは、生産コストの軽減などを目的に人工授精(AI)による種付けが近年急速に普及しているとされる。現在、その普及率は7割ともされるが、実際にカナダでどれだけAIが浸透しているかは今回の調査では不明であった。しかし、繁殖雄頭数は95年を境に急激に減少しており、2005年の頭数はほぼ半減する一方で、繁殖雄1頭当たりの繁殖母豚頭数はほぼ倍増していることから、この間に急速にAIが拡大していったものと推測される。

図3 雄豚頭数/雄豚1頭当たりの雌豚頭数


2-2 肉豚の生産コスト

 AAFCのネグレイブ氏提供の米国とカナダの一貫経営の生産コストに関する資料を以下に示した。これをみると、素豚生産にかかる費用は米国と比較してカナダの方が12%低いが、その後のコスト、特に肥育コストが6%高く、結果として肉豚 1頭当たり生産費はカナダの方が4%高くなっている。

(1)安い衛生費用、高い生産効率

 カナダでは、その寒冷な気候から豚舎は空調や暖房設備の整ったものが一般的であり、米国と比較して初期投資は高くなるが、子豚の事故率の低さなどの点で生産効率の高い設備といえる。また、零度を下回る冬、乾燥した夏という気候的要因は家畜疾病の発生リスクを抑え、獣医・医薬品費の低減や、疾病による損失も少なく育成率が高くなっている。これに労賃が安いことも加わり、素豚段階の生産コストは米国に比べて安くなるそうである。

表8:2003年の一貫経営による肉豚生産コスト

 アイオワ州など米国の伝統的な養豚生産地域(飼料であるトウモロコシの生産地域と重複)では生産農場の立地密度が高いのに対し、カナダの農場は比較的近年に開設されたものも多く、各生産農場間の距離は十分に離れ広範に分散している。一度まん延した豚の疾病の根絶は困難を極めることが多く、100年以上にわたって長らく養豚が営まれてきた米国のコーンベルト地域との比較では、疾病発生のリスクの低さは大きな利点となっているようだ。

 カナダは、豚コレラ、アフリカ豚コレラ、口蹄疫、オーエスキー病、豚ブルセラ病、豚水疱病などといった主要な疾病の発生はない。これに加え、種畜輸入についても厳しい制限を課しており、養豚に関する衛生水準は高い。

 また、一腹当たりの年間産子数からみた生産性もカナダの方が高い。米国農務省経済調査局の報告書によると、一腹当たりの年間産子数については、95年時点で米国とカナダの格差は1.9頭であったものが、2003年には3.4頭とその格差は広がる傾向にあると指摘されている。

 カナダの繁殖母豚の生産性の高さは低コストの要因の一つとなっている。

図4 1頭当たり産子数

(2)米国より高い飼料費

 肥育に係るコストはカナダの方が米国よりも高いが、これは両国の飼料基盤の違いによる。飼料に関しては、カナダ全体としてみれば、多くが国内で自給されるが、トウモロコシ、大豆、大豆ミールなどは飼料用に輸入されている。

 地域的にみると、トウモロコシの産地となるケベック州、オンタリオ州の東部地域ではトウモロコシの配合割合が多く、西部のプレーリー地域では大麦や小麦の配合が多くなる。一般的に生産効率は東部の方が高く、飼料コストは西部の方が安いとされるが、西部の穀物の収量は干ばつなど気象条件の影響を受けやすく、収量と価格によっては米国などからの輸入が増加することになる。

 また、マニトバ州は米国の主要穀物生産地域と隣接することもあり、飼料は恒常的に輸入されているとされる。このため、カナダ全体として飼料コストを米国と比較した場合は、トウモロコシを基本にほぼすべての飼料が安定的に自給される米国よりは高くなる。

2-3 肉豚生産段階における品質管理など

(1)カナダ品質保証プログラム

 カナダ品質保証プログラム(Canadian Pork Quality Assurance Program、以下「CQA」)は、危害分析管理点監視方式(HACCP)に基づく農場段階の生産工程に係る食品の品質管理制度として、98年4月に導入された。

 各州の豚肉協議会など業界主導で導入された制度で、カナダ食品検査庁(Canadian Food Inspection Agency、以下「CFIA」)によりHACCPに基づく品質管理制度として認証を受けている。

 HACCPの原則に基づき、注射針の残留、抗生物質の投与、疾病の進入など農場の生産工程での危害因子について特定、管理するものであり、資格のある獣医または所定の特別な経験を積んだ者が各農場を定期的に査察することにより制度の順守が図られている。

 生産者の参加は現在、任意であるが、CPCのライス氏によれば、CQA認定された農場は全生産者の約60%に上り、認定された生産者出荷豚からの肉豚の出荷は全出荷頭数の約80%を占めるそうだ。ライス氏は、米国でも同様の農場段階での品質管理制度があり、仕組みとしては優れているものの、農家による自己診断であり、査察を受けない点が異なると強調していた。

 現在、飼料会社や輸送中のHACCPについても導入を検討しているそうである。また、パッカーサイドからもCQA認定の肉豚への要望が高まっており、現在、連邦政府による食肉検査を実施していると畜場(輸出可能と畜場。このほかには州政府管理下の小規模と畜場が存在し国内市場向けとなる。)でと畜される肉豚は、すべてCQA認定農場から出荷された肉豚であるそうだ。

 また、AAFCのネグレイブ氏はCQAについて、最終的には消費者に豚肉が届くまでをカバーする仕組みとしたいとのことであり、包括的な食品安全管理制度として今後も制度の拡大が検討されている。

(2)豚の個体識別・トレーサビリティ

 豚の個体識別・トレーサビリティについてはCPCと各州の豚肉協議会が中心となって、全国識別・トレーサビリティ・システム(National Identification and Traceability System、以下「NITS」)の導入が進められている。NITSは、海外からの疾病進入があった場合のまん延防止、食品安全の確保などを目的に、生産農場の所在識別、肉豚の個体識別、個体の移動記録などを管理する。

 カナダ農業・農産品省(AAFC)の支援の下、2004年の春の時点で、マニトバ州、ケベック州、プリンス・エドワード島の3州の41農家および3食肉処理場で試験的に実施されている段階であり、2008年夏の完全施行を目標にしている。

 NITSの大きな特徴は、他の家畜部門の識別・追跡システムとデータ・ベースを共有することである。乳用牛、肉用牛、羊など畜種ごとの管理運営機関によって収集された情報は、カナダ家畜識別庁(Canadian Livestock Identification Agency)の全国データ・ベースに集積され、口蹄疫など偶蹄類に共通の疫病が発生したような場合には畜種の垣根を越えて必要な対応が迅速に措置されるよう図られている。

 CPCのライス氏によれば、個体の管理はグループでの管理を念頭に置いているが、移動の形態によっては1頭ごとの管理をすることも検討しているとのことであった。肉用牛の個体識別制度は先行して実施されているが、欧州での口蹄疫の発生により議論が加速して実施に至った経緯があるとし、豚についても口蹄疫の進入などを警戒しており、NITSの早期確立が必要と語っていた。

 人、物の流れがグローバル化された現在、疾病の進入防止には限界があり、むしろ疾病進入を想定して被害をどれだけ最小限に食い止めることができるかが重要な課題となる。生産される肉豚の5割以上が輸出に向けられるカナダの養豚業界にとって、口蹄疫などの進入は壊滅的な被害をもたらすことは明らかであり、NITSの早期確立は業界の最重要課題の一つといえる。

 生産工程の管理や文書記録の保管など既に実行されているCQAからNITSへ生かされることは多い。また、カナダでは、肉豚販売の代金精算を目的に、生体の肩への入れ墨による生産農場の識別は既に実施されおり、今回訪問したと畜場でも重量、背脂肪厚などの枝肉情報はすべて個体ごとにデータ入力されていたことから、NITSのための下準備は十分に整っているよう感じられた。

2-4 肉豚の出荷・販売

(1)マーケティング・ボード


 カナダの肉豚の販売流通経路は、と畜業者であるパッカーへの契約販売と、州ごとに存在するマーケティング・ボードを通じての販売の二つに大別される。

 州のマーケティング・ボードは、合併などによりパッカーの寡占化が進展した1960年代、生産農家がパッカーとの価格交渉で一定の発言力を確保することを目的として、相次いで設立された。ボードの主な機能は、パッカーとの価格交渉を行い、州内の生産農家から買い取った肉豚をパッカーに販売することにある。なお、生産者への支払いは背脂肪厚を基にした格付等級に応じて一定の幅を持ち、各州の計算方法よって支払額は異なる。

 その後の規制緩和などにより、プレーリー地域のアルバータ州、サスカチュワン州、マニトバ州ではボードへの販売は生産者の任意であるが、現在もブリティッシュ・コロンビア州、オンタリオ州やケベック州などの東部地域では各州のボードへの販売が義務付けられている。

 AAFCのネグレイブ氏によれば、規制緩和されたアルバータ州においても75%がボードを通じて販売されており、依然として、ボードへの販売は肉豚流通の主流となっているものとみられる。

 なお、米国への生体輸出に関しては、と畜場直行の成豚は州によってはボードへの販売が義務付けられているが、肥育素豚(50キログラム以下)は各州とも自由に販売される。

(2)生産者課徴金

 生産者徴収金(Levy)の徴収はすべての州において州法により義務化されており、各州のマーケティング・ボードへの販売・精算を通じて徴収されている。マーケティング・ボードへの販売が義務付けられていないプレーリー地域の3州においても、各州の豚肉協議会へ納められることになっている。

 Levyの単価については、州により異なり販売の際に1頭当たり1〜2ドルが徴収される。このうち、1頭当たり3セントがマーケティング・ボードの全国組織となるCPCや、輸出促進団体であるカナダ・ポーク・インターナショナル(Canada Pork International、以下「CPI」)の資金源として供出され研究開発や需要拡大などに向けられる。また、AAFCのネグレイブ氏によれば、少なくともケベック、アルバータ、オンタリオの3州では、マーケティング・ボードの運営管理費以外に各州レベルでの独自のプロモーション活動の財源としても活用されているそうだ。

 

3 近年の生産拡大と米国への生体輸出増加の背景


(1)急増する米国向け生体輸出

 カナダから輸出される9割以上の生体豚は米国に向けられる。米国向け生体輸出は、94年ごろまでは年によって上下しながら最大でも1百万頭台で推移してきたが、94年を境に急増しこの10年間は年率25%で拡大し、2004年の輸出頭数は94年の3倍以上となる850万頭に達した。

 輸出される生体豚は直ちにと畜される成豚と、重量50キログラム以下の肥育素豚とに分類されるが、近年、急増しているのは肥育素豚となる。96年の輸出頭数の内訳は成豚が72%、肥育素豚が7万5千頭と28%を占めていたが、99年に半々となって以来その比率は逆転し、2004年には成豚が34%、肥育素豚が560万頭までに拡大し、66%を占めるまでになった。

 カナダのと畜頭数と米国向け生体輸出頭数の合計に占める米国向け生体輸出頭数は27%となり、カナダで生まれる3分の1近くの豚が米国に渡っていることになる。

図5 

図6 生体輸出量

(2)穀物輸出から地域内での肉豚生産への転換

 UR合意を背景にカナダの農業政策も変更された。畜産部門で大きな影響を与えたのは西部穀物輸送法(Western Grain Transportation Act、以下「WGTA」)の廃止である。これはプレーリー地域で生産された穀物に係る東海岸や西海岸の輸出港までの鉄道輸送費を補助するというもので、輸出補助金として95年に廃止された。

 この廃止により、従来輸出されていたプレーリー地域の飼料用小麦や大麦などは、相対的に価値の高い畜産飼料に仕向けられることになり、この地域において家畜、特に豚の生産拡大をもたらすことになった。

 88年のプレーリー地域の農産物販売収入額では小麦・粗粒穀物が36.9%、食肉(家きん肉を除く)が34.5%だったものが、2003年では小麦・粗粒穀物が20.9%、食肉が39.9%と逆転した。

 また、プレーリー地域にブリティッシュ・コロンビア州を加えた西部地域の豚飼養頭数シェアの変化をみると、WGTA廃止直後の95年が41.3%であったのに対し、2004年は43.8%に増加している。

 特に、米国の伝統的な養豚地帯であるコーンベルト地域に隣接するマニトバ州においては、豚総飼養頭数が95年比66%増、繁殖豚に至っては同101%増とその増加が際立っており、米国向け生体豚の主要供給地として成長を遂げたことを示している。

 一方、カナダ国内のと畜部門は、過去20年にわたる各州のマーケットティング・ボードを通じた肉豚の販売管理体制などにより、大規模な投資が行われてこなかったとされる。生産頭数の増加に伴い、と畜能力は、近年、急速に拡大傾向にあり、と畜頭数でみると95年に比べ2005年には44%も増加しているが、カナダで生産されるすべての肉豚をと畜するには足りないという状況に変わりはない。

 WGTAの廃止による生産意欲の高まりによって肉豚はわき出てくるものの、カナダ国内ではと畜しきれず、価格の低下により、より良いマーケットを求め米国へと豚が流出して行ったと言える。カナダの養豚拡大が、輸出補助金という農業保護の削減が一つの契機になっていたことは、興味深い点である。

(3)素豚をカナダに求める米国

 米国農務省経済調査局の「Market Integration in the North American Hog Industry」によれば、カナダで養豚が急拡大した同時期に、米国での肉豚生産からと畜・食肉加工までを垂直的統合した大規模企業経営の台頭によるパッカーの効率生産の追求、中小の家族養豚経営の廃業、養豚の分業化などが、カナダ産素豚輸入の増加要因となったと指摘している。

 米国では豚肉生産の垂直的統合の進展により、90年代中ごろから比較的小規模で非効率なと畜場が閉鎖され、代わりに肉豚出荷の季節的なピークに対応できる大規模で効率的なと畜場が台頭してきた。この間に米国全体のと畜能力は13%程度低下したとされる。

 この間も米国のと畜頭数は増加傾向にあるが、これは、冬場などの出荷頭数のピーク時には1日の作業の複数回転や、土曜操業などにより対応しているためであり、米国全体としては従来と比較してコンパクトになったと畜能力をより効率的に用いる方向にあるためである。

 カナダと比較して、米国のパッカーの賃金は低く、労働条件も雇用主サイドがより弾力的に設定でき、両国の労働環境は異なる。比較的労働組合の影響が強いカナダでは、操業面での労働者サイドとの調整が難しいこともあり、と畜・食肉加工の分野では米国の生産コストはカナダより低いとされ、輸送経費を考慮してもカナダ産肉豚を集荷するメリットは残る。

 また、生産効率の高い大規模企業養豚の進展により、中小の家族一貫経営の廃業が続いたことから、94年から2003年の間に米国の繁殖豚頭数は14%も減少した。と畜能力の減少を上回るスピードでの肉豚生産の縮小により、米国の生体価格が上昇し、カナダ産に安値感が出たことに加え、米国パッカーは効率的な施設運用という面からも、カナダ産生体を積極的に集荷する傾向にあったようだ。

 一方、トウモロコシ生産も兼ねる養豚家が多いコーンベルト地域では、カナダと比較してコストが高く、専用設備が必要で手間も掛かる繁殖部門を切り離し、自給もしくは安い地場飼料を生かして肥育に特化することは容易な経営転換であったと考えられる。

 さらに米国ドル、カナダドルの為替レートの影響も大きい。96年11月から2002年1月までの間に米国ドルはカナダドルに対し約20%も上昇しており、米国サイドにとってカナダ産生体の値下がりをもたらし、カナダの生体輸出に一気に拍車をかけたとみられる。

 カナダは安く衛生的で品質が良い肥育素豚を生産し、米国はそれをトウモロコシなど安くて安定的に生産される飼料により肥育し、米国で低コストにてと畜・食肉加工するという北米の、国を超えた物流は、それぞれの長所を生かした効率的な豚肉生産を追い求めた結果であると、米国農務省経済調査局のレポートは結論付けている。


4 養豚を規制する要因

(1)環境規制

 カナダでは、排水規制など養豚経営に影響を与える実質的な規制に関する権限は地方政府に与えられており、州や地方によって規制の度合いは異なる。

 州レベルで環境規制によって肉豚生産が最も制限されているのは、ケベック州で、水質汚染など観点から環境保全を目的に農業全般が規制を受けている。養豚に関しては、水質や土壌の保全、また臭気の問題などからふん尿処理に関して規制されている。既存の生産者の経営権を守るとの観点から、ふん尿処理に関する基準を満たした既存施設の拡充は可能であるが、非農業地域などでは先住者などの権利が優先され新規養豚場の設立は困難な状況となっている。

 また、マニトバ州では飼養頭数400頭以上の大規模農家に対して、ふん尿を土壌還元する場合は事前に州政府への届出が義務付けられている。

 CPCのライス氏らによれば、これまでのカナダの豚肉産業は急速に成長したが、今後の成長はこれまでよりは緩やかなものになると予想している。飼料供給などについては何ら問題なく、環境規制が比較緩やかな西部ではまだ養豚拡大の余地があるものの、東部を中心に環境規制が養豚拡大の制限要因となるようだ。

(2)労働力の不足

 環境規制では比較的緩やかな西部地域ではあるが、大都市が集中する東部比べて人口そのものが少ないことから、労働力についてはまん性的に不足しているようだ。

 CPIのポメロー氏によれば、マニトバ州やサスカチュワン州ではメキシコやエルサルバドルなどからの労働者に対して、2年以上の労働実績を条件に家族を呼んで合法的に定住できるよう法令を改正したとしており、州政府による雇用対策も行われているようだ。

 アルバータ州では、最近の国際的な原油高を背景に、州内に埋蔵される重油質を含んだ砂「オイルサンド」の採掘、石油精製が投資と人を呼び、同州の景気は活況を呈している。このため、同州の失業率はカナダの中でも最も低いとされる状況であり、と畜場の雇用確保にも影響を与えている。

 と畜場経営という観点からみると、東部に比べて労働条件の柔軟性という利点を持つ西部であるが、労働力不足という問題の劇的な改善は難しく、と畜能力の拡大という局面では制限要因となるとみられる。また、オイルサンドからの石油成分の分離には水蒸気や熱湯などが必要であり、大量の水を使用するとされ、これに伴う工場排水の影響で、アルバータ州では養豚に必要な水資源の確保が難しくなるといったことも懸念されている。
(以下、次号に続く)


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