1 はじめにベビーブーマー世代が年金受給資格者に転ずることにより生ずる財政ひっ迫の事態が間近に迫る状況下で、ブッシュ政権により2005年2月に米国議会に提出された2006年予算教書は緊縮財政型となった。2002年農業法において巻き返しを図り手厚い施策を獲得した農業予算であるが、温湯に浴することはもはや許されないことを印象付けるかのように、現行の2002年農業法の下での2006年の歳出をめぐる議論でも、酪農を含む価格支持政策に対する予算の削減が求められてきたところである。また、米国は世界貿易機関(WTO)におけるドーハ開発アジェンダの下での農業交渉において、昨年末に行われた香港でのWTO閣僚会合に先駆け、国内支持の大幅削減を自ら率先して行う意志を示している。今回は、米国の酪農政策のうち価格支持をめぐる最近の議論の動向と、生乳生産者が自らの拠出金により生乳生産の削減を行い生乳価格の支持を目指すという任意の取り組みである酪農協共同事業(Cooperative Working Together(CWT))についてその概要を紹介することとしたい。
2 2006年予算教書における酪農政策の見直しと米国議会での議論(1) 加工原料乳価格支持 表1 CCCによる乳製品の買い取り価格 2005年2月7日にブッシュ政権より公表された2006会計年度(2005年10月〜2006年9月)予算教書における農業予算案では、価格支持や所得補償プログラムの見直しによる歳出の削減が検討され、CCCプログラムについては、その見直しによりプログラム全体で年間5億8,700万ドル(約699億円)にする歳出抑制が提案され、生乳価格支持もこの対象とされた。予算教書では、2004年におけるバターおよび脱脂粉乳の生産のために用いられた原料乳の平均価格は100ポンド当たり12ドル48セント(1キログラム当たり32円74銭)と支持価格である9ドル90セントを上回っている状況にあり、脱脂粉乳とバターについて、生乳価格が支持価格を上回る状況であってもCCCによる買入れが行われてきたことを指摘し、生乳価格が支持価格の水準を上回っている場合には、政府による購入と保管の経費を軽減するために、CCCによる買入れ価格を調整することを提言した。現状では乳製品の買入れ価格は年2回のみしか改訂されず、支持価格を上回る水準まで生乳価格が回復した場合であっても、次回の価格改定が行われるまでの間、CCCは乳業の希望量を全量引き受けなければならないため、乳業が市中に販売するよりもCCCに売却する方が利潤が大きいと考えた場合には、買入れを継続せざるを得ない。CCCの買入れ価格を市況に応じて変動させることが可能となれば、上述のシステム上の問題により生ずる過剰な買入れや在庫の発生を防止することができる。また、同政権はCCCによる乳製品の買入れ操作を予算の範囲内で行うことを併せて提唱した。 表2 MILC 支給実績 表3 MILC州別支給額(〜2003年2月) 同プログラムは2002年8月13日に施行されたものの、プログラムの終期が2005年9月30日と定められていたために、その延長が2006年の農業歳出予算をめぐる議論の争点の一つとなった。中小規模の酪農家は本制度の継続を強く求め、大規模酪農家は現行制度における支払い上限である生産者当たり年間240万ドル(約2億8,560万円)の撤廃も併せて要求した。
|
CWTとチェックオフとの相違 生乳生産安定法(The Dairy Production Stabilization Act(1983))に基づき米国内の48州内で生産され、商業的に酪農家から販売されるすべての生乳について、生産者は100ポンド当たり15セント(17円85銭、1キログラム当たり39銭)のチェックオフ資金を拠出することが義務付けられている。同法により、生産者はこのうち10セント(11円90銭)まで条件に適合する連邦または州の活動に拠出することが認められている。このため、5セント(5円95銭)は全国牛乳販売促進・研究ボード(National Dairy Promotion and Research Board(NDB))に直接行き、残りの10セントの大半は米国乳業協会(United Dairy Industry Association(UDIA))に集められ、NBDとUDIAから酪農管理協会(Dairy Manage-ment Inc.(DMI))に拠出され、日本でもなじみのある「3-A-Day」などの販売促進のための活動が行われる。なお、チェックオフ資金の用途は同法により、(1)乳製品の販売促進、(2)調査研究、(3)栄養に関する教育のみに限定されており、ロビーイングなどの政治活動やCWTが行っている牛のとう汰への助成などに用いることはできない。 一方、CWTは政府の関与を一切受けない、生産者による自主的な任意の多角的なプログラムである。CWTにおける2004年6月30日から2005年6月30日までの前年度繰越金などへの利息収入を含む拠出金収入は6,016万ドル(約72億円)となっている。CWTは100ポンド当たり5セントの拠出金であるので、拠出金が支払われた生乳生産は約1,203億ポンド(5,457万トン)と推計される。他方、2004年7月から2005年6月の1年間の全米における生乳生産量は約1,731億ポンド(7,852万トン)なので、同時期にCWTへの拠出に参加した生乳生産は全生乳生産の69.5%に相当するものと推計される。このように、CWTはチェックオフとは異なり任意のプログラムではあるものの、CWTが大多数の生乳生産者の支持を得て運営されていることがうかがわれる。なお、CWTは政府の関与が一切ないためにWTO農業協定上の義務は生じない。 |
(3)実績と意義
NMPFはCWTの効果について、(1)生乳価格の支持、(2)搾乳頭数の調整を通じた総生乳生産量の調整、(3)輸出促進による乳製品価格の支持、(4)農家所得への貢献について分析を行っている。
(1) 生乳価格の支持
NMPFはCWTの3つのプログラムの実施による生乳価格へプログラム開始初年度における効果について、2003年10月から2004年9月までの1年間で、月平均で100ポンド当たり59セント(1キログラム当たり1円55銭)と、当初目標とした36セントを上回る価格支持効果が得られたとしている(図2)。
図2 CWTの3つのプログラム実施による生乳価格への効果(2003〜04年)
また、2年次および3年次についても、いずれも過去25年間の平均生乳価格を上回っているとしている(図3)。
図3 生乳価格の比較
生乳100ポンドから4.48ポンドのバターと10.1ポンドのチーズがそれぞれ生産されるとしてこれを生乳換算すると、初年度のプログラムによる生乳生産量の総削減は約21億ポンド(95万トン)と推計され、同年同時期の生乳生産量の1.2%に相当するものと試算される(表4)。
表4 CWTの実績(初年度)
他方、生乳価格の上昇効果をNMPFの試算どおり100ポンド当たり59セントと仮定すると、2003年10月から2004年9月の平均生乳価格は100ポンド当たり13ドル53セント(1,610円、1キログラム当たり35円50銭)であるので、約4%の価格上昇効果があったということになる。ただし、NMPFが59セントとの試算結果を得た詳細は公表されておらず、価格は需給関係のさまざまな要因により決定されるので、59セントすべてがCWTの実施による効果ではない可能性があることも留意する必要があろう。
(2)搾乳頭数の調整を通じた総生乳生産の調整
NMPFは初年度の2003年秋にはとう汰プログラムにより搾乳頭数の減少の加速が見られるとし、次年度の2004年冬期についても顕著な搾乳頭数の減少が見られるとし、目に見える形での効果を上げることができたとしている(図4)。
図4 米国における搾乳牛頭数の推移(2003〜2005年)
(3)輸出促進プログラムによる乳製品価格の支持
輸出プログラムにより、2006年2月3日までに1,080万ポンド(4,899トン)のチーズおよび130万ポンド(590トン)のバタ−の輸出支援が行われた。このうち、わが国には20,900ポンド(9.5トン)のチーズが輸出された。
なお、NMPFは同プログラムによりトリガー価格を下回る過剰供給を輸出によって解消できたため、チーズ価格がトリガー価格を下回ることを防ぐことができたとしている(図5)。
図5 輸出促進プログラムによるチーズ価格の支持
(4) 農家所得への貢献
NMPFはCWTは生乳価格の上昇により、生産者の拠出を上回る利益をもたらすことにより、農家所得の上昇に貢献してきたとし、2004年および2005年にはそれぞれ数百万ドルの農家所得の上昇をもたらしたとしている(図6)。
図6 CWTの3つのプログラム実施による酪農家収入(100万ドル当たり)への累積効果(2003〜04年)
(5)その他
NMPFのコザック会長が国際酪農連盟(IDFA)で述べたように、これまで伝統的な北東部、条件に恵まれた中西部、西部の新興地域で内争を繰り返してきた米国の酪農がCWTを通じて一つに結束したことは、CWTの成果の一つとして挙げることができる。
CWTにおける牛とう汰プログラムなどへの参加者の意識調査 NMPFは第二期のCWTの実施に際し、牛とう汰プログラムなどへの参加者に対し、アンケート調査を実施している。同調査の実施時期は明らかにされていないが、調査の時点で63%の参加者が既に搾乳牛のとう汰を実施済みであった。これらの者のうち96.9%は酪農を廃業するというものであり、これらの廃業者の80%以上は酪農経営の再開を希望していなかった。33%が50歳未満である一方37%は60歳以上の高齢者であり、酪農による収入が家計収入に占める役割について60%以上が75%以上の依存と回答している。高齢者は後継者の不在、健康などの理由による廃業が、若年層は転業などが主たる理由と考えられる。営農上の問題としては、環境問題、移転、牛群の更新が回答として挙げられている。また、とう汰された牛群の規模は11〜3,800頭(平均157頭)としている。 この調査結果から、搾乳牛とう汰プログラムは酪農からの離農を考えていた者の最終的な決断を促したと考えられるが、他方、乳価次第では本プログラムがなくともこれらの者が離農に踏み切った可能性も高いと考えられる。また、高泌乳牛への更新については、導入農場においては泌乳能力の向上分の生産増が見込まれるものの、全米として見れば導入頭数と同数の搾乳牛がとう汰されるために、このような一見矛盾する行為も助成の対象となっていると考えられる。 他方で、これまでの3カ年のCWTの実施により総計で147,252頭のとう汰が行われ、このうち3分の1が高齢に伴う離農という結果は、米国の酪農も担い手問題とは無縁ではないことを浮き彫りにしているとも言えよう。 |
国内支持を大幅に削減するとの米国のWTO農業交渉における提案の真意を問われる2007年農業法においては、酪農を含む価格支持政策について、支出削減のための改革を避けることは不可能であろう。このような状況にかんがみると、単年度のプログラムとして開始され、また、その効果については手前みそ的な過大評価のきらいもあるが、今後連邦政府による酪農への価格支持政策予算の削減に対する圧力がますます高まることが予想される中で、CWTは継続的なプログラムとして維持されていくものと考えられる。
また、WTO農業交渉の進展により政府による農業輸出補助金が全廃されることとなった暁には、わが国をはじめとする輸出市場での競争を優位にするための手段としてCWTによる輸出支援プログラムが戦略的に用いられる可能性も危ぐされるところであり、輸出支援プログラムの動向は注視していく必要があると考えられる。
CWTについては、民間の任意のプログラムであるために情報が限られ、必ずしも十分に制度の内容を把握することができなかったが、本レポートが米国の酪農政策を取り巻く環境変化を理解する一助となれば幸いである。
参考
・FY2006 Budget Summary and Annual Performance Plan;
USDA
・Major Savings and Reforms in the President's 2006 Budget; Executive Office
of the President of the United States
・Cost Estimate Agricultural Reconciliation Act of 2005; Congressional
Budget Office
・FY2007 Budget Summary and Annual Performance Plan; USDA
・Characteristics and Production Costs of U.S. Dairy Operation; Sara D.
Short USDA /ERS
・Effects of U.S. Dariy Policies on Market for Milk and Dairy Products;
J. Michael Price USDA/ERS
・National Milk Producer FederationのCWTに関するウエブサイト(http://www.cwt.coop)
・Dairy Management IncのDairy Checkoffに関するウエブサイト(http://www.dairycheckoff.com/DairyCheckoff/)
・Commodity Credit Corporationのウェブサイト(http://www.fsa.usda.gov/ccc/)
・畜産の情報 海外駐在員レポート
(2000年3月、2002年4月、8月、9月)ほか
元のページに戻る