南インドの畜産と食肉産業


ひとくちMemo

 南インドは、おおむねデカン高原より南に位置する地域を指し、地理的のみならず、言語的、文化的にもインドの他地域と区分される。古代からドラビダ文化など生粋のインド文化が続き、このことが、しばしば「本当のインドに出会いたければ、南に行け」といわれるゆえんとなっている。住民の多くが農業を営み、穀物や豆類、綿花、唐辛子やコショウなどの香辛料、コーヒー、紅茶、キャッサバなどが栽培されている。自動車産業やIT産業なども盛んで、全体的に教育水準が高く、特に水と緑が豊かなことで知られるケララ州は、100%近い識字率を誇る。

 宗教上の理由などから、食肉消費に制限が多いインドにあって、南インドでは、比較的食肉消費になじみがあるともいわれる。


 タミルナードゥ州タンジャブール県パトゥコッタイ郊外の農村地域。水田やサトウキビ畑、バナナ園、ヤシ園などが広がり、牛や水牛、ヤギなども放牧されている。現地の子供たちは好奇心旺盛で、とても人なつこい。

 パトゥコッタイ郊外の農村におけるヤギ追いの風景。稲刈り後の水田と思われる湿地には、同品種のヤギが放牧されていた。

 タンジャブール県の中心都市タンジャブールのブリハディーシュワラ寺院(世界遺産)境内の聖牛ナンディンの像。単石から切り出され、高さ4メートル・重さ25トンに及ぶ。ナンディンは、ヒンドゥー教の代表的な神の一人であるシバが乗る白い雄のゼブ牛で、豊穣(ほうじょう)や幸福の象徴とされる。


 タミルナードゥ州パトゥコッタイ農村の水牛。この付近で飼養されている水牛は、インドで搾乳を目的に使用されている河川型(染色体数50)の品種ではなく、これより小型で、主に役用に供される沼沢型(染色体数48)のものである。沼沢型水牛は、中国や東南アジア、台湾、日本(沖縄)などでも飼養されている。


 ケララ州トリチュール県内のケララ農業大学で飼養されている Vechur Cow。世界で最も小さな牛の品種といわれ、Dwarf Cattle(「小びとの牛」の意)とも呼ばれる。成牛でも体高3フィート(約91センチメートル)ほどで、抗病性に優れ、草の給餌だけで1日3キログラムの生乳を生産する。一般に単独で利用されることはなく、専ら交雑種の作出に用いられる。同大学では、24歳の Vechur Cow も健在である。

 なお、Vechur は同州南部のコッタヤム県内にある村の名前である。


 インドの代表的なIT都市の1つといわれるアンドラプラデーシュ州の州都ハイデラバード市内にたたずむ雌牛。インドでは本来、牛や水牛の放飼は法令で禁止されているものの、最近まで実質的な規制はほとんど行われていなかった。しかし、2006年頃から法令の運用が厳格化し、特に都市部では、街中をのんびりと歩む牛や水牛の姿を見かける機会が少なくなりつつあるという。


 インドで最も有名なIT都市として知られるカルナータカ州の州都ベンガルール(旧バンガロール)市内のステーキハウス。首都デリーやチェンナイ(旧マドラス:タミルナードゥ州の州都)など大都市では、「バンガロールビーフ」がおいしい牛肉の代名詞として使われている。

 このステーキハウスは市内でも人気の店で、牛肉料理の価格は部位や料理内容などによって異なるが、おおむね125〜345ルピー(約363〜1千円:1ルピー=2.9円)程度である。店主によると、店内で供される牛肉はすべてベンガルールのローカルミートであるという。

 なお、宗教上の理由などから、インドで「公式に」牛のと畜ができるのは、カルナータカ州の南西に位置するケララ州だけである。


 ベンガルール市内の食肉小売店。店内の壁に掲げられるイエスの肖像画からわかるように、肉食には特に規制のないクリスチャンの一家である。創業以来35年間、ベンガルールのローカルミートを販売しているという。店舗は1階が売り場で、2階が加工場になっており、食肉の整形などで出た切り落とし部分は、ペットフード用として業者に卸しているという。

 

 左写真の店舗で販売されている牛ヒレ肉のパッケージ。インドの牛肉は、総じて赤身の部分が多い。

 この店では牛肉のほか、鶏肉、羊・ヤギ肉、豚肉およびそれらの肝臓、ローストビーフ、ハム、サラミ、ベーコンなどの加工品も販売されている。


 ケララ州最大の都市コーチン市フォート・コーチン地区の名物チャイニーズ・フィッシング・ネット。コーチンは無数の川と入江が複雑に入り組んだ水郷地帯で、紀元前1〜2世紀頃の古代ローマの書物に記録が見られるほど古くから、世界の東西交易の要所として繁栄した。

 この地には、中国からの貿易船も来ていたといわれ、太い丸太に張られた網をロープで引き上げる仕掛けを持つコーチン独特の漁法は、中国から伝わったとされる。現在は、どちらかというと観光資源として保存されている感が強い。

 近くには、インド航路を開拓したバスコ・ダ・ガマの墓がある聖フランシス教会がある。


 コーチン市の繁華街エルナクラム地区のスーパーマーケットに隣接する食肉小売店。ケララ州はインドで唯一、公式に牛のと畜が許されているため、近隣の他州から牛や水牛が毎日トラックで運搬されてくる。

 写真左の冷蔵ショーケース内は鶏、アヒルおよびウズラなどの家きん肉、右の大型冷蔵ショーケース内はマトン(インドではヤギ肉、子羊肉および羊肉をあまり区別せずにマトンと総称)で、同ケース内には牛の後肢肉や牛肉のブロックなども陳列されていた。

 インドでは、食肉のうち一般的にマトンの価格が最も高く、この店では生鮮マトンが1キログラム当たり160ルピー(約464円)、子牛肉が同120ルピー(348円)、牛肉および水牛肉が同90ルピー(約261円)などであった。


国際情報審査役 長谷川 敦、谷口 清


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