特別レポート

米国の有機家きん肉・鶏卵をめぐる最近の動向について

ワシントン駐在員事務所 郷 達也、唐澤 哲也

1.はじめに

 わが国で「有機」と訳されている「オーガニック」という英語には、大きな広がりを感じさせられる。広辞苑には、「有機」という言葉は「生命力を有する」という意味とあるが、多くの米国人は「有機」という言葉に安全性などの商品としての価値だけではなく、自然との一体感や次世代への配慮など、ある種のライフスタイルとしての価値を見いだしているように思われる。

 近年、米国における有機農畜産物の市場は年率約20%の割合で急速に拡大を続けている。筆者の住むアパートの近くにある有名自然食品チェーン店には、週末ともなると大勢の消費者が訪れ、駐車スペース待ちの車が付近の道路に渋滞を引き起こすほどである。同時に、同店における有機農畜産物の価格が慣行農畜産物に比べて極めて高く設定されていることも、日本人の感覚からすると新鮮な驚きであり、有機農産物の割高な生産・流通コストが米国の消費者に受け入れられていることを実感させられる。

 今回は、拡大を続けている米国の有機農畜産物市場の中でも、近年、特に顕著な成長を続けている有機家きん肉・鶏卵の生産および流通の状況について、米国農務省経済研究所(USDA/ERS)が2006年12月に公表した資料を基に報告する。


2.米国における有機農畜産業の現状

 (1)有機農畜産物の定義と現状

 USDAは、有機農業を「資源の循環を守り、生態系のバランスを重視し、生物多様性を保全するような、文化的、生物学的、農業的な生産方法」を総合したシステムと定義づけている。特に、有機食肉、家きん肉および鶏卵などの畜産物については、有機的管理の下で飼養された家畜から生産され、家畜衛生と栄養面に関するUSDAの一連の要件に合致したものである必要があるとしている。また、有機農業者は、USDAにより承認を受けた州または第三者機関により、証明を受けることが義務づけられている(コラム1参照)。

(コラム1) 連邦有機食品基準

 90年に議会を通過した有機食品生産法に基づき、2002年10月、USDAは有機農法で生産された商品に関する連邦政府基準を定め、これを施行した。

 連邦有機食品基準は、有機農畜産物の生産者および流通業者(食品加工業者、小分け業者および一部の販売業者を含む)に対し、USDAが定めた統一基準を満たす州政府または第三者機関からの承認を受けることを義務づけている。また、農畜産物の最終販売者に対し、その販売する有機農畜産物の完全性を保つため、有機食品取扱承認業者要件を順守することを義務づけている。

 連邦有機食品基準は、農産物、家畜および農畜産物加工食品を生産・流通するに当たって、その生産方法、行動様式、生産資材を定めている。有機農畜産物の生産における具体的な生産方法や生産資材は個々に異なるが、有機農畜産物の生産・流通に関するすべての過程において、有機食品生産法の規定を順守することを基本的要件として定めている。

 有機農法で生産された食品は、遺伝子組み換え技術を用いたものであってはならず、排水汚泥の施肥や放射線照射などの手法を使ったものであってはならない。また、有機農畜産物の生産・流通に際して使用が認められる合成物質や使用が禁止される天然物質については、連邦政府がリストを定め、有機食品基準の一部として公表している。

 連邦基準に基づく表示義務は、生鮮食品および有機原料を含む加工食品について、その含有比率に応じて、以下のとおり適用されており、「100%有機」または「有機」の商品にのみ、USDAの有機認証のマークを貼付することが認められている(写真)。



 「100%有機」:原材料(水および塩を除く)のすべてが有機農法で生産されたもの

 「有機」:原材料の95%以上が有機農法で生産されたもの

 「有機原材料を含む」:原材料の70%以上が有機農法で生産されたもの

 有機農法で生産された原材料の割合が70%未満の農畜産加工食品は、「有機」という言葉を主たる表示面に表示することは禁じられるが、一括表示の説明として特定の原材料が有機農法で生産されたものである旨を明記することは認められている。

 なお、生産・流通に関する規則を満たさない商品を、意図的に有機食品として販売・表示した者には、民事罰として1万ドル(119万円:1ドル=119円)以下の支払いが命ぜられる。

 オーガニック食品協会によれば、2005年における有機食品の販売額は約140億ドル(1,666億円)であり、米国の食品販売額の約2.5%に相当するとされている。また、自然食品スーパーのホールフーズが2005年8月に行った消費者調査によれば、米国人の約3分の2は年に何度かは有機食品を購入しており、その割合は拡大傾向にあるとされる。

 食肉および家きん肉に対する「有機」表示の使用が許可されたのは、ほかの食品からかなり遅れた99年になってのことであり、有機食品の市場では後発部隊といえる。しかし、以下に述べるように、近年、その市場規模は急速に拡大している。

 (2)有機農畜産物の生産基盤(有機農地面積)の動向

 USDA/ERSの資料によると、2005年における米国の有機農地面積は405万エーカー(約160万ヘクタール)であり、前年に比べて100万エーカー(約40万ヘクタール)拡大している(図1)。

図1:有機農地面積の推移

 全農地面積(7億9,644万エーカー、3億2千万ヘクタール)に占める割合はわずか(0.51%)ではあるが、有機農畜産物の需要増大に伴って、有機農地面積は着実に拡大する傾向にある。中でも、草地・放牧地面積の増加傾向が顕著であり、2005年には233万エーカー(93万ヘクタール。前年比146%)と全有機農地面積の57%を占めるに至っている。

 また、耕地面積を作付品目ごとに見ると、サイレージ・牧草の作付面積は穀物に次いで大きく(41万エーカー、約16万ha)、全農地面積に占める割合も野菜・果実(4.7%、2.5%)ほどではないものの平均を上回る水準にある(0.67%)。

 このことは、近年、米国の有機農畜産物市場における畜産物の重要性が増大しつつあることを裏打ちするものであり、興味深い。

 (3)有機家畜・家きんの飼養状況

 有機農地面積の拡大と平行して、米国における有機家畜・家きんの飼養頭羽数も拡大傾向にある(表1)。

表1:有機家畜・家きんの飼養状況

 2005年においては、ブロイラーの羽数が前年比218%、豚の頭数が同205%と大きく増加しているのが特徴である。また、肉用牛についてはわずかに前年を下回ったが、育成牛などが含まれるそのほかの牛の頭数が増加しており、2006年以降は肉用牛の頭数も再び増頭に転じるものと考えられる。

 全体の飼養頭羽数に占める有機家畜・家きんの割合を見ると、畜産物の中でも比較的早い段階から有機生産に取り組んできた乳用牛(0.96%)が最も高いが、ブロイラー(0.83%)や採卵鶏(0.69%)の割合も高い。これに対し、拡大傾向にあるとはいえ肉用牛(0.11%)や豚(0.02%)の有機家畜の割合は依然として低く、市場への有機牛肉・豚肉の出回りも限定的なものとなっている。

 (4)有機農畜産物の生産拡大の背景

 米国における有機農地の面積はこの10年間で約5倍に拡大したが、その最大の理由は、有機食品の対価として支払われる価格プレミアム(有機食品と慣行食品との間の価格差)が十分な水準にあったことにあるとされる。

 有機食品は、生産、加工、仕入れおよび販売という商品の流通過程において割高な経費を要するだけでなく、生産段階や流通段階における第三者機関の承認など事務的な費用も必要とされることから、慣行食品に比べて高い値段で販売できなければ採算に合わない。

 しかし、好調な経済状況にある米国においては、有機食品に対して環境面および健康面での優位性を認め、割高な価格をためらいなく支払う消費者が急速に増加している。このため、有機食品の需要は恒常的に供給を上回っており、野菜・果実や生乳などの価格プレミアムは、有機農家に高い利益をもたらす水準を維持してきた。

 今後、この価格プレミアムを維持し続けるためには有機食品の市場が引き続き拡大していくことが必要となる。その意味で、畜産部門の中でも急速に拡大しつつある有機家きん肉・鶏卵について、今後の動向が注目されている。


3.有機家きん肉・鶏卵の生産の動向


 (1)有機家きん肉・鶏卵の生産の特徴

 USDAは、有機家きん肉および有機鶏卵の生産に関し、一般的な飼養方法(注1)とは異なる多くの要件を定めている。

 有機家きんには、疾病予防対策としてワクチンなどを用いることは認められているが、成長促進ホルモンの使用だけでなく(注2)抗生物質の投与も禁止されている。また、有機家きんは有機飼料で飼養しなくてはならず、飼料へのビタミンやミネラルの添加は認められているが、家畜副産物の給与は禁止されている。

 有機家きん肉の生産には多くの方法があるが、代表的な例としては放し飼いの放牧方式(注3)や、パドックに出られるような完全家きん舎を利用した方式などがある。有機家きんは、慣行飼養の家きんと完全に分離し、生後二日目以降一貫して有機管理を行わなければならない。経営によっては、承認を受けた有機家きんふ化場からひなを購入して有機飼養を行う事例もある。

 生産者は、家きんの健康と自然な行動に適合した飼育環境を提供しなければならない。家畜は舎外に出られ、日陰があり、運動場があり、新鮮な空気が得られ、畜種や生育段階に応じて太陽光の照射が受けられる状況に置く必要がある。閉鎖系鶏舎での飼養は極力避けることとされており、一時的に鶏舎を利用する場合には、天候、成育段階、家きんの健康保護、土壌や水質の問題などの要件を満たす必要がある。有機家きんのケージ飼養は禁止されている。

 家きん群の大きさや飼養密度については具体的な規則はないが、証明書発行機関が個々の農場の生産方法を評価し、飼養密度が適当であるかどうかを判断している。

 とはいえ、有機家きん肉および鶏卵の生産は、ほかの有機畜産部門に比べると参入・撤退が容易なのも事実である。多くの慣行養鶏場のうち、特に古い養鶏場は、比較的簡単に有機生産に転換でき、ひなの生産については転換期間が不要である。また、過去3年間放牧地に化学肥料を使用していなければ、放牧地の有機認証を得ることも比較的簡単である。

 なお、有機家きん肉および鶏卵は有機加工承認を受けた工場で加工することが義務づけられている。

 (2)有機家きんの飼養羽数の推移

 米国で初めて有機家きん羽数が公表されたのは92年であり、当時の飼養羽数は61,000羽であった。それ以降、米国における有機家きんの飼養羽数は急速に増加し、97年には約80万羽、直近の2005年には1,300万羽となっている(図2)。

 近年の有機家きん飼養羽数の急増は、主としてブロイラー羽数の増加によるものである。2005年には、有機ブロイラーの羽数は1,000万羽を超え、2000年からの5年間で5倍以上になっている。また、有機ブロイラーは全家きんの飼養羽数の4分の3以上を占めている。

 これに対し、有機採卵鶏の飼養羽数の増加は比較的緩やかだが、それでも2000年以降の5年間で2倍以上(111万羽から242万羽)に増加している。

図2 有機家きんの飼養羽数の推移

 (3)有機家きんの地理的分布

 有機ブロイラーの生産は、特定の州に集中しているのが特徴である。2000年以降、上位5州で全国の生産量の97%前後を生産しており、上位10州でほとんど全量をカバーする生産構造となっている(表2)。2005年における有機ブロイラーの主要生産州は、カリフォルニア、ペンシルバニア、ネブラスカ、アイオワ、ノースカロライナの順である。

 これに対し、ブロイラー全体で見た場合の生産上位5州は、ジョージア、アーカーンソー、アリゾナ、ミシシッピ、ノースカロライナの順であり、米国東南部の比較的土地条件に恵まれない地域に集中している。また、この上位5州がブロイラー生産全体に占める割合は全体の58%でしかない。有機ブロイラーの生産州が地域的に分散しており、しかも上位州が比較的大消費地に近い農業州で占められていることは、今後の有機農畜産物の生産を考える上で興味深い。

 有機ブロイラーの生産上位州の動きを見ると、最も生産量が多いカリフォルニアの全体に占める割合は、2000年の62%から2005年には34%に低下している。ペンシルバニアとネブラスカの有機ブロイラー生産量は2000年以降急増し、おのおの全体の29%および23%を占めるようになっている。他方、2000年に有機ブロイラーの有力生産州であったノースカロライナとオクラホマは、2005年には飼養羽数を減少させており、おのおの第5位(約30万羽)、第19位(約1,100羽)に低下している。

表2 有機ブロイラーの主要州別飼養羽数の推移

 一方、有機採卵鶏については、ブロイラーに比べると特定の地域への集中度は低い。2005年における上位5州への生産集中度は全体の56%であり、2000年の80%から低下している(表3)。2005年における有機採卵鶏の主要飼養州は、ノースカロライナ、カリフォルニア、ペンシルバニア、ミシガン、アイオワの順となっている。

 州別に見ても、生産シェアの地域的な集中度は下がってきており、ノースカロライナのシェアは2000年の42%から2005年には15%に減少している。また、2003年に第1位となったウィスコンシンが2005年には第7位に低下するなど、州の移り変わりも激しい。アイオワが有機採卵鶏の羽数を増加させている一方で、2000年に第4位の生産州であったヴァージニアは、2005年には第7位(119,175羽)に低下している。

 なお、採卵鶏全体で見た場合の飼養羽数上位5州は、アイオワ、オハイオ、ペンシルバニア、インディアナ、ジョージアの順であり、この5州への生産集中度は42%となっている。

表3 有機採卵鶏の主要州別飼養羽数の推移


4.有機家きん肉・鶏卵の価格の動向

 米国における有機農畜産物の価格データの体系的収集はごく最近までほとんど行われておらず、価格、マージン、慣行食品と有機食品との間の価格プレミアムなどの動向を予測する上での障害となっていた。USDA/ERSの報告によれば、果実、野菜、穀物および生乳については地域や期間を限定した形でいくつかの研究がなされており、比較的高水準の有機プレミアムが存在していることが知られている(注4)

 2004年1月以降、米国農務省市場販売局(USDA/AMS)から有機家きん肉と鶏卵の卸売価格が公表されるようになった。この価格は、最初の流通業者(生産者から商品を購入した、小売店、卸売業者、加工業者などの事業者)から家きん肉や鶏卵の生産者に支払われた水準であり、契約取引やスポット取引を含めたすべての種類の取引を対象にしている。また、この価格は現在、米国で流通している有機鶏卵の太宗を占める褐色鶏卵を対象としており、週に一度高値および安値が公表されている。2005年には、USDAは有機家きん肉の価格を18社から、有機鶏卵の価格を14社から聞き取っている(注5)

 (1)有機家きん肉と慣行ブロイラーとの価格差

 2004年1月から2006年12月における有機家きん肉の月別卸売価格は、ポンド当たり1.98ドル〜2.21ドル(519円/kg〜580円/kg)の水準で推移し、平均価格は同2.17ドル(569円/kg)であった。この間、卸売価格はわずかに上昇傾向にあったものの、おおむね安定的に推移している。これに対して、慣行生産ブロイラーの月別卸売価格(注6)は、ポンド当たり0.59ドル〜0.82ドル(155円/kg〜215円/kg)の範囲で需給動向を反映しながら変動しており、平均価格は同0.70ドル(184円/kg)となっている。

 これらの価格の推移を四半期平均にまとめてグラフにしたのが図3である。有機家きん肉の価格プレミアム(慣行ブロイラーとの価格差)比率は、2004年第2四半期の170%から2006年第2四半期の262%の範囲で変動しており、3年間の平均価格プレミアム比率は212%の水準となっている。

図3:有機家きんおよび慣行ブロイラーの卸売価格の推移


 (2)有機鶏卵の価格と慣行生産鶏卵との価格差

 2004年1月から2006年12月における有機鶏卵の月平均卸売価格は、1ダース当たり2.25ドル〜2.34ドル(223円/10個〜232円/10個)の水準でほとんど変動することなく推移し、3年間の平均価格は同2.33ドル(231円/10個)となった。これに対して、慣行生産鶏卵(注7)の月別卸売価格は、1ダース当たり0.43ドル〜1.14ドル(43円/10個〜113円/10個)の範囲で大きく変動しており、平均価格は同0.65ドル(64円/10個)となっている。

 慣行鶏卵の価格変動が激しいため、有機鶏卵の価格プレミアムは家きん肉ほど安定していない(図4)。有機鶏卵の価格プレミアム比率は、2004年第1四半期の113%から2005年第2四半期の412%の範囲で、大きな幅をもって変動している。なお、3年間の平均価格プレミアム比率は220%であり、有機家きん肉と大差ない水準となっている。

図4:有機鶏卵および慣行生産鶏卵の卸売価格の推移


 (3)高水準の価格プレミアムの背景

 有機家きん肉・鶏卵の価格プレミアムは、前述のとおり平均して200%を超えているが、その理由の一つとして、有機生産に要する生産費が慣行的な生産に比べて割高であることがあげられる。

 生産費が高くなる最大の理由は有機飼料に要する経費が大きいことであり、有機鶏肉の生産費の約70%が有機飼料費に費やされている。USDAによれば、有機飼料穀物の価格は慣行的な飼料穀物価格の50〜100%高とされているが、有機飼料需要の増大と栽培環境の困難さにより、最近では米国内の有機穀物飼料および有機大豆が不足して価格が上昇傾向にあるとされている。

 また、家きん群が小さいことや、家きんの死亡率が高いことも生産費がかさむ要因である。ブロイラーの生産は一般的に群の大きさや飼養密度による影響を受けにくいが、有機生産方法では抗生物質の飼養が認められていないため、家きんの健康に関するリスクが高く、多くの場合、有機生産の施設当たりの飼養羽数は慣行養鶏に比べて極めて少ない。有機的な生産方法において死亡率が高くなるのは、捕食者や病気など、多くの要因に起因するものである。

 さらに、ブロイラーについては飼養期間が長く、採卵鶏については産卵期間が短いことも生産費が高くなる原因となっている。有機ブロイラーの飼養期間は7.5〜8週間とされ、慣行生産(5〜6週間前後)に比べて長いため、どうしても年間出荷羽数は少なくなる。一方、有機採卵鶏については有機飼料の価格が高いため慣行生産で行われているような強制換羽(これにより、採卵鶏の産卵期間が延長できる)が行われることはまれである。この結果、有機鶏卵生産では採卵鶏の更新がより頻繁に行われるため、更新用の若鶏の導入経費がかさむことになる。

 このほか、有機ブロイラーや鶏卵が高い水準のプレミアムを維持している理由としては、流通における第一段階の受取業者(小売店や加工業者)と生産者との間に、何らかの取引契約が行われていることも一因となっている。USDAが調査したある有機七面鳥の生産者は、加工業者から一定の購入単価を事前に保証されているだけでなく、飼料経費が上昇した場合には、追加的に要した飼料経費を補うために購入単価を引き上げる約束を交わしていたという。

 市場への供給量が限られている一方で、消費者の需要が増大しているため、流通業者は安定供給を確保するためには割高な対価を支払うことをいとわない。実際、有機ブロイラーや鶏卵の供給は、価格に下落圧力を加えるほどには成長しておらず、有機食肉の取り扱いを検討しているスーパーマーケットの中には、供給量の不足が販売の制限要因となっているところもある。


5.有機農畜産物が抱える今後の課題

 (1) 「ナチュラル」表示への対応

 家きん肉・鶏卵分野においては、有機表示のほかに、主として加工方法に関するメリット表示がたくさん存在する。このような表示は、有機食品とは異なり第三者機関の承認を受けることが要件づけられておらず、中にはその定義すら明確でない表示も多い(コラム2参照)。

(コラム2)USDAの規制がある表示・規制がない表示

 わが国と同様、米国においても消費者の誤認を招く表示は禁止されているが、特に消費者の関心が高い表示については、具体的な基準が定められている。畜産物関係で代表的な表示の例を以下に紹介する。

○USDA/FSISが規制を定めている表示

 ナチュラル:人工添加物や着色料を使用せず、加工を最小限度にとどめた(=原材料の性質を大きく変更させないよう加工した)食品は、米国農務省食品安全検査局(USDA/FSIS)の審査を経て、ナチュラルという表示を行うことが認められている。表示に際しては「ナチュラル」という言葉の意味がわかるような説明(例えば、「着色料や人工添加物は使用しておりません」とか、「加工は最小限にとどめています」など)が必要とされる。

 有機の表示とは異なり、ナチュラルの表示は飼料、抗生物質の使用、放牧に関する要件を満たす必要はない。また、第三者機関の証明も必要ない。

 抗生物質不使用:USDA/FSISに詳細な書類を提出し、当該家畜が抗生物質の投与を受けずに飼養されたことが証明された場合に限り、生産者は家きん肉製品の表示に「抗生物質不添加」と記載することができる。第三者機関の証明は必要ない。

 自由移動または自由歩行:USDA/FSISに対し、家きんが鶏舎外に出られることを証明した場合に限り、生産者は家きん肉に自由移動または自由歩行と表示することができる。鶏卵についてはUSDAの規制はない。また、舎外に出られる時間の長さや飼養密度は具体的に定められていない。さらに、第三者機関の証明も必要ない。

 ホルモン不使用:USDAは家きん肉の生産にホルモンの使用を認めていない。したがって、「連邦政府規制によりホルモンの使用が禁止されているため」という文言を付加しない限り、家きん肉に「ホルモン不添加」という表示を行うことはできない。ちなみに、USDAは「ホルモンを含まず(ホルモンフリー)」という表示を禁止している。

○USDAの規制がない表示

 ケージ不使用:採卵鶏とは異なり、肉用の家きんは輸送の際を除きケージに入れられることはない。したがって、家きん肉製品にこの表示を行うことと家畜福祉とは実質的に何の関係もない。慣行飼養の採卵鶏は大半がケージで飼養されているため、鶏卵のカートンにこの表示がなされていれば消費者のためになる。しかし、この表示は家きんが舎外に出られることを保証するものではない。また、この言葉はUSDAの規制対象外であり、第三者機関の証明も必要ない。

 放し飼い家きん肉:この言葉は家きんの管理方法について述べたものであり、手やトラクターで移動可能なシェルター(屋根付きの囲い)の中で放し飼いにされる一部改良型の自由移動システムで飼養されたことを意味する。家きんは多くの場合毎日移動させられる。この生産方法では、鶏の飼料の約20%近くが、放し飼いで食べる牧草となる。この言葉はUSDAの規制対象外であり、第三者機関の証明も必要ない。

 99年以前、USDAは食肉製品に「有機」という言葉を表示することを禁じていたため、食肉業界は合成添加物を使用しないなど最小限の要件を満たせば使用が認められる「ナチュラル」の表示を積極的に活用してきた。その後、USDAの食品安全検査局(FSIS)は、条件付きで「有機」の表示を認めるようになったが、食肉分野では既に「ナチュラル」表示が市場で一定の地位を確保していたため、ほかの有機農畜産物に比べ、有機・ナチュラル市場における有機食肉の浸透度は極めて低い。(注8)

 2002年に全国有機農畜産食品基準が制定されたことにより、食肉も含めて有機食品への消費者の関心が高まっているが、米国では、閉鎖系の豚舎から生産された豚肉に「ナチュラル」という表示が行われるなど、食肉および食肉加工品については消費者のイメージとはかけ離れた商品にまで「ナチュラル」表示が認められてきたのが実態である。有機食肉に対するきちんとしたルールがあるだけに、多くの消費者団体はこのような「ナチュラル」表示の現状を極めて問題視してきた。

 このため、現在、USDA/FSISは、食肉製品に関する「ナチュラル」表示の承認基準の見直しに向け、業界および消費者からの意見の提出を求めている。また、USDA/AMSは、「ナチュラル飼育」などの表示に第三者機関による生産方法確認プログラムを導入し、任意表示を支援する制度としてUSDAの承認制度を設けることを模索しているとされる。

 USDAのコメント期間は本年3月に締め切られたが、多くの企業が家きん肉・鶏卵について「ナチュラル」などの生産方法確認表示の開発に関心を示す一方、消費者団体は「ナチュラル」の表示に現行の「有機」表示以上の厳格な基準を設定するよう強く求めている。米国からわが国に輸入される食肉製品に「自然」表示を行うことの是非も含め、今後も米国における「ナチュラル」表示の動向に注目していくことが必要と考えられる。

 (2)小売販売戦略の変化

 有機家きん肉や鶏卵の売上げの約半分は自然食品専門店で販売されているが、残りの半分は大規模生鮮食品店(生鮮食品店、大規模小売店および会員制小売店を含む)で販売されている。しかし、最近、大規模生鮮食料品店が有機農畜産物の販売に本格的に乗り出す例が増えてきており、これが需要の更なる拡大を後押しするとの見方が広がっている。

 また、慣行鶏卵が典型的なスーパーのプライベートブランド(自家ブランド)商品であるのに対し、有機鶏卵は歴史的にナショナルブランド商品として販売されてきたが、最近、有機鶏卵の自家ブランド数が増加傾向にあるとされる。

 他方、これまで有機家きん肉や有機鶏卵に対する消費者需要の拡大をけん引してきた主たる要因として、飼養時における抗生物質や成長ホルモンの使用や、環境問題や、人道的な家畜の取り扱いに対する消費者の懸念が挙げられるが、このような消費者の関心は、今後、ますます高まっていくものと考えられている。近年、米国における農産物直売所の数が増加し、有機家きん肉や有機鶏卵の取扱量も増加しているが、このような取り組みは単に経営としての意味だけでなく、生産者が消費者の声を一番身近で聞くことができる機会として重要であり、今後もその動向が注目される(コラム3参照)。

(コラム3)有機家きん肉および有機鶏卵から見た地域消費者との関係

 自然食品専門スーパーの規模拡大と店舗数増加に加え、一般スーパーでの有機食品コーナーの設置などにより、有機食品の市場はこの10年間で大きく拡大してきた。しかし、同時に、消費者への直接販売の市場も拡大し、商品の販売先も広がっている。
USDA/AMSによると、ここ10年間の間に米国各地で1,000件を超える農産物直売所(ファーマーズ・マーケット)が新設され、2006年には全国で4,385件に達している。地域住民への直接販売に支えられた農業生産者(消費者から営農経費を受けとり、その対価として収穫農産物を提供する生産者)も、90年代後半の800人から2006年には1,100人以上に増加している。

 生産者が有機畜産を拡大するにしたがって、有機家きん肉と有機鶏卵は農産物直売所で普通に見られる商品になってきている。有機家きん肉や有機鶏卵の生産を大規模に行っている州では生産物を全国に供給していると考えられるが、それ以外の州においては有機家きん肉および有機鶏卵の生産規模は小さく、供給先は主として地場または地域になっていると考えられる。

 USDAは最近、持続可能農業事業により、オハイオ州、ペンシルバニア州、アイダホ州、ネブラスカ州、ロードアイランド州、テキサス州およびケンタッキー州の多くの小規模家きん農家を分析した。これらの農場における家きんの飼養規模は300から3,000羽であり、多くは野菜または牛肉の生産も行う農場であった。分析対象となった農場は地域内で(中には自ら設計した農場内の施設で)家きんを処理し、環境面での消費者の懸念に応えるために積極的に自らの農場を案内するなどして、消費者とのよりよい関係を築いている。

 最近、有機農畜産物調査農業基金によって行われた全国的な有機農家の調査では、回答者の40%以上の生産者が自らの経営において家畜の頭数を増加させる予定であり、45%以上が消費者、レストランおよび個人商店に直接販売する有機農畜産物の生産量を拡大させる予定であるとしていた。これらの農業者は、地場産の有機農畜産物に対する需要の高まりに対応することを念頭に置いている。全国の農産物直売所の管理責任者に対する最近の調査によれば、その大半で有機農畜産物に対する需要は強いかまたは普通という状況であり、消費者の需要に応えるためにはさらに多くの州で有機農業を行う生産者が増える必要があるという意見であった。

 (3)流通段階の構造改革

 有機家きん肉および鶏卵の価格は過去数年間安定していたとはいえ、有機家きん肉・鶏卵の生産部門は急成長に伴って依然として流動的な状況にある。特に、有機家きん肉市場は、過去5年間で大きな変化を遂げており、今後も消費者需要の急拡大が予測される中で、有機家きん肉の生産、加工、販売の各部門のそれぞれが大きく影響を受けるものと見込まれる。

 現在、有機家きん肉企業は自社の製品を基本的に地場で販売している。しかし、急速な市場拡大により、多くの企業が有機家きん部門に新規参入しており、規模的にも地域的にも、生産・加工能力を拡大させている。また、市場の拡大に伴い、有機家きん肉や有機鶏卵用の中小規模の加工施設が不足する可能性も大きい。

 一部の大手企業も含め、慣行家きん肉の企業はこの数年間に有機ブランド商品を市場に投入したが、その後生産量を減少させ、「ナチュラル」家きん肉の生産に転換している。有機家きん肉の市場が拡大を続けた場合、これらの企業がこの市場に再参入する可能性は高い。また、有機鶏卵については販売上位10社が、大半の有機および高付加価値鶏卵を販売しており、慣行鶏卵企業は有機鶏卵部門にはさほど参入していないが、慣行生産企業が有機鶏卵市場に参入した場合、供給面でも価格面でも影響を受ける可能性が極めて高い。


6.おわりに

 近年、米国の有機家きん肉・有機鶏卵の市場は、中間流通段階における高水準の価格プレミアムに支えられて急速に拡大してきた。有機畜産物に対応可能な加工施設の不足に加え、生産費が割高になることや有機飼料穀物の不足が有機家きん肉・鶏卵の生産拡大の制約要因になることから、急速に拡大する消費者需要に生産が追い付けず、少なくとも短期的には価格プレミアムは高水準を維持すると見られる。

 一方、健康問題、環境問題、家畜福祉への懸念が有機家きん肉・鶏卵を購入する上での決定要素であるとする消費者が増加しており、そのような消費者は市場で必要とされる価格プレミアムを喜んで支払うとしている。

 巨大な米国の食品産業にとって、有機家きん肉や有機鶏卵は小さい市場である。しかし、ナチュラル畜産物も含め、消費者の需要に対応した商品の供給に正面から取り組んでいくことは、米国が目指す「高付加価値型の」農業生産構造を実現するために、今後避けられない課題になると考えられる。



 (注1) 慣行飼養の家きんは機械化された閉鎖系鶏舎で飼養され、ブロイラーは2万羽以上の平飼い、採卵鶏は4〜10万羽のケージ飼いが一般的である。また、米国のブロイラーや鶏卵の90%以上は、生産者と加工業者の生産・販売契約により生産されており、独立した農家が生産する形態は実質的に存在しない。

 (注2) 成長促進ホルモンの使用は慣行生産においても禁止されている。

 (注3) 放し飼いは有機の承認を受けた草地・放牧地で行う必要がある。

 (注4) 米国農務省市場販売局(USDA/AMS)は、米国の主要15都市の集積地市場から報告があった場合に、有機野菜・果実の卸売価格を公表している。有機農産物の卸売価格が初めて公表されたのは1992年のボストンおよびフィラデルフィアにおける有機野菜・果実卸売市況報告である。それ以降、AMSの市況報告において、多くの卸売市場における有機農産物価格が散発的に公表されている。

 (注5) AMSは、最近、毎週の小売価格の公表も開始した。(有機鶏卵については2005年末から、有機鶏部分肉については2006年末から。)USDA/ERSの分析によると、2005年10月から2006年2月の期間において、小売段階での価格プレミアムは200%を超えており、最大で428%であったとされている。また、USDA/ERSが2003年のACニールセンの鶏卵小売データを利用して解析したところによると、小売段階の1ダースの鶏卵の有機プレミアムは183%であったとされる。

 (注6) 慣行家きん肉の価格はUSDA/AMSから毎週公表されており、国内12都市の価格の加重平均値である。有機家きん肉の価格データと同様、AMSが公表する価格は家きん肉・鶏卵生産者から最初に商品を受け取る事業者の支払価格である。

 (注7) 慣行生産鶏卵の卸売価格は各地域で公表される白色鶏卵の価格である。

 (注8) 米国の有機・ナチュラル市場のうち、牛乳乳製品と鶏卵については全体の87%が有機食品であったが、食肉(家きん肉を含む)については有機のシェアがわずか9%しかなかった(2003年)とされる。

 (参考資料)

 ・USDA/ERS Outlook Report : メOrganic Poultry and Eggs Capture High Price Premiums and Growing Share of Specialty Marketsモ

 ・USDA/ERS Data Sets : Organic Production (http://www.ers.usda.gov/data/organic/)

 ・USDA/AMS : The National Organic Program (http://www.ams.usda.gov/nop/)

 ・ USDA/FSIS Fact Sheets : Food Labeling - Meat and Poultry Labelling Terms
 (http://www.fsis.usda.gov/Fact Sheets/Meat & Poultry Labeling Terms/index.asp)

 ・ Organic Trade Association 2006 Press Release : メOrganic sales continue to grow at a steady paceモ

 ・Whole Foods Market Press Room : メNearly Two-Thirds of American Have Tried Organic Foods and Beveragesモ

 ・畜産の情報海外駐在員レポート「米国のオーガニック農産物規則とオーガニック畜産物の展開」(98年3月号)等


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