1 はじめに
わが国では近年、食生活の多様化による消費者ニーズの変化に対応して農畜産物のブランド品作りが進んでいる。一方、国内外でのBSEや鳥インフルエンザなど家畜疾病の発生により、畜産物の安全性に対する国民の関心も急速に高まっている。そうした中、「安全・安心・おいしさ」などをキーワードとして、一般の畜産物との差別化を図り付加価値を付与した畜産物に人気が集まるようになってきた。
このような中、商標法の改正により地域団体商標制度が創設され、地域ブランドを保護する仕組みが出来上った。畜産物では牛肉の出願が最も多いが、牛肉のみならずそのブランドを確立、維持するためにはさまざまな努力と工夫が求められる。
わが国と同様、諸外国においても、付加価値化を図るとともに消費者に対し食の安全性などを担保するため、家畜の品種、飼養方法、流通経路などを独自のノウハウで管理したり、原産地に関する詳細な情報を開示することで、畜産物の信頼を確保するとともに価格の向上を狙った取り組みが存在する。今回は諸外国における付加価値畜産物の生産状況を紹介する。
2 豪州 ― シドニー駐在員事務所 井田 俊二、横田 徹
1 豪州における差別化・付加価値畜産物の概況
豪州で生産される主要な畜産物としては牛肉および乳製品などが挙げられるが、いずれも輸出依存度の高い製品である。こうして海外に輸出される豪州産畜産物は、生産コスト面での優位性もさることながら、品質・衛生面、特にBSEや口蹄疫など重大な疾病感染のない安全でクリーンなイメージからその有利性も大きい。安全、安心な畜産物の供給は、豪州産畜産物の差別化、高付加価値化にもつながっているともいえる。
一方、豪州国内における畜産物の差別化・付加価値化について、大手スーパーマーケットなどを見てみると、まず肥満や成人病といった消費者の健康面に着目した商品が多いことに気付く。“○○%ファット・フリー”といったように、通常の製品より脂肪分を低減した趣旨の表示が、牛乳やヨーグルトなどの乳製品のほか、ハムなど幅広い食品に表示されている。また、乳飲料では、カルシウムなどの成分強化製品やコレステロール低減、ラクトース・フリーなどといった製品がある。このほか、動物福祉面での差別化を図ったフリー・レンジ鶏卵や鶏肉といった表示の差別化製品などが見られる。
本稿では、豪州で生産されるアンガス牛肉について、生産から消費に至るまでの一貫したプログラムに基づくブランドを活用し付加価値化を図っている、サーティファイド・オーストラリアン・アンガス・ビーフ(CAAB)について取り上げることとする。
スーパーマーケットにおけるCAAB牛肉の販売
2 アンガス・ビーフに係るブランドの概要
(1)ブランドの名称など
サーティファイド・オーストラリアン・アンガス・ビーフ(CAAB)は、サーティファイド・オーストラリアン・アンガス・ビーフ社(CAAB社)の登録商標である。CAABは、アンガス種の血統を基本とした肉牛から生産された牛肉で、CAAB社が定めるCAAB生産プログラムに基づき生産から消費に至るまで一元的に管理されている。この牛肉は、統一ラベルやマークが利用され流通している。このCAAB生産プログラムは、1996年から開始された。
CAAB社は、豪州アンガス協会の100%子会社である。豪州アンガス協会は、アンガス牛の生産者などを会員としており、牛の登録を主な業務としている組織である。
(2)CAABのセールスポイント
CAAB生産プログラムでは、牛肉の生産から消費に至るまで一貫した管理が行われている。このプログラムに基づき生産された牛肉は品質が保証され、家畜疾病などの心配のない安全な牛肉であるとともに適度な脂肪交雑を含んだ柔らかでジューシーなおいしさが保証されている。
(3)CAABの定義
CAABを生産するに当たり、肉牛および枝肉の主な仕様はそれぞれ次のように規定されている。
ア 肉牛の仕様
イ 枝肉の仕様
CAABは、高品質でおいしい牛肉を手ごろな価格で供給することを念頭においている。
3 飼養方法及び流通体制など
(1)飼養方法および流通の概要
CAAB社は、CAAB生産プログラムを利用しようとする牛肉の生産・流通業者を認定している。この認定を受けた生産・流通業者以外は、CAABブランドの統一マークなどを使用することができない。
CAAB生産プログラムにおいて、認定される業者が求められる主な条件などは次のとおりである。
ア 肉牛生産者
・品質保証プログラムを実施していること
・アンガス種の雄とアンガス種またはブラック・バルディ種の雌の交配により生産された牛のみ出荷できること
・繁殖に供される牛は肉質に優れた形質であること
・優れた栄養、衛生、環境の飼養方法を実践していること
・人工的、化学的な成長促進物質の投与を行わないこと
イ フィードロット
・CAABは、最低120日間穀物肥育すること
・肥育素牛の導入はCAAB生産プログラムの認定生産者からが望ましいこと
・品質保証プログラムを実施していること
・CAAB生産プログラムに基づく栄養、衛生、環境面に優れた飼養管理を実施していること
ウ 処理・加工業者
・品質保証プログラムを実施していること
・認定フィードロットからのみ牛の導入が可能なこと
・CAAB牛肉はMSAによる格付けを行うこと
エ 卸売業者など
・CAABは、認定処理・加工業者からのみ導入が可能なこと
・品質保証プログラムを実施していること
・毎月の販売、在庫の動きを報告。また監査に対応するための記録を保存すること
オ 小売業者、外食業者
・CAAB牛肉は、認定卸売業者などからのみ納入できること
・品質保証プログラムを実施していること
・CAAB以外の牛肉をCAAB牛肉として使用することを禁止すること
・CAAB社が認めたマーケティング資材などののみ使用可能であること
・毎月の販売、在庫の動きを報告。また監査に対応するための記録を保存すること
・CAAB生産プログラムにかかる監査を受け入れること
・小売販売担当者(外食産業担当者)のCAAB生産プログラムなどに関する訓練の受講を義務付けること
シドニーにあるレストラン入口の看板
レストランに掲げられた賞状
レストランで販売されている牛肉メニュー
(2)流通状況
2006年の認定処理業者におけるCAAB処理頭数は、99,602頭と前年を60%上回っており、年々増加傾向にある。
2006年のCAAB販売数量は6,410トンで、そのうち80%が輸出向け、20%が国内市場向けとなっている。最も大きい市場は日本向けで全体の35%、続いて韓国向け20%、国内向け20%で残りが28カ国に輸出されている。なお、日本向けは、2004年と比較して数量が倍増。仕向け先は、スーパーマーケット、ファミリーレストランおよび焼肉レストランとなっている。
4 CAABの価格など
シドニーの大手スーパーマーケットにおける2007年7月の販売価格調査結果は、次のとおりである。
品名は、店頭表示ではなく一般的なものに置き換えている。表面脂肪をすべて取り除いた仕様の商品や赤身率の違い、パッケージの大きさなど、単純に価格の比較はできない面もあるが、CAABは一般的な牛肉商品より1〜9割高めの価格設定となっている。また、オーガニック牛肉と比較すると、ほぼ同等の価格設定となっている。
フリーレンジの表示で差別化を図る鶏卵や鶏肉製品
5 その他
CAAB生産プログラムでは、安全で高品質な牛肉生産を確保するため、MSAなど品質保証に関する制度の活用が行われている。
3 米国 ― ワシントン駐在員事務所 郷 達也、唐澤 哲也
1 米国における食肉流通の特徴とブランド食肉の制度的枠組み
米国の食肉生産の長所は、肉用家畜の圧倒的な生産量に支えられ、規格化された製品の安定供給ができる点にある。消費者のし好に応じ、ロースやバラなどの特定の部位だけの大量販売が可能であることは、肉畜や食肉の生産・加工コストが安いことと合わせ、米国の食肉業界の国際競争力を確保する上で大きな利点となっている。
米国農務省農業マーケティング局(USDA/AMS)は、牛肉や豚肉について詳細な部分肉規格(公定食肉購入規格=IMPS)を定めるとともに、肉質と歩留まりに基づく食肉の格付けを実施している。また、食肉販売業者はこの政府規格に基づいて顧客との大量の取引を円滑に行っている。このように、政府が食肉の形状と品質について一定の規格を設け、その確認・証明を行うことにより民間の大量流通を支援するというのが米国の食肉流通システムの伝統である。
一方、米国においても消費者の需要の多様化に対応し、多くの差別化食肉が生産されている。このような差別化食肉は、生産者や流通業者が自ら一定の基準を設定して規格を作り、自らの責任でブランド名をつけて販売するのが元来の姿である。しかし、牛肉や豚肉など(注1)については、事業者の申請を受けてUSDA/AMSがこのような民間の「自主規格」を承認し、食肉の生産過程で自主規格の順守状況を確認して「規格証明」を与えるという取り組みも行われている。
このような「民間規格に対する政府証明」は、かつてはパッカーにおける食肉生産・格付の過程において、枝肉の「品種」や「肉質」を証明するという、いわばUSDA/AMSの通常業務にリンクしたものに限られていた。しかし、現在、USDA/AMSはISO9000シリーズ(書面確認による品質管理方式)を活用した食肉の「生産行程」の証明にも取り組んでおり、これにより、従来は不可能であった「月齢」、「産地」、「肥育方法」などの要素についても、事業者は政府の証明を得ることが可能となっている。 (注1)牛肉、豚肉、羊肉および子牛肉が対象。家きん肉や牛乳乳製品にはこのような制度はない。
2 代表的な品種ブランド「サーティファイド・アンガス・ビーフ」
現在、米国ではUSDA/AMSの承認を受けた「品種」ブランドの牛肉は30ほどあるが、その多くが英国由来の肉専用種であるアンガス種系であることを売り物にしている。この中でも、1978年にスタートした脂肪交雑の多い高品質牛肉のブランドである「サーティファイド・アンガス・ビーフ」(以下「CAB」という。)は米国内で最も長い歴史があり、消費者の認知度も高い。
CABは、生体段階での「品種」の確認と、枝肉段階での「肉質」の確認を経て、USDA/AMSが食肉処理場において証明する。「品種」と「肉質」に課せられている要件は以下のとおりである。
(1) 品種要件(生体要件)
CABは、アンガス種系(必ずしも血統登録された純粋種である必要はない)の生体牛から生産される。具体的には、遺伝的にアンガス種の血量を50%以上持つ「アンガス・ソース」(注2)の証明があるか、または、生体牛の毛色の51%以上が黒色であるかのいずれかの条件を満たすことが、アンガス種系と認められるための要件となっている。ただし、骨格が乳用牛やブラーマンに特徴的な形状を呈している場合はアンガス種系の生体牛とは認められない。 生体牛の外貌によりアンガス種系であると認定する場合、その判断は、USDAの職員の直接確認による場合と、パッカーの職員が業務方法書に基づき実施する場合がある。このうち、パッカーの職員が実施する場合には、同時にUSDAの職員が抽出検査によるモニタリングを実施しており、その実効性を担保している。(仮に、不適切な判断が行われていることを確認した場合には、抽出検査の頻度が引き上げられる。)
(注2)アメリカン・アンガス協会が定めた「アンガスソース」基準を満たし、USDA/AMSの生産行程証明を受けた生体は、「品種」だけでなく「産地」と「月齢」も確認されている。ただし、すべてのCABで「産地」や「月齢」が確認されているわけではない。
(2) 肉質要件(枝肉要件)
去勢牛または未経産牛由来の牛肉で、USDAの肉質格付におけるプライムまたはチョイスの規格を満たすことに加え、以下の要件を満たすことが条件となっている。 ・ 脂肪交雑がモデスト(USDAによる7段階区分(注3)の3段階)以上であり、かつ、脂肪の色調や固さなどが成熟度Aの基準を満たすこと。また、脂肪交雑に標準以上のきめがあること
・ リブアイ(12/13肋間のロース芯)の面積が10〜16平方インチ(64.5〜103.2平方センチ)の範囲内であり、かつ、リブアイ上部の皮下脂肪の厚さが2.54センチ未満であること。また、温と体重が1000ポンド(453.6キログラム)未満であること
・ 枝肉の形状が肉用牛に特有の厚みを呈しており、かつ、肩に2インチ(約5センチ)以上のこぶがないこと
この要件を満たす枝肉にはUSDAの認定印が押され、USDA/AMSの職員により証明書が発行される。なお、これら一連の検査、管理、公的証明などに要する経費は、申請者(具体的には食肉処理業者)が負担することになっており、サーティファイド・アンガス・ビーフ1頭当たり約5ドル(部位によって異なるが、部分肉ベースで約2セント/ポンド)が支払われている。(注4)
(注3)USDAは脂肪交雑の多い順に、「スライトリー・アバンダント」、「モデレート」、「モデスト」、「スモール」、「スライト」、「トレース」、「プラクティカリー・デヴォイド」の7区分に分けている。一般に高品質とされるチョイス級には、「モデレート」から「スモール」までの3区分が含まれることから、「モデレート」と「モデスト」に限定した規格は、トップ・チョイスという通称で呼ばれることも多い。
(注4)USDA/AMSからCABの証明を受けるのに要する経費はすべてパッカーが負担するため、川下の中間流通業者や小売店などには直接の経費負担はない。ただし、商品の購入時にプレミアム付きの価格を支払っているため、間接的に経費を負担していることになる。
3 CABの生産と流通
CABについての規格を設定し、用語やロゴ(商標)の使用管理を行っているのは、種畜登録機関であるアメリカン・アンガス協会の非営利子会社であるサーティファイド・アンガス・ビーフ社(CAB社)である。CAB社は実際の牛肉の取引には関与せず、CABを取り扱う事業者に用語やロゴの使用許可を与えるとともに、ブランドの宣伝・普及活動などを行っている。
(1)CABの生産量
2006会計年度(2005.10〜2006.9)において、最終的にCABの認定を受けた枝肉は183万頭分である。これは、同期間にと畜されたアンガス系の肥育牛1,300万頭の14%であり、米国の肥育牛の年間と畜頭数(2006年:2,730万頭)の7%弱に相当する。また、その数量は徐々に増加傾向にあり、CAB社は2007年度には1,350万頭の生産を予測している。実際に販売された部分肉の数量は5.44億ポンド(約24.7万トン)であり、1頭の肉用牛当たりに換算すると、298ポンド(約135キログラム)である。
なお、CABはUSDAの承認を受けたブランド牛肉の約1/3を占めるとともに、「アンガス系トップチョイス以上」の要件を満たすブランド牛肉の86%を占めている。
(2)CABの生産システム
前述のとおり、CABとして認定されるのは、アンガス系としてと畜場に出荷された肥育牛のわずか14%にすぎない。この割合を引き上げるためには、肥育素牛の遺伝的改良をすすめるとともに、フィードロットにおける適切な肥育管理を推進することが重要となる。
CAB社は、総数29カ所の認定食肉処理場でと畜されたアンガス系肥育牛の枝肉データをその出荷者であるフィードロットに提供するとともに、全米14州・60カ所以上の認定フィードロットを通じて、繁殖農家に対しても生産・販売した肥育素牛の枝肉成績を提供する取り組みを行っている。
パッカーによる垂直統合が進展しつつあるブロイラーや養豚産業とは異なり、米国の肉用牛産業においては、繁殖農家、肥育業者(フィードロッター)、食肉処理業者(パッカー)の経済的結びつきは依然として弱い。このような中、CABは、最終製品である牛肉の生産情報を川上にフィードバックするシステムを構築することにより、資本面での個々の経営の独立性を担保しつつ、全体として高品質の牛肉生産を推進する取り組みを進めている。
(3)CABの流通システム
前述のとおり、CABを生産するのは29カ所(米国26カ所、カナダ3カ所)の認定パッカーに限られているが、出荷された商品は、小分け加工業者や外食卸などの中間流通業者を経て小売店やレストランなどで消費者に販売されており、物流としては通常の牛肉と特に変わるところはない。
他方、その流通・販売に携わる事業者(中間流通業者や最終販売業者)は、CAB社からCABの用語やロゴの使用許可を受けるため、ライセンス登録を行う必要がある。現在、全世界30カ国で5000以上の小売店、7000以上のレストランがこの登録を行っている。
用語やロゴの使用料は無料だが、使用許可を受けた事業者は自らの仕入れ・販売量などをCAB社に報告する義務を負う。CAB社はこれらの報告から得られる消費動向に関する情報を分析し、その結果を生産段階にフィードバックすることにより、ブランド戦略の見直しに活用している。
なお、CABの最終販売先(2006年度)を見ると、小売店での販売が52.0%を占めており、次いで外食消費が34.6%、輸出仕向けが6.9%、その他が6.5%の順となっている。
4 CABの価格動向
(1) 小売価格
CABの小売価格は、個々の小売店ごとに設定価格が異なり、CAB社が集めるデータでも報告がないことから、一般的にどの程度の値段で販売されているかは判然としない。
ちなみに、筆者のよく利用する一般的なスーパーでステーキ用ストリップロインの小売価格を比べてみたところ、チョイス扱の牛肉が11.99ドル/ポンドで平台で販売されていたのに対し、CABは12.99ドル/ポンドで対面販売されていた。このスーパーでは扱っていなかったが、セレクト扱の牛肉はチョイス扱よりも若干安価で販売されることを考慮すると、CABの小売プレミアムは1〜2割程度と考えられる。
(2)卸売価格
CAB社によると、2005年におけるCABの卸売価格(ボックスド・ビーフのカットアウトバリュー。すべて100ポンド当たり)は、チョイス級の平均価格を6〜10ドル程度上回っている。同年のチョイス級の平均価格は145.58ドル、セレクト級の平均価格差は136.28ドルであったことを考慮すると、CABの価格は同年の平均牛肉価格を7〜10%程度上回る150ドル台前半で推移していたものと考えられる(注5)。
ちなみに、チョイス級とセレクト級の価格差は近年拡大する傾向にあるが、CAB社によれば、これは肥育牛の取引において枝肉の肉質や分留まりを評価するグリッド取引の割合が増えてきているためであり、今後もこの傾向は続くとしている(注6)。
(注5)2005年の牛肉の肉質格付結果では、脂肪交雑の多い順に、プライム級が約3%、チョイス級が約54%、セレクト級が39%、これ以外が4%となっている。
(注6)一部業界紙は、肥育牛の取引に占めるグリッド取引の割合は現在は半分以下だが、2010年にはその割合が60%を超えると予測している。
(3) 肥育素牛価格
アンガス種系肥育素牛のすべてが最終的にCABになるわけではないが、CAB社によれば、アンガス種系の肥育素牛価格は、これ以外の素牛価格を上回っている。
これによると、2006年春のアンガス種系の肥育素牛価格は、これ以外の平均に比べ、去勢で1頭当たり32.63ドル、雌で29.40ドル高かったとされる。この時期の肥育素牛の価格は生体100ポンド当たり110ドル前後(生体700ポンド換算で770ドル/頭)であり、アンガス種の肥育素牛は平均よりも4%程度高値で取引されたものと考えられる。
5 その他特筆すべき事項
CAB社は、現在のサーティファイド・アンガス・ビーフのブランドに更に付加価値を付けたブランドを開発している。
一つは、2001年にスタートした「プライム」ブランドであり、米国の肉質格付の最上級規格であるプライム級の基準を満たしたCABにこの表示を行うことが認められている。2006年度の販売量は520万ポンド(2,360トン)であり、通常のCAB販売量の約1%に相当する。
もう一つは、2004年にスタートした「ナチュラル」ブランドである。これは、(1)成長ホルモンを使用しないこと、(2)抗生物質を使用しないこと、(3)豚や鶏の肉骨粉など動物性飼料を給与しないこと、(4)子牛の生産牧場に関する情報が入手できること─が要件とされている。2006年度の販売量は260万ポンド(1,180トン)で全体の約0.5%と、全体に占める割合は低いが、今後、その伸びが大きく期待されている。
4 EU ― ブリュッセル駐在員事務所 和田 剛、小林 奈穂美
1 EUにおける地理的表示保護制度などについて
欧州においても、消費者が製品を購入するに際し、衛生・健康などの基準に対する要求はより厳しくなっており、「品質」が合言葉となっている。この消費者の意識の変化は、特別な製造方法、原材料の構成、原産地の特徴を持つ製品の要求に表れている。また、欧州では、商品が自由に流通する機会が増加したため、欧州全域からさまざまな製品が幅広く入手できるようになり、より正確な消費者向けの情報が必要となっている。
このような中、欧州委員会は1992年7月、地理的に区別された地域における確かな特徴を持つ高品質の農産物についての価値を高め、また農村地域での農業生産の多様性を促進するための規則として、『農産物および食品のための原産地呼称および地理的表示の保護に関する理事会規則(EEC/2081/92)』を規定した。また、伝統的な製品の製造方法を保護するため『農産物および食品のための特性の証明に関する理事会規則(EEC/2082/92)』を規定した。
これらの地理的表示保護制度などは、製品の品質と産地または製品の伝統的な製造方法を結びつけて保証するものであり、消費者と生産者の双方に利益をもたらすものとなっている。まず、消費者は、この表示保護制度により登録され、ロゴが表示された商品を、確かな原材料を用い確かな生産方法により生産された製品として選別することが可能になり、これにより高品質な商品を購入することが可能となる。一方、独自の生産技術や能力を有する生産者は、一般的な生産以上に要する労力やコストに見合う報酬として、高付加価値製品としてより高い価格で販売することが可能となる。
また、ほかの製品と区別することによる製品の将来性、名称の誤用からの消費者の保護、農産物の多様化の推進、農村地域の発展などにもつながるものとなっている。
2 PDO、PGI、TSGの定義
EUにおける地理的表示などの保護は、大きく次の3種類の方法に分けられる。
まず、製品が持つ地理的名称が、特定の地域と密接に関連する製品に対して『原産地呼称保護(Protected Designations of Origin:以下「PDO」という。)』と『地理的表示保護(Protected
Geographical Indications:以下「PGI」という。)』の2種類の表示が理事会規則(EC/510/2006)により規定されている。
それぞれの間の大きな違いは、製品が持つ地理的名称と特定の地域との関係の程度の差である。PDOは、原材料や気候、土壌の特性などの要因において、その特徴のすべてが当該地域に関連していなければならない。また、製品の生産から加工までがすべて当該地域で行われていることが要件となっている。一方、PGIは、製品の生産工程の一部が当該地域で行われていればよい。
また、製品の持つ地理的名称が、特定の地域とは関連しないが、原材料などにより、ほかの製品と区別できる特徴を有する製品に対する表示として『伝統的特産品保証(Traditional
Specialities Guarantees:以下「TSG」という。)』が理事会規則(EC/509/2006)により規定されている。
これらの特徴を整理すれば以下のとおりとなる。
EUにおける地理的表示保護制度などの概要
3 地理的表示保護制度などの登録状況
1992年の制度導入以降、PDO、PGI、TSGの登録件数は、平成19年1月26日現在、PDOで414件、PGIで298件、TSGで15件となっている。
PDO、PGIを合わせた登録件数を国別に見ると、最も多いのがイタリアの155件、次いでフランスの147件、スペインの97件、ポルトガルの93件、ギリシャの84件となっており、南欧諸国を中心に登録件数が多い。
品目別の登録件数では、最も多いのが果実、野菜および穀物の162件となっているが、次いでチーズの154件、食肉の100件、油脂製品の94件、食肉加工品の79件と畜産物の登録件数も多い。
4 登録の事例
PDOに登録されている畜産物としては、プロシュート・ディ・パルマ(生ハム、「パルマ」はイタリア北部の都市名)やカマンベール・デ・ノルマンディー(チーズ、「ノルマンディー」はフランス北西部の地方名)などが挙げられる。
PGIに登録されている畜産物としては、ニュルンベルガー・ブラットヴュルステ(ソーセージ、「ニュルンベルグ」はドイツ南部の都市名)やスコッチビーフ(牛肉、「スコッチ」はイギリス北部スコットランドを指す名称)などが挙げられる。
TSGに登録された畜産物としてはイタリアの伝統的なチーズであるモツァレラや、スペインの伝統的な生ハムであるハモン・セラーノなどが挙げられる。
今回は、このうちPGIに登録されている「スコッチビーフ」についてその概要を紹介する。
スコッチビーフは、前述のとおり、イギリス北部のスコットランドに由来する名称であり、肉用牛品種のアバディーン・アンガスやハイランド、ギャロウェイなどの原産地として、現在も肉用牛生産の盛んな地域である。気候条件は厳しく、特に高地での飼養は気候や飼料の関係で制限されることから、伝統的に、繁殖、子牛のほ育を、より気象条件の厳しい高地で行い、その後、出荷までの肥育を低地で行っている。19世紀以降、スコッチビーフは、この伝統的な飼育方法による高品質な牛肉として知られるようになり、イギリスを始めとする牛肉マーケットにおいて高い評価を得るに至っている。
このスコッチビーフの特徴としては、特に次の2つが挙げられる。
(1) 子牛の出生、ほ育、育成、と畜、解体に至るまで、すべてスコットランドで行われること。
(2) スコッチビーフはスコットランドの気象条件の厳しい放牧地における粗放的な飼養にその品質や特徴が由来しており、品種についての規定は特にない。
なお、(1)については、厳しい気象条件のため、スコットランド内での飼料の自給が困難なことから、仮にPDO登録を行おうとしても困難と考えられる。
また、(2)については、粗放な高地において約9カ月間母牛とともにほ育期間を過ごすことがスコッチビーフの条件となっており、品種は必然的に肉用種が中心となっている。最も多いのはアバディーン・アンガス種でギャロウェイなどの原産種に加え、近年では増体の早いシャロレー種やリムジン種などの大陸種(両種ともフランス原産)も増えている。
このスコッチビーフに関する認証団体としてQuality Meat Scotland(QMS)がある。QMSはスコッチビーフの生産に関する飼養やと畜、加工の基準を定め、生産者などがこの基準を順守しているかの定期検査なども実施している。2005/06年には、同様にPGIに登録されているスコッチラムの生産者と合わせ、11,037の生産者が登録されている。
なお、枝肉価格については、一般に、スコッチビーフは、同規格のほかの肉用牛枝肉に比べ10%以上高い価格で取引されている。
5 タイ ― シンガポール駐在員事務所 斎藤 孝宏、佐々木勝憲、林 義隆
1 タイでのプレミアム牛肉消費の増加
(1)経済成長の継続とプレミアム牛肉の消費増加
近年、タイでは4〜5%台の経済成長が続いており、これには日本や韓国など海外からの投資をもとに設立された企業などが大きく寄与している。また、FTAの締結など、経済の緊密化の進展により、多くの日本人や韓国人が同国を訪問している。
このため、これらの来訪者などを目当てに和食や韓国料理を提供する飲食店がバンコクを中心に多く開店されるようになった。特に牛肉料理に関しては、これまでカレーなどに煮込む料理が主体であったが、しゃぶしゃぶや焼肉など、牛肉そのものの高い品質、すなわちプレミアム性が要求されるようになってきている。
ただし、同国の食肉消費の中心は鶏肉および豚肉であり、国連食糧農業機関(FAO)の2005年統計では、一人当たり消費量の比率は、牛肉1に対して、鶏肉および豚肉は約4倍となっている。
(2)少ないプレミアム牛肉供給量
タイ農業協同組合省畜産開発局(DLD)の資料によれば、政府からプレミアム牛肉として分類されるのは、タイの東北部サコンナコン県にあるポンヤンカム肉牛組合(以下「組合」という)が生産するタイフレンチ牛肉とバンコクの北西ナコンパトム県カンペンセンにあるカンペンセン牛肉組合の生産するKU牛肉(畜産の情報「海外編」2007年2月号参照)が主であるとしている。
国内で生産されるプレミアム牛肉は一年にわずか8千頭であり、と畜頭数の0.6%、枝肉にしても1.3%にすぎない。なお、牛肉供給としては、これら国内でと畜された牛からのもののほか、冷凍牛肉が1,842トン輸入されている。
タイの牛と畜頭数と牛肉生産(2006年)
2 タイフレンチ牛肉
現時点において、組合は特にタイフレンチ牛肉のブランドイメージの向上を図るなどの宣伝活動を行っていない。これは、特段の営業努力を行わなくても経済の順調な伸びの下で同組合の牛肉に対する需要が増加している状況にあるためである。
組合は、1980年6月3日に64名の参加によって設立された。これまで、フランス、ドイツ政府、アセアンや豪州の援助団体やネスレなどからの援助で建物や冷蔵庫の施設を拡充してきたが、中でも、フランスからの技術やノウハウの影響が大きく、ブランド名にフランスの国名が入り、現在も技術指導のためのフランス人がいる。
一方、タイフレンチ牛肉は、生産組合がブランドの定義などを行い、ブランドの作出を行った訳ではなく、製品への需要者や消費者の評価が現状のブランドを形成したものと言え、その概要は次のとおりである。
(1)ロゴマークとキャッチフレーズ
タイフレンチ牛肉のロゴマークは二頭の牛であり、その周りを歯車が囲っている。これはタイの在来種とフランスの種雄牛、そして両国の協調を意味している。また、これに対するキャチフレーズは特にない。現時点では当該ブランド牛肉に対する需要がおう盛で、特段の宣伝の必要性がないためである。
(2)製品の定義と特徴
組合は、将来的にタイフレンチ牛肉として生産される肥育素牛をあらかじめ組合内に登録する制度を整備しており、その登録の対象となる牛は、血量の25%以上がシャロレー、リムジン、シンメンタールなどのヨーロッパ系の品種でなければならない。血量の確認は人工授精を行う段階の記録で行っている。2006年には、4,419名の会員がおり、5,350頭の肥育牛が登録されている。
雌は繁殖に供するため、肥育を行う牛はすべて雄で、肥育開始時に体重327キログラム以上、月齢24カ月で結核が陰性を条件としている。登録に際しては去勢、口蹄疫ワクチンの注射、耳標の装着を行う。1頭当たりの飼養場所の面積は2メートル×3メートル以上としている。濃厚飼料は組合が取扱い、年に1回入札により仕入れ先を決めている。粗飼料は稲わらや野草を与えている。農家は肥育中、朝夕3キログラムずつ濃厚飼料を与え、4カ月経過した段階でモラセス(糖蜜)を2〜3キログラム与え始める。肥育期間中の1日当たり増体重は0.8〜1キログラムである。肥育期間8カ月を経過した段階で農協への出荷を申請できるとされているが、通常は11カ月程度の肥育期間となっている。
(3)流通システム
タイフレンチ牛枝肉は組合において独自の基準によって格付け(5段階)された後、格付け等級3以上はバンコクの配送センターに向けて冷蔵コンテナで出荷される。格付け等級2以下のクラスは、バンコクには出荷されず、組合のあるサコンナコンにおいて販売消費される。
(4)取扱場所、表示方法(指定店化等)
タイフレンチ牛肉を取り扱っているのは、格付け等級2以下を販売している組合本部、バンコク北部にある配送センター、バンコクのスクンビット地区にある直営店そして組合から供給を受けているスーパーマーケットなどの小売店である。
(5)表示とトレーサビリティーへの対応
タイフレンチ牛肉においては、現在、組合がトレーサビリティーシステムの導入を計画しており、最終的な製品であるパック入り製品の表示に個体管理番号のバーコードを表示する計画を持っている。
(6)一般牛肉との格差
DLDによれば、半丸枝肉における価格比較では、2007年5月の一般の牛肉の1キログラム当たり87バーツ(322円:1バーツ=3.7円)に対してタイフレンチ牛肉は125バーツ(463円)になっているとされ、タイフレンチ牛肉は一般の牛肉の実に1.4倍となっている。
なお、一般の牛肉は野草中心の粗放的な飼養形態で、タイフレンチ牛肉の飼養基準に比べて明らかに低コストであるが、詳細なデータが示されていないため、コストの格差は明らかでない。
3 その他特筆すべき事項
現在、当組合は国が定めた牛肉格付基準とは別の独自の格付基準を使用している。同国におけるプレミアム牛肉としてはほぼ独占状態であり、ほかの牛肉との比較が必要ない状態であるためであるが、今後、同様のプレミアム牛肉の供給が増加すれは国の基準の採用が求められることが予想される。
バンコクのスクンビット地区の直営店で買い物に来た日本人の主婦にインタビューしたところ、以前は近くのスーパーマーケットで牛肉を購入していたが、肉質が硬く、しゃぶしゃぶやすき焼きなどの料理には使えなかった。友達からの口コミでこの店を知り、主にスライスで購入している。日本の料理への使用になんら問題はないが、焼肉用のカルビなどが売っていないのは不満とのことであった。
また、販売店のマネージャーによれば、現時点では、タイフレンチ牛肉に対する引き合いが多く、供給が間に合わない状況で、そのため早期出荷により格付結果が低くなる傾向が生じているとされている。また、焼肉として人気のあるバラのカルビなどは配送センターにおいてレストランなどの需要者に振り向けられ、店には入荷しない状況であるとのことであった。
このように、現在、同組合には明確なブランド戦略はないが、需要増加への早期出荷によって対応しているなど、明らかにブランド対策としてはマイナスの行動が採られており、このままでは評価低落の懸念が存在している。
しかし、組合はこの状況を認識しており、今後、生産者側に働きかけることなどにより、供給体制が改善されるとともにトレーサビリティーの導入など、消費者の信頼を高めることで同国の主要牛肉ブランドとしての確立が期待される。
6 アルゼンチン ― ブエノスアイレス駐在員事務所 松本 隆志、横打 友恵
1 アルゼンチンアンガス牛肉認定プログラム
(1)アルゼンチンアンガス協会による独自認定の開始
アルゼンチンのパンパ地帯は、ブラジルなどほかの南米の畜産地帯に比べ高緯度に位置するため、高品質な牛肉を生産する英国原産の肉用牛アンガス種の放牧肥育に適した土地である。
しかしながらアルゼンチンにおける肥育牛の売買は、枝肉単位ではなく、出荷農家ごとに数頭から数十頭の生体牛の群単位で売買されることから、肉質より増体を重視した育種が行われる傾向がある。
アンガス種の生産振興を図るアルゼンチンアンガス協会(AAA)は、先進国の消費者やアルゼンチン国内の高所得者層に対して、高品質な牛肉をアピールするため、
(1) アバディーン・アンガス種およびレッドアンガス種の家畜改良の促進
(2) アバディーン・アンガス種およびレッドアンガス種由来の牛肉の高付加価値化
(3) 一定以上の品質の牛肉の提供による消費者の信頼の確保
を目的としたアルゼンチンアンガス牛肉認定プログラム(CACプログラム)を94年からAAAの独自認定として開始し、認定アンガス牛肉をアルゼンチン国内、ドイツを中心としたEUへ出荷していた。
(2)独自認定から政府認定へ
アルゼンチン国内における口蹄疫の清浄化の進展により、米国農務省(USDA)は97年にアルゼンチン産冷凍・冷蔵牛肉の米国への輸入を認めるようになった。この際、AAAは認定アンガス牛肉の輸出を米国企業に申し入れた。しかし、米国では既にUSDA認定プログラムに基づくアンガス牛肉の表示が行われていたため、米国消費者に誤解を与える懸念があることが伝えられた。
そこで、認定アンガス牛肉をUSDA認定プログラムに準拠したものとするため、98年10月からアルゼンチン国家動植物衛生機構(SENASA)は、USDAと共同でアルゼンチン産アンガス牛肉の規則案作りに着手し、99年3月にSENASA決議278/99(99年3月17日付け)により牛および牛肉の認定条件、認定に必要な検査業務を行う機関の責務などを公表した。
その後、USDAによる最終的な監査を経て、SENASAは99年9月にUSDAがCACプログラムを認証したことを発表した。
このように、CACプログラムはAAAの独自認定として始まったが、99年からAAAは認定に必要な検査業務を行う機関という位置付けに変化している。
認定アンガス牛肉は、米国向けに99年は8トン、2000年には80トン輸出されたが、2000年8月のアルゼンチン北部のフォルモサ州における口蹄疫の発生により、米国向けの輸出は途絶えた。
しかしながら、2007年1月には米国農務省動植物検査局(APHIS)とSENASAとの間で、牛肉加工品の品質を保証するCACプログラムが決定され、現在、煮沸処理された認定アンガス牛肉の輸出が始まっている。
このような経緯から米国向け認定アンガス牛肉のマークは、AAAマークとUSDAマークが組み合わさったものとなっている。
一方、EU向け輸出については、ドイツ向けを中心に94年から行われていたが、EUでのBSE危機を受け、97年に牛の証明と登録システムの形成および牛肉・牛肉製品の表示に関するEU規則((EC)No820/1997後に(EC)No1760/2000に改正)が公表され、2000年からEU域外で生産された牛肉の自発的表示についても権限機関からの認証が必要となり、現在、EUの認証を受けるため準備を進めている。
そのほか、チリおよびブラジルに認定アンガス牛肉を輸出している。チリにはアルゼンチン国内で認定アンガス牛肉の販売を行うジュンボ(大型スーパーマーケットチェーン)の親会社が存在しており、ブラジルにはアルゼンチン国内向け認定アンガス牛肉の処理を独占的に行うアルゼンチン・ブリーダーズ・アンド・パッカーズ株式会社(AB&P)の親会社が存在する。
米国向け販売促進パンフレットの表紙
2 認定方法
(1)条件
CACプログラムの牛および牛肉の条件は以下の通りである。
(1) 体表面の66%以上が品種の特徴である黒毛を基調としていること。顔が白い牛は認められるが、非常に多くの斑を持つ牛や首まで白い牛は認められない。
(2) 無角であること。
(3) 筋肉がしっかり発達していること。乳牛のような体躯は認められない。
(4) 4本以上の永久歯が無いこと。
(5) 去勢牛の場合、歩留まり「JJ〜U」(7段階のうち上位3等まで)かつ脂肪等級「1〜3」(5段階のうち中庸の等級)であること
(6) 未経産牛の場合、歩留まり「AA〜B」(7段階のうち上位3等まで)かつ脂肪等級「1〜3」であること
(7) 肉の風味を担保するため、米国の脂肪交雑の分類「slight(7段階のうち上位5等級まで)」以上であること。
(2)工程
CACプログラムは食肉処理施設の認定を行うのみで、農場の認定は行わない。
AAAは認定に必要な検査業務を行う機関と位置付けられていることから、認定アンガス牛肉の処理の際には必ずAAA検査官が立ち会う必要がある。このため、食肉処理施設は認定アンガス牛肉の処理を行う日に、AAA検査官の派遣を要請する必要がある。AAA検査官は、まず食肉処理場へ運搬された段階でCACプログラムに適合する牛を選別し、枝肉処理後にCACプログラムに適合する枝肉のみにスタンプする。例えば、食肉処理施設の格付け担当職員が「U」と格付けした枝肉であっても、AAA検査官は「N」であると判断した場合、スタンプしないなど、AAA検査官によってのみ判断される。
アルゼンチンアンガス協会の検査官による枝肉の確認
CACプログラムによる農場の認定は行われないものの、おおむねの肥育牛の格付け結果がCACプログラムに適合する農場も限定されることから、パッカーごとに独自の農場リストを持っている。
このようにCACプログラムは、認証に係る経費について農家に負担をかけない仕組みとなっていることが特徴的である。また、上述したような仕組みであることからパッカーが農家から肥育牛を購入した時点では、認定される肥育牛の割合が不明であるため、AAAにより認定された頭数に応じて農家にプレミアムを支払う契約となっているとのことである。
3 販売体制
(1)製造工程
アルゼンチン国内向け認定アンガス牛肉の処理については、AB&Pが当初から独占契約を結んでいる。
AB&Pでは、AAAにより認定された枝肉のうちヒレ、ロース、モモの高級部位を500グラム前後の大きさにカット(ステーキ1人前分に相当)して真空包装を行い、小売りに卸している。工場出荷段階で真空包装を行うことから牛肉の色調が赤紫色となり、スーパーマーケットで見比べると、認定アンガス牛肉の横に並べられている一般の牛肉の方が鮮赤色をしている。
多くの消費者は、赤身部分がより赤いこと、脂肪部分がより白いことを新鮮な肉の判断基準としているため、真空包装を見て、鮮度が低いと判断する消費者もいる。このためAB&Pは、真空包装は工場から出荷されてから誰の手にも触れられていない証であるとアピールしている。以前は、窒素充填包装により鮮赤色をアピールしたが、真空包装の方が低コストでかつ消費期限も長くなることから、現在はこの方式を採用している。
なお、そのほかの部位については、カット後、一般の牛肉と同じ流通ラインに乗るため、特別な表示は行われていない。
(2)取扱場所
AB&Pは現在、認定アンガス牛肉のアルゼンチン国内での販売をジュンボ(ブエノスアイレス市およびブエノスアイレス州など国内に13店舗を持つ大型スーパーマーケットチェーン)に限っている。
ジュンボを選んだ理由は、ほかのスーパーマーケットチェーンに比べ最も適切な温度管理を行うことができること、消費期限切れの食品を取り除くなど商品管理がしっかりしていることなどから、国内の高額所得者層に支持されているスーパーマーケットであるためである。ジュンボはディスコ(ブエノスアイレス市およびブエノスアイレス州など国内に190店舗を持つ小型高級スーパーマーケットチェーン)を買収していることから、今後、ディスコにおいても販売を開始する予定である。
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認定アンガス牛肉のサーロイン、1キロ
当たり23.29ペソ(930円) |
一般牛肉のサーロイン、1キロ当たり
16.99ペソ(680円) |
(2)普及の取り組み
消費者の認知を高めるため、AB&Pはマーケットの食肉販売コーナーにおいて試食やレシピ集の配布を定期的に行っている。また、AB&Pとの契約により認証アンガス牛肉を提供する13の高級ステーキハウスがある。
AAAなど生産者側からは認証アンガス牛肉を取り扱うスーパーマーケットやステーキハウスの拡大を望む声があるが、AB&Pは一定以上の品質や風味の提供を重視していることから取扱店の拡大には慎重な姿勢のようである。
4 その他
アルゼンチンでは上述したような第三者機関による認証のほか、自らの牧場名をブランド名として高級化を図る事例もある。
その一例を挙げると、カバニャラスリラスがある。同牧場は気候に応じた種畜を提供するため、北部のチャコ州の牧場ではブランガス種を主に飼養し、中東部のブエノスアイレス州の牧場ではアンガス種およびヘレフォード種を主に飼養するなど、アルゼンチン国内に4か所牧場を持ち1万6千頭の繁殖雌牛、3,500頭の種雄牛を所有する種畜牧場である。また、南米各地に精液や種雄牛、受精卵の販売のための営業所を持っている。
同牧場で生産する一定格付以上の牛肉に、カバニャラスリラスの商標を付してスーパーマーケットなどで販売している。
また、ブエノスアイレス市内のラプラタ川沿いの高級地区に同牧場系列の同名の高級ステーキハウスもあり、同店は日本のガイドブックなどにも掲載される有名店である。
5 最後に
ブエノスアイレスの街角には多くの小規模な食肉専門店があり、また多くのステーキハウスがあり、ともに普段から多くの客で賑わっている。認定アンガス牛肉やカバニャラスリラスのような例を除くと、高級ステーキハウスであっても、わが国のように生産農場名や品種を表示した銘柄牛肉を提供する店は、まず見ることはない。
今回の取材を行う中で、牛肉を見るプロフェッショナルである食肉専門店やステーキハウスの店主が、馴染みの客に好まれる品質の牛肉を販売・提供しているにもかかわらず、どうしてわざわざ高い牛肉を買う必要があるのか、ということが一般的な感覚であるように感じた。このような中で、牛肉の銘柄化を図り、広く認知してもらう努力は大変なものである。 |