特別レポート

急速に発展する中国の酪農・乳業

国際情報審査役 長谷川 敦
国際情報審査役代理 谷口  清
調査情報部 調査情報第一課 石丸雄一郎


 2006年9〜10月、中華人民共和国の首都・北京市と中国最大の酪農地帯である内蒙古自治区および黒龍江省で調査を行う機会を得たので、同国の酪農・乳業の概況を報告する。


【要 約】

 1 調査の目的

 ●中国の乳・乳製品消費の増加とそれを支える生乳生産の急増など酪農・乳業発展の背景を探ること

 ●世界有数の畜産大国である中国の酪農・乳業に関する基礎情報を入手すること

 ◇特に、大手乳業会社を中心とした先進技術導入による大量かつ衛生的な生産体制確立の状況

 2 中国の酪農・乳業の発展の背景

 ●国による振興政策

 ◇国家経済の発展推進のための重要産業としての国の支援

 ◇全国栄養改善計画による重点的発展産業への指定

 ◇農民の増収と日々の収入確保のため、国が酪農を奨励→農村部では1〜2頭飼いの増加

 ●中国における品種改良の進展 

 ◇在来牛(黄牛)雌とホルスタイン雄の交雑種にホルスタイン雄の交配を重ねた中国ホルスタインが中心

 ◇高所得層の先進的農民は自らオセアニア、北米などから初妊牛、未経産牛、精液などを輸入

 ◇搾乳牛1頭当たりの年間生乳生産量は、3,500〜4,200キログラム

 ●都市部を中心とした消費の急増

 ◇経済発展による生活水準の向上や食生活の多様化などで、主に都市部を中心に飲用牛乳・発酵乳の消費が急増

 ◇スーパーマーケットなどでは、多くの乳業メーカーが牛乳類(牛乳、加工乳、乳飲料)および発酵乳の分野でしのぎを削り、過当競争

 ◇都市と農村の格差は依然として十数倍:2004年の1人当たりの乳・乳製品消費量(生乳換算ベース)は、都市部で25.25キログラム、農村部は1.98キログラム程度(日本:生乳ベースで93.6キログラム〔2004年度〕)

 ●学生飲用乳制度の導入

 ◇現在は200万人を対象とした試験段階

 ◇2006年4月、温家宝首相が、「すべての中国人、まず子供たちが毎日500グラムの牛乳を飲むこと」が自分の夢であると記すなど、乳・乳製品消費拡大に意欲的(これだけでも年間4千万トン前後の牛乳が必要)

 ●民間大手乳業企業の急成長

 ◇内蒙古自治区を本拠地とする伊利実業集団や蒙牛乳業など大手乳業企業が国策に乗り、地の利(遊牧民による放牧の歴史、穀物や牧草が豊富かつ気候・緯度的にも酪農に最適)を生かして急成長

 ◇地方政府も地元産業を育成発展させるため、開発区内の乳業企業に対し優遇措置を実施。企業は開発区を中心に企業城下町を形成

 ◇インフラ、特に高速道路網の整備は大都市への配送などを容易に

 3 最近の傾向

 ●量から質へのシフト

 ◇都市部では1人当たり粉乳消費(粉乳の直接購買)は既に減少傾向、中間所得層以上の1人当たり飲用乳消費は頭打ち

 ●消費はまだ液状乳が中心

 ◇特に、発酵乳の消費が急拡大

 ◇チーズやバターはこれからの分野

 ●依然大きい都市と農村の消費量格差

 ●国や省の奨励による学生飲用乳制度の拡大は、都市と農村の両方で牛乳消費の増加を促進

 ●上位乳業企業の外資との合弁・提携加速

 


1 はじめに

 中国では、中央政府・省政府などによる栄養価値に関する普及啓もうに加え、経済発展による所得・生活水準の向上に伴う食生活の多様化などとも相まって、都市部を中心に乳・乳製品の消費が大幅に拡大してきた。

 また、中国のほか東南アジア、ロシアなど経済発展が著しい国々や地域で、食生活の変化などにより乳・乳製品の消費量が増加している。その消費量は、外食産業の積極的な進出などもあって、家庭用のみならず業務用でも伸びているといわれており、こうした世界的な乳製品需要の高まりなどによって、乳製品の国際相場も強含みであるといわれる。特に、脱脂粉乳や全粉乳のように空前の高値相場となっている品目もある。

 中国の13億人市場の動向は、他の食料、農産物同様、乳・乳製品においても世界の需給に最も大きな影響を及ぼすファクターの一つである。さらに、乳・乳製品の需要の増加は、酪農の振興を促すことにより必然的に飼料穀物需要の拡大を伴うことを忘れてはならない。

 こうした観点から、今調査では中国の畜産業の中でも「新しい産業」として今後の大きな発展に期待が寄せられ、中国政府が強力に発展を推進している酪農・乳業について、主要な酪農地帯である内蒙古自治区、黒龍江省および北京市郊外を中心に調査を行い、その発展の背景を探った。


I 中国の酪農・乳業の概要

 1 中国の農業と畜産の位置付け

 国連食糧農業機関(FAO)の2003年の統計によると、台湾省を除く中国の国土面積959万8千平方キロメートルのうち、農地はその58%に当たる554万9千平方キロメートルとなっている。これを国土面積から水面を除いた土地面積に占める割合で見ると、農業用地は6割を超える。

表1 中国の農地の状況(2003年)

 また、最近10年間で年率10%を超えて成長する工業や建設業、流通業、サービス業など第二次・第三次産業の急速な伸びに伴い、農林水産業がGDPに占める比率は全般に低下傾向にあり、最近は1割強程度となっている。その一方で、年々減少する傾向にはあるものの、国民の約6割が農村部に居住し、就労人口の5割近くが農林水産業に従事している。

 また、農林水産業総生産額に占める畜産業生産額は、最近5年間で平均10%前後の成長率を示し、2004年には農業総生産額の3分の1強を占めるに至っている。

表2:中国の農林水産業生産額に占める畜産業の位置付け

 FAOの2005年の統計によると、牛の頭数は世界第3位の約1億2千万頭で、このほかに2千万頭を超える水牛、1億7千万頭の綿羊、2億頭弱のヤギ、4億9千万頭の豚、43億6千羽に及ぶ鶏など、中国は世界有数の畜産大国でもある。

図1:世界の牛の飼養頭数

表3:中国の家畜・家きん頭羽数の推移

 なお、現地報道によると、中国農業部発表の2005年における中国畜産経済の概況は、以下の通りである。

 (1)全国の畜産業生産額は、農業総生産額の35%に相当する1兆3千億元(約19兆円:1元=14.9円)に達した。

 (2)農民の畜産業による現金収入は、全体の3割を占める1人当たり年間600元(約9千円)で、一部地域では、畜産業の収入が農民の現金収入の5割に達している。

 (3)全国の畜産業従事者は1億人に達し、飼料工業・畜産物加工業など畜産業関連産業の生産額は、8千億元(約12兆円)に達した。

 (4)畜産業の急成長は、飼料産業や畜産物加工業、食品業、皮革工業などの発展を促進している。

表4:中国の畜産概要

 2 中国の酪農・乳業発展の経過

 (1)前史(〜1978年)

 中国の酪農・乳業の発展に関する歴史は、今から5千年前までさかのぼることができる。この当時、中国北部・西部に居住していた少数民族地域の遊牧民が、黄牛やヤクの搾乳を行って飲用に向けていたほか、乳製品に加工して利用する習慣があった。中国では、こうした自給自足型の酪農・乳業が19世紀終盤まで続いた。

 商品化生産を伴う近代的な酪農・乳業は1896年、中国酪農・乳業発祥の地といわれる黒龍江省で始まったといわれる。その意味で、中国の近代的酪農・乳業の歴史はわずか110年しかなく、中国にとっては新しい産業であるということができよう。

 中国ではかつて、牛乳は病人や乳幼児が飲むものとされ、購入には医師の証明書が必要とされていた。1949年の中華人民共和国成立前後の酪農・乳業は、主として外国からの移住者や大・中都市の富裕階層のための産業であり、78年から始まった改革開放以前は、主に大・中都市近辺に生産拠点が点在し、生産規模は小さく技術も立ち遅れ、生産量もわずかしかなかった。

 (2)安定成長期(1979〜90年)

 78年から始まった改革開放に伴い、79年からは農村改革が始まり、農村の産業構造が大きく改善された。特に畜産業の変化は大きく、農業総生産額に占める畜産業生産額の割合は、78年の14.9%から90年には25.2%まで伸びた。この間、乳牛飼養頭数は48万頭から269万頭(12年で5.6倍)、牛乳生産量は88万トンから416万トン(同4.7倍)となった。79年からは、個人による酪農や乳販売も認められた。

 また、89年には国家評議会によって、酪農・乳業が国家経済の発展推進のための重要な産業として初めて位置付けられ、融資や技術、インフラ支援などの政策が確立された。

 (3)持続的増長期(1991年〜)

 90年代以降、中国の酪農・乳業は持続的な増長期に入った。国務院(内閣に相当)は97年、「全国栄養改善計画」によって酪農・乳業を重点的発展産業と位置付けるとともに、2000年には学生飲用乳制度が導入(現在はまだ試験段階)されるなど、乳・乳製品の消費拡大が図られているほか、酪農・乳業企業についても、重要な発展企業としてさまざまな優遇措置が図られている。

 90年代以降は乳牛飼養頭数、生乳生産量についても年々増加傾向が著しく、米農務省(USDA)によると、特に2001年から2006年(予測値)にかけては、搾乳牛飼養頭数が284万8千頭から810万頭(年間平均23.3%増)、生乳生産量が1,025万5千トンから3,380万トン(同26.9%)と、いずれも年間平均20%を超える伸び率を示している。

 また、最近は三農問題(農業振興、農村の経済成長、農民の増収と負担減)の解決に向け、農民の増収と日々の収入確保のため、国や地方政府が酪農を奨励している。このため、農村部ではもともと乳牛を持たなかった農民も乳牛を飼養するようになり、特に1〜2頭飼いが増加しているといわれる。

 3 中国の酪農・乳業の概況

 (1)乳牛の飼養頭数

 中国の乳牛の飼養頭数は、近代的な酪農・乳業の発展に伴い、近年は一貫して増加傾向が続いており、最近では2003年が前年比30.0%増の893万頭、そして2004年は同24.0%増の1,108万頭とその伸びが著しい。地域別では、中国北部の内蒙古自治区(219万頭)や新彊ウイグル自治区(201万頭)、河北省(161万頭)の上位3省・自治区で中国全土の52.5%を占めており、これに中国酪農・乳業発祥の地といわれる第4位の黒龍江省(141万頭)を加えると、全体の65.2%を占めるに至る。

図2:中国の省別乳牛飼養頭数

 中国の乳牛は、一般に3分の2がホルスタイン種およびその交雑牛などで、3分の1程度がシンメンタール種、在来牛である黄牛タイプの三河牛種・草原紅牛種などの純粋種であるといわれている。これらのうち主要な乳牛は、黄牛雌牛とホルスタイン雄牛の交雑種に、さらにホルスタイン雄牛を累進交配して作出された中国黒白花牛(Chinese Black and White)と呼ばれる品種で、中国では1985年以降、ホルスタイン種の血統が87.5%以上のもの(=ホルスタイン雄牛を三代以上交配したもの)を、中国ホルスタイン(Chinese Holstein)と呼んでいる。

 中国農業部によると、2005年の乳牛頭数は、前年比9.7%増の1,216万頭で、2000年(489万頭)に比べて約2.5倍となった。


中国ホルスタイン
(内蒙古自治区フフホト市・昭君牧場)

 (2)生乳生産量

 中国の生乳生産量は、政府の振興政策や栄養知識の普及、経済発展による生活水準の向上などによる消費拡大に刺激され、近年は著しい伸びを見せている。2004年の生乳生産量は2,260万6千トンで、2001年の1,025万5千トンに比べ、わずか3年間で倍増した。

 USDAによると、2004年には搾乳牛頭数が5百万頭を超え、搾乳牛1頭当たりの生乳生産量は4千キログラムを突破した。2006年には、搾乳牛頭数が810万頭、生乳生産量が3,380万トンに達すると予測されている。

図3:中国の搾乳牛頭数と生乳生産量の推移

 

図4:中国の搾乳牛1頭当たり生乳生産量と搾乳牛頭数の推移

 地域別には、生乳生産の主要産地は北東部であり、2004年には内蒙古自治区が497万9千トン(全国シェア22.0%)、黒龍江省が374万5千トン(同16.6%)、河北省が266万5千トン(同11.8%)と、華北・東北地方に属する北東部の上位3省・自治区で、中国の生乳生産量の半分を占めている。

図5:中国の省別生乳生産量

 このほか、北京(70万トン)や天津(54万2千トン)、上海(25万2千トン)などの大・中都市郊外でも生乳が生産されており、生産規模や飼養管理水準の高さに加え、能力が高い輸入乳牛の導入などもあって、近年急速な成長を見せている。

 また、中国農業部によると、2005年の生乳生産量は前年比21.0%増の2,735万トンで、綿羊やヤギなどの乳を加えた生乳類の総生産量は2,865万トンとなった。

 (3)乳業の概況  

 中国乳業協会によると、中国全体で1,500〜1,600ある乳業企業のうち、2004年における年間売上高60万ドル(約7千1百万円:1ドル=119円)を超える企業は636社に及び、その総生産高は前年比28.8%増の79億9千万ドル(約9千5百億円)、製品の総売上高は同28.3%増の75億3千万ドル(約9千億円弱)に達した。また、そのうち1日当たり生乳処理能力が50トンを超える企業は255社で、三大生乳生産省では、内蒙古自治区に4社、黒龍江省に14社、河北省に20社あるとされる。

 同年における売上高上位10社は、表5のとおりである。出典は異なるが、2004年と2005年を比較しただけでも、勢いのあるトップ3あるいはトップ4とその他企業の差が広がっていることが分かる。

表5:中国の乳業売上高上位10社

 636社のうち国有企業系乳業は120社で、2004年における製品売上高は前年比2.1%増の13億9千万ドル(約1千7百億円弱:シェア18.5%)で、その成長率は、乳業全体から見て低い水準にとどまっている。

 一方、外資系乳業は45社(参考:2006年9月時点では78社)で、製品売上高は同32.7%増の18億3千万ドル(約2千2百億円:同24.3%)であり、その成長率は全体の水準を上回り、生産高・売上高の約4分の1を占めるに至っている。

 注 国有企業

 中国が社会主義国家として成立した49年以降、当初の国内企業はすべて、国家など公共機関が所有権、経営権ともに有する国営企業であった。国営企業には、中央政府が管轄する「中央企業」と市政府が管轄する「市属企業」があり、北京三元は後者に当たる。しかし、財政赤字など国営企業の抱える負担が大きくなると、改革開放やこれに伴う経済改革などで、国営企業に加え集団所有制企業(→94年以降は郷鎮企業に再編)、私営企業、外資企業も導入された。国営企業自体も、92年の中国共産党第14回大会(十四全大会)において、所有権は国家など公共機関が有するが、経営権は企業が有する「国有企業」に改められ、現在は股分有限公司として株式制に移行している企業も多い。

 (4)統計値に対する疑問

 これまで述べてきた中国の酪農・乳業に関する統計値については、疑問がないわけではない。

 例えば、最近10年間(96〜2006年)で、搾乳牛頭数は3.9倍(年間平均伸び率14.6%)、生乳生産量は5.4倍(同18.3%)にも増加し、特に2000年以降の年間平均伸び率は、搾乳牛頭数が23.5%、生乳生産量が26.4%にも達している。昨今急成長している内蒙古自治区では、2004年の牛飼養頭数515万頭のうち乳牛が4割以上の219万頭を占め、2000〜2004年で牛(性別、用途などにかかわらないすべての牛)全体の飼養頭数が年間平均10.0%しか伸びていないにもかかわらず、生乳生産量(牛のみ)は年間平均58.0%の伸びとなっており(表6参照)、黒龍江省でも、同時期の牛(同上)全体の飼養頭数の年間平均伸び率が3.7%しかないにもかかわらず、生乳生産量(牛のみ)は同24.8%にも達している(表7参照)。

 乳牛の改良や成長の速度、生殖生理、泌乳生理などを考慮すると、搾乳牛1頭当たりの生乳生産量が毎年飛躍的に伸びるとは考えづらく、現実に中国の最近10年間における年間平均伸び率は3.2%にとどまっている。驚異的とも言える搾乳牛頭数および生乳生産量の急伸の要因として、ほかに考えられるものは、海外からの優良乳牛の導入だが、これについても頭数など物理的に限度があり、経済的にも一部の富裕農家や省政府機関などに限定される。

 例えば、中国全体での2004年の乳牛生体輸入頭数は、豪州から6万9千頭、ニュージーランド(NZ)から6万3千頭であった。中国第一の生乳生産地である内蒙古自治区の関係者によると、同自治区は最近3年間で豪州、NZから約4万頭の乳牛を輸入したとされるが、これがすべて生存していたとしても、2005年の乳牛頭数268万6千頭のうち、わずか1.5%にすぎない。

 こうしたことなどから、搾乳牛頭数や生乳生産量の大幅な伸びについては、中央・地方政府の政策的な誘導や消費の伸びなどに伴う酪農・乳業の急成長ということが大きな要因ではあるものの、例えば、税制の改革など国の制度改革や乳業会社の集乳網の発達などで、これまで把握できなかった部分の数値が統計に表れてきた可能性などもあるのではないかと推察される。

 4 学生飲用乳制度

 (1)学生飲用乳制度の経緯

 2000年10月13日、農業部・教育部・国家質量技術監督局・国家軽工業局の連名による「学生飲用乳計画臨時管理規則」が公布され、同月16日に省級政府(各省・自治区、直轄市および特別行政区の政府)に通知された。

 そして、同年10月20日、農業部など上記4部局は連名で「中国学生飲用乳表示の使用に関する臨時規則」を公布、11月15日には、「学生飲用乳計画」が農業部ほか7部局連名で公布・施行され、農業部・教育部・衛生部・財政部・国家発展改革委員会・国家質量監督検験検疫局・中国共産党中央宣伝部・中国軽工業連合会によって、「国家学生飲用乳計画部間協調小組」が構築された。

 さらに、2001年1月5日には、先の農業部など4部局連名による「学生飲用乳定点生産企業申告認定暫定規則」が公布され、学生飲用乳の供給企業の申請・認定が規定化された。同年4月20日には、国務院第37回常務会議において「中国児童発展要綱(2001〜2010)」が大筋可決され、若干の修正の後に国務院から公布され、学生飲用乳計画は、同要綱における児童の栄養改善に向けた取り組みの一環として位置付けられることとなった。

 (2)学生飲用乳制度の現状

 学生飲用乳の供給企業は、以前は国による認定であったが、現在では省級政府による認定となっている。中国農業部によると、学生飲用乳制度は目下のところ、200万人分を試験的に実施している段階であり、国や地方政府からの補助金などはなく、基本的には保護者負担であるという。

 ただし、一部の地域では、地方政府や乳業会社による負担があるともいわれるほか、内蒙古自治区のように、自治区内に本拠を置く蒙牛乳業や伊利実業集団など国内最大級の乳業会社が全額負担しているところも見られる。

 最近では、伊利実業集団が2006年6月1日に養護施設の子供たちに牛乳を無償提供したほか、蒙牛乳業が牛乳普及キャンペーンの一環として、経済的困難地域の500校の学童に対し、1人当たり1日250ミリリットルの牛乳を1年間無償提供すると発表、併せて1億元(約15億円)を投じ、普及計画に必要な製品・物流サービスを整備すると発表した。

 その第一弾として、中国乳業協会・国家学乳弁公室・国家公衆栄養発展中心および蒙牛乳業が共同実施主体となり、「毎日500グラムの牛乳を飲み、たくましい中国人になろう」をスローガンに、中国東南部の江西省井崗市の寧岡小学校の児童200人に対し、2006年6月30日から1年間、牛乳の無償提供が実施されている。これ以降、ほかの499校でも順次実施されることとなっており、9月15日からは、北京市の小学校20校でも実施されている。

 中国では、温家宝首相が2006年4月23日、視察先の重慶市の乳牛農場に置かれていたノートに、「私には夢がある。それはすべての中国人、まず子供たちが、毎日500グラムの牛乳を飲むことだ。」と記入し、農場の責任者に「皆さんが私の夢をかなえてくれることを希望する。」と語ったことが大きく報道された。我々も調査の先々でこの言葉を耳にしたが、中国の関係者にとって、この温首相の言葉は、中国の酪農・乳業のさらなる発展に向けた大きなスローガンとして、重要な指針となっていることがうかがえる。

 中国農業部など関係者によると、中国には現在2億人を超える小・中学生(学制の違いにより、必ずしも日本の小・中学生とは一致しない。以下同じ)がいるといわれる。仮にすべての小・中学生が毎日500グラム≒500ミリリットルの牛乳を飲むようになったとすると、それだけで、現在の生乳生産量の1.5〜2倍近い年間4千万トン前後が必要となるのであり、中国の乳・乳製品市場の巨大な可能性を推し量ることができる。

 なお、中国における学生飲用乳に関する詳細については、「畜産の情報」海外編2005年10月号の特別レポートを参照されたい。


 II 急伸する内蒙古の酪農・乳業

 


《内蒙古自治区の概略》

成  立: 1947年 中国最初の少数民族自治区として成立
首  府: 呼和浩特(フフホト)市(人口約258万人)
位  置: 東経97度12分〜126度04分

北緯37度24分〜53度23分
面  積: 118.3万平方キロメートル(日本の3.1倍=省級では中国3位)
地  勢: 平均海抜1千メートル以上

高原面積53.4%、山地20.9%、丘陵16.4%、平原8.5%、水面0.8%

草原・耕地面積、森林面積は中国1位

世界四大草原(注:自治区乳業協会による)の二つが内蒙古に存在

(1)呼佗貝爾(ホロンボイル)草原…東北部

(2)錫林郭勒(シリンゴル)草原…中央部(呼和浩特市の北東500km)
人  口: 2,384万4千人〈2004年末〉 
構成民族: 漢族(79.1%)、蒙古族(17.3%)、満族(2.1%)、回族(0.9%)、ダウール族(0.3%)、エベンキ族(0.1%)、朝鮮族(0.1%)、オロチョン族、壮族など計49民族
G D P: 2,712億元(約4兆円)〈2004年〉

うち農林水産業 506億元(総GDPの18.7%/約7,540億円)

 1 内蒙古自治区における酪農・乳業の概要

 内蒙古自治区は中国最大の生乳生産地帯で、2003年に黒龍江省を抜いて以降、生乳生産量は全国第1位の座を保っている。もともと遊牧民が多いため、牧畜が盛んで長い歴史を持っているという背景もあり、同自治区最大の産業は酪農・乳業で、その発展が始まったのも1950年代と、中国では最も早い部類に属する。特に最近10年間で、同自治区の酪農・乳業は飛躍的な発展を遂げたといわれる。

 内蒙古自治区には、2004年末時点で219万4千頭の乳牛がおり、497万9千トンの生乳が生産されている(図2および図5参照)。同自治区政府の関係者によると、2005年末の自治区内の乳牛頭数は268万6千頭、うち成牛は160万頭、そのうち126万7千頭がホルスタイン種の成牛とされ、そのほかはシンメンタール種および三元交雑種(シンメンタール×三河牛×草原紅牛)などである。2005年の生乳生産量は前年比46.1%増の727万トンに達し、全国の25.9%を占めるとされる。

図6:中国主要省における生乳生産量

 注1  三河牛(San He Niu)は黄牛の一品種で、東北内蒙古・呼佗貝爾草原の三河地区を原産とする乳用種または乳肉兼用種。その起源は、東北内蒙古の在来種(蒙古牛)雌にフリーシアン雄、シンメンタール雄などを交配した交雑固定種とされる。

 2 草原紅牛(Steppe Red)は、蒙古牛にデイリー・ショートホーンを2〜3代累進交配して作出された乳肉兼用種。内蒙古自治区や吉林省、遼寧省、河北省などで飼養される。

 また、自治区内における乳業企業の2005年の総売上高は、前年比3割増の249億元(約3,710億円)に及び、うち内蒙古伊利実業集団股分有限公司が122億元(約1,818億円)、内蒙古蒙牛乳業集団股分有限公司が108億元(約1,609億元)と、2社だけでその92.4%を占めるに至っている。

 なお、内蒙古自治区は、他の地域と比較して、酪農・乳業に関しては以下のような有利性があるといわれている。

 (1) 中国全土の草地の約5分の1強に当たる13億ムー(約86万7千平方キロメートル:1ムー=約6.67アール)の草地が広がっており、自然条件としても優れていること。

 (2) 農業が全般的に盛んであり、年間1千5百万トンの穀物が生産され、うち1千万トンが飼料に向けられていること。

 (3) 北緯37〜53度の間にあって、地域的に酪農に適していること

 (4) 東西に2千4百キロメートル、南北に1千7百キロメートルあり、ロシア、モンゴルと国境を、7省1自治区と境を接する。特に、大市場がある東北・西北および華北と接していること。

 (5) 中国政府による西部大開発における12カ所の開発計画地区の1つ(呼和浩特市和林格爾(ホリンゴル)盛楽経済園区)を含んでいること。

 さらに、近年は高速道路や国道の整備などによって物流が飛躍的に拡大し、特に高速道路「025」により、北京−呼和浩特間が5時間程度(かつては12〜13時間)で結ばれるなど、大消費地への輸送も容易になってきている。

表6:内蒙古自治区の農畜産業の概況

 2 内蒙古自治区における酪農・乳業急発展の背景と今後の課題

 内蒙古自治区において、最近10年間に酪農・乳業が急速かつ飛躍的な発展を遂げた背景としては、上記のような有利性に加え、(1)自治区政府が地場の主要産業である酪農・乳業を重視し、政策としてその発展を強力に推進してきたこと、(2)97年以降、自治区政府が家畜や作物の改良を積極的に推進し、優良精液や種子を導入してきたことなどが挙げられる。これらにより、同自治区における生乳生産量は、95年の49万トンから2005年には727万トンと、10年間で約15倍(年間平均成長率約31%)にも増加した。

 なお、次に述べる内容は、内蒙古自治区農牧業庁および同乳業協会から聴取した内容であり、特に、税制上の優遇措置等については、さらに確認調査の必要がある。

 (1)自治区政府による酪農・乳業推進政策

 内蒙古自治区政府は2000年、酪農・乳業の推進のため、次の内容を骨子とする政策を推進した。

 ア 乳業工場を発展させ、農家の生産意欲向上を促進

 −酪農への参入が農家にとって魅力的と思わせることを狙ったもの

 イ 大きな乳業会社をつくり、ブランドを創出して売込み

 −中央政府による開発区12カ所の1つ、西部大開発政策に乗る

 ウ 税制上の優遇措置などを図り、海外企業を誘致

 −内蒙古自治区では都市部土地使用税が、中国全体では売上税がそれぞれ3年間免除

 エ 乳業工場の集約化

 オ 酪農家の集約化

 (2)自治区政府による酪農・乳業の産業化推進政策

 同自治区政府は2003年、酪農・乳業の産業化を図るため、さらに次に掲げるような政策を推進した。

 ア 酪農・乳業の市場経済化を図り、主要産業としての発展を促進

 イ やる気のある優良農家を優遇

 (ア)中央政府などによる税制上の優遇措置

 a 最近10年間の措置として、所得税および牛などの輸入関税を免除。これにより、内蒙古自治区では、最近3年間で豪州、NZから合計4万頭の初妊牛、育成牛を輸入

 b 3年前からの措置として、特産税(畜産従事者の収入に課せられる税金)を免除

 (イ)牧場取得や電気など固定資産取得やインフラ整備に要する費用やPR費用などに対する各種補助

 ウ 酪農への強制従事ではなく、高収入を得られるなど酪農の魅力をPRし、自主的な参入を促進

 エ 酪農・乳業発展のための統一的な計画を策定し、重点地区を設定

 (3)酪農・乳業の産業化に向けた具体的施策

 同自治区では、酪農・乳業の産業化を推進するため、具体的には次に掲げるような施策を実施している。

 ア 農業産業化弁公室を設置するとともに、同弁公室が乳業会社に専用の資金を提供

 イ 高品質の生乳は高値で取り引きされるなど、市場経済に従った仕組みを構築(酪農家と乳業会社の間の調整は、乳業協会が担当)

 ウ 互助基金への自治区政府補助

 (ア)基金は乳業会社、酪農家(生乳1キログラム当たり1分=0.01元)による拠出金と、自治区政府の補助金によって構成

 (イ)互助基金は家畜共済的なもので、乳牛の疾病や事故、急死などに際し、基金を取り崩して酪農家に補助

 エ 自治区政府は、酪農・乳業従事者間の調整(コーディネート)に徹し、基本的に市場には不介入

 オ 最先端技術の導入と支援

 (ア)自治区政府による乳牛改良センターの建設と優良精液の提供、雌雄産み分け技術の開発など

 (イ)大学、乳業会社などの研究プロジェクトに対する支援

 (4)内蒙古自治区の酪農・乳業における今後の課題

 自治区政府の推進政策などもあって急速な発展を遂げる一方、同自治区の酪農・乳業は、次のような課題も抱えているとされる。

 ア 乳牛のさらなる改良と技術向上

  2005年における1頭当たりの年間生乳生産量は4,500キログラムで、日本などに比べまだ低い水準にある。飼養管理技術も、先進国に比べてまだ遅れている。

 イ 乳製品製造技術の普及・向上

  伊利実業および蒙牛乳業を除いては、牛乳乳製品の種類が少ない。

 ウ 特に農村部における消費拡大と乳・乳製品の輸出振興

  現在の輸出相手国は香港、マカオおよびモンゴルが主力。東南アジア諸国は有力なターゲット。東欧への輸出については計画段階

 エ 酪農家の集約化

 3 伊利と蒙牛 〜積極性とアイディア、熾烈な競争、そして若さ〜

 内蒙古自治区は、現在、中国において急成長を遂げ、世界的にも注目されている内蒙古伊利実業集団股分有限公司(伊利)と内蒙古蒙牛乳業集団股分有限公司(蒙牛)の本拠地でもある(股分有限公司=株式会社)。

 両社とも、本社は同自治区首府(省都)の呼和浩特市に所在するが、伊利は市轄区(古都部分で、現在も自治区および市の中心)の中心から西へ25キロメートルほどの金川開発区(国家級開発区の一つで、呼和浩特経済技術開発区(金川区)が正式名称)の伊利園、蒙牛は市轄区から南へ50キロメートルほど下った和林格爾(ホリンゴル)県内の盛楽経済園区(自治区級開発区の一つ)が本拠である。このように、両社の本拠はいずれも経済開発特区に所在し、周辺は乳業会社を中核とした企業城下町の様相を呈している。

 また、伊利・蒙牛は中国二大乳業と称され、常に中国乳業界で1、2位を争い、積極的かつ斬新な投資やPR合戦を繰り広げてしのぎを削っているほか、傘下の酪農場や乳業工場などを広く公開し、自社商品だけでなく、所有する最新の設備・技術や衛生管理、受賞・栄誉の数々など自社全般の積極的なアピールにも努めている。

 伊利は99年、中国の食品業界としては初めてとされるISO9002を取得したほか、2005年には蒙牛と激しい争奪合戦を繰り広げた末、北京オリンピック組織委員会との間でスポンサー契約を締結、乳業界では唯一の北京五輪スポンサーとなっている。また、2006年6月1日には、養護施設の子供たちに対する牛乳の無償提供を実施した。

 これに対し、蒙牛は中国宇宙センターへの資金援助により、宇宙飛行士専用ドリンクの指定を取り付けたほか、2005年9月には総裁(社長)職を全世界から公募したり、2006年6月からは経済的困難地域の500校の学童に牛乳を1年間無償で提供するキャンペーンを開始するなど、双方のPR合戦の話題にも事欠かない。このほか、Tの4の(2)でも述べたように、内蒙古自治区における学生飲用乳は、伊利および蒙牛2社がその費用を全額負担し、学童に対し無償で提供されている。

 さらに、伊利・蒙牛とも従業員の平均年齢は35〜36歳前後、伊利の藩剛董事長兼総裁(董事長は会長、総裁は社長に相当)は36歳、蒙牛の楊文俊総裁は38歳と、両社とも若さにあふれている。

 4 内蒙古伊利実業集団股分有限公司(伊利)

 (1)伊利の概要

 伊利は93年2月18日、呼和浩特市経済体制改革委員会の認可により、呼和浩特市回族民乳食品本工場が株式制に移行し、「内蒙古伊利実業股分有限公司」として成立した。伊利の名は、人を利することを目的としていることを表したものであるという。そして、94年4月に原乳事業部が設置され、原乳基地の建設が開始された。伊利に生乳を供給する原乳基地は約200、大部分が個人経営の酪農家で、一部は伊利と個人酪農家が共同経営している農場もある。

 96年3月上海証券取引所に株式上場、97年2月に内蒙古伊利実業集団股分有限公司となった。もともとはアイスクリームの製造が主であり、同社原乳事業部の幹部によると、牛乳やUHT乳(日本で言うLLミルク)、加工乳および乳飲料などの液状乳、粉乳、ヨーグルトなどの本格的な生産が開始されたのは97年からである。現在は、伊利集団としてインスタント食品や冷凍食品(冷凍餃子など)などの製造も行っている。

 伊利集団は、原乳事業部など5つの事業部と、内蒙古自治区・黒龍江省・河北省・山東省など国内16カ所の工場を所有し、全国31カ所に営業所を設置している。最近数年間の売り上げは、毎年平均4割程度の伸びを示しているという。

 2005年の売上高は前年比39.4%増の121億7千5百万元(約1,814億円)、純利益は同29.8%増の4億9千2百万元(約73億円)、2006年上半期の売上高は前年同期比40.2%増の79億3千3百万元(約1,182億円)、純利益は同18.2%増の2億2百万元(約30億円)となり、売上高では中国第1位の乳業会社としての地位を保っている。

 また、2005年の伊利全体の集乳量は約300万トンで、酪農家などへの支払乳代は、売上高のおよそ半分に相当する約60億元(約894億円)であった。現在、従業員数は2万人を超える。
製品の一部については、液状乳とアイスクリームを中心に、シンガポールやマレーシア、ベトナム、モンゴルなどに輸出している。


伊利製品の数々

 (2)乳業工場の事例 〜伊利集団金川工業園〜

 呼和浩特市金川開発区にあり、2004年8月1日から直接投資額3億5千万元(約52億円)を要して建設が始まり、2005年7月28日から操業を開始した。日量約1千5百〜1千8百トン(伊利全体では日量約8千トン〜9千トン)の生乳を処理、生乳換算で年間約65万7千トンの製品を製造している。金川工業園における製品の主力は牛乳、乳飲料など液状乳が中心で、製造量の70〜80%を占め、粉乳が10〜20%、そしてヨーグルトが5%前後である。金川工業園の工場で生産される製品の売り上げは、伊利の総売上高の約4割を占めるといわれる。

 このうち最も利益率が高いのがヨーグルトで、かつ、中国ではヨーグルトの消費が大きく伸びて市場も拡大している。伊利は2005年9月1日、フィンランドの大手乳業会社であるバリオ社(Valio)と、乳酸菌(糖を発酵分解して乳酸を生成する菌の総称)の一種であるLactobacillus rhamnosus GG(いわゆるLGG菌)の中国での独占使用契約を締結しており、今後の戦略応用が期待されている。


伊利集団金川工業園/液体乳第三工場

製造ラインはドイツ製14、スウェーデン製4の合計18ラインで、自動倉庫は2万トンの製品収容能力。牛乳などの殺菌は、135℃・2〜5秒の超高温瞬間処理法による。

 (3)契約農家の事例 〜伊利集団原乳基地第七牧場〜

 伊利と個人酪農家の共同による牧場で、呼和浩特市轄区の西10キロメートルほどに位置する。敷地面積は3,200ムー(約213ヘクタール)、うち人工草地が3,130ムー(約209ヘクタール)、牛舎が70ムー(約5ヘクタール)を占める。現在、約60人が従業し、NZから輸入したホルスタイン種が1千頭ほど飼養されている。


伊利集団原乳基地第七牧場

 


伊利集団原乳基地第七牧場(鳥観図)

 中国では、豪州やNZなど海外から初妊牛や未経産牛などを導入し、搾乳や改良に充てている酪農家も見られるが、こうした酪農家は比較的高所得層にあるもので、これが中国の一般的な酪農家の姿ということではない。

 これまで内蒙古自治区では、米国やカナダから乳牛を導入していたが、北米におけるBSEの発生以降、コスト的な理由や草主体の内蒙古での飼養に適しているとの理由などとも相まって、海外からの乳牛の導入に際しては、豪州産やNZ産などにシフトしている。また、以前は初妊牛の輸入が多かったが、最近は6カ月齢くらいのものの輸入(1頭当たり約1万8千元=約27万円/北米産は約5万元=約75万円)が一般的になってきているという。

 この農場は、現在の経営形態になってからまだ3年目であるが、1日2回の搾乳により、年間1頭当たり6〜7千キログラム(中国の平均は4千キログラム前後)の生乳を生産している。産次別には、1産目のもので平均6千キログラム、3産目のもので平均8千キログラムであり、2006年は9月までの時点で、1キログラム当たり最高2.4元(約35.8円)の乳価(Yで後述するが、呼和浩特市における指導乳価(=最低生産者乳価)は1.73元(約25.8円))で取り引きされたこともあるという。現在、緑色食品としての申請を考えており、認定されれば、さらに高い乳価で取り引きされることが期待される。

 注 緑色食品(Green Food)

 中国食品衛生法、標準化法などで規定された「安全、優良な品質、健康によい食品(原材料および加工品を含む)」のことで、AA級とA級の2つの等級に分類。一般的には、有機栽培・自然栽培などで安全性・品質の高い農産物を指すものと解されることが多い。


 なお、伊利では近年、乳牛を飼養する場所、搾乳する場所、草地(放牧地=大規模農家)の3つを分離する方式を導入し、酪農家の集約化による生乳供給牧場の構築を進めており、1牧場当たりの搾乳牛飼養規模に応じ、搾乳場所をおおむね以下のように分類している(考え方の基本は、蒙牛などでも同様であると推察)。


搾乳ステーションは一般に集落ごとに置かれ、搾乳施設を持たない小規模酪農家などが乳牛を移動させて搾乳を行う。

 5 内蒙古蒙牛乳業集団股分有限公司(蒙牛)

 (1)蒙牛の概要

 蒙牛は、伊利の副総裁(副社長に相当)であった牛根生(Niu Gensheng)氏が98年に数人の部下とともに独立し、7人の有志による3百万元(約4,470万円)の出資・発起によって、99年7月に設立された。2000年に自社工場を設立する以前は、農家の施設を借りて生乳の集荷、処理、販売を行っていた。

 設立初年度の売上高は3千7百万元(約5億5,130万円)にすぎなかったが、2005年の売上高は前年比50.1%増の108億2千5百万元(約1,613億円)、純利益は同43.3%増の4億5千7百万元(約68億円)、2006年上半期の売上高は前年同期比58.7%の75億4千6百万元(約1,124億円)、純利益は同39.3%増の3億4千3百万元(約51億円)と、中国では伊利と並ぶ二大乳業メーカーにまで成長した。この時点までで、売上高では伊利に及ばないものの、純利益では2006年上半期に伊利を抜き、中国の乳業で第1位となっている。現在、資本金60億元(約894億円)、全国23支社・14生産基地、従業員数2万9千人を擁している。

 蒙牛幹部によると、蒙牛の年間集乳量は約330万トンで、約108億元の売上高のうち約42億元(約626億円)が酪農家などへの支払乳代に充てられたという。

 蒙牛の株式は2004年6月に香港証券取引所に上場、現在は株式の3割が自社保有で、7割は豪州およびシンガポールの企業が保有している。経営規模拡大の過程で、蒙牛は豪州などから経営陣を招へいし、海外から最先端の機械器具と搾乳牛を積極的に導入し、「外国人による外国品種の飼養」を実践した。現在も外国人の管理者、技術者が在職、後述の直営牧場では地元採用者が就業しており、「地域の酪農家が、外国に行かなくても地元で先進技術が学べる」体制にもなっている。

 また、蒙牛は2003年10月、タイの首都バンコクで開催されたアジア太平洋経済協力会議(APEC)商工サミットに、中国の私企業として初めて参加した。

 2005年9月には、グローバル化の推進のため、同年10月末までを期限に、乳業界で10年以上の勤務経験があることを基本条件として、全世界から総裁(社長に相当)を募集した。これ以前に、大手国有企業の幹部では3回の募集実績があるが、中国乳業界では初の試みであった。結果的には蒙牛社員の楊文俊氏(現在38歳)が内部登用され、創業者の牛根生氏は董事長(会長に相当)の職にはとどまったものの、経営の実務は若き楊総裁に委ねられることとなった(伊利の藩剛董事長兼総裁は現在36歳:前出)。

 さらに、2006年4月には、自社ブランドの国際化進展の加速を視野に、中国本土の企業としては初めて香港ディズニーランドの協力パートナーとなり、園内唯一の乳・乳製品提供メーカーとして製品の販売を開始した。そして、同年5月には、デンマークの大手乳業会社アルラフーズ(Arla Foods)などと合弁会社を設立し、粉乳と固形乳製品を製造・販売すると発表、同年6月末からは、経済的困難地域の学童への牛乳の1年間無償提供キャンペーンを実施するなど、ユニークな戦略を展開している。

 広告面でも、2002年1月から中国中央テレビのコマーシャル(CM)に焦点を合わせ、ゴールデンタイムの人気番組のCM枠を矢継ぎ早に取得するなど、積極的な製品シェアの拡大を図っている。

 2006年10月に上海で開催された国際酪農連盟(IDF)世界乳業大会では、蒙牛の高級ブランド製品である「特侖蘇」が、中国の乳業メーカーが自主開発した製品としては初めて、同大会の最高賞である世界新製品開発大賞を受賞した。

 さらに、同年12月18日には、フランスに本拠を置く多国籍食品企業ダノン社と、ヨーグルトなど乳製品の開発・生産などを行う合弁会社3社(蒙牛達能(北京)乳業有限公司、蒙牛達能(呼和浩持)乳業有限公司、蒙牛達能(馬鞍山)乳業有限公司)を設立することで合意した。投資総額16億香港ドル、出資比率は蒙牛が51%、ダノンが49%とされる。世界最先端のヨーグルトなど製造技術を持ち、海外市場にも強いダノンと強力な国内販売網を持つ蒙牛の合弁は、名実共に巨大市場中国のトップをうかがう蒙牛にとって大きな推進力になると共に、上位乳業他社にとっても外資を交えた再編を加速させる可能性がある。

 現在、蒙牛の製品は中国全土で販売されているほか、香港、マカオ、東南アジア諸国、モンゴル、サイパンなどにも輸出されている。


蒙牛製品の数々(最上段は特侖蘇)

 (2)蒙牛の採用指針

 蒙牛は、職員の採用に当たってもユニークな指針を有している。その内容は上記のように、(1)徳と能力を兼ね備えた者は破格重用する、(2)徳はあるが能力のない者は教育・養成して使用する、(3)能力はあるが徳のない者は限定的な用途にとどめる、(4)徳も能力もない者は決して採用しないというもので、組織が大きく発展し、その事業が成功するためには、何よりも人徳・人の和が重要であるとする同社の姿勢がよく表れている。

 (3)乳業工場の事例 〜蒙牛和林格爾生産基地〜

 呼和浩特市郊外の和林格爾(ホリンゴル)県(市轄区の南方約50キロメートル)北部の盛楽経済園区にある。内蒙古自治区には6カ所の生産基地があり、製品ベースで1日当たり約1千トン(総生産量の約16.7%)が製造されている。

 和林格爾生産基地では現在、日量約1千2百トン(蒙牛全体では日量約9千トン)の生乳を処理しており、粉乳の製造技術については、デンマークのアルラフーズから学んだものである。最近、第6期プロジェクトが着工され、2007年5月から日量2千トンの生乳処理能力を有する工場が稼働する予定となっている。

 同生産基地のある一帯は、蒙牛の基地建設以前は何もない砂地であったが、現在は乳業の生産基地のほか、近くには合計敷地面積20万平方メートルに及ぶ蒙牛職員の宿舎もある。ここには、幹部職員向けの庭付き一戸建て住居や一般職員向けの広い集合住宅に加え、敷地内には幼稚園や店舗などもあり、小さな町の様相を呈している。これら和林格爾生産基地および蒙牛宿舎地のすべての土地は、地場の産業振興の意味合いも含め、内蒙古自治区から無償貸与されたものである。


蒙牛和林格爾生産基地飲用乳工場

同工場のUHT乳製造ライン。自動倉庫は約1万4千トンの製品収容能力。この工場は2002年から稼働。牛乳などの殺菌は、137℃・4秒の超高温瞬間処理法による。

 (4)直営牧場 〜蒙牛オーステイジア国際モデル牧場〜
 
 蒙牛オーステイジア国際モデル牧場(蒙牛澳亜国際示範牧場:Mengniu Austasia International Dairy Farm)は、中国の蒙牛、豪州のオーステイジア社(Austasia)、インドネシアの三林集団(Salim Group)がほぼ3分の1ずつ出資し、合計2億元(約30億円)の投資によって設立された。2004年11月28日から試験操業が開始され、2005年1月から正式に蒙牛に生乳の提供を開始した。敷地面積8,848ムー(約590ヘクタール)、平均規模の牛舎1棟当たり5百頭の収用能力があり、最大で合計1万頭の乳牛を飼養することが可能である。関係者によると、蒙牛は今後、全国の主要生産地に1万頭規模のモデル牧場を建設する予定であるという。

 2006年9月現在、この牧場には乳牛9千頭、うち搾乳牛6千頭が飼養され、搾乳牛1頭当たり日量約30キログラム前後、当該牧場全体で年間6万5千トン強の生乳を生産している。しかし、この量は蒙牛の集乳量全体の約2%ほどでしかなく、かつ、この牧場で生産された生乳は、「特侖蘇」「乳爵6特乳」という2つの高級ブランド製品の原料として仕向けられている。

 従業員は約2百人で、地元採用者のほか、豪州やインドネシア、英国から招へいされた専門家が技術指導などを行っている。飼料については、その6割が牧場内で生産される自給飼料であり、残り4割を外部から購入している。また、乳牛の排せつ物は、スラリー状にして牧場内の牧草地などに散布されている。

 飼養されている乳牛については、すべて豪州から輸入されたホルスタイン種であるが、輸入対象は主として初妊牛で、ときに1歳程度の未経産牛を輸入することもある。搾乳に供されるのは、平均4〜5産(7歳前後)までで、生まれた子牛については、雌であれば周辺の農家へ、雄であれば主に血清用として製薬会社などに販売されている。従って、この牧場で飼養されている乳牛は、豪州産の輸入ホルスタイン種のみである。また、この牧場における搾乳は、以下の4つの方法により行われている。

 ア ロータリーパーラー(Rotary Parlor)

 回転するドーナツ状の円盤に乳牛を載せ、1回転する間に搾乳を終わらせるもので、この牧場のものは1回転8分、一度に60頭の搾乳が可能である。ここでは4人が作業に従事し、1日3回(午前6時、午後2時、午後10時)、2千〜2千5百頭の搾乳が行われている。


直営牧場のロータリーパーラー

 イ 搾乳ロボット(Automatic Milking Robot)
 ウと一括して述べる。

 ウ ヘリンボーンパーラー(Herringbone Parlor)

 約80頭規模で乳牛を飼養した場合に必要な施設・設備について、酪農家向けに実証展示しているフリーストール牛舎内に、搾乳ロボットとともに展示されている。

 搾乳ロボットはスウェーデン製(DeLaval社)で、1日当たり150頭の自主搾乳が可能。ただし、展示用ということもあり、実際の搾乳頭数は1日平均20〜25頭程度という。

 また、ヘリンボーンパーラーは、搾乳ロボットの設置場所に隣接して置かれ、一度に片側6頭、左右合計で12頭の搾乳が可能である。ただし、あくまで展示用であり、通常はあまり使用されていないとのことである。

 合、牛舎の建物に約100万元(約1,500万円)、ミルキングパーラーに15万〜20万元(約224万〜298万円)の経費が必要とされる。一般に、小規模酪農家が経営拡大をしていく場合は、主として省・自治区政府からの融資によることが多いといわれ、また、少額融資に関しては、農村信用社と呼ばれる農村金融機関を利用することが多いという。


搾乳ロボット(上)とヘリンボーンパーラー

搾乳ロボットは、下写真下方の白いタイル壁の手前側に設置されており、それぞれ乳牛が好む時間帯に自主的に並んで搾乳する。

 エ パラレルパーラー(parallel parlor)

 ロータリーパーラーとともに、この牧場における搾乳方法の主となっているもので、一度に片側48頭、左右合計で96頭の搾乳が可能である。ここでは7人が作業に従事し、1日3回、3千5百〜4千頭の搾乳が行われている。


直営牧場のパラレルパーラー

 (5)契約農家の事例 〜華祺牧場(蒙牛乳業原乳生産基地第110牧場)〜

 呼和浩特市轄区から南東約82キロメートルの烏蘭察布(ウランチャブ)市涼城(リャンチョン)県永興鎮にある華祺牧場=内蒙古華祺生物技術有限公司は2003年5月、優良乳牛の繁殖・育成と高レベル新技術の研究開発、生態系に配慮した農業建設を一体的に実施する株式組織として成立した。主な事業としては、4千ムー(約267ヘクタール)の敷地内において、純粋種の乳牛および羊の繁殖・育成と販売、畜産品の生産・販売、飼料の生産・加工などが40人の従業員によって行われている。

 また、蒙牛の契約農家として「蒙牛乳業原乳生産基地第110牧場」の名称を受けているほか、「烏蘭察布市第三牧場」の名も有している。

 飼料については、ルーサン(アルファルファ)やトウモロコシを自家栽培しているものの、4千ムー(約267ヘクタール)の敷地のうち作物の生産面積が限られていることから、主だったものについては周辺農家などから購入している。特に昨年以降は降雨が少なく、作物の収量が減少しており、飼料の一部を輸入せざるを得ないことから、生産コストの増大を招いているのが悩みの種である。


華祺牧場
牧場入口の看板とアルファルファ乾草

 この牧場では、優良乳牛の社会提供のため、2004年にNZからホルスタイン種の初妊牛(18カ月齢)を300頭輸入、現在は500頭ほど(うち搾乳牛140〜150頭)に増え、毎日子牛が生まれている状況にあるという。生まれた子牛が雌の場合はこの牧場に保留するが、雄の場合は初乳も飼料も与えず(初乳は雌子牛に給与)、生後間もなく血清用として製薬会社などに販売している。

 なお、これまでにも述べたように、中国では、豪州やNZなど海外から乳牛を導入している酪農家も見られるが、これらは比較的高所得層の優良農家で、これが中国の一般的な酪農家の姿ではないので注意が必要である。

 精液については、県の農牧業局がNZから輸入し、農家向けに販売しているものを定期的に購入(ストロー1本当たり30〜80元=約447〜1,192円)している。この牧場は、乳牛導入後2回転しか経過していないが、周辺農家では、乳牛を5〜6産(7〜8年)搾乳に供するのが一般的であるという。

 搾乳量は1日約3トン(1頭当たり平均約20〜22キログラム)で、1日2〜3回搾乳する。夏は午前6時30分、正午、午後6時30分の3回、冬は正午の搾乳がなく2回で、生乳の集荷は午前8時30分頃に1回、蒙牛のタンクローリーによって行われている。牧場内の搾乳施設は、一度に片側20頭、左右両方で40頭の搾乳が可能なドイツ製のヘリンボーンパーラーである。

 乳代は3カ月に1回(小規模農家では1カ月に1回)の割合で支払われ、最近は1キログラム当たり平均2.13元(約32円)で取り引きされている。しかし、この乳価は2〜3年前まではかなりよい相場観だったが、最近は飼料の購入経費がかさむことから、もう少し高い値が付かないかというのが本音のようである。

 家畜の排せつ物については、そのまま周辺の農家に販売しており、これを購入した農家がたい肥にして利用している。

 なお、関係者によると、烏蘭察布市涼城県には135の牧場があり、うち112牧場が蒙牛と、残り23牧場が伊利と契約を締結しているという。


華祺牧場

乳牛飼養区は、衛生上の理由などから壁と柵で囲まれ(上)、アルファルファ乾草が積まれている(中)。下は放牧風景。この牧場には、約500頭のNZ系ホルスタイン種が飼養されている。


III 安定的に発展する黒龍江省の酪農・乳業


《黒龍江省の概略》

成  立:

1954年 旧黒龍江省と旧松江省が合併、中国最北の省として成立

省  都:

哈爾濱(ハルピン)市(人口約970万人)

位  置:

東経121度11分〜135度05分

北緯43度25分〜53度33分

面  積:

46.9万平方キロメートル(日本の1.2倍=省級では中国6位)

地  勢:

面積の 7割は丘陵山地=海抜300〜1,780メートル前後

3割は平原地帯=海抜50〜250メートル前後

山地面積24.7%、丘陵35.8%、平原37.0%、水面ほか2.5%

人  口:

3,816万8千人〈2004年末〉

構成民族:

漢族(94.3%)、満族、回族、蒙古族、朝鮮族、ダウール族、シボ族、ホーチォ族、オロチョン族、エベンキ族、キルギス族など計47民族

G D P:

5,303億元(約7兆9千万円)〈2004年〉

うち農林水産業 588億元(総GDPの11.1%/約8,758億円)


 1 黒龍江省における酪農・乳業の概要

 (1)背景と歴史

 黒龍江省は中国最北の省で、ロシアとの国境線は3千キロメートルを超える。自然に恵まれ、森林面積、森林総蓄積量(森林における立木の総材積量)および木材生産量は中国第1位といわれる。河川や湖沼も多く、省名の由来ともなった黒龍江(アムール川)をはじめ、松花江、烏蘇里江、牡丹江(いずれも最後は黒龍江に注ぐ)などの大河やロシアとの国境にまたがる興凱湖(ハンカ湖)、1719〜21年の火山噴火によってできたといわれる五大連池、中国のナイアガラと呼ばれる吊水楼瀑布のある鏡泊湖などがある。

 また、北海道東部の流氷原は黒龍江の氷であるとされるほか、斉斉哈爾(チチハル)の東にある扎龍(ザーロン)自然保護区は、北海道の釧路とともに、タンチョウの数少ない生息地となっている。

 1960年から開発が始まった大慶油田は、年平均5千万トン以上と中国最大の生産量を誇っていた(2000年以降は生産量が低下傾向で、天然ガス生産にシフトしつつある)。

 黒龍江省はまた、中国でも有数の食糧生産地帯として知られる。黒龍江と松花江、烏蘇里江の3つの大河=江の合流地帯は、その名のとおり三江平原と呼ばれ、面積10万3千平方キロメートルにも及ぶ肥よくな黒土地帯であったが、もともと低湿地帯である上に森林が多く、耕作には不向きな環境であった。そこへ清代末期から開拓者が入り始め、のちには日本の開拓団が、そして中華人民共和国成立前の47年には、国営農場が置かれて本格的な開拓が始まった。

表7:黒龍江省の農畜産業の概況

 さらに、50年代からは食糧問題解決に向け、十数万人という規模の退役軍人や都市部の青年団が派遣されたほか、文化大革命(60年代後半〜70年代前半)の時期には、反革命分子とされた多数の人々が強制移住させられて開墾に従事した。

 こうした人々の努力の末、約200万ヘクタールが耕地へと変ぼうし、省全域の現有耕地は、省内土壌面積の3割弱に相当する1,180万ヘクタールに及んでいる。機械化も進み、大豆など豆類の生産量が全国一の約700万トン(2004年)と中国全体の31%を占めるほか、2,200万トン(2004年)の穀物(米、小麦、トウモロコシ)が生産されている。これに加えて、稲わらやトウモロコシの茎葉など穀物生産に伴う副産物在庫も5千万トンほどあり、飼料や燃料、たい肥などの用途に仕向けられているほか、ジャガイモ、テンサイ、タバコなどの生産量も多い。

 このほか、省内には433万ヘクタールの草地が広がり、年間約800万トンの牧草が生産されている。そして、豊富な穀物や牧草などの生産に加え、適当な緯度と自然環境などを背景に酪農・乳業も盛んである。

 黒龍江省は、ロシアとの間に鉄道が敷かれた19世紀末以降、食生活を含めたロシアの文化が本格的に流入し始め、今もその影響を大きく受けているといわれる。中国の近代的な酪農・乳業はその19世紀末、ここ黒龍江省から始まったといわれている。

 (2)最近の概況

 黒龍江省は、2003年に隣接の内蒙古自治区に抜かれるまで、生乳生産量では中国第1位の座にあり続けた。省内の乳牛の主要産地は、中部(哈爾濱周辺など)から西部(大慶、斉斉哈爾など)、さらに内蒙古自治区呼佗貝爾(ホロンボイル)市(1969〜79年には大部分が黒龍江省に編入されていた)内の県級市である満州里市などであるといわれている。

 2004年末時点の乳牛頭数は、内蒙古自治区、新彊ウイグル自治区、河北省に次ぐ中国第4位の141万頭(全国の約12.7%)、生乳生産量は内蒙古自治区に次ぐ同第2位の374万5千トン(同16.6%)である。黒龍江省政府の関係者によると、2005年末の省内の乳牛頭数は前年比約16%増の約164万頭、生乳生産量は同17%増の約440万トンに達するとされる。ここ数年、内蒙古自治区における生乳生産量の年間平均伸び率が約60%弱と急進的であるのに対し、黒龍江省は約25%で中国全土(表4参照)とほぼ同レベルであり、比較的安定した成長を続けているといえる。また、特に最近は、乳牛頭数の増加と同時に、乳質改善にも大きな力を注いでいる。

 こうしたことから、黒龍江省には黒龍江完達山乳業股分有限公司(完達山)、黒龍江龍丹乳業科技股分有限公司(龍丹)、黒龍江紅星集団股分有限公司(紅星)、黒龍江緑洲乳業集団(緑洲)など地元資本の乳業会社が早くから設立されたほか、伊利(本拠:内蒙古)や蒙牛(本拠:同左)、光明(本拠:上海)の中国三大乳業も進出している。

 さらに87年には、世界最大級の乳業会社であるネスレ社が、地元食品会社と合弁で、哈爾濱市内の県級市である双城市に双城雀巣有限公司(現在、双城市内の税収の半分を同社が占めているといわれる)を、また、94年には日本の大手乳業会社である森永乳業が、地元乳業会社などとの合弁で哈爾濱森永乳品有限公司を設立するなど外資の投入も相次いでいる。

 黒龍江省政府の関係者によると、省内には現在、地元資本・外資など合わせて66の乳業会社があり、1日約1万3千トンの生乳が処理されているという。

 2 黒龍江省における酪農・乳業の発展と改革

 (1)国際協力による発展と改革

 黒龍江省では70年代、カナダ国際開発庁(Canadian International Development Agency:CIDA)の資金協力を得て、黒龍江省家畜繁育指導站(Heilongjiang Animal Breeding Center:HABC/站=ステーション)を設立(74年)、黄牛雌牛にカナダ産乳牛(ほとんどはホルスタイン種)の凍結精液を用いた人工授精を実施し、「黒龍江省における改良革命」(同省畜牧獣医局)ともいえる乳牛の本格的改良に着手した。

 省内では、最初のうちは、雌牛に黄牛を用いる場合と輸入乳牛(大部分はホルスタイン種)を用いる場合とがあったようであるが、最近は改良用として、環境が類似するNZなどから導入する傾向にあるという。

 80〜90年代にはヨーロッパの協力を得て改良・発展を促進、2001年7月〜2006年6月には、日本の独立行政法人国際協力機構(JICA)の技術協力プロジェクト(黒龍江省酪農乳業発展計画/哈爾濱市、安達市)が実施された。

 また、2006年4月からは、哈爾濱、斉斉哈爾、佳木斯(ジャムス)、大慶などで総投資額14億8千万元(約221億円)の生乳生産基地建設プロジェクトがスタート、うち1億ドル(約119億円)が世界銀行の借款によるもので、さらにイタリア政府も550万ドル(約8,195万円)を無償援助することとしている。

 黒龍江省畜牧獣医局は、このうち乳牛の改良プロジェクトを担当、3年間で15万頭の乳牛を改良する計画で、投資額5千6百万元(約8億3千万円)のうち3千万元(約4億5千万円)を世界銀行から借り入れることとしている。そして手始めとして、NZや豪州、ブラジルなどから、今後2年間に2万3千頭の乳牛雌や凍結精液を改良用に輸入することを計画している。同局の関係者によると、このプロジェクトは「黒龍江省における第二次改良革命」ともいうべきものであり、オランダやNZなども興味を持っているという。

 (2)省政府などによる発展と改革

 こうした国際協力とともに、黒龍江省では乳牛群改良計画(Dairy Herd Improvement:DHI)に基づき、黒龍江省家畜繁育指導站や各市・県の関係機関などが中心となって、オセアニアなど外国からの雌牛輸入や受精卵移植(embryo transfer:ET)、優良種雄牛の作出とそれによる凍結精液の作製・提供などによる乳牛の改良も進められている。

 また、家畜繁殖や飼料、家畜防疫、家畜および生産物の販売、これらに関する相談などについて、酪農家が村の中ですべて完結できるような酪農サービス体制を構築した。

 さらに、省などの政府が協同組織の形成に力を入れ、黒龍江省乳業協会を設立、省内の市・県などでも次々と乳業協会が設立された。乳業協会は各レベルの政府、酪農家、乳業会社の間で調整機能を果たしており、その設立に当たっては、日本や欧州などの同様組織の知見と経験を参考にしたという。


哈爾濱良種乳牛繁育中心

哈爾濱綜合牧場(哈爾濱市畜牧獣医局に所属する58年設立の独立採算機関で、乳牛と家きんの2部門)の敷地内にある乳牛の繁殖育成施設。約700頭の中国ホルスタイン(うち搾乳牛約170頭)が飼養され、生乳は市内の省政府系企業・黒龍江龍丹乳業で処理され、「哈牧」ブランドで販売されている。


IV 大都市・北京市近郊の酪農・乳業


《北京市の概略》

成  立:

1949年 中華人民共和国成立とともに首都たる直轄市として成立

位  置:

東経116度・北緯39度(北京市中心部)

面  積:

16,410平方キロメートル(四国と同程度=省級では中国29位)

地  勢:
面積の 6割は丘陵山地=海抜1,000〜1,500メートル前後

4割は平原地帯=海抜20〜60メートル前後

丘陵山地面積61.4%、平原38.6%

人  口:

1,492万7千人(2004年末)

構成民族:

漢族(9割強)、回族、満族、蒙古族、朝鮮族、壮族、ウイグル族、ミャオ族、
トゥチャ族、チベット族など計56民族

G D P:

4,283億元(約6兆4千億円)〈2004年〉

 うち農林水産業 103億元(総GDPの2.4%/約1,533億円)


 1 北京市の酪農・乳業の概要

 現在の北京市は人口約1千5百万人、うち都市部人口が約1千1百万人余を占める大消費地である。2004年の北京市都市部における年間1人当たりの乳・乳製品消費支出は、省級レベルの比較では、チベット自治区(398.1元=約5,931円)に次いで第2位の255.8元(約3,811円)で、全国平均(132.4元=約1,972円)の約2倍に達する。近年は所得の向上や食の洋風化・多様化などに伴って消費意欲が高まり、特に大・中都市部では、乳・乳製品は貴重な健康食品から日常生活における必須食品へと、その位置付けが変わってきている。

 北京市の酪農・乳業は、人民公社の解体による生産体制の開放に加え、大消費地としての基盤があること、北京市政府および中央政府が手厚い支援策を講じたことなどもあり、80年代に急速に成長した。90年代になると、穀物価格や従業員給与の上昇などによりコストが増加し成長が鈍化するが、99年以降、国・地方政府による重要な発展産業としての支援効果や乳・乳製品の消費拡大などとも相まって、高能力乳牛の輸入や大消費地郊外であるという利点や、大都市に近いために生産規模が大きく飼養管理水準が高いことなどの背景もあり、2004年末時点で18万5千頭(全国シェア1.7%)の乳牛が飼養され、70万トン(同3.1%)の生乳が生産されている。特に生乳生産量については、最近5年間で平均23%以上の伸び率を示している。

 また、大消費地である北京市には、北京三元食品股分有限公司(三元)、伊利集団北京乳品工場(伊利)、蒙牛乳業(北京)有限責任公司(蒙牛)、大草原乳業(北京)有限責任公司(大草原)、北京光明健康乳業有限公司(光明)をはじめ国内外の乳業企業も多数進出し、量販店などには大小さまざまなメーカーの製品が所狭しと並べられ、各乳業メーカーが国内の市場を奪い合うという熾烈な競争が繰り広げられている。

表8:北京市の農畜産業の概況


北京市の量販店で販売されている製品の一例

 2 北京三元食品股分有限公司(北京三元)

 (1)北京三元の概要

 同社の乳業部門は56年3月1日、北京市管轄の国営企業である北京市牛乳站(站=ステーション)として成立し、北京市政府が定めた生乳価格と飲用乳価格に従って、市民に飲用乳などを供給する社会政策を長く実行していた。その後、中国の経済改革により97年3月13日に北京三元集団有限責任公司との合資企業である北京三元食品有限公司として再スタート、同年5月に香港連合交易所(現:香港証券取引所)に上場された。

 そして、2001年1月12日、組織の全体改編により北京三元食品股分有限公司として認可され、2003年9月15日には上海証券取引所に上場された。現在、北京、上海、天津、内蒙古自治区、河北省など7カ所に乳業製造基地を有し、合計日量1千トン余の生乳を処理して飲用乳、ヨーグルト、粉乳、アイスクリーム、宮廷料理の伝統乳製品などを製造、「三元」「雪凝」「燕山」「緑鳥」などのブランドで、北京、上海、深圳など50を超える省・市で販売している。

 現在の北京三元の資本体系は図7のとおりで、今もって実質的には北京市の所有企業である。また、同社は北京麦当労食品有限公司(北京マクドナルド)の株式の50%を直接保有するほか、広東三元麦当労食品有限公司(広東マクドナルド)の株式の25%を間接保有している。

 2005年末における売上高は、前年比4.8%減の9億6千万元(約143億円)、純利益は同50.0%増のマイナス6千2百万円(約マイナス9億2千万円)で、2004年以降2年連続で損失を計上する赤字決算となっている。

図7:北京三元食品股分有限公司の資本体系

 なお、伊利設立の際に、北京三元は相当な技術援助などを行ったといわれるが、表5で明らかなように、その後の伊利の急成長により北京三元は大きく水をあけられてしまった。伊利は北京市場においても強大な競争相手の一つとなっている。

 (2)乳業工場の一例 〜北京三元食品股分有限公司乳品一廠〜

 北京三元食品股分有限公司乳品一廠(北京三元乳製品第一工場:以下「三元第一工場」)は、北京三元の支社(「分支機構」=affiliates)の一つで、97年に建設された。北京市中心から東南方向の北京市朝陽区双橋東路に所在し、約600人が2〜3交代制で製造に従事している。

 なお、この工場とは直接関係はないが、北京三元には、北京市中心から北方の北京市昌平区に粉乳工場が、内蒙古自治区北東部に位置する呼佗貝爾(ホロンボイル)市海拉爾(ハイラル)区にバター工場などを所有している。

 集乳先は北京三元傘下の27農場(集乳量の約3分の2)と北京周辺農家(同約3分の1)で、集荷された生乳の約8割が三元第一工場に、残り約2割は北京三元傘下の他工場へ搬入される。三元第一工場の集乳量は日量約400トン程度(年間約14万〜15万トン)で、飲用乳や乳飲料、濃縮乳などを製造している。濃縮乳は乳固形分50%程度のもので、チョコレートメーカー向けに出荷されている。工場内の製造機械はスウェーデン製のものが多く、一部米国製のものもあるという。

 生乳の仕入価格は、例えば乳たんぱく質3.0%・乳脂肪3.4%のもので1キログラム当たり2.05元(約30.5円:2006年9月調査時点)であり、乳質に応じて価格は上下する。三元第一工場の関係者によると、一定規格を下回る乳質の生乳は購入しないという。

 製品のうち、UHT乳(日本で言うLLミルク)は特に山東省、安徽省、河北省などで、フレッシュミルクは北京近郊でよく売れているという。最近、酪農・乳業が急成長している中国では、メーカー間の競争が熾烈であるといわれる。三元第一工場の関係者は、製品間の競争もあるが、それ以上に価格競争の方が激しく、ここ数年、乳業会社の利益は低下する傾向にあると述べており、北京三元の最近数年間の利益率は、平均3.4%程度しかないという。


北京三元乳製品第一工場

 調査した際の印象では、国有企業という性格もあってか、蒙牛や伊利など国内で急成長を遂げる私営企業の最新鋭かつ極めて衛生的な工場と比べると、後述する龍丹乳業(黒龍江省)などと同様、やや活性に欠け、施設・設備なども見劣りする感は否めなかった。

 現在、北京三元の製品の販売先は国内のみで、特に北京市における飲用乳市場のシェアは第1位であるとされる。最大の売れ筋商品は、枕状の243ミリリットル入りビニールパックの飲用乳および乳飲料(Wの1の三元食品ブランドの商品写真参照)で、中途半端な容量に見えるが、ちょうどコップ1杯に入り切る量として好評であるという。

 また、本調査の直前に北京三元全体として製品輸出が許可され、韓国の企業とチーズ輸出に向けた協議を行っているところであるとのことであった。当方から、中国ASEAN自由貿易協定を例に挙げ、今後の輸出戦略について尋ねたところ、コストをさらに下げない限り、豪州やNZには太刀打ちできないため、現時点ではASEAN向けの輸出までは考えていないとの回答であった。

 (3)生乳供給農場の事例 〜北京三元緑荷乳業集団第一牧場〜

 北京三元緑荷乳業集団は、北京三元食品股分有限公司の持株会社である北京三元集団有限責任公司(北京市国営農場管理局)の傘下企業で、2001年7月、北京市所有の33カ所の国有大型乳牛農場およびその関連企業が資産統合して成立した。同集団(グループ)の総資産は6億5千万元(約97億円)、総土地面積2万ムー(約1,334ヘクタール)余、総従業員3千人余、総乳牛飼養頭数3万頭でうち成雌牛1万7千頭、年間生乳総生産量は13万5千トン、搾乳牛1頭当たりの年間平均乳量は年間8千5百キログラム以上で、乳成分の平均は乳脂率3.6%以上、乳たんぱく質3.1%以上、乳固形分12%以上などとなっている。

 北京三元緑荷乳業集団第一牧場(以下「三元第一牧場」)は、同集団の乳牛農場の一つであり、北京三元の集乳量全体の約3分の2を占める傘下27農場の一つでもある。三元第一牧場には子牛を含め2千2百頭の乳牛が飼養され、うち約8百頭が搾乳牛である。

 飼養されている乳牛は、以前は外国からの輸入牛を用いて改良を重ねていたが、最近は中国ホルスタインのみである。また、この牧場の乳牛の右前肢には赤色のセンサーが巻かれており、個体識別や直近10日間の搾乳量などのほか、歩数の記録による日々の健康状態の把握も可能である。これら乳牛は5つにタイプ別され、タイプごとに牛舎と飼料が異なっている。


北京三元緑荷乳業集団第一牧場

2千2百頭の乳牛(うち搾乳牛8百頭)が飼養される。搾乳牛1頭当たりの平均年間乳量は約9千5百キログラム強で、1日合計20トン前後の生乳を出荷。乳牛の右前肢にはセンサーが巻かれ、個体識別や直近10日間の搾乳量、日々の歩数などが記録され、健康管理にも一役買っている。

 搾乳は午前6時30分〜9時、午後2〜5時、午後9〜12時の3回、片側28頭、左右合計56頭のヘリンボーンパーラーで行われ、1日約20トンの生乳が生産されている。三元第一牧場における2005年の搾乳牛1頭当たりの年間平均乳量は9千5百キログラムで、2006年はこれを9千8百キログラムに、そして2007年には、搾乳牛頭数を1千1百〜1千2百頭に拡大し、生乳生産量を1万キログラムとすることを目標にしている。生乳中の平均乳脂率は、夏で3.6%、冬で3.9%、平均乳固形分は12.0%以上、平均無脂乳固形分は8.2〜8.4%で、3〜4産目が乳量のピークであり、5〜7産まで利用する。乳量の落ちた乳牛については、まだ搾乳に耐えるものであれば近隣農家に販売し、搾乳に供用できないものはと畜場に搬送される。

 北京三元傘下の牧場の生乳は、すべて北京三元系列の乳業工場などに搬送されるが、各牧場ともいずれも独立採算性であるため、系列工場などに「販売」したという形式を取る。販売乳価は1キログラム当たり平均2.2元(約32.8円)で、周辺地域の酪農家と比べると乳質も良く、高値で取り引きされているという。

 乳牛の繁殖については、グループ内の北京三元緑荷乳牛養殖中心から精液ストローを購入し、三元第一牧場内で人工授精を行っている。雌子牛は搾乳の後継牛として同牧場内で育成されるが、雄子牛の場合、母乳を与えて約60日間育成し、グループ内の肉牛農場に販売され、1〜1年半ほど肥育・育成された後、平均20カ月齢前後で出荷されている。また、乳牛の衛生管理などは、牧場専任の獣医師が行っている。

 飼料については、例えば東北羊草は中国東北地方から、ホールクロップサイレージの原料となるトウモロコシは周辺の契約栽培農家から(サイレージは三元第一牧場内で製造)など、そのすべてを外部から購入している。

北京三元緑荷乳業集団第一牧場


V 中国の大手・中堅乳業の概要

 1 内蒙古伊利実業集団股分有限公司(伊利)

 93年2月18日、呼和浩特市経済体制改革委員会の認可により、呼和浩特市回族民乳食品本工場が株式制に移行し、「内蒙古伊利実業股分有限公司」として成立した民間大手の乳業会社。蒙牛とともに、中国の乳業界で一、二を争う存在で、売上高では2006年上半期決算時点で中国第1位。伊利の詳細については、IIの3および4を参照。

 2 内蒙古蒙牛乳業集団股分有限公司(蒙牛)

 伊利の副総裁(副社長に相当)が98年に数人の部下とともに独立し、7人の有志による出資・発起によって、99年7月に設立された新手の民間大手乳業会社。2006年上半期決算によると、売上高では伊利に次ぐ第2位だが、純利益では伊利を抜き、中国第1位の座を占めている。ユニークな販売戦略で知られる。2006年12月には、フランス・ダノン社と合弁会社を設立することで合意した。蒙牛の詳細については、IIの3および5を参照。

 3 石家荘三鹿集団股分有限公司(三鹿)

 河北省石家荘市(河北省の省都)に本拠を置く大手乳業会社。86年設立。農家と連携し、統一した指導・計画・管理・サービスを受けながら乳牛は各農家が飼養し、搾乳は機械により集約的に行う「四統・一分・一集中」方式の乳牛基地管理モデルを確立し、河北省の酪農・乳業の発展に貢献した。現在、傘下には22万頭余りの乳牛が飼養され、日量2千3百トン余の生乳が生産されている。

 主な製品は粉乳、飲用乳、ヨーグルトなどであるが、特に授乳中の女性や乳幼児向けなどの調製粉乳を主力商品としている。三鹿によると、調製粉乳の生産・販売量は、93年以降中国第1位の座にあるという。

 2004年には、阜陽粉乳事件に関連した誤報などの影響を大きく受けながらも、前年比13.5%増の60億2千万元(約897億円)の売上高を計上し、2005年の売上高は75億元(約1千1百億円)に達し、光明を抜いて中国第3位となった。

 2005年12月1日には、NZ最大の乳業会社であるフォンテラ社に株式の43%を売却(売却額8億6千4百万元=約129億円)して資本提携することに合意、法的手続きを経たのち、2006年6月18日に外資との合資企業として正式なスタートを切った。この資本提携は、中国乳業界における外国投資としては最大規模のものといわれている。

 NZの有力紙によると、フォンテラ社にとって三鹿との資本提携は、中国への乳製品輸出の最大業者の一つとして、さらなる中国市場拡大の足がかりになるものであり、三鹿にとっても、フォンテラ社の生産技術やマーケティング戦略の活用によって、市場占有率の低い牛乳やヨーグルトのシェア拡大を図ることができるなど、双方にとって大きなメリットがあるとされている。

 2007年には、粉乳生産量を13万トン、液状乳生産量を180万トンとし、160億元(約2千4百億円)の売り上げを目標としている。また、現地の報道によれば、乳牛3,000頭規模の牧場を建設中で、2007年10月からの供用開始を目標にしているという。

 注 阜陽粉乳事件

 2004年、栄養価の著しく低い劣悪な乳児用調製粉乳が、近隣の卸売市場から安徽省阜陽市の農村部に流入し、栄養不良や免疫能の低下などにより、多くの乳児に成長不良や疾病、死亡などの事例が発生した事件。この事件では、一部メディアによる誤報なども相次ぎ、ある市では偽の三鹿ブランドの粉乳が、三鹿の製品として調査を受けるなど混乱が続いた。


 4 光明乳業股分有限公司(光明)

 光明は上海市に本拠を置く乳業会社で、49年、粉乳生産を主とする益民第一工場として成立した。52年には江沢民(のち中国国家主席、中国共産党総書記・党中央軍事委員会主席)工場長が就任、在任中に「光明」のブランドが確立された。

 56年、上海市農業局によって公私共営の上海市牛乳公司として再編された。主要品目は液状乳で、ほかに少量のバターとヨーグルトを製造していた。96年には、上海実業控股有限公司(81年に上海市政府が香港における海外窓口企業として設立。業務内容はたばこや乳製品、医薬品、化粧品、自動車部品、通信機材などの製造・販売、インフラ投資など:控股有限公司=持株会社 holding)の100%出資会社である上海実業食品控股有限公司、上海市牛乳公司などの出資により上海光明乳業有限公司となり、2000年11月株式制導入により光明乳業股分有限公司となった。2002年上海証券取引所に上場された。

 現在、伊利・蒙牛とともに中国三大乳業(光明の代わりに三鹿または北京三元などを入れることもある)と称されているが、2005年には売上高で三鹿に抜かれ、実質的には伊利・蒙牛・三鹿が三大乳業となっている。また、伊利・蒙牛・光明・北京三元・三鹿を中国五大乳業と称することもあるが、最近は熾烈な競争により売上順位の変動が著しく、必ずしも売上高上位を指すものではなくなってきている。

 2006年6月末現在の株式比率は、上海実業食品控股有限公司30.78%、上海牛乳(集団)有限公司(上海市所管の国有企業)30.78%、ダノン・アジア・プライベート・リミティッド11.55%、東方希望集団有限公司(業務内容は飼料、アルミ精錬、投資など)3.85%、その他23.04%となっている。

 2005年における売上高は前年比1.7%増の69億4百万元(約1千億円強)、純利益は同33.6%減の2億1千万元(約31億5千万円)。2003年5月に光明乳業股分有限公司乳牛事業部が発展・独立した上海光明ホルスタイン牧業有限公司には、20カ所以上の牧場に合計2万1千頭の乳牛が飼養されている。また、同牧業有限公司傘下には、年間10万トン規模の飼料工場があるほか、上海と西安にある系列会社(上海乳牛育種センター有限公司、西安光明ホルスタイン乳牛育種有限公司)には、合計200頭の種雄牛が飼養されている。

 5 北京三元食品股分有限公司(北京三元)

 同社の乳業部門は56年3月1日、北京市所管の国営企業である北京市牛乳站として成立した。その後、中国の経済改革により97年3月13日に北京三元集団有限責任公司との合資企業である北京三元食品有限公司として再スタート、2001年1月12日、組織の全体改編により北京三元食品股分有限公司として認可された。現在も北京市所管の国有企業である。北京三元の詳細については、IVの2を参照。

 6 黒龍江完達山乳業股分有限公司(完達山)

 黒龍江省哈爾濱市に本拠を置く国有企業系乳業会社。96年9月、黒龍江省所管の国有企業が改編されて完達山企業集団乳品有限公司として設立、さらに2001年6月、株式制の導入によって黒龍江完達山乳業股分有限公司となった。2005年以降、黒龍江省と台湾の統一企業集団股分有限公司(統一グループ)が株式の50%ずつを保有している。生乳の日処理能力は1千2百トン、主な製品は液状乳と粉乳で、大部分は国内市場向けだが、一部はマレーシアや韓国などにも輸出されている。乳・乳製品のほかに豆加工品やビーフン、ミネラルウォーターなども製造している。

 黒龍江省内の22市県に43農場を有し、その傘下の136牧場に21万頭の中国ホルスタインが飼養され、年間45万トン(うち黒龍江省内からは35万トン)の集乳量がある。これら21万頭の乳牛は、すべて酪農家の所有であり、各牧場内には、搾乳施設など完達山所有部分と、複数の酪農家が所有する乳牛飼養施設・飼料畑などが共存している。

 系列企業で液状乳を専門に生産している黒龍江完達山哈爾濱乳品有限公司(以下「完達山哈爾濱」)の傘下乳牛牧場(哈爾濱市街から東方約40キロメートル)を例に挙げると、面積18万平方メートルの同牧場内には約2千頭の乳牛が飼養され、これらは敷地内の24農家の所有となっている。飼料畑もこれら24農家の所有で、場内4カ所の搾乳場やサイロなどは完達山哈爾濱の所有である。牧場内の乳牛の管理・搾乳は各酪農家が行い、ほかに完達山哈爾濱の社員3名が施設管理のために常駐している。成雌牛1千2百頭のうち搾乳牛は9百〜1千頭、1日2回(午前5時および午後5時)の搾乳で、日量合計約15トンの生乳が生産され、完達山哈爾濱に搬送されて液状乳に加工されている。牧場自体は58年から存在し、当初は中央政府の農墾局の所有であった。現在のような形式になったのは、2002年以降のことである。

 7 黒龍江龍丹乳業科技股分有限公司(龍丹)

 黒龍江省哈爾濱市に本拠を置く国有企業系乳業会社。92年設立。2001年に黒龍江龍丹乳業有限公司、哈爾濱金星乳業公司、哈爾濱松花江乳牛場および林甸乳品廠の4社が共同出資して黒龍江乳業集団が設立、中国第2位の売上高を誇っていた。そして2003年9月、哈爾濱工大集団股分有限公司(工大集団:92年6月に哈爾濱工業大学ハイテクノロジー園区から発展的に設立。株式の大半は黒龍江省が保有)によって7千9百万元(約11億8千万円)で買収され、工大集団傘下の工大乳業投資有限公司の100%出資会社となっている。

 龍丹乳業は国家乳業工程技術研究中心(National Dairy Engineering and Technical Research Center:66年設立。もとは安達(アンター)市にあったが、87年に哈爾濱市内の現在地に移転)の区域内にあり、同研究中心産業基地でもある。当該区域内は2001年7月1日〜2006年6月30日の間、JICAの黒龍江省酪農乳業発展計画(乳業プロジェクト:具体的には(1)生乳の品質管理、(2)チーズ加工、(3)乳酸菌の収集と保存、(4)発酵乳製造に関することなど)による技術協力が実施されていた。

 なお、国家乳業工程技術中心の敷地内には、中国全国の乳・乳製品の品質監督検査機関である国家乳製品監督検測中心も所在する。


国家乳業工程技術研究中心の実験工場で熟成中のゴーダチーズなど

 哈爾濱周辺50キロメートル圏内約30村から1日2回、約2百トンの生乳を集荷している。主な製品は飲用乳、ヨーグルト、粉乳などで、最近の売上高は年間6〜7億元(約89億〜104億円)程度、支払乳代は年間2〜3億元(約30億〜45億円)という。

 8 内蒙古牛媽媽乳業有限公司(草原牛媽媽)

 内蒙古自治区烏蘭察布(ウランチャブ)市に本拠を置く民間乳業会社。2000年10月に設立され、2002年1月8日から正式に生産を開始した。主な製品は牛乳、乳飲料、ヨーグルトなどで、草原牛媽媽(Happy Mumu)のブランド名(媽媽=お母さん)で知られる。約40農場から年間約4万トンの生乳を集荷しているが、自社農場は1つだけで、残りは酪農家との共同経営である。傘下農場の乳牛は、ほとんどが中国ホルスタインやオセアニアから導入されたホルスタイン種であるが、一部農場では、シンメンタール種なども飼養されているという。集荷対象生乳の規格は、乳脂率3.6%以上、乳たんぱく質3.3%以上、乳固形分11.9%以上となっている。

 同自治区内を本拠とする蒙牛、伊利などの巨大乳業のはざまで、設立後間もないこともあって、商品アイテムはまだ10余りにすぎないものの、今後は粉乳、バター製造などの製造計画もあるほか、新たに飲用乳製造施設を整備するなど、積極的な事業拡大を図っている。2006年は売上目標を4億3千万元(約64億円)に、2007年には国内有名ブランドとしての地位確立を図り、売上高10億元(約150億円)を目標としている。

 9 外資系乳業

 中国には世界中の乳業会社や食品会社などが多数進出し、地元資本との提携などにより、合弁企業などを設立している。黒龍江省哈爾濱市内の双城市にある双城雀巣有限公司(雀巣=ネスレ)はその先駆け的な存在である。

 中国乳業協会によると、2006年9月時点における外資系乳業は78社に上り、世界のトップ20乳業はすべて進出したという。表9は、そのうちの主なものをまとめたものであるが、中国は現在、世界的に注目を集める高度経済成長国であるとともに、世界有数の酪農・乳業成長国として、その潜在性も高いことなどから、今後も魅力的な市場として進出が相次ぐものと思われる。

 しかし、その一方で、パルマラット社(イタリア、牛乳類、1995年進出・2003年撤退)やフリースランドフーズ社(オランダ、粉乳、1996年進出・2004年撤退)のように、本社の倒産や中国における熾烈な競争下での売上減などによって中国から撤退する乳業会社もあり、中国の乳業市場は、必ずしも蜜のあふれる花の園であるというわけではない。

 また、中国ではこれまで、外資企業は、国内企業に比べ税制面などで優遇措置を受けてきたが、中国国内では、税負担の違いが国内企業の競争力アップを妨げているという声が強まっている。これまで、改革開放政策などを背景に、中国に投入された外国資本が高度経済成長に大きく貢献してきたのは事実であるが、今や中国の外貨準備高は世界一となって飽和状態にあるともいわれ、今後の動向いかんによっては、大規模なインフレを招く恐れがあると指摘するアナリストもいる。

表9:中国における主な外資系乳業

 こうした過剰とも指摘される豊富な外貨準備高を背景に、アナリストなどの間では、もはや中国は優遇政策をとってまで外資の導入を図る必要はなく、むしろ税収確保の方が大きな課題となっていることを挙げ、中国では企業税制が一本化されるとの見方が強かった。また、中国の中央銀行である中国人民銀行が最近発表した報告書は、これまでの投資・輸出主導型の経済成長から内需主導型への転換について言及し、外資優遇政策見直しの必要性を説いている。

 こうしたことなどを受け、中国政府は、外資企業に対する税制優遇を2008年に廃止(実施時点で優遇適用を受けている企業については、5年間の移行期間を設定)する方針を打ち出し、2006年12月の全国人民代表大会(全人代)常務委員会で審議された。

 2006年12月31日、国務院は「『中華人民共和国都市部土地使用税暫定条例』改正に関する決定」を発表し、外資系企業と外国企業にはそれまで免除されていた都市部(城鎮)土地使用税を、本年1月1日から徴収することとしており、国家税務総局も2月6日にそれを確認したことが報じられている。

 また、中国では、2006年9月に外資による国内企業の買収を規制する規定が施行されるなど、中国における最近の外資に対する考え方には一定の変化が見られるようになってきている。

 注 現在、外資企業が中国に進出する場合には、(1)合弁企業、(2)独資企業および(3)合作企業の3形態があり、一般に「三資企業」と総称されている。

 (1)合弁企業

 中外外資経営企業法に基づき設立された中国の企業法人で、中国資本と外国資本の合弁によるものをいう。

 (2) 独資企業

 外資企業法に基づき設立された外国資本100%の中国の法人。交通運輸や通便・通信、商業、貿易、出版など一定の業種については認可されず、一般製品の50%以上を輸出することとされているため、中国の国内市場への参入は、事実上制限を受けることとなる。

 (3)合作企業

 中外合作経営企業法に基づき設立された中国の企業法人で、資本参加ではなく、経営方針に関する取り決めがすべて契約に基づくものをいう。法人格を有するものと有しないものとの二形態があり、一般に、中国資本側は土地使用権および施設・設備など、外国資本側は現金や機械設備、工場使用権などにより出資する。中国国内法の保護を受ける。


VI 中国における生産者乳価

 1 全国統一ではなく、市場メカニズム:南高北低

 中国は広大な国土とさまざまな自然環境・地勢を有し、全国各地でそれぞれに生産コストが大きく異なることから、乳価の決定方法やその額なども、各省・自治区または省内地域ごとに異なっている。乳業メーカーに対する生乳の供給は、基本的に市場メカニズムにのっとったものであり、乳質に関する著しい問題や乳代の不払いなど大きな支障が生じない限り、原則として中央政府や省政府などが介入することはない。

 一般的に、中国の乳価は南が高く北が安い、また、都市部が高く、農村部が安いといわれる。

表10 主要乳業の支払乳価(2004年)

 以下、中国最大の酪農地帯である内蒙古自治区の首府・呼和浩特(フフホト)市のケースを中心に、乳価決定の仕組みなどを概説する。

 2 呼和浩特市における生産者乳価の決定方法

 呼和浩特市では、内蒙古自治区の規則に基づき、行政、乳業メーカーおよび酪農家の話し合いにより、最低生産者乳価としての「指導価格」が決定される。

 話し合いのメンバーは、呼和浩特市政府、乳業会社(伊利実業、蒙牛乳業)、呼和浩特市乳業協会(中小規模の乳業・酪農家を代表)および市轄区・県・旗ごとの酪農組合の各代表によって構成され、自治区内の酪農・乳業全体を統括する立場にある内蒙古自治区政府や内蒙古自治区乳業協会は、構成メンバーには含まれない。

 調査を実施した2006年9月現在、呼和浩特市における指導乳価(=最低生産者乳価)は、基準となる乳脂肪3.1%・乳たんぱく質2.9%のもので1キログラム当たり1.73元(約25.8円)であり、乳脂肪や乳たんぱく質など乳固形分の含有量が基準を上回る場合には、乳質に応じ、一定の比率ごとに乳価が上乗せ(上乗せ単価は乳業会社によって異なる)される仕組みになっている。

 呼和浩特市で訪問調査した酪農家のうち、昭君牧場では2006年調査時点までの平均的な乳価がキログラム当たり2.15元(約32円)、伊利集団第七牧場ではこれまでの最高の受取乳価が同2.40元(約35.8円)とのことであった。

 なお、黒龍江省においても、ほぼ同様の方法によって乳価が決定されているようで、同省の省都・哈爾濱(ハルピン)市の同時期における指導乳価は、乳脂肪3.3%・乳たんぱく質2.8%で1キログラム当たり1.75元(約26.1円)とされていた。

 ただし、乳成分が指導乳価の基準値を下回る生乳の取扱いについては、「取引対象とはしない」、「指導乳価から値引きした価格で乳業会社が買い入れる」など、関係者によってそれぞれ回答が異なった。


VII 酪農経営における乳用種雄牛

 現在、日本の牛肉生産量の三十数%は、乳用肥育雄牛に由来している(農林水産省「食肉流通統計」)。これに対し、中国では、少なくとも北京市、内蒙古自治区および黒龍江省で聴取した限りにおいては、試験・研究機関や乳業企業傘下の牧場など一部を除き、乳牛の雄子牛は、基本的には出生直後に初乳を飲ませることもなく、業者を通じ、あるいは製薬会社に直接、1頭当たり300〜500元(約4,470〜7,450円)程度で販売され、血清用として利用されるのみとなっている。

 乳牛の雄子牛を肉用として育成・肥育する農家などもあるが、これら乳用種雄子牛が肉用に仕向けられることは、現在の中国においては、コスト的、技術的な面などから、まだかなり限定的なことであるといわれている。

 しかし、省政府などは、血清用として乳用種雄子牛を事実上「捨てている」現状を好ましいこととはしておらず、将来的には育成・肥育して食肉に仕向ける方向に誘導したいとの考えを持っている。黒龍江省畜牧獣医局によると、省内では最近、豪州やNZなどにおけるヴィール(veal:子牛肉)需要の高まりに合わせ、省都・哈爾濱市の双城市(哈爾濱市内の県級市)に、6カ月間ミルクだけを飲ませて育てたホワイト・ヴィール(White Veal)の生産施設を設置した業者もいるという。

 注 雄子牛の製薬会社などへの販売に当たり、酪農家が初乳を飲ませないことについては、生後すぐに血清用にと畜されるためという単純な理由だけではないと思われる。

 細胞培養や受精卵培養、ある種の微生物培養などでは、培養液・培地などに血清を加えると、発育増殖が促進されることが知られており、牛胎子血清や子牛血清はこうした用途などのため、日本をはじめ諸外国でも、製薬会社から研究機関などに販売されている。しかし、培養に際し、添加する血清中に抗体や補体(ある種の免疫反応の際、抗原抗体複合体に結合し、その作用を促進するたんぱく質)が存在すると、細胞などの発育増殖を妨げることがある。

 牛や綿羊、ヤギ、豚、馬などでは、胎生期に母体から臍帯(へその尾)を通じた抗体の移行がなく、生後48〜72時間以内に初乳を介し腸管から吸収されて抗体が血中に移行することから、初乳を飲ませずに雄子牛を販売することは、研究用血清仕向けとしての商品価値を保つという理由もあるものと推察される。


VIII 中国における乳・乳製品の消費動向

 1 1人当たり消費量は都市部、農村部とも10年で3倍強、格差は13倍

 最近の中国では、著しい経済発展による所得・生活水準の向上や食生活の多様化に加え、中央政府や省政府などがその栄養価値に関する普及啓もうに力を入れていることなどもあって、主として都市部を中心に、乳・乳製品の消費が急激に増加してきた。スーパーマーケットなどでは、伊利、蒙牛、光明、三鹿、北京三元、完達山など国内の大手乳業会社やネスレなど外資との合弁企業、その他中小の乳業会社を含め、実に多くの乳業会社が牛乳、加工乳、乳飲料、発酵乳などの分野でしのぎを削り、過当競争とも言える状況にあり、一般にいずれの企業とも年々利幅が縮小する傾向にあるといわれている。

 2004年における中国の国民1人当たりの乳・乳製品消費量は、都市部で25.25キログラム(ミルク・粉乳・ヨーグルトの数値を、それぞれ1:7:1のウェイトで生乳換算した合計値)、農村部では1.98キログラムと、両者の間には依然として13倍もの格差がある。しかし、95〜2004年の10年間で、1人当たりの消費量は都市部が3.4倍に増加したのに対し、農村部でも3.1倍、年平均伸び率は都市部の14.7%に対し、農村部でも13.4%に及んでいる。

図8:中国の1人当たり乳・乳製品消費量の推移

 2 可処分所得の伸びを上回る乳・乳製品消費支出額の伸び

 −消費支出の絶対額は大都市で多く、伸び率は大酪農地域で高い−

 2000年以降5年間の1人当たり年間消費支出額でみると、都市住民1人当たりの可処分所得が1.5倍に増加する中、同期間の乳・乳製品の消費支出の伸びはそれを上回り、ほぼ2倍になっている。また、主要食料のうち、穀物や食肉・家きんなど関連製品の消費支出が同期間でいずれも1.3倍程度にとどまっているのと比較しても、近年の中国における乳・乳製品の購買意欲が急速に高まったことがわかる。

 一方、地域別には、北京と上海の二大都市における乳・乳製品の消費支出額がいずれも250元台/人・年で、中国では最高水準にあるものの、伸びは同期間の1人当たり可処分所得の伸びを下回っている。他方、中国の三大生乳生産地である内蒙古自治区、黒龍江省および河北省では、消費支出の絶対額は両市の半分あるいは半分に満たないものの、同5年間で1.9〜2倍に増加しており、今後も所得の増加につれて、さらに伸びる余地があるものと考えられる。

 なお、大生乳生産地における消費支出の伸びが大きい背景には、同地域に有力乳業会社が拠点工場などを有しており、地場での販促活動にも力を入れていることがあげられる。

表11:都市住民1人当たりの年間可処分所得

表12:都市住民1人当たりの年間乳・乳製品消費支出

表13:都市住民1人当たりの年間穀物消費支出

表14:都市住民1人当たりの年間食肉・家きん及び関連製品消費支出

 3 牛乳類消費は頭打ち、粉乳減少も、ヨーグルト消費の高い伸びがけん引

 消費の絶対量が多い都市部での製品別消費量を見ると、牛乳や加工乳、乳飲料などの「飲用牛乳等」(日本での統計上の名称)、中国では鮮乳、純牛乳と呼ばれる牛乳類(図9では「ミルク」としている)が消費の主流を成す構造は基本的に変わらない。しかし、数量的にはまだ少ないものの、ヨーグルトがこの10年間で年率平均30%を超える高い伸びを続けている点が注目される。その反面、1人当たりの牛乳類消費量は2003年以降横ばいの傾向にあり、特に中間所得層以上の階層ではっきりと頭打ちになっている。

 また、伝統的に中国の乳製品消費の中心をなしてきた育児用調製粉乳など粉乳の消費については、2002年をピークに既に減少傾向にある。

 中国農業部が2006年2月末に発表したデータによると、2005年の牛乳類の消費量は前年比4.8%減の17.93キログラムと減少に転じている。これに対し、ヨーグルトは2005年も同15.4%増の3.29キログラムと消費が堅調に増え続けている。

図9:中国の都市部における製品別1人当たり乳・乳製品消費量の推移



表15:所得階層別都市住民1人当たり乳・乳製品消費量

 バターおよびチーズの消費はまだ限定的であり、特にチーズ消費については、極めて初期の段階にあるといわれる。中国における乳・乳製品消費は、今後も当分の間、牛乳類が主流となる一方で、チーズやバターなども含めた消費製品の多様化が進展していくものとみられる。

 4 地域特性と今後の目標

 地域的には、西北部および北部の牧畜地帯では、もともと乳・乳製品が主要食物の1つであったことから、現在もその消費が多く、都市部においても、すでに90年代には、乳・乳製品は健康食品としてばかりではなく、日常生活における必需品としての地位を確立するに至っていた。また、東部の沿岸地域や都市近郊の農村部でも、所得の向上などを背景に、消費は年々増加傾向を示している。Rabobank(巻末資料20)によれば、都市別の1人当たり年間乳・乳製品消費量は北京市が最も多く、45キログラム超である。

 その一方、農村部における乳・乳製品の消費は、図8に示すように、年を追うごとに徐々に増えつつはあるものの、たんぱく源を穀物や肉、卵、水産物などに求め、乳・乳製品に対するなじみが薄いという食文化の伝統や所得面の理由などから、絶対数としては依然として少ないものとなっている。

 しかし、これまで述べてきたように、中国では、温家宝首相が「すべての中国人、まず子供たちが毎日500グラムの牛乳を飲むようになることが自分の夢である。」と語ったのをはじめ、中央・地方政府とも、酪農・乳業を重要な産業としてその発展を推進しており、今後もその消費が大幅に増加する可能性が多方面から指摘されているところである。

 中国農業部畜牧業司の張喜武副司長は2006年5月11日の会見で、2005年の中国の乳製品消費について次のように述べ、乳業の発展と同時に消費者の育成・増加の必要性を訴えている(数値の出所や換算ベースは不明)。

 (1) 2005年の中国人1人当たりの乳・乳製品消費量は、世界の平均水準の2割前後しかなかった。国内消費は都市部に偏り、農村部では2キログラム程度と都市部の10分の1にすぎなかった。

 (2) 乳業先進国である米国のそれは263.8キログラム、豪州は525.6キログラムに及んでいる(参考:日本は2004年時点、生乳ベースで93.6キログラム)。

 (3) 現在、中国は「自由意志」を原則として、国民に対する消費習慣・消費拡大を提唱する一方、小・中学生などへの牛乳供給計画の拡大を図っていく。


【中国のGDP】

 中国の経済発展ぶりが全世界の注目を浴びて久しい。世界銀行による2005年の中国の国内総生産(GDP)は、世界第4位の2兆2,289億ドル(約265兆2千億円:1ドル=119円)であり、第2位である日本の49.5%に相当する。

 しかし、各国の物価水準の違いを調整し、換算物価が互いに等しくなるような為替レートを用いた購買力平価によるGDPは、8兆5,727億ドル(約1,020兆円)となり、米国に次いで世界第2位の水準にある。これは、第3位である日本の2.2倍に相当する。実質GDP成長率は、2003年が10.0%、2004年が10.1%、2005年が9.9%(中国国家統計局「中国統計年鑑」)と、毎年10%前後の高い伸び率を示している。


IX 中国における乳・乳製品貿易の近況

 中国では近年、都市部を中心とする消費の増加と、世界貿易機関(WTO)加盟に伴う関税率の引き下げなどを背景に、乳・乳製品の輸入が伸びており、USDAの統計によると、輸入量は脱脂粉乳が2000年の2万2千トンから2005年には4万3千トン、全粉乳が同じく5万1千トンから6万5千トンへと、中期的には増加傾向を示してきた。

 2005年は、全粉乳については、消費量が前年比5.9%増(95万1千トン)と引き続き伸びる一方で、国内生産量も同10.3%増(91万8千トン)と消費量を上回る伸びを示しており、その結果、輸入量は同28.6%減(6万5千トン)となった。USDAは、2006年以降も生産量、消費量とも増加を続け、輸入量も今後は回復、増加していくものと予測している。

 これに対し、脱脂粉乳は、2004〜2005年にかけ中国各地で発生した粉乳の安全性をめぐるさまざまな事件(偽ブランドや劣悪な品質の粉乳による死亡・栄養障害、成分基準違反など)によって2年連続で消費が減少、これによって生産量も減少を続けたことから、2005年には輸入量も減少に転じる事態となった。USDAは、国内コストの増大や安価な輸入品に押されて2006年の生産量は減少、2007年も横ばいにとどまるものの、脱脂粉乳への根強い需要を背景に、2006年以降の輸入量は増加するものと予測している。

表16:中国の脱脂粉乳需給の推移

表17:中国の全粉乳需給の推移

 また、中国海関総署(=税関総署)の公式統計である「中国海関統計年鑑」によると、2004年の輸入について、数量ベースではホエイ類が最大で約17万8千トン(前年比10.5%増)であり、金額ベースでは全粉乳および部分脱脂粉乳が最大で、合計1億6,551万ドル(前年比14.5%増:約197億円)となっている。

 品目別の輸入量と供給国について見ると、ホエイ類については米国産が約4割を占め、次いでフランス産25%、豪州産10%などとなっている。ホエイ類に次いで多いのは全粉乳および部分脱脂粉乳の約8万9千トン(前年比0.5%増)で、うちNZ産が9割以上を占め、豪州産が6%などとなっている。さらに脱脂粉乳の輸入量が約5万5千トン(同24.2%増)とこれに続き、うちNZ産が約5割、豪州産が18%などとなっている。

 輸入乳製品については、中国の国産品よりも品質面などで優位であることや、国内における生産がいまだに限定的であるチーズなどの品目もあることから、北京や上海、広州(広東省の省都)などの大都市を中心に、需要が高まっているといわれる。特に、今後、学童への牛乳消費の普及拡大という大目標と、急増するヨーグルト消費に対応し得るだけの良質の原料乳が安定的に確保できるかどうかは重要な問題であり、乳業企業にとっては、当分の間、品質の安定した輸入乳製品に頼らざるを得ないと考えられる。

 輸出については、国内消費量が増加する中、各年における国内生産量や輸入量の関係などによって、必ずしもその傾向を一律には論じられない状況にあるが、数量的には牛乳類やれん乳が多く、地域的には香港やマカオ、東南アジアなどが主たる仕向先となっている。

表18:中国の乳・乳製品の輸入状況

表19:中国の乳・乳製品の輸出状況


X わが国からの牛乳・乳製品輸出

 ここでは、日本の牛乳・乳製品のうち、どのような製品が、市場のどのような層に受け入れられるかを検討するためのファクターの提示にとどめる。

 1 現在は「飲用牛乳、加工乳、乳飲料+ヨーグルト」の市場

 
一般に中国の牛乳類については、現地で「純牛乳」「純鮮牛乳」などと称される、いわゆる日本で言う牛乳も数多くのメーカーから販売されているが、表20に示すように、商品としては、むしろ脱脂粉乳や全粉乳、バター、カルシフェロール(ビタミンD:カルシウム代謝に関係)、鉄分、果汁、コーヒー、麦などを添加したもの、つまり日本で言う加工乳や乳飲料に相当するものが多い。

 また、VIIIの3でも述べたように、中間所得層以上の階層で牛乳類の消費が頭打ちになっている反面、ヨーグルトの消費の急速な伸びを反映して、店頭でのヨーグルトの販売商品数は日本に比べてかなり多い。スーパーや百貨店の食料品売り場を見て、「数カ月後には体力のある2〜3のブランドしか残っていないのではないか。」というのが正直な感想である。

 賞味期限については、日本の場合、通常の牛乳が製造日から10日程度、LLで60日が一般的であるのに対して、中国では水枕タイプのパッケージ(下写真)で48時間、ブリックタイプの通常牛乳で6日のものが見られる以外は、乳・乳製品とも総じて賞味期限が長い。牛乳類もUHT乳(日本で言うLL牛乳)が多く、賞味期限は5〜9カ月であった。


典型的な牛乳の消費者パック

表20:中国における乳・乳製品等販売状況

 2 乳・乳製品消費支出:可処分所得比では中国都市部は既に日本より上

 【試算1】


 中国人の平均月収は、大ざっぱではあるが、一般に沿岸部で2千元(約3万円)、内陸部で1千元(約1万5千円)といわれている。こうした収入のうち、年金など社会保障費や税金を差し引いた、実際の消費に使用できる額=可処分所得は、2004年の年間平均で都市部が9,422元(約140,388円)、農村部(可処分所得のデータがないので、純収入で示す)が2,936元(約43,746円)となっている(中国国家統計局「中国統計年鑑2005」)。

 これに対し、乳・乳製品に対する都市部の1人当たりの消費支出(農村部はデータなし)は132.37元(約1,972円)で、年間可処分所得の1.4%に相当する。

 一方、日本の状況について見ると(総務省「家計調査」)、平成16(2004)年の勤労者世帯の1人当たりの可処分所得142,814円(参考:17年は140,442円)のうち、牛乳・乳製品の1人当たりの消費支出は809円(参考:同787円)で、年間可処分所得の0.6%(参考:同0.6%)にすぎない。

 また、現地での取材によると、乳・乳製品消費の多い都市部において最も売れ筋のミルクは、コップ一杯に入り切る243〜250ミリリットル入りのもので、価格帯が1〜2元(約15〜30円)程度のものであるという。2004年の都市部における中国人1人当たりのミルク消費量は、生乳ベースで18.83キログラム(図9参照)となっており、仮にこの売れ筋の容量のミルクを常時購入し続けたとすると、単純計算で年間75〜155元(約1,118〜2,310円)の支出となり、年間可処分所得の0.8〜1.6%に相当する。

表21:中国と日本の1人当たり乳・乳製品消費支出の比較(2004年)


表22:都市及び農村世帯における1人当り所得

 【試算2】

 厚生労働省「毎月勤労統計調査年報」によると、平成17(2005)年における日本の1人当たりの平均月収(賞与・期末手当やベースアップの差額追給など特別に支払われた給与や所定外給与=超過勤務手当などを除いた所定内給与)は272,802円となっている。また、平成17(2005)年度の日本における牛乳(LL牛乳を除く)1リットル当たりの小売価格は、175.9円(独立行 政法人農畜産業振興機構「畜産の情報 国内編」参考資料)である。

 現時点で最新となる農林水産省「食料需給表」は平成16(2004)年度のデータであるが、これによる日本人1人1日当たりの飲用向け生乳消費量(104.2グラム)から、同1人1カ月当たりの消費量を計算(1カ月=30日として換算)すると3,126グラム(3,219ミリリットル)となる。日本人1人1カ月当たりの牛乳消費支出は約566円となり、月収の0.2%を占めている。

 同様に中国都市部について換算すると、2004年の1人1年当たりミルク消費が18.83キログラムであることから、同1人1カ月の消費量は約1.57キログラムと推計することができる。ミルク1リットル当たりの価格は、243〜250ミリリットルで1〜2元程度であることから、中国人1人1カ月当たりのミルク消費支出は約6.3〜6.5元(約93〜96円)となり、約2千元といわれる月収の0.3%程度を占め、日本よりわずかに多い比率を示している。

 日本と中国では、消費アイテムや食文化などが異なる部分もあり一概に比較することはできないが、可処分所得や月収に占める乳・乳製品消費支出の割合は、既に日本よりも中国の方が比率が高い。

 今後の所得の増加に伴う消費量の伸びや、現在急激に伸びているヨーグルト消費、さらに、外食におけるチーズ・バター消費の行方など、商品や消費形態の多様化への潜在性を考慮すると、日本から中国へ向けた牛乳・乳製品輸出が固定需要層を獲得する可能性を否定することはできない。

 しかし、中国都市部における1食当たりの平均支出は、一般に10元(約150円)程度200〜250ミリリットル当たりといわれ、最も牛乳類がよく売れる価格帯は200〜250ミリリットル当たり1〜2元(約15〜30円)であるといわれる。輸送コストや関税などをかけて日本の牛乳・乳製品を中国向けに輸出した場合、現地では中国での一般庶民の売れ筋単価の20倍前後の小売単価とならざるを得ない。例えば、昼食時に1杯十数元のスターバックス・コーヒーを飲むホワイトカラーが、し好品として「おいしい日本の牛乳」を買ってくれるかどうか、あるいは、高所得層や中国在住の(日本人を含む)外国人などをターゲットとしても、そこでは、先行した単価の安いNZ産、豪州産のUHTやチルド牛乳、また、世界市場で実績のある外資の技術を導入し、急速に力をつけた中国有力企業との競争がある。

 すでに中国へ向けた牛乳・乳製品の輸出を開始した日本の複数の企業などの試験販売結果が待たれるところである。


XI 酪農の発展と今後の課題

 2006年10月に上海で開催された国際酪農連盟(IDF)世界酪農サミットで、中国はインド、米国に次ぐ世界第3位の生乳生産国になったことが報告された。確かに、中国が発表する統計数値を見る限り、特に2000年代に入ってからの酪農・乳業の急成長ぶりには目を見張るものがある。

 我々の調査においても、温家宝首相の夢についてほとんどの訪問先で語られるばかりでなく、第11次5カ年計画における農村経済発展主要指標においても、2005年に2,865万トンであった生乳生産量を2010年には4,100万トンにするという野心的な努力目標を掲げているのである。生乳生産量の年平均伸び率8.0%は、糖料作物(サトウキビ、ビートなど)の4.9%や綿花の3.5%、食肉の1.6%などと比べても、飛び抜けて高い目標が設定されている。よほどのことがない限り、生乳増産の勢いは止まらない、止めないだろう。その場合に重要となるいくつかの課題を、以下に指摘しておきたい。

 (1)酪農の急速な発展に伴う飼料の確保

  →飼料穀物の国内生産基盤の確保

 (2)搾乳現場での衛生水準の向上

  →原料乳の質の向上と安定化

  →国際的に通用する品質、安全水準

 (3)農民の増収と負担減

  →酪農の発展=酪農家(農民)の所得向上 

 (4)都市と農村における乳・乳製品の消費格差縮小

 (5)乳・乳製品輸出の拡大(自由貿易協定(FTA)を好機にASEANなどへ)

表23:主要国の酪農比較(04/05年度)

表24:第11次5カ年計画における農業・農村経済発展主要指標

 1 飼料穀物の確保

 中国国民の食糧直接消費のほか、中国国内の乳・乳製品や食肉など畜産物の消費が伸び続けた場合、その需要に応えるだけの家畜・家きんの増頭羽と飼料の確保が至上命題となる。これはかねてより指摘されてきたことであるが、原油価格高騰による作物のバイオ燃料用需要が大きくクローズアップされたことにより、世界の穀物需給はさらに複雑化の様相を呈してきている。要すれば食料、飼料と燃料3者の取り合いである。

 今回の調査では、バイオエタノールやバイオディーゼルなどの生産増加による穀物不足が世界的に懸念されていること、中国各省・自治区政府はこのことをどのように考えるか問うたが、概して将来の飼料穀物供給に楽観的な見方であったことがむしろ気になった。 

 わが国畜産の生命線であるトウモロコシについて、中国は今でこそ輸出国だが、酪農を始めとする畜産業の拡大発展によって純輸入国に転ずれば、(時間の問題と見られているが)、現状で輸出余力のあるのは米国とアルゼンチンの2カ国だけといわれている。世界のトウモロコシ輸出量の3分の2をひとり米国が占め、アルゼンチンと合わせて世界輸出量の8割を占めている。

 輸入国は、日本が世界の2割、韓国、台湾と合わせて世界輸入量の35%を占めている。トウモロコシの貿易が極めて少数国に偏っていることを改めて思い出す必要があろう。

 また、ここでは詳しく述べないが、水の問題も避けて通れない。

表25 中国のトウモロコシ需給

表26 中国のトウモロコシ総需要量に占める用途別比率

表27 世界のトウモロコシ需給

 2 搾乳現場での衛生水準の向上と原料乳の質の向上・安定化

 中国の搾乳現場における最も直接的かつ重要な課題として残るのが、この「原料乳は安全ですか。衛生上問題ありませんか。」、「抗生物質は含まれていませんか。」という問題である。

 乳用牛の遺伝的な資質の向上や飼料の改善などによる高品質な乳を生産する以前に、搾乳から原料乳の出荷までの衛生・品質管理に関する酪農家の意識と技術を高める必要がありはしないか、と問いたいのである。

 中国の新聞記事などで散見する集乳秩序の混乱、市場価格の混乱など、酪農家と乳業企業、あるいはミドルマンのモラルに属する問題と思われることもある。


おわりに

 今回の現地調査は、酪農・乳業に関して、中国で最近、特に急進的な発展を見せている内蒙古自治区を中心とし、これと比較する意味で、かつて生乳生産量第1位であった黒龍江省、そして都市近郊の代表として北京市を選択して実施したものである。

 中国では実に30年にわたって高度経済成長が続いており、さらに2008年には北京オリンピック、2009年には建国60周年、2010年には上海万国博覧会が開催される予定で、経済成長にさらに弾みがつくものと考えられている。

 しかし、こうした成長を賞賛する声が高い一方で、国内外からは、早すぎる成長に伴うひずみに対する懸念の声も高まっている。

 実際、中国では急速な経済成長に伴い、家庭や工場などの廃水が未処理のまま河川や沿岸に排出されて広範な水質汚濁が発生しているほか、大気汚染や土壌汚染、あるいは土壌流出なども大きな問題となってきていると聞く。酪農分野でも、急速な乳牛の増頭に、排せつ物や敷料、飼料残さなどの廃棄物処理が追い付かず、これらの野積み放置や不法投棄などによる環境汚染が大きな問題となっているといわれる。

 中国の酪農・乳業だけをとっても、政府による重点的発展産業としての位置付けや学生飲用乳制度の拡大、外資の進出・導入、乳・乳製品消費動向、さらには昨今、中国が精力的に進めている各国・地域とのFTAなど、中国の酪農・乳業が国内外を対象として著しい発展を続ける要素は多く、それだけに、食料・飼料・燃料の問題について中国から目を離せない。

 今回の調査に関し、調査先の調整と同行をしていただいた中国農業部国際合作司、内蒙古自治区農牧業庁経済合作処および内蒙古自治区乳業協会、黒龍江省畜牧獣医局外事外経処の方々、快く訪問を受け入れて下さった中国中央政府農業部、中国乳業協会の関係者の方々、酪農家、乳業企業の皆様、また、日本での事前準備においてご支援いただいたすべての方々に対し、深く感謝の意を表する次第である。

 (参考資料)

 1)今泉清監修:獣医公衆衛生学.東京,学窓社,1987.3

 2)内蒙古自治区統計局:内蒙古統計年鑑2005.北京,中国統計出版社,2005.9

 3)大久保要夫:HANDS BOOK 乳業マンが書いた乳製品の本.東京,三水社,1993.7

 4)尾形学・坂崎利一編:家畜微生物学(三訂版).東京,朝倉書店,1987.4

 5)菊地弘美、坂西裕介:中国における学校給食の現状.「畜産の情報」海外編平成17年10月号(No.192),東京,独立行政法人農畜産業振興機構,2005.9,pp85−92

 6)黒龍江省統計局:黒龍江統計年鑑2005.北京,中国統計出版社,2005.8

 7)笹ア龍雄・清水英之助:中国の畜産.東京,養賢堂,1985.10
 
 8)社団法人畜産技術協会:世界家畜品種事典.東京,2005.3

 9)獣医学大辞典編集委員会編:獣医学大事典.東京,チクサン出版,1995.2

 10)鷹尾亨編著:牛乳・乳製品の実際知識(第4版).東京,東洋経済新報社,1993.6

 11)田先威和夫監修:新編畜産大辞典.東京,養賢堂,1996.2

 12)中華人民共和国国家統計局:中国統計年鑑2005.北京,中国統計出版社,2005.9

 13)独立行政法人農畜産業振興機構:畜産2006.東京,2006.9

 14)農畜産業振興事業団企画情報部:中国の牛乳・乳製品需給の現状と展望(農畜産業振興事業団叢書シリーズNo.20).東京,1997.9

 15)長谷川敦、谷口 清:巨大な可能性を秘めたインドの酪農.「畜産の情報」海外編 平成18年5月号(No.199),東京,独立行政法人農畜産業振興機構,2006.4,pp44−77

 16)藤田泉:中国畜産の展開と課題.東京,筑波書房,1993.1

 17)2006年7月5日付け経済日報(中国紙)

 18)2006年9月13日付け経済日報(中国紙)

 19)Dairy Association of China:China Dairy Yearbook 2005.Beijing,China Agriculture Press,2006.1

 20)Rabobank:China's daily sector,2006

 21)ウィキメディア財団:内モンゴル自治区.フリー百科事典「ウィキペディア」日本語版

 (http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%86%85%E3%83%A2%E3%83%B3%E3%82%B4%E3%83%AB

 22)ウィキメディア財団:黒龍江省.フリー百科事典「ウィキペディア」日本語版

 (http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%BB%92%E9%BE%8D%E6%B1%9F%E7%9C%81

 23)ウィキメディア財団:フフホト.フリー百科事典「ウィキペディア」日本語版

 (http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%95%E3%83%9B%E3%83%88

 24)ウィキメディア財団:フフホト市.フリー百科事典「ウィキペディア」日本語版

 (http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%91%BC%E5%92%8C%E6%B5%A9%E7%89%B9

 25)ウィキメディア財団:北京.フリー百科事典「ウィキペディア」日本語版

 (http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8C%97%E4%BA%AC

 26)内蒙古自治区人民政府

 (http://www.nmg.gov.cn/

 27)黒龍江省人民政府(http://www.hlj.gov.cn/

 28)中華人民共和国中央人民政府

 (http://www.gov.cn/

 29)中華人民共和国駐日本大使館

 (http://www.china-embassy.or.jp/jpn/

 30)中華人民共和国農業部

 (http://www.agri.gov.cn/

 31)北京市人民政府

 (http://www.beijing.gov.cn/


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