カナダ農業・農産食品省は2月25日、カナダドル高に起因する販売価格の低下と飼料価格高騰による生産コストの上昇に苦しむ畜産経営に対し、短期低利融資の条件緩和、繁殖豚のとう汰に対する支援、食肉検査手数料の引き下げの早期検討などを内容とする緊急支援対策を行うことを公表した。
昨年12月に公表された第一次総合対策では当面の危機に対応できず
カナダの養豚業界は、カナダドル高、飼料価格の高騰、肉豚価格の低迷などにより「過去30年間で最悪」の経営環境(CPC:カナダ豚肉協議会)におかれており、昨年秋口以降、経営継続のための緊急対策の必要性を政府に訴え続けている。
このような中、昨年12月19日には、カナダの連邦政府と州政府が総合経営対策の第一弾として、経営安定支払の一部前倒し実施などの対策をとることを公表している。これは、(1)アグリ・スタビリティ支払い(生産者の年間所得が基準所得の85%を下回る部分に対して行われる経営安定支払)の一部と、アグリ・インヴェストメント支払い(生産者の年間所得と基準所得の85%の差額に対して行われる経営資金支払)を前倒しで交付する、(2)APP(事前支払事業:予想販売代金の50%を上限として行われる農業者への低利融資事業)の対象に畜産物を追加する−を主な内容とするものである。
政府はこれらの措置により15億カナダドル(1,635億円:1カナダドル=109円)の資金調達が可能となるとしていた。しかし、APPによる資金調達は、事業の性格から融資額の上限や担保条件などの面で制約が大きく、緊急資金の調達を求める生産者にとって必ずしも十分なものとは言えなかった。このため、CPCは1月23日にハーパー首相に対し書簡を発出し、急速なカナダドル高や飼料高騰などの「災害」に豚肉業界が対応するまでの間、既存の経営安定措置の枠組みを超えた災害支援対策をとるよう強く求めていた。
経営資金調達の一層の円滑化を図るために農産取引商品法を改正
これを受け、2月25日に公表された追加支援策では、当面の経営資金不足に柔軟に対応するため、農産取引商品法(AMPA)を改正してAPPの融資条件などを緩和する方針が示されている。
具体的には、(1)APPによる資金融資を受ける際の担保に飼養家畜を利用することを認め、アグリ・スタビリティなどの経営リスク管理措置の利用の義務づけを撤廃する、(2)農業・農産食品大臣と財務大臣が「著しい経済環境の悪化」を勧告した場合には、天災時と同様に、生産者がAPPの「緊急事前支払」を利用できるようにする、(3)「緊急事前支払」の担保要件を緩和するとともに、支払上限額を2万5千カナダドル(272万5千円)から40万カナダドル(4,360万円)に引き上げる−が主な融資促進策の内容である。
政府は、これらの措置により、第一弾の措置と併せて総額33億カナダドル(3,597億円)の資金が利用可能となるとしている。この措置について、CPCのシュリーゲル会長は、これこそが待ち望んでいた支援策であると歓迎の意を表明するとともに、経営史上最悪の環境に直面する養豚農家にとって、ようやく一息つく余裕が生まれるものであると評価している。また、カナダ肉用牛協会(CCA)のリンチ・スタントン会長は、今回の事前支払事業の改善措置はCCAの提案に沿ったものであり、肉用牛経営が直面している流動資金の危機に対応することが可能となるとしている。
生産者団体が取り組む繁殖豚頭数の10%削減事業に対する支援を決定
今回の公表された追加支援策では、資金調達の円滑化策のほかにも、食肉衛生検査に係る利用者負担の引き下げに向けて2週間以内に検討を行うことや、昨年7月の飼料規制強化(反すう家畜の特定危険部位の全面利用禁止)の下で、8,000万カナダドル(87億2千万円)の政府支援だけではなく、コスト削減や競争力強化に向けても検討を行うことなどが示されている。
さらに、市場の現状に沿った業界の再構築を促進するため、CPCが行う繁殖豚のとう汰事業に対し、新たに政府が5000万カナダドル(54億5千万円)の推進費を交付することも決定している。これは、販売価格の引き上げに向けて生産者が行う供給削減措置を支援するものであり、北米市場全体に与える影響が注目される。
CPCによると、繁殖豚のとう汰は畜舎単位で行われ、繁殖豚をとう汰した後3年間はその畜舎で豚を飼養しないことが事業参加の要件となっている。事業参加者への支払単価は繁殖母豚または種雄豚1頭当たり225カナダドル(2万4,525円)とされているが、と畜した豚の食用利用は禁止されており、と畜処理経費と枝肉の廃棄経費については実費が支払われる。
繁殖豚のとう汰目標頭数は、近年の傾向値から推計した予測飼養頭数の10%に設定される。2月14日にカナダ統計局が公表した豚の飼養動向によると、1月1日現在のカナダの繁殖母豚(初妊豚を含む)の頭数は前年比1.9%減の151万7千頭とされていることから、今回の措置により約15万頭以上の繁殖母豚がとう汰されることになる。
米国でも需給改善に向けて繁殖母豚の削減が始まる
一方、飼料価格の高騰にもかかわらず、内外の好調な需要に支えられて生産を拡大してきた米国の養豚業界も、昨年10月以降の飼料価格の一段高や、肉豚価格の下落を背景に、急激に収益性が悪化している。特に、この1月の豚のと畜頭数は昨年を12.7%上回る1,057万頭となる一方、昨年12月1日現在の繁殖母豚の飼養頭数は依然として前年を上回っていることから、関係者の間では、大規模な生産削減による需給改善の必要性が語られていた。
そのような中、2月19日、米国の繁殖母豚の約2割、豚肉処理頭数の約3割のシェアを持つスミスフィールド社は、国内で飼養する繁殖母豚の頭数を4〜5%削減することを公表した。同社のポープ社長は、飼料となる穀物価格の高騰は米国政府がエタノール向けのトウモロコシに優遇策を講じているためであり、最終的には米国の消費者が価格の高騰を負担することになるとして、需給引き締めによる価格の引き上げを示唆している。
今回のカナダ政府の決定とスミスフィールド社の措置により、北米全体で約20万頭の繁殖母豚が減少することになる。これは、約770万頭を数える北米の繁殖母豚頭数の2.6%に相当するが、直ちに繁殖母豚の削減に取り組んだとしても、肥育豚の出荷頭数が減少するまでには約1年を要する。北米の養豚経営は、それまでの間、苦しい経営状況が続く可能性が高い。
米国の豚肉生産者で組織する全米豚肉生産者協議会は、EUによる輸出補助金の交付や豪州によるセーフガード申請など、他国の業界支援措置について日頃から批判的な目を向けている。これまで、カナダの動きについても注視していくとの立場を明らかにしていた同協議会は、今回のカナダ政府の支援策については批判的なコメントを発出していない。 |