海外現地レポート

有機酪農に取り組む米国の家族経営
─有機牛乳市場の急速な拡大を背景に─

ワシントン駐在員事務所 郷 達也、唐澤 哲也

はじめに

 米国では、有機食品の市場拡大がとどまるところを知らない。中でも、牛乳乳製品については、有機食品専門店の好調な販売動向に刺激を受けた大手量販店やスーパーが、プライベートブランドの有機牛乳の販売に乗り出すなど、市場での競争が過熱気味と感じるほどの状況である。その一方で、大規模に有機酪農を行っていた大手牧場が、有機の基準(*1)を満たす十分な放牧を行っていなかったことなどを理由に米国農務省(USDA)から改善命令を受ける事例も見られるなど、市場の急拡大に伴うひずみも一部で見られつつある。

 筆者は昨年末、伝統的な酪農地帯であり比較的小規模の酪農経営が多い米国北東部で、家族で有機酪農に取り組む二例の酪農家を訪問する機会を得て、有機酪農を開始した背景や経営面での特徴など、非常に興味深い話を聞くことができた。今回は、これらの酪農経営の事例について紹介することとしたい。

(*1) 有機食品の基準は90年に成立した有機食品生産法に基づき定められており、「有機生乳」を出荷しようとする酪農家は登録認証機関から承認を受ける必要がある。「有機生乳」は出荷の時点で、農地の有機管理(飼料生産や搾乳牛放牧に利用する農地は36カ月以上前から化学肥料、農薬、除草剤を使用していないこと)および搾乳牛の有機管理(搾乳牛は12ヶ月以上前から有機認証を受けた飼料を給与し、年間120日以上放牧していること)の要件を満たしていなければならない。


「ここはあなたの農地です」−有機牛乳乳製品を自ら製造・販売する酪農経営

 ペンシルバニア州は、米国北東部に位置する伝統的な酪農州であり、2007年の酪農家の戸数はウィスコンシン州に次ぎ、全米第2位の8,400戸(全米の11.7%)を数える。同年の生乳生産量は、米国で第5位(106億8,900万ポンド≒484万8,500トン。全米の約5.8%)だが、カリフォルニアやアイダホなどの西部の酪農州に比べると経営規模は小さく、平均経産牛飼養頭数は65.4頭である。冬期には零下30度近くにまで冷え込むことも珍しくなく、自然環境を含め、酪農経営をめぐる状況はちょうど北海道に似ている。

 ワイアルーシングは、そんなペンシルバニア州の北部に位置する、人口500人足らずの典型的な農村である。この地で有機酪農を営むヘイルズ夫妻は、1998年に35エーカー(14ha)の離農跡地を購入し、ヤギ乳を生産する畜産経営をスタートした。夫のポールさんは47歳。元々は農家の子弟ではないのだが、子供の頃からの自前の牧場を持つことが夢で、飼料穀物を生産する農場で働きながらそのチャンスを探していたそうである。50頭のヤギとともにスタートした牧場の名前はヘイルズ・ファミリー・ファーム。奥さんと19歳を頭に男女2人ずつの子供たちと、そして1匹の大型犬による家族経営である。


ヘイルズ・ファミリー・ファームの経営者のポールさん。
農機具庫にはクリスマス・リースが飾られていた。

 ヘイルズ・ファミリー・ファームの転機はこれまでに2回あった。最初の転機は1999年に自家生産のヤギ乳から乳製品を製造する乳業工場を立ち上げ、ファーマーズ・マーケットで販売を始めたことである。工場の名前はヒズ・キッズ・デイリー(彼の子供達の乳業工場)。ポールさんと子供たちは、この工場で製造されたヤギ乳やチーズを販売するため、毎週土曜日にフィラデルフィア(映画「ロッキー」で有名な東部の大都市)の郊外にある学園都市まで通っていたそうである。片道3時間近くの距離を毎週通うのは大変だったのではないかと聞くと、当時は牧場の収入だけで生計を維持することが困難であったため、ポールさんはほとんど毎日この地域に通って働いていたのだそうだ。


ヤギとポールさん。明るいシェルター型の簡易畜舎を利用している。

 その後、ヘイルズ・ファミリー・ファームは2001年にグローバル・オーガニック・アライアンス社(本社オハイオ州。同社は2007年に日本の有機JASの登録外国認定機関の資格も取得)から有機認証を受け、2003年には乳用牛の飼養を始めて有機牛乳やバターの製造・販売も開始するなど、経営の改善に向けた取り組みを行ってきた。これにより、販売先は周辺100マイル圏内の5つの郡に拡大し、販売品目の数も拡大したが、それでも農業だけで生活していくことはできなかったのだという。

 そのような中、2回目の転機は2005年に訪れた。ヘイルズ・ファミリー・ファームがペンシルバニア州からPMO(*2)のA規格生乳生産農場の認定を受けるとともに、ヒズ・キッズ・デイリーもA規格生乳加工場の認定を受けたのである。これにより、自家産生乳を原料として製造された牛乳乳製品を、ペンシルバニアの州境を越えて他州で販売することが可能となった。現在、この工場で生産される牛乳や乳製品は、東海岸の大消費地にある自然食品専門店はもとより、ネットを通じてより広い地域に販売されている。その一方で、ポールさんは近郊の消費者に対する牛乳の宅配も行っており、これを大切に広げていくことも目標にしている。

 ヘイルズ・ファミリー・ファームでは、乾乳牛も入れて40頭の搾乳牛を飼養しており、育成牛や種雄牛を入れると、全体の飼養頭数は60頭を数える。このほか、春の出産時期を控えた乳用種のヤギを約100頭飼養している。搾乳牛は大半が交雑種であり、ジャージーとホルスタインをベースに、エアシャー、ブラウンスイス、乳用ショートホーン、ノルマンディなどを人工授精で交配してきた。これは、乳量だけでなく産肉性も期待しているためであり、今年はスウェーディッシュの輸入精液を使っているとのこと。一方、未経産牛には自然交配を行うが、難産を避けるためジャージー系やニュージーランドホルスタイン系の小格な自家産種雄牛を利用している。なお、受精卵移植は利用していない。

 搾乳は1日2回、朝5時と夕方4時に、1回2時間程度かけて行っている。1頭当たりの乳量は平均35ポンド(約16kg)/日、年間乳量に換算すると10,800ポンド(約4,900kg)程度であり、米国の有機酪農経営の平均(1頭当たり13,600ポンド(約6,200kg))に比べるとかなり少ない。農場全体では1日に1,200ポンド(約540kg)の生乳が生産されることになるが、その3分の2をヒズ・キッズ・デイリーでの牛乳乳製品製造に使用し、残りを商系大手の有機乳業であるホライズン・デイリーに出荷している。農協系大手のオーガニック・バレーよりも、ホライズン・デイリーのほうが条件がよいのだそうだ。


搾乳が終わった牛たち。品種は交雑種が中心で、外観もさまざま。


搾乳するポールさん。片側2頭ずつ合計4頭を一度に搾乳する。

 給与する飼料は、400エーカー(160ha)の農地ですべてを生産する。自己所有地は50エーカー(20ha)で残りは借地だが、借地料は無料である。350エーカー(140ha)の牧草地のうち、75エーカー(30ha)を放牧に利用し、残りを乾草とラップサイレージの生産に利用している。また、18エーカー(7.2ha)はトウモロコシを、32エーカー(12.8ha)は大麦やエンバクなどの穀物の生産に利用している。冬期間も放牧は継続するが、乾草は自由給餌させており、このほかにコーンサイレージ、ラップサイレージ、穀物を給与している。乾草とサイレージはサンプルを栄養分析し、給与量を決める上での参考にしている。また、冷え込みが厳しい夜にはコーンサイレージを多めに給与して熱量を確保している。


カーフハッチの奥に広がるのは大麦の作付地

 農場に併設して設けられた乳製品工場では、2日おきに飲用牛乳の生産を行っている。1回に1,500ポンドの原料乳を使用し、HTST(*3)で0.5ガロン(約1.89リットル)のボトルを製造する。生乳の処理・充てん設備は1970年代に製造されたものを、ポールさんがかつて勤務していた農業サービス会社を通じて中古で購入した。現在は、ポールさんの19歳の長男が家を離れてこの農業サービス会社で働いている。


年代物の牛乳充てん機。農業サービス会社を通じて中古で購入。

 ヒズ・キッズ・デイリーで製造される牛乳は脂肪球のホモゲナイズ処理を行っておらず、乳脂肪分の調整も行っていない。多くの州では乳脂肪分の調整を行った牛乳にビタミンAとDの添加を義務づけているが、ペンシルバニア州とメリーランド州ではこの義務がないため、低脂肪乳にもビタミンAやDを添加せず、より自然に近い牛乳を販売することができるのだとのこと。また、ペンシルバニア州で認められている無殺菌乳の販売も一部手がけているほか、有機のヨーグルトやバターの製造も行っている。


ヒズ・キッズ・デイリーの生乳加熱殺菌施設。手前にあるのはチーズメーカー。

 ポールさんの労働時間は奥さんや子供達と同様に1日に6時間程度だが、繁忙期になると彼だけは10〜12時間働くことになる。また、農機具の販売仲介など、農業サービス会社の代理店業務も行っている。ポールさんは、酪農家はすべての農業分野の中で最も経済的に恵まれておらず、乳業会社はフレッシュチーズの原料にPMOによる衛生規制が適用されない輸入乳原料を使用し始めるなど、酪農の将来は必ずしも明るいものではないと感じている。したがって、自分の子供達に酪農家になって欲しいとは思わないという。

 「ここはあなたの農地です(This Land is Your Land)」という言葉は、ヒズ・キッズ・デイリーの牛乳乳製品のキャッチコピーである。あなたの農地で飼われている牛が生産した生乳は、彼の子供達の乳業工場で牛乳乳製品に加工され、あなたの手元に届けられる−そんな暖かいメッセージと本物の乳製品を「あなた」に届けたいからこそ、動物好きの「彼」とその家族は、今日もワイアルーシングで酪農を続けている。


ヒズ・キッズ・デイリーの牛乳容器。ハーフガロン(1.89リットル)で3ドル。
表示には「この土地はあなたの土地です」「何かを変える選択です」などの言葉が並ぶ。

(*2) 乳の衛生確保指令(Pasteurized Milk Ordinance)。米国では乳の衛生基準を定めるのは各州政府であるが、全国的な衛生水準の向上を図るため、生乳の集出荷業者(酪農協など)と連邦政府がモデルとなる衛生基準を作成し、各州にこれを適用するよう推奨している。「A規格」は一般に「飲用規格」とも呼ばれており、多くの州では飲用牛乳の製造・販売を行うための条件として、この基準を満たした生乳を使用することを義務づけている。
(*3) 高温短時間殺菌法:72℃で15〜20分間殺菌する方法。米国で一般的なUHT(超高温殺菌法)に比べ、ホエイたん白質の変成が避けられるという特徴がある。


「豊かな農地を次の世代に」─有機酪農協に生乳を出荷する都市近郊の酪農経営

 ペンシルバニア州の南に位置するメリーランド州は、面積が全米50州中42番目と小さく、首都ワシントンDCや港湾都市ボルチモアを抱える人口密度の高い州である。2007年の酪農家の戸数は750戸(全米の1.0%)、生乳の生産量も10億4,000万ポンド(≒47万1,700トン。全米の0.6%)と米国全体から見ればいずれも小さな割合でしかない。飲用乳向け生乳の出荷割合が高いことや、冬場にはそれなりに冷え込むことを考えると、わが国で言えば、北関東の酪農地帯に比較的近い環境にある。

 ホルターホルム・ファームは首都ワシントンDCから高速道路を北に約1時間走ったフレデリック郡ジェファーソン市にある都市近郊型の牧場である。米国では大都市から1時間も走るとそこは畑地が広がる農村地帯であり、都市化の波はほとんど感じられない。牧場主のロン・ホルター氏は44歳。ノルウェー移民の5代目で、先祖代々この土地で酪農を営んできたのだという。ロンさんは子供のころから父の作業を手伝っていたが、19歳の時に正式にこの牧場で働き始め、94年に父からこの牧場を購入した。その翌年の95年には経営形態をそれまでの舎飼いから放牧中心に転換し、今では15歳の息子と13歳の娘に手伝ってもらいながら、ほぼ一人で牧場を切り回している。奥さんは専業主婦で、現在では酪農にはほとんどタッチしていないという。


ホルターホルム・ファームの育成牛放牧地。

 ホルターホルム・ファームでは、120頭の搾乳牛に加え、当歳と2歳の雌牛をそれぞれ35〜40頭ずつ飼養している。有機だけではなく計画的な季節繁殖に取り組んでいることも特徴であり、12月下旬から2月までは乾乳期に当たるため、今回牧場におじゃました際には搾乳は行われていなかった。したがって、今の時期は余裕があるが、分娩と搾乳が同時に始まる3月は極めて忙しくなるとのことである。飼養している牛は一部を除いてジャージー種の純粋種であり、個体登録を行って記録を管理している。交配は人工授精で行っているが、分娩後35日で再発情がきた場合には自然交配に変更する。また、未経産牛は最初から自然交配を行う。なお、受精卵移植は利用していない。


搾乳牛。120頭のうち、毎年30頭前後を更新。

 搾乳は朝3時30分と夕方3時の1日2回であり、10頭ダブルの搾乳舎で1回1時間程度で終了する。搾乳舎はニュージーランド型の明るく通気のよい施設だが、現在は搾乳機が取り外されている。1頭当たりの乳量は、春の最盛期で38ポンド(約17.2kg)/日、夏場には25ポンド(約11.3kg)/日であり、年間乳量は7,500ポンド(3,540kg)程度とかなり少ないが、これは、飼養品種がジャージー種主体となっているためである。その代わりに乳成分は非常に高く、乳固形分は13.0〜13.5%、乳脂肪分は年平均4.7%、乳たん白は年平均3.5%を超えるとのこと。


ニュージーランド型の搾乳施設。乾乳期だったため、搾乳ユニットは外されていた。

 生乳はすべて、有機農協大手のオーガニック・バレーに出荷している。ホライズン・デイリーは商系乳業最大手のディーン・フーズの子会社であり、自分が組合員となっている農協系乳業への出荷を優先したいとの考えから出荷先を決めている。直近の受取乳価は100ポンド当たり30.78ドル(72.6円/kg。1ドル=107円)であり、一般の生乳より5割程度高い。乳価は事前契約で定められる基本乳価に、乳脂肪分プレミアム(3.8%を0.1%上回るごとに+21セント)、乳たん白プレミアム(3.0%を0.1%上回るごとに+17セント)、体細胞数プレミアム(35万個/mlを2.5万個下回るごとに+12セント)、細菌数プレミアム(好気性細菌数、低温菌数、耐熱菌数の3つの指標で評価)などの加算が行われて決定される。ロンさんは乳質をよくすることを非常に重視しているが、現在の状況にはある程度満足しているとのことである。


搾乳施設から出る排水は、手前の沈殿槽で大きな不純物を取り除いた後、
後ろのコンプレッサーを通じて牧草地に送られ、灌水用に利用される。

 ホルターホルム・ファームの総農地面積は207エーカー(約83ha)であり、うち187エーカー(約75ha)が自己所有地である。残りの20エーカー(約8ha)は叔父からの借地だが、リース料は年間100ドルと格安である。ちなみに、この地域で農地を購入しようとすると、1エーカーで1万ドル(280万円/ha)は下らず、しかも農地価格は上昇を続けている。207エーカーの農地はすべて牧草地である。元々はフェスク(耐暑性が強い多年生イネ科牧草)の草地だったが、今ではチモシーやブルーグラスの種が飛んできて多種草地になっており、さらにシロツメクサもは種している。この混播の牧草地を3エーカーずつの牧区に区切り、1日1牧区を搾乳牛の放牧に使用している。春は20牧区(60エーカー)を順番に放牧に使用し、残りの牧草地でラップサイレージを作っている。夏期にはすべての牧区を放牧に使用するが、秋に再び牧草の生育がよくなると放牧区の数を40牧区に減らし、残りの牧区は採草地にして乾草を作っている。


乾乳期の搾乳牛の放牧地。牛は、搾乳場まで30分程度かけて歩いてくる。

 搾乳期には放牧に加えてラップサイレージと配合飼料(1頭当たり3ポンド≒1.35kg/日)を給与しているが、乾乳期に給与するのは基本的に乾草だけである。120頭の搾乳牛を飼養するためには現在の農地面積では十分ではなく、配合飼料は近くの飼料工場からたん白質12%のものを購入している。穀物価格の上昇により、春先にトン当たり420ドル(44,940円)だった配合飼料価格は11月には480ドル(51,360円)まで上昇し、年平均価格も460ドル(49,220円)前後になった(*4)。また、ここ数年は干ばつのため牧草が不足し、中西部から有機乾牧草を購入しているが、かつてはトン当たり100ドル(10,700円)程度だった価格が、昨年は220ドル(23,540円)、今年は260ドル(27,820円。いずれも運賃込み)に上昇しており、購入量の増加もあって頭痛の種になっている。


かつて使用していた搾乳牛舎と糞尿を貯留するラグーン。
現在、ラグーンにたまっているのは大半が雨水。数年に一度、牧草地に還元している。


旧搾乳牛舎内部。冬場の悪天候の際には搾乳牛を牛舎に入れるが、
昨年は12日しか使わなかったとのこと。

 ホルターホルム・ファームの特徴は、搾乳牛の利用効率の高さにある。ロンさんによると、現在、米国の搾乳牛は平均1.8乳期で廃用になっているが、彼の牧場では平均で4乳期は搾っているという。また、乳牛の更新により処分する牛は、肉用ではなくジャージー純粋種の経産牛として他の有機酪農経営に平均4,000ドル(428,000円)で相対で販売している。購入する側にしてみれば数カ月後にはすぐに有機生乳が搾れるため、有機経営の増加に伴って有機経産牛の需要は高い。年間30〜35頭程度を自家育成の後継牛と入れ替えているが、今年は経産牛の販売だけで12〜14万ドル(1,284〜1,498万円)の収入になる。なお、ヌレ子で販売する場合は近隣の家畜市場に出荷するが、雌で350ドル(37,450円)、雄で50ドル(5,350円)程度にしかならない。


育成牛の給水場。品種はジャージー純粋種が中心。

 ロンさんが有機の放牧経営を始めたのは2001年だが、最初は、オーガニック・バレーがこの地域に進出していなかったので、通常の生乳と同じ扱いで地元の酪農協に生乳を販売していた。2005年にオーガニックバレーのニュージャージー州の工場がこの地域からの集乳を開始したことを受け、同年5月にメリーランド州農業省から有機酪農の登録認定を受け、同年7月から有機生乳の出荷を開始することになった。登録認定を州政府から受けたのは、登録費用が州政府は農場の面積にかかわらず1件当たり400ドル(42,800円)だったのに対し、民間機関は農場面積による変動制で1,200ドル(128,400円)だったためである。前述のとおり、2001年には既に有機生乳の出荷条件を満たしていたが、濃厚飼料を完全に有機に変更したのは2005年5月のタイミングだったとのこと。したがって、有機経営の開始から実際の有機生乳の出荷までには4年近くの移行期間を要したことになる。ロンさんによると、有機牛乳の需要の増大を受けて、オーガニック・バレーは有機酪農に転向しようとする酪農家に対し、移行期間に生産される通常の生乳に100ポンド当たり2ドル(4.7円/kg)程度のプレミアムを支払っている。ホライズン・デイリーでもほぼ同様の支援策を行っているとのことであり、ロンさんは、私が有機を始めた頃にも同様の仕組みがあればよかったのにと笑っていた。


自宅の庭先では採卵鶏を飼養している。向かって左奥が自宅で、右側が鶏舎。

 ホルターホルム・ファームにおじゃましたのは年末の12月28日だったため、ちょうど学校が冬休みだったロンさんの息子も一緒に私たちを案内してくれた。彼は、ホルターホルム・ファームの歴史や有機酪農のあり方についてよどみなく説明する父親の姿を、当たり前の日常であるかのように見つめていた。そこには、「あなたは将来、ここで6代目の酪農家を目指すつもりか」という質問を忘れさせてしまうほどの、親子の強い信頼関係が感じられた。


ホルター農場の5代目と将来の6代目。

(*4) ちなみに、たん白質16%の配合飼料はトン当たり650ドルとのことである。


おわりに

 米国における有機食品の小売販売額は、消費者の健康や環境に対する関心の高まりを背景に、98年以降、年率約18%の割合で拡大している。中でも、有機飲用乳市場は、飲用乳全体の販売額が80年代中頃以降ほぼ横ばいで推移する中、90年代中頃から拡大を続け、2005年には前年比25%増の10億ドル(1,070億円)超と、飲用乳市場全体の6%を占めるまでに成長している。その一方で、酪農経営の側から見ると、昨年6月に移行経営に対する特例措置(*5)が撤廃されるとともに、有機穀物や牧草の作付けの伸び悩みにより有機飼料の一部は中国などからの輸入品を使用せざるを得ない状況になるなど、生産環境も変化しつつある。

 ヘイルズ・ファミリー・ファームとホルターホルム・ファームは、牧場の成り立ちや経営方針は全く異なっており、経営の収益性の面でも大きな差があるように思われる。しかし、連邦政府が推進している家畜の個体識別事業に参加しないなど、いくつかの共通点があるのは興味深い。ロンさんの言葉を借りれば、「個体識別という概念そのものが、家畜を閉鎖型施設で飼養するという考え方を前提にした発想」なのであり、そもそも有機とは相容れないものなのだそうだ。

 2007年、米国農務省経済研究所は、有機酪農は中小規模で酪農経営を継続していこうとする経営の収益性改善のために最も有効な方法であるとする報告書を公表した。しかし、今は好調な有機酪農も、輸入穀物を利用するなど土地から離れた生産が進む限り、やがて厳しい時期を迎えることは確実だろう。それでも、今回訪れた酪農経営ならば、家畜を本来あるべき姿で飼うことを重視しているため苦しい状況に陥る可能性は低いだろうし、仮にそのような状況になっても有機酪農をあきらめずに続けていこうとするに違いない。

(*5) 1年間の移行期間のうち、最初の9カ月間は、穀物飼料の2割まで非有機飼料の混入が認められていた。


 

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