調査・報告

米国における家畜個体識別制度の実施状況と今後の見通し
―トレーサビリティの向上を図るNAISの役割―

ワシントン駐在員事務所 唐澤 哲也、郷 達也

1 はじめに

 90年代後半以降、家畜衛生および食品安全に対する関心が世界的にも高まったことを背景として、EU、豪州をはじめとする各国では、家畜個体識別の制度化が進展し、このことは、国内外の消費者に対して安心感を提供する上でも重要な役割を担ってきた。

 一方、米国における全国家畜個体識別制度(NAIS)は、2004年初頭以降、米国農務省動植物衛生検査局(USDA/APHIS)を中心に本格的に検討が進められ、その後段階的にシステムの運用が開始された。しかし、NAISは、任意による制度であるため、生産者による施設登録の遅れが顕在化するなど、関係者の間からはその進捗状況を懸念する声も上がっている。

 このような中、USDAは2007年末、これまで対応の遅れが指摘されてきた肉牛部門の強化を行うとともに、NAISの今後における具体的な対応方針を示すなど積極的に制度の推進を図っている。

 そこで、今回は、米国では初の全国統一的な家畜個体識別プログラムであり、また、世界的にもまれな任意の制度として運用されているNAISのこれまでの実施状況と今後の見通しについて整理したい。


2 NAISの概要

(1)背景

 米国において「個体識別」の概念は決して新しいものではない。これまでにも、連邦・州政府による家畜疾病撲滅プログラム(牛の結核・ブルセラ病、豚のオーエスキー病、羊やヤギのスクレイピーなど)では、家畜の個別管理・記録保持を求めてきた。また、一部の州政府では、州をまたいで取引される特定の品種・特定用途向けの家畜や、輸出入される家畜などについて、個体確認を要件として求めている。

 かつて、米国内で牛結核やブルセラ病などの家畜疾病がまん延した時、家畜の多くは連邦・州政府の撲滅プログラムを通じて個体管理されていた。しかし、それらの疾病が撲滅されるに伴い、ワクチン接種や検査を受ける家畜の頭数は減少し、結果的に個別に管理される家畜や農場の水準は徐々に低下するようになってきた。

 そのような中、全国家畜農業協会(NIAA:政府関係者、生産者、獣医師、科学者および関係業界から成る団体)は2002年、米国内における家畜疾病に対する関心の高まりを受け、全国規模での家畜個体識別システムの構築を目的として、USDA、州政府、産業界からの代表者から成る検討チームを結成した。また、USDAは2003年、この取り組みを拡大するため、70超の業界団体や政府関係機関から成る対策チームを設置し、同年12月には、現在のNAISの根幹ともいうべき「米国家畜個体識別計画」を公表した。

 この計画は、2003年12月23日、米国で初めてBSEが確認されたことにより、一時的に中断された。しかし、当時のベネマン米農務長官が同月30日にBSE対策を公表した際、全国規模での家畜個体識別制度の必要性を示したことにより、USDAは2004年初頭以降、NAISの開発・実施に向け、各州の家畜衛生当局、業界団体、個々の生産者など広範囲にわたる関係者との本格的な検討を開始した。

(2)目的および特徴

 NAISの本来の目的は、米国内において家畜衛生に関する緊急事態が発生した時、生産者や州・連邦政府の家畜衛生当局が、迅速かつ効果的な対応をとることを可能とする全国統一的なシステムを開発・実施することである。

 また、NAISの大きな特徴としては、以下の2つが挙げられる。

(1) 任意による制度
 NAISの特徴としてまず第一に、任意による制度であることが挙げられる。

 USDAは当初、NAISの運用については、任意の制度として開始した後、段階的に義務化する計画案を示していたが、2006年中頃、任意のまま継続する方針を固めた。その背景には、酪農や豚肉の生産者団体などは、NAISの義務化について早い段階から支持する意向を示していたが、全国肉牛生産者・牛肉協会(NCBA)などは、コストや追加的な報告義務など生産者の負担が増すことや、データの秘密保持に関する懸念が払拭出来ないことなどを理由に、制度の義務化に強く反発していた経緯があった。

 米国の一部の国会議員などにより、NAISの速やかな完全実施に向けては、制度の義務化の必要性が今なお強く主張されている。しかし、USDAはこれに対し、(1)NAISは、連邦・州政府による現行の家畜衛生に関する規則の全国統一基準を示すものであり、それらの代替となるものではないこと、(2)家畜衛生の保護、競争力の強化を通じ、結果的に生産者が利益を享受すること−などから、任意のままで十分に目標が達成出来るとの見解を示している。

 なお、このため、NAISには連邦政府による罰則規定は存在しない。

(2) 多岐にわたる対象家畜
 もう一つの特徴は、多岐にわたる畜種を対象としていることである。NAISでは、現在、牛(肉牛・乳牛)、バイソン、豚、家きん、羊、ヤギ、ウマ科(ウマ、ラバ、ロバ、ブーロ)、ラクダ科(ラマ・アルパカ)、シカ科(シカ・ヘラジカ)の9つの畜種を対象としている。

 USDAは、家畜疾病は、常に特定の畜種で発生するものではないため、可能性のある畜種すべてを対象としたトレーサビリティ計画の策定が必要であるとしている。

(3)運営方法

 NAISの運営については、(1)施設登録、(2)家畜の個体識別、(3)家畜の追跡−の3つの要素から構成されており、順次実施されていくこととなる。なお、任意の制度であるため、生産者は、施設登録のみ、施設登録と家畜個体識別のみ、または、3つの要素すべてへの参加を随時選択出来ることとされている。

 制度の運営は、連邦・州政府と産業界の連携により行われ、その運営コストは、すべての関係者が負担することとされている。また、畜種別の課題を検討するため、産業界からの代表者による畜種別ワーキンググループが設置されている。同グループは、畜種別の初歩的な手続きから技術的な問題に至るまで広範囲にわたる課題に対応しており、同グループからの提案は、米農務長官の諮問委員会(海外家畜・家きん疾病分野)の下に設置されたNAIS小委員会(連邦・州政府・産業界からの代表者により構成)で検討され、最終的に同諮問委員会へ報告されることになる。

NAISにおける関係者の役割

(1) 施設登録
 「施設登録」は、家畜疾病が発生した時、家畜衛生当局が、発生農場の位置・連絡先を知り、地域の生産者などへ迅速に情報提供を行うため必要となる情報を入手することを目的としている。

 基本的に家畜を取り扱う施設はすべて対象とされており、農場のほか家畜市場、食肉処理施設、レンダリング施設、家畜試験場、展示施設などが含まれる。

 実際の手続きについては、生産者が各州政府や各州の窓口となる関係団体へ施設情報(所在地・連絡先・事業形態など)を届け出ることにより、唯一の施設識別番号(アルファベットと数字から成る7桁のコード番号、例:A123R69)が割り振られる。州政府がこの施設情報を、USDAの「全国施設情報システム」へ転送することにより、全国の家畜衛生当局は、家畜疾病が発生した時、このシステムの情報を直ちに照会・入手することが可能となる。

 施設登録は、各州政府により行われているため、手数料は各州政府の裁量に委ねられているが、これまでのところすべての州において無料で行われている。

〈コラム〉施設登録の現状とこれまでの取り組み
 NAISの根幹と位置付けられる施設登録は、2005年中頃までにすべての州で登録の受付が開始された。しかし、2008年1月末までに登録された施設は、全体の3割強(全米50州にある144万施設(USDA推計値)のうち約44万件)と低い水準にとどまっている。

 NAISの実施に対しては、2004〜2007会計年度(各年10〜9月)で、総額1億1,805万ドル(126億3,135万円:1ドル=107円)の予算が確保されてきた。これらのうち5割強は、州政府や業界団体との協力協定(Cooperative agreement)を通じ、主に施設登録の推進に焦点を当てた取り組みに活用されてきた。

 同省は、2007年1〜8月までの間に、全米豚肉ボード(NPB)、全国生乳生産者連盟(NMPF)、米国アンガス協会(AAA)、全米農業後継者機構(FFA)、米国家畜個体識別機構(USAIO)などと相次いで協力協定を締結し、各業界団体によるNAISの普及啓もう活動を支援してきた。また、同年11月30日には、全国肉牛生産者基金協会(NCF)と協定を締結するなど、これまで対応の遅れが指摘されてきた肉牛部門の強化を図っている。

 一方、業界関係者によると、ウィスコンシンやインディアナ州では、施設登録を「義務的」に行っているとされ、これらの州では既に高水準の登録割合を示している。また、昨年12月中頃には、全米でも有数の畜産州であるネブラスカ州(全米第2位のフィードロット飼養頭数、同4位の肉用繁殖雌牛飼養頭数を誇る)の登録割合が5割を超え、同州による生産者への電話やダイレクトメールなどを利用した地道な普及啓もう活動が評価されていた。

(2) 家畜の個体識別
 「家畜の個体識別」は、仮に家畜が移動した場合であっても、個体情報を施設情報と関連付けることにより、当該家畜の出生農場、関連施設や同居家畜を特定することを目的としている。

 対象は、出生農場から家畜市場、フィードロットなど家畜疾病まん延のリスクがある場所へ移動するすべての家畜とされている。一方、出生農場から移動しない家畜、自家消費のためのみにと畜される家畜や、出生農場で死亡後同農場に埋葬される家畜などは対象外である(死亡後レンダリング工場へ移動する場合は対象)。

 運用面を見ると、牛などの個体識別は、耳標(個体識別番号)により行われるが、肉豚や家きんなど一般的に生産段階を通じてグループ単位で移動する家畜は、グループ・ロット識別番号により行われる。牛などの飼養者は、耳標をUSDA認定の業者から自らの負担で購入することになるが、グループ識別番号は、生産者自らが割り当て、その記録は農場で管理される。

 また、これらの識別番号は、基本的に出生農場で割り振られることとされている。家畜を新たに導入する生産者は、既に装着されている耳標を利用することとなり、耳標の除去や変更は禁止されている。

 個体識別番号やその配布データについては、USDAのインターネットを活用した「家畜個体識別番号管理システム」で一括管理される。USDAは、このシステムにより、同省が認定した耳標製造業者などへ番号を割り振り、認定業者は生産者などへ耳標を販売後、その情報(個体識別番号・製品コード・販売記録)を同システムへ報告する。

○ 家畜個体識別番号
 家畜個体識別番号は15桁の番号から成る。最初の3桁は国コード(840)で、続く12桁が唯一の個体識別番号となる。
(例:840 003 123 456 789)


表側

裏側

 個体識別機器のコストは、畜種や使用目的などにより異なるが、一般的に、パネル型(プラスチック製)の耳標で1ドル(107円)程度、電子(RFID)耳標で2〜3ドル(214〜321円)程度とされている。
 なお、2007年10月現在、USDAにより7種類(5製造業者)の耳標が認定され、約450万個の耳標が販売されたとされている。

○ グループ・ロット識別番号
 グループ識別番号もまた、15桁の番号である。7桁の施設識別番号、当該家畜のグループやロットが集められた6桁の日付、そして、同施設で同じ日に集められたグループの数を区別する01から始まる2桁の数字から成る(例:A234567 100302 04、これは、A234567の施設で、10月03日(2002年)に集められた4番目のグループの識別番号である)。

(3) 家畜の追跡
 「家畜の追跡」は、家畜の移動履歴と施設・個体識別情報を関連付けることにより、家畜の移動日や疫学的に関連する施設・家畜を特定することを目的としている。

 対象となる移動については、(1)出生農場から、家畜を頻繁に出荷する農場への移動、(2)公営の家畜市場やオークションを通じた家畜の取引、(3)全国規模でのエキジビションやスポーツイベントへの参加−などの報告の必要性が高いとされている。一方、出生農場から直接食肉処理施設への移動などは対象外とされている。現在、畜種別ワーキング・グループでは、NAISをより実用的・機能的なものとするため、疾病伝播のリスクが高い移動のみに焦点を当て、畜種別の「報告すべき移動」の検討が進められている。なお、生産者は、これらの報告すべき移動について、家畜の移動後24時間以内(または翌営業日まで)に報告することを求められている。

 運用面を見ると、家畜の追跡は、州政府または民間部門により開発・管理される「家畜追跡データベース」により行われ、生産者は、自ら選択したデータベースへ家畜の移動記録を報告することになる。また、USDAは、家畜疾病が発生した時、連邦・州政府の家畜衛生当局が、個別の「家畜追跡データベース」へアクセスするためのポータルシステム(通称:「家畜追跡処理システム」)を提供することとなる。

 なお、2007年10月現在、USDAにより、14機関の「家畜追跡データベース」が暫定的に認定されており、また、16機関が開発中であるとされている。


3 トレーサビリティ向上のための取り組み

 このように、NAISは、2004年初頭以降本格的な検討が開始され、その後、各州政府により施設の登録手続きが進められてきた。しかし、これまでに登録を済ませた施設は全体の3割強にとどまるなど、制度初期段階での立ち遅れが目立っている。

 USDAではこれまで、畜種別の登録状況については明らかにしていないが、各業界団体の情報などによると、早い段階からNAISを推進してきた酪農部門(*1)では、2007年8月の段階で酪農経営体全体(75,000戸、USDA推計値)の約半数弱となる3万戸以上が登録されていた。また、肉豚部門では、2007年12月初めの段階で養豚経営体全体(67,280戸、全国豚肉生産者協議会(NPPC)推計値)の66%に相当する44,312戸の登録が完了したとされている(NPPCでは2008年末までに100%の登録目標)。

 一方、肉牛部門については、NCFが昨年11月30日、USDAと協力協定の締結に当たり、NAISは任意の制度であることを強調しつつも、「肉牛生産者が、施設登録を決意するため必要な情報を共有していきたい」と今後の取り組みに意欲を示したところである。

 このような中、USDAは昨年12月19日、制度の推進を図るため、今後の対応方針などを示した「家畜疾病のトレーサビリティ向上に関する事業計画(案)」を公表した。この事業計画では、NAISの最終目標である「家畜疾病の発生から48時間以内のトレースバック」の達成に向けた具体的な戦略が提唱されている。

(*1) 酪農部門では2005年10月、米国最大の生乳生産者団体であるNMPFを中心に、米国ホルスタイン協会、全国乳牛群改良協会など酪農6団体により、同部門におけるNAISの推進活動を目的として「IDairy」が設立された。

(1)トレーサビリティ向上のための7つの戦略

 この事業計画では、米国における現在の家畜トレーサビリティの課題として、(1)家畜疾病の撲滅に伴い疾病プログラムへ参加する家畜が減少したことにより、トレーサビリティの水準が低下したこと、(2)連邦・州政府や業界団体により管理される個別プログラム(家畜個体識別情報)では、異なる識別方法を用いているため、疾病のトレースバックに有効活用することが困難であること、(3)飼養・輸送・販売形態の違いや、各産業界における垂直統合の進展度合いにより、畜種により個体情報の伝達能力に差があること―などを挙げている。

 そこで、今回、これらの課題を解決するため、(1)トレーサビリティ向上の優先度が高い畜種・部門の特定、(2)データ基準の統一により、連邦・州政府や業界団体により個別管理される家畜個体識別プログラムの連携、(3)家畜疾病プログラムのデータ項目の統一、(4)NAIS対応型の個体識別機器の活用により、家畜疾病プログラムにおけるデータ収集のオートメーション化、(5)各州政府による家畜疾病のトレーサビリティに関するインフラ整備の推進、(6)家畜衛生当局と業界団体の連携により施設登録をはじめとするトレーサビリティ向上を目的とした取り組みの推進、(7)効率的な運用を可能とする個体識別機器の基準の設定―と7つの戦略が提唱された。

 具体的には、(1)優先度の高い畜種・部門を特定し、対策を強化すること、(2)実質的なコスト・時間・労力を削減するため、既存のプログラムや情報を有効活用すること−を柱とした2009年末までの短期的な目標を定めることにより、トレーサビリティの向上を図ろうとするものである。今後、NAISの完全実施に向け、それぞれの戦略ごとに計画された対策が順次進められていくこととなる。

 なお、今回、戦略の一つである「トレーサビリティの向上が最も必要とされる畜種の特定」に関しては、「牛」部門の強化が最優先事項と結論付けられており、2009年末までの大幅な進展が求められている。以下では、今回の事業計画により示された、主要畜種別のトレーサビリティの現状評価と今後の取り組みについて見ていくこととする。

(2)畜種別に見たトレーサビリティの現状と今後の取り組み

(1) 肉用牛
 米国の牛肉産業は、繁殖・育成・肥育の生産段階と、食肉パッカーの処理・加工部門に分けられる(*2)。また、生産と流通の垂直統合は、豚肉・鶏肉部門に比べて弱いものとなっている(*3)。このようなことから、肉用牛については、生産段階における飼養者が異なる傾向が強いため、牛の個体情報が十分に伝わらない場合がある。

 また、USDA/APHISが97年に実施したモニタリング調査(肉牛生産者を対象)によると、繁殖部門では約50%、育成・肥育(フィードロット)部門では約75%の生産者が何らかの方法で個体管理を行っていた。しかし、出生農場から育成・肥育段階へ導入される際に、耳標が取り除かれている事例が多く判明した。現在では、さらに多くの肥育牛が電子(RFID)耳標などにより個体識別されているため、食肉処理施設からフィードロットへの追跡はほぼ可能であるが、フィードロットから出生農場への追跡はごく限られたものだけとなっている。

 このような状況を踏まえ、肉用牛については、他の畜種に比べて生産から処理・加工までの期間を要すること、また、生産段階を通じて複数の管理者により飼養される可能性が高いことから、出生農場における公式耳標の装着の徹底など、特に繁殖農家に対する取り組みが優先課題とされている。

 なお、今後の目標ついては、2009年12月末までに、(1)肉牛飼養頭数の70%に相当する施設を登録すること、(2)肉用繁殖雌牛の70%の出生農場を特定すること―とされている。

(2) 乳用牛
 乳用牛の個体管理について見ると、米国の乳用牛の約半数は、全国乳牛群改良協会(DHIA)の乳検プログラムを通じて個体識別されている。また、このプログラムに参加する酪農家の大部分は、全国統一耳標を活用しているとされている。

 さらに、米国における乳用牛の大半(約95%)を占めるホルスタイン種の15%程度は、米国ホルスタイン協会などへ血統登録されており、この血統情報は疾病のトレースバックにも有効活用されている。

 乳用牛の今後の課題としては、乳検プログラムや血統登録におけるNAIS対応型の耳標や施設識別番号の活用などが挙げられている。

 なお、今後の目標については、2009年12月末までに、(1)酪農経営体の95%、未経産牛育成農場の90%を登録すること、(2)乳用牛の70%の出生農場を特定すること―とされている。

(3) 肉豚
 米国の養豚経営を1経営体当たりの飼養規模別に見ると、100頭未満の層が全体の5割強を占めるものの、飼養頭数では全体のわずか1%を占めるにすぎない。一方、全体の5%に当たる5千頭以上の規模を誇る経営体で全飼養頭数の約6割を占めるなど規模拡大が顕著となっている。また、2006年の肉豚取引のうち、豚肉パッカーによる自己保有が約3割、さらに、生産者と何らかの契約に基づく取引が約6割を占めており(*4)、生産と流通の垂直統合が進展している。

 このような状況から、肉豚部門については、食肉処理業者が管理する情報により、生産段階を通じた家畜集団の追跡が可能となっている。また、NAISにおけるグループ・ロット番号による識別方法は、肉豚の生産構造に適合しており、家畜衛生当局が行う家畜疾病のトレーサビリティに効果的であると評価される。

 肉豚部門における今後の課題としては、小規模層が主流となっている養豚経営体のNAISへの参加割合の向上などが挙げられている。

 なお、今後の目標については、(1)2008年12月末までに、肉豚の施設の100%を登録すること、(2)2009年3月末までに、市場へ出荷される肉豚の90%に相当する最終肥育施設を、疾病発生から48時間以内に特定可能とすること―とされている。

(4) 家きん
 米国の家きん産業は、生産と流通が高度に統合されており、また、現在、家きんの生産・移動データは業界団体などにより十分管理されているため、生産段階(増殖、繁殖、ふ化、育成)を通じたトレーサビリティや、家畜疾病の抑制が可能であると評価される。

 また、米国では、家きんの疾病が商業生産用の施設にまん延することを防止するため、連邦・州政府および業界団体により全国家きん改善事業(NPIP)が実施されている。このNPIPには、家きん業界の95%以上が参加しており、仮に疾病が発生した場合でも、家畜衛生当局は、ほぼすべての施設情報を入手することが可能となっている。

 家きん部門における今後の課題としては、(1)家きん飼養施設の情報を確実に入手するため、産業界のシステムとNAISの施設登録システムの連携、(2)庭先養鶏など非商業生産用の施設の特定―などが挙げられている。

 なお、今後の目標については、2008年3月末までに、(1)商業生産用の施設のほぼ100%を登録すること、(2)疾病の発生から48時間以内に同施設の98%へアクセスが可能にすること―とされている。

(*2) 肉用牛の肥育はテキサス・ネブラスカ・カンザスの3州で全体の5割以上を占め、繁殖はテキサス・ミズーリ・オクラホマ州が上位を占めるが比較的全国に分散している。
(*3) USDAの穀物検査・肉畜取引管理局(GIPSA)によると、肥育牛取引のうち現物取引の割合が6割強とされている。
(*4) USDA/GIPSAによると、2002〜2005年の肉豚取引のうち、パッカーの自己所有が19.6%、何らかの契約に基づく取引が57.8%を占めたとされる。

(3)豚肉生産者によるトレースバック・システムの活用事例

 これまで見てきたとおり、米国における家畜のトレーサビリティの現状は、その生産・産業構造の仕組みなどにより、豚肉・鶏肉部門が比較的進展を遂げているものと評価されている。

 今回、オクラホマ州で養豚から加工までを一貫して管理するシーボード・フーズ社のガイモン工場を訪問する機会を得たので、同社の豚肉生産におけるトレースバックの取り組みや活用事例を紹介する。

―垂直統合一貫生産システムとトレースバック・システムの確立―

 同社は、生産から加工・流通までの「垂直統合一貫生産システム」を構築することにより、(1)疾病感染を最小限に抑制、(2)肉豚の安定供給の確保、(3)品質の均一化―などを実現してきた。また、この生産システムにより、高度なトレースバック・システム(「出生農場証明・追跡プログラム」)の確立が可能となり、(1)疾病管理、(2)品質管理(枝肉情報などを養豚部門へ直ちにフィードバックすることが可能)、(3)生産加工履歴の公表による実需者の安心感の確保−など多くの効果を発揮している。

 同社のトレースバック・システムを具体的に見てみると、そのデータ管理は、製品となる肉豚の原種豚から始まる。母豚舎で生まれた子豚は、育成・肥育段階を通じ、すべて同じ集団(ペン単位)で移動し、その移動情報は、輸送トラックの配車情報などとともにデータベースにより一元的に管理される。

 と畜場への搬入時、トラックごとの体重測定を終えた各生体には、入れ墨を施すことにより識別番号が付される。この識別番号は、枝肉が衛生検査を受けた段階で、コンピューターに入力され、当該枝肉を懸垂ラインに吊しているトローリーのデータと関連付けられる(写真(1)(2)(3)(4))。これにより、各枝肉は、冷蔵室で保管される間もオンラインで管理され、その後、いつカットフロアへ入ったかを正確に認識されることとなる(カットフロアに入る枝肉はすべて、同社の品質証明(QA)担当者などによるトレースバック・システムのための確認が必要となる)。


(1)入れ墨により枝肉に付与された識別番号
 

(2)枝肉の衛生検査後、識別番号は
コンピューターに入力される
 
(3)(4)枝肉の識別番号は、トローリーのデータと関連付けられオンラインで管理される

 また、フルオートメーション化されたカットフロアにおいても、懸垂ラインから降ろされた枝肉の情報は、部分肉加工ラインを通じて管理され、最終的に箱詰めの段階で、製品のシリアル番号と識別番号が関連付けられる(写真(5))。


(5)識別番号は最終的に製品のシリアル番号と関連付けられる

 この結果、同社のトレースバック・システムのデータベースには、製品のシリアル番号や枝肉の入れ墨番号(個体番号)から、最終肥育農場、育成農場、母豚農場の各豚舎番号やペン番号までの追跡を可能とする詳細なデータ((1)製品重量、(2)と畜・加工処理日、(3)工場搬入時の1頭当たりの平均生体重量、(4)品種、(5)グループごとの移動履歴、(6)輸送トラックの識別番号など)が蓄積・管理されることとなる。なお、輸入代理店などは、インターネットを通じて製品のシリアル番号を入力することで、製品が製造されたシフトにおける生産農場を簡単に検索出来る。

 同社関係者によると、このトレースバック・システムにより、疾病対策が強化されるほか、国内外の市場からの要望を生産現場にいち早くフィードバックすることが出来、製品に確実に反映することが可能となっているとしている。また、日本のエンドユーザーの評価には特に高い関心があるとし、輸入代理店を最小限に絞り込み、需要者のニーズを最大限反映出来る製品づくりに取り組んでいることを強調していた。

 なお、同社のトレースバック・システムを含めた生産工程は、USDAの工程認証プログラム(PVP)の認定を受けており、優れたHACCPプログラムの導入・実施および製品管理の模範として、米国内の業界関係者などからも高い評価を得ている。

〈コラム〉シーボード・フーズ社の豚肉生産の概要

1.シーボード・フーズ社の概要
 同社は、現在、全米第6位のと畜処理能力を有する豚肉パッカーであると同時に、同2位の繁殖雌豚飼養頭数を誇る養豚企業でもある。


シーボード・フーズ社・ガイモン工場の全景

 90年、オクラホマ州北西部を中心に、カンザス州南西部・テキサス州北西部・コロラド州南東部で「マルチサイト方式(半径100キロメートルの範囲内に、外側から母豚舎、育成舎、肥育舎の各サイトを縦横それぞれ3キロメートル以上離し、ドーナツ型に配置)」による肉豚の一貫生産を開始した。また、95年には、養豚事業の中心部に当たるオクラホマ州のガイモン市に1日当たり1万6,000頭のと畜処理能力を持つ工場を建設し(96年1月本格稼働)、生産から加工・流通までの「垂直統合一貫生産システム」を完成させた。

 さらに、同社は昨年夏以降、燃料部門を設立し、ガイモン工場近くに豚の油脂を原料とするバイオディーゼル工場の建設に着手するなど新たな取り組みを進めている。

 なお、同社関係によると、同地域を「垂直統合一貫生産システム」の拠点とした最大の理由として、ガイモン市が位置するオクラホマ州の北西部は、隣接するテキサス・パンハンドル地域とともに全米有数の牛の肥育地帯(全米の約25%の肥育牛を飼養)である一方、養豚農家の密集度は極めて低いものとなっており、この豚の疾病のないクリーンな土地と気候が、養豚経営にとって理想的な環境であったことを挙げている。


バイオディーゼル工場は、本年2月の稼働に向け現在最終テスト段階に入っている。
年間生産量は3,000万ガロンの予定。
同社担当者によると、生産したバイオ燃料は近隣のガソリンスタンドへ販売予定。
また、副産物であるグリセリンの高需要にも期待しているとのことである。

2.養豚部門
 現在、同社は、約22万頭の繁殖母豚を所有している。肉豚は、マルチサイト方式の一貫生産により、生産段階に応じて、「母豚舎(繁殖・妊娠・分娩後3週間)」、「育成舎(約8週間、55ポンドまで)」、「肥育舎(約16週間)」の3サイトに完全に分けられ、オール・イン、オール・アウト方式(各生産段階の開始・終了時には豚の群れの流れを一方通行にすることにより、疾病の発生・まん延を最大限防止する)で管理されている。出荷日齢はおおむね185〜190日齢、出荷体重は250〜270ポンド(113〜123キログラム)/頭とのことである。また、同社の一貫生産は、製品となる豚肉の2世代前の「原種豚」をつくることから始められており、品種は、ランドレース・ヨークシャーなどをかけ合わせたハイブリッド雌豚とデュロック系のハイブリッド雄豚をかけ合わせた品種が主流となっている。

 さらに、同社は、オクラホマ、カンザス州の養豚地域内に自社飼料工場を6カ所有し(生産量は合計で年間約200万トン)、独自の配合飼料設計により、豚の成長段階に応じた最適の飼料を給与している。主原料には、地元の主要飼料穀物であるソルガム(マイロともいう。トウモロコシよりも耐暑性、耐寒性に強いため、カンザス、テキサス州で全米の7割以上を生産)を中心に、トウモロコシ、大豆かすなどを利用している。同社関係者によると、飼料は、豚の成長に応じてたんぱく質の含有量を徐々に増加させるよう設計されており、最終肥育段階では、トウモロコシまたはソルガムが70〜75%、大豆かすが15〜20%で、ほかにミネラルなど栄養補助剤を利用しているとのことである。


と畜処理施設の近くに位置する肥育サイト。
各バーンにはそれぞれ約1,000頭の肥育豚が飼養されている。
ふん尿は、豚舎前のラグーン(ため池)に貯蔵され、
近隣のソルダム、トウモロコシ、小麦畑などへ散布される。

3.と畜・加工処理部門
―と畜部門―
 現在、ガイモン工場では、1日当たり1万7,000〜1万7,500頭、年間約480万頭の肉豚を処理・加工する(1頭当たりの平均枝肉重量は195ポンド:約88キログラム)。工場の操業は、8時間ごとの2シフト制で、夜間は清掃に当てられるため、ほぼ24時間操業となっている。工場には、2,000人の作業員(ちなみに生産部門の従業員数は2,300人)のほか、USDAの検査員が約40人常駐している。工場内では、交差汚染防止のため、と畜フロア、カットフロアの従業員のロッカールームが区別され、また、食事の時間帯もずらされるなど衛生管理が徹底されている。


オクラホマ州・オプティマにある飼料工場。
同工場の年間生産量は40万トン、主原料はソルガムである。
飼料の運搬用トラックは、各生産段階に応じて使い分けられる。

 最終肥育農場から搬入(トラック1台当たり160〜170頭)された肉豚は、最大6,000頭が収容可能な係留所に4〜5時間係留される。係留所は、と畜前の肉豚へストレスを与えないよう90度角のない設計が施され、また、豚を落ち着かせるため、間欠的に吹き出す冷水シャワーや農場と同じ明るさの照明が設置され、さらに、事故防止のため、滑り止めを効かせた床が装備されるなど最大限の配慮がなされている。

 と畜は、二酸化炭素ガス、湯はぎ方式(摂氏58℃の油槽に6分半)によるものである。同社関係者によると、以前は、電気スタンニングの手法で行っていたが、ガス気絶の方が豚のストレスが少なく、また、肉にスポット(毛細血管の破れによる血斑)が出ないことから2007年より導入したとのことである。毛焼き・洗浄が繰り返し行われた後、まぶたの切断、ひずめを割っての消毒が施される。肛門結索、背割り、内臓摘出後、USDAの検査員により、枝肉の衛生検査が行われる。検査後の枝肉は、肉質の管理や生産農場へのフィードバックのため、枝肉重量、背脂肪の厚さや赤身率が測定される。と畜後、ここまでに要する時間は約30分である。


豚からストレスを無くすため、最大限の配慮がなされている係留所。
ガイモン工場に集められる豚肉はすべて自社生産によるものである。


ガイモン工場では、閉鎖式工場用水処理施設により、
工場排水からメタンガスを回収し、工場の発電などに再利用している。
これにより、年間1億円規模のコスト削減が図られるとのことである。

―加工部門―
 枝肉は、−40℃のクイック・チルド・ルームで110分間冷却後、0℃の冷蔵室(カーカス・クーラー)で約24時間冷却される(保管庫を出る時のももの中心温度は2.5〜3.0℃)。その後、カットフロアに持ち込まれ、(1)もも、(2)うで・かた、(3)ロイン、(4)バラ−に4分割される。

 同工場は設計段階から、日本市場を念頭に置き、品質と安全性を最重視して建設された。部分肉加工ラインには、「シングルベリー(山付きバラ)・ライン」や「日本向けパッキングシステム」など日本専用ラインが設置されている。また、ロインのラインでは、枝肉の左右それぞれに専用ラインを設け、「シェルボーニング」方式(ストレートナイフによる切り離し)により骨付きロインからバックリブが丁寧に取られるなど、フルオートメーション化された中にも、日本市場のニーズへのきめ細やかな対応が見られる。なお、枝肉がカットフロアに入ってから最終製品となるまでに要する時間は約25分である。

 同社関係者によると、同工場で生産される豚肉(年間約90万トン)のうち約3割が輸出に仕向けられ、主な輸出先は、メキシコ(モモ・足)、日本(ロース・ヒレ・バラ・カタ)、韓国(肩ロース、バラ)、豪州(モモ)、ロシア(ロース・骨付きモモ、トリミング)などとなっている。また、国内流通先は、カリフォルニア、ユタ、コロラド、アリゾナ、テキサスなどの米南西部各州が中心とのことである。


フルオートメーション化されたカットフロア。
作業効率の向上や異物混入防止のため、検品ラインの照明は1,000ルックス以上とされている。
また、各ラインの要所々には独自の異物検査システムが設置され、
万全の安全対策が施されている。


同施設内には、品質・化学的分析を行う独自の検査施設が2カ所設けられ、
肉質や残留抗生物質などの検査が行われている。

 


4 おわりに

 NAISは、米国で初めて2003年12月末にBSEが確認されたことを契機に、家畜衛生の観点からの取り組みとして本格的な検討が開始された。しかし、その進展の速度は、業界団体間で生じた意識の温度差などにより、現在まで比較的緩やかなものとなっている。

 その背景には、畜種や部門による生産・産業構造の仕組みの違いがある。米国の鶏肉部門を見ると、ほぼすべてのブロイラーは、鶏肉処理業者と生産者の出荷契約の下で生産されるなど生産と流通が高度に統合されている。また、豚肉部門においても、近年、豚肉パッカーによる肉豚の自己保有や生産者と何らかの契約に基づく取引が増大するなど、パッカーが生産部門へ積極的に進出する動きが目立っている。一方、牛肉部門を見ると、肥育牛は現物取引の割合が6割を超え、また、肥育素牛も家畜市場などを通じた現物取引が主流となっており、垂直統合の進展度合いは他部門に比べて弱いものとなっている。このため、肉用牛については、生産段階を通じて管理者が変わる傾向が強く、一貫した個体管理の概念が形成されにくいため、川下から川上まで個体情報をさかのぼることが困難な場合も少なくない。

 家畜衛生の観点からの取り組みとしてNAISを見ると、今回訪問したシーボード・フーズ社の事例を見ても明らかなように、「垂直統合一貫生産システム」が確立された部門においては、既に独自のシステムにより疾病対策は万全の体制が整えられており、その重要性は必ずしも高くないように見受けられる。それにもかかわらず、同社が高度なトレースバック・システムを積極的に追求している理由は、消費者需要の多様化に対応すべく、製品の販売促進ツールとしての効果への期待の大きな表れであろう。また、肉用牛部門においても、アンガス種など一部の純粋種がNAISの推進を図ろうとしているのは、これまで月齢・産地などを証明する政府プログラムを通じて進めてきた付加価値化を図る取り組みを、NAISに生かしていこうとする意欲の表れであるとも感じられる。

 輸出向けのPRを行う米国食肉輸出連合会(USMEF)の関係者は、NAISについて、「今はまだ、産みの苦しみの段階にあり、完全実施には今しばらく時間を要するかもしれない。しかし、米国初となる家畜個体識別の全国統一基準の構築は、国際的な消費者の信頼確保につながることになる」と述べている。米国では、昨今の中国の食品衛生問題などにより、消費者の食の安全性に対する関心はますます高まっている。NAISは、仮に各畜種の本質的な生産・産業構造の違いによる関係者の意識のずれが残されたままであったとしても、家畜衛生の観点からのみならず、消費者の観点に立った食の安心感確保という意味においてもその使命を果たす役割が大きいものと考えられる。

(参考資料)
 USDA/APHIS「NAIS-A User Guide and Additional Information Resources」、「A Business Plan to Advance Animal Disease Traceability」
 USDA/NAIS関連ホームページ: http://animalid.aphis.usda.gov/nais/index.shtml


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