★論 壇


英国の肉牛生産における乳肉連結対応

帯広畜産大学助教授 佐々木 市夫


1.はじめに

  1990年1月に閣議決定された「農産物の需要と生産の長期見通し」によると、
「牛肉の国内需要量は、1990年から2000年にかけて89万トンから151
〜157万トンに拡大する。一方国内生産量は57万トンから79万トンの増大と
なるため、自給率は64%から49%に低下する見通し」となっている。

  当然のことながら、国内生産量の増大見通しの背後には肉牛飼養頭数が265万
頭から412万頭への56%の伸び率が期待されている。この高い伸び率は期待ど
おり円滑に実現するだろうか。牛肉の輸入自由化プログラムが進行するなかで、肉
牛飼養者の高齢化、後継者不足、経営規模の零細性等の内部環境要因を考え合せる
と、わが国の肉牛生産に対して抜本的な見直しと積極的な対策を講じないかぎり、
この増頭見通しの実現は難しい。積極的な対策を検討するうえで重要課題のひとつ
は、わが国の肉牛生産の基礎となる肉用子牛生産において将来の有効なシステムを
展望することだと考える。

  昨年の11月下旬、伊藤記念財団の助成を受けて、英国の肉用子牛生産に対する
現地調査の機会を得た。わが国と英国の肉牛生産を比較していえることは、英国の
場合、肉用子牛の生産システムにおいて酪農側と肉牛側の両主体間が連結対応し、
雑種強勢(Hybrid Vigour)効果を取り込もうという特長的な展開が見られること
である。わが国の場合、酪農と肉牛の結びつきといっても、主として単一の農家、
単一の組織主体の立場に立って、その主体における複合生産にほかならない。「乳
肉複合経営」とは正にそのことを意味する。

  単一主体ではなく、複数主体間の連結による英国の肉用子牛生産システムを、
「乳肉連結対応」と呼ぶことができるとすれば、わが国における今後の肉用子牛生
産を展望する際、その乳肉連結対応がひとつの視点になり得るのではないかと考え
る。そこで以下、英国調査結果の幾つかを述べることにしたい。

2.英国における肉牛生産の構造

(1)  牛肉需給の環境変化
  英国の肉用子牛の生産状況を説明する前に、その外部環境を簡単に触れておきた
い。英国の食肉家畜委員会(Meat and Livestock Commission。以下、MLCと略
称)の公表数値によると、1984−88年にかけて牛肉、羊肉、豚肉、ベーコン
および鶏肉を合せた食肉全体の国民1人当り消費量、61.6kg(84年)、63.
8kg(86年)そして66.9kg(88年)と増え、年平均2%の伸び率であった。
ただ、この間食肉消費の伸びを支えてきたのは、豚肉と鶏肉であって、牛肉ではな
い。豚肉と鶏肉について、88年の1人当り消費量はそれぞれ14.3kgと19.
4kgである。これに対して、同年の1人当り牛肉消費量は、18.9kgと鶏肉につ
いで多いものの、ここ数年はほとんど停滞的なのである。最近における豚肉と鶏肉
の消費増加、一方牛肉の消費停滞という落差は、一つにECの共通農業政策による
牛肉市場支持措置とその結果としての高い牛肉価格、二つに養豚・養鶏産業におけ
るコスト削減努力によって生み出されたものだと考えられよう。

  さて次に、牛肉の供給側に転じてみる。市場支持措置による増産刺激があるわけ
だから、国内生産は増加しておかしくないとおもわれる。だが、近年、とくに85
年以降国内生産量は増加するどころか逆に減少傾向をたどってきた。表1は英国に
おける牛肉供給構造と自給率の変化を整理したものである。国内生産量の減少傾向
によって、88年にはついに100万トン台を割って94万トンに落ち、自給率も
86%になったのである。

表1  英国における牛肉の供給構造の推移
                                    (単位、百万トン、%)
年度 国内
生産量
輸入量 輸出量 総供給量 自給率
1983 1.04 19 19 1.05 100
1984 1.15 17 21 1.04 111
1985 1.15 18 18 1.12 102
1986 1.06 23 18 1.13 94
1987 1.10 24 19 1.15 95
1988 0.94 27 13 1.10 86
資料:MLC,Beef Yearbook,1989.
  注:1)枝肉重量ベースである。
      2)総供給量は、在庫量変化を調整した数値である。


  85−88年における牛肉生産の主たる減少要因は、84年に導入された牛乳生
産割当制と個体乳量の増大のため乳用成雌牛頭数が急減したことである。84年か
らの4年間で、英国の乳用成雌牛は320万頭から290万頭と、30万頭も減少
した。また個体乳量の増大について、英国のミルクマーケッティングボード(以下、
MMBと略称)の公表数値をみると、74−86年の間に22%の伸び率を記録し
ている。ところで、乳用種と並んでもうひとつの牛肉資源は肉専用種である。肉専
用種の成雌牛頭数は、最近わずかに増加のきざしは見えるものの、この数年間13
0万〜140万頭の間を推移してきた。したがって、全体としての英国の成雌牛頭
数は減少してきたのである。

  ただ、頭数と枝肉生産の関係で注意しておくべきことは、肥育牛1頭当り平均枝
肉重量の増大傾向である。平均枝肉重量の推移を示したのが表2である。84−8
8年の間で、肉用牛全体の1頭当り平均枝肉重量は7%(18kg)も伸びた。畜種
でみると若雄牛が9%(22kg)ともっとも伸び率が高い。

表2  英国における肉用牛1頭当り平均枝肉重量の推移
                                                      (単位:kg)
      1984 1985 1986 1987 1988
去勢牛 289 294 296 297 308
未経産牛 240 243 243 247 254
若雄牛 254 257 258 264 276
肉用牛全体 270 274 275 277 288
資料:MLC,Beef Yearbook,1989.


  繰り返すが、こうして1頭当り平均枝肉重量は増大したものの、乳用成雌牛頭数
の減少が大きく響いて、国内牛肉生産量は減ってきたわけである。

(2)  肉牛の生産システム
  88年度における英国の牛肉生産量は、すでに述べたように94万トンになった。
この94万トンがいかなる肉用牛肥育を源泉にしているかを示したのが図1である。
この図から明らかなように、牛肉生産の源泉は三つに大別される。

図1  イギリスの肉牛産業構造、1988

  第1の源泉は、国内の酪農サイドである。乳用成雌牛から生産された子牛の育成
・肥育と、淘汰された乳用成雌牛によるもので、その牛肉はデーリィビーフ(Dairy 
Beef)と呼ばれている。さらにその乳用子牛をみていくと、それはフリージャンや
ホルスタインの純粋乳用種、およびそれら乳用種と肉用種との交雑種の二形態から
構成されていた。純粋種の乳用子牛が肉資源として肥育される点はわが国と同じ事
情だが、酪農経営のなかで肉用子牛生産を意図した乳肉交雑が行われ、その交雑種
子牛も肥育されている事情は特異だといえる。88年の乳用成雌牛頭数は290万
頭である。そこから純粋種と交雑種の子牛が生産され、その肥育牛からの牛肉生産
量は国内全体の51%を占める。また、淘汰乳用成雌牛の同様の割合は13%であ
った。

  第2の源泉は、国内の肉牛専業サイドである。肉専用種繁殖経営からの子牛生産
と肥育、淘汰された肉用成雌牛成雌牛によるもので、その牛肉はサックラービーフ
(Suckler Beef)と名づけられていた。88年の肉用成雌牛は140万頭飼養され
ており、その肉用子牛の肥育による牛肉生産量は全体の24%を占める。肉専用種
子牛生産に関してわが国と英国を比較すると、その繁殖政策の違いは、詳しくは後
述するけれども、明白である。わが国の場合、純粋繁殖に基づく肥育用子牛生産が
一般的である。これに対して英国の場合、一つに肉用成雌牛は酪農サイドで生産さ
れた肉用種と乳用種の交雑種(F1)であること、二つにその交雑種の成雌牛にタ
ーミナルサイヤと呼ばれる第三の品種の種雄牛を使って肥育用子牛生産が実施され
ていることである。

  一方淘汰された肉用成雌牛による牛肉生産量は全体の7%を占める。この淘汰牛
には、経常的に15〜18%の更新率によって淘汰された成雌牛、また臨時的に発
情の遅れ・不妊等の繁殖障害をもつため淘汰された成雌牛が含まれている。

  第3の源泉は、アイルランドから輸入された肥育牛である。ただこれによる牛肉
生産量は少なく、その割合は全体の5%にすぎない。

  以上のように、英国の牛肉生産は、基本的に、乳用子牛のデーリィビーフ生産と
肉用子牛のサックラビーフ生産の二形態から成立している。単に乳用子牛と肉用子
牛の二形態による牛肉生産ということでは、わが国は英国と同様だといえる。だが、
肉牛生産における酪農産業と肉牛産業との相互依存関係の点でいえば、両国ははっ
きり違う。英国では二つの産業間に連結性があり、わが国ではそれら産業は分断的
だからである。

  英国の場合さきに触れたように、肉牛産業内で育成・選抜された肉用種雄牛が酪
農産業の肉用子牛生産に利用されるとともに、酪農産業で生産された交雑若雌牛が
肉牛産業の更新用繁殖牛として戻ってくる。わが国では周知のごとく、酪農産業は
副産物として乳用子牛生産を行い、他方肉牛産業は、黒毛なら黒毛、短角なら短角
というように、それぞれ分断された垣根のなかで純粋種の肉用牛子牛生産を実施し
ている。各産業間には、英国でみられるような相互依存関係は存在しない。

  では、なぜ英国は肉牛生産システムにおいてかかる相互関係の構築を推進してき
たのか。現地肉牛関係者の話や文献資料によると、その回答は、肉牛生産における
雑種強勢効果の実現である。次に、その点を考慮して、英国のサックラービーフ生
産の現況を検討してみよう。

3.サックラービーフ生産と繁殖政策

(1)  酪農における肉用種交雑
  英国の酪農産業には5つのMMBが存立している。そのうち4つのMMBはスコ
ットランドと北アイルランドを範囲として設置され、残りの1つはイングランドと
ウエールズを対象地域として存在する。酪農産業への人工授精サービスも、主とし
てこれらMMBの仕事となってきた。国内最大規模のイングランド・ウェールズM
MBは、酪農家の要望に応じて、乳用種の人工授精のほかに、肉用子牛生産のため
の肉用種の人工授精サービスも実施している。肉用種の人工授精サービスを有効に
行うため、イングランド・ウェールズMMBはバークシャー州に肉用種雄牛の能力
検定牧場を保有している。そこで、年間約600頭の肉用牛のついて増体速度、耐
病性および枝肉特性の分析データが蓄積されてきたのである。

  このMMB人工授精センターが酪農家に対してどんな品種の人工授精を実施して
きたかを整理したのが表3である。83年と86年を比べたこの表から、次の点が
読みとれよう。

表3  英国酪農におけるMMBセンターの品種別人工受精頭数
品  種 1983年度 1986年度
千頭 千頭
乳用種
  アイルシャー
  デーリィショートホーン
  フリージャン/ホルスタイン
  ガーンジー
  ジャージー
  
15
4
1,122
16
25
  
0.8
0.2
62.3
0.9
1.4
  
15
4
1,072
16
26
  
0.7
0.2
48.1
0.7
1.1
1,182 65.7 1,133 50.8
兼用種 1 0.1 2 0.1
1 0.1 2 0.1
肉用種
  アバデーンアンガス
  ベルジャンブルー
  ブロンディアクイタンス
  シャローレイ
  ディボン
  ヘレフォード
  リムジン
  マレーグレイ
  シンメンタール
  サウスディボン
  サセックス
  ウェルスブラック
  その他
  
48

5
113
4
303
107
6
18
2
2
4
5
  
2.7

0.3
6.3
0.2
16.8
5.9
0.3
1.0
0.1
0.1
0.2
0.3
  
60
79
19
205
4
225
404
8
74
4
4
6
4
  
2.7
3.5
0.9
9.1
0.2
10.0
18.1
0.4
3.3
0.2
0.2
0.3
0.2
617 34.2 1,096 49.1
総  計 1,800 100.0」 2,231 100.0
資料:MMB,Dairy Facts and Frigures.
  注:1)範囲は、イングランドとウェルズである。
      2)頭数は、授精延頭数である。


@ まず全体の人工授精頭数が180万頭から223万頭に増大した。24%の伸
 び率である。この増大は、乳用種の授精頭数が4%減少したにもかかわらず、肉
 用種のそれが78%も拡大したためである。

A 全体の人工授精頭数に占める乳用種および肉用種のそれぞれの割合をみると、
 上述の肉用種授精頭数の拡大によって、86年にはほとんど半々づつのシェアに
 変化した。

B 乳用種と肉用種において、品種別変化をみてみよう。乳用種では、フリージャ
 ン/ホルスタインが95%を占め変化はなかった。だが肉用種では変化がみられ
 る。つまり、ヘレフォードが減った反面、ベルジャンブルー、シャロレィ、リム
 ジンおよびシンメンタールの大陸系品種が増えてきているのである。

C 大陸系品種の増加の背景は何か。大陸系品種は体型が大きく難産になりやすい
 といわれてきた。酪農家は人工授精において、体型は中型で分娩の容易なヘレフ
 ォード・アンガスから、難産に対処する技術装備によってより収益的な大陸系品
 種へと移行してきたのである。

D なお、酪農家において、すべてが人工授精率100%でないことに注意が必要
 だ。乳用成雌牛頭数が86年の同地域において257万頭と人工授精延頭数を3
 4万頭も上回っているからである。ヘレフォードやアンガスが初産牛へのマキ牛
 として相当使われているとみなければなるまい。

  ところで、このような肉用種交雑の増大と大型の大陸系品種への移行は、乳牛改
良にも影響を与え始めた。最近、高い泌乳能力をもつホルスタイン種を北米から輸
入することがすすめられている。

(2)  サックラービーフ生産における繁殖方法と成績
  英国のサックラービーフ生産における立地条件は、通常次のように3区分される。
すなわち、丘陵地(Hill)、高地(Upland)および低地(Lowland)である。まず
丘陵地とは、非囲い地の放牧高台地域であって「サックラー繁殖牛奨励金」(Suck
ler cow premium)と、高率の「不利地域手当金」(Less favoured area payment)
の助成を受けられるところである。また高地とは、囲い地の放牧高台地域であるこ
とが丘陵地と異なり、上記二つの助成金を受けられる点では丘陵地と同じである。
次の低地とは、放牧高台地域以外のところで、「サックラー繁殖牛奨励金」と、低
率の「不利地域手当金」を受けられる地帯である。

  さて、これら3つの立地条件ごとに繁殖牛品種を確かめたのが表4である。この
表から概略的に次のようにいうことができよう。まずヘレフォード×フリージャン
交雑種が全地域において主要な品種になっていることである。また、低地ではシン
メンタール交雑種やサウスディボン交雑種も、高地ではアンガス交雑種やウエルシ
ュブラックも、さらに丘陵地では純粋種のブルーグレイやウエルシュブラックも比
較的多く飼養されている。ところで、表5をみてもらいたい。この表には、ターミ
ナルサイヤとしての種雄牛の分布が同じような立地条件ごとに示されている。全地
域的に多いのがシャロレィである。シャロレィ以外で多いものをあげると、低地と
高地ではリムジンとシンメンタール、丘陵地ではシンメンタールとアンガスであっ
た。


表4  英国の肉専用種繁殖経営における生産地帯別繁殖牛品種
                                                          (単位:%)
品  種 低 地 高 地 丘陵地
ヘレフォード×フリージャン 58 71 32
アンガス交雑種 10 18 8
ブルーグレイ 3 7 32
シンメンタール交雑種 21 4 4
ウェルシュブラック 0 14 32
ギャラウェイ/交雑種 0 5 8
リムジン/交雑種 5 1 0
サウスディボン/交雑種 17 2 0
シャロレイ交雑種 4 4 0
その他 17 1 4
資料:MLC,Beef Yearbook,1989.
  注:1)いくつかの牛群は一つ以上の品種になっているため%の合計は100に
    ならない。
      2)その他の品種として、マレーグレィ、ビーフショートホーン、サセック
    ス、リンカーンレッド、ブロンデアクィタン交雑種、ノレイング交雑種、
    ディボン/交雑種が含まれている。


表5  英国の肉専用種繁殖経営における生産地帯別種雄牛品種
                                              (単位:%)
品  種 低 地 高 地 丘陵地
シャロレイ 39 75 60
リムジン 30 29 8
シンメンタール 24 9 40
ヘレフォード 3 1 0
サウスディボン 11 1 0
アンガス 6 2 16
その他 21 10 24
資料:MLC,Beef Yearbook,1989.
  注:複数以上の品種を使用している経営があるため%の合計は100にならない。


  ここで繁殖方法の事例をひとつ示しておこう。R.フラーは、イーストヨークシ
ャー州のギブダーレ牧場の経営者である。この牧場は、78年からの10年間で、
離乳時子牛の1頭当り平均体重を30%増加させた。高い技術力をもつ彼が、最大
収穫物たる肉用子牛の生産において雑種強勢効果を取り込もうとする交配方法を明
示している。それが図2である。図からわかるように、この牧場ではアンガス×フ
リージャン交雑の繁殖牛に、ターミナルサイヤとしてシャロレィの組み合せが、雑
種強勢効果を内部化するための有効な方法なのであった。


図2  ギブダーレ牧場における肉用子牛生産のための交配方法


表6  交配方法別による肉用子牛成績
種雄牛品種 シャロレイ ヘレフォード アンガス
繁殖牛タイプ H×F BG H×F BG H×F BG
子牛生産率(%) 94.9 95.6 98.2 98.7 98.5 98.9
分娩間隔(kg) 378 369 372 367 370 366
250日令子牛体重
(kg)
294 278 249 234 236 220
繁殖牛1頭当たり
子牛総体重(kg)
269 265 240 223 231 217
資料:D.Allen,Planned Beef Production and Marketing,
   BSP Professional,1990.
  注:Hはヘレフォード、Fはフリージャン、BGはブルーグレイの品種を表す。


  さて、ギブダーレ牧場の交配方法にみられるような三元交配と単なる二元交配と
では、肉用牛子牛の成績にどんな差が生ずるのだろうか。MLCの記録データに基
づき、D.アレンが整理したのが表6である。まず交雑種と純粋種の繁殖牛につい
てみよう。ヘレフォード×フリージャン繁殖牛はブルーグレイ繁殖牛に比べて、体
重は少し重く、分娩間隔も若干劣るけれども、子牛成績たる250日令体重は良好
である。次の種雄牛別にみると、大陸系シャロレィが英国系のヘレフォード、アン
ガスよりも、子牛生産率ではわずかながら低いが、子牛体重では相当有利になって
いることが示されている。加えて、大陸系種雄牛による産子牛は、相対的に優れた
肉づき均整程度(Conformation)のため、その市場価格は高い。ギブダーレ牧場の
ような交配方法は、英国の牛肉市場に環境適合的だといえるわけである。

  このように、英国の肉用子牛生産システムにおいては酪農側と肉牛側の両主体が
連結対応して、雑種強勢効果を内部化する展開が見られた。では技術進歩につれて
今後の展開はどう進展していくのだろうか。図3をみてもらいたい。繁殖技術の進
展が英国の肉用牛生産のあり方にどんな影響を与えるかを展望したD.アレンのモ
デルが整理されている。


図3  酪農経営における雌雄生み分け技術の繁殖戦略に与える影響

4.むすびに

  以上、英国における現行の肉牛生産システムを説明し、そこにおける酪農産業と
肉牛産業との相互関係を明らかにするとともに、サックラービーフ生産における雑
種強勢効果の取り込み実態を検討してきた。この検討をふまえて、わが国の肉用子
牛生産の現況を振り返ってみたい。

  まず北海道の酪農地帯においては、乳用おす新生子牛の市場価格が下落し、今や
1頭5〜6万円の値段だという。以前の高値基調時に比べて3分の1程度に下って
しまったのである。生産割当制の下では、生乳出荷量を伸ばすわけにはいかない。
多角化に活路を見い出すとすれば、「生乳生産の副産物としての乳用おす子牛生産」
から、より高い収益部門の形成を求めて「意図的な産物としての肉用子牛生産」へ
の転換も模索しなければならないだろう。

  また北海道の肉専用種繁殖地帯においては、飼養頭数が伸びるなかで各産地は市
場差別化を求めて繁殖基礎牛の系統圧縮による自家保留をすすめている。しかし、
その努力は実際に報われているだろうか。つまり、自家保留した繁殖牛から生産さ
れた肥育用子牛と、もっぱら外部導入に依存する繁殖牛から生産された子牛との市
場価格を比較した場合、両者に持続的な差異が確認されているのだろうか。このこ
とについて市場データを蓄積してきた農協担当者は、確認されるはずだが、データ
処理してみると実際疑問だという。同一品種内における自家保留繁殖牛と種雄牛の
交配の繰り返しでは、肉用牛生産にいずれ出てくるマイナスの影響も覚悟しなけれ
ばなるまい。

  わが国の肉用子牛生産においては、肉牛飼養者の高齢化、後継者不足、零細な規
模等の一般的課題があるほかに、個別的に酪農地帯にも肉専用種繁殖地帯にもそれ
ぞれ課題をかかえている現状にある。「長期見通し」にいう肉牛飼養頭数412万
頭の目標実現には、国産牛肉市場の飛躍的拡大が前提であり、今後も良質安価な肉
牛生産システムの追求を一層続けていく必要がある。

  その追求の一方向として、酪農産業と肉牛産業との分断的関係を見直し、相互関
係を構築するなかからわが国の立地条件に即応した生産システムを再構築していく
道がある。その場合、世界的にもユニークな英国の乳肉連結対応か大きな示唆を与
えるだろう。


謝  辞
  英国の現地調査においては、ケンブリッジ大学に留学中であった生源寺真一氏
(東京大学農学部助教授)に多大な協力を得た。記して謝意を表する。


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