★ 国内現地の新しい動き


夏山冬里方式による日本短角種の低コスト生産と産直による銘柄確立

東北大学農学部 教授 山岸敏宏他


−岩手県九戸郡山形村の事例−

  本レポートは、農村地域調査として畜産振興事業団が調査願ったものの報告書の
要約である。

はじめに

  日本短角種は山林原野の草資源を飼料基盤とした夏山冬里の下で、現在、全国で
約34,000頭飼養されている。主な飼養地帯は北東北と北海道で、これらの道
県で全体の95%を飼養している。生産子牛の販売頭数の20%弱(約1,600
頭)が県外移出で、その多くは関東、中部、中国、九州(とくに熊本県)に移出さ
れている。

  本種は放牧とまき牛繁殖による季節生産の中で子牛生産のみ行われ、地元での肥
育生産は長い間行われることはなかった。これを改善するために、昭和57年に岩
手県の地域内一貫生産事業が開始され、各地に肥育経営が出現し、その生産牛肉の
約50%は生協、消費者団体、量販店に産直方式で販売されるまでになった。また、
岩手県では季節生産の解消を目的にして秋子生産促進事業が進められている。

  本種の飼養は所得の確保だけでなく、多面的役割を担い、村おこしにつながって
いる。特に短角牛肉祭りや産直交流会を通じての消費者との交流は、町・村民の心
をゆり動かし、地域の活性化を促してきた。しかしながら、肉質等級下位に格付さ
れる本種は、最近の牛肉輸入量増加の影響をうけて子牛価格や枝肉単価を急激に下
落させ、経営の再生産に見合う所得確保が困難となっている。

  今回の調査対称地域である山形村は、岩手県における日本短角種の主産地の1つ
であり、種々の事業の実施状況を見る上で典型的な地域である。

1.山形村における日本短角種の生産と産直の現状と問題点

(1)  概況
  山形村は岩手県の北上山系の北端に位置し、山林原野が96%を占め、耕地3.
4%であるが、天然のまき場に向く丘陵地形に恵まれている。人口は4,226人
で過疎化現象が進行している。農業に対する依存度は強く、粗生産額の90%を畜
産が産み出している短角牛の藁である。しかし、県内で最も出稼ぎ率の高い町村の
一つであり、厳しい村づくりか求められている。

(2)夏山飼養
  本村を含む岩手県の短角種は、他県の飼養頭数が一様に減少する中にあって、昭
和57年以来ほぼ現状を維持している。この背景には、他に有望な農業作目がない
ことの他に、歴史的な経過で使われてきた公共の夏山放牧場や近年農家の創意工夫
ではじまった裏山放牧場等の技術が完成されていることがある。公共牧場は農家に
過剰な負担を課さない健全な運営がなされており、草生もよく、入牧するカウデー
も高く保たれている。また、裏山放牧地を持つ農家は、草地管理や人口授精を含む
繁殖生産管理の技術の水準が高く、同様な方式を採用している和牛農家のそれに劣
らないレベルに達している。

(3)繁殖部門
  山形村では丘陵地形の立地に適作である日本短角種を特産品に仕上げるべく、関
係者が一丸となって努力をしてきた。このため、昭和50年代の初めから育種改良、
流通分野の開拓や生産体制の強化などのいーいーて施策を取り入れてきた。近年の
本村の短角子牛の販売頭数は、全県の1割強の650頭を出荷している。しかし、
季節生産のために、子牛の分娩は春季に集中し、このことが肥育牛の出荷時期の偏
りを招き、周年出荷を困難にしている。これが本種の抱える第一の問題点である。

  子牛の生産費は238千円であり、子牛の生体単価が1,000円を下回る場合
は再生産が難しくなる。また、県内の肉牛生産地を黒毛・短角・混飼の3地帯にわ
けてその収益性を比較すると、短角の子牛価格が下落した平成2年以降から短角繁
殖農家一戸当たりの粗収益は顕著な減少が見られる。この遠因は牛肉輸入量の増加
にある。

  岩手県が協力に進める本種の地域一貫生産事業が普及定着するにしたがい、昭和
61年以降、本県の子牛の県外流出が止まり、63年には85%が保留されて、そ
れらは県内肥育に向けられた。このような中で山形村では(株)大地牧場との産直
による契約数量を村内産の肥育牛でできるだけ充たすことを考え、平成元年に引き
つづいて2年には、肉用牛子牛生産者補給金制度の保証基準の214千円をベース
に市場前評価購買を本格的に実施した。このことは自助努力として高く評価される。

(4)肥育部門
  岩手県で短角肥育が進展したのは、補強金を伴った経済肥育事業が開始された時
期からで、山形村ではそれが昭和63年以降である。昭和57年から始まった大地
牧場との産直取引が拡大して、平成2年の同牧場のシェアは71%になっている。
この取引は、経済的なものよりも生産者と消費者間の心理的な結びつきがベースに
なっており、そこには特殊性がみられる。価格の設定は肉質等級とはほとんど無関
係に、一般流通の1.1〜1.2倍の価格保証がなされている。しかし、大地牧場
は山形村の出荷枝肉に対して、精肉歩留の向上を強く要望している。

  短角肥育牛の生産費は450千円であり、家族労働費や償却費が保証される枝肉
価格は1,300円以上となる平均1,350円の枝肉価格を保証している大地牧
場を別にすると、食肉市場価格に応じて枝肉価格を変動させるその他の取引では農
家所得の目減りが起こってい。かこのような枝肉価格の県内格差が産地に動揺を与
え初めていることが、短角種をめぐる第二の問題点になっている。近年とくに注目
の的になってきたのが短角種の肉質であり、これが第三の問題点である。輸入牛肉
との競合が少ないと見られるA3〜B3以上の格付割合は、最近の短角種は乳雄よ
りも低くなっている。

  輸入牛肉と凄み分けができる安全圏まで、短角種の肉質を引き上げる肥育技術の
改善や育種上の対策は今後の重要な課題である。それとは別に有利な牛作目への転
換のため、技術水準の高い短角繁殖農家に飼養実験を委託することも必要な選択肢
の一つと考えられる。

  繁殖と肥育の両部門を通じて調整を要する問題には三点がある。@周年出荷のた
めの季節生産の偏りの是正  A需要者が短角の牛肉をイデオロギー商品とみるか経
済商品とみるかによって生ずる枝肉評価上の混乱の是正  B牛肉自由化の下でも生
産が続けられるように、商品としての凄み分けができる品質に改善していく肥育技
術の改善や育種事業、さらには作目転換も実証させる実験農家の指定等がある。

(5)子牛市場成績及び枝肉出荷成績の分析
  平成2年度秋期短角牛市場における山形村産の子牛611頭の遺伝学的分析お行
った。調査形質は、出荷体重、日齢体重、価格、kg生体多重である。要因として
出生季節、地域、性、種雄牛の効果および出荷日齢の回帰を取りあげた。すべての
形質に関して種雄牛と性の影響が極めて大きかった。形質の遺伝率は、体重(0.
28)、日齢体重(0.29)、価格(0.55)、単価(0.38)であった。
遺伝相関はすべての形質間において1に近い値を示し、遺伝的関係が強いことが示
唆された。

  次にBLUP法により子牛市場成績に関する種雄牛の評価値を推定した。琴秋1
565、崎橋、杉富の3頭、の種雄牛は高く、幸久、山光、霜善、星富、武山、豊
文の6頭の種雄牛は低くそれぞれ評価され、子出しの能力において種雄牛の間に違
いが認められた。

  平成2年1月より11月に出荷された山形村肥育牛の枝肉格付成績について分析
した。歩留等級は83%がA、肉質等級は95%が1あるいは2、BMSは89%
が2とそれぞれランクされていた。屠殺時日齢、1日増体重、出荷時体重、枝肉歩
留およびロース芯断面積の平均値は、それぞれ660.7日、0.83kg、60
9.7kg、58.3%,42.9 であった。また、肉質に関する形質の平均値
は脂肪交雑ナンバー(2.0)、肉の光沢(2.5)、しまり(2.0)、きめ
(2.0)脂肪の光沢と質(3.9)であった。歩留等級がBあるいはCと評価さ
れた枝肉は屠殺時日齢の平均が690日と全体の平均より1ヶ月程度長くなってい
た。

  次に昭和58年から平成元年までに大地牧場に出荷された732頭について精肉
歩留を中心に分析を行った。分析形質は肥育成績、枝肉重量、枝肉歩留、精肉重量、
精肉歩留である。要因として農家、出荷月などを取りあげた。

  精肉歩留は年々減少し昭和63年に最低になっていた。精肉歩留と各形質問の単
純相関を調べたところ、終了時体重(−0.33)、終了時日齢(−0.22)、
増体重(−0.28)、肥育日数(−0.27)および枝肉重量(−0.46)の
5形質との間に有意の負の相関がえられた。このことは大型の牛になればなるほど
精肉歩留が低下する傾向にあることを示すものである。

  分散分析の結果、精肉歩留に対する農家、出荷月の効果およびDG、肥育日数、
精肉重量の回帰の効果は有意であり、特に農家の飼養環境は精肉歩留に対して大き
い影響を与えることがわかった。そこで、精肉歩留の評価値により農家を上位,中
位、下位の3階層にわけて各形質の平均値を算出したところ、上位農家では下位農
家に比べ肥育開始時体重が大きく,DGおよび増体量が低いことが認められた。こ
のことから粗飼料を多給してじっくりと肥育された牛は、無駄な脂肪をあまりつけ
ないために精肉歩留を高いものにするのではないかと推察された。

2.今後の課題と対応策

(1)主要課題
@  枝肉出荷量の偏りと品質の不揃いを是正することが必要である。本種の肥育牛
 は近年、出荷体重や枝肉重量が増大し、無駄な脂肪が付着し、精肉歩留を低下さ
 せている。超早期出荷は肉のキメ、シマリを悪くし、肉が若く、水ぽいと評価さ
 れる。本種は分娩季節が春に集中しているため、これまで周年出荷を肥育素牛の
 体重の違いと肥育技術の組合せで行ってきたが、この対応だけでは品質の不揃い
 をなくすことはできなかった。

A  地域一貫生産体系の充実を図ることである。岩手県では行政、試験研究機関、
 生産者、消費者団体、生協、量販店が一体となって地域一貫生産事業をすすめ、
 成果をあげてきた。地域一貫生産体系を確立するためには多くの課題がある。と
 くに枝肉出荷牛のうち50%未満の地元産の子牛割合を高めることが肝要である。
 地元保留率が増加していけば、一貫生産事業から得られた産肉情報に基づいて種
 雄牛や種雌牛の選抜淘汰が可能となる。

B  雌牛側の改良事業が立ち遅れていることである。肉用牛改良の基本は能力検定
 による種雄牛選抜にあるが、本種はまき牛繁殖であり、人口授精主体の和牛品種
 と比較して多くの種雄牛を必要とするために、雄側の選抜圧は極めて低い。しか
 し、より立ち遅れているのは雌側からの改良である。地域における雌牛の能力情
 報による改良体制はほとんどの地域でまだ確立されていない。

(2)当面の対応策
@  短角牛肉に対する消費者・流通側の要求に応える。銘柄確立のために、岩手県
 の関係機関・生産団体等は目標をもってとりくみ、一定の成果をあげてきた。牛
 肉自由化の中で短角牛肉をさらに普及拡大していくにはなお一層の取り組みが必
 要となる。消費者が短角牛肉に対してもつイメージ(おいしい、自然・安全食品、
 赤身肉、価格が手ごろ)を大切にして、期待される牛肉生産に努めること、また、
 短角牛肉のよさをもっとアピールしていくことが望まれる。とくに牛肉全体で評
 価されるようにアピールしていくことが重要である。

A  周年出荷体制の確立と品質の斉一化を図る。品質の変わらない短角牛肉を一年
 を通じて供給するためには、子牛の分娩時期の分散と本種の特性を生かした肥育
 方式を組み合わせて周年出荷を実行すること以外に方策はない。

B  肥育方法を改善するために短角用配合飼料の開発と給与法の検討が必要である。
 これに成功すれば本種にあった肥育法が可能になるまた、良質粗飼料の多給によ
 る高品質赤肉生産、すなわち赤肉割合の増加、肉色、しまりが良く、体脂肪の質
 的改善が期待できる肥育法について検討がすすんでいる。

C  繁殖育成技術の改善で重要なことは、夏山冬里の飼養体系をくずすことなく、
 分娩時期を分散化させることである。1つには冬期の人工授精である。秋子生産、
 2つには放牧中発情同期化による人口授精である。秋子生産においては管理労働
 の増加、冬期の粗飼料確保、評価購買による子牛販売などの解決すべき課題があ
 る。先進地域では双子生産・受精卵移植による効率的な子牛生産や超音波装置に
 よる肥育牛の出荷適期の判定あど新技術の導入を積極的に行っていく。

(3)長期的対応−地域における改良事業の推進
  牛の改良は少なくとも一世代5年は必要とするので、正しい方針に基づいて着実
に事業を進めて行くこと以外にない。そのためには、@まず地域全体の雌牛および
それらの産子の能力を調査し、現状を把握する。 A精肉歩留を重点とする改良目
標をたてる B改良目標の達成にふさわしい能力検定済み種雄牛を基幹種雄牛とし
て選定する(4〜5頭) C地域全体の雌牛の30%前後を改良基礎雌牛として選
定する D計画交配は人工受精とまき牛を併用して行う E能力の高い雌子牛の選
択と地域内保留を確実に行う F産子の能力情報に基づいて基種雄牛および基礎雌
牛を更新していく G地域毎に生産者、農協、町村の三位一体による改良推進体制
(改良組織)の確立などが必要である。


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