★ 巻頭言


酪農家支援システムの確立を

日本大学農獣医学部助教授 小林 信一


1.減少を続ける酪農家数

 中央酪農会議の調査によると、今年4月現在の生乳出荷者数は前年比6%減で、
5万戸を大きく割り込む4万7千戸にまで減少したという。畜産統計によっても今
年2月の酪農家数の対前年比減少率は8%と、昨年の減少率6%を上回っており、
飼養戸数の減少傾向は歯止めが掛からないばかりか、むしろそのピッチが速まって
いるとさえ言える。

 こうした戸数減少の要因としては、昨年度に行われた「酪農生産基盤強化促進特
別事業」(畜産振興事業団指定助成対象事業)による調査結果を見ると、「後継者
不足」が生乳出荷中止理由の51%を占め最も多く、次いで「経営者の高齢化」38%、
「労働力不足」25%など担い手の問題が上位を占めた。さらに、今後の酪農経営継
続の意向については、「5年以内に中止する」とした酪農家が全体の16%に達して
おり、継続の意向を表明した農家は半分以下の42%にとどまった。したがって、こ
のままの状況で推移すれば酪農家数の減少はさらに進むものと危惧される。


2.「担い手問題」の時代の担い手対策

 こうした中で、担い手問題がクローズアップされてきている。農業ばかりでなく、
製造業やサービス業においても「斜陽産業」といわれる部門では、日本社会全体が
労働力不足に陥る中で、高齢化や後継者難に直面しているわけだが、農業全体で新
規学卒者の就農者数が2千人を割ってから既に数年が経過した。長時間労働と「き
つい」、「きたない」、「危険」といういわゆる3K職場の条件を満たした労働環
境の中では、若年者の就農は望むべくもないのかもしれない。

 しかし、こうした経営環境の中でも、農業や畜産・酪農に興味を持つ若人も少数
ながら存在することも事実である。行政当局なども農業への新規参入の途を開く努
力を始めている。全国農業会議所が開始した「新規就農ガイド事業」には、開始5
年にして2千件を超す問い合わせがあり、実際に就農した非農家出身者も100人を
突破した。また、北海道では北海道農業開発公社によるいわゆる「リース牧場制度」
によって、この10年間に新たに90人の青年が酪農経営への参入を果たしている。

 担い手対策では先輩のフランスにおいては、最近知られるようになった「青年農
業者就農基金」(DJA)が若年農業者の就農促進援助制度として、すでに20年の歴
史を持っている。この制度によって35歳未満の就農者は、補助金の交付と低利の中
期資金貸付を受けることができるが、これまでに実に10万人以上の青年がこの制度
を利用して就農している。補助金の額は約130万円から430万円までと地域によって
異なるが、最近の年間利用者約1万人のうちの約半数は山岳地域などの条件不利地
域に就農し、地域の過疎化や高齢化の歯止めの役割を担っている。

 DJAの受給資格者は、家族農業従事者や農業労働者などすでに農業に関係を持っ
ている人々を対象としており、必ずしも新規就農対策と言えないかもしれない。し
かし、農地の取得と再譲渡を通して若年農業者の定着対策に寄与している「土地開
発・農村建設協会」(SAFER)の活動や、離農年金制度などが相まって世代間の経
営継承を早め、農村の活性化を図っている点は大いに参考にしたいところである。

 日本においても農業が「単なる生業」であった時代は過ぎ、「農業を行うことは
家を継ぐことと同義」である時代も過去のものになろうとしている。筆者の勤務す
る大学の畜産学科では毎年150人程が卒業していく。そのなかで自ら畜産経営を行
おうとするものは極く少数にすぎないが、それでも毎年何人かの就農者と、それと
は別に将来の牧場経営を目指してアメリカなどに実習に行く非農家出身者もいる。
最近は、牧場経営を夢見る女子学生も見られるようになった。こうした少数であっ
ても貴重な若い希望を夢に終わらせないためにも、新規参入のための様々な方策の
一層の充実が望まれる。


3.少数化した酪農家を孤立化させない対策を

 前記のように、酪農を中止する直接的要因が担い手問題であるとしても、その背
景に酪農経営を取りまく環境の厳しさがあると指摘することには、大方の賛同が得
られるだろう。乳価の低迷は10年に及び、生乳収入の伸び悩みを補てんしてきた個
体販売収入も一昨年来の価格暴落によって急落し、多くの酪農経営が所得の低下に
喘いでいる。こうした中でようやく解決への軌道に乗り掛けた固定負債問題が、再
び顕在化する危惧を表明する声も聞く。最も有効な新規参入対策は、酪農経営が儲
かるようにすることだと言えるかもしれない。フランスの就農対策もECによる共
通農業政策という域内保護政策の大きな枠組みのなかで、成立しているものだとい
うことを看過することはできない。

 確かにこうした厳しい経営環境下にあっても、着実に経営を改善し、所得を増大
している酪農家も多く存在する。また酪農家戸数の減少に対して、飼養頭数は僅か
ながらも増加しているのだから少数精鋭化していることであり、必ずしも戸数減少
は問題にならないという考え方もある。しかし、戸数の減少は中山間地域などでは
その地域社会の崩壊につながりかねない場合もあり、一概に「少数精鋭化」をよし
とすることはできない。

 例えば、筆者が毎年訪問している北海道の浜中町は酪農専業地帯であるが、この
20年間に農家数は約40%減少し、現在でも毎年3〜4戸の離農が続いている。こう
したことから、地域社会の維持発展をはかるためにも、戸数減少を最小限に食い止
める必要があり、そのため新規就農対策に町、農協をあげて熱心に取り組んでいる。
すでに、前述のリース牧場制度によって、7戸の新規就農者を迎え入れているが、
さらに農協独自に研修牧場を設立し、新規就農希望者のトレーニングを行う他、就
農者には町独自の奨励援助措置としてリース料の半額助成や利子補てんなども講じ
られている。

 また、浜中町では農協が中心となって、様々な酪農家支援サービスを提供するこ
とで、経営・技術の改善を達成し離農を防ごうともしている。この酪農家支援シス
テムは、すでに定評のあるところで、農協酪農技術センターを中心とした生乳、飼
料、土壌分析、乳牛検定事業や、酪農ヘルパー制、経営税務相談など酪農家の日常
の経営活動を支援する仕組みが重層的に構築されている。昨年当地で行った酪農家
に対する個別調査によっても、農家にとってこうした支援システムが不可欠なもの
になっていることが、明らかになっている。

 経営規模の拡大に伴って、経営内だけでは実施しきれないこうした作業に対する
外部からの支援がますます必要になってきている。また、実際にこうした分野の組
織整備も進んでいることは確かである。例えば、乳牛検定事業では参加農家率は30
%未満と低いものの、検定牛率ではアメリカとほぼ同程度にまで伸びてきている。
また、昨年全国組織が発足した酪農ヘルパー組合は、全国に約260の利用組合が設
立され、その利用酪農家割合は酪農家総数の約30%に達している。

 こうした事業体の組織整備は、酪農地帯を中心に今後ますます進んで行くと思わ
れるし、ぜひとも進めていってほしい課題である。しかし酪農家戸数の減少にとも
ない、ますます酪農家が地理的に孤立化、分散化していく地域においては、こうし
た外部援助が享受しにくくなってくると思われる。例えば、先日訪問した関東地方
のある酪農家は、乳牛検定組合がその地区に存在しないため自家検定を行っていた
が、検定の手間と、検定結果の受取りまでに2ヶ月ほども要したため、乳牛検定を
中止したと話してくれた。年中無休の酪農家に休日をもたらしたヘルパー制度も、
こうした地域では利用できない所が多い。この農家のように地域において、いわば
孤立的に存在している酪農家こそ外部からの支援が必要とされるのだが、そうした
支援のないままますます孤立化し、結果として戸数減少に拍車をかけることになる。

 酪農家支援システムは、現在行われているように、地域ごとの自主的な組織によ
って運営されることを基本とすべきではあろうが、酪農家が少数化し、組織化が難
しくなっている地域には、別に広域的な対応が考えられてもよい時期に来ているの
ではないだろうか。例えば、生乳や飼料分析などは県ごと、あるいはより広域的な
センターがこうした酪農家をカバーし、酪農家が郵送によって気軽に、しかも迅速
にこうしたサービスが受けられるといった体制づくりができないものだろうか。

 少数化する酪農家をますます孤立化させるのではなく、むしろネットワーク化し
ていくことで生産基盤の脆弱化を防ぐ手だてが必要とされているのではないか。


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