村田富夫(日本獣医畜産大学教授)
1 粗食料でみた魚類と肉類の総消費量は世界と同一水準 日本人の食肉消費は中幕で停滞しているのか、終幕をむかえようとしているのか、 脇役の儘なのか、代役が必要なのか、それが問題だ。 日本人の食肉消費水準はヨーロッパ先進諸国の1/2、アメリカ・オセアニアの1 /3、水準にあると言われるが、魚類と食肉を合計した消費水準は世界の先進諸国 と同一水準にある。主要国の一人当たり年間食肉消費量は1991年時点の枝肉ベース でみると、牛肉ではアメリカ:46.5s、オーストラリア:39.9s、カナダ:38.1s、 日本:9.1sである。豚肉ではデンマーク:65.9s、旧西ドイツ:55.8s、日本: 16.9sである。家禽肉を調理ベースでみると、アメリカ:45.3s、カナダ:28.4s、 オーストラリア:25.1s、日本:14.5s水準にある。1979〜1989年の鯨肉を含まな い粗食料で年間一人当たりの魚介類の消費量をみると、日本:72.3s、フランス: 18.3s、イギリス:15.0s、オーストラリア:8.0s、カナダ:7.3s、アメリカ: 6.9s、旧西ドイツ:6.6sとなっている。魚介類食肉の合計量ではアメリカ:129.3 s、日本:112.8s、カナダ:107.2s、旧西ドイツ:95.8s水準である。魚介類は 粗食料であるから食肉と単純に合算することはできないが、日本人は食肉消費水準 の低さを魚介類でカバーしていることは歴然たる事実である。 ―食肉通信社「'92数字でみる食肉産業」、国勢社「'91日本国勢図会」参照― このため、国民一人一日当たり平均2600kcal水準に到達した飽食時代の今日、食 肉需要拡大のためには魚介類と食肉との競合関係さらには食肉の種類間のトレード ・オフ関係に十分に配慮しておく必要がある。また、食肉需要拡大のためには新し い発想すなわち食料としての食肉需要拡大を図るほか、嗜好品あるいは機能性食品 (健康食品)等としての発想の転換が必要であろう。 2 依然として大きい牛肉消費の地域間格差 昭和43年〜平成2年の家計部門における一人当たり食肉消費水準の推移をみると、 牛肉金額:6.34倍、牛肉数量:2.16倍、豚肉金額:2.9倍(1982年:最高)、豚肉 数量:1.52倍(1979年:最高)、鶏肉金額:3.23倍(1982年:最高)、鶏肉数量: 2.17倍(1986年:最高)となっている。これを金額と数量の対比でみると、牛肉 :2.9倍、豚肉:1.9倍、鶏肉:1.5倍であり、牛肉金額の上昇が顕著である。 −図1参照− 次に、このような食肉消費の変化を種類別の地域間差異について検討してみよう。 肉類の一人当たり家計消費の県間格差を変動係数の変化でみると、昭和52年と平成 2年時点では、それぞれ牛肉金額は64.2%:42.6%、豚肉金額は25.2%:20.9%、 鶏肉金額は24.4%:20.0%となっており、経時的には肉類金額の県間格差は解消傾 向にはあるが、牛肉金額では格差それ自体が大きく豚肉・鶏肉の2倍以上の県間格 差が依然として存在している。なお、平成2年時点の一人当たり家計消費量の県間 格差を変動係数でみると、牛肉数量では38.5%、豚肉数量では24.6%、鶏肉数量で は22.3%になっている。このことは、牛肉での県間格差は購入数量よりも購入金額 格差の方が大きく、購入単価格差が地方(県)間で大きいことを意味している。し たがって、牛肉消費の県間格差解消努力により消費量は増大していくが、購入金額 の平準化がより重要である。−表参照− 豚肉・鶏肉の地域間格差は解消傾向にあるが、牛肉の地域間格差は近畿地方の所 謂「霜降り肉」嗜好による購入単価上昇と大阪の「食い倒れ」と言う食文化に影響 されるところが大きいと考えられる。このため、牛肉の地域間格差解消は「霜降り 肉」に代表される牛肉嗜好の変化と食文化の全国的均質化が可能かどうかに懸かっ ていると言えよう。 3 魚肉と食肉との競合関係 家計部門における一人当たり動物性食品購入金額の推移をみると、魚介類金額が 最も大きく−1990年時点で肉類金額の1.3倍−、肉類の種類別では1981年以降は牛 肉、豚肉、鶏肉の順位になっている。生鮮魚と生鮮肉の購入数量比較では、1985年 以降は生鮮肉の方が生鮮魚よりも多くなっている。したがって、金額的には魚介類 の方が大きいが、数量的には生鮮肉が多く、このことは相対的には生鮮魚単価の上 昇を示唆している。−図2参照− 所得階層別の購入金額では第T階層から第X階層(平成2年で年872万円以上) へと所得が高くなるにつれて、魚介類金額・肉類金額とも増大しているが、魚介類 の上昇率が高くなっている。購入数量では、生鮮肉は第X階層では減少する傾向に あるが、生鮮魚では増加しているのが特徴的である。肉類を種類別にみると牛肉で は所得上昇により増加しているが、豚肉・鶏肉では減少する傾向にある。 年齢別にみると、肉類の購入金額では50才以上では減少傾向にあるが、魚介類で は65才以上でのみ減少している。購入数量でも傾向としては金額と同じ状況にある が、肉類の種類別には豚肉・鶏肉では50才を境にして増加から減少に転じているが、 牛肉では55才以上階層で減少に転じている。−図3・4参照− このように、動物性食品は食品の特性により、一人当たり消費水準の増減にはそ れぞれ差異があり、その特性差異が今後どのように持続あるいは変化して行くかが 問題である。傾向的には、経時的には魚介類の増加傾向、肉類の停滞傾向が示唆さ れるが、これは家計部門のみの分析結果であり、加工・外食部門を考慮すれば上述 の結果とは異なった傾向があるかも知れない。 いずれにしても、高齢化・高所得化により一定階層以上では消費水準の低下傾向 がみられ、魚介類に比べて肉類での減少傾向が顕著であることが食肉消費拡大上の 課題である。 4 食肉消費に対する世帯間の差異 食肉消費は世代により異なり、副食物とての選択は両親は魚(43.2%)、肉類 (17.0%)であるのに、子供は魚(21.8%)、肉類(50.6%)と世代間に嗜好の差 異がみられる。肉類の種類別嗜好の順位は、両親は牛肉(59.3%)、豚肉(25.6%)、 鶏肉(15.1%)、子供は牛肉(54.1%)、豚肉(22.4%)、鶏肉(23.5%)となっ ており、牛肉は両者とも1位であるが、子供では鶏肉の方が豚肉より順位が高く、 これはフライド・チキン等への馴染みが深いことが影響しているだろうか。 食肉消費と魚肉消費の競合・代替関係を価格比較でみると、魚と牛肉・豚肉・鶏 肉との比較で安価と回答したものは、牛肉(16.5%)、豚肉(75.6%)、鶏肉(83.9 %)であり、牛肉は魚より高いが豚肉・鶏肉では圧倒的に魚が高い意識をもってい る。肉類と魚との栄養価の比較では肉類(53.5%)であり、肉類に軍配をあげてい る。健康にはどちらがよいか、の設問では魚(98.8%)が断然有利である。料理の 素材としての選択では魚(65.1%)と魚を利用するものが多くなっている。 次に、料理素材選択の規定要因についてみると、簡便性で肉類(75.9%)、料理 の種類では肉類(82.6%)と肉類選択の割合が多くなっている。料理素材購入の規 定要因では、1位に挙げたものの価格(28.6%)、健康(18.8%)、品質・鮮度 (17.4%)、美味しさ(17.1%)、栄養価(12.9%)等であり、1位・2位の総合 では品質・鮮度(46.5%)、価格(39.3%)、健康(35.3%)、美味(33.0%)、 栄養価(30.5%)等になっている。 食肉需要の両親(子供)の増減希望についてみると、国産牛肉では現状維持が両 親:56.0%(子供:44.0%)、2割増:29.8%(31.0%)、5割増:11.9%(23.8 %)、削減:2.3%(1.2%)であり、輸入牛肉では現状維持:56.1%(52.4%)、 2割増:14.6%(15.9%)、5割増:6.1%(8.5%)、削減:23.2%(23.2%)と なっており、牛肉消費は現状維持が半数以上であるが、和牛については子供では20 %以上が5割増を望んでいる。しかし、輸入牛肉については削減が両親・子供とも 20%以上あることが奇異に感ぜられる。 豚肉については、現状維持が両親:68.2%(子供:71.4%)、削減:22.4%(15. 5%)となっており、鶏肉では現状維持:75.3%(71.1%)、削減:3.5%(7.2%) 希望となっている。豚肉・鶏肉は牛肉より現状維持が多く、また豚肉では削減希望 が両親では20%以上の割合を占めているが、鶏肉では削減希望の割合が3.5%と低 いのはヘルシイ嗜好の表れであろうか。 今後食肉需要を増大するための消費者からみた方策は、牛肉では価格低下:78.2 %、豚肉では品質向上:36.1%、鶏肉では品質向上:57.5%が食肉の種類別の第1 位になっている。また、食肉消費拡大のためには、価格政策では価格安定策の強化 :71.8%、流通政策では産直の推進:52.4%、販売方法の合理化では食肉保存技術 の向上:39.0%、輸入方法の合理化では関税引き下げ:61.0%、生産方法の合理化 ではコスト・ダウンより安全性・鮮度の向上:58.5%についての希望が多くなって いる。 いずれにしても、食事は両親では健康志向が最も強く、次に経済性追求であり、 子供は母親の料理に規定される割合が最も多く、次いで美味しさとなっている。 消費者は現在の食生活に栄養の偏り、安全性に不安を強く感じており、健康に良 い正しい食生活の徹底と経済性・美味の追求など多様な要求に答えて行くことが緊 急の課題となっている。 −本項は本学獣医・畜産学科学生の家庭を中心にアンケート調査した結果である。 調査時点:'91/12〜'92/1、集計戸数:88戸− 5 消費者の多様な食肉需要への対応−既成概念からの開放 日本人の食生活は「飽食時代」・「グルメ時代」にあると言われるが、栄養の偏 り、安全性など多くの課題を抱え、食生活の本質から乖離する状況にある。確かに、 家計部門での食肉消費は牛肉を除いて飽和状態にあり、これ以上の増大は望みえな いかもしれない。また、牛肉についても現状維持志向が多く、高度経済成長時代の ような飛躍的な消費増加は期待できないであろう。 だとすれば、食肉消費を増大するということは量的な増大のみに固執するのでは なく、食生活が栄養の面でも、健康・安全性の面でも、さらには味覚(美味)の面 でも、利便性の面でも多様な消費者の要求に即応して、質的さらには消費者の感性 を満足さすシステム構築が必要になっている。 このためには、これまでの食料は所得・年齢・嗜好・消費慣行等によって規制さ れるといった既成概念からの開放が必要である。すなわち、食肉消費拡大のために は消費者の価値観の変化・ライフスタイルの変化に即応して低価格・健康維持・安 全性・美味といった多様な食料としての機能追求と併せて嗜好品・機能性食品さら には消費者の感性を満足さすと言うアメニチィ(快適性)訴求が要請されよう。 表 食肉の種類別統計値
一人当り | 平 均 | 最 大 | 最 小 | 標準偏差 | 変動係数 |
穀類金額 | 31,162 | 35,565 | 23,591 | 2,649 | 8.5 |
魚介類金額 | 37,672 | 47,928 | 20,818 | 5,146 | 13.7 |
鮮魚金額 | 20,196 | 26,486 | 12,428 | 3,081 | 15.3 |
鮮魚数量 | 12,128 | 22,170 | 7,173 | 2,526 | 20.8 |
鮮魚単価 | 169.4 | 225.5 | 104.3 | 23.4 | 13.8 |
肉類金額 | 27,413 | 40,289 | 18,244 | 4,833 | 17.6 |
生鮮肉金額 | 22,150 | 35,177 | 12,902 | 4,716 | 21.3 |
生鮮肉数量 | 12,455 | 15,982 | 8,673 | 1,551 | 12.4 |
生鮮肉単価 | 177.4 | 247.7 | 127.2 | 28.6 | 16.1 |
牛肉金額 | 10,881 | 22,464 | 3,906 | 4,636 | 42.6 |
牛肉数量 | 3,346 | 5,718 | 1,255 | 1,290 | 38.5 |
牛肉単価 | 323.3 | 392.9 | 200.5 | 41.8 | 12.9 |
豚肉金額 | 6,388 | 8,946 | 4,315 | 1,333 | 20.9 |
豚肉数量 | 4,479 | 6,473 | 2,864 | 1,103 | 24.6 |
豚肉単価 | 144.4 | 181.5 | 111.4 | 12.9 | 8.9 |
鶏肉金額 | 3,450 | 4,687 | 2,082 | 689 | 20.0 |
鶏肉数量 | 3,658 | 5,510 | 2,192 | 817 | 22.3 |
鶏肉単価 | 95.1 | 122.4 | 77.2 | 9.2 | 9.7 |
資料:総務庁「家計調査年報」より計測したもの。 注:統計値は都道府県庁所在都市について、一人当たり消費に 換算して計測したもの。