仲間、生協と連携した乳肉複合経営−農業生産法人巨シ野−

企画情報部 布野秀隆 富澤由記子


 農業生産法人巨シ野は、養鶏と酪農を取り入れた乳肉複合経営を行っています。今回、梅原宏保社長から現在の経営形態に至るまでの変遷や独自の経営戦略についてお話を聞く機会を得ましたので、その概要をレポートします。非常に先進的で企業的なセンスを取り入れた法人経営を営む一方、酪農組合や生協と連携するなど生産者、消費者とのつながりも大切にしている経営事例として紹介します。
養鶏と酪農を取り入れた乳肉複合経営へ

 巨シ野は、房総半島の真ん中に位置する千葉県君津市にあります。現在、肉牛2
千頭、乳牛260頭、採卵鶏15万羽で年間売上げ約14億円という規模です。農業生産
法人の経営形態をとっており、社員36名のうち12名が出資し、株式を取得していま
す。

 経営者の梅原宏保さん(56才)は、昭和39年に東京からこの地に移転してきまし
た。それまでは多摩の郊外で養鶏を営んでいたのですが、ちょうどその頃企業的農
業経営が推奨されており、梅原さんも東京でこれ以上規模拡大するには限界がある
と感じ、新天地を求めて現在のところに移転してきました。

 しかし、40年代後半になると、米同様、卵も生産過剰になり、規模拡大もままな
らなくなりました。そこで、梅原さんは養鶏で培った資本と経営手法をもとに、新
たに肉用牛経営への道を切り開きました。50年に肉用牛のほ育育成農場を福島市に
建設したのを皮切りに、51年には君津市に肥育農場を、そして59年には同市にほ育
育成農場を建設しました。

 さらに、肉用牛経営でも養豚同様、繁殖肥育一貫でなくては将来経営が成り立た
なくなるだろうという考えから、平成2年には最新施設をもつ乳牛農場を完成させ、
乳を搾りながら、生産される子牛を肉用牛部門に利用しています。こうして、今日
の経営形態になったわけです。



肉用牛部門―酪農組合との連携により安定供給できる体制づくり

 「コスト・ダウンと経営の安定のためには、良い子牛をいかにして安い価格で獲
得するかに尽きる」というのが肉用牛経営での梅原さんの経営方針です。この方針
に基づき、「ただ同然」で子牛が生産できる酪農部門も始めたのですが、現在、260
頭の乳牛には「糸道」の種を付けてF1の生産をしています。生産された子牛は8
カ月になるまでほ育・育成農場で飼育し、その後、肥育農場に移されます。また、
地元の千葉北部酪農協を通じて、年間700頭の乳おすを育成農場に導入しています。
乳おすで20カ月、F1で23カ月まで肥育された後、出荷します。

 それぞれの農場では2〜3人が専属で作業に従事していますが、原則として月5
日間の休暇を取ることにしています。安心して休めるよう、「支援課」という部所
をつくり、農場の担当者が休むときに作業を代行することになっています。このよ
うに経営内で組織的な対応ができるのも、法人経営ならではです。

 年間の出荷頭数は、ホルスタインが1,040頭、F1がF1クロスを入れて230頭の
計1,270頭です。今後は、酪農部門を拡大することにより、子牛の自給率を高めた
いそうです。また、F1の生産を最近始めたのですが、種の系統がばらばらだった
ため、肉質にばらつきが生じ、時々消費者から文句をいわれたこともあるそうです。
今後は、「糸道」の種を中心にして肉質の均一化を図っていくことが課題となって
います。


 餌については、指定配合飼料をメーカーに委託して、配合内容や原料を公開して、
良質で安い餌を組合として買うことを現在行っています。また、いわゆる、ノン・
ポスト・ハーベストのとうもろこしを原料とした餌で牛肉をつくると、1頭当たり
1万円強もコストが上がる計算になるそうですが、安全に対する消費者の強い要望
に応えるため、何んとか取り組んでいきたいと現在検討中です。

 梅原さんは、現在の飼養規模では将来のことを考えたら小さすぎると考えていま
す。「もっと多くの仲間と手を取り合うなかで、良いものをいつでも定時、定量に
供給できるシステムをつくって初めて自分の経営も生き残ることができる」、この
ような考え方が千葉北部酪農協と一致し、18名の仲間と一緒に生産し、消費者に供
給するという経営をすすめています。


酪農部門―2交代制で1日3回搾りを実現

 酪農は、自分の経営内で乳肉一体経営をしようという決意から、平成2年に始め
ました。酪農の導入は肉用牛経営が将来生き残るための決断といってもいいのでし
ょう。実は乳牛農場のあるところは、以前、養鶏の施設だったそうです。養鶏は技
術革新により、土地が3分の1で同じ羽数がかえるようになったので、農場があい
てしまった。そこに最新設備を誇る乳牛農場を建設したわけです。現在、260頭の
乳牛で年間1万6千トンの生乳を生産しています。

 搾乳は朝6時、昼1時、夕方6時の1日3回です。作業は7人でローテーション
を組んで、早番、遅番の2交代制をとっています。同時に20頭の搾乳ができるミル
キング・パーラーを使っているので、1回2時間もあれば充分です。2交代制によ
る3回搾りといった作業体系がとれるのも法人経営ならではなのかもしれません。
3回搾ることにより、乳房炎の防止になるほか、搾乳量も一頭当たり平均で7千500
s確保できるというメリットがあるようです。乳質も、乳脂率3.68%、無脂固形分
8.62%という成績を収めていますが、特に「安全・安心」をモットーに生菌数には
気を使っています。

 新鮮な生乳と肉牛部門に供給する子牛の生産に経営の重点を置くため、乳牛の育
成は全く行っていません。すべて北海道から妊娠牛を導入しています。一産した後
はF1の子取りを3産までしています。
 
 酪農部門の技術的な担当は、梅原さんの息子の正一さんです。この地域では首都
圏という大消費地を控え、搾乳された生乳はほとんどが飲用にまわされます。先日
新聞に掲載された牛乳輸送船「ほくれん丸」の就航についても、「私たちのつくっ
た牛乳は新鮮さで負けない」とキッパリ。自信のほどをうかがうことができました。


採卵部門―仲間との連携を大事にした卵生産

 養鶏部門も、規模拡大ができないといいながら、現在、地域の仲間5人と農事組
合法人を設立し、30万羽の生産体制をつくっています。共同の育成場を持ち、そこ
で1ロット3万羽の雛を同じ配合飼料で餌付けします。できた卵を1カ所のG・P
センターに集め、一部は“菜の花エッグ”のブランド名で販売しています。また、
卵の生産量が一定になるよう、ひなの導入や強制換羽の時期を調整するなどグルー
プ内で生産計画を作成し、これに基づき生産しています。

 昨年からの卵価低迷により、卵部門の経営は大変厳しいものがあるようですが、
「定時、定量、定質」をモットーに、良質な卵が供給できるよう仲間と共同戦線を
組む中で、経営の一つの柱にしています。


なくてはならない完熟肥料のプラント

 これだけの牛や鶏を飼養しながら、その糞尿を還元する農地を持っていません。
最初は非常に不思議に思いました。まわりに人家はないといっても、やはり首都圏
近郊ですから環境問題にはうるさいはずです。一体どうしているかというと、すべ
て発酵させて完熟肥料に加工しているのです。そういわれれば、牛を見てまわって
いるときも、牛舎特有の臭いがあまりしませんでした。「いくら低コストで牛肉や
卵を生産しても、末端処理ができていなようでは生産者としては失格」と梅原さん。
40トンの糞やきゅう肥を処理できる発酵層が6本あります。毎日出てくる糞などは、
まずここで木酢酸、バーミキュライトそれに種となる菌を混ぜ、約1週間かけて一
次発酵させます。この間、3回くらい機械でかき混ぜるのですが、発酵をうまくす
るためには空気の送風と水分調整が大事だそうです。

 一次発酵が終わると、別の施設に移し、さらに3カ月間二次発酵させます。温度
は75℃にもなり、水分は最終的に30%まで下がります。また、粒子を細かくするた
め、クラッシャーにもかけます。

 その後、「制約が多いので補助事業は使わない」という梅原さんが唯一補助金で
つくったという最終処理のプラントで、15sづつ袋詰めにします。現在、1日200
袋を製造しています。販売価格は1袋250円です。最初はつくっても売れず、倉庫
が袋でいっぱいになったが、新聞に折り込みのチラシを入れたりして宣伝したら、
在庫がほとんどなくなったそうです。 この部門だけの収支をみると完全に赤字と
のこと。しかし、健全な経営を維持していくためには、どうしても糞尿処理をして
いかざるを得ないわけです。将来的にはもっと処理能力をアップする予定です。


生協を通して消費者と連携

 梅原さんの生産した生乳や肉牛は、千葉北部酪農協を通じ、「八千代牛乳」、
「八千代ビーフ」のブランドで主に東都生協に出荷され、消費者に届けられていま
す。

 特に、牛肉については、「酪農家と肥育農家の生産連帯で生まれた乳肉一体」、
「生まれた子牛から肉になる成牛まで本当に顔の見える産直牛肉」、「よい子牛、
よいエサ、よい管理」をモットーに、「自分たちの牛肉は同じ牛肉でもちがう、是
非食べていただきたい」ということを訴えながら販売に努力しています。

 今後も消費者と生産者、そして加工者が互いに話し合い、キャッチボールを繰り
返しながら、生産を続けたいとのことです。


将来の展望

 梅原さんは、肉用牛及び酪農ともに、売上高、生産費などの収支計画を作ってい
ます。その計画によると、牛肉の生産コストは枝肉換算で乳おす800円/s 、F1
1,000円/s、販売価格は乳おす900円/s、F11,100円/sくらいと計算してい
ます。計画は適宜見直し、さらに低コスト化に向けて努力したいとのことです。こ
れくらいの価格で販売できれば、一定の金利負担を償却しても何とか所得が上げら
れる見通しが立つようです。

 牛乳については、100円/s位で農協に出荷しています。コストが80円/s前後
と高めですが充分利益を上げています。酪農はまだ始めたばかりで、これからコス
ト低減を図ることが課題となっています。原料乳が100円/sというのは、周りで
も高い方だと思います。現在出荷している農協は、品質管理にうるさく、乳脂率は
当然のことながら細菌数や体細胞数にも非常に気を使っているそうですが、良い牛
乳をつくれば当然高く買ってくれます。

 梅原さんの息子さんも、3年くらい前から後継者として一緒になって経営に携わ
るようになりました。これに併せて、成鶏農場の改造から乳牛農場の建設とかなり
の設備投資をしたそうですが、これも息子さんが経営に参画するなら、人並みの所
得が得られる、明るい経営の見通しが立てられるようにしたいと思ったからだそう
です。

 「世の中というのはいつ何時何が起こるかわからないし、どんな問題にぶつかる
かもしれない。しかし、どんな時代が来ても、安全、安心そして良質な牛肉や牛乳
を、常に消費者の要望に応えられるように生産していく、しかも、一人でするので
はなく組織的にやっていく、そして、流通体制に合った供給をしていけば、今後も
なんとかやっていける」と梅原さん。世の中の移り変わりの節目節目で対応してい
くことにより今日の経営形態を築き上げた梅原さんらしいことばです。


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