★ 巻頭言


コレステロールと健康

浜松医科大学教授 高田 明和


 最近成人病の予防に低カロリー、植物油を用いた食餌が推められている。理由と
して心筋梗塞、脳梗塞などの病気になる危険因子の代表的な3つが、高血圧、高コ
レステロール、喫煙とされるからである。

 1950年代に米国の心臓病学者のフリードマンとローゼンマンはストレスの多い生
活を送っている経営者はストレスを受けた時のみ著明に血中コレステロール値が上
昇していると報告した。このことはストレスがたんに血管を収縮させたりすること
により心筋梗塞をもたらすのみでなく、コレステロールを上昇させることにより動
脈硬化をひきおこし、これにより心筋梗塞をおこす状態を作り出すことを意味する。

 この仕事は医学界に衝撃を与えた。そしてコレステロールを下げることは成人病
の予防につながるとし、コレステロールを作らせない植物油を摂取すること、牛肉、
豚肉などの動物性の肉の摂取を減らすことが推められた。


コレステロールと性格

 そこでストレスの多い職業の人は血中コレステロールが高値を示すのではないか
と考えられ、米国のカリフォルニアの消防士を危険の多い職業の代表として選び、
この対照として普通の職業のスーパーで働く人を選んで、血中コレステロール値を
比較した。

 ところが不思議なことにコレステロール値はどちらのグループも同じであった。
しかしコレステロールはむしろ個人の性格と関係しており、コレステロール値の高
い人は責任感があり、自制心をもち、社会との適応性が良いということが分かった。

 この研究に触発され、性格とコレステロール値の関係の報告が次々と出された。
ヘルシンキ大学のビルクネンは犯罪者でも暴力行為などの反社会的性格の人と詐欺
のように暴力的でない犯罪者の血清コレステロールを比較した。すると暴力的な反
社会的性格の人は血清コレステロール値が低いという結果が出た。

 さらに彼らは青少年の犯罪者を集め、彼等を攻撃的性格と非攻撃的性格に分けた。
すると攻撃的な性格の子供の方が血清コレステロール値が低かったのである。例え
ば、いじめ、窃盗、器物破壊の3つをとると、このようなことをする子供の血清コ
レステロールは低下を示していた。

 また動物実験で飽和脂肪酸とコレステロールを制限して与えたサルは通常の食餌
をとっているサルにくらべ、より攻撃的であった。また精神病院に入院している人
達でも血中コレステロールの低い人はとじこもりがちで人とつき合いたがらなかっ
た。


心筋梗塞の治療とコレステロール値

 最近コレステロールの生成を抑える薬が開発された。これは高コレステロール血
病の患者に投与され、心筋梗塞の再発防止に使用されている。さらに低コレステロ
ール食を摂取することも治療法として用いられている。

 ところが7年間位の追跡調査の結果意外なことが分かって来た。それはコレステ
ロールを低下させると確かに心筋梗塞による死亡率は減少するが、死亡者総数は変
わっていないということである。つまり他の原因による死亡が増加していることを
意味する。そこで死亡原因のうちどれが増加しているかをしらべると自殺、殺人、
事故死がふえていた。つまりコレステロール値を低下させると脳に影響を与え、自
殺や他殺をひきおこすような変化をもたらすということになる。一体コレステロー
ルは脳にどのような影響を与えているのであろうか。 


うつ病と自殺、他殺


 脳内に変化をおこし自殺、他殺をひきおこす病気にうつ病がある。うつ病は自殺
傾向を示すが、同時に他殺の率も高い。これはうつ病患者の破壊的行為が他人に向
けられた場合と考えられている。うつ病では脳内の一部におけるセロトニン(トリ
プトファンから作られるアミン)が減少していることが知られている。現在ではう
つ病の治療薬は脳内のセロトニン値を上昇させる作用をもつものである。

 さらにセロトニンと破壊行為のことであるが脳内のセロトニン値の著しく低い患
者は自殺手段が暴力的で睡眠薬などを用いず、手首を深く切ったり、自分の首にナ
イフを立てたりすると云われる。

 このためコレステロールの低下は脳内のセロトニンの代謝に変化をひきおこすの
ではないかと云われている。これについては我々も目下研究している。


サルと肉食

 ヒトは肉食を必要としているとされる。コロンビア大学の人類学者マービン・ハ
リスは「ヒトは高繊維、低タンパク食には適していない」と云っている。菜食主義
者も厳格には菜食のみでなく、タマゴや牛乳で動物性タンパクを摂取しないでは生
存出来ないという。

 我々の先祖とされるサルも昔考えられていた程草食ではない。彼らは昆虫、うじ
虫などにより動物性タンパクを補給している。チンパンジーは時折、小動物を殺し
て食べる。このように我々は草食動物の子孫ではないのである。


進化とコレステロール

 ヒトの祖先が直立歩行に移り、草原に出て来るようになると生存の危険は大にな
った。さらに狩猟する動物は野牛、馬、猿といった一人ではとても獲得出来ない相
手である。さらに種族間の争いもある。このため集団を作って生活するようになる
が、ここでは指導者はまず強くて戦いに勝てる者が選ばれたに違いない。指導者は
筋力、体力をつけるため高エネルギー食を摂取した。そして集団に属する人々も自
己の食を少くしても指導者に食べさせたに違いない。

 一方高コレステロールは指導者に責任感、安定感をもたらすわけであるから、あ
る意味では体の大きい、高コレステロール値をもつ者は指導者の一つの資格であっ
たと思われる。そして現在生存している我々はすべてこの時期の生存競争に勝ち残
った人々の子孫なのである。つまり我々は肉を必要とし、さらにコレステロールが
高値を示すことにより精神が安定し、責任感ある性格になるように生まれついてい
るのである。


体格と社会性

 最近の研究では長寿の人はやせた人ではなく若干小ぶとりの人だということが分
かってきた。同様に社会で活動する指導者の方々を見ても決してやせていない。古
くは徳川家康や西郷隆盛をあげるまでもないが、近年では吉田茂、チャーチル、毛
沢東もやせぎすではない。

 恐らくこれらの人々は指導者に特有の安定した感じをいだかせ、自分の職務に責
任感をもっていた人に違いない。そしてこれらの性格にコレステロール値が関係す
るとしたら、食事の社会的、歴史的意義はまことに大きいと云わなくてはならない。

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