需要不振部位の需要増進に関する経済学的検討
−部分肉卸売価格の形成メカニズム−

三重大学生物資源学部助教授 石田 正昭


 先月号に引き続き、平成4年度畜産物需要開発調査研究事業の調査研究のテーマの中から、三重大学生物資源学部石田正昭助教授の調査結果(要約)をご紹介します。
1 はじめに

 食肉生産は一種の結合生産であって、一頭の家畜から数多くの部位が固定的な比
率で生産される。その中には売行きの良い部位(以下需要良好部位と呼ぶ)もあれ
ば、売行きの悪い部位(以下需要不振部位と呼ぶ)もある。牛肉を例にとれば、ロ
イン系は需要良好部位であり、モモ系は需要不振部位である。一般に、需要不振部
位の低価格を需要良好部位の高価格で補っているのが現状であろう。そして、この
需要不振部位をいかに売り切るかが卸売業者のみならず小売業者も含めた食肉業界
全体の課題となっている。

 そので、小稿では次の2点を明らかにする。一つは、フルセット価格とパーツ価
格の関係を数量的に解明することである。もう一つは、需要不振部位の需要増進の
取組み(例えば加工、貯蔵、特売、小売技術の改善など)を整理し、その経済学的
評価を行うことである。これらの検討を経た上で、わが国食肉業界の今後のあり方
を提示したいと思う。


2 部位別パーツ価格の格差拡大

 かりに和去勢を例にとれば、枝肉364sから部分肉(フルセット)266sが生産さ
れるが、この中には多数の部位が含まれている。部分肉取引規格では基本13部位で
あるが、実際には30部位あるいはそれ以上に小分割されて取引されているとも言わ
れる。これらの各部位の生産重量は若干の個体差はあるものの、同一畜種であれば
その差は小さく、ほぼ固定的な比率で生産される。これを歩留率と呼ぶが、フルセ
ットを100とすると、ヒレ2.9、サーロイン7.0、そともも6.9、ともばら18.2などの
固定比率を持っている。

 食肉卸売流通がすべての部位を含めたフルセットもしくは枝肉の形で成立してい
れば、表面上は需要良好部位、需要不振部位という概念は発生しない。最終の小売
段階では部位間で「売れる」「売れない」の違いが発生するかもしれないが、それ
は全体のフルセット価格に影響を及ぼすだけであり、卸売段階で特定部位が売れ残
るという事態は発生しない。かつてはこうしたフルセット取引ないし枝肉取引が一
般的であったし、現在も一部の高級牛肉の取引や産直取引では成立している。

 しかし、専門小売店の衰退とスーパーマーケットの台頭、および小売店での人員
合理化が進むにつれて、部位ごとのパーツ取引が一般的になってきた。枝肉の部分
肉への仕向割合は牛豚ともに約7割と推計されるが、そのうち牛肉の部分肉流通に
占めるパーツ取引の割合は、ビッグストア(主要3社)で和50〜95%、乳60〜70%、
中小スーパーで和100%、乳80%にのぼるという調査結果もある。いずれにせよ、
こうした傾向は今後強まりこそすれ、弱まることはないと見られる。

 重要なことは、こうしたパーツ取引の進展に伴い卸売段階で需要良好部位と需要
不振部位の相違が明確となり、需要不振部位の売れ残りと部位間の価格差が拡大し
ていることである。趨勢的に見ると、ロイン系とモモ系の価格差の拡大がとくに著
しい。スーパーマーケット(ビッグストアを含む)を中心とした強大なバイイング
・パワーのもとで、売れない部位は引き取らないという姿勢が明確になっている。
したがって、この需要不振部位をどのように売り切るか、またその中で各パーツの
適正な価格をどのように発見するかが卸売業者、小売業者共通の課題となっている。


3 データ

 分析期間は1981年10月から1993年2月までの137ヶ月間である。データ的には月
次データを用いる。

 部分肉の卸売価格については、日本食肉流通センター『業務月報』から和去勢チ
ルド3、乳去勢チルド3、豚カットTの川崎の過重平均価格を用いる。データとし
てはフルセット価格と各基本部位のパーツ価格を利用する。

 なお、パーツ価格をフルセット的に積み上げた価格(以下パーツ集積価格と呼ぶ)
の算出に当たっては、日本食肉流通センターの歩留表を利用した。


4 フルセット価格とパーツ集積価格

 図1はフルセット価格とパーツ集積価格を比較したものである。この図はパーツ
集積価格−フルセット価格を1s当たりの実数で表示したものであり、0を境とし
てプラスであればパーツ集積価格の方が高く、マイナスであればフルセット価格の
方が高い。期待される結果はパーツ取引に伴う取引費用の増嵩を考慮に入れて100
円程度の範囲でプラスに推移することである。

 それによれば、和去勢3は、82年頃の部分肉流通センター設立の草創期において
異常値(モモ肉の異常な低価格による)が観察されるものの、それ以降は一貫して
パーツ集積価格がフルセット価格よりも高くなっている。これはパーツ取引に伴う
取引費用の増嵩を小売業者側に転嫁できていることを示すものである。また月別に
見ると、その差は主としてカタロースの値上がりを通して冬場の需要増大期に拡大
していることが分かる。

 同様に、豚カットTは、パーツ集積価格がフルセット価格よりも一貫して数十円
の範囲で高くなっており、パーツ取引における取引費用を小売店側に転嫁できてい
ることを示している。

 これに対し、乳去勢3はほぼ一貫してパーツ集積価格がフルセット価格を下回っ
ており、とくに88年の輸入牛肉に関する新売買同時入札制度(新SBS)の導入以降、
その差が拡大していることが分かる。この制度の導入以降、輸入ものによるパーツ
手当てが容易になり、それに伴い国産ものが輸入ものに足を引っ張られるようにな
ったが、その影響は和去勢3よりも乳去勢3の方が大きかったと見るべきであろう。

 実際、図2に示す通り、ロイン系部位=ロインセットの価格比(フルセット価格
に対するパーツ価格の価格比)は、和去勢3に比べて乳去勢3の方が低く(上図を
参照)、もしこの価格比が和去勢3のそれと同一であったならば、パーツ集積価格
とフルセット価格のマイナスのかい離は発生しなかったことが看て取れる(下図を
参照)。またこのことと同義であるが、ロイン系部位の低価格をカバーするほどに、
その他部位のパーツ価格が高くなかったことがパーツ集積価格の低位性をもたらし
たと言うこともできるであろう。

 本来、経済理論的に考えると、長期にわたってパーツ集積価格とフルセット価格
の間に大きなかい離があってはならない。フルセット価格がパーツ価格に近づくか、
パーツ集積価格がフルセット価格に近づくかのいずれかが起きなければならい。し
かしそれが起きていない。これは何故か。

 それには2つの説明があって、その一つはフルセット取引とパーツ取引では取引
される牛肉に品質上の違いがあり、フルセット取引では脂肪交雑基準(BMS)の1
クラスが多く、われわれが使用したデータの範囲内ではすべてのパーツはまだ市場
から完全にクリアーされていないというものである。

 牛肉の保存期間はチルドパックで1ヶ月程度である。そして卸売段階では小売段
階での在庫期間を考慮に入れて20日程度で見切っている。この20日間に適正な顧客
の発見に努めているわけであるが、その過程で卸売業者同士が需給調整していると
考えられる。牛肉の欠点は、豚肉とは異なって、加工に回しにくいことである。 


5 需要不振部位の需要増進方策

 需要不振部位が発生する理由は、小売店が需要不振部位を真剣に売ろうとしてい
ないからだと言われる。例えば、スジ引きに手間がかかる部位は嫌う、低級部位を
真剣に売ろうとすると高級部位が売れないなどがその理由である。しかし、たとえ
需要不振部位であっても、フェーシング数を増やし、販促をかけると売れるように
なるとも言われる。実際、スーパーマーケットで牛スネ肉を見かけることは少ない
が、今冬「ビーフシチュー・セール」を実施し、スネ肉を5日間で約12トン(約12
00頭分に相当)売り切ったビッグストアの事例もある。

 一方、需要不振部位が発生するのは基本的に流通マージンに原因があり、小売店
が需要不振部位を消費者に安く提供していないからだとも考えられる。とくに売価
決定時において売れ残りによる売価変更ロスや廃棄ロスを考慮に入れた値入れが行
われるため、需要不振部位は需要良好部位よりも相対的に高くなる傾向がある。こ
のため、売れ残りを発生させないような小売技術、例えば新しいリテイル・カット
の開発やモモ肉・バラ肉混合による新商品の開発などが検討されて然るべきであろ
う。

 米国と比べて価格面でグラウンド・ビーフ(ひき肉)の需要が限られているわが
国では、牛肉の需要増進方策についてこれといった決め手はない。そう菜加工、貯
蔵、特売などが考えられるが、これらはいずれも限定的な効果しか持たない。こう
した中で最も効果的と考えられるのが小売技術の改善であり、上述のビーフシチュ
ー・セールや新しいリテイル・カットの開発などがそれに当たる。この場合、基本
的には「売れない」部位を「売れる」商品に作り変える作業が必要である。合理化
だけを考えたスライスもの、ステーキものの単品販売だけでは消費者はついてこな
い。

 そもそも食肉小売業は、労働集約的な加工技術の集積であった。しかし、現在は、
賃金率の上昇、熟練労働者の減少などによってそれが実現できなくなっている。い
かなる部位であっても、「売れる」商品に作り変える担当者がいなければ、その部
位は不要部位になるだけである。「売れない」のではなく、手間がかかるから「売
らない」というのが本当のところであろう。

 したがって、結論は次の通りである。すなわち、卸売業者は、小売業者が売りや
すい部分肉を製造し、小売業者を支援するとともに、それに関わるコストは価格を
通して確実に回収することである。これは小売支援システム(リテイル・サポート
・システム)と呼ばれるものである。問題はこれに要する製造コストを回収できる
かどうかであるが、産地食肉工場の大型化、製造ラインの再編成などの方法により、
コスト低減は可能と考える。


6 むすび

 その場合に重要なことは、この産地食肉工場を単なる部分肉製造工場とするので
はなく、と体・そう菜加工・凍結保存等の諸機能を含めた産地食肉センターとし、
枝肉の市場価格に連動しない商品づくり、小売業者とタイアップした商品づくりを
目指すことである。例えば、モモ肉であっても、千切りすればチンジャオロース用
(冷凍もの)になる。こうした試みを取り入れられるような産地食肉センターに変
貌しなければならない。そうすれば自ずと需要不振部位はなくなるであろう。実際、
九州・北海道などの新興産地ではこうした方向が模索れているとも聞く。

 しかし、そうした中で需要不振部位を減らそう、あるいはなくそうとする意欲は
食肉工場や卸売業者よりも小売業者の方が強いと言わざるを得ない。とりわけデリ
カ、コンビニエンス、レストランの各部門を抱えるビッグストアの意欲は高いもの
がある。このことは将来的に食肉業界を再編する力を持つのが小売業者であること
を示唆しているのではないだろうか。


元のページに戻る