東北地方における粗飼料の生産と流通

(財)新農政研究所理事長 松浦 龍雄


すさまじい東北の冷害

 すさまじい凶作である。9月16日、盛岡駅から田子町に向かう自動車の窓から見
える南部の水田地帯を見た第一印象である。茎葉は青々と茂り、分ケツはさすがに
少ない。それだけなら「不作だな」と思うだけだが、ごく短い稲穂がピンと空を向
いて立っている。かつて見た北限の稲作地帯である北海道名寄市の水田と同じ光景
だ。「名寄では稲穂はピンと空を向いたまま熟するんですよ。“稔るほどに頭が垂
れる…”という常識はここでは通用しないんですよ」と言われたのを記憶している。
ところが南部平野の稲穂はピンと立ったままなのは名寄並みだが、一本抜いて陽に
かざすと、なーんにも入っていない。要するに空っぽなのだ。「収穫ゼロ」の水田
が一望に広がっている。

 次第に私は恐ろしくなってきた。身体が総毛立つとはこのことだ。9月に入って
好天が続き、田面をサヤサヤと爽やかな秋風が吹き渡る音が何とも不気味である。
もちろん人っ子一人田んぼには出ていない。

 「さあ、収穫してなんぼ取れますかね。コンバインでまともに収穫すれば10アー
ル当たり1万円以上のコストが燃料代やらなんやらかかります。そんな費用と手間
を掛けてもコスト割れですからまともに収穫する訳にもいかない。どうやるんです
かね」 青森県三戸地方農林事務所の山口真誉畜産課長が語った言葉が、そのあと
深刻な意味を持っているとは知る由もなかった。永い農業ジャーナリスト生活の中
でこんな不作を見るのは初めてである。昭和55年の不作をはじめ、不作の南部地方
を歩いたのは決してこれが最初ではない。9月15日現在の青森県三戸地方の作況指
数は4(平年作は100)である。いったいどんな坪刈りをしたらこんな数字になる
のか判らない。かりに脱穀機から若干のモミが残っても「しいな」であることは確
実、要するにゼロだ。

 農業共済保険は全農家が加入しているそうだ。三割足切りとして共済金を7割頂
けるか、6割6分頂けるかの違いだが、お香典をもらって喜ぶ人はいない。こんな
状況はさっさと収穫ゼロ査定にすべきだろう。そもそも誰も収穫作業をしていない
のだから。要するにゼロなのだ。

 17日には岩手県胆沢町に行った。ここも似たような作柄である。農水省の発表で
は同県北上川上流部は作況指数が36、同下流は49となっており、同じ南部地方でも
若干は良いと見える。さらに9月30日に宮城県北の桃生町を訪ねた。作況指数は43。
ただし一見した作柄は2割取れたら上出来かなという感じだ。さらに10月18日から
20日にかけて、今度は青森県津軽地方を走り廻った。作況指数は49、いわゆる半作
だが、とんでもない。北津軽郡の車力村の水田は一面にゼロか一割程度と見た。岩
木山麓のりんご地帯に隣接する水田や穀倉の黒石市あたりは確かに若干だが収穫が
ありそうな感じ。もっともかりに稲穂が全部稔ったとしても、例年より分ケツが悪
く、穂長が短い。とにかく穂と穂の間が透けて土が見えているのである。

 “冷害常襲地帯の最も悪いところばかり見て廻っている”と言われればそれまで
だが、今年の日本列島は北は冷害、南は風水害、列島全部が日照不足なのだ。こん
な気象条件が時には日本列島に出現するということは国民全部が記憶すべきだろう。
どうやら昭和に入ってからは始めて、天明の大飢饉ほどではないというものの、大
変な時期にめぐりあったものである。


牛の預託に乾草の生産・販売を加えて独立採算
 ― 農事組合法人和平高原開発農場

 それにしても今回の調査の目的は国産粗飼料の生産・流通がテーマである。「お
取り込み中のところ、ノンキなテーマでウロウロして申し訳ありません」と、名刺
を交換する毎に謝りながらの調査だった。

 第一日の調査は田子町の農事組合法人和平高原開発農場(沢口勝理事長)である。
田子町といえばニンニク、長イモを中心とする野菜と葉たばこ、ホップさらに水稲
と畜産(肉牛)を組合せた複合経営を営む、東北地方でも一戸当たり農業収入が高
いことでは隣の倉石村とともにピカ一といってよい。かつてのアワ、ヒエなど雑穀
農業に薪炭生産と馬の産地という寒村から美事な変身を遂げた地帯である。農用地
面積の36%は採草放牧地、つまり南部藩時代から北上山地には馬用の牧(まき)が
存在し、戦前は軍馬の飼養、戦後はそれが乳牛、肉用牛に転換した。和平高原開発
農場の草地も昭和40年頃県営開拓パイロット事業で草地を造成したというが、もと
もとは牧だった高原である。そして肉用牛の夏山冬里方式の預託と乾草の生産販売
を行っており、加入農家は52戸の専業と兼業農家41戸あわせて93戸である。

 主な説明は沢口理事長と市村信美場長から聞いた。田子町畜産(牛肉)の問題点
はもともと短角牛からスタートしたので、農家の飼い方が短角時代の粗放的やり方
が残っており、黒毛和牛に転換しても、どうも子牛の増体がはかばかしくなく、せ
いぜい200s前後で出荷することになり、田子畜産市場の相場は東北でも最低の水
準にあるそうだ。夏山の放牧場では子牛だけ別飼いにしたり、子牛だけが入れる小
舎で濃厚飼料を食わせるなど工夫をこらしているのだが、まだもう一つ成果が上が
らないとのこと。興味を引いたのは、もともと乳牛用飼料のはずのオールインワン
飼料を子牛に食わせて経済連飼料の購入を止めたという。オールインワン飼料はか
なり高いのに切り換えている。和牛はやはり高値が出ないと不利なのかなと思う。
現在、母牛150頭、子牛90頭が入山しており親だけ一日預託料は230円、別飼いする
子牛からはさらに50円高を徴収している。

 放牧地は40 ヘクタール(5牧区)、ほかに採草地が130 ヘクタールあり、ここ
の草はコンパクト(梱)にして売っている。1キロ単位30円から60円(A,B,Cの3
ランク)、年間ざっと5,000トンを販売する。

 ご多分に漏れず今年は日照不足で牧草の伸びが良くない。また栄養価も低い。例
年2回半は刈り取るそうだが、私の見たのは2番刈りで「さあ、例年なら乾草にし
て10a当たり3トンから4トンはあるが、今年はもっと少ないはず」と市村場長は
言葉少なである。ちょうどベーリングをしているのだが、明らかに間隔が非常にあ
いており、二番草の収量がきわめて悪いことは歴然としていた。

 牧草の販売はすべて農協経由で経済連にお任せである。つまり経済連から連絡が
あって始めて今年の売り上げが判る。販売努力はいっさいしていない。このあたり
は北海道の牧草販売農家が血眼になって有利な販売に苦労しているのとまったく違
う、殿様商売だ。それでも預託牛収入だけなら牧場は赤字だが、牧草販売があるの
で黒字を計上できたそうである。ただし、配送は牧場から直送して輸送経費の無駄
は省いている。前年800トンの売り上げのうち県内が321トン、残りは岩手、秋田、
宮城三県下。要するに近くに肉牛産地があり、遠隔地へ売り込む努力なんか必要が
ないことは立地の有利さとも言えよう。いずれにせよ公共育成牧場が、全国軒並み
赤字といって良い時期があったが、和平高原開発農場は、農事組合法人に切り換え
て一先ず独立採算が成立していることは、単に預託受け入れだけでなく乾草の生産
販売を兼営していることによるのが明らかとなった。今後の課題としては草地の更
新や労働力不足対策にあるそうだ。果たして新規の機械化投資が可能か、また補助
金依存かは宿題である。

 興味ある話を聞いた。隣の岩手県金ケ崎町に農事組合法人満倉牧場(松本一治代
表)があり、共有牧野を国営事業で草地造成したものの、利用者たちが利用を断念
した跡地30 ヘクタールを借りて、乾草の刈り取り販売をしているという。盛岡の
地方競馬場に販売しており、もう20年の実績を持っているというが、最近は高齢化
が進んで労働力不足に悩んでいるということは夏秋の一時的手間賃仕事としてはそ
れなりの収入になるが、それ以上にはならないということらしい。

 いずれにせよ、従来牧草販売は北海道の一手販売のような印象が強かったが、実
は北東北にもあることが確認できた。


ラップ・サイレージの導入で品質安定
 ― 胆沢町牧野

 翌17日は岩手県胆沢町の町営牧場150 ヘクタールの調査だった。ここでは預託牛
放牧100 ヘクタールと牧草販売50 ヘクタールである。町営牧野とはいうものの経
営は胆沢町農協が主体となり、乾草生産は3人の請負作業グループが引受けている。
ここでは平成2年からベールラッパー方式を導入した。おかげで天候次第で乾草の
品質にバラつきがあったこれまでの成績と比べて、牧草販売が安定した。

○乾草生産量
年 度 コンパクト(梱) ロール(ロール) 総収量(t)
昭和63年 15,832    237
平成元年 27,573    413
平成2年 32,405 (一部使用) 486
平成3年 10,139 1,191 390
平成4年 15,978 1,286 496
※換算重量 コンパクト15s ロール200s

 請負契約はコンパクト(15キロ)14,000個、ラップロール(200キロ)14,000個
が目標で、請負単価はコンパクトA級330円、B級220円、C級170円、ラップロールA
級3,200円、B級2,700円、C級2,200円である。その後聞いたところではこのあたり
の稲ワラ1キロが約20円だそうだから、請負契約は事実上労賃収入と機械使用料だ
けとは言うものの、牧草の価値を見込めば経営を引受けている農協は、牧草販売で
はかなりの利益を見込めるだろう。とくにラップ・サイレージ技術が入っているこ
との効果はかなり大きいだろう。


重要な稲ワラの活用

 その後2回の北東北旅行で、凶作地帯を意識的に稲ワラ処理に留意して歩いて、
きわめて深刻な事態が迫っていることに気づいた。

 周知の通り水田収穫後の稲ワラは畜産農家特に肉牛飼養農家にとって、飼料とし
てかつ敷ワラとして致命的な重要性を持っている。特に南部地方は牛が多い。ほと
んど牛がいない津軽地方と対照的である。

 田子町の隣、倉石村の小原洋一さんはニンニク、長イモ、水田の他に和牛肥育23
0頭を飼う畜産農家だ。自家用飯米まで買わなければならない収穫ゼロの稲作は止
むを得ないとして「例年なら30 ヘクタール分、今年は稲丈が短いから45 ヘクター
ル分は必要な稲ワラがさっぱり集まらないのさ。どうせ刈ったってムダだと、みん
なそのまま田んぼに鋤き込んでしまうんだ」と水田凶作の二次災害が畜産農家を直
撃している実情を話してくれた。

 そして津軽の田面をたなびく稲ワラを焼く光景は例年よりもすさまじい。なかに
は田焼きも隣家に頼み込んで東京方面へ夫婦で出稼ぎ。なんでも10月20日までに行
かないと、この不況風の吹く東京では有利な出稼ぎ先が確保できるか危ない、との
うわさで、一斉に浮き足立ったというのである。

 わずかに車窓から見て、村で一ヶ所稲ワラをコンパクトしている所を見た。明ら
かに稲ワラ販売を意識している農家がある訳である。同じ青森県で津軽と南部では
こうも事情が違う。自分の水田でなくとも請負契約でイナワラをコンパクトにすれ
ばそれなりに収入に結びつくということが、津軽では理解されていない現場をマザ
マザと実感させられた。「水田地帯では牛を飼うべきだ」という複合経営が日本農
業のあるべき姿なのだろう。

 最後に思わず新発見と緊張したケースがあった。宮城県の桃生町土地改良区で聞
き取り調査をしていた時だ。和牛繁殖農家二人が対照的な姿勢である。いかにもベ
テランらしい高橋新喜さんは、母牛13頭だが、水稲など他の作目もあり、自分一人
の労力ではとても飼料作まで作れない。粗飼料も一切購入ですましている。ただし
輸入ワラなどは使っていない。近在から手当てするという。これに対して母牛16頭
の千葉普作さんは仲間三人で飼料はすべて自給、他家の分まで引受けて作っている。
ロールベーラーを導入してラッピングするようになって非常に成績が良くなったと
いう。近在の麦畑や水田ワラのコンパクト処理もやり例年3,000個ほど作る。麦ワ
ラはマッシュルームの床に使うとかで需要が強く、遠く鳴子町あたりから引取りに
わざわざトラックがやってくるという。立派に季節的収入の道である。しかもこん
な組合組織が町内にあと3組あるという。時間不足で十分聞けなかったが、水田跡
地のワラ活用はかなり進んでいると見てよい。しかし大区画圃場整備がされてない
と作業効率が上がらないから、まだ面積的にはそれほどではないそうだ。

 共同利用牧場のように広い採草地であれば問題ないが、水田のワラ活用にはやは
り大区画圃場整備が大前提であることは明らかである。牧草や稲ワラ収納機械は30
アール程度の水田では動きにくいのである。

 国産粗飼料とくに稲ワラ、麦ワラの活用、生産となると、思い切った土地改良が
前提となることは、ホンのちょっと歩いただけでよく理解できた。大型機械化を可
能にする土地改良とは日本の水田農業の技術革新の前提条件である。あらためて農
政は本格的な土地改良に取組むべきことを痛感した。


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