規模の経済性と持続型畜産

−どこまで多頭化を追求できるか−

                           玉 川 大 学 教 授            戸 田 博 愛


畜産の成長と経営の合理化
 経済の重要な部門を構成している農業が国内生産規模を拡大させながら発展を続
けることは、 日本経済の健全性と安全性の確保の上からも重要なことである。 
 
 長い間、 農業総生産の増大を支えてきたのは畜産部門であった。 しかし、 近年、 
農業総生産は停滞ないし減退の傾向を強めている。 農業総生産額は平成になってや
や増加の傾向を示しているものの、 農業生産指数は昭和60年をピークに低下傾向に
ある。 養蚕部門は惨憺たるもので、 60年から平成4年の間に三分の一にまで減少し
た。 耕種部門もこの間に一割弱減少した。 畜産部門はなお成長を続けているが、 そ
の伸び率は非常に小さくなり、 耕種・養蚕部門の減少をカバーしきれなくなったた
めに、 農業総合の生産指数が低下しているのである。 
 
 畜産物に対する需要はかつてのような伸びではなく、 小さな率ではあるが増加を
続けているのであるから、 畜産生産の伸びの鈍化は輸入の増大となって現れている。

 牛乳・乳製品と鶏卵の自給率は低下しておらず、 輸入の増大は主として食肉部門
で起きている。 近年の食肉の輸入依存度の高まりは非常に急ピッチである。 牛肉の
みでなく豚肉も鶏肉も年々自給率が低下している。 
 
 畜産部門は、 耕種・養蚕部門に比べると経営規模を拡大して、 生産性を上げ国際
競争力を強化してきた。 水田の流動化が進まないため、 経営規模の拡大にほとんど
みるべきものがない水稲作経営とは大きな違いである。 
 
 畜産経営では、 規模の経済性を追求する努力が繰り返されてきた。 このため、 競
争は激しく、 経営を発展させ多頭化を進めたものだけが生き残り、 多くの経営が撤
退を余儀なくされてきた。 特に、 もっぱら輸入の飼料穀物に依存する養豚・養鶏経
営においては、 我が国の農地の制約を受けないために規模の拡大は急激に進んだ。 
 
 アメリカの92年の養豚では1千頭以上の経営体で47%の頭数が、 更に2千頭以上
の経営体では28%の頭数が飼育されている (「畜産の情報」 海外編94年6月号)。 我
が国の平成4年2月現在の養豚では1千頭以上の経営体の頭数シェアは50. 8%、2
千頭以上では33. 6%であり、 アメリカをわずかに上回っている。 
 
 4年6月に発表された 「新政策」 以来、 経営の組織化や法人化の推進が重要な課
題となっているが、 養豚・養鶏経営では、 この面でも、 すでに相当の広がりをみせ
ている。 4年2月でみると、 協業経営と会社及び農協等の飼育する頭数は養豚経営
では34%、 採卵鶏経営では57%に達する。 
 
 酪農経営でも経営規模の拡大が続いている。 平成5年の一戸当り総飼養頭数は北
海道69. 7頭、 都府県30. 3頭で10年間に二倍になっている。 5年度の 「農業白書」
は1990年の日本の一戸当り平均規模は、 既にEU平均を上回り、 北海道ではほぼオラ
ンダと同程度の規模となっているという。 
 
 以上のように、 我が国の畜産経営は和牛の繁殖経営を除き、 農業の部門のうちで
は、 最も規模の経済性を追求し、 経営の効率を高めてきた。 そして、 資本を投下し
て、 経営規模を拡大したものが生き残り、 経営体数は極めて少なくなった。 こうし
た農業部門としては模範的発展を遂げた畜産経営であるが、 そこには多くの問題を
抱えている。 
環境問題とゆとりある経営 
  規模の拡大がもたらすいろいろの問題の中で、 特に深刻なのは、 畜産立地の困難
性と環境問題の発生である。 
 
  養豚経営等の糞尿処理問題は深刻である。 還元すべき農地のない我が国の中小家
畜経営は多頭化の進展によってその深刻さを増している。 遠隔地への立地移動か廃
業かという選択に直面する場合も少なくないであろう。 都府県の酪農も事情は同様
である。 北海道の酪農も規模の拡大と農地面積とのバランスが崩れると問題は大き
い。 
 
  二十数年前にドイツの構造改善事業を調査に行った時、 酪農経営の規模は尿を散
布しうる農地の広さと頭数の関係で決めるとしていたことに大変感心したものであ
る。 しかし、 EUでも競争の結果、 農地の広さと頭数のバランスが崩れて、 深刻な問
題になっている。 特に、 ドイツやオランダ等の低地では、 家畜の糞尿による地下水
の汚染が著しい。 オランダでは農地への糞尿の投下の規制に乗り出したという。 規
模の経済性の追求が、 環境と農業の望ましい関係を壊したのである。 
 
  規模拡大の第二の問題は労働問題である。 畜産経営とは、 連続的な休みのない労
働が必要である。 飼料の給与、 搾乳、 分娩の管理など動物飼育に独特な労働は、 飼
育者の都合で勝手に時間を決めたり、 変更することはできない。 しかも、 現状では
休日の確保が極めて困難になっている。 多頭化すればより多くの労働を必要とする。
機械・設備の充実で、 一頭当りの労働時間は減少するが、 総労働時間は確実に増加
する。 
 
  我が国経済社会の現状は、 休日の増加、 総労働時間の短縮の方向を進めることが
大勢となっている。 こうした中での畜産経営の規模拡大は、 工業生産のような無機
的な生産と違って、 精神的な配慮のこもった継続的な労働の増大を意味するだけに
高齢化と労働力の減少の著しい農業環境の中では、 非常に困難な問題を提起し続け
るであろう。 
 
  こうして、 最近では、 豚、 ブロイラーの飼養頭羽数は減少している。 通常であれ
ばこの結果、 国内価格が上昇して生産を刺激するのであるが、 肉類では輸入が増加
して国内価格の回復は困難になっている。 乳製品についてもガット・ウルグァイ・
ランドの合意に基づく輸入が始まる。 
 
  そこで、 一つの提案をしたい。 環境との調和がとれ、 持続可能な畜産経営のあり
方と、 社会的、 一般的な労働時間を前提にして経営できる畜産経営の規模を検討す
る。 そして、 これを 「環境と調和し、 ゆとりのある畜産経営」 の誘導目標とする。 
 
  夢のような提案かもしれないし、 社会的にも国際的にも問題の多い提案である。 
しかし、 牛乳・乳製品と牛肉・豚肉については立派な価格政策があるのであるから
こうした観点も含めた今後の展開を期待したいものである。  
 

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