★ 巻頭言


平成6年度保証乳価等決定をめぐって

農用地整備公団 理事長 関谷 俊作


決定の経過

 平成6年度の保証乳価等を審議する畜産振興審議会酪農部会は、平成6年3月
30日に開催され、政府試算について審議し、答申及び建議を行なった。答申は
「政府諮問に係る保証価格等及び限度数量については、一部に不満があったが、
生産条件、消費の動向、需給事情その他の経済事情を総合的に考慮すると、政府
試算に示された考え方で定めることは、やむを得ない」というものであった。明
くる31日、試算どおりの保証価格等が決定され、告示された。

 昨年は、政府試算の提示が遅れたために酪農部会の会議が翌日に持ち越され、
しかも意見を一本化した答申がなされない上、保証価格の1円上乗せなど部会に
提出された試算とは異なる政府決定がなされている。それと比べると、今年は順
調な経過であるが、審議の過程にはこれまでにはなかった問題点が現われている。


保証価格

 保証価格については、従来どおり牛乳生産費調査結果に一定の評価替えを行な
って算定される試算値T(74円74銭/s、対前年2円1銭下げ)と、これに「調
整額」(1円1銭、前記2円1銭の2分の1)を加えた試算値U(75円75銭/s、
対前年1円下げ)が示された。そして、別途、酪農経営の一層の合理化の観点か
ら2円、冷害等による飼料作物の減収による影響緩和の観点から1円、合計3円
の特別助成を行なうという説明がなされた。保証価格に特別助成を加えた生産者
受取額(78円75銭/s)は、前年度の保証価格に2円の奨励金を加えた額と同額
となる。計算基礎の示されない「調整額」の加算や価格とは別の特別助成の額が
審議の最初から提示されたのは異例のことであった。

 試算値Tについては、前年度の試算と全く同じ算定方法によれば3円強の引き
下げになるが、酪農ヘルパー費の加算、乳牛の耐用年数の短縮、金利のとり方の
工夫などによって2円1銭の引き下げとなったと伝えられる。価格算定上の配慮
がなされたと思われるが、部会の審議の中ではそのことについて十分な議論がな
されず理解が行き届かなかった。

 価格の算定基礎については、生産性向上の効果がすべて価格の引き下げに吸収
されているのではないか、きゅう肥及び子牛を副産物価額として差し引くことは
不適当ではないか、飼料作物労働費についても飼育労働費と同様に労賃評価替え
を行なうべきではないか等の質問があり、それぞれ試算の算定方法が適当である
理由の説明があった。

 このような議論と異なり、「調整額」及び特別助成については、もっぱらこれ
らをどう評価するかが問題であった。結論として政府試算をやむを得ないとしな
がらも、いささか疑問があるというような意見があったのは、「調整額」や特別
助成に対する感覚を物語るものであった。反面、保証価格と限度数量の引き下げ
のもとで前年度と同額の生産者受取額を実現した政府の努力を多とし政府試算を
やむを得ないとする意見、また、これらを考慮しても政府試算を不満とする意見
もあった。答申の「一部に不満があったが」という表現はこの両面の不満のこと
である。


安定指標価格、基準取引価格、限度数量

 バターの安定指標価格が引き下げられ(993円/s、対前年39円下げ)、これ
に対応して基準取引価格も引き下げられた(64円26銭/s、対前年1円下げ)。
バターの需要停滞に伴う価格の低迷に対応した措置として評価する意見が多かっ
た。バターの安定指標価格は昨年の19円下げ(諮問は32円下げ)に続く引き下げ
であった。基準取引価格については、昨年、1円下げの試算が示されながら、政
府決定で保証価格を諮問の1円下げから据え置きに改める際、14銭下げに改めら
れた苦い経験がある。

 安定指標価格から基準取引価格を算出するに当たって差し引かれる製造販売経
費については、毎年同様な算定方法が用いられているのに対して、これらの経費
の実態あるいは推移を十分に反映していないのではないかという意見が出ている。
この問題は乳業界の関心があるところであり、答申の「一部に不満」には、基準
取引価格の引き下げ幅が物足りないという意向も含まれている旨の注釈が答申案
の説明に際してなされた。

 次に限度数量は、昨年に続く5万トンの引き下げで230万トンとなった。バター
の過剰在庫に現われる需給緩和に対応した措置である。示された生乳需給表では、
期末在庫は5年度末の984千トンから6年度末の743千トンに減少することになっ
ており、その中でバターの在庫は7.2月分から6.3月分への減少が見込まれている。

 限度数量の引き下げについては、供給過剰の責任を生産者にしわ寄せするもの
という意見があり、答申の「一部に不満」にはこの面の不満も含まれている。関
連対策として生乳需給調整事業の継続・強化とバターの消費拡大を求める意見が
強く、建議にその趣旨が盛り込まれた。


酪農政策の長期展望

 今回の保証乳価等の決定は、ガット・ウルグアイ・ラウンド合意の後、最初の
ものである。農業合意は、条約の批准と関係法律の改正という国会関係の手続き
を経て来年から実施される。従って、平成6年度は農業合意の実施を前提としな
いで価格安定制度を運営することができる。しかも、酪農関係の合意内容は、現
行の価格安定制度の基本的な枠組みの変更を必要とするようなものではない。こ
れらのことから、今回の審議では農業合意の酪農政策への影響についての議論は
起きなかった。

 しかし、農業合意の実施とも関連して、部会の論議の中でも酪農政策の中長期
展望の確立を求める意見が多かった。農業合意に伴う制度の改正、関連対応策等
については、内閣総理大臣を本部長とする「緊急農業農村対策本部」で農政審議
会の議論を踏まえつつ検討がなされることになっており、畜産振興審議会におい
ても懇談会を開催して意見を聴くことが予定されている。現在の「酪農及び肉用
牛生産の近代化を図るための基本方針」は、平成7年を目標年次として昭和63年
2月に公表されたものであり、その改定はこれらの検討の中で着手されることと
なろう。

 このほか、長期的な問題としては、近年顕著となったバターと脱脂粉乳等の乳
製品との需給のは行性がある。需給状況の改善のため需給調整事業と消費拡大な
ど当面必要な対策が実施されるが、部会では、現在の脂肪率を基準とする生乳の
取引から蛋白質、無脂乳固形分等を基準とする取引へ移行することを考えるべき
ではないかという新しい提案があり、建議に「乳製品需要のは行性にかんがみ、
乳成分取引の推進について検討すること」という項目が加えられた。


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