乳雄牛肉の複合ブランド化戦略と展開方向
◆ 専門調査員レポート

乳雄牛肉の複合ブランド化戦略と展開方向
― ぴゅあ白河牛を中心に−

東京農業大学農学部 助教授
白 石 正 彦

乳雄牛肉のブランド化戦略

 乳雄牛肉は、和牛肉と比べ商品差別化が難しく、牛肉の輸入自由化によって市
場価格の低下の影響をストレートに受けることが予想されていた。この乳雄牛肉
の価格低下をできるだけ回避するため全農を中心に系統農協において採用した戦
略は、一方では飼養管理形態の転換と専用の飼料利用を柱とする「肉質重視型生
産システム」を導入し、系統農協の乳雄牛の高品質化(目標は、肉質等級「3」
の比率を70%)を図りつつ、他方では、高品質に加え新鮮、美味、安心な品質保
証マ−クとして「ぴゅあ牛」というブランドで平成3年からスーパー、Aコープ
チェーンなどへ安定的に直接販売を開始し、消費者に「ぴゅあ牛」のファンを広
げていくことを狙いとしたところに特徴がある。

 本稿では、牛肉輸入自由化以前に、特定のスーパーで「白河牛」としてのブラ
ンドを保持していたが、さらに、牛肉輸入自由化のもとで、全農・JAのブラン
ドとしての「ぴゅあ牛」としての品質保証マークも加えた「ぴゅあ白河牛」とい
う複合ブランド化の取り組みに注目し、その実態と展開方向を明らかにしてみた
い。

 
「白河牛」としてのブランド化

 福島県の白河地方では、昭和40年代に乳雄肥育が始まり、54年には「白河地方
の牛は、品質も良く、量的にも安定している」という消費地の評価を受けるよう
になったとのことである。

 その後、全農戸田畜産事業所の助言もあり、55年1月には、中畑農協7人の生
産者によって、「定時・定量・定質出荷が可能で年20頭以上出荷の生産者、過去
1年間に中物比率80%以上(現在は肉質等級3が40%以上)であった生産者」を
「白河牛」銘柄参画基準とし、「枝肉重量は350kg〜420kg(現在は、380kg〜460
kg)、格付は日本食肉格付協会の肉質等級が中物以上(現在は肉質等級3以上)
のもの」を「白河牛」銘柄印の捺印基準としている。

 同年4月には、白河農協の19人が加わり、11月に「白河牛」銘柄運営協議会
(事務局は福島県経済連白河事業所)を発足させるとともに、12月には東京圏の
チェーン・ストアー(京成ストア)の各店舗において「白河牛フェアー」を実施
し、産地からも会員、関係者が出向いて消費地の声を聞いた。

 56年に入り、棚倉町農協の5人が新たに加わり、会員数も30人を超え、57年に
は首都圏の約80店を販売指定店とし、販売重点地区の子供達100人を招いて「白
河牛ふるさと交流会」を実施した。

 その後、ふるさと交流会、現地検討会、枝肉共励会を毎年開始し、地元のAコ
ープ明戸店・昭和店を販売指定店(現在はAコ−プ明戸店)とし、後継者のアメ
リカ派遣なども行い、59年の出荷は1,825頭(銘柄率43%)、61年は1,865頭(銘
柄率49%)となり、63年には福井県のスーパーユースへの販売を開始した。

 以上のように、牛肉輸入自由化以前に白河地方の乳雄肥育農家は、単協−県経
済連−全農という系統農協組織のネットワークで白河牛の共同集荷体制を強化し、
全農が直販機能を担当して、首都圏と福井県下のスーパーへ「白河牛」ブランド
で消費者に接近した直販ル−トを切り開いてきたところに意義がある。

「ぴゅあ白河牛」の「ストアー(店舗)ブランド」化

 牛肉輸入自由化の下での大きな変化は、スーパー等の牛肉売り場において、穀
物で飼養されたチルドのオージー・ビーフやアメリカン・ビーフが国産の和牛肉
や乳雄牛肉と横並びに陳列され、さながら牛肉陳列棚をめぐる陣取り合戦の様相
を呈するようになった点である。消費者はそれぞれの牛肉の価格、肉質、部位、
産地などを考慮しながら、幅広い選択肢の中から購買するなかで、日本の肉牛生
産者サイドは、消費者が輸入牛肉よりも国産牛肉を購入したいというニーズを掘
り起こし、繰り返し購買してもらう小売店舗支援型のマーケティング戦略の強化
を大きな課題としている。しかも、スーパー等においても、外国産の安い牛肉を
目玉とした低価格競争のみでは、店舗の個性化が失われ、集客力を弱める点を危
惧するむきもみられる。

 「白河牛」は、以上のような環境激変の下で「ぴゅあ白河牛」という複合ブラ
ンドで、川下段階でのマーケティングの強化が図られつつある。

 月間約30頭の「ぴゅあ白河牛」を店舗の中核的牛肉として取り扱っている京成
ストアー(店舗は1都3県に41店)の青砥駅前店を訪ねると、「ぴゅあ白河牛」
の牛肉に加えて、輸入牛肉(オージー・ビーフ、アメリカン・ビーフ)や和牛
(山形牛)も品揃えされている。

 多様な品揃え戦略により集客を図っているが、「ぴゅあ白河牛」を直営の牛肉
売り場の中心に陳列し、BGMを流しながら白河牛及び農協系ブランドであるこ
との宣伝を行うなど、ストアー(店舗)ブランドとしての個性化をマーケティン
グ戦略として位置づけている点がうかがえる。

 以上のように、埼玉県白子と場に搬入される白河牛をと畜し、枝肉重量が380kg
〜460kgの間で、肉質等級「3」以上のものを「ぴゅあ白河牛」ブランドとし、
指定店の要望に応じて整形した部分肉をフルセットで安定的に供給することによ
って、「ストアー(店舗)ブランド化」を目指し、外国産や他産地の牛肉との差
別化、高付加価値化(契約単価にブランド単価の加算)を図っている全農戸田畜
産事業所の役割が大きくなっている。

 全農戸田畜産事業所では、「ぴゅあ白河牛」がスーパーの牛肉売り場で消費者
ニーズに合致するように陳列されているか、消費者の反応はどうか、そこでのP
Rは適切かを主婦の目線でチェックするために、平成5年の秋から「フィールド
・レディ」を巡回させるとともに、料理講習会の開催等により、「ぴゅあ白河牛」
の「ストアー(店舗)ブランド化」を積極的に支援しつつある。

 現在、「ぴゅあ牛」を取り扱っているのは、首都圏と東北をエリアとする全農
中央畜産センター、中京・北陸をエリアとする全農中京畜産センター、関西をエ
リアとする近畿畜産センター、九州をエリアする九州畜産センターである。戦略
的マーケティング視点から注目されるのは、例えば中央畜産センターの下にある
前述した戸田畜産事業所など首都圏と東北の6事業所2販売所であり、それぞれ
特定の産地ブランドとしての乳雄牛を集荷し産地イメージを重視しながら、他方
で特定のスーパー、Aコープ店等(33企業・団体)の396指定店にネットワーク
的に直販している点である。

 すなわち、「ぴゅあ牛」を単に全農の統一ブランドとして捉えるのでなく、生
き生きとした地域イメージを主軸とした「ぴゅあ白河牛」など複合ブランド化に
よって、スーパー等との取引力の維持とスーパー自体の個性化に貢献できる農協
らしいブランド化戦略としているのである。

「ぴゅあ白河牛」の肉質向上への系統農協の支援方式

 白河牛銘柄運営協議会は、白河地方の中畑農協、白河農協、棚倉町農協管内の
それぞれ6人、17人、2人計25人により組織されているが、表−1のように、出
荷者数と出荷頭数の減少傾向に加えて、肉質3等級及びそのうちの銘柄率の低下
傾向がみられる。このような肉質の低下傾向に歯止めをかけ、肉質向上を図るた
め、単協、県経済連白河事業所、県農協中央会白河支所が一体となって、主要農
家の特定ブロックの牛群を対象として、毎月体重測定を実施し、月別の体重の推
移、月別平均DGを棒グラフに描きながら、地道なデーター分析に取り組んでい
る。

 この他、全農戸田畜産事業所での枝肉共励会、京成ストアの牛肉売り場で生産
者が消費者にPRを行う「ぴゅあ白河牛」のフェア、地産ストア、ユースなど販
売指定店の訪問、白河で開かれる指定店の食肉担当者との交流会、先進地視察研
修会、会員の飼養管理研修、実績検討、システム牛の飼養管理の現地検討会等を
行っている。

 また、6年2月に埼玉県白子と場及び全農戸田畜産事業所で開かれた第20回J
A中畑肉牛枝肉共励会には、中畑農協の6人の生産者、中畑農協・県経済連白河
事業所・県農協中央会白河支所・全農戸田畜産事業所の各担当職員、ユーザーで
ある京成ストアーのバイヤーが集まり、出品された13頭の枝肉ごとの細目にわた
る品質等のチェックが行われた。優秀な枝肉出品者を表彰するとともに、共励会
分と通常出荷分の枝肉の品質・歩どまり規格、格落ち原因と月別体重・通算DG
の推移等の関連、さらに昨年の冷夏の影響、肥育段階(前期・中期・後期)に対
応した専用飼料の給与の改善などについて、個体ごとの評価をふまえて、活発な
討議が行われた。

ぴゅあ白河牛の肥育経営

 乳去勢牛の枝肉価格(東京、大宮、立川市場平均)の推移をみると、表−2の
ように、B3は元年の1,294円から、牛肉が輸入自由化された3年には1,088円と
15.9%下落し、5年では936円と元年比で27.7%下落している。B2も元年の1,1
97円から3年には863円と27.9%下落し、さらに5年では750円と元年比37.3%下
落している。

 以上のような牛肉輸入自由化の影響を受けたぴゅあ白河牛経営の動向を、最も
経営規模の大きい中畑農協管内6農家の乳去勢牛1頭当たりの収支状況でみてみ
よう。表−3のように、常時飼養頭数は2年の170頭から5年の152頭、出荷頭数
は同じく137頭から128頭と推移している(なお、頭数が若干減少しているのは、
肉質重視型生産システムの導入で、1頭当たり畜舎使用面積を広げたためである)。

 2年から牛肉が輸入自由化された3年にかけて、肉質格付け「3」は50.3%か
ら49.3%と1ポイントしか低下していないが、1頭当たり肉牛販売高は495千円
から430千円と65千円下落し、所得はマイナスとなった。しかし、その後、肉牛
販売高は3年、4年、5年に430千円、422千円、392千円と推移したが、素牛購
入価格がそれぞれ260千円、188千円、134千円と急激に下落したことによって、
所得は3年のマイナスから4年の55千円、5年の69千円と回復傾向がみられる。
しかし、牛肉輸入自由化後の3年から5年まで、肉牛販売高は費用合計を下回る
状況が続いており、農林水産省の肉用牛肥育経営安定緊急対策事業や福島県独自
の価格補償事業などによってカバーされ、これらの収入がカットされれば、経営
困難に陥る可能性が強い点も見落としてはならない。

 さらに、注目すべき点は、4年から5年にかけて肉牛販売高が422千円から392
千円と30千円減少した要因として、前述したように肉質等級「3」以上が48.1%
から40.8%に下落した要因が大きい。5年のB3とB2の開差は、1kg当り186
円であり、これを1頭平均枝肉重量441.3kgに換算すると82,082円となり、「ぴ
ゅあ白河牛」としてのブランド加算を加えると、10万円程度の開差となることか
ら、B3比率をいかに引き上げるかが、今後の最大の課題となっている。
複合ブランドとしての「ぴゅあ白河牛」の展開方向

 5年の牛肉の国内自給率が45%に低下している状況下で、国産牛肉、とくに乳
雄牛肉について輸入牛肉との差別化を強化し、自給率低下傾向に歯止めをかける
ためには、技術、経営、流通の3分野における改善に向けて本格的な取り組みが
求められている。

 第1に技術面で、前述したように肉質等級「3」以上の比率をいかに引き上げ
るかが、大きな課題である。

 この対策として、すでに和牛では血統による遺伝の効果を重視し、選択交配や
指定交配が実施されているが、乳雄牛についても酪農家段階から血統をチェック
し、その情報が育成経営、肥育経営(または育成・肥育一貫経営)に伝達され、
肉質規格も良い血統の乳牛から生まれた子牛の販売価格に反映されれば、酪農家
の所得向上と育成経営、肥育経営(または育成・肥育一貫経営)の所得向上に結
び付くものと考えられる。

 さらに、血統面からの問題とともに、肉質向上のための飼養管理方式と専用飼
料による肉質重視型肉牛生産システムのマニュアルを普及させ、さらに地域性
(気候条件の差異、稲わら等粗飼料の差異)を考慮した飼養管理、月別データー
(DGなど)の追跡に基づいた飼料給与の改善を行うため、農協サイドがリ−ダ
シップをとり、行政サイド(とくに自治体)とも提携して本格的に取り組む必要
がある。

 第2に、経営面では、年単位ではなく、月別の経営分析を農家単位、農協単位、
運営協議会単位で積み重ねる必要がある。

 第3に、流通面では、福島県経済連が乳雄肥育牛の高付加価値化のため、一方
では全農のみでなく県経済連職員の販売部門担当者の増強によりスーパー等との
連携を強化するとともに、東京圏における県経済連の総合的アンテナショップの
一角に「ぴゅあ白河牛」を含む県産乳雄牛肉の販売コーナーを導入すること等に
より、新しい情報を収集し、これをすばやくフィードバックすることを検討して
よかろう。

 さらに、福島県内における学校給食、ホテル、食堂など外食産業との提携強化、
単協によるバーベキュー施設やレストランの開設、食肉のふるさと宅配便の活用
などによる地元からの需要創造など輸入牛肉や他産地牛肉との差別化、個性化を
図るべきである。



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