★専門調査員レポート


十勝・しほろ牛肉の生産から加工・

流通までのシステムづくりへの挑戦

    −北海道士幌町の肉牛農家・農協・吉田ハム・    

   大手スーパーのネットワーク化−

 東京農業大学助教授 白石 正彦 


1 はじめに
 牛肉の輸入自由化による影響を最も受けているのが乳オスの肥育経営であり、 
また、 牛乳を生産している酪農家でもある。 
 
 このような環境激変下では、 肉用牛農家・農協の産地段階と卸売段階の食肉会
社、 小売段階の大手小売業がそれぞれのノウハウを出し合い、 連結して、 低コス
ト化と品質向上を通じ、 どうすれば最終需要者である消費者に安い外国産の牛肉
とは異なる価値を認めてもらえるのか、 その顔の見える双方向の仕組み作りやネ
ットワーク化の可否が最大のカギであろう。 
 
 以上のような問題意識を持ちながら、 @乳オス牛の大規模産地化と加工処理・
流通による高付加価値化に挑戦している北海道士幌町農協と乳オス肥育農家の連
携,A第3セクターとしての且m幌町振興公社を媒体とした士幌町農協と卸売機
能を持つ葛g田ハム (食肉会社)との連携,さらに、 B吉田ハムと小売機能を持
つ大手スーパーの連携に注目しながら、 その実態と意義、 今後の課題を検討して
みたい。 
 
2 士幌町農協の施設リ−ス方式による肉牛産地化
  北海道士幌町農協は、 正組合員763人、 戸数519戸、 准組合員76人、 常勤理事
3人,職員164人により組織され(平成6年3月31日現在)、 施設リース方式によ
る肉牛団地や溶液栽培団地の建設による施設型農業者の育成に取り組むとともに、 
直営及び委託加工形態での合理化澱粉工場、 馬鈴しょ貯蔵加工処理施設(食品工
場)、且m幌町振興公社 (食肉処理加工)など農畜産物の高付加価値化、 地域就業
機会の創造に取り組むなど地域経済振興のパイオニアとしての役割を果たしてい
る。 
表−1 士幌町農協が施設を貸与しているリース型 
           肉牛農家の導入・飼養頭数・経営形態
リース型肉牛農家 施設導入年 飼養頭数(頭) 経営形態
@ S45 2,668 A
A S45 928 B
B S46 2,044 A
C S47 1,243 A
D S47 964 B
E S48 595 A
F S48 549 A
G S49 650 A
H S50 952 A
I S52 638 A
J S53 691 A
K S53 979 B
L S59 2,164 A
M S59 944 A
N S61 1,254 A
O H元 3,407 A
P H2 978 A
Q H2 2,106 A
小計 23,760
注:1)飼養頭数は平成6年10月末現在
  2)経営形態のうち
    A は飼育一貫生産者(標準体重50kgの初生導入)
    B は肥育生産者(標準体重300kgの中トクを導入)
 士幌町農協の昭和58年度の農畜産物販売総額は、120億円でそのうち肉牛を主
体とした畜産物が37億円 (31%)、 牛乳26億円(22%)、 馬鈴しょ28億円(24%)、 
ビート20億円 (17%) を占めている。 さらに10年後の平成5年度の販売総額は
200億円で、 そのうち肉牛を主体とした畜産物が75億円(37%)、 牛乳が42億円
(21%)、 馬鈴しょが32億円(16%)、 ビートが21億円(11%)、 小麦、 豆類、 そ
の他30億円 (15%)と、 肉牛を主体とした畜産物は、 販売総額を倍増させ、 販
売シェアも6ポイント増大している。 この結果、 畜産物販売額のうち、 乳オス
主体の牛 (肉用) 販売額は69億円と当農協の販売総額の34. 5%を占めている。 
 
 表−1は、 士幌町農協が施設を貸与しているリース型肉牛農家の概況を示し
たものである。 施設リースは、 昭和45年から着手され、今日まで18戸の肉牛農
家が誕生している。 
 
 18戸のうち飼養頭数の最も大きい経営 (gO)は3, 407頭、 最も小さい経営
(gF) は549頭と格差があるが、 1戸平均では1,320頭を飼養している。 経営
形態は初生 (標準体重50s中心) からの一貫経営が15戸、 中トク(体重300s)
からの肥育経営が3戸である。 
 
 表−2は、 個人所有の施設による肉牛農家16戸の概況を示したものである。 
すなわち、 肥育一貫生産者が7戸(1戸平均985頭)、 体重270s〜300s中心で
販売する肥育素牛生産者が9戸 (1戸平均425頭)とリース型肉牛農家より規模
が小さく、 半数以上の農家は肥育素牛生産のみを行っているところに特徴があ
る。 
 
表−2 個人所有施設による肉牛農家の飼養頭数と経営形態
個人所有型肉牛農家 飼養頭数(頭) 経営形態
@ 43
A 192
B 96
C 502
D 463
E 1,039
F 535
G 547
H 2,093
I 747
J 922
K 383
L 590
M 304
N 1,270
O 993
小計 10,719
注:1)飼養頭数は平成6年10月現在
  2)経営形態のうち
   Aは肥育一貫生産者(標準体重50kgの初生導入) 
   Bは肥育素牛生産者(標準体重50kgの初生導入、
                        270kg〜300kgの中トクで販売)
 
  この結果、 表-3のように、 当農協管内全体では肥育農家25戸、 飼養頭数
30,655頭(1戸平均1226頭)、 素牛農家9戸、 飼養頭数3824頭 (1戸平均425
頭)と全国の中でも最大の肉牛産地を形成し、 これらの肉牛農家は、 肉牛振
興会を組織し、 肉質改良と増体のバランスをとった飼養管理の検討に取り組
んでいる。
表−3 肥育農家・素牛農家別戸数と飼養頭数
 
飼養戸数
飼養頭数
一戸平均飼養頭数
肥育農業 25 30,655 1,226
素牛農家 9 3,824 425
注:飼養頭数は平成6年10月現在
 以上のような肉牛の産地形成の持続的発展を図るため、 士幌町農協の畜
産部には、 畜産課と家畜診療課を配置している。 これらの業務は、 初生・
中トクの導入等、 肉牛事業に係わる運転資金等を含む経営管理 (特別勘定
科目)、技術飼養管理及び肥育牛の出荷等を2つの課の連携の中で取り組ん
でいる。 すなわち、 平成5年度は、 約18,000頭の初生牛を「肥育一貫生産
者」 と 「肥育素牛生産者」 に導入するとともに、 中トク約2, 700頭を主と
して 「肥育生産者」 に導入している。 
 
  この結果、 月齢19カ月、 生体重750s( 枝肉重量430s)の仕上げで平成
5年度には17, 240頭出荷している。 平成3年度が12,835頭、 平成4年度
が16,321頭であったので、 着実に増大傾向にあり、 平成8年度には19,000
頭出荷を目標に取り組んでいる。 肉牛は帯広市内にある鰹\勝畜産公社で
と畜され、 再び士幌町内にある士幌町振興公社に枝肉で搬入され、 そこで
の格付を基準に東京・大阪等の食肉市場の価格が適用されている。 

  表−4のように乳オス枝肉価格は一段と低迷傾向にあり、 しかも格付肉
質3の比率が平成5年の45%から平成6年はやや低下している。 
 
  この結果、 士幌町農協の試算によると、 平成6年7月時点での販売価格
は、 肥育一貫経営 (19カ月齢中心) の1頭当たり生産費を約10万円下回っ
ている。 
   
  このため、 肉用子牛生産者補給金 (乳用種) の1頭当たりの交付金が今
年度第1四半期82,080円, 第2四半期93,060円,並びに肉用肥育牛価格
安定事業 (北海道独自のもの) の交付金が1頭当たり10,080円支払われて
いるが、 個別の差はあるもののかろうじて収支のバランスが保たれている
状況にある。 
 
  ヒアリング調査をしたリース型肥育一貫農家で肉牛振興会の会長をして
いる力石憲二さん (46歳gI) は、 6人の士幌町外からの新規参入者の1
人であり、 広島県出身で京都大学農学部畜産学科を卒業後、 北海道での畜
産経営を夢みて昭和52年に士幌町農協のリ−ス農場に就農したとのことで
ある。 現在、 638頭飼養しているが、 15 年間のリース料の支払いが終了し
たので、 今後肉質3の格付比率を向上させるため肉牛振興会を中心に各関
係機関の協力を受けながら更に勉強をしてゆきたいと話しておられた。  
  
  また、 鎌田弘美さん (48歳gD) は地元農家であるが、 昭和47年から農
協のリース農場で現在964頭の中トクを導入した肥育経営を行い、 息子さん
 (23歳、 gP)も平成2年から農協のリース農場で現在978頭の初生を導入
した肥育一貫経営を行っている。 しかも、 両方の農場は隣接しているので、 
共同作業もでき、 また、 農協の堆肥センターも隣接しているので搬出も便
利だと話しておられた。

 以上のように、 士幌町農協が牛肉輸入自由化の環境激変下で機動的、 安
定的に 「しほろ牛」 を供給するために、 肉牛経営に対する多額の施設投資
とリース・システム、 素牛供給、 濃厚飼料供給、 ふん尿処理、 資金貸付、 
経営診断、 飼料管理技術指導などの高密度のバックアップを行っている役
割が大きい。
 
3 第3セクター且m幌町振興公社を媒体とした士幌町農協
  と葛g田ハムとの連携
 士幌町の肉牛農家で生産された肉牛は、 士幌町農協によって帯広市内の
鰹\勝畜産公社に搬送・と畜されている。 その枝肉のほとんどは、 食肉処
理施設として士幌町、 士幌町農協、 葛g田ハム等の出資によって昭和61年
に設立され、 昭和62年11月に操業した第三セクターである且m幌町振興公
社に搬入された後、 格付され、 平成5年度には13,000頭が部分肉に処理さ
れ、 葛g田ハムの販売網を通してスーパー等へ販売されている。
  
  且m幌町振興公社の食肉処理施設は、 空調クリーンルーム化施設により、 
温度、 湿度をコンピューターにより自動コントロールすると共に、 最近、 
従業員の作業軽減と小割スペック化の処理能力を上げるため懸垂脱骨方式
導入のため改修を行い、 将来への処理対応に即した近代的な施設に整備し
ている。 この結果、 枝肉のカット処理、 部分肉製造能力が1日平均50頭、 
部分肉製品保管能力が200頭となっている。 且m幌町振興公社の工場長は
吉田ハムから派遣され、 当公社からストレートに吉田ハムに連携する体制
が組まれている。 
 
  葛g田ハムは、 本社を岐阜県大垣市に置いているが、 昭和10年に現会長
の松岡登さんが大垣市に精肉店 「吉田本店」 を創業したのが始まりで、 昭
和21年合資会社吉田本店に改組し、 現社長の松岡弘さんが代表取締役社長
に就任した。 その後昭和29年に葛g田ハムに改組し、 平成5年度には資本
金4800万円、 従業員450名、 東京・大阪・福山・札幌・静岡に営業所を置
き、 売上高は345億円を計上している。 
 
 葛g田ハムでは、 平成5年度の牛肉 (部分肉) 取扱量約12,000トンのう
ち、 和牛が24%、 乳オス牛が51%、 輸入牛肉が25%と国産牛肉の取り扱い
に主力を置いているところに特徴がある。 
 
 和牛 (約2900トン) のうち約60%は岐阜県産で、 これを飛騨牛ブランド
として販売促進に取り組み、 乳オス牛 (約6000トン) はその約58%が士幌
町振興公社から供給され、 「しほろ牛肉」 のブランドで販売促進に取り組ん
でいる。 
 
 且m幌町振興公社の中尾有代表取締役 (士幌町農協元参事) は、 当公社
の意義として生産者に密着した単位農協と卸売機能を持つ吉田ハムの連携
で、 定時、 定量、 定価格取引が可能となり、 小売・消費者サイドのきめ細
かいニーズに対応できる技術力・販売力を蓄積する中で牛肉流通機構の問
題点がわかり、 産地サイドの体制固めに大変役立っている点を強調してい
る。 
  
 以上のようなネットワークの意義に加えて、 卸売機能を有する葛g田ハ
ムが、 且m幌町振興公社から部分肉をフルセットで購入し、 各部位間で過
不足が生じないようにバランスとりながら大手小売店に販売する体制をと
る等、 機動的なバックアップ体制がとられている役割は大きいと考えられ
る。 
 
4 吉田ハムと小売段階の大手スーパーの連携
 葛g田ハムは、 ユーザーである名古屋圏を中心としたユニーやユースス
トア、 大阪のライフコーポレーション、 滋賀県の平和堂、 関東圏の大手ス
ーパーなどのしほろ牛肉に対する発注動向をみながら、 且m幌町振興公社
に各大手スーパーごとの部分肉のレギュラー規格 (13部位)、 梱包形態 
(8カートン)別に加工処理作業を要請している。 この結果、 梱包された 「
しほろ牛肉 (部分肉) 」 は、 荷傷みを少なくし、 輸送コストを考慮し大型
冷蔵トラックで船便も活用しながら、 且m幌町振興公社から葛g田ハム本
社の物流センターに搬入されている。 さらに、 葛g田ハム本社からは、 飛
騨牛や輸入牛肉と共に 「しほろ牛肉」 が品揃えされ、 ユーザーの各店舗に
小型冷蔵トラックで配送されている。 
 
  葛g田ハムの有力なユーザーである名古屋市内のユニー株式会社の2店
舗を訪問したが、 牛肉のパックには北海道の図案に十勝の 「しほろ牛肉」 
のシールがはられ、 乳オス肥育牛の中では産地ブランドである 「しほろ牛
肉」 を主力として販売促進を図る経営方針が全面に押し出されている。  
 
  ユニー誕生24周年記念大創業祭 (平成6年9月22日〜25日) では、 「士
幌牛」 (北海道の大自然の中、 厳選された穀物で肥育された美味しい牛肉)
とPRしつつ、 「士幌牛ステ−キ用 (サーロイン肉)、 (モモ肉) 」、 「士幌牛
しゃぶしゃぶ用 (ロース肉)」、 「士幌牛うすぎり (肩ロ−ス肉)、 (バラ肉)
 」、 「士幌牛鉄板焼用 (もも肉) 」、  「士幌牛切り落し (もも・カタ肉) 」、
 「アメリカ牛切り落し (肩ロース肉)」 などと牛肉8アイテムの販売促進を
図っていたが、 このうち7アイテムは士幌牛であり、 士幌牛に熱いラブコ
ールを送っている。 
 
  以上のように、 品質面で和牛に比べて輸入牛肉との優位性の発揮が難しい
乳雄牛肉の分野において、 「しほろ牛肉」 というブランドを堅持できている
のは、 肉牛農家を組織している産地サイドの士幌町農協と国産牛を主軸とし
て取扱いや、 大手スーパーとのネットワークを持っている葛g田ハムとの連
携、 また部分肉処理センターである且m幌町振興公社への処理管理、 技術、 
人の面での共同参画により各大手スーパーによって異なるスペックの注文に
きめ細かく対応できる加工・物流システムづくりが可能となり、 相乗効果を
発揮しているからである。 
 
  さらに、 ユニーの大型店内には、 前述した食肉の直営店の他、 1〜2店の
食肉テナントを配置しており、 顧客をめぐる激しい店内競争がみられる中で、 
しほろ牛肉に対して、 前述したようにステーキ用、 しゃぶしゃぶ用、 焼肉用
など牛肉の用途を全面に出しており、 しほろ牛肉をストアーブランド化する
ことによって、 店内の競合店とのすみわけが図られている役割が大きい。 
  
  しほろ牛肉をめぐる 「生配販同盟」 ともいえる三者の信頼関係の上に維持
されている持続的な仕組みづくりへの挑戦が最も注目されるところである。 
 
 
5 生産・加工・流通システムづくりの今後の課題
 今後の課題としては、 第1に、 しほろ牛の品質向上によるブランドイメー
ジの向上と肉牛農家の所得向上のためには、 飼養月齢を延長しないで肉質の
安定生産のための濃厚飼料と飼養形態の見直しに向けて、 増体重のチェック、 
枝肉の品質チェックを農協・肉牛生産者・吉田ハム・大手スーパーで本格的
に取り組む必要がある。 
 
  第2に、 しほろ牛肉を取り扱っている大手スーパーが全てストアー・ブラ
ンドとして、 「しほろ牛肉」 と表示しているわけではない。 従って、 しほろ牛
肉をストアー・ブランドとしていない大手スーパーに対しては、 士幌町農協
あるいは葛g田ハムにおいて、 しほろ牛肉の料理方法のちらしや看板の設置
あるいは産地から出向いて店頭でのPRなど大手スーパーとの新しい連携方法
によるしほろ牛肉のストアー・ブランド化の努力が必要である。 
 
  第3に、 ガット・ウルグアイ・ラウンドの合意と国際貿易機関 (WTO)のも
とで、 牛肉の関税は、 平成6年の50%から7年には48.1%さらに12年には
38.5%まで引き下げられる予定であり、 肉牛農家経営、 農協取り扱い業務、 
鰹\勝畜産公社でのと畜業務、 且m幌町振興公社での部分肉処理業務、 葛g
田ハムへの配送業務、 葛g田ハムから各大手スーパー店舗への配送業務、 各
店舗での精肉処理業務の各工程の高能率化、 省力化、 低コスト化にいっそう
取り組み、 「低コスト化による高付加価値化の共有」 へのチャレンジが戦略
的課題である。 
 
 第4に、 しかしながら、 現段階では、 士幌町農協のリース方式によって大
規模な乳オス肉牛経営を展開しているとはいえ、 1頭当たり生産費に対比し
て、 10万円のマイナスを計上しており、 前述したような肉用子牛生産者補給
金 (乳用種) と肉用肥育牛価格安定事業 (北海道独自のもの) によって、 な
んとか維持されている。 このように生産者・食肉会社・大手スーパーの自助
努力の限界も視野に入れた行政サイドの機動的な支援が不可欠である。
 


元のページに戻る