★ 巻頭言


乳製品貿易の変化とわが国酪農政策の方向

 

北海道大学名誉教授         天 間   征


1 ウルグァイ ・ ラウンド後の国際貿易の変化

  世界の主要酪農国の牛乳庭先価格を調べてみると、 低い順から並べて、 ニュージ
ーランド、 オーストラリア、 米国、 アイルランド、 東欧諸国、 EU諸国、 スカンジナ
ビア諸国、 日本、 スイスの順となる。 これらの諸国のうち、 乳製品の純輸出額の多
いのは、 EU、 オセアニア諸国、 東欧諸国などで、 乳製品純輸出量の多寡は、 必ずし
も各国の庭先価格の水準に比例しない。 それは、 各国の乳製品輸出戦略と国内での
価格支持政策のちがいとに起因するからである。 ウルグァイ・ラウンドで激しく論議
された貿易歪曲的政策の存在の結果でもある。 
 
  今回のラウンド協定によって、 もっともダメージを受けるのは、 輸出補助金と変
動課徴金との両者を駆使して、 世界一の乳製品輸出国の地位を維持して来たEUであ
り、 他方、 もっとも恩恵を受けるのは、 ニュージーランドとオーストラリアである
といわれている。 輸出補助金削除規定の影響を受けることがない上、 将来の国際価
格の上昇期待もあるからである。 
 
  他方米国は近年乳価水準を引下げ、 DEIPと称される 「輸出補助金制度」 なしに、 
乳製品輸出国の仲間入りをする一歩手前まで、 国際競争力を高めつつある。 現在米
国議会で審議が進められている新しい農業法をめぐる討議を通じて、 バター、 脱粉
のCCC (商品金融公社) 買上げという生産者保護政策を廃棄してさえも、 従来内向
きであったこの国の酪農政策を、 輸出型に切り換えるという捨て身の戦法が、 生産
者の支持を得つつある。 EU酪農の衰退を見越して、 ウルグァイ・ラウンド協定を千
載一遇のチャンスとして、 国際乳製品市場において、 そのイニシアティブをとらん
とする意気込みがひしひしと感ぜられる。 これに対して、 EU側としても座してシェ
アー低下に甘んずる訳はなく、 現在の生乳クォーター制度の見直しも含めて検討さ
れるなど、 巻き返しをはかるであろうことは明らかである。 しかしながら、 世界最
大の牛乳生産量をもつ米国酪農の本格的な国際市場進出と、 他方EU酪農の地位低下
はさけられないと思われる。
 
 現在、 日本の牛肉輸入はオーストラリア、 米国、 ニュージーランドの3カ国によ
って占められているが、 これと似た姿が近い将来わが国の乳製品輸入においても再
現される可能性が高い。 



2 注目すべき3つの助成事業

 ウルグァイ・ラウンド後におけるわが国酪農に対する価格・所得支持政策の行方
が明らかでないということが、 多くの生産者の声である。 認定農業者制度について
、 思ったよりも手を挙げる酪農家の数が少ないのも、 そのことの表れではないかと
考えられている。 酪農の場合も、 コメの場合のように食管法から新食糧法への転換
といった正面切った政策転換が、 現行の不足払制度に加えられるのか多くの人々が
注目している。 加工原料乳不足払法が、 その制度の本質においてウルグァイ・ラウ
ンド後の酪農世界に合わないことは誰の目からも明らかなことである。 貿易自由化
と平均生産費による国内価格支持は両立しえないからである。 しかし、 生産者から
極めて抵抗の強い不足払制度の廃棄という荒治療をさけ、 実質的に牛乳・乳製品の
内外価格差を少しでも縮め、 輸入増加をさけるといった迂回的な自由化対応政策が
わが国で現在進行中である。 
 
  それらの典型的施策として、「新チーズ基金制度」(酪農安定特別対策事業)、 「生
クリーム生産奨励金制度」 (生クリーム等生産振興緊急特別対策事業) および 「生
産枠売買助成制度」 (酪農経営体育成強化緊急対策事業) の3つを挙げることがで
きる。 これらの諸制度の究極的なねらいは、 次の4点にあると考える。

@ 不足払限度数量の対象外の製品に仕向けられる生乳を増やし、その生産を生産者
 の自主選択にゆだねることによって、 わが国全体としての加工向け生乳の乳価水
 準を切り下げるとともに、 企業的大型酪農の育成を誘導する。 

A チーズ助成枠の拡大や生クリーム助成枠の新設によって、 不足払限度数量を縮
 小していく。 

B 生乳生産枠の助成金つき流動化促進によって、 経営基盤の強い経営体の育成を
 助長する。

C わが国で生産する乳製品について、 フレッシュなナチュラルチーズや生クリー
 ムなどの生産を増やし、 国際的にみて相対有利な方向に誘導すると共に、 一定
 量の加工向け生乳生産の維持によって、 飲用乳市場での南北戦争激化を緩和す
 る。
 
 以上の諸方向を体現した新たな酪農政策を一言で表現すれば、 「選択的二重価格、 
二段階割当制」 ということになろうか。 恐らく、 これが価格支持制度によってこれ
まで支えられてきた酪農先進諸国に共通するラウンド対応策になるのではないかと
思われる。 


3 先行き不透明な中での経営対応

 新農政プランにおいても既に明らかにされているように、 今後わが国の農産物供
給の大部分を担うのは大規模な企業的経営体であり、 そのようになっていかない限
り、 わが国農業の将来はない。 このことは極めて明確なことであるが、 物理的に規
模拡大が容易な北海道地域においてすら、 多くの酪農家に逡巡がみられる。 負債の
重圧と先行きの不透明感からである。 時間は余り残されていない。
 
 ウルグァイ・ラウンド後の価格・所得政策を明らかにすることは、 政策当局にと
って困難な仕事であるが、 長い間保護政策に慣らされてきたこの国の生産者にとっ
て、 そのことなしに現場での生産意欲を高めることは困難である。 加工原料乳に対
する価格支持政策を残しつつ、 他方でその枠外乳を増やすという現在の酪農政策の
進路を個人的に支持したい。 二重価格制度こそは、 全面的市場解放下におけるわが
国酪農構造変革の原動力であると信ずるからである。 

元のページに戻る