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国際化の進むホルスタインの改良

 (岩手大学大学院連合農学研究科  教 授  光 本 孝 次) 


  
酪農産業における乳牛改良の意義

 酪農産業は他の農産物の生産工程に比較して、 多様な技術システムの組み合わ
せにより成立し、 日本では乳牛資源や濃厚飼料等の国外依存度が高い。 牛乳の生
産費に直結すると考えられる耕地の面積と価格、 飼料、 機材、 エネルギー、 乳牛
資源、 労賃、 流通コスト等酪農先進国との比較では、 圧倒的に不利な条件を保持
しているのがわが国の現状である。 牛乳・乳製品の消費者ニ−ズの変化に伴い、 
コストダウンの創意工夫が発展すれば、 当然、 乳牛の生産効率の遺伝的改良の差
が大きな要因として浮上してくる。 これらの条件は乳牛に限定されず、 卵・肉鶏
や豚でも共通する問題点であり、 肉牛では肉質の消費者ニ−ズの異なる条件があ
るとしても、 いずれも国際的市場原理の影響が強い分野である。 
 
  酪農先進国では乳牛の遺伝的改良による酪農の生産性への貢献が大きいが、 日
本でも北米などの改良速度 (量) をいち早く実現する必要性に迫られている。  

  ホルスタインの遺伝資源の国際化は、 凍結精液と受精卵の国際的流通と高度の
統計遺伝学的科学の発展により、 比較的高精度の遺伝的能力の国際比較が短期間
に可能となったことによる。 乳牛の種々の形質における遺伝的評価値は、 国際的
に信頼度の高い改良情報として公表されるに至っている。 それらのトップグルー
プを形成する国際的水準は膨大な付加価値を生じさせ、 酪農家と乳牛改良組織へ
の経済的インパクトを極めて大きくする。 ホルスタインにおける産乳能力の遺伝
的格差は確実に増大していて、 現状の育種技術の展開では、 海外の遺伝的格差は
ますます増大すると予測されている。 


 
日本のホルスタインは世界最高水準の能力か

 日本の牛群検定成績 (平成5年) では、 北海道の乳量の平均が8, 244kgを示し、 
昭和50年代の平均乳量6, 000kg水準と比較すると、 1頭当たりの産乳量の増加は
著しい (表1)。 表2には世界の乳牛における牛群検定成績の平均値を示してある
が、 各国のホルスタインのシェアが異なるために、 これらの数値で産乳量の単純
な比較は無理がある。 ホルスタインのシェアの高い北米やイスラエル、 日本等の
表面上の比較をすることがあるが、 これらの数値を基礎にして、 「日本の産乳能
力は世界のトップレベルにあり、 これは遺伝的改良の成果である」 とは結論でき
ない。 なぜならば、 オランダやデンマークのように、 乳蛋白量と乳脂量に特別な
選抜を加えて、 その成果が出現している国では、 乳量の比較よりも蛋白量や乳脂
量の成分量の生産性の比較が重要となる。 

 検定成績平均値の直接比較はホルスタインのみの比較であっても、 環境要因の
差を無視した比較となるために、 日本の乳牛の能力水準は世界的レベルであるな
どの論説は、 遺伝的改良の観点からは全く根拠のないものとなる。 日本の乳牛は、
北米からの導入資源に100%依存し、 改良目標の不明確さ、 後代検定後の選抜強
度の低さなどから、 米国やオランダと同じように平均で年当たり200kgの乳量の
増加があったとしても、 米国やオランダでは能力向上の3分の2以上の140kg位
が遺伝的改良により向上するが、 日本では3分の1位が遺伝的改良によることと
なる。 すなわち、 乳量の遺伝的改良速度は50〜60kgであり、 飼養管理による向上
が140kgから150kgになるために、 米国やオランダとは産乳効率に大きな差が生じ
ている。 これは、 日本の乳牛が濃厚飼料多給型の強いストレス下で高乳量を達成
しているのが現実の姿であり、 低繁殖率や生涯生産寿命の低下に直結することも
予測されている。 

表1 牛群検定成績の推移と平成5年の地域別成績
年次 例数 乳量(最低−最高)kg 乳脂率・量 蛋白率 SNF率 給与濃厚飼料量
昭50年 6,721 5,826(2,004-12,181) 3.6% 208kg - - 1,889kg
55 98,266 6,339(1,606-15,922) 3.7% 232kg - - 2,029
60 210,840 7,008(1,940-18,874) 3.65% 256kg - 8.60 2,478
63 233,183 7,507(1,743-18,292) 3.67% 276kg 3.06% 8.63 2,696
平1年 242,754 7,705(2,027-18,211) 3.69% 284kg 3.09 6.64 2,783
2 261,670 7,798(1,756-20,540) 3.69% 288kg 3.09 8.62 2,807
3 281,533 7,781(1,495-19,559) 3.70% 288kg 3.10 8.62 2,833
4 283,380 7,994(1,446-20,167) 3.76% 301kg 3.14 8.67 2,908
5 286,053 8,145(1,777-19,957) 3.80% 310kg 3.15 8.67 2,973
5年内訳            
北海道 171,963 8,244(2,228-19,957) 3.83% 316 3.16 8.69 2,835
都府県 114,090 7,996(1,777-17,845) 3.76% 301 3.13 8.64 3,138

表2 ICAR(家畜の能力検定に関する国際委員会)
    加盟国の牛郡検定実施状況(1993年)    (単位:頭、%、日、kg)
国名 検定牛頭数 検定農家数 平均頭数 検定牛率 農家率 搾乳日数 平均乳量 乳脂肪 蛋白質 ホルス・シェア
アメリカ 4,789,292 49,017 97.7 49.3 30.2 305 8,382 3.70 3.22 94.9
カナダ 711,074 16,052 44.3 56.1 54.7 305 7,988 3.74 3.37 90.6
デンマーク 578,984 12,004 48.2 83.0 76.0 365 6,891 4.45 3.42 70.6
ドイツ 3,720,669 102,231 36.4 70.2 46.3 319 5,982 4.28 3.41 56.0
オランダ 1,336,861 27,604 48.4 76.5 68.1 322 7,220 4.46 3.49 71.3
フランス 2,531,345 71,712 35.3 54.6 42.4 300 6,509 4.06 3.29 77.1
イタリア 1,073,739 27,167 39.5 47.1 15.1 309 6,786 3.54 3.11 80.4
ハンガリー 260,500 751 347 68.0 66.0 295 5,498 3.75 3.28 7.1
南アフリカ 128,249 2,036 63.0 25.6 32.8 294 5,842 3.63 3.25 76.5
イスラエル 94,060 771 118 82.5 52.1 333 10,136 3.11 3.01 100
日本 549,546 15,248 36.0 44.1 33.4 305 8,130 3.81 3.15 99.6
ニュージーランド 2,039,605 10,843 188 78.0 75.0 221 3,397 4.77 3.65 57.1
(注)ホルス・シェアとは、検定参加牛に占めるホルスタインの割合で、黒白斑フリージャ
     ン種を含む1992年の数字である。

国際的資源としてのホルスタイン 
 米国ホルスタインが世界各国の遺伝的改良の基礎集団となり、 独占化傾向を強め
ているが、 オランダ、 カナダ、 フランスなどの各国は米国の資源を利用しながら米
国以上の後代検定後の選抜強度で優れた種雄牛を選んでいることから、 米国のAI
 (人工授精) 種雄牛の遺伝的評価値に接近しつつある。 その代表例がオランダであ
る (後述)。 
 
 世界各国で検定される北米ホルスタインの息子数の代表例を表3に示した。 「エ
アロスター」 はカナダのAI種雄牛であるが、 血統は米国系である。 それぞれの国
の改良目標の差と過去の血統構造により、 検定頭数に差が生じていると考えられる。 
  米国のTPI(体型と産乳能力の総合指数) 基準でトップグループを形成してい
る有名父牛からの息子牛が、 世界の各国で将来のAI種雄牛として遺伝的評価のた
めの検定を受けている。 したがって、 オランダのように国際比較の結果として、 精
液を米国に輸出する国も出現することになる。 
 ホルスタインは国際的評価値によって比較され、 上位にランクされれば、 そのA
I種雄牛は世界的な市場を保持することとなり、 精液や受精卵として国際的に利用
される貴重な遺伝資源となる。 

表3 世界各国で検定される米国ホルスタインの息子牛数(1993)
父牛(略名) カナダ 米国 英国 フランス オランダ ドイツ イタリー 豪州 日本
リードマン 62 164 17 173 52 54 52 55 26 655
エアロスター 72 79 14 45 23 38 40 11 10 332
ブラックスター 35 48 10 134 6 54 15 1 12 315
マスコット 10 135 8 31 22 1 41 29 25 302

国際換算値の問題点

  現在の米国とカナダでは相互交流による比較的精度の高い国際比較値が推定され
ているが、 それは換算値である。 国際比較には統計モデルの差、 記録の産次数、 評
価値の表現法、 環境効果の補正、 測定値の単位、 遺伝ベース、 特別な飼養管理、 遺
伝と環境の相互作用などが関連するので、 科学的研究がさらに必要とされる分野で
ある。  


オランダにおける最近の展開 

  現時点では、 米国ホルスタインが遺伝資源において独占化傾向を強めているが、 
オランダ、 カナダ、 フランスの各国は米国ホルスタインの遺伝資源を利用しながら
、 米国の水準に接近しようとしている。 そこで、 各国で産乳能力の評価値や総合評
価値が公表されるとしても、 遺伝資源を導入し、 利用する国としては各国の遺伝的
評価値の相対的ランキングが可能であると都合がよい。 米国とカナダ間、 オランダ
と米国間ではかなり精度の高い換算が可能である。 都合の良いことに米国、 カナダ
、 そしてオランダが現在のところ遺伝的改良速度が早く、 ホルスタインの遺伝的改
良のための遺伝資源の対象となる国である。 ただし、 3国ともに産乳能力では乳蛋
白量の遺伝的改良を強く意図する国である。 最近オランダの酪農雑誌に世界のホル
スタイン種雄牛のトップ10が発表されていた。  

  表4は非公式の換算値であるが、 科学的に根拠のある方法で換算したものである。  
世界のトップ10の4頭がオランダのAI種雄牛であり、 しかも、 トップの3頭にラ
ンクされていることは、 少なくともオランダの遺伝資源導入の方法が、 自国の改良
目標に合致している世界のトップの資源を導入しており、 改良目標が明確であると
いうことである。  
表4 世界のAI種雄牛トップ10のTPI値(1994年7月)
種雄牛名 TPI PTAP PTAT 国名
エータゾンラベル 1506 109 1.41 オランダ
エータゾンセルシウス 1503 95 2.41 オランダ
デルタクレイタスジャボット 1459 107 1.59 オランダ
ルッツミドーズEマンテル 1454 70 3.83 米国
エンプライスベルエルトン 1444 93 2.03 米国
ロニーブルックプレリュード 1436 73 3.07 カナダ
グレントクチンスロカム 1430 80 2.66 米国
ゲンエースペトラムLDセルビン 1404 93 2.05 米国
マークCジルブルックグランド 1363 72 2.17 カナダ
エータゾンジムタウン 1368 100 1.41 オランダ
注)TPI:体型と産乳能力の総合指数
  PTAP:タンパク質の推定遺伝伝達能力
  PTAT:体型の推定遺伝伝達能力 
オランダ4頭の血統は、
エータゾンラベル・・スタンピイツカークベルボス・・カーリンMアイバンホーベル
       OCSデーリィベルストリーマー・・カーリンMアイバンホーベル
エータゾンセルシウス・・ハウEIエーカースKベルマン・・カーリンMアイバンホーベル
        ワイランドベルエラ・・カーリンMアイバンホーベル
デルタクレイタスジャボット・・ビスメートラディションクレイタス・・スウィートヘイブントラディション
          フェアロースベルローズバット・・カーリンMアイバンホーベル
ニータゾンジムタウン・・ビスメートラディションクレイタス・・スウィートヘイブントラディション
         ルーアンアプルゾソース・・カーリンMアイバンホーベル
  などであり、 これは明らかに米国から導入している資源の血統である。 後代検
定は米国と同時であり、 選抜圧は20分の1から30分の1となっといる。 導入方法
はもちろん、 国際的水準でトップの受精卵と精液である。 
 したがって、 産乳能力の1994年6月における平均値は乳脂率が4.47%、 乳蛋白
率が3.47%と高く、 しかも乳量の平均値も7,511kgとなっている (表5)。 
 最近のオランダのAI種雄牛の作出法を図4に示してある。 これらの育種シス
テムが酪農家の協力によって実行されているために、 表4のような現実も生じて
くると考えられる。 
 
  

表5 オランダにおけるホルスタインの産乳能力平均(1994年6月)
頭数 年齢 搾乳日数 乳量 F% P% 乳脂量 乳蛋白量
693,154 4.01 305 7,511kg 4.47 3.47 336kg 261kg

お わ り に
 酪農の生産効率におけるAI種雄牛の役割が徐々に明確になり、 大部分の酪農
家は生産調整下において、 産乳効率の高い乳牛群を創出しようと努力していると
推察される。 オランダのような小国が、 ホルスタインの遺伝的改良の市場性にお
いてトップに躍進しつつあるように、 ホルスタインの資源の国際市場に大きな変
化が生じつつある。 オランダの乳牛はかつてその遺伝的能力の高さによって世界
を支配したが、 その後の能力改良の低さによって、 国際市場性を失った。 しかし、 
現在では米国ホルスタインが世界市場シェアのトップの座を占めているが、 オラ
ンダをはじめ米国のホルスタイン資源を利用しながら、 米国ホルスタイン以上の
後代検定済のAI種雄牛を作出しつつあるいくつかの国が出現しはじめたのであ
る。 それらの国々はかなり明確な改良目標と育種システムを実行していることも
確かである。 
  
  今後、 乳牛改良の目的性、 改良目標の設定、 目的達成のための選抜強度の妥当
性、 評価値の国際比較、 開放MOET遺伝中核育種法 (この方法だと世界のトッ
プ遺伝資源を利用し、 牛群検定に参加する牛群にMOET育種集団を構成するエ
リート・カウがばらばらに飼養されるため、 特別な施設や人的経費を節約できる
。) などの改良戦略上重要な問題を解決し、 かつ発展させる必要性に迫られてい
ると考えられる。 

 (注) MOETとは、 ETを利用し、 きょうだい牛の成績によって種雄牛の選抜
 と牛群の改良を進める育種のこと。 

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