★ 巻頭言


地球再生への模索は農業からはじまる

主婦連合会
副会長      甲 斐 麗 子



文明の光と陰
 戦後の混乱期、 物不足からの脱却こそが文明の証であり、 生活の向上、 利便性
を高めることが、 進歩でした。 高度成長をひた走って来た日本経済も、 バブル崩
壊以後、 低迷を続けております。 環境問題が、 地球的規模で論議されている時、 
改めて、 地球上の生物のバランスを狂わせてしまった人間の行いに愕然としてい
ます。 

 現代は 「バベルの塔」 を築くのに似ています。 旧約誓書のこの物語は、 人間の
思い上がりに対する神の怒りを意図した教えといわれています。 天までとどく壮
大な塔を建てようと、 新しい技術を駆使した人間達の言葉を奪って、 人間相互の
無理解を生み、 塔は建立出来なくなった、 というものです。 機械化とコンピュー
タ化を押し進め、 あらゆるものをコントロールしようと突き進む現代社会に重ね
合わせ、 無気味な感じがするのは、 私の単なる危惧でしょうか。 
人間も地球上の生物
 20世紀の科学の進歩は、 人間に多大な恩恵を与えてくれましたが、 反面、 失わ
れたものも多くあります。 今、 生命を育む根源である、 日光・水・空気・土が汚
染されて来ています。 

 地球上から小動物が消滅して行くことは、 何れ人間の身体にも異変の起こるこ
とを意味しないでしょうか。 

 地球上のあらゆる生物との共生を目指すことが、 21世紀を生きる人間に課せら
れた責務と思います。 

農産物は天地の贈りもの
 工業製品と異なり、 農産物は、 私共の生命を支える自然からの贈りものと考え
ます。 地球上に生命が誕生してから何億年もの進化を繰り返して、 今日在ること
を思う時、 農産物を、 経済効率のみを考えて、 量産し続けることに疑問を持ちま
す。 ましてや、 農産物を工業製品と同列に扱い貿易の対象としてのみとらえるWTO
体制には強い疑問を持ちます。 その国、 その地域の食文化をもっと大切に扱いた
いと思います。 食糧はどの国も自給する努力をするのが、 原則と思っています。 
食品の安全性を求めて
 今、 子育て中の若い母親達は、 特に食品の安全性に心を痛めています。 厚生省
や、 農水省の基準があっても尚、 より自然のものを要求する裏には、 アレルギー
体質の人が増えて、 アトピー性皮膚炎、 小児ぜんそく、 花粉症、 心臓病等で悩む
人が多く、 子を産んで育てる母親の本能が、 因果関係は立証出来ないながら、 口
から体内に入るものの相乗作用によって身体に何らかの異変が起きていると直感
しているのです。 いずれ、 進化によって抗体が出来たり、 新たな病原菌が出現し
たりするのかも知れませんが、 少子社会も、 セックスレスという社会現象も、 こ
のことと関係のないとはいい切れません。 
 
  食品の安全に関しては、 生産の場での環境保全も含めて、 有機農業・自然農法
などに関心が高まっています。 
 
  東京都でも、 都民のそうした要求にこたえるため、 平成5年度から3年計画で
、 有機農産物を流通させるための環境整備調査をしています。 初年度の消費者・
小売店の実態と意識の調査を見ると、 現在買っている人、 扱っている店はわずか
ですが、 「品物が揃えば」 「条件が整えば」 買いたい、 扱いたいと思う人は数多く
あります。 購入価格、 仕入価格は、 一般農産物の1〜2割高程度というものが一
番多く、 農業白書に見る輸入野菜の増加は、 消費者の低価格志向の表れというの
とは食い違いを見せています。 

 これは野菜・果物・米・茶についてでしたが、 畜産物についても同じようなこ
とがいえると思います。 牛肉の輸入自由化後、 価格が下がったことから、 家計の
中でも少し消費が増えたようですが、 主婦の栄養感覚では肉類として消費するの
で、 増加分は、 豚で減るとか、 鶏肉で減るとか、 他の消費とも絡んで来ます。
 
 また、 私共小グループの調査では、 和牛の人気は高く、 次いで銘柄牛、 国産牛、 
輸入牛という順番でした。 

価値観の転換
 バブル崩壊後、 変革の時代といわれています。 消費の低迷は、 必ずしも先行不
安のみならず物の豊かさからの脱却ともうかがえます。 産業界のリードによる大
量生産・大量消費の時代から、 地球環境問題もあって、 身の丈に合った良品質を
選択する時代に入りました。 消費者が賢くなれば、 生産者は、 人間としての能力
を問われます。 一流企業のサラリーマンを目指していた青年達も、 このバブル崩
壊後のトップの姿勢を目にする時、 自尊心を持って生き甲斐の感じられる職業を
選択するようになると思います。 
 
  自立した農業が営まれる時、 自然を相手に生命の源である 「食」 を生産する仕
事に生き甲斐がないはずはありません。 農業白書にも、 その明るいきざしが見え
ているとあります。 仕事がきつい、 収入が少ない、 というところに考慮の余地あ
りとは思いますが、 労働の喜びは、 生き甲斐にあります。 環境が良くなれば、 解
消出来ます。 豊かさは、 ものから 「ゆとり (時間)」 「やさしさ (心)」 へと移り
つつあります。 生産と消費 (食品産業も含めて) の場での対話を深めたら、 産地
からの確かな情報が発信されれば、 国産品の消費は増えるはずです。

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