◎巻頭言


健康と牛乳・乳製品

日本女子大学家政学部 教授 江澤郁子

直接生命活動に関わるカルシウムが不足

 人間誰もが、 毎日元気で、 楽しく、 活き活きと過ごしたいと願うものです。 そ
の私たち人間は、 人生の最後に骨だけを残すことになりますが、 この骨の良し悪
しは、 その人の人生において、 どのような食生活をしてきたか、 どのような生活
習慣であったかを物語っています。 

 この重要な骨は、 主にコラーゲン (たんぱく質) を主成分とする基質と、 カル
シウムとリンを主成分とする骨塩から構成されています。 したがって、 これら栄
養素の不足は、 直接骨に影響を及ぼすことになりますが、 実際的な栄養問題とし
ては、 これら栄養素のうち、 カルシウムの摂取不足や吸収状態がその中心となり
ます。 

 そこで、 この大切なカルシウムについて、 はじめに少しお話しします。 私たち
の身体には約1kgのカルシウムが存在しますが、 その内の約99%は骨と歯にあり、 
残り約1%が血液や体液や軟組織中にあります。 とくに、 血液中のカルシウムは
重要で、 直接生命活動に関わることからカルシウムレベルは常に正常値 (9〜10
mg/dl) に保たれるように、 カルシウム代謝調節ホルモンにより巧妙に調節され
ています。 したがって、 もし、 カルシウム摂取不足が長く続くと、 生体は血液中
のカルシウムレベルを維持するために、 骨を犠牲にしてまでも、 骨からカルシウ
ムを血液中に送り出し、 これを補います。 

 ところが、 この大切なカルシウム摂取量が不足しているのです。 日本人の食生
活は豊かになり、 かつて経験したことのない飽食時代を迎えました。 しかし、 い
つでも、 どこでも、 何でも好きなように食べられるという現状は、 必ずしも豊か
な食生活とはいえず、 むしろ栄養的にみれば偏った状態になりかねないというこ
とです。 

 厚生省が毎年行っている国民栄養調査成績をみると、 主な栄養素が所要量を満
たしている中で、 カルシウム摂取量だけが所要量の600mgに届かず、 所要量の90
%前後に留まっています。 それでも、 人生わずか50年といわれた昭和25年頃の30
0mg以下に比べれば、 確かに2倍量に改善されました。 問題なのは、 人生80年時
代の今日、 骨粗鬆症 (しょうしょう) の予防や治療が急務の課題となっているに
もかかわらず、 カルシウム摂取量がこの25年間ほとんど増加せず、 所要量に達し
たことがないという現実です。 このことからも、 カルシウムは余程心がけない限
り、 いかに摂りにくい栄養素であるかといえます。 

牛乳は、 すぐれたカルシウム供給源

 牛乳は、 カルシウム供給源として含有量のみならず、 吸収率においても優れた
代表的な食品です。 牛乳200gの中には200mgのカルシウムが含まれています。 実
際問題として私たちの食生活の中で、 牛乳を飲まずに所要量の600mgのカルシウ
ムを満たすのはかなり困難です。 日本人の牛乳を飲む量は、 確かに増えてきまし
た。 しかし、 牛乳の摂取量は1人1日平均130gと、 コップ1杯にも満たない状況
です。 

 とくに、 発育期や若い時期からの良い食習慣は、 生涯の健康の基本といえます。 
そこで、 骨格の成長過程で極めて重要な時期である小学校・中学校の食生活実態
調査 (平成3年度、 日本体育・学校健康センターによる) をみてみました。 給食
のある日 (金曜日) に比べ、 給食のない日 (土曜日) は、 カルシウムをはじめと
して、 エネルギーや鉄なども不足しています。 中でもカルシウムは不足しており、 
小学生では、 給食のある日は所要量を満たしているのに、 給食のない日は77.1%
と少なく、 中学生では、 さらに不足状態の68.9%になっています。 このことから
も給食に供される牛乳が、 いかにカルシウム摂取量に重要な役割を果たしている
かが示唆されます。 

思春期の女性の“牛乳離れ”

 そこで、 牛乳飲用量の年代別の推移をみてみました (1994年消費動向調査)。こ
れによると、 幼稚園児から小学生までは、 1人1日当たり牛乳300ml前後飲んで
いるものの、 中学生になると若干減りはじめ、 高校生になると150ml前後となり、 
以降その水準となっています。 このことからも、 幼児から学童、 中学生の時期に
親の努力や、 給食でどうやら習慣的に摂れるようになった牛乳も、 学校給食を離
れた、 とくに思春期の女性たちに急速な牛乳離れが目立っているのは問題です。 

 実際に、 閉経後の女性の骨密度が、 青少年期の牛乳を飲む習慣の有無によって
異なることや、 酪農地帯の牛乳をよく飲む習慣のある対象者で骨密度が高かった
というデータも報告されています。 

牛乳・乳製品の積極的な摂取を

 ますます高齢化社会が進展する折、 骨折や寝たきりを防ぐためにも、 加齢に伴
う骨量の減少をいかに防ぐかが重要ですが、 それ以前の発育期・若い時期に、 で
きるだけ骨量を高めておくことが、 より重要です。 そのためにもカルシウム摂取
不足にならないよう、 食生活に牛乳・乳製品を積極的に摂る習慣を身につけてお
くことが極めて大切といえます。

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