★ 事業団から


日本の気候風土にあった独自のナチュラルチーズづくりをめざして −第1回All Japanナチュラルチーズコンテスト−

企画情報部情報第一課 武田 紀子




伸びるナチュラルチーズ消費、国産は約1割

 従来、日本のチーズ消費はプロセスチーズ中心であったが、近年は直接消費用
ナチュラルチーズが年々伸びており、この5年間で38%の増加となった。8年
度の直接消費用ナチュラルチーズの消費量は11万4千トンで、チーズ消費量全
体に占める割合は53%とプロセスチーズを上回っている。この大幅な伸びの背
景には、消費者の健康志向が良質のたん白質とカルシウムを豊富に含むチーズに
合致していること、最近のワインブームやイタリア料理の人気などが追い風とな
っていることに加え、チーズへのより一層の理解や販売促進を目的に開催される
チーズフェア等の催しが各地で成功を収めていること等があると思われる。
 また、指定助成対象事業でも、昭和50年代半ばからナチュラルチーズ実験製
造工場の設置や製造技術研修等を実施してきた他、61年度にはチーズ原料乳の
取引定着と製品開発の促進を目的とした助成をするなど、日本人の嗜好に合致し
た国産ナチュラルチーズの生産拡大に向けて地道な努力が重ねられてきた。その
結果、昭和50年代初めには3%に満たなかった国産品の割合が、平成8年度に
は1割程度になっている(図1)。9年度に入って、直接消費用ナチュラルチー
ズの生産量は5月以降ほぼ一貫して2桁台の伸びを示し(図2)、10年1月ま
での年度累計でも前年同期比16%増となっており、今後も伸びが期待される。

◇図1:チーズ消費量全体に占める直接消費用ナチュラルチーズの割合
   (平成8年度)◇

◇図2:直接消費用国産ナチュラルチーズ生産量の推移◇


全国規模では初めてのコンテスト

 平成10年2月16日(月)、東京都内で、第1回 All Japanナチュラルチー
ズコンテスト((社)中央酪農会議主催)が開かれた。このコンテストは、生産
者が独自に勉強しながら試行錯誤を繰り返している国産ナチュラルチーズ開発の
現状にあって、1)現段階における正確な技術評価を行うとともに、2)国産ナ
チュラルチーズ生産者、研究者、料理専門家、流通・販売業者等が一堂に会して
情報交換やアドバイスを行う場を提供することで、 1)製造技術の向上を図り、
2)日本の気候風土にあった独自のナチュラルチーズを創り出していくこと、3)
国産ナチュラルチーズの消費を拡大すること、が目的である。

 全国には76(9年3月現在)のナチュラルチーズ製造工場があり、それぞれ
創意工夫を凝らした多種多様なチーズがつくられている。今回のコンテストには
31工場から、1)ハードタイプ35品目、2)ソフトタイプ33品目、3)フ
レッシュ他タイプ11品目の計79品目が出品された。


協議に協議を重ねた結果

 審査は、フランスのチーズ鑑評騎士の会日本支部会長松平博雄氏をはじめ、フ
ランスのチーズ専門職最高位プロフェッショナル・フロマージュ・アフィヌール
の称号を持つ村山重信氏、料理評論家の山本益博氏など、チーズ、食文化に精通
した10名の審査委員に加え、チーズの本場フランスから農業省酪農産業部のジ
ェラール・リポー氏とカマンベール村の村長ジャン・ゴベール氏を特別審査委員
として招き、「形状」、「外見」、「色」、「風味」、「旨味」、「香り」、「組織」の
総合的評価で行われた。

 タイプ別に一点が選ばれる金賞には、1)ハードタイプは北海道の(農)共働
学舎新得農場のラクレットと岡山県吉田牧場のラクレットが、2)ソフトタイプ
は北海道(有)プロセスグループ夢民舎のブルーチーズはやきた、3)フレッシ
ュ他タイプは宮城県(財)蔵王酪農センターのクリームチーズが選出された。

 その中で最も優秀とされる栄えある第1回畜産局長賞は、(農)共働学舎新得
農場のラクレットが受賞した。審査委員の村山氏は、受賞作のラクレットについ
て、1)組織が滑らか、2)穏やかな香りで風味がよい、3)丁寧に仕上げられ
ている点を評価し、まさに「皿の向こうにつくった人の顔が見えるチーズ」と表
現した。
【畜産局長賞に輝いた(農)共働学舎新得農場のラクレット】
 同農場の宮嶋代表は、「チーズづくりを始めて14年、小さな工場でつくり続
けるためには高品質なものを求め、フランスから技術者を招いて一生懸命勉強し
てきた。こうした形で結果が実ってほんとうにうれしい」と受賞の喜びを述べた。


「十勝の風土に合ったチーズづくり」をめざす

 共働学舎は、肉体・精神的にハンディを背負う人々が健常者とともに独立自活
できるよう、教育、福祉を実践する場として農業家族集団の結成を目指し、昭和
48年に設立された。現在は全国に7カ所あり、新得農場は4番目の農場である。

 乳牛、豚、鶏、羊、馬などを飼養する他、有機栽培で約35種類の野菜をつく
っている。チーズの製造は、昭和59年に町から「特産品加工(チーズ)」の委
託試作をまかされたことに始まる。チーズの原料には、自家生産生乳(ブラウン
スイス種、ホルスタイン種)を使用し、ラクレットの他、ルブローション、クリ
ームチーズ等7品目を製造している。代表者の宮嶋さんによると、受賞したラク
レットは「アルプスの少女」の物語に出てくるチーズで、そのままでも食べられ
るが、熱で溶かしてゆでたジャガイモやパンにつけて食べると一層おいしいとの
こと。また、新得農場は十勝地方の中山間地にあり、冷涼な気候で、澄んだ空気
と清らかな水に恵まれ、夏に放牧される牛は草をたっぷり食べて良質な乳を出す
こと、さらに長い冬に温かく食べられるチーズという意味でも、ラクレットは「十
勝の風土に最もあったチーズ」といえるそうだ。製造に当たっては、生乳の取り
扱いを独自に工夫するなど、自然界において乳酸菌等の有効菌が活性化し、雑菌
や腐敗菌を抑える理想の自然条件を、チーズづくりに生かす方法を追求している。
将来は、より風土に合った種類のチーズをつくり、来訪者にその場で味わっても
らえるような施設を作りたいと抱負を語っていた。


バランスがよく、個性があるカマンベール

 フランスから招いた2人の特別審査委員が決定する特別審査委員賞には、北海
道(有)プロセスグループ夢民舎のカマンベールはやきた(缶入りタイプ)が選
ばれた。特別審査委員のジェラール・リポー氏は、1)バランスがよく、味に欠
点がない、2)個性がある、3)表皮がきちっとできており、じゃまにならない
程度に適度な歯ごたえがある点を選定理由としてあげており、ジャン・コベール
氏も全体的にソフトな感じで、消費が伸びると期待されると評価している。
【特別審査委員賞を発表するフランス農業省のジェラール・リポー氏(中央)とカマンベール村長のジャン・ゴベール氏(右)】

チーズを縁にフランスと日本をより緊密な関係に

 ジェラール・リポー氏は、コンテストの前に行われた国産ナチュラルチーズ情
報交換会議で講演し、「お互いにチーズをつくっている国として、同じ価値観を
持っており、チーズを縁により緊密な関係を築いていきたい」と希望を述べた。
また、フランスのチーズづくり文化の構造について、1)伝統的チーズが基礎に
あり、非常に高いイメージを築き上げてきたこと、その結果、2)このイメージ
が近代的量産型のチーズを販売する上で価格を支えてきたこと、3)伝統的なも
のと近代的なものが対立することなく、相互補完的にバランスよく働くことによ
り種類の豊富さが保たれていることを「チーズの家」にたとえて説明した。

 さらに、「日本のナチュラルチーズの種類の多さと、質の高いものが多いこと
に驚いている。いろいろなチーズをつくりたいという熱意が感じられる」と感想
をのべた後、日本の生産者に1)多くのチーズに「苦み」の問題があり、菌の選
択や表面カビの管理をより大切にする必要がある、2)「苦み」は凝固剤によっ
ても生じることがあるので使用するレンネットにも注意が必要、3)気候風土の
違うそれぞれの地域に合った個性あるチーズをつくることが大切、4)個性ある
チーズの確立には長い経験を要し、職人の存在が欠かせない、5)一番大切なこ
とは技術への投資、6)フランスの特に山岳地方では、伝統的チーズを製造する
ことで生乳により高い付加価値をつけることが出来るため、農耕地が少ないにも
かかわらずよい収入を得ることができる、日本でも同様のことが考えられるので
はないか、などのアドバイスがあった。

 もう一人の特別審査委員でカマンベール村のジャン・ゴベール村長は、来賓挨
拶の中で、コンテストが技術向上のために非常に有意義であることを強調し、最
後に「農業従事者、特にチーズの生産者について、質の高い食品を製造する者と
して仕事に誇りをもってほしい」と結んだ。


一層の技術向上、より多くの次回参加を

 第1回All Japan ナチュラルチーズコンテストの表彰式の後に行われた試食会
には、生産者をはじめ関係団体や企業、マスコミ、審査委員の方々及び関係者約
400名が参加した。会場では、受賞者を囲んで祝福する関係者や情報交換をす
る生産者、流通・販売業者の姿が各所に見られ、有意義な交流が行われたようだ。
【会場には、フランスのナチュラルチーズも各種出品された】
 今後も全国各地からより多くの生産者が参加して、こうした機会が継続され、こ
のフェアでの成果が活かされることを期待したい。

(参考文献)

鈴木 忠敏「地域における牛乳・乳製品の産地銘柄化」(農畜産業振興事業団、
平成8年度畜産物需要開発調査研究事業報告書)

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