★農林水産省から 

畜産環境問題の現状と今後の対応について

畜産局畜産経営課 畜産環境対策室 藤岡 康恵


  畜産環境対策検討委員会報告書(概要)



はじめに

 最近、地球温暖化防止、環境ホルモン・ダイオキシン、産業廃棄物の不法投棄
等が社会的に大きくクローズアップされる一方、廃棄物を資源として有効にリサ
イクル利用し、廃棄物量を可能な限り減少させようとする動きが各地でみられる
ようになっている。

 このように我が国において環境に対する関心が急速に高まりつつある中で、畜
産においても、これに的確に対応していくことが今後の我が国畜産の安定的な維
持発展を図る上で喫緊の課題となっている。


畜産環境問題を巡る情勢の変化

 我が国の畜産は、国民の食生活の高度化等を背景に戦後急速に発展し、今や我
が国農業の基幹的部門となっている。しかしながら、一方飼養規模が急速に拡大
しこれに必ずしも農地の集積が伴わなかったこと等から、増大する家畜ふん尿の
処理が次第に問題となり、都市化や混住化の進展等と相まって、畜産に伴う水質
汚濁、悪臭等の畜産環境問題が顕在化するようになった。

 畜産に対する苦情の発生状況をみると、平成 9 年の全国の苦情発生件数は2,5
18件と昭和48年の11,676件をピークに減少しているが、この間農家戸数も減少し
ていることから、苦情発生率(苦情発生件数÷畜産農家戸数)は昭和48年の 0.6
%から平成 9 年には1.2%へ増加している。苦情の内容をみると、悪臭関係が全
体の61%を占め、次いで水質汚濁関係が34%などとなっている。また畜種別には、
養豚と酪農がほぼ同じでそれぞれ34%、33%を占めており、次いで養鶏が20%、
肉用牛が11%となっている(表 1 )。

表 1 畜産経営に起因する苦情発生件数(平成 9 年)

資料:農林水産省畜産局調べ
注1:発生件数は、苦情内容が重複している場合を含む。
 2:その他は、騒音等が主体である。

 更に最近では、こうした従来の問題に加えて、クリプトスポリジウムによる水
道水源の汚染や地下水の硝酸態窒素汚染が社会問題となっている。

 クリプトスポリジウムは大きさが5ミクロン位の原虫であり、人に感染すると
腹痛、下痢等を引き起こす。汚染源としては、牛などの家畜、犬・猫などの動物
や人などが考えられている。アメリカのミルウォーキー市で平成5年に約40万人
が感染したほか、我が国においても、平成8年に埼玉県下で水道水を介した人の
集団感染が発生している。その後、全国各地の河川から本原虫が確認されている
ところである。

 また、硝酸態窒素は人がこれに汚染された水を飲むと、赤血球中のヘモグロビ
ンと結合することによって酸素運搬機能が低下し、呼吸困難になることなどが知
られている物質である。環境庁による調査(平成6〜8年度)の結果、3,664カ所
の地下水中 4.6%で指針値(10mg/l)を上回る値となっていることが明らかとな
った。

 クリプトスポリジウム、硝酸態窒素といった問題は、いずれも人の健康に直接
影響する問題であるため、環境庁や厚生省においては、これらを規制の対象とす
る方向で検討が行われているところである。

 一方、有機農産物等に対する関心が高まっているが、耕種部門においては、堆
肥の積極的な利用による土づくりを通した環境保全型農業の推進が重要な課題と
なっており、中でも家畜ふん尿の適切な堆肥化とその積極的利用の促進が重要と
なっている。


今後の対応

 こうした畜産環境問題を巡る情勢の変化を踏まえ今後の対応方向を検討するた
め、平成 9 年 8 月に「畜産環境対策検討委員会」(事務局:(財)畜産環境整
備機構)が設置され、検討の結果、「素掘り・野積み解消のための方策」及び「家
畜ふん尿の処理・利用に関するガイドライン」がとりまとめられたところである。

1 素掘り・野積み解消のための方策

 農林水産省統計情報部が平成9年に実施した調査によると、家畜ふん尿処理施
設を整備している農家がある一方で、依然として素掘り、野積みを行っている農
家があることが示されており、例えば、野積みについては、酪農(ふん尿分離の
場合)で39%、肉用牛で19%、素堀りについては、養豚(ふん尿分離の場合)で
09 %などとなっている(表 2 )。

 素掘り、野積みの解消は緊急な課題であり、その方策を示したものが「素掘り・
野積み解消のための方策」である。

表 2  家畜のふん尿処理の状況別戸数割合

資料:  農林水産省統計情報部「環境保全型農業調査(畜産部門)」
   (平成 9 年 2 月 1 日調査)
注1:  調査戸数:乳用牛は成畜50頭以上8,250戸、肉用牛は100頭以上5,490戸、
    肥育豚500頭以上4,280戸、採卵鶏は成鶏雌 1 万羽以上2,650戸
 2:「共同処理施設」は、数戸の家畜飼養者が共同で設置した処理施設を利用
    して処理した場合及び堆肥センターでの処理である。
 3:「その他処理施設」は、処理業者及び個人の処理施設に処理を委託・譲渡
    した場合である。

2 家畜ふん尿の処理・利用に関するガイドライン

 家畜ふん尿は、肥料3要素、有機物や各種の微量要素を多く含んでいることか
ら、耕種との連携等によるそのリサイクル利用を推進することが重要であるが、
適切な処理施設が整備されていない場合や農地に過剰に施用された場合には、家
畜ふん尿の流出や地下浸透による河川や地下水の汚染を引き起こすおそれがある。

 こうしたことを踏まえて、畜産環境問題の解決を図るために、畜産関係者が今
後自主的に取り組んでいくに当たっての指針を示したものが「家畜ふん尿の処理・
利用に関するガイドライン」である。


環境と調和した畜産の確立を目指して

 環境問題を巡る情勢の変化に的確に対処し、環境と調和した畜産の確立を図る
ことは、今後の畜産経営の安定的な維持・発展を図る上で不可欠の課題であり、
国としても、補助事業、リース、低利融資等の支援措置を講じているところであ
る(図)。

 「素掘り・野積み解消のための方策」及び「家畜ふん尿の処理・利用に関する
ガイドライン」は、環境調和型の畜産の確立に向けて今後の畜産が目指して行く
べき方向、内容を示したものであり、畜産関係者がこれを活用し、畜産環境問題
の解決に積極的に取り組まれることを切にお願いする次第である。

家畜排せつ物処理施設の整備パターンと助成制度

*金利は平成10年 6 月16日現在


畜産環境対策検討委員会報告書(概要)

T 素掘り、野積み解消のための方策

1 素掘り、野積みについては、家畜ふん尿中の窒素分等の地下浸透による地下
 水汚染や降雨時の汚水の流出等による河川等の汚染を引き起こす可能性が高い
 ことから、早急に解消する必要がある。

2 素掘りや野積みを解消するための対策としては、以下のことを基本として実
 施する必要がある。

 (1)素掘り対策

 ・地下浸透の防止(コンクリートや遮水シートの利用等)
 ・流出の防止(周囲の盛り土、覆いや屋根の設置等)
 ・腐熟化(十分な貯留容積とすること等)
 ・農地への適正な施用(過剰施用の防止)
 ・処理方式の変更等(ふん尿分離や副資材の利用等)

 (2)野積みの解消

 ・河川への流出及び地下浸透の防止(屋根や覆い、側壁の設置、コンクリート
  舗装等)
 ・腐熟化(副資材を利用、切り返しの励行等)
 ・農地への適正な施用(過剰施用の防止)
 ・堆肥の流通、堆肥センターとの連携等


U 家畜ふん尿の処理・利用に関するガイドライン

1 家畜ふん尿の適切な処理

 (1)未処理ふん尿は、悪臭問題、病原性微生物や雑草種子の拡散、植物の生育
   障害等につながるおそれがあるため、発酵、乾燥、浄化といった処理を適
   切に行うことが必要である。

 (2)家畜ふん尿の処理については、有機質資源の有効利用を図る観点から、堆
   肥化等による好気的発酵処理を基本として検討すること。

2 家畜ふん尿処理施設の整備

 (1)地域における気温や降水量等の自然条件、環境規制等の社会的条件、ふん
   尿の発生量、農地の確保状況、処理労働時間、コスト等の条件を十分に踏
   まえて、適切な家畜ふん尿処理施設の整備を図ること。

 (2)家畜ふん尿処理施設の構造及び維持管理

   家畜ふん尿処理施設としては、堆肥化施設、ハウス乾燥施設、浄化処理施
  設、スラリー処理施設などがあるが、これらの処理施設の構造及び維持管理
  に関する基準は次のとおり。

  @汚水が地下浸透しないような構造とすること。
  A雨水の流入等により汚水が河川等に流出しないよう必要な措置を講ずること。
  B悪臭や衛生害虫の発生防止に必要な措置を講ずること。
  C適切な維持管理を行うこと。
  Dかくはん器、曝気装置等の機械部分について、定期的な保守・点検の実施
   に努めること。
  E施設規模については、飼養規模気候、処理期間等を考慮して適切なものと
   すること。

 (3)設置場所

 家畜ふん尿処理施設の設置場所は、周辺の民家、河川等の状況を検討した上で
選定すること。
 
 参考として、堆肥化施設、尿汚水施設の特徴を表 3 、表 4 に示した。

表 3  堆肥化施設

注:◎多く利用されている。○利用されている。△一部で利用されている。
  ×ほとんど利用されていない。

表 4 尿汚水処理施設


3 家畜ふん尿の施用

 (1)堆肥やスラリーを農地に施用するに当たっては、過剰な施用を避け適正な
   施用量を遵守すること。

 (2)施用場所、時期等

  @施用に当たっては、農地の傾斜、河川近隣の植生等の状況を踏まえつつ、
   井戸や水路・河川等へ流入するおそれのある場所での施用は避ける。こ 
   のことは、放牧の場合においても同様である。

  A農地であっても、作付け予定のないところへの施用は行わない。

  B作付けのない時期、凍結時や積雪時の施用は避ける。

  Cスラリーの散布を行う場合には、悪臭の発生防止に努める。

4 耕種部門との連携等による堆肥等の積極的な利用

 (1)品質の安定と成分表示

 水分調整や切り返し・通気等適切な生産管理を行い、耕種農家のニーズに対応
した品質の安定した製品の生産に努めるとともに、主要成分の分析を行い成分表
示を行うこと。

 (2)堆肥のペレット化等

 耕種農家のニーズに的確に対応するため、必要に応じて他の畜種の堆肥等との
ブレンドやペレット等への成型加工を行うこと。

 (3)銅・亜鉛問題への対応

 堆肥を施用する場合、それに含まれる銅・亜鉛の濃度はできるだけ低いことが
望ましい。このため、適正な飼料給与を行い銅や亜鉛の過度な添加は避けること。

 (4)堆肥センターの機能強化

 堆肥センターは、地域におけるふん尿処理及び堆肥の生産流通において中核的
な役割を果たす必要がある。このため、堆肥センターによる地域の畜産農家の家
畜ふん尿の積極的受け入れや耕種農家に対する堆肥散布の実施等その機能の強化
を図ること。

 (5)耕種農家による積極的な利用

  土作りを通じた環境保全型農業を促進するため、畜産と耕種部門の連携により
耕種農家における堆肥の積極的利用を図ること。

5 その他

 (1)適正な家畜ふん尿処理及び農地への過剰な施用の防止を図るために、年間
  の家畜ふん尿の発生量(窒素換算)を把握するとともに、その処理利用計画
  を作成し適切な処理に努めること。

 (2)畜舎及びパドックで発生したふん尿については、畜舎等を衛生的に保ち、
  悪臭の発生を防止するため、速やかにふん尿を処理施設へ搬出するとともに、
  舎内等の清掃及び換気に努めること。

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