◎今月の話題


食品のブランド化の視点

国際連合食糧農業機関(FAO) 日本事務所長 高橋 梯二








価格以外への関心と仏の原産地呼称制度

 最近、食品について安全面に加え、健康・栄養面での消費者の関心が急速に高
まっている。さらに、おいしいことも消費者の大きな関心事である。このような
状況に対し、従来からの大量生産・大量流通・大量消費による産品だけでは必ず
しも十分対応できない面も生じている。味がいいもの、安全なもの、健康によい
ものなどに重点が置かれるようになると、価格を最大のよりどころとする今まで
の市場原理のみでは処理できない。別の次元での競争の仕方が加わってくるので
はないかといわれている。つまり、食品は、店頭にある商品を見ても安全か、健
康によいかなどは、判別できないし、食べてみても分からない。風味については、
個人の好みに大きく左右される。従って、このような消費者の求める事項が市場
の中でどのように識別され、処理されるべきか、また、どのようにしたら信頼を
得られるのか等が検討課題となっている。これは、日本のみでなく世界的な傾向
でもある。食品のブランド化もこの流れの中で捉えられなければならない。

 食の国フランスでは、このような新たな時代に対応した食品の品質証明制度が
レギュラシオン、コンバンシオン理論として経済学上の研究対象となっている。

 食品のブランド化を考える場合、参考になるのは、フランスの原産地呼称制度
であろう。食品の差別化を目的とした世界で最初の制度とされている。第一次大
戦直後に法制化されたときは、原産地呼称産品とは、「地域の伝統的な」、「誠
実な」、「継続的な」生産方法によるものという非常に抽象的な定義しかなかっ
た。しかし、食品のブランド化を図っていく場合、この3つの要素は、非常に示
唆に富む意味あいを持っている。

 まず、「地域の伝統的な」とは、ある地域で長い間生産され、人々の評価を受
けてきた食品は、その風土に応じた産地独特の特徴を備えているということであ
る。制度としては、原料産品は、その産地のものしか使用してはならないと厳し
く規定している。このことは、他の産地の人が同じように作っても決してそのブ
ランド名は使えないことを意味しており、努力して名声を得れば他のものが参入
できない差別化が図られうる。

 このブランド化による食品は、産地が限定されるだけに生産量は限られている。
しかし、評判を得て大量に売れるようになっても目先の利益を追求して他の産地
から原料を引くようなことはしない。そのかわり、少量生産による高価格が期待
できるようになっている。

 次に「誠実な」とは、確立された生産方法に即して忠実に作られることであり、
流通・販売の過程においても偽りがないことと解釈される。例えば、有名な「ブ
レスの鶏」の生産方法をみると鶏の系統の特定、放し飼い地の最低面積、鶏舎当
たりの頭羽数の制限、飼料の種類の限定、出荷時の最低重量などなど生産条件が
詳しく定められている(「フランスの食品表示制度」(財)農政調査委員会参照)。
生産方法が定められ、かつ、公開されていることが誠実に作られていることの担
保にもなり、消費者は、そのブランドに信頼を置くことができるといえる。ブラ
ンド名はあっても品質の基礎となる生産方法が不透明あるいは守られているかど
うか分からないということであってはならないということである。

 生産の過程でいくら厳格であっても流通・販売面で不正があっては、誠実の原
則は貫徹できない。この制度では、不正と知りつつ販売を行ったもの(レストラ
ンを含む。)には罰則が科せられ、また、ワイン等流通段階でブレンド等がなさ
れるものについては、取引において出入の記録が義務づけられている。

 最後に「継続的な」とは、同じ製法を長い間適用し、産品の特徴を確定してい
くことである。これにより、消費者のブランドに対する認識が定着する。ころこ
ろ変わってはならないということである。また、長年続くことは、伝統に裏打ち
された食文化を形成することであると認識されている。




食文化を形成する要素としてのブランド

 以上の3要素を参考としつつ、日本でのブランド化についてのいくつかの視点
を述べてみたい。

 一定の基準どおりに生産しブランド化が図られた場合、基準に満たない条件で
生産された産品がそのブランドと混同されるような表示を用いることを排除する
厳格さが必要である。また、それを支える制度があることが大前提である。日本
では、「表示」についてそれ程厳格に考えないという風土が生産者側にも消費者
側にもあったといえよう。従って、制度的にもこの点に関しては、十分でない。

 また、先に述べた食品の商品特性により、製品になってからでは、品質等を判
定できないので、どのように生産が行われているかを明確にし、それが流通業者
や消費者に伝わり得るようになっていることが必要であろう。これが品質等の証
明と信頼の基礎となる。

 最近、産地はどこか、原料は何か、生産方法はどうか等生産に関する消費者の
関心が高まりつつある。産品をチェックするという目的もあろうが、産品をより
理解するためという面もある。ブランドについて生産者の意図と生産の特色が消
費者に十分理解されるようにすることが長い間の定着につながっていくと思う。
今、ワインブームであるが、ワインの究極の飲み方は、産地の情景と造り手の工
夫が感じ取れることであるという。

 ブランドは、食文化を形成する大きな要素である。ブランドを定着し、長い間
維持していくことが食文化を作り上げていく。それには生産者の努力が必要であ
る。しかし、日本の食文化を支え、それを世界に広めていくという理念を持った
制度の充実と行政の支援も不可欠である。




たかはし ていじ

 昭和42年東京大学経済学部卒業。同年、農林省入省。仏トゥールーズ大学留学、
在豪日本大使館参事官、技術会議研究総務官などを歴任し、平成6年退官。9年
9月から現職。

 著書に「フランスの原産地呼称制度」ほか。

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