◎調査・報告


畜産物需要開発調査研究事業から 畜産物における産直商品の開発と需要拡大に関する研究

研究代表者 東京農工大学農学部    助教授 野見山 敏雄




はじめに

 この研究報告の目的は、畜産物の産地直結取引を行っている生産者団体と生協
の双方を対象にして、産直商品の流通問題を分析し、取引を継続的に行うために、
生産者側(売り手)が消費者側(買い手)と、どのように商品開発と問題解決を
図ってきたかを実証的に明らかにすることである。

 生産者団体として畜産物の産直の歴史が長い、茨城玉川農業協同組合(茨城県
玉里村)と農事組合法人匝瑳農産物供給センター(千葉県匝瑳郡野栄町、以下「匝
瑳センター」という。)、さらに、上記の生産者団体と取引を行っている東都生
活協同組合(東京都)を調査対象にして、産直商品の製品ライフサイクルを考慮
した開発戦略と買手側が果たした機能について分析を行った。

(ここでは、紙面の都合から匝瑳センターの事例を中心に紹介する。)


匝瑳センターの産直事業

 匝瑳センターが農事組合法人として設立されたのは、昭和47年10月である。産
直を行うために5人の若者の手によって結成された。定款上は野菜などの農産物
も扱えるが、現在は畜産物のみで豚肉、卵を中心に、そのほか牛肉の委託加工等
も行っている。現在、組合員農家は養豚農家28戸、養鶏農家14戸、職員は58人で
ある。組合員農家数は微減の傾向ではあるが安定している。卵の生産量、豚の出
荷頭数はここ 1 、 2 年は減少している(図)。

◇図:卵の生産量と供給高の推移◇

◇図:豚の出荷頭数と供給高◇

 匝瑳センターでは、設立当初から、生産した豚や鶏を自分たちで加工して産直
品として販売するという方法を採った。豚の生産は衛生管理を念入りに行い、飼
料も抗生物質や薬入りのものは使用しない。卵は国産鶏を用い、合成アミノ酸や
抗生物質を使わない自家配合飼料を使用した。このように生産された豚や卵は健
康豚、健康卵として消費者から好評を得て、今日まで、長い期間にわたって支持
されている。

 豚肉に関しては納品するに当たってカット・包装が必要であった。そのため、
加工場を建設し、当初は生産者自ら、加工作業も行っていた。パック詰めの作業
は奥さんたちの手によって夜遅くまで行われていた。しかし、生産者が加工・パ
ックまで担当するのには限界があり、昭和50年には東都生協への豚肉の供給を停
止せざるを得なくなるという「事件」が発生する。品質など商品そのものに関し
て合意が得られずに供給停止に至ったのではなく、量的に対応できないことから
やむなく供給を停止するという事態となった。この「事件」が契機となって翌年
には新たに職員を配置した加工場を設立し、生産者は生産現場に専念するという
体制になった。


産直商品の開発

 匝瑳センターの健康豚、健康鶏はこだわりの商品として評価されている。豚に
ついてみれば飼料や育成方法にこだわり、健康豚として好評を得ているが、生産
者と消費者の共同開発商品としてブランド化されたものと比べると産直商品とし
てのインパクトが落ちてしまう。銘柄豚の開発にも取り組んできたが定着するま
でには至っていない。現在ではほとんどが一般的な LWD豚(ランドレース×大ヨ
ークシャー×デュロック)である。  

 産直商品の開発という点から見ると、素材そのものの開発よりも、加工に力を
入れてきていることが特徴である。

 畜産物加工品の産直商品の開発初期には、手作り的な、どこにも真似のできな
いこだわりの食肉加工製品を複数の生協と協議しながら誕生させた。そして近年
では、先駆的な設備の導入により衛生管理や肉質・鮮度の向上、リサイクル可能
な包装の採用など、商品として一歩先を実現しつつ、価格の引き下げや供給量の
増大に対応した産直商品を開発・供給している。加工施設の充実からたくさんの
アイテムも生まれてきている。初期の頃と現在では加工品の開発の視点・方向が
変化していることも匝瑳センターの特徴である。

@無添加ウィンナーの開発と経過

 生協から添加物のない加工肉を作ってほしいとの要望が出されて、実際に加工
肉の開発に取り組むようになったのは昭和53年10月のことである。それ以前から
匝瑳センターでは余剰部位の調整に苦しんでおり、その部位バランスの調整も視
野に入れて加工肉事業が開始された。設備資金が無かったために匝瑳センターに
加えて東都生協、船橋市民生協、東葛市民生協、千葉北部酪農協の5者の共同事
業として進められた。安心と安全性という点から、第1に原料肉としては身元の
はっきりした匝瑳センターの健康豚と鶏肉を使用すること。第2に発色剤、結着
剤、保存料、化学調味料などの添加物をいっさい使用しない無添加加工肉の開発
に取り組むことが確認された。

 匝瑳センターのウィンナーは、市販のウィンナー、ソーセージに比べると原料
肉を多く使用している。このため製造コストが高くつく。また、味の改良が進ま
ず需要が伸び悩んでいたこともあって、加工肉事業は7年間赤字経営が続くこと
になる。先にあげた5者で加工肉検討委員会を設置し、味の見直し、原材料の配
合の検討、製造原価と供給単価の見直しなど3カ月の間、集中的に検討が行われ
た。生協組合員の試食会も広く行われ、消費者の支持を広げることのできるウィ
ンナーの改良品が完成した。この結果、8年目にして加工肉事業は黒字に転換す
ることができた。その後、施設の充実、アイテムの増加等、産直商品として改善
を加え、幅を広げながら現在に至っている。



A最新設備の導入による産直商品の開発と供給体制

 平成になってからの特徴として最新設備の導入による商品開発と供給があげら
れる。背景には生協の急激な成長に伴い需要量が増大したことがある。需要が、
供給体制を支える設備の能力を遥かに超えるようになってしまった。職員やパー
トは早出と残業が続き、省力化と処理能力の拡大が切実な問題であった。量の拡
大によって質の低下を招いたのでは産直は継続できない。最新鋭の設備によって
量とともに質も高めることを匝瑳センターは決断した。

 平成 2 年、 3 年に集中的に設備投資を行っている。まず、たまごセンターに
自動選卵機を導入し、さらにパッケージセンターの新設等を行った。そのための
投資額は 5 億円を超えている。有形固定資産額は平成元年には 1 億 9 千 9 百
万円だったのが、 3 年には 6 億 4 千 2 百万円となり、一挙に3倍増となった。
このことは匝瑳センターの組織体制の変化をももたらした。

 平成6年からパッケージセンター、カットセンター、加工センター、鶏卵GPセ
ンターのそれぞれが独立採算制で活動するようになったのである。独立採算で各
部門を運営することにより各部門の問題点を早期に発見し、改善に素早く取り組
める。この効果は、独立採算制に変更して2年目にして赤字解消という結果をも
たらした。




商品開発の課題と方向

 商品開発の方向は、生協の需要の質的変化、量的変化の両方に対応する方向で
行われてきている。これまでの商品開発の変遷を生協の需要の質的変化、量的変
化から整理すれば、第1期は食に関する意識の高い生協組合員の密度が高かった
生協設立から10数年の間である。「安全・安心」な商品を要望し、匝瑳センター
もそれに必死に応えた。その時期に開発された代表的なものが、無添加加工肉で
ある。品質的には一般メーカーにはまねのできない商品で、今なお匝瑳センター
の看板商品の一つである。

 第2期は昭和50年代後半から現在までである。生協は飛躍的に発展し、組合員
は以前のように食の意識が高く、かつ、直接行動を起こす消費者だけの集団では
なくなった。また、産直商品に対する絶対的な需要は増加し、価格に対してもシ
ビアになってきている。匝瑳センターでは、施設の更新、先進技術の先駆的な取
り入れを行ってからは、衛生管理面も向上し、価格を抑えながら供給量を拡大し
つつも品質の低下を招いていない。これまでの商品開発の方向は以上のような変
化を遂げているが事業的には比較的成功しているといってよい。

 しかし、生産者の代表からは自らが追い求めてきた産直の理想から少し離れて
きているのではないのか、という自省の意見も出されている。ここでは生産者に
近い視点から商品開発の課題を探ってみる。

 まず、匝瑳センターにとって商品開発の目的はどこにあるのか、を確認する。
彼らの商品開発は産直事業の一つとして行われる。個々の商品開発の具体的な目
的について言及しないとすると、産直商品の開発に共通している目的は産直事業
の理念や目的にある。匝瑳センターの各生産者にとって産直事業の意義は、“豊
か”になるための手段である。この“豊か”の意味するものは、第1に農業経営
の安定であり、それによって経済的な安定、つまり家計の安定を実現することで
ある。第2に、消費者との交流などを通じて生産の喜びを得るなど、心の豊かな
生活を実現することを目標としている。

 さらに生産者組織という視点からみれば、個々の農家の豊かさの実現の先には
地域農業の振興や幅広い文化活動や生活活動を通じて豊かな地域づくりを実現す
るなどの高い次元の目的も加わる。匝瑳センターを立ち上げた5人の若者たちの
産直の理念は以上のような点に要約できる。他の産直に取り組む生産者団体に関
しても共通していることではないのだろうか。産直商品の開発目的の根底には、
以上のような産直の理念の実現が横たわっているといえる。

 現在の匝瑳センターは、設立当初と比べれば取扱高は飛躍的に伸び、近代的な
設備を持つ組織体として成長した。商品化を実現する場に実際に携わる部門は専
門化し、熟練したセンターの職員に商品開発は担われている。そして、その事業
成果が生産者に還元されているというのが現状である。



 このような現状での産直理念の実現という点を確認すれば、第1の経済的な“
豊かさ”の実現は、輸入畜産物の増加や飼料、環境問題など畜産全体が厳しい立
場にあるために、全面的に成功しているとは言い難いが、産直をやってない他の
畜産農家と比べれば比較優位を実現している。“豊かさ”の第2の側面の実現に
関しては、以前と比べれば生産者と消費者との間の距離が離れてしまっており、
生産者と消費者が「物語」を共有できるような商品開発からは遠ざかっている。
従って、新たな交流の場の実現とその新たな場における産直商品の開発が一つの
方向である。

 現在、そのための新たな取り組みの一つとして、生産者代表である組合長を中
心にインターネット上にホームページを開設するための準備が進められている。
e - mailやチャット(同時双方向の情報交換)を通じたやりとりでは時間的、空
間的な隔たりという障害がある程度まで取り除かれ、個々の農家と消費者の新た
な交流も可能である。未知の領域であるために具体的なことには言及できないが、
個別の交流が実現すれば、手作り的な産直商品のやりとりの道も開かれるのでは
ないのだろうか。

 最後に補足的ではあるが、加工品の産直商品の開発について考察する。産直に
おける加工事業の意義については匝瑳センター事業部長の木塚敏男氏が次の5点
をあげている。

 第1に安全で、本物の加工食品を、素性のはっきりした原料で製造する。第2
に生産物を有効に活用し、生産者の手取りを増やす。そのことが、価格が低迷し
ても生き残る力となる。第3に農産加工によって生み出される付加価値を、生産
者と消費者にできるかぎり還元する。第 4 に他団体、メーカーとの協力、協同
関係を広げ、生産者団体で一次加工したもの、さらに高度に加工する方向も追求
する。(無理無駄な投資をしないために)第5に加工原料の調達で地域の結びつ
きを広げる。




終わりに

 畜産物(主に食肉と食肉加工品)の産直は米や青果物などと異なり、@衛生安
全管理の徹底、Aと畜・解体処理の工程が不可欠、B部位バランスの調整など、
種々の解決すべき問題が多く、個別農家や農業団体が、畜産物の産直に気軽に取
り組みにくい状況がある。

 だが、買手(生協等)との頻繁でこまやかな交渉の結果、産直への取り組みに
成功した農業生産者団体は、順調な発展を遂げてきた。

 一方、一般食肉加工メーカーや量販店も消費者の安全性・良食味指向に対応し
て、様々な商品開発を行ってきている。そのため、安全で、品質が確かな商品づ
くりといった面では、産直も非産直も差異が不確かになっている。むしろ、産直
セクターが安定した取引に安閑として、その商品開発を怠っていた嫌いさえある。

 総括すれば、第1に、産直商品の使用価値としてその安全性と高品質を強調す
るためには、一般商品との差異化を常に意識しながら商品の点検を行わなければ
ならない。需要拡大のためには、産直商品の製品ライフサイクルを考慮した商品
開発戦略が重要である。第2に、産直事業の拡大・維持のための方策は産直理念
との調和を必要とするが、それが瓦解したときには一般企業の商品開発と同様な
ものになろう。第3に、産直産地のモラルハザードを回避するには、買手と売手
との対等平等で緊張した取引関係の継続が必要である。

 産直はその関係を取り結ぶとき、双方に多大なエネルギーを要求するが、その
関係を持続するためにも不断にエネルギーを必要とする取引形態である。産直の
一般取引に対する優位性を維持するには、産直商品の開発は欠かせないと結論で
きる。

 本報告は、農畜産業振興事業団が平成9年度に委託実施した畜産物需要開発調
査研究事業の成果を、編集部で要約したものです。

 報告書全文をご覧になりたい方は、企画情報部情報第一課あてFAXにてお申し込
みください。

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