★ 農林水産省から


「食料・農業・農村基本問題調査会」答申 −その概要について−

農林水産大臣官房企画室


 新たな農業基本法の制定を含む農政の改革について検討するため、内閣総理大
臣の諮問機関として食料・農業・農村基本問題調査会(会長 木村 尚三郎 東
京大学名誉教授)が昨年4月に設置され、食料・農業・農村政策全般にわたって
幅広い議論が行われてきた。

 以下、調査会でこのほど決定された答申についてその概要等をご紹介する。

答申取りまとめまでの経緯等

 食料・農業・農村基本問題調査会の第  11 回会合は、昨年4月18日に開催さ
れ、橋本内閣総理大臣(当時)から「食料、農業及び農村に関する基本的な政策
に関し、必要な改革を図るための方策に関する基本的な事項について、貴調査会
の意見を求める」との諮問が行われた。

 その後、5月と6月の2回にわたって、調査会における今後の検討を進めるに
当たっての検討事項について討議し、それをまとめたものとして「食料・農業・
農村基本問題調査会における検討項目」が整理された。6月以降は、調査会の下
に設置された食料、農業、農村の各部会において、この検討項目に基づく議論が
行われてきた。

 また、幅広く地域の関係者からの意見を聴くことを目的に、10月には全国4カ
所(札幌、仙台、岡山、熊本)で地方公聴会が開催された。

 部会での議論を踏まえ、 9 月と11月に 13 回の合同部会が開催され、12月の
議論を経て、同月19日に中間取りまとめが決定された(中間取りまとめの内容に
ついては、本誌98年2月号を参照)。中間取りまとめは調査会におけるそれまで
の議論を整理したものであり、この中には意見の分かれているものも含まれてい
た。調査会としては、これを広く一般に公表し、国民各層の意見を求めることを
目的に、本年 3 月に全国 4 カ所(新潟、東京、名古屋、京都)で地方公聴会を
再び開催した。

 その後、各部会において、これらの意見も参考としながら、具体的な政策につ
いての改革の方向の検討が 5 月以降行われてきた。

 各部会での議論が一通り終了し、8月からは調査会において答申取りまとめに
向けた議論を行い、これらを経て、9月17日に答申が決定され、木村会長から小
渕内閣総理大臣に手渡された。

  このように、昨年4月以来、およそ 1 1年半にわたり、延べ53回の会合と議論
が重ねられ、答申の決定の運びとなった。


答申の概要

T 食料・農業・農村政策の基本的考え方

 1  食料・農業・農村を考える基本的な視点

(1)食料供給の安定は、国民生活の基盤である。
(2)農地と森林は、水をはぐくみ国土をつくる。
(3)21世紀には、持続的な社会の形成が求められる。
(4)21世紀の世界の展望

 @ 人口・食料・環境・エネルギー問題が顕在化する。
 A ボーダーレス化が進展する。

(5)21世紀の我が国経済社会の展望

 @ 人口は、増加から緩やかな減少局面になる。少子高齢化が進行する。
 A 経済成長は、より緩やかになる。情報化・技術開発が進展する。
 B 価値観は、心の豊かさ、ゆとりといった価値への評価が高まる。
 C 国際化が更に進展する。

 2  食料・農業・農村の抱える厳しい諸問題
(1)食料需給構造のギャップが拡大し、食料自給率が低下している。
(2)農地の利用状況が悪化するとともに、農業の担い手が弱体化している。
(3)農村の活力が低下し、国土・環境保全等の多面的機能の低下の懸念がある。

 3  食料・農業・農村に対する国民の期待

(1)将来にわたり食料の安定供給を確保すること。
(2)安全・良質で多種多様な食料の供給と食品産業の健全な発展を図ること。
(3)我が国農業の体質を強化し、食料を合理的価格で供給すること。
(4)農業が内在的に有する自然循環機能を十分に発揮させること。
(5)農業・農村が有する多面的機能を適切に維持・発揮させること。
(6)農村地域社会を維持・活性化すること。
(7)食料・農業分野における主体的・積極的な国際貢献を行うこと。

 4  食料・農業・農村政策の目標

 @ 食料の安定的な供給を確保するとともに、我が国農業の食料供給力を強化
  すること。

 A 農業・農村の有する多面的機能の十分な発揮を図ること。

 B これらの目標を達成する上で、地域農業の発展可能性を多様な施策や努力
  によって追求・現実化し、総体として我が国農業の力を最大限に発揮するこ
  と。

U 具体的政策の方向

 1  総合食料安全保障政策の確立

(1)世界の食料需給の動向把握と見通しの検証

 今後の世界の食料需給は、短期的には価格変動の不安定さが増すとともに、中
長期的にはひっ迫する可能性がある。世界の食料需給について、動向の把握や見
通しの検証を的確に行う必要がある。

(2)国内農業生産を基本とする食料の安定供給

 限られた国土資源の下で国民の必要とする食料を確保していくためには、国内
農業生産と輸入・備蓄を適切に組み合わせることが不可欠であるが、食料の輸入
依存度を高めることは我が国の食料供給構造を脆弱にすること等から、農業構造
の変革等による生産性の向上を図ることを前提に、国内農業生産を基本に位置づ
けて、可能な限りその維持・拡大を図るべきである。

(3)食料自給率の位置付け

 食料自給率は、国内で生産される食料が国内消費をどの程度充足しているかを
示す指標である。

 食料自給率の維持向上を図るためには、国内生産面では、@農地・担い手等の
確保、A合理的価格での食料供給、B消費者等のニーズに対応した供給、C麦・
大豆等の生産拡大が必要である。

 また、国内消費面では、食生活のあり方につき国民の理解を深め、望ましい食
生活が実現するようにしていくことが重要である。

 このように食料自給率は、農業者、食品産業、消費者等関係者のそれぞれが問
題意識を持って具体的な課題に主体的・積極的に取り組むことの成果として、維
持向上が図られる性質のものである。

 こうした点について国民全体の理解を得た上で、国民参加型の生産・消費の指
針としての食料自給率の目標が掲げられるならば、食料政策の方向や内容を明示
するものとして、意義がある。

(4)不測時に対応する食料供給力の確保  

 農地、水、担い手等の確保、技術水準の向上等を通じて食料供給力の確保を図
るとともに、不測時における食料の危機管理体制を検討すべきである。

(5)食生活のあり方と的確な情報提供

 消費者等の商品選択に資するよう、表示・規格等により適切な情報提供を行う
とともに、食生活のあり方を見つめ直す国民運動を展開すべきである。

(6)食料の安全性の確保・品質の向上

 食料の生産、加工・製造、流通の各段階で安全性の確保や品質の向上に向けた
対応を強化する必要がある。

(7)多種多様な食料生産・加工流通の促進

 地域によって異なる生産条件・立地条件を活かしながら、多種多様な生産及び
加工・流通を展開し、農産物の付加価値を高めていくことが必要である。

(8)食品産業の健全な発展

 食品産業について、農業と一体となって国民のニーズに即した食料の安定供給
の役割を果たすよう、一層の体質強化を図る必要がある。

(9)食料・農業分野における主体的・積極的な国際貢献

 食料・農業分野の国際協力の重要性を明確に位置づけるとともに、技術協力・
資金協力を拡充すべきである。

 2  我が国農業の発展可能性の追求

(1)次世代に向けた農業構造の変革

 ア 昭和一桁世代のリタイアを契機に、農業構造の変革を進めるため、意欲あ
  る担い手に施策を集中し、生産性の高い優れた経営の確立を目指すべきであ
  る。

 イ 優良農地を確保するため、必要な農地確保の方針を明示するとともに、農
  地が公共性の高い財であるとの認識を徹底し、農地の有効利用のため適切な
  利用規制を行うべきである。

(2)意欲ある多様な担い手の確保・育成   

 と農業経営の発展

 ア 農業経営の法人化の推進

 ・経営の質的向上を図る手段として、農業経営の法人化を一層推進することが
  必要である。

 ・土地利用型農業の経営形態としての株式会社については、@機動的・効率的
  な事業運営、A農村の雇用の場の提供といった利点がある一方で、(1)農地
  の投機的取得、(2)集団的な水管理・土地利用を乱すといった懸念があり、
  株式会社一般に参入を認めることには、合意は得難い。

   しかし、(ア)畜産や施設園芸部門において現に農業経営を行う株式会社
  が経営の発展のため農地を取得する場合、(イ)農作業の受託を行う第13セ
  クターの株式会社が農地を取得して農業を行う場合等も一切認めないとする
  ことは、担い手の経営形態に関する選択肢を狭めることとなり、問題がある。

   このため、投機的な農地取得や地域社会のつながりを乱す懸念が少ない農
  業生産法人の一形態としてであって、かつ、これらの懸念を払拭するに足る実
  効性のある措置を講じることができるのであれば、株式会社が土地利用型農
  業の経営形態の一つとなる途を開くこととすることが考えられる。

 イ 地域の実情に即し、サービス事業体、集落営農、第3セクター等の多様な
  担い手を確保・育成していくべきである。

 ウ 新規就農を促進するため、人材を確保・育成する施策を集中的に行うべき
  である。また、農業に関する教育活動を充実することが重要である。

 エ 農業生産や地域の活性化に大きく貢献している女性の役割を正当に評価す
  るとともに、その能力を十分に発揮できるようにしていく必要がある。

 オ 高齢農業者の有する技術や能力が活かされるよう、地域の実情に応じて役
  割を明確化するとともに、高齢農家の福祉の向上を図る必要がある。

   農業者年金制度について、果たしてきた役割や機能を検証しつつ、制度の
  あり方を見直すべきである。

(3)市場原理の活用と農業経営の安定

 ア 自由な経営展開を促進し、経営感覚に優れた担い手を育成するため、価格
  が需要の動向や品質に対する市場の評価を適切に反映するよう、農産物の価
  格政策に市場原理を一層活用すべきである。

 イ この場合、価格変動により意欲ある担い手が大きな打撃を受けることがな
  いよう、価格政策の見直しに応じ、市場原理活用の趣旨に反しないように留
  意しつつ、価格低落時の経営への影響を緩和するための所得確保対策を講じ
  ていくべきである。また、個々の品目ごとではなく農業経営単位での所得を
  確保するための対策について、価格政策の見直し状況等を踏まえつつ検討し
  ていくべきである。

 ウ 農業災害補償制度について、意欲ある担い手の育成と農業経営の安定を図
  る観点から見直しを図るべきである。

 エ 米の生産調整について、農業者の経営の選択として実施する方向を追求す
  るとともに、生産性の高い水田営農の定着を図ることが必要である。

 オ 資材費の削減等の努力とともに、農業の生産性の向上により、内外価格差
  の縮小を図り、国産農産物の販路を確保・拡大する必要がある。

(4)農業の自然循環機能の発揮

 ア 農業の自然循環機能を発揮させるため、農法がより環境と調和した持続的
  なものになるよう、土づくりを基本として、化学肥料や農薬の使用量の低減
  等を併せて行う農法への転換を進めることが必要である。

 イ 農薬、化学肥料、家畜ふん尿等による環境に対する負荷を低減するととも
  に、有機性廃棄物の資源化と循環利用を推進していく必要がある。

(5)生産基盤の整備

 ア 農業生産基盤整備について、地域の立地条件に即した事業展開を図るとと
  もに、環境の保全等に配慮していくことが必要である。

 イ 土地改良制度について、情勢変化を踏まえ総合的に見直しを行うべきであ
  る。

(6)技術の開発・普及

 ア 技術開発について、食料の安定供給、生産性の向上、品質・安全性等国民
  の期待と政策の展開方向に即したものに重点を置く必要がある。

 イ 農業改良普及事業について、事業のねらい・対象分野を重点化すべきであ
  る。

 3  農業・農村の有する多面的機能の十分な発揮

(1)農業・農村の有する多面的機能の重視

 農業・農村の有する国土・環境保全、緑・景観の提供等の多面的機能が十分に
発揮されるよう、食料・農業・農村政策の各施策を実施することが必要である。
(これらの機能の役割について計量評価した場合、算出の根拠・条件により値は
変わり得るが、代替法による評価の一例として、年間約6兆9千億円に相当する価
値があるとの試算がある。このうち中山間地域は約30兆円と全体の4割強を占め
る。)

(2)美しく住みよい農村空間の創造のための総合的整備

 ア 農村地域における計画的な土地利用と施設整備が行われるよう土地利用に
  関する制度を見直すとともに、必要な農地確保の方針を明示し、農地の有効
  利用や保全のための施策を拡充すべきである。

 イ 土地利用に関する計画手法と生産・生活面での基盤整備の事業手法とを組
  み合わせ、農村の総合的な整備を行うことが必要である。

(3)中山間地域等への公的支援

 ア 中山間地域等の多彩な立地条件・地域資源を活用し、多様な農業生産を推
  進するとともに、加工・販売等と結びついた複合的・多角的経営を展開する
  ことが必要である。また、就業機会の増大を図るため、地場産業の振興を図
  ることが必要である。

 イ 中山間地域等に対する直接支払い

   中山間地域等での多様な食料生産と多面的機能の低減の防止に資するよう、
  継続的で適切な農業生産活動等に対して直接支払いを行う政策は、真に政策
  支援が必要な主体に焦点を当てた運用がなされ、施策の透明性を確保するよ
  う運用がなされるならば、その点でメリットがあり、新たな公的支援策とし
  て有効な手法の一つである。

   直接支払いについては、既存施策との関係、施策の効果、地方公共団体の
  役割等につき明確化する必要があり、国民の理解が得られる仕組みや運用の
  あり方、すなわち対象地域、対象者、対象行為、財源等の検討を行っていく
  必要がある。

(4)都市住民のニーズへの対応

 ア 都市住民の多様なニーズに適切に対応するため、都市農業の役割を適切に
  評価し、地域の実情に応じて必要な施策を講じるべきである。

 イ グリーン・ツーリズム等都市と農村の交流活動を促進すべきである。

 4  農業団体のあり方の見直し

 各政策における各種農業団体の位置付け・役割を明確化するとともに、合併統
合等による組織の簡素合理化や事業運営の効率化に努めるべきである。

 5  食料・農業・農村政策の行政手法

(1)行政手法のあり方

 @ 政策の効果について評価し、必要に応じ見直しを行う。
 A 財政措置について効率的・重点的に運用する。
 B 情報公開と国民の意見の反映により、政策立案の透明性を確保する。
 C 国と地方の役割分担を明確化する。
 D 国際規律との整合性に留意する。

(2)政策のプログラム化と定期的な見直し

 今後 3 〜 5 年間で推進する政策をプログラム化し、5年程度ごとに全体の見
直しを行うべきである。


今回の答申と現行農業基本法体系との違い

 今回の答申と昭和36年に制定された現行の農業基本法体系との主だった違いは
次のとおりと考えられる。

 第1は、その目的である。現行基本法では、農業の発展と農業従事者の地位の
向上を掲げ、具体的には、農業と他産業の生産性の格差の是正と生活水準の均衡
を図ることをその目的として掲げている。これに対し、今回の答申では、国民的
な視点から、農業分野のみならず、食料・農村分野にまで対象を拡充し、食料・
農業・農村政策をトータルとしてとらえて構築することを基本としている。これ
に従い、食料政策、農村政策の方向性が明示されている。

 第2は、食料政策についてである。現行基本法では、食料政策に係る記述はな
いが、今回の答申では、食料の安定供給の確保を目標として位置づけ、総合食料
安全保障政策が打ち出されている。

 第3は、構造政策についてである。現行基本法では、規模拡大等を通じた自立
経営の育成による農業経営の近代化をその内容としている。これに対し、今回の
答申では、「昭和一桁世代」のリタイアを契機として、農業構造の変革を進める
ため、意欲ある多様な担い手の確保・育成を図ることとされている。

 第4は、価格流通政策についてである。現行基本法では、価格政策を通じた農
産物の価格安定対策をその内容としている。これに対し、今回の答申では、市場
原理の活用と意欲ある担い手に対する経営安定のための所得確保対策を講じるこ
ととされている。

 第5は、生産政策についてである。現行基本法では、需給事情に対応した農業
生産の選択的拡大をその内容としている。これに対し、今回の答申では、国民の
ニーズに即した多種多様な食料生産が打ち出されている。また、農業の有する自
然循環機能を位置づけて、環境保全に留意した持続的生産のための農法を推進す
ることとされている。

 第6は、農村政策についてである。現行基本法では、農村政策に係る記述は、
農村における交通、衛生、文化等の環境の整備のみである。これに対し、今回の
答申では、新たに、農業・農村の有する多面的機能の発揮を目標として位置づけ、
これを重視して施策展開を行うこととされている。特に中山間地域等については、
平地地域とは異なった公的支援策を講じることとされている。

 第7は、行政手法についてである。現行基本法では、行政手法に係る記述はな
いが、今回の答申では、以上の政策を実施するため、今後3〜5年間で推進する政
策をプログラム化するとともに、5年程度ごとに全体の見直しを行うこととされ
ている。


今後の取り組み

 農林水産省としては、本答申を踏まえ、また関係各方面の意見も十分に聴き、
国民の合意形成を図りながら、21世紀を展望した食料・農業・農村政策の具体的
な施策について、省内で検討を進めていくこととしている。食料・農業・農村政
策を構築していくことは、多岐にわたる事項を含む大きな課題である。今後新た
な基本法の策定に向けての取組と併せて、答申にも明記されている政策のプログ
ラム化を進めていくこととしている。

(なお、答申の全文については、インターネットの農林水産省ホームページ
(http://www.maff.go.jp/)で閲覧できます。)


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