★ 事業団から


新しい放牧酪農への取り組み
−足寄町開拓農協「放牧酪農研究会」−

企画情報部情報第一課 武田 紀子




度重なる冷害を酪農で克服

日本一大きな町、足寄町

 足寄町は北海道十勝地方の東北部に位置し、東は阿寒国立公園、西は大雪国
立公園に隣接する東西66km、南北41km、面積約1,400km2(香川県の約 4 分
の 3 )の日本一大きな町である。山麓特有の気象現象と内陸性気候の影響を受
けるため、四季における寒暖の差が著しく、夏は比較的涼しいものの、冬は−
20℃以下にもなる積雪寒冷の地である。



 土壌は泥炭土壌、火山灰土で覆われ、面積の82%が山林原野で傾斜地の多い
地帯となっている。現在では酪農・肉用牛経営と並んで、従来から栽培作目で
ある豆類・てん菜・馬鈴薯・麦などの主産地である。

開拓50年、二代目世代の足寄町開拓農協

 戦後の足寄への入植は、昭和20年11月の復員軍人を皮切りに、山形庄内開
拓団、長野開拓団など35年までに470戸を数えた。入植地は、河川と河川の間
に広がる強酸性火山灰土の丘陵地であり、標高300〜500mと内陸性気候に加
えて高冷地という厳しい条件下であった。    

 入植当初は自給用の作物と豆作を中心とした畑作であったが、度重なる冷害
で豆作中心の畑作営農は大打撃を受け、方向転換を余儀なくされた。昭和31年
に酪農の先駆者により乳牛が導入され、冷害を機に、国や道の支援策の効果も
あって、乳牛導入が相次いだ。当時は粗放放牧中心であったが、規模拡大が進
んだ結果、今日では舎飼いによる濃厚飼料の給与割合を高めた経営が大勢を占
めるようになった。

 現在は、開拓農協傘下の総農家数102戸のうち酪農家が64戸、乳雄肥育農家
15戸、和牛飼養農家14戸、その他 9 戸(平成 80年度)となっている。厳し
い条件下で苦難の道を切り開いてきた開拓農家も、開拓後50年を経て、入植二
代目世代の後半にさしかかろうとしている。

【チモシー、ホワイトクローバーが青々とした佐藤智好牧場】

 

新しい放牧酪農への道

「放牧酪農研究会」の誕生−「牛は牛らしく、人は人らしく」をモットーに

 佐藤智好さん(49歳)は、放牧を始めるまでは、濃厚飼料多給型で 1 頭平
均 10 万kgを搾ることを目標にしていた。当時は、成績は良いものの繁殖障害
などが多く、獣医師料・医薬品費の負担と事故多発による共済の掛け金増加で
経営が圧迫され、自分の酪農に疑問を抱いていた。 09 年ほど前、放牧型酪農
経営を成功させた宗谷の池田牧場を訪ねる機会に恵まれ、自然に逆らわず、そ
の土地の気候風土を生かした経営に感動し、「牛のできることまで人間がやっ
てしまう」経営から、「牛に牛本来の仕事をさせる」放牧酪農を目指すように
なる。平成 8 年 2 月には放牧飼養主体の先進国ニュージーランドを視察研修
し、同年 4 月に佐藤さんが会長となり、 7 戸14人が参加して「放牧酪農研究
会」が誕生した。

【放牧研究会の佐藤会長と黒田副会長(右)】
草を管理する集約放牧

 広い放牧地に牛を放し飼いにし、粗放的で手間がかからないという放牧では
なく、メンバーが実践している集約放牧は、乳牛が牧草を半日から 1 日で食べ
尽くす広さに電気牧柵等で放牧地を区切り、輪換放牧することで草丈が低く栄
養価の高い牧草を採食させて高乳量を維持する、この地域では新しい管理技術
である。牛の能力を最大限に生かして、高乳量で低コスト、さらには環境にや
さしい新時代の放牧技術を目指している。

 集約放牧導入の利点として研究会では、@傾斜地の多い牧草地の効率的な利
用により、飼料自給率の向上を図ることができる、A濃厚飼料の節減により低
コスト生産につながる、B牛の牛舎滞在時間が短縮され、ふん尿処理量の減少
を図ることができる、C労働時間の短縮が可能となる、D牛が健康となり疾病
率を低下できる、E草食性家畜の特性を生かしたおいしい牛乳の生産ができる
等をあげている。

 足寄での放牧期間は、 4 月下旬から11月上旬で、夏場は搾乳時に濃厚飼料
を補給している。積雪のある冬場は、夏期につくった乾草とサイレージを中心
に濃厚飼料を添加して給与し、昼間は運動のため外に出している。

 集約放牧に取り組んだ背景としては、規模拡大が生乳生産量、粗収入の増加
をもたらす一方で、@牛の故障が多く費用がかさむ、A牛の耐用年数が短い、
B濃厚飼料に費用がかかりすぎる、Cふん尿処理に手間と費用がかかる、D労
働時間が長くゆとりがない等問題点も多く、その結果、経営の改善が進まない
状況があったことに加え、粗放放牧では 1 頭当たりの乳量が少なかったからで
ある。

表1 各牧場の概要(平成9年)

 注:牛種は全てホルスタイン

 放牧酪農研究会は夫婦参加が原則で、放牧酪農を目指すと同時に、「農家自
身が主体性を持った農村づくり」という共通の目的を共有しあう仲間づくりの
場でもあった。 7 戸14人(平均年齢が45歳、表 1 )が、「人は人らしく、
牛は牛らしく」をモットーに、互いに前向きに取り組んでいる。

事業での取り組み

 足寄町開拓農協では、放牧酪農研究会が集約放牧へと経営を大きく転換する
に当たり、北海道農業試験場の助言も得ながら、平成 9 年度から国の畜産再編
総合対策事業を活用し、電気牧柵や牧道、給水施設といった集約放牧に必要と
なる施設の整備と併せて、学習会、現地(フィールド)研修会、先進地視察、
経営診断等を実施してきた。

 このような取り組みの中で、放牧酪農研究会のメンバーは、学習会等で意見
交換を繰り返しながら、画一的な放牧技術の押し付けではなく、それぞれのペ
ースで、個々の条件に合った放牧の確立を目指してきた(表 2 )。

表 2  各牧場の放牧取り組みの経緯


牛が喜んで食べる草づくりを目指して

 集約放牧で重要なことは、牧草を草丈15〜20cmで短草利用することである。
特に春先は牧草の伸びが旺盛なため管理に注意を要する。伸びすぎた草は、人
間にはおいしそうに見えても牛は食べない。牛は蹄が隠れる程度に茂る牧草を、
ゆっくり移動しながらリズミカルに食べ進む。

 佐藤会長の牧場では、イネ科のチモシー、オーチャードグラス等にマメ科の
ホワイトクローバーを混播している。マメ科の植物はそれ自体にたん白質を多
く含むほか、根粒菌が地力を維持する働きをし、イネ科の他の牧草の生育を助
ける点で重要だが、太陽が当たらないと生育が悪くなることから、この点から
も牧草の短草利用は重要とのことである。牧草地の草量は、草地を 1 m四方に
区切って牧草を刈り取り、重さを量る方法で計算する。20cm前後の短草で500
g/m2、 1 日分として搾乳牛 1 頭当たり 2 a程度を目標とし、不足する場
合は乾草を給与する。

 最初は、草量を増やそうと肥料をたくさん入れた結果、草が大きくなるばか
りで牛が食べないなどの失敗があり、草づくりが軌道に乗るまでは苦労の連続
であったという。同じ牧草でも牛にとっておいしいか、おいしくないかが問題
であり、人が判断するのは非常にむずかしい。たどり着いた結論は、ミミズや
昆虫が元気に生きる健康な土づくりが健康な草を育てるということ。さらに短
草管理を徹底することで牛が喜んで食べてくれるようになった。

 他の先進的な牧場を視察するなど様々な試行錯誤を繰り返す中でわかったこ
とは、他人の牧場はヒントにはなるが、真似をしても土、草、牛がちがうので
同じにはならないということだ。放牧酪農研究会では、こうした観点からも各
地の優良事例をできるだけ多く視察し、励みとしつつもとらわれることなく、
良い点を取捨選択して取り入れる工夫をしてきた。


足寄に合った放牧酪農を目指して

「土地を選ばない全天候型のハーベスター」である牛は、給餌機や堆肥散布機
も兼ねる

 放牧では牧草の刈取りから、運搬、給餌、ふん尿の処理、堆肥散布に至る作
業の大部分を牛がするので、飼料費、機械費、施設費、労働費、肥料代等を削
減することができ、低コスト化を図ることができる。

 放牧酪農研究会の場合、集約放牧への取り組みは平成 8 年からだが、会員全
員が昼夜放牧に取り組んだのは平成10年になってからである(表 2 参照)。
平成10年の最新のデータを前年同期のものと比較してみると、生乳生産量及び
乳代が減少した農家もあるが、それ以上に配合飼料費のコスト削減が大きく現
われており(図 1 )、乳飼比(生乳生産額に対する購入飼料費の割合)も前年
を下回ってきており(図 2 )、農家によって程度の差はあるものの、低コスト
化の傾向を見て取ることができる。

◇図1:集約放牧の効果(平成10年 1 〜 9 月累計の前年同期比、%)◇

◇図2:乳飼比の比較(各年 1 〜 9 月累計)◇

 コスト面だけでなく、あるいはそれ以上のメリットとして、労働時間の短縮
が可能となり、朝夕の搾乳以外の時間が自由に使え、夫婦で外出ができる等の
余裕が生まれた。牛に対しても、牛の気持ちになって土や草を観察する姿勢が
生まれた。そして、以前は消極的でネガティブな発想であったが、放牧を取り
入れるようになって、「足寄の開拓地=足寄のアルプス=これほど放牧に適し
たところはない」と、ポジティブに考えられるようになったという。

【「足寄のアルプス」ともいうべき、美しい放牧風景(平成10年10月)】
 また、牛が健康となり、疾病が減少(特に分娩が順調)し、牛が美しく、生
き生きとしている。澄んだ空、遠く雪を頂く山々、青い草原にゆっくり草をは
む牛たち・・・牧歌的な農村風景、そこには自然に恵まれた安全な環境で、健
康な牛から搾るおいしい牛乳への自負、酪農家としての誇りが育っている。

もう一つの大きな収穫

 放牧酪農研究会は毎月研究会を開いており、熱心な議論を重ねる中で、グル
ープの結束はますます強くなるとともに、お互いがよきライバルにもなってい
る。同時に、グループで活動することで、自分たちの意見を持ち、発表する機
会も増えた。

 また、夫婦単位でのグループ活動、研究会等は、技術的な意見交換はもとよ
り、人生問題など幅広い情報交換の場となり、家の中では今まで胸の内にしま
って言えなかったことも、仲間の中では言えるようになり、やっとみんなが自
由を獲得し、気持ちが開放された。
【議論白熱の研究会
長老格の柴田さん(左)、
坂本開拓農協酪農協企画対策室部長(中央)、
足寄町役場桜井さん(右)】
   
【平成10年 6 月、放牧主体の草地型酪農の先進地、
中標津町農業協同組合三友盛行組合長(前列中央)
を迎えての現場フィールド学習会】

 

新たな風のむこうに

おいしい放牧酪農牛乳

 佐藤会長の牧場の搾り立ての牛乳を飲ませていただいた。色はほんのりブラ
ウンがかった白色で、飲むと自然な甘味で、さっぱりしていて後味が良い。

 昨年の夏、研究会のメンバーは、初めて自分たちの牛乳を使ってアイスクリ
ームやストリングチーズの試作に挑戦した。農家だからこそできる農家手づく
りの味を、まずは自分たちが楽しみながら、これからも試作を重ねていくとい
う。

 自分たちが放牧している牛から搾った生乳を使った牛乳・乳製品製造の取り
組みは、今始まったばかりだ。21世紀に向けて、環境によりやさしい酪農、子
供たちがより安心して食べられる牛乳・乳製品づくりへの今後の取り組みが期
待される。
【平成10年 3 月、中標津町農業協同組合長婦人の
三友由美子さん(後列中央)を講師に農家チーズの勉強会】
やはり、草づくり

 集約放牧に取り組んで 3 年目。全員が昼夜放牧を実施するようになったのは
昨年なので、平成10年が新たなるスタートの年ともいえる。集約放牧の導入に
よるゆとりある経営への転換は、日々の地道な調査や管理、観察なくして実現
できるものでなく、急激に展開できるものでもない。しかし、人が牛の幸せを
考えて土をつくり、草を育て始めた時、人の心の中にも幸せの芽が育ち始めた。
メンバーの口癖は、「牛の幸せは、人の幸せ」。放牧酪農をきっかけとして、
食や農業のあり方について議論を重ね、農業が持つ本来の豊かさを自分たち農
家が積極的に消費者に伝えていきたいと考えている。

 今後の課題としては、まず、寒冷地足寄の風土に合い、牛にとってし好性の
良い牧草の改良がある。現在、道北で放牧に利用されているペレニアルライグ
ラスは、家畜の踏みつけに対して強く、良質で家畜にとってし好性も良いが、
足寄の寒さには適応できない。放牧には様々な技術が必要だが、やはり草づく
りが最大の課題と酪農家も研究者も口をそろえる。

夢はふくらむ

 もう一つの目標は、季節繁殖への挑戦である。春から夏へ向かい大きく伸び
る牧草の伸長曲線に、産後の泌乳最盛期が合致するよう春先に分娩させること
により、 1 、 2 月を乾乳期にできれば、冬期貯蔵飼料が減り、飼料費をかな
り節約できる。また、乾乳期を合わせることにより、酪農家にとっては夢のよ
うな「搾乳しない期間」をつくり出すことができる。人工授精のタイミングを
ずらしたり、更新牛の導入時期を調整するなどの方法で徐々に乾乳の時期を移
行していき、何年後かには 1 週間でも10日でも搾乳しない期間をつくり、放
牧酪農の本場ニュージーランドを家族で訪ねたいという夢がある。放牧酪農研
究会のまたの名を「ニュジーランドへ家族で行く会」という。

 集約放牧と季節繁殖の組み合わせが実現すれば、一層のコスト削減、労働時
間の短縮、経営の改善が図られる。メンバーは今、夢の実現に向けて着々と勉
強を重ねている。

資料

「足寄町農業の概要」(足寄町)
「足寄町開拓農協要覧」(足寄町開拓農業協同組合)
「戦後開拓50年の歩み」((社)全国開拓振興協会内、開拓50年記念事業会)
「飼料シリーズ 草地改良とその利用」(農林水産省畜産局自給飼料課監修)
「放牧促進対策事業シリーズ指導資料」「公共牧場利用促進事業シリーズ指導
資料」((社)日本草地協会)
「放牧型のすすめ」(落合一彦著、「酪農総合研究所」)
「畜産−国内編(97年度)−」(農畜産業振興事業団)他


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