◎調査・報告


社会構造の変化と スーパーの商品戦略

ミートコンサルタント   得丸 哲士








はじめに

 今、スーパーの精肉部門は販売不振で苦しんでいる。いまだに多くの方がその
原因としてバブル経済の崩壊やO157を取り上げて説明をするが、本当に今の経
済不況および畜産・食肉業界の安全対策への不安だけが販売不振の原因の大部分
であろうか。必ずしもそうではないように思われる。どちらかと言えば、スーパ
ーの精肉部門の商品戦略における基本コンセプトそのものが食肉小売マーケット
ニーズを正しくつかみきれていない、つまりスーパーで肉を買って家に帰り、家
庭で肉料理をして、家庭で肉料理を食べるという「家庭内食」を求める消費者の
ライフスタイルやニーズのきめ細かな変化をつかみきれず、情報を商品化に生か
し切れていないことのほうが真の原因のように思われる。このようにスーパーの
商品戦略とマーケットニーズとの間に生じている「ズレ」は何か。まず社会構造
の変化を確認したうえで、これからのスーパーの商品戦略はどうあるべきかを考
えてみたい。


食肉小売業を支える胃袋の変遷

家族類型別の世帯数の推移

 表1にみられるように、1970年代から80年代にかけての高度経済成長時代にお
ける食肉消費の主役であった「団塊の世代」を世帯主とする4人家族の
ファミリーは、世帯人員別の世帯数構成比でみると80年の25.3%をピークに毎年
減り続けており、95年には18.9%となった。2000年には18.0%を切ることが予測
される。この流れとは逆に、1人住まいの単独世帯は、1975年に19.5%であった
のが95年には25.6%にまで伸長して世帯数構成比の1位の座を占め、2000年には
26.4%までさらに伸びることが予測されている。2人住まいの世帯も、1975年に
は15.6%しか占めなかったのに95年には23.0%を占めるまでに伸びている。この
資料から読み取れるように、4〜5人の核家族の時代は既に終わり、1〜2人または
3人を中心とする半核家族の時代へと着実に進んでいる。1人住まいと2人住まい
の2つの世帯を合計すると2000年以降には総世帯数の50%以上を占めることにな
る。1〜2人世帯に対する取り組みを捨ててしまえば最初からビジネスチャンスの
50%を失うことを意味するのである。

表1 世帯人員別世帯数の推移
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 資料:総務庁統計局
  注:総人口:千人、世帯人員:人


夫婦のみ世帯は熟年、高齢者の割合が増加

 表2は核家族世帯と単独世帯の動向を年度別にまとめたものである。この資料
においても「1人住まいの単独世帯」と「夫婦のみの2人住まい世帯」の増加を中
心に5,000万世帯へ向かって確実に世帯数は増加している。この伸び続ける2人住
まい世帯の中でも家庭で食事をする傾向値の高い「夫婦のみの世帯」を特定の年
齢層別のくくりで分析し、これからの課題を推測してみる。

 表3は一般世帯の核家族における「夫婦のみの世帯」をさらに次の4つの年齢階
層別に分けて見たものである。

@20〜29歳−結婚年数が浅く、経済力も小さく、共稼ぎが比較的に多い若い夫婦

A30〜39歳−晩婚タイプが参入し、比較的経済力はあり、共稼ぎが多い夫婦

B40〜64歳−結婚年数は長く、経済力も大きく、比較的生活が安定している熟年
 夫婦

C65〜84歳−永年勤めた会社の定年を終えて、年金で生活をする高齢者夫婦

 20〜29歳の若い夫婦は家庭の食事においても学校給食においても食肉で育ち、
食肉消費を大きく期待できる胃袋をもつ。世帯数は1990〜2000年にかけては順調
に伸びてきたが、これからは減少に向かうことが予測される。

 30〜39歳の夫婦は、比較的に食肉生活で育ち、食肉の味と料理を好む胃袋をも
つ。世帯数は1990年の610千世帯から2000年には978千世帯へと約160%も大きく
伸びるが、今後さらに1,200千台世帯数へと伸び続ける非常に大事な世帯である。

 40〜64歳の夫婦は、「夫婦のみの世帯」構成比の中核をなし、比較的に肉は好
きではあるが段々と脂っこさが健康の面で気になり始めて徐々に食べる量を減ら
し始める胃袋をもつ。世帯数は1990年の3,037千世帯から2000年には3,469千世帯
へと着実に伸び続け食肉消費の中心的役割を果たしてきたが、今後においても20
10年には4,040千世帯という大きな胃袋が予測されている。世帯総数に占める割合
も8%近くあり、この大きなマーケットを占める「熟年」夫婦のみの世帯に受け
入れられる商品化は非常に大事になる。

 65〜84歳は、1990年には2,069千世帯を占め、2000年には3,724千世帯が予測さ
れ、さらに2010年には5,000千世帯が予測され、世帯総数に占める割合が10%に至
る。この高齢者が占める、いわゆるシルバーマーケットをどのように評価するか
ということも一つの課題である。一昔前と異なり、これからの高齢者マーケット
はより健康を求め維持することを望む「健康な胃袋」であるからビジネスチャン
スを前向きに考えたい。

表2 家族類型別の世帯数の推移
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 資料:厚生省人口問題研究所
  注:( )内は世帯総数に占める割合

表3 「夫婦のみ世帯」の推移
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 資料:厚生省人口問題研究所


単独世帯も高齢化が進む

 続いて、一般世帯数の25%以上を占める最大の世帯である1人住まいの「単独
世帯」を特定の年齢層別のくくりで分析し、これからの課題を推測してみる。

 「単独世帯」を20歳以上を対象に特定の年齢層別に分けて世帯数の増減動向を
まとめたのが表4である。15〜19歳の単独世帯数は1999年で460千〜470千世帯あ
るが大部分が学生であることが予測され、家庭での食事はあまり期待できないの
で割愛した。4つの年齢層別のくくりは次のとおりである。

@20〜29歳−結婚予備軍である適齢期の若い社会人および卒業を控えた学生の一
 部分、肉が大好きな一番期待できる胃袋

A30〜39歳−晩婚タイプあるいは結婚を望まない社会人、肉は好きだが料理で困
 っている胃袋

B40〜64歳−仕事の都合での単身赴任者もいるが大半は離婚による1人暮らし、
 家庭で肉料理をしている大事な胃袋

C65〜84歳−高齢者で家庭で肉料理をすることが面倒臭いあるいは無駄が多いと
 考えている胃袋

 それでは年齢層別に要点を確認してみよう。

 20〜29歳の若い単独世帯数は、1990年の3,233千世帯から99年には3,624千世帯
へとゆるやかに伸びているが、2000〜2010年にかけては毎年約100千世帯ずつ減
り続ける。この世帯の食生活は外食が多いが、一方で将来の結婚に向けて、倹約
と節約ができる自炊用の無駄のない便利商品を強く望んでいる。

 30〜39歳の単独世帯は、1990年の1,229千世帯から2000年の1,480千世帯、2010
年の1,735千世帯へと着実に伸び続ける世帯である。基本的には将来の生活と健康
を考えて家庭で食事を取ることを強く望んでいるが、仕事の都合で料理にかける
時間が十分にないことと、料理方法がよく分からなくて困っている世帯である。
この世帯のニーズは、少しの調理時間でもそこそこの料理ができる「手軽さ」と
少しの調理技術でもそこそこの料理ができる「簡単さ」と無駄がなく割安感のあ
る「安価」という便利性と合理性に集約されていよう。

 社会における職業のソフト化が進み、それにつれて高学歴の女性が働く職場が
拡大し、女性の経済的な自立が進むと中高年とか熟年といわれる人々の「離婚の
増加」が社会現象となり、40〜64歳における「単独世帯」が増加の一途を続けて
いる。1990年の2,680千世帯が2000年には3,788千世帯へと10年間で約1,100千世帯
も増え、さらには2010年には、4,860千世帯へと大きく増えて世帯総数に占める割
合でも10%近くになることが予測されている。単独世帯の中心を占めるこの世帯
の人々は、将来に向けての老後の生活設計と健康維持を考え、できるだけ無駄の
ない倹約と節約を強く意識した、しかしながらこれまでの楽しかった生活レベル
は落としたくないという健康的で合理的な食生活を強く望んでいる。ある程度の
調理時間や調理技術を生活の中にもっている人々なので「楽しくて、おいしくて、
健康的な肉の料理」の提案が販売の切り口になるであろう。

 65〜84歳の高齢者単独世帯も1990年の1,542千世帯が2000年には2,655千世帯へと
大きく増え、さらには2010年に4,076千世帯という非常に大きな世帯へと増加する。
この世帯の胃袋を従前は「不健康な胃袋」として食肉のビジネスターゲットから
外す傾向が多かった。しかし近年は65〜75歳の世代で健康的に働かれる世帯に年
々「健康な胃袋」が増え続けている。したがって健康を第一に据えた、できるだ
け手間のかからない、面倒臭くない、簡便な「便利な肉の健康商品」の提案が求
められている。H.M.R(Home Meal Replacement)商品という一流レストランの
料理を家庭で同じように味わえる商品の開発、いわゆる時間節約型のReady to Eat
(そのまま食べられる商品)やReady to Heat(温めるだけで食べられる商品)な
どの開発および通信販売商品の開発ターゲットとして検討をする価値が十分にあ
ろう。

 以上のように、食肉小売マーケットを支える「家庭で食事をする胃袋」の動態
を「世帯人員別」にどのように変化をしているかを整理し、併せて、それぞれの
人員世帯の中でも「どのような年齢層」の人々が実際に家庭での食事をしようと
しているのかを整理して「商品化」に取り組むことが、1人分、2人分、3人分と
必要な量だけを求めるお客様のニーズに応えて小分け販売をする小売業、すなわ
ち「小分け業」入門の第1ステップである。

表4 「単独世帯」の推移
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 資料:厚生省人口問題研究所


食肉の家計消費支出の推移

 次に、1世帯当たりの食肉家計消費支出が年度別に、どのように推移している
かを確認してみよう。

 表5は年度別の家計消費支出金額、それに占める食料費支出金額、食肉類合計
の支出金額および主な食肉である牛肉、豚肉、鶏肉、加工品の支出金額をまとめ
たものである。1970年には954千円であった家計消費支出金額が80年には2,767千
円と飛躍的に伸び、90年には3,734千円に至るという高度経済成長の軌跡がはっ
きりと読み取れる。この間、食料費の支出金額もスライドして346千円から1,030
千円へと約3倍にまで伸びたが、いわゆるエンゲル係数は36%から25%へ向けて
着実に下がり続けており「豊かさの実現」を垣間見ることができる。食肉類合計
の支出金額も食料費支出と同様に順調に増加をしてきたが、85年の高度経済成長
の成熟期をピークに減少傾向に入り、毎年低下を続けている。

 特に90年のバブル経済崩壊後の「価格破壊」の進行、91年の「牛肉の輸入自由
化」後の牛肉の大衆化に起因する豚肉と鶏肉の消費不振、96年のBSEや腸管出血
性大腸菌O157などの安全対策システムに対する不安による牛肉の「消費破壊」
および長引く経済不況の浸透に伴う「サービス破壊」や「品質破壊」などにより、
永い年月をかけて築き上げてきた信用と信頼をやや失いかけており、家庭におけ
る食肉消費が金額的に減少を続けているのは残念である。

 食肉家計消費支出金額と併せて家計消費量(表6)の推移をみると、特に牛肉
の輸入自由化以降は消費量が牛肉以外の食肉は横ばいまたは減少をしているのが
顕著に表れている。ただ100g当たりの価格に下げ止まりの感が見られるので、
これからは安全や品質、サービスなどに不安と不満を与えずに安心して楽しく肉
を食べていただけるように健全な消費を促して信用回復に努めたいものである。

 このような1世帯当たりの食肉家計消費がどのような規模の食肉小売のマーケ
ットボリュームを築き上げてきたか、その推移を確認してみよう。

表5 食肉の家計消費支出の推移(全国、1世帯1年当たり)
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 資料:総務庁「家計調査年報」

表6 食肉の購入消費量と購入単価の推移(全国、1世帯1年当たり)
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 資料:総務庁「家計調査年報」


外食マーケットが拡大するなかで

 表7は食肉小売マーケットと外食マーケットのボリュームの推移をまとめたも
のである。当然のことであるが、家庭での食事が基盤の小売業と外での食事が基
盤の外食業は相反する関係に位置づけられている。少子高齢化の半核家族社会が
もたらした平均世帯人員の減少と世帯総数の増加という社会構造の変化の中で、
ライフスタイルも変化し、ある種の豊かさが進行して「外食の家計消費支出」は
着実に増加し続けている。食料費支出金額が頭打ちの中で外食費がこのように増
加すれば、家庭消費の小売マーケットにしわ寄せがくるのはある程度はやむを得
ない。1970年から97年の27年間にかけて約4倍近くにまで増加した食肉小売マー
ケットボリュームは、3兆9千5百億円をピークに頭打ち状態からゆるやかな減少
へと転じており、縮小マーケットであることも事実である。このまま何もせずに
じっとしていればさらに一段と縮小することも予測される。

 ただ食肉を好んで食べる活力ある若い胃袋の世帯が少子化現象の中で減り続け
ていることを嘆く前に、「若い世帯の胃袋のさらなる活性化」と併せて着実に増
加し続けている「中高年と熟年世帯の胃袋を継続して活性化」し続ける工夫をし、
今の経済不況がもたらしている「食の家庭回帰現象」をフォローの追風にしなけ
ればならない。外食で食べる肉メニューよりも、家庭で食べる肉料理の方が一言
で言えば「総合力で勝る」楽しさ、便利さ、満足を提供し続けること以外には基
本的な解決策は無い。ピンチはチャンスと言う。家庭料理の基本である「毎日の
おかず肉」づくりに徹することが「小分け業」の第2ステップである。

表7 日本の家計消費支出における食肉マーケットボリュームの推移
(全国、全世帯、年間)
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 資料:総務庁「家計調査年報」、厚生省人口問題研究所
  注:1999年以降のマーケットボリューム数値は潟vラジュニアンの推定値


食肉を取り巻く環境の変化と消費者ニーズ

食肉の価値の変遷

 図1は食肉の価値の変遷を示したものである。牛肉で表現をすると、とにかく
牛肉を食べたかった時代からおいしい牛肉を食べたい、ステーキや焼き肉をお腹
一杯に食べたかった時代、おいしい牛肉を少しずつ贅沢に舌鼓みを打って食べた
時代、そして摂取カロリーを気にしながら牛肉を食べている時代、これからは安
心して食べられる牛肉を求める時代というふうに「肉」に対するニーズはその時
々の経済環境と社会環境により常に変化を続けている。

◇図1:肉を食べる環境の変遷◇

 1960年代は充足の時代とよばれ、肉そのものを食べられること自体が一番に優
先される大事な「価値」であり求める「満足」であった。その後、時代とともに
肉を購入すること自体は、数量的にも品質的にも価格的にも負担が軽くなり、い
つでも食べられる環境が満たされてきた。それにつれて徐々に、肉そのものが食
べられるということから肉に付加されている「別の価値」を優先的に求めること
で「満足」を確認しようとするのである。高度経済成長を経て「物質的な豊かさ」
をある程度実現し、「半核家族」の世帯を中心にライフスタイルが大きく変化す
るにつれて、消費者が肉に求める価値観も当然のように変化をしてきている。肉
に求める必要性(Needs)と欲求(Wants)に対する充足の在り方で「満足」の
充実度が高まる。


今、消費者が求めている価値は

 今、消費者が強く求めている価値は次の4つにまとめることができる。1つは価
格がお値打ちである「価格価値(マネーバリュー)」、2つ目は品質のレベルが
高い「品質価値(クオリティーバリュー)」で、この2つは昔からの商売の基本
でもある。よい品質の商品を常にお値打ち価格で提供する努力をすることは商売
の信用を築く基本である。3つ目は時間を節約できる「時間価値(タイムバリュ
ー)」、4つ目は感性に優れている「感覚価値(フィーリングバリュー)」であ
る。不滅の価格価値と品質価値にどのような価値を加えることができるかが緊急
の課題であろう。

 特に「時間価値」は、便利商品の基本ニーズである、世帯の構造変化の説明で
も触れたように、有職主婦が増加するにつれて、少しの調理時間でもそこそこの
おいしい料理ができる、少しの調理技術でもそこそこのおいしい料理ができる、
そのような簡便性をもつタイム・セービングできる肉料理が潜在的に求められて
いる。具体的にはH.M.RのReady To Cookの範疇で商品化される、いわゆる「味付
け肉」や「衣つき肉」などで、タレ漬け焼き肉、味噌漬け肉、シャリアピンステ
ーキ、パプリカや香草やペッパーなどのシーズニング肉、カツレツ、からあげ、
生ハンバーグなどの下処理をサービスした商品群を意味する。

 感性を求める「感覚価値」は食事から享受する「楽しさ」の創造である。伝統
的な調理方法の再発見、新しい調理方法との出会い、伝統的な味の再発見、新し
い味との出会い、伝統的な食べ方の再発見、新しい食べ方との出会い、伝統的な
盛り付け方の再発見、新しい盛り付け方との出会い、今流行の料理、今話題の料
理、旬を感じる料理など、「楽しいお肉料理」がイメージできて調理をしてみた
くなるような情報とアドバイスをサービスすることである。

 今後は、このような「便利さ」と「楽しさ」の2つのコンセプトが、食肉が
「家庭で調理をする食事」に食材として活用されるかどうかの重要な機軸になる。
消費者は常にT.P.Oに合わせてこれら4つの価値の順位を上手に使い分けて合理的
な生活をしているのである。


2000年以降の基本コンセプトは「安心」

 次に、このような4つの価値の底流になっている、これから迎える2000年以降
の基本コンセプトである「安心」についての課題を確認してみよう。
◇図2:安心マーケットのコンセプト◇

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 まず「安全」が1つ目の「安心」マーチャンダイジングである。口に入れる食
べ物が安全であることは当然のことである。特に食肉は加熱調理して食べること
が一般的なため、食中毒に対しては比較的安心されていたが、1996年の腸管出血
性大腸菌O157の事故以来、食肉の安全に対して消費者の不安と関心が非常に高
まった。失われた信頼を取り戻すため、生産者、加工者、販売者ともに一丸とな
って日々、安全対策に取り組んでいるところである。

 O157事故があまりにも大きすぎたために、衛生管理の安全対策のみが浮き彫
りになり過ぎて、食肉の「安心マーケット」に対する消費者の理解が多少片寄っ
ている傾向があるので軌道を修正しておきたい。「安全」対策の基本は、「牧場
からテーブル」に至るまでのすべての安全を保証できるシステムを確立すること
である。家畜の繁殖と肥育の牧場、食肉センターのと畜ライン、脱骨と整形のカ
ットライン、商品の輸送と保管、小売店舗の作業場と冷蔵庫、家庭の冷蔵庫と台
所においても悪性の大腸菌をはじめとする悪性のバクテリア群が撲滅される、あ
るいは2次または3次汚染を防ぐS.S.O.P(Sanitation Standard Operating Proce-du
re)という、加工段階の前工程から後工程にわたる製品の細菌汚染を事前に防ぐ
方法を設定した「衛生管理運用規定」およびG.M.P(Good Manufacturing Procedu
re)という、工場の施設や設備、従業員自体の健康・衛生に関する知識などに関
わる衛生管理を規定した「適正製造基準」を基盤とする一貫したH.A.C.C.Pシス
テムの確立が急務である。

 このような、どちらかと言えば「肉の表面」に係る衛生面の安全対策に対して、
「肉の内面」つまり肉そのものに係る安全対策も大事なことである。家畜の飼育
管理において使用する動物医薬品の残留値、病気予防のために使用する抗菌性物
質の残留値、飼料に含まれる農薬の残留値などが安全基準クリアしていることは
当然であるが、さらには基準数値より努力した飼育改善に取り組んでいること、
あるいはオーガニック飼料やNON-GMO(非遺伝子組み換え)飼料なども科学的、
政策的観点とは別に、消費者に「安心」をアピールする取り組みと言える。要す
るに家畜をできるだけ健康に育てることが大切である。

 2つ目の「安心」マーチャンダイジングは「おいしさ」である。いつ食べても
味が変わらない「安心して食べられるおいしさ」という品質を維持する生産、加
工、販売システムの確立である。血統管理および交配管理の「育種」に基づくお
いしい肉質づくりと、経験豊かな「肥育技術」に基づくおいしい肉質づくりなど
の畜産分野における一層の充実が望まれる。流通においても、熟成技術の導入に
よるおいしい味づくり、あるいは料理目的に合わせた加工技術による商品づくり
がもたらすおいしい味など、食物が持つ宿命である「おいしさ」を常に維持し向
上させる研究が大切である。このように生産から販売までのインテグレーション
において「おいしさ」づくりのシステムが構築されることが望まれている。

 3つ目の「安心」マーチャンダイジングは「安価」である。いくら安全でおい
しい肉を生産したとしても、消費者がふだんの生活で食べることができないよう
な高い価格では、経済的な価値はない。特に国内生産は生産基盤が脆弱であり、
おう盛な食肉需要を補うために年々輸入食肉が増加を続け、安い価格の肉は増加
している。しかし、ただ安いということだけでは消費者ニーズを満たすことはで
きない。消費者は嗜好や収入や目的に合わせて様々な品質の肉を求める。「値ご
ろの価格」で多くの商品を販売することが本当の意味の「安価=安さ感」であろ
う。

 4つ目の「安心」マーチャンダイジングは「健康」である。健康な人々が健康
であるために食べる「からだに良い肉」を販売するのが使命である。表面脂肪や
含有脂肪などを整形、調整をすることで低カロリー高タンパクの肉を販売したり、
肉の栄養価などの情報をサービスして、「からだに良い」肉であることを伝える
ことも大切なことである。あるいは繊維質を多く含む野菜や旬の野菜との組み合
わせなどで野菜類と一緒に肉を食べる料理を訴求することで「からだに良い」肉
の食べ方を伝えることも大切である。しかしながら、どんなに商品開発を進めて
も、生鮮肉という素材食品であるがゆえに厚生省が認可する「特定保健用食品マ
ーク」を付けるような健康訴求をすることは不可能である。したがって、日常生
活を送るうえで健康に必要な動物性のタンパク質を摂取するのに食肉が不可欠で
あることを、機会があるたびに消費者に対して啓蒙を続けることが食肉業界とし
て非常に大切なこととなる。

 以上のような安全、おいしさ、安価、健康という4つのコンセプトが適正に、
バランスよく保たれることが、今後の家庭における食肉消費の回復につながる
「安心」マーチャンダイジングの基本である。


これからのスーパーの商品戦略

 食肉家計消費支出の数値をもとに食肉小売業の不振の推移を確認し、販売のタ
ーゲットとして家庭で肉を食べる世帯を適正にとらえているか、増加し続ける輸
入食肉を上手に商品化して新たなマーケットをとらえることができているか、豊
かさが実現していく食肉消費の変遷のなかで、消費者の基本ニーズを的確にとら
えているか、肉に求められている価値をバランスよく商品化できているか、これ
からの「安心」マーチャンダイジングはどのように取り組むべきかなどについて、
食肉小売業全体が抱える課題を確認してきた。このような課題を食肉小売業の中
枢であるスーパーの商品戦略にどのように織り込んでいくかをまとめてみよう。


狭い生活圏で暮らす人が増加

 スーパーの精肉部門が緊急に再構築をしなければならないマーチャンダイジン
グのコンセプトをまとめたものが表8である。

 小売業もサービス業の1つである以上、当然のことではあるが店舗の周辺で生
活をしている消費者にとって「便利」なお店でなければならない。スーパーの店
舗業態は、その出店の歴史的背景により、駅やバスターミナルなどに隣接する商
店街と市場周辺に位置する小型の食品スーパー(SM)、郊外の新興住宅地に隣
接する小型の食品スーパー(SM)、あるいは総合スーパー(GMS)、今後開発
が進んでいく超郊外に位置する総合ショッピングセンター(SC)、あるいは大
型食品スーパー(SSM)というふうに立地と規模で分類される。立地が意味する
商品戦略の基本は、店舗が位置する地域社会で生活をする人々にとって「その地
域の生活に最もふさわしい」商品の提案をすることである。その地域の伝統的な
食べ物や生活様式、歴史的な行事、文化的な祭事などに係る商品を大事に守り育
てながら、新しいライフスタイルに係る合理的な商品の提案を両立させていくこ
とが基本である。

 規模が意味する商品戦略の基本は、店舗がとらえる消費者の生活エリア「商圏」
である。高度経済成長とモータリゼーションにより、店舗立地は都心から郊外へ
と向かい、店舗規模は小型食品スーパーから中型、大型の総合スーパーと拡大し、
さらに超大型の総合ショッピングセンターへと益々拡大を続けている。団塊の世
代を中心に核家族が増加し、郊外に新興の住宅地が次々と開発され、新たな商業
施設やスーパーが次々と出店をしてきた時代は、売り場面積の拡大と豊富な品揃
えの充実は確かに消費を喚起し、浪費と消費の区別が分からないほどであった。
しかしながら、これまでに説明をしたとおり、我々の社会は既に少子高齢社会へ
と着々と向かっている。1世帯当たりの胃袋が縮小していくだけでなく、経済的
にもしばらくは倹約型、節約型の生活が要求されることも予測され、無駄のない
合理的な生活を選ばざるを得ない環境に現在はある。もう1つの予測される環境
変化は、これまでのモータリゼーションに連動した超郊外型の店舗出店の拡大に
便利を感じた消費者の増加とは別に、1人住まい、2人住まい、高齢化などにより
「狭い生活圏で暮らす人々」が増加をしてくることである。特に生活必需品であ
る食料品を購入するのに車に乗って、遠い郊外の大きな店舗へ行き、買い物に時
間をかけることが逆に不便と感じる消費者が増えてくることも予測される。サー
ビス業の基本である「近くて、便利な店(肉売り場)」を求める主婦が増えてく
ることは確実である。

表8 食肉マーチャンダイジングのカテゴリー区分
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小商圏では毎日のおかずに徹すること

 1世帯当たりの年間の食料費支出金額は100万円強であることから、商圏世帯数
が1万世帯あれば年間100億円、5千世帯あれば同50億円という食料品のマーケッ
トボリュームがあり、同じように食肉家計消費支出金額を当てはめると都会の1
万世帯であれば年間10億円、地方の5千世帯であれば年間4億円という食肉のマ
ーケットボリュームがあることになる。1次商圏内に1万〜5千世帯数の生活者が
いれば食品スーパーおよび食肉販売は十分に成り立つと言ってよいであろう。実
際に全国的に有名な大手スーパーのGMSの食品売り場および精肉売り場が、その
地域の食品スーパーの精肉売り場に苦戦を強いられている例はたくさん見られる。
このように1万世帯数以内の「小商圏」であっても高い占拠率を占める「地域一
番の店」になれば、「近くて、便利」なお店として地域の生活者にお店を支持し
てもらえれば、郊外の遠くに立地する大型店舗の食品売り場および精肉売り場に
負けるということは絶対にあり得ないのである。つまり小商圏で成り立つ食品ス
ーパーおよび精肉売り場の商品戦略の基本は生活必需品の食料品に徹すること、
毎日の「おかず肉」を重点的に販売することである。品揃えの品質においても、
価格帯の値ごろ感においても、アイテム数や売り場スペース配分、棚割りのゴー
ルデンスペースなどにおいても、「毎日のおかず肉」が優先することが大切であ
る。店舗ごとに多少の違いはあっても、1つの目安としては「毎日のおかず肉」
が70%、ふだんの生活における「ちょっとごちそう肉」が20%、特別な日の生活
における「ぜいたくなごちそう肉」が10%位のバランスで取り組むことが適正で
あろう。


牛肉の商品戦略

 例えば黒豚やSPFのロースを使った「とんかつ」を食べたからといっても、あ
るいは地鶏や有機飼育鶏の「からあげ」を食べたからといっても、消費者は「ご
ちそう肉」を食べたという感覚はほとんどない。「おかず肉」の中から自分の好
みにあった肉を選んだだけのことである。このように、現状スーパーの精肉売り
場で販売している豚肉や鶏肉、ひき肉、加工品などの大半は「おかず肉」で位置
づけられているのである。いわゆる「最寄り商品」である。ある意味では「こだ
わり」の豚肉や鶏肉が定着してきたのは、おかず肉の領域を守ってきたからであ
るとも言えよう。

 ところが牛肉だけは他の肉とは少し位置づけが異なる。それは、ふだんの生活
で繰り返し購入して食べる「毎日のおかず牛肉」と比べると、肉の品質や価格、
嗜好性、食べ方、購入目的などがまったく異なる「ごちそう牛肉」が日本にはあ
るからである。いわゆる「買い回り商品」である。黒毛和牛などの4〜5等級の
「霜降り肉」が代表的である。我々日本人は特に「和牛の味」にある種のあこが
れと価値と満足を持っている。「おいしい牛肉を少しだけ食べたい」というグル
メ嗜好の消費者は特に店にとっては大切な固定客となるために、和牛は他の競合
店舗との商品力の違いを表現するための大切な戦略商品でもあるわけである。た
だ高級和牛の価格はあまりにも高いため、最近ではF1 も増加しており、高品質
のF1 を肥育する技術も進んでいる。このような和牛やF1 、乳用種、輸入ビー
フなどを組み合わせることで「ぜいたくなごちそう牛肉」と「ちょっとごちそう
牛肉」と「おかず牛肉」の3つのカテゴリーを適正に構築することが牛肉の商品
戦略の基本になる。

 さらに「毎日のおかず牛肉」の中でも「上」に位置づけられる牛肉を何にする
かが大事な商品戦略になる。それは、豚肉や鶏肉、ひき肉、加工品と比較したと
き、牛肉のみが「毎日のおかず肉」のカテゴリーの中に「こだわり牛肉」と言え
るものが確立できていないからである(表8の※印)。立地が都心化したり、規
模が大型化すれば「ごちそう肉」の品揃えを拡大する商品戦略になり、立地が郊
外化したり、規模が小型化すれば「おかず肉」の品揃えが拡大する商品戦略にな
るわけである。以上のようなコンセプトを取り入れて立地、規模、業態に合わせ
た商品戦略を構築することが今、スーパーの精肉売り場が販売不振から脱却する
のに一番大事な課題であると考える。


とくまる てつし

1971年  神戸大学卒業、同年(株)ダイエー入社。
1975年から牛肉担当のバイヤーとして国産牛肉および輸入牛肉の仕入と販売、ミ
     ートセンターの運営、国内の直営牧場および海外の契約牧場の運営に
     携わる。
1990年  (株)フォルクス取締役商品部長
1993年  (株)フォルクス退任。同年、(株)プラジュニアン設立、現在に至る。

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