◎専門調査レポート


大規模畜産経営における経済性追求と環境保全の両立課題

九州大学 農学部 教授 甲斐 諭

 

 


はじめに

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 周知のように、今国会で「家畜排せつ物の管理の適正化及び利用の促進に関す
る法律」が成立した。この法律の趣旨は、畜産経営の安定と環境への配慮から、
家畜排せつ物の資源としての有効利用を促進し、野積みや素掘りを原則禁止する
措置を講ずることである。

 本稿は、この法律の成立を受けて、WTO体制の下で大規模畜産経営が経済性の
追求と環境保全をどのようにして両立させようとしているのか、今後の課題は何
かを、現場から検討することを目的としている。


多頭化に伴い高まる苦情発生率

 最近、乳価や枝肉価格が下落し、畜産経営は多頭化を推進することで経済性を
追求してきた。ちなみに、農水省の『平成9年畜産物生産費』を用いて、畜種別
に最小規模層と最大規模層の1日当たり所得を検討しよう。酪農(全国)では最
小規模層(1〜10頭)の1日当たり所得が5,821円であるのに対して最大規模層
(80頭以上)は4.3倍の2万4,791円になっている。また、肥育牛(去勢若齢肥育、
全国)ではそれぞれ6,373円(1〜10頭)と3.4倍の2万1,450円(100頭以上)にな
っている。

 多頭化した方が1日当たり所得等の収益性は向上するが、その多頭化は一般に
耕地利用から遊離した購入飼料に依存したものである。そのため、多頭化すれば
するほど苦情発生率が高くなっている。 

 畜産の主産地・九州で、その傾向を確認しておこう。

 九州農政局の資料によれば酪農の場合、最小規模層(1〜19頭)の畜産経営に
起因する苦情発生率は0.6%であるが、最大規模層(100頭以上)では18.6%と飛
躍的に高くなっている。また、肉用牛の場合は、最小規模層(1〜19頭)では0.1
%であるが、最大規模層(100頭以上)では2.2%になっている。

 さらに、豚の場合は、最小規模層(1〜49頭)では1.7%であるが、最大規模層
(11,000頭以上)では14.5%になっている。収益性追求を目的に多頭化すれば、
厳しい環境問題の壁に直面してしまうのが、現在の畜産経営問題の最大の悩みで
ある。


畜産経営に起因する苦情発生件数と発生率の解析

畜産経営に起因する苦情発生頻度と内容

 農林水産省の資料によれば、全国の畜産経営に起因する苦情発生件数は昭和48
年の約11,676件をピークとして平成8年(3,197件)まで、大幅に減少してきてい
たが、その後は減少傾向が鈍化している。

 最近の畜産経営数の減少を考慮すると苦情発生率(苦情発生件数÷畜産農家戸
数)はむしろ増加傾向にあるとさえ言える。昭和48年における苦情発生率は全体
で0.6%であったが、平成9年には1.2%に増加している。特に、養豚経営では昭和
48年の1.7%から平成9年には6.0%に増加し、鶏では同期間に0.3%から5.1%に、
乳用牛でも同期間に1.1%から2.1%にそれぞれ増加しており、早急な対応が必要
になっている。

 平成9年における苦情発生件数は2,518件であったが、その内容をみると水質汚
濁関連が33.8%、悪臭関連が61.4%、害虫発生が11.8%、その他(騒音など)が
5.8%であった。それを畜種別にみると豚が最も多く34.2%、乳用牛が32.7%、鶏
が20.3%、肉用牛が10.7%となっている。

 苦情発生件数を畜種別苦情別にみると豚の悪臭関連が最も多く、609件に達し
ている。2番目が乳用牛の悪臭関連(493件)、3番目が豚の水質汚濁関連(377件)
である。最近では、乳用牛の悪臭関連の増加が目立っている。以上の数値は、全
国のものであったが、以下の分析は、畜産の主産地・九州を対象としたものであ
る。


九州における畜産経営とそれに起因する苦情発生状況の推移

 九州における畜産経営数の減少と畜産経営に起因する苦情発生件数の減少のス
ピードを検討すると図1の通りである。同図によると畜産戸数と苦情発生件数は、
昭和63年頃まではほぼ同じような傾向で減少してきていたが、平成に入ると両者
の動きに相違がみられ、平成9年以降は苦情件数が明らかに増加している。した
がって、平成元年の苦情発生率は0.49%であったものが、平成10年には0.89%に
急上昇しているのである。

 九州における畜産経営(Y)は、昭和54年の24万5,159戸から平成10年には6万
6,169戸に減少している。その傾向は、

 Log(Y)=67.1605−0.0312X
          (−29.125)
           R2=0.979

◇図1:九州における畜産経営数と畜産に起因する苦情発生件数◇

のように示されるので(Xは西暦)、同期間の畜産経営の平均年間減少率は、3.
12%であったことが分かる。ただし、( )内は、t値であり、絶対値が2.0以上
の場合は、Xの前についている数値が有意であることを意味する。また、R2は決
定係数で、Yの変動をXの変動でどの程度説明するかを示している。

 また、九州における畜産経営に起因する苦情発生件数(Y)は、昭和54年の1,
144件から1998には589件に減少している。その傾向は、

 Log(Y)=41.0672−0.0192X
          (−14.124)
            R2=0.917

のように示されるので(Xは西暦)、同期間の苦情発生件数の平均年間減少率は、
1.92%であったことが分かる。

 九州における昭和54年以降の畜産経営の平均年間減少率(3.12%)と苦情発生
件数の平均年間減少率(1.92%)には格差が発生しているが、それは何の影響で
あるか、以下、検討しよう。


九州における多頭化が苦情発生に及ぼす影響

 昭和54年以降の九州における畜産経営に起因する苦情発生件数(Y:件)の変
動は、次式のように同期間の九州の畜産経営数(X1:戸)と1戸当たり家畜単位
(X2:頭)で、その93.6%が説明される。このように、苦情発生件数は、畜産
経営数のみならず多頭化にも大きく影響されていることが分かる。

 ただし、ここで多頭化の指標として用いた家畜単位は乳用牛と肉用牛は1頭を、
豚は5頭を、鶏(採卵鶏、ブロイラー)は100羽を1単位とした単位である。

 Y=−510.855+0.006374X1+0.7587X2
        (6.047)  (2.688)      
                R2=0.936

 上式から、九州の畜産経営に起因する苦情発生件数は、九州の畜産経営数が1,
000戸減少すると6.37件減少するが、一方、1戸当たり家畜単位が1頭増加すると0.
758件増加することが明らかになった。 

 今後とも九州の畜産経営は減少するので、九州の苦情発生件数は減少するが、
一方で1戸当たり家畜単位は増加するので、九州の苦情発生件数はその分、増加
するものと推測される。結局、畜産経営数の減少スピードと1戸当たり家畜単位
の増加スピードとの関係によって、九州の苦情発生件数は93.6%が説明されると
言えよう。

 さらに、昭和54年以降の九州の畜産経営に起因する苦情発生率の分析を行う。
ここでは年次が進むことの効果(行政指導、改善投資、技術進歩などが考えられ
る。)を考えてみよう。九州の畜産経営に起因する苦情発生率(Y:%)の変動
は、次式のように西暦(X1)と同期間の九州の1戸当たり家畜単位(X2:頭)
で、その84.7%が説明される。

 Y=−39.159−0.01965X1+0.001016X2
       (−2.174)  (4.110)
                   R2=0.847

 九州の畜産経営に起因する苦情発生率は、年次が1年進むと0.01965%減少し、
1戸当たり家畜単位が1頭増加すると0.001016%増加することが明らかになった。
今後とも1戸当たり家畜単位は増加するので、その分、九州の畜産経営に起因す
る苦情発生率は増加するものと推測される。

 結局、毎年の行政指導、改善投資、技術進歩等の進展スピードと1戸当たり家
畜単位の増加スピードとの関係によって、九州の畜産経営に起因する苦情発生率
は84.7%と説明されると言えよう。

 以下では、九州を事例に、多頭化による経済性追求と高まる社会の環境保全意
識とのジレンマを、いかに統合しているのか、実態に即して検証してみよう。ち
なみに今回の調査事例は、すべて、家畜ふん尿をたい肥化して適切に処理してお
り、野積みや素掘りなどは行っていない。


粗飼料収穫の外部化とたい肥全量販売で経済性追求と環境保全とを統合しているY酪農法人

法人化したY経営

 熊本県七城町で酪農法人経営を営むY氏は、経産牛97頭(搾乳牛92頭)、未経
産牛5頭、子牛25頭(交雑種を含む)を飼養している。水田はなく、飼料畑10ha
を耕作している。10haのうち3haは所有地であり、7haは借地である。小作料は平
成9年に10a当たり2万円であったが、平成10年度は1万4,000円に下がっている。

 生乳の出荷は、平成9年度が650t、10年度が690t、11年度は800t(1頭当たり
約8,000kg)程度が見込まれる。生乳生産量の増加は多頭化によるものである。生
乳代6,445万円に子牛・老廃牛販売額を合わせると7,000万円になり、さらに補助
金(加工原料乳生産者補給金とヌレ子補助金)の400万円を加えると粗収入は7,4
00万円になる。一方、所得は、法人化前は2,000万円であったが、多頭化に伴う1
頭当たり乳量の低下、乳価と子牛価格の下落により現在は600万円に減少してい
る。


コントラクターに支えられた自給飼料型酪農

 経産牛97頭と飼料畑10haは、バランスがとれているとはいい難い。現在、コー
ンサイレージを1頭1日当たり15kg給与しているが、将来は、25kgに増加したいと
考えている。自給飼料の多給は飼料費を節減でき、乳量を増加できるからである。
一般に、多頭酪農経営は購入飼料依存型が多いが、Y氏は自給飼料多給型を目指
している。

 飼料は1頭1日当たりコーンサイレージ15kg、ルーサンヘイ4kg、オーツヘイ2.5
kg、ビートパルプ3.3kg、配合飼料8.5kg、大豆かす0.3kg、加熱大豆1.5kgである。
乾物給与量設定が21.6kgであるが、その内コーンサイレージは4.5kgと全飼料に対
する乾物ベースの自給飼料率は21%である。コーンサイレージの量を7.5kgまで
増加する意向を持っている。そうすると全量購入飼料の経営にもコスト面で、負
けないだろうと考える。そのためには、地代がさらに下がって、作付面積を増や
すことが必要となってくる。

 現在は耕起、播種は自分で実施しているが、収穫とダンプでの運搬作業は、J
A菊池のコントラクターに依頼している。コーンサイレージの収穫には2日を要す
る。妻と経営主2人の家族経営では、収穫ができない。2条刈りのコーンハーベス
タを所有していたが壊れてしまった。3条刈りで100馬力のものを購入すると1,30
0万円かかる。10年間、作業を委託しても委託料金は1,060万円(年間延べ20ha)
であり、1,300万円のコーンハーベスタを購入するよりもコストが節減できる。
100頭弱の経産牛を飼養しながら、年間延べ20haの飼料栽培が可能になったが、
作業を外部に依頼した結果である。ちなみにコントラクターの料金(収穫)は、
10a当たり5,300円である。Y氏が、自給飼料多給型酪農を永続させるには、JA
菊池のコントラクターの永続性がキーポイントになっている。

 経済性追求と環境保全とのジレンマを解消し、それらを統合する1方策が飼料
作物栽培作業の外部化であると言えよう。
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【Yさんと奥さん】


たい肥の生産・利用・販売と高額な施設投資

 フリーストールシステムであるので、ベッドにのみオガクズを敷くだけでよく、
不足しがちなオガクズを節約できている。バーンスクレイパーが1日に7回転して、
除ふんするので、省力化されている。固液分離し、液体は尿溜(容量400t)に
貯留し、自作畑に7割散布し、3割は他の農家の水田(耕起前)、野菜(ごぼう等)
畑に無料で散布している。

 固液分離後の固体は、ブロワーにかけ、切り返しを15日に1回行い、4か月間こ
れを継続する。できたたい肥は全量販売している。県単事業(畜産農家1戸と耕
種農家4戸でたい肥生産利用組織を作り、たい肥を耕地還元する制度)を導入し
て、組織内のメロン農家4戸及び組織外の花農家21戸の合計25戸にたい肥を販売
している。たい肥の生産量と販売量はほぼバランスしている。組織内の農家への
販売価格は、1t当たり5,000円であり、組織外農家への販売価格は6,000円である。
耕種農家でたい肥が利用されるのは6月から12月までであり、その他の期間は、
たい肥があまり販売できず、ストックが増加する悩みがある。

 ふん尿処理設備には、固液分離器、たい肥舎、ブロワー、ダンプ、マニュアス
プレッダーがあり、これらの設備投資のコストは2,700万円程になるが、75%が県
単事業から補助されており、自己負担金額は、700万円程度に圧縮されている。

 圃場をサンプリングして土壌分析をしている。平成10年度の県たい肥共励会で
5位になったほどたい肥の品質が良いので、たい肥は、全量販売されている。ふん
尿生産に関しては、「畜産経営が品質に企業責任を持ち、その販売には顧客への
サービスが重要である」と考えている。

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【尿溜】
【固液分離】
ふん尿処理費用とたい肥生産部門の赤字問題

 たい肥販売額は平成10年度が80万円であった。現金費用は、固定資産税25万円、
電気料27万円、燃料10万円の合計62万円であった。また、施設投資額675万円分
の減価償却費を加算するとたい肥部門は赤字である。さらにたい肥生産労働を加
算する必要がある。1回のたい肥切り返しに4時間要し、1か月では8時間の労働に
なる。年間96時間であるため、かなりの労働費になる。増頭に伴いふん尿処理投
資を行っているが、たい肥生産部門は赤字になっているのが現実である。


稲作複合経営と野菜産直で経済性追求と環境保全とを統合しているM和牛肥育経営

肥育牛頭数と粗飼料収穫面積がバランスしたM経営

 福岡県筑紫野市で和牛肥育経営を営むM氏は、稲作との複合経営と野菜の産直
で経済性追求と環境保全との2つの矛盾する命題を見事に統合している。粗飼料
は、イナワラが主体であるが、裏作にイタリアンも栽培している。M氏は、イナ
ワラ等の粗飼料収穫面積は、肥育牛1頭当たり7a必要と考えている。220頭飼養
しているので、延べ約15haの土地が必要となるが、現在、イナワラとたい肥との
交換を含めて延べ15haを確保し、そこにたい肥を散布している。ちなみに、経営
耕地は水田6ha(所有地1.8ha、借地4.2ha)であり、4haに水稲を栽培し、2haに
イタリアンと野菜を栽培している。

 近隣の農家70名が、管内で生産された野菜、無農薬米、牛肉を地域特産物とし
て直売所「やさい畑」で販売しているが(パート3名雇用)、M氏もこのグルー
プに参加し、生産した米や野菜を販売している。特に、M氏の無農薬米は、農協
の別サイロで保管し、M経営のシールを貼って「やさい畑」で直売している。こ
の直売所もたい肥の販売宣伝の場であり、たい肥情報を発信するアンテナショッ
プの役割を果している。

パソコンを使った個体別情報管理

 5年前までは乳雄の肥育を行っていたが、単価が下落したので、黒毛和牛の肥
育に転換した。黒牛の場合は回転が遅いため増頭した。施設費に投資したら回収
できなくなるために、牛舎を自分で作り、150頭から220頭に増頭した。系統出荷
しているが、手数料は販売額に対し、農協1.5%、県連1.0%、全農1.0%である。
農協は1.5%取っているが、利用高配当や部会運営費として還元するので、実質的
には、1%ぐらいである。出荷時は自分で運搬し、翌日、全農の人に指し値を伝え
ているが、指し値とほぼ同水準(1kg当たり7〜10円の相違)で販売価格が決定し
ている。経営の経理とたい肥販売は夫人が担当している。

 全農から素牛価格等に関する全国情報を購入している(情報購入コストは素牛
購入価格の1%)。専門家に特別に作成してもらった情報管理ソフトを用いて、
長女(既婚)が個体管理(血統の組み合わせ、日齢体重のバランス、増加額等)
を行い、分析して、次の素牛購入に役立てている。自分の飼料のやり方と繁殖牛
農家の飼養管理が合致していることが望ましい。したがって、市場を選択するこ
とが重要である。成績の良かった素牛については繁殖牛農家に情報をフィードバ
ックし、繁殖牛農家が頑張って、良い牛を残すよう働きかけている。
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【Y氏と奥さん】


売れ過ぎて困るたい肥の生産と販売

 敷料には、地元のJAが生産する粉砕モミ殻を利用している。たい肥の生産では
切り返しを行っているが、完熟する前に売れてしまうので、自分では80%完熟た
い肥と思っている。注文が多く、たい肥の生産が需要に追いつかないのが悩みで
ある。大半が地元JA管内の耕種農家(ほうれん草、春菊等栽培)、貸し農園、一
般家庭のガーデニング用として販売されている。モミ殻たい肥なので喜ばれ、
「筑紫よかたい肥」の商品名で販売されている。たい肥収入は、夫人の収入であ
り、県のたい肥流通の登録は、夫人の名義になっている。夫人は、ピンク色のた
い肥生産者の名刺を持ち、自信と誇りを持って、たい肥の販売促進に努めている。

 たい肥の価格は、輸送費込みで市内が3m3当たり7,000円、JA管内が9,000円、
管外が10,000円である。また、ガーデニング用に購入に来る人には1袋(20リット
ル)当たり100円で販売している。たい肥販売現金収入は130万円から150万円で
ある(ダンプ(3m3)240台分)。しかし、これ以外にイナワラとの交換と経営耕
地への還元もあり(ダンプ(3m3)120台分)、それらを評価すると全体的なたい
肥販売収益は220万円程度と推計される。

 たい肥部門の部門経理は行っていないが、マニュアスプレッダー、ボブキャッ
ト、ダンプ、たい肥舎等の償却費だけでも200万円程度あると思われるので、た
い肥部門の収支を計算すると赤字であるが、経営全体の中で吸収している。
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【ブロワーが設置されている。】
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【よく売れるので在庫は少ない。】


 

たい肥全量販売で経済性追求と環境保全とを統合しているN乳雄肥育経営

粗飼料生産用土地を持たない乳雄肥育経営

 福岡県甘木市のN氏は、約400頭の乳雄(若干の交雑種を含む)を肥育してい
る(年間出荷頭数は約250頭)。以前、オーストラリア牛(14頭)を導入したこ
ともあったが、採算があわず、現在はやめている。素牛は、地元のJA筑前朝倉を
通して熊本県芦北市場から導入しているが、現在の1頭当たり素牛(300kg、7ヵ
月齢)購入費は運賃、諸経費込みで7万円であり、餌代が1頭当たり1万1千円(17
ヵ月肥育)、電気代が2,300円と考えると、枝肉は1kg当たり700円で採算が合う。

 畑は、家庭菜園程度で水田も30aであり、粗飼料は生産していない。乳雄肥育
の場合、枝肉単価が下がると、多頭化しなければならず、多頭化するとふん尿処
理が困難になるというジレンマに陥りやすい。
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【N氏と筆者】

熟度別たい肥の生産と販売

 完熟たい肥は生ふんの約3分の1で生産している。硬いたい肥を除雪機で砕き、
発酵を促進させ、2週間に1回切り返し、4、5か月かけて、完熟たい肥を生産して
いる。もし除雪機で砕かなければ 6 か月以上を要する。

 販売先として野菜・果樹農家20戸を顧客として確保し、これらの顧客には3m3
当たり8,000円でダンプで配送している。また、ガーデニングを行っている人に
も1袋(15kg)200円で販売している(配送しない)。顧客からの電話連絡により
配送するようにしているが、ほとんどが管内での販売である。季節的需要であり、
苗の定植時期である梅雨前と収穫後の秋に需要が集中するが、その他の季節は販
売に困難をきたしている。

 半完熟たい肥も生ふんの約3分の1で生産している。これは、完全たい肥になる
前、つまり2か月程度で販売されるたい肥である。この時期は、最もにおいがき
つい時期でもある。価格は、ダンプ1台(約3m3)当たり4,500円である。遠隔地
へ配送する時には、5,000円である。

 生ふんの3分の1を地元農家とのイナワラ交換で散布している。年間40ha分のイ
ナワラを収穫しなければならないが、そのうちの20haはマニュアスプレッダーに
よる生ふん散布である(10a当たり2t車2台)。野菜畑にも生ふんを散布するこ
とがある。生ふんの散布は、労力が軽減され、都合がいいが、悪臭が強い。混住
化が進んで、問題となるようであればイナワラとの交換をやめて、牧草を購入し、
たい肥づくりに重点をおくつもりである。
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【除雪機で切り返し】
高額なたい肥生産費用と赤字問題

 敷料は、オガクズ(1m3当たり2,200円)であるが、1回の敷料交換には4tト
ラックで4台分(20m3)必要である。乾きの悪い冬場(12、1、2月)には、月
3回、乾燥している梅雨を除く夏場(5、7、8、9月)は月1回、その他の月は、
月2回程度の交換を行っている。個人や大分県の業者からオガクズを購入してい
る。

 たい肥生産の減価償却費は、経営全体にかかる機械器具422万円と車輌費150
万円の合計額の80%程度の460万円である(他の20%は飼料給与機械の償却費)。
さらにたい肥舎償却費の100%と燃料費の約90%及び労働費等がたい肥生産にか
かる費用である。たい肥の現金販売収入は100万円である。正確なたい肥部門の
経理は行っていないが、部門計算すれば赤字であることは確実である。


畜産経営における経済性と環境保全の両立課題

克服された矛盾の解決策

 我が国の畜産経営は、好むと好まざるとにかかわらず多頭化による経済性の追
求を迫られており、そのために環境問題が激化し、経済性と環境保全の両立に悩
んでいる経営が多い。

 本稿で検証した3事例は、それぞれのおかれた条件を巧みに活用しながら、創
意工夫により、一般的には矛盾する問題を解決している。その克服された矛盾の
解決方策を整理すると次の通りである。

 すなわち、@低地代による粗飼料栽培用地の集積、A粗飼料収穫作業の外部化
による省力化、Bバーンスクレイパーによる省力的な除ふんと固液分離機による
尿の分離、Cたい肥舎でのブロアー設置や除雪機導入による完熟までの期間短縮、
D頻繁なたい肥の切り返し作業による良質たい肥製造努力、E安定的なたい肥の
販売先と尿の散布先の確保、Fたい肥と尿の非需要期に増加するストックを収容
できるスペースの確保、G有機野菜・無農薬米の生産と直売所での販売を通した
たい肥効用情報の積極的発信と販売促進、Hたい肥の実需者ニーズに対応した熟
度別たい肥の製造販売、等である。


残された矛盾の両立課題

 残された未解決の課題も多い。第1の課題は、各地で発生している国産材の低
利用によるオガクズ不足とその高騰問題である。代替品として、粉砕モミ殻がM
経営で利用されていたが、まだ、一般化していない。モミ殻の粉砕技術等の高度
化とJAなどでの施設の設置が望まれる。

 第2の課題は、生ふん散布に伴う悪臭である。N経営のような乳雄肥育経営は
多頭化が必須条件になっているが、その多頭化は限られた家族労働時間を飼養管
理労働により多く振り向けさせ、完熟たい肥生産のための切り返し作業への労力
配分を困難にして、生ふん散布を必要にさせる。その生ふん散布はイナワラ収集
の対価であるので、混住化などによって生ふん散布ができなくなると、イナワラ
収集をストップさせ、経営構造を購入粗飼料依存型経営にしてしまう可能性があ
る。未利用資源であるイナワラの利活用を停止させかねないので、そのようなこ
とが発生しないような工夫が必要である。

 第3の課題は、たい肥実需者である耕種農家や園芸農家がたい肥舎を積極的に
設置したり、たい肥散布機を容易に導入できるように、行政的支援を強化するこ
とである。特に、施設園芸農家の狭いハウス内でも簡単に利用できる小型たい肥
散布機の開発と導入支援が図られるべきであると思う。それによりたい肥の需要
が増加し、我が国の環境保全型農業が一段と進展するものと期待される。

 第4の課題は、個別経営におけるたい肥部門の赤字問題である。完熟たい肥の
生産には、多額の投資が必要になり、3事例とも正確なたい肥生産部門の収支計
算がなされていないものの、赤字であることは確実である。環境保全を持続的な
ものにするには、たい肥生産部門の赤字解消が今後の課題である。これには2つ
の方策が考えられる。


たい肥生産部門赤字解消方策

 第1には、個別経営が建設するたい肥舎への行政の支援(リース、融資)を積
極的に進めるとともに、たい肥舎の固定資産税を免除する方策である。これは結
局納税者の負担になるが、安全で高品質の国産畜産物を購入し、しかも環境を保
全するには、消費者の負担が必要であることを国民に広く認識してもらう啓発活
動が前提として不可欠である。

 第2には、個別経営がそれぞれたい肥舎を建設するのではなく、共同たい肥舎
を建設するよう強力に誘導する方策である。しかし、従来そのような共同たい肥
舎もまた赤字経営に苦しんでいた。だが、それはたい肥センターの適切な損益分
岐点分析による管理運営が実施されてこなかった結果でもある。いま、試みに、
A農場(乳雄肥育牛約4,000頭を飼養している農事組合法人。今回の調査先ではな
い。)のたい肥生産部門の収支決算書を用いて、たい肥生産部門が赤字にならな
いための損益分岐点を計算してみよう。A農場ではオガクズ完熟たい肥をロボッ
トを用いて袋詰めにして、県下一円の農家や園芸店にも農協組織と連携して広域
に販売している。完熟たい肥の袋入りであることもあり、比較的高く1kg当たり
9.25円で販売している。

 閲覧を許して頂いた部門経理簿を基に損益分岐点を計算したのが図2である。
A農場のたい肥生産販売固定費は2,700万円であり、変動費は1kg当たり5.56円で
あった。この前提条件を用いて計算すると損益分岐点は、年間7,318t(乳雄肥育
牛に換算すると2,114頭)であることが分かる。たい肥販売価格が1kg当たり9.25
円以上ならもっと小規模で、9.25円以下ならもっと大規模な頭数が損益分岐点に
なることも同図から明らかである。A農場の場合は約4,000頭飼養であるので、2,
400万円の部門黒字になっている。

 この損益分岐点は、分析資料を提供して頂いたA農場のたい肥生産部門決算書
から推計したものであり、決して絶対的なものではない。4〜500頭の個別経営の
たい肥生産部門は赤字になりやすいが、共同化し、約2,000頭以上のたい肥生産
であれば、黒字になる可能性があることを、また損益分岐点に配慮したたい肥セ
ンター運営の重要性を示すために、参考事例として、同図を提示した。

 調査した3事例はたい肥を完全利用していたが、そのたい肥生産部門は赤字で
あった。赤字部門を内包したままでは持続的発展が阻害される。たい肥施設が個
別利用であれ、共同施設であれ、きめ細かな計算に基づく経済性追求と環境保全
を両立させた持続的発展のできる畜産経営の展開を望みたい。

◇図2:A農場のたい肥センター運営の損益分岐点分析◇

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