和洋女子大学 教授 家政学部長 坂本 元子
世界の食事指針の動向を見ると、1970年代に米国が米国民のための食事目標を 提唱したのが始まりである。以来、多くの国々が、それぞれの国の栄養・食料問 題、並びに国民の健康状態の維持・増進、疾病予防を含めた食生活指針を提唱し てきている。わが国では、昭和58年に農林水産省が、「私たちの望ましい食生活 −日本型食生活のあり方を求めて−」とうたって、健康と食料の視点から日本型 食生活の指針を作成した。その後、平成2年にはその後の食環境の変化も踏まえ、 新しい視点も加えて、「新たな食文化の形成に向けて−’90年代の食卓への提案 −」が提唱された。 一方、厚生省が、昭和60年に健康の維持・増進、疾病予防の視点から「健康づ くりのための食生活指針」を、さらに平成2年には、対象別の健康や食生活の問 題に焦点を当てた「対象特性別食生活指針」を発表してきた。 今回の食生活指針は、農林水産省では「食生活指針検討委員会」において、厚 生省では「健康づくりのための食生活指針策定検討会」において検討が進められ た。前述のように、過去においては、それぞれの食生活指針が策定されていたが、 今回は両省が連携して1つの指針を策定することとし、さらには次世代を担う子 どもに対する教育が重要で、文部省と連携することが必要であるとの認識から、 農林水産省、厚生省、文部省の各省において12年3月23日、「食生活指針」を決 定した。 さらには、その推進について閣議決定がなされるなど、国民的な運動として展 開されることとなったのである。
食生活指針と食生活指針の実践については、次項に記載するが、ここでは検討 に当たっての現状と課題について、基本的考え方を紹介したい。 @われわれを取り巻く環境は、経済が成長する過程で、女性の社会進出、核家族 化、単身世帯の増加などが進み、私たちの消費に対する価値観も、「個人」 「自己」を中心に行動するなど多様化が見られてきた。 A高齢社会の中で食生活との関係が深い、がん、心臓病、糖尿病などの生活習慣 に由来する疾病が増加している。 B最近の食糧消費の構造は外国からの輸入食料品の増加とあいまって、質的、量 的に大きな変化が見えてきた。主食である米の消費量が減少し、畜産物、油脂 類の消費が増加するなどして、わが国独特のバランスのとれた豊かな「日本型 食生活が形成された。しかしながら、近年では、栄養素摂取の過剰や偏りなど が問題となっている。 C食べ残しや食品の廃棄が食品産業や家庭で起こっている。ある調査によると、 可食部の食べ残しや食品の廃棄は、台所ごみの37.5%になっているという事例 報告がある。食料自給率は現在40%に落ち込んでおり、食物摂取構造の変化が 長期的な自給率の低下の要因になっている。食べ残しや廃棄もこの低下率に影 響している。
○食事を楽しみましょう。 ・心とからだにおいしい食事を味わって食べましょう。 ・毎日の食事で、健康寿命をのばしましょう。 ・家族の団らんや人との交流を大切に、また、食事づくりに参加しましょう。 ○1日の食事のリズムから、健やかな生活リズムを。 ・朝食で、いきいきした1日を始めましょう。 ・夜食や間食はとりすぎないようにしましょう。 ・飲酒はほどほどにしましょう。 ○主食、主菜、副菜を基本に、食事のバランスを。 ・多様な食品を組み合わせましょう。 ・調理方法が偏らないようにしましょう。 ・手作りと外食や加工食品・調理食品を上手に組み合わせましょう。 ○ごはんなどの穀類をしっかりと。 ・穀類を毎食とって、糖質からのエネルギー摂取を適正に保ちましょう。 ・日本の気候・風土に適している米などの穀類を利用しましょう。 ○野菜・果物、牛乳・乳製品、豆類、魚なども組み合わせて。 ・たっぷりの野菜と毎日の果物で、ビタミン、ミネラル、食物繊維をとりまし ょう。 ・牛乳・乳製品、緑黄色野菜、豆類、小魚などで、カルシウムを十分にとりま しょう。 ○食塩や脂肪は控えめに。 ・塩辛い食品を控えめに、食塩は1日10g未満にしましょう。 ・脂肪のとりすぎをやめ、動物、植物、魚由来の脂肪をバランスよくとりまし ょう。 ・栄養成分表示を見て、食品や外食を選ぶ習慣を身につけましょう。 ○適正体重を知り、日々の活動に見合った食事量を。 ・太ってきたかなと感じたら、体重を量りましょう。 ・普段から意識して身体を動かすようにしましょう。 ・美しさは健康から。無理な減量はやめましょう。 ・しっかりかんで、ゆっくり食べましょう。 ○食文化や地域の産物を生かし、ときには新しい料理も。 ・地域の産物や旬の素材を使うとともに、行事食を取り入れながら、自然の恵 みや四季の変化を楽しみましょう。 ・食文化を大切にして、日々の食生活に活かしましょう。 ・食材に関する知識や料理技術を身につけましょう。 ・ときには、新しい料理を作ってみましょう。 ○調理や保存を上手にして無駄や廃棄を少なく。 ・買いすぎ、作りすぎに注意して、食べ残しのない適量を心がけましょう。 ・賞味期限や消費期限を考えて利用しましょう。 ・定期的に冷蔵庫の中身や家庭内の食材を点検し、献立を工夫して食べましょ う。 ○自分の食生活を見直してみましょう。 ・自分の健康目標をつくり、食生活を点検する習慣を持ちましょう。 ・家族や仲間と、食生活を考えたり、話し合ったりしてみましょう。 ・学校や家庭で食生活の正しい理解や望ましい習慣を身につけましょう。 ・子どものころから食生活を大切にしましょう。
さかもと もとこ昭和32年熊本県立熊本女子大学家政学部卒業。37年、米国コロンビア大学大 学院修士課程修了。38年和洋女子大学講師、44年同助教授、50年同教授。平成 10年より家政学部長。 新たな食生活指針の策定に当たっては、農林水産省食品流通局長が主催する 「食生活指針検討委員会」委員、同座長をつとめる。