◎調査・報告


畜産物需要開発調査研究事業から わが国における粗飼料多給型牛肉生産の可能性の再検討

研究代表者 京都府立大学農学部 教授 小島 洋一




はじめに

 輸入飼料依存の濃厚飼料多給による牛肉生産方式は、わが国の牛肉需要に応え
るため、どうしても必要なものと考えられている。しかし、このような生産方式
は、肉用牛の栄養生理学的観点において適切なものとは言い難い。また、一般的
に肥育農家は、多量に出るふん尿を肥料として散布する広い耕地を持っていない
ので、環境汚染による経営の行き詰まりに大きな不安を感じている。一方、わが
国の中山間地域はには、飼料生産に用いる以外利用することのできないところが
多くあり、そのような土地で自給飼料を生産し、ふん尿の畑地への還元を行うと
ともに飼料費の節減を図ることが検討されている。

 この報告では関連資料や意見を集めて国産粗飼料のみによる極端な粗飼料肥育
(グラスフェッド)牛肉の生産モデルを作成し、その生産、流通の可能性の検討
を行った。本研究は、京都大学大学院農学研究科宮崎昭氏、同北川政幸氏との共
同研究により実施されたものである。


肥育牛生産モデルの作成

 わが国のような夏季の日射量に乏しく、湿度が高い国では、主としてサイレー
ジを作ることによって冬季の粗飼料が確保されている。近年においては粗飼料を
すべてサイレージにして与える粗飼料給与法、すなわち周年サイレージ給与が大
規模酪農経営で行われている。この方法は、粗飼料を主体とした肉用牛の飼育を
行う場合にも安定した増体が期待できる方法として検討されなければならない。

 また、典型的な放牧肥育方式の事例としては、イギリス平地の人工草地で行わ
れている秋子牛を用いた肥育方式が挙げられる。秋に生まれた子牛を2度の舎飼
いによって冬を過ごさせ、春から夏の終わりの粗飼料の豊富な期間を利用して放
牧し、肥育を行う方法である。これとよく似た方法が東北農業試験場で試験的に
行われた。乳用種去勢牛の必要養分量をすべて放牧によってまかない、極めて良
好な成績を挙げた実験事例である。この実験では冬季の舎飼い時に全く増体がみ
られない。もし冬季の舎飼い時に十分なエネルギーが給与されていたならば、代
償成長も加わって、放牧時と同じかそれ以上の増体を期待できたものと考えられ
た。

 そこで冬季舎飼い時に十分に乾草が給与され0.9キログラムの1日当たり増体が
みられたと仮定し、乳用種去勢牛を放牧肥育した場合の肥育方式を考えてみた。
この仮想の乳用種去勢牛粗飼料肥育モデル(基本モデル)と、現在行われている
濃厚飼料を多給した乳用種去勢牛の肥育方式を合わせて図式化したものが図1で
ある。

◇図1 乳用種去勢牛を用いた粗飼料肥育モデル(基本モデル)と
現行の濃厚飼料多給肥育方式◇

 このモデルでは、放牧時のエネルギー増加分の養分計算を簡単にするため肥育
に必要な養分はすべて貯蔵粗飼料(サイレージ)により供給し、運動・放牧によ
る維持エネルギー要求の増加分は最大30%とし、それ以上は放牧時の採食によっ
て得られるエネルギーで相殺されるものとした。わが国の現状を考えて、冬期の
舎飼い時でも、肥育牛に貯蔵粗飼料を与える時は群で屋外運動場に出すこととし
た。舎飼い、運動場、放牧地と飼育形態を変えるが、運動、放牧によって増加す
る養分要求量も貯蔵粗飼料を用いて与えることにより、中山間地の積極的な利用、
肥育牛の健全な発育と省力が可能と考えた。

 次に黒毛和種去勢牛について、飼育試験や実用的事例、肥育関係報告書、関係
機関の専門家の意見を参考にして推察される増体能力は、舎飼いで良質粗飼料を
給与した場合、乳用種去勢肥育牛の65〜75%、良質牧草地へ放牧した場合60〜70
%となった。この推察値の幅は個々の事例や聞き取り結果に差があったことによ
るものである。そこで、この数値と乳用種去勢牛の基本モデルを基に放牧、冬季
舎飼い形式での黒毛和種去勢牛の肥育モデルを考えた。その上方値、下方値を合
わせて図示したものが図2である。

◇図2 黒毛和種去勢牛を用いた粗飼料肥育モデル◇

 乳用種に黒毛和種を交配して生産されるF1は、黒毛和種よりも粗飼料主体の肥
育に適していると思われる。放牧期間の1日当たり増体量は0.6〜0.7キログラムが
補助飼料なしで期待できるとされており、この値は前述の乳用種去勢牛と黒毛和
種去勢牛の放牧肥育モデルの間にある。これは聞き取り調査のF1去勢牛の肥育に
ついての一般的な評価からも妥当な値と考えられた。そこで、F1去勢牛の放牧肥
育時の1日当たり増体量は乳用種去勢牛を用いた粗飼料肥育モデル(基本モデル)
と黒毛和種去勢牛を用いた粗飼料肥育モデル下方値の中間値をとると推定され、
F1去勢牛を用いた粗飼料肥育モデルは図3のとおりとなった。

◇図3 F1去勢牛を用いた粗飼料肥育モデルと他の粗飼料肥育モデル◇


飼料要求量の計算

 関係資料から粗飼料のみで肥育を行った場合の養分要求量(代謝エネルギー)
を乳用種去勢牛、黒毛和種去勢牛、F1去勢牛について算出し、さらにそれより飼
料要求量を求めた。代表として乳用種去勢牛の飼料要求量を示したのが表1、2で
ある。

表1 乳用種去勢牛の粗飼料肥育養分要求量
cho-t01.gif (34796 バイト)
注:維持における代謝エネルギー要求量(MEM)Mcal=0.1283×W3/4
  成長、肥育における正味エネルギー要求量(NEG)
  Mcal/日=0.0510×W3/4×DG
  飼料エネルギーの代謝率(q)
   =(0.933+0.00033×W)×0.498+0.0642×DG)
  成長、肥育におけるMEの正味有効率(Kf)=0.78×q+0.006
  成長、肥育における代謝エネルギー要求量(MEG)Mcal/日=NEG/Kf
  代謝エネルギーの総要求量(MERC)Mcal/日=MEM+MEG:(放牧)
   =MEM×1.3+MEG
   TDN(kg)=ME(Mcal)/3.62

表2 乳用種去勢牛の粗飼料要求量
cho-t02.gif (37699 バイト)
 注:( )内は放牧・運動時のエネルギー増加分として、維持エネルギー量を
   30%増加された値
   コーンサイレージ(乳熟期〜黄熟期):水分73.6%、代謝エネルギー
   (ME)2.47Mcal/kg、7.52円/kg
   イタリアンライグラスサイレージ(出穂期):水分63.2%、
   代謝エネルギー(ME)2.25Mcal/kg、9.12円/kg
   飼料(サイレージ):コーンサイレージ:イタリアンライグラス=75:25


生産された肥育牛の肉質

 乳用種去勢牛について、過去に数回の粗飼料を多給した試験が行われている。
それらの結果は、粗飼料多給の影響はと体の脂肪色には肉眼的にほとんど見られ
ず、わずかに皮下脂肪で黄色みを帯びていたとまとめることができる。また、他
の報告では、ホルスタイン種は、成長速度が速く、肉質においても筋繊維が細か
く、脂肪色は極めて白く、他の外国種よりも良質の肉を生産するとしている。ま
た、粗飼料多給による脂肪の黄色化についても、元来脂肪が白くそれほど問題に
すべきでないとの意見も多くあった。枝肉格付けについても粗飼料多給による影
響は黒毛和種去勢牛よりも少なく並と中の成績の割合についても、濃厚飼料多給
時と同程度であったと報告されている。

 1卵生双子雄牛を用いて行われた黒毛和種去勢牛の肥育試験では、脂肪交雑は
濃厚飼料を多給し遅くまで肥育した牛が優れ、枝肉歩留、と体外観、肉質等では
粗飼料を多く給与したものとの間に大きな違いは認められず、枝肉規格で上に格
付けされたとする報告がある。また、脂肪の色については、粗飼料多給の影響は
ごく少なく、粗飼料を多給した牛がわずかに皮下脂肪が黄色みを帯び、腸間膜脂
肪では明らかに黄色がかっていたことが報告されている。これら以外にも粗飼料
多給時の黒毛和種去勢牛の肉質について検討した報告は多く、それらの結果は、
「肉眼的な肉質について粗飼料多給の影響はそれほど認められないが、化学分析
結果については影響が明確に認められるので過度に粗飼料を多給したり、粗飼料
多給の期間を延長する場合は注意を要する」とまとめることができる。とくに、
脂肪色について粗飼料多給の影響で黄色くなる可能性は捨てきれず、粗飼料を多
給した場合、肥育末期において2、3カ月の濃厚飼料による飼い直しを推奨する事
例が見られ、聞き取り調査においても同様であった。


モデルの分析

増体量について

 この調査研究の基礎的データとなった乳用種去勢牛の粗飼料肥育モデル(図1)
を見ると、200キログラムから始まる1回目の春の増体が低い。第2回目の春の放
牧では1日当たりの増体は0.81キログラムとなり大きくなっている。放牧中の増
体は牛の放牧経験の有無により大きく変動するものとされ、約15%以上の増加を
みている。このモデルによると、初めの舎飼い期に約127キログラム、あとの舎
飼い期には140キログラムの増体を見込むことができる。肥育期間中に2回の放牧
期と1回の舎飼い期を過ごすことになるが、1年を通じて良質サイレージの給与を
想定したこと、さらに舎飼い期の増体を高くみたことにより粗飼料のみの給与で
かなりの好成績が期待できることとなった。

 乳用種去勢牛の現行肥育方式と比較すると700キログラムに達するまでの飼育
期間はモデルでは約26カ月を要し、約7カ月の延長となり、3年目の冬季舎飼いの
中途で出荷しなければならない。これでは経営スケジュール的に不利なので、乳
用種去勢牛の場合、650キログラム、25カ月程度での出荷を目標とすることにな
る。

 図2の黒毛和種去勢牛を放牧肥育した場合では0.41〜0.57キログラムの1日当た
り増体量を期待できる。この値は、乳用種去勢牛の0.69〜0.81キログラムに比較
してかなり低い。さらに、安全性を最大に考慮して下方値をとり500キログラム
以上の出荷体重を望むと30カ月以上の肥育期間を必要とする。その場合、2回の
舎飼い期と放牧期を過ごすことになる。さらに、肉質を考慮して600キログラム
以上までとなると次の放牧期に入らなければならない。この点は大きな欠点とな
る。

 図3のF1去勢牛の場合、2度目の放牧終了時には560キログラムに達する。また、
それを過ぎて冬季の舎飼いを行うと、650キログラム以上となり、30カ月齢まで
に2回の出荷チャンスを持つことになる。この点はF1去勢牛肥育モデルの大きな
利点である。

 これら粗飼料肥育モデルの増体量と月齢を比較すると、乳用種去勢牛は粗飼料
で肥育してもその増体速度に利があり、F1去勢牛では肉質、増体をどちらを狙う
かを選択でき、需要に応じた肥育方式が採用できることになる。一方、黒毛和種
去勢牛においては、その最大の特徴である肉質を生かした肥育ができず、極めて
不利な肥育方式となる。


飼料要求量について

 次に、飼料要求量をみると、乳用種去勢牛では700キログラムまでで19〜20ト
ンのサイレージが必要である。もし、最終の舎飼いをやめて、650キログラム程
度で出荷するならば16〜17トン必要で、強く肉質を狙わない場合十分な体重であ
り、この程度で出荷するのが月齢から考えて妥当と思われる。乾物摂取量を考え
るとまだ摂取量に余裕があり、良質の粗飼料を与えれば、摂取量もさらに高まり、
さらに増体を早くすることができると考えられる。

 黒毛和種去勢牛の場合上方値では、500キログラムに肥育する場合飼料要求量
は約12〜14トン、600キログラムまで肥育する場合17〜20トン、下方値では550キ
ログラムまでで14〜16トン、670キログラムで21〜24トンである。体重から推定
される乾物食下量と乾物要求量の差が小さく、かなり上質の粗飼料が必要となる。
このことは出荷体重が低く抑えられることに重ねて、不利な条件となる。また、
上方値、下方値の間に大きな差があり、増体能力に関する遺伝的資質が均一でな
いため肥育牛群の整った増体を期待できないことを示している。

 F1去勢牛の場合、飼料要求量は550キログラムまで肥育する場合10〜14トン、
670キログラムまでは14〜20トンであった。体重から推定される最大乾物摂取量
と要求量の間に乳用種去勢牛と同様にかなりの差があった。F1去勢牛肥育の場合
には粗飼料の質の選択幅も大きく、さらに肥育目標体重を2種選択できることに
なり、3肥育モデルのうち粗飼料肥育を実現するに当たって最も適応性のある肥
育方式と考えられる。


肉質について

 粗飼料多給時の黒毛和種と乳用種の肉質に関する試験結果や意見を総合すると、
黒毛和種去勢牛については脂肪色について影響が出やすく、乳用種去勢牛におい
ては脂肪色について黒毛和種去勢牛ほどの影響はなく、他の肉質に関する項目に
ついても現行の肥育方法に比べて差がないと予測できた。また、黒毛和種去勢牛
についても脂肪色の変化は皮下脂肪が大きく、他の部分については影響が少ない
と思われた。このことから、枝肉市場での評価には影響が大きく、精肉にされる
小売りの段階では問題が少ないと考えられた。

 粗飼料による肥育を推進する場合、同時に枝肉評価についても今までの考えを
変えることが望ましいとの意見があった。カロチン含有量の増加については、逆
にこの点を強調して販売を拡大する方策も考えるべきとの意見も聞かれた。さら
に、放牧肥育や粗飼料多給による肥育は、国土を生かした健康な牛肉生産法であ
るというイメージを作り出すことが重要であるとの意見もあった。


経営収支について

 最後に粗飼料肥育牛の経営収支(表3)について検討してみた。この調査の飼
料代は、自給飼料を作付け、収穫、調製した場合の費用を地代も含めて計算した。
一般にトウモロコシ、ソルガム、イタリアンライグラスは現物1キログラム当た
り10円以下が妥当とされているが、この調査で採用した粗飼料もサイレージに調
製された状態で8円程度となっている。黒毛和種去勢牛については、下方値を示
し、上方値は( )内に示してある。  

 表3に関する基礎的数値は畜産会、食肉市場で聞き取り調査を行い、全国的な
データと合わせて決定した。試算によれば、黒毛和種去勢牛の下方値を除くすべ
ての肥育モデルにおいて十分な収益が上がっている。これらの値は現行の濃厚飼
料肥育の場合よりも著しく高く、安価な粗飼料の給与が大きく収益に貢献してい
る。しかしながらこのような成果を上げるには極めて多くの良質の粗飼料が必要
となる。乳用種去勢牛を例にとれば、少なく見積もって16.3トンの良質サイレー
ジを給与しなければならない。現在日本では飼料作物の収量は10アール当たり6
トン程度と言われている。それから考えるとサイレージ調製時のロスを少なく見
積もっても1頭の牛を肥育するのに30アールの飼料畑が必要となる。また10アー
ル当たり4トン強の生産力の高い牧草地でも、放牧によるエネルギー消費を考慮
に入れると50アールが必要となる。同じようなことが他の粗飼料肥育モデルにつ
いても考えられる。これらの結果を見た人々が、粗飼料肥育はおろか、粗飼料で
50%くらいのエネルギーを補う粗飼料多給肥育でさえ不可能と考えるのは当然で
ある。しかしながら、近い将来に濃厚飼料の多給をさけるべき状況が確実に迫っ
てくると思われる。その時になって急に転向を図ろうとしても遅きに失すること
になりかねないのである。

表3 粗飼料肥育モデルの経営収支の試算
cho-t03.gif (54374 バイト)
 注:( )内は上方値


まとめ

 以上の粗飼料肥育モデル、経営収支モデルに聞き取り調査の検討結果を加えて
総合考察すると、以下のとおりである。

1) 粗飼料肥育(グラスフェッド)牛肉は、乳用種去勢牛においては比較的問
 題はないが、和牛やF1は本来肉質面である水準以上を狙う経営者が取り組むも
 のであるから、極端なグラスフェッドは、それらの良い面を壊しかねない。肥
 育後期における濃厚飼料による飼い直し期間を入れるなどの工夫は必ず必要で
 ある。

2) 粗飼料肥育牛肉生産は時期尚早であるし、困難である。生産者と消費者が
 産地直送や交流の場を通して、お互いに理解を深め、安全・安心の産物を低コ
 ストで生産する点で合意し、中山間地の利用拡大を図りながら普及させる方向
 に向かうことが望ましい。

3) 粗飼料肥育牛肉は、消費者にはすぐには受け入れられないのではないか。
 しかし、将来、消費者の意識が多様化するとみられるので、評価が得られる場
 が出てくる可能性は高い。その場合、自然志向派の若者、健康への関心の強い
 中高年層が関心を持つことになると思われる。

4) わが国の消費者の脂肪交雑への評価は、一朝一夕に変化するものではない。
 しかし、かつてのヤングビーフ生産で試験された経験など、出荷月齢の幾分か
 の若齢化や粗飼料多給肥育のデータを集積し、新しい時代に求められる多様性
 のある牛肉供給に対応する努力をすべきである。

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