★ 事業団から


畜産とITについて

渡部 紀之




はじめに

 表題の「畜産」及び「IT(Information Technology、情報技術)」の
どちらも、概念としては広範囲な内容を含んでいる上、最近はバイオテクノロジ
ーなど最新の技術も取り入れられつつあるが、自然(若干の人工的なものを加味
した)を応用している「畜産」と、まったくの人工的な技術を応用している「IT」
とがどのように結びつくのかについての説明を試みたいと思う。

 「IT」については、先の総選挙キャンペーンとして森首相が日本新生プランの
1つとして喧伝したこと、選挙後の記者会見や所信表明演説の中で景気回復と構
造改革の両立を図る手段として取り上げたことに加え沖縄サミットの課題の1つ
にもなった。また、選挙後の第二次森内閣発足に当たって高度情報通信社会推進
本部を「IT戦略本部」(本部長・森首相)に改組するとともに、平成13年度予算
の概算要求基準としてIT関連事業について日本新生特別枠として配分することを
表明し、それに続く各省からの概算要求には多くのIT関連事業が組み込まれたこ
とから、最近の新聞紙面にはITやIT革命が載らない日はなく今や流行語となって
しまった観がある。

 その関連で「IT」すなわちインターネットの利活用とそこから派生する事柄が
生産・加工・流通・消費全体を含む「畜産」とどのように関連するかについて記
すこととする。


ITについて

 ITについては、定義があるかどうか探してみたが筆者の力ではInformation 
Technology、情報技術という以上のものは探しえなかった。

 また、いつ頃から使われだしたかについては、1993年に米国のゴア副大統領が
提唱した「NII(National Information Infrastructure国家情報基盤整備)
構想」(通称「information superhighway(インフォーメーション・
スーパーハイウェイ)構想」)あたりまでさかのぼれることが分かった。

 同構想は、通信衛星、光ファイバー、ケーブルTVおよび携帯電話等のあらゆる
情報通信網(データ・パイプ)を通じて国および地方自治体等の公共機関、関係
団体、企業および家庭を結ぶ情報網を整備することによって、いつでもどこから
でも、電子商取引、各種届出・申請手続き、図書(資料)検索および情報交換等
を行える基盤整備を国家事業として取り組もうというものであった。

 一方、戦争やテロ攻撃によるネットワークの寸断を回避する軍事目的として、
1960年代後半から始まった分散型ネットワーク(後のインターネット)の研究開
発が、70年代、80年代には学術研究用として研究者間の情報共有システムとして
発展し、1991年のソ連崩壊による冷戦構造が終焉を迎え、軍事利用の必要性が薄
れたことと技術的に安定した通信ネットワークとして完成していたことから商業
利用に開放された。

 また、インターネットが商業利用に開放されたことによって、回線接続サービ
スを提供する民間プロバイダー(回線接続業者)が続々誕生し、電話回線を利用
したコンピュータ間接続が可能となったことから瞬く間にインターネットの商業
利用が世界中に広まり、同時に新たなビジネスチャンスも広がっていった。

 この、NII構想とインターネットの普及とがタイミングよく結びつき、米国では
ITを応用した起業活動が盛んになるとともに社会経済システム全体が活性化され、
90年代の米国の経済成長を支える原動力となった。またITは、21世紀初頭の経済
発展を支える画期的な技術であるとも言われ、グリンスパン米国連邦準備制度理
事会(FRB)議長は、「我々は100年に1度か2度の大技術革新に遭遇しているのか
もしれない」と述べている。

 したがって、ITとは「コンピュータの高性能化と低価格化による企業および家
庭への普及と通信技術の発達とインターネットの普及との相乗効果によって、そ
れを活用したeビジネス(電子商取引(Eコマース)や新たな情報サービス)等
の拡大発展を支えるハード・ソフトの全体を指す」と言えそうである。


ITによって何が起きているのか

 最近テレビコマーシャルにも登場してきている電子商取引(Eコマース)は、
大別すると企業間取引(B to B)および企業と消費者の取引(B to C)の2つに分
けられる。

 企業間取引の代表的な例は、部品(資材)調達とサプライチェーン・マネージ
メント(調達、流通および販売の総合管理)であり、部品、資材、食材等の原料
供給者と製造業者、製造業者と販売業者(あるいは供給業者と需要者)が問屋や
代理店等の仲介業者を経由せずに直接取引きできることから、従来の商取引に比
べて大幅な効率化とスピード化が図れるとともに、調達にかかるコストを削減す
ることがでる。そのうえ価格等が瞬時に比較できることから一番有利な者と商談
することができる取引形態である。

 企業と消費者の直接取引の代表的な例は、オンラインショッピングとホームト
レードである。

 オンラインショッピングでは、販売業者等がインターネット上に仮想店舗等を
開設し直接消費者にものを販売できるもので、カタログ販売に方式はよく似てい
るが、カタログを印刷する必要はなくカタログの郵送費も不要であり販売経費の
削減ばかりではなく資源節約にも寄与している。したがって、この方法では、店
舗を構える必要がない上、世界中の消費者に販売が可能であり、大は不動産(土
地、家屋、マンション等)や海外旅行から、小は本・雑誌や袋入りの菓子まで今
や何でもそろっている。

 また、ホームトレードでは、銀行取引(残高確認や振込み依頼等)や株・証券
取引が自宅に居たままでできるようになってきた。

 以上のことが急速に進展する結果、価格比較等が容易に行えることから、価格
競争が激化するとともに価格訴求力のあるものが優位となり、直販が増加し、仲
介業、代理業、店舗戦略にかなりの影響が出ることが予想される他、営業スタッ
フが過剰となる等、今後の経済システムが大きく変化することが予想されている。

 なお、電子商取引以外にも行政サービスや行政事務(許認可申請、証明申請や
届出手続き等)および情報公開や公共事業等の入札および結果の公表等を2003年
までに電子化・ネットワーク化する電子政府構想が進められており、行政コスト
の削減が期待できる他、国民の政治参加や行政監視が容易になる等、国民意識の
改革が期待されている。

 さらには、最近は携帯電話からインターネットへの接続、インターネットと接
続した家電製品まで登場等、単なる情報伝達サービス以外にも新たな情報サービ
スも急展開しており、社会経済システムのあらゆる分野にITが利用され、社会経
済構造を改革させつつあることから、これらを総称して「IT革命」と呼んでいる。


畜産とITについて

 畜産は生産から消費までさまざまな段階に切り分けられるが、ITがどのように
関わるかを具体的にするため、@生産段階(畜産経営)、A処理加工、B流通
(物流)、C販売(小売、レストラン等)D消費と分けて考えてみる。

 なお、畜産の場合は牛・馬の大家畜から豚・鶏の中小家畜まで畜種がさまざま
であり、生産物についてもできたものがほぼそのまま消費される生肉、牛乳、蜂
蜜や卵等のタイプと、生産物を高度に加工処理した乳製品やハム・ソーセージの
食肉製品等に区分される。


生産段階(畜産経営)におけるITの活用

 10年度に(社)中央畜産会が行った「情報利活用事例並びに情報ニーズ調査
(アンケート調査)」によれば、@疾病情報(48.6%)A配合飼料の成分・価格
(46.3%)Bふん尿処理の設備や技術の情報(41.4%)およびC種畜の能力(血
統、育種価等)(40.1%)については畜種に関係なく回答者の4割以上が「畜産
経営における情報ニーズとしてすぐにでも欲しい情報」に選んでいる。

 ITと関連付けて言えば、この内、@BおよびCは情報サービスの分野であり、
Aは電子商取引の分野である。

 畜産の情報サービスについては、行政および関係団体は既にインターネット上
で情報を提供しており、農林水産省畜産局および関係の各団体のホームページに
アクセスすれば瞬時に情報を得られる体制は整いつつある。

 特に、2つの行政機関、37の畜産関係団体および47都道府県の畜産関係情報の
ポータルサイトである「畜産情報ネットワーク(LIN、主管;農畜産業振興事業
団http://www.lin.gr.jp)」にアクセスすれば、生産(経営)から衛生、環境等
および加工、流通並びに消費者に関する広範な情報が得られる仕組みは既に完成
しており、今後、内容の充実とポータルサイトとしての機能強化が図られていく
に従って非常に有用な情報提供サービス体制ができあがることとなっている。

 なお、畜産経営を支援していく情報サービスとしては、家畜個体ごとの繁殖管
理や疾病管理および生産物の評価に関するフィードバックシステムやトレーサビ
リティにITを活用して行う家畜個体識別制度(耳標等による個体管理)が既に国
の事業として始まっており、モデル事業の段階まで進んでいる。

 また、例えば牛群検定データや酪農経営(経営診断)データ等の各団体が所有
する既存のデータベースを有機的に結合し、処理加工した上で付加価値を高め新
たな情報データベースとして、畜産経営の支援や営農指導の参考のための情報を
提供するような情報サービスも指定助成対象事業として取り組みが開始されてい
る。

 一方、電子商取引の分野では、筆者の知る限りでは畜産分野における生産者・
生産者団体(出荷者・出荷者団体)と加工処理業者又は販売業者との間での企業
間取引(B to B)については現在のところまだ行われていないが、直接消費者に
販売する(直販)バーチャル市場として有名な「楽天市場(http://www.rakuten.
co.jp)」には、牛肉やハム・ソーセージ等の食肉・食肉加工品が39店舗、牛乳や
チーズ等の乳・乳製品が9店舗および卵が9店舗の企業と消費者間取引(B to C)
が開設されており、また、LINの中では、(社)中央畜産会が「畜産・特産、こ
だわり市場」を開設し、全国各地から集まったいわゆるこだわりの畜産物が約2,
000アイテムが登録され、生産者等から商品を直接購入することも可能となって
いる。

 以上のような組織的なバーチャル市場の他に、インターネットにホームページ
を開設し、宣伝広告と兼ねて産直情報を作成掲載することが安価にできることで、
数多くの生産者・生産者団体が直接「B to C」に取り組んでいる。

 なお、前出の「畜産経営における情報ニーズとしてすぐにでも欲しい情報」の
内、A配合飼料の成分・価格(46.3%)は電子商取引の分野であるとしたのは、
情報ニーズとして「種畜(または精液)の価格(33.2%)」や「生産資材の製品
・価格(35.0%)」等も挙げられており、生産コスト削減のためには数社の製品
等の内容や価格を比較した上で有利なものを入手したいという願いが込められて
おり、それを可能とする手段としては電子商取引が考えられる。

 今後は、ニーズ次第でそれに取り組む者が登場してくるものと思われる。


処理加工、流通(物流)及び販売(小売、レストラン等)段階におけるITの活用

 処理加工、流通(物流)及び販売(量販店、小売店、レストラン等)、それぞ
れの段階におけるITについて述べるよりは、処理業者と販売業者間の企業間取引
とそれにつながる原料調達や物流関係を一連のものとしたサプライチェーン・マ
ネージメントとして理解した方が分かりやすいと思われるので、食肉を例にして
説明することとしたい。

 食肉が消費者に届けられるまでの経路は、一般的には、卸売市場を経由する
「生産者→卸売市場(と畜・解体、枝肉、競り)→大卸、中卸(部分肉加工、コ
ンシューマーパック)→販売業者→消費者」と食肉センター等を経由する「生産
者→食肉センター(と畜・解体、枝肉、部分肉加工、コンシューマーパック)→
販売業者→消費者」という流れとなっている。

 先の「B to C」では、生産者がと畜・解体からコンシューマーパックまでを専
門業者に委託し、最終製品を引き取り、消費者の注文に応じて宅急便等で配送す
るという方式をとっているのが普通であり、少量取引の場合は、この方法でもよ
いが、大量取引を行う商業ベースの場合は、それぞれの段階別の取引が行われて
おり、その間には保管(冷蔵庫)や物流およびそれぞれの営業活動も介在してい
る。

 現在の食肉センターには、枝肉で部分肉センターや販売業者へ卸す形態から、
センター内で部分肉からコンシューマーパックの最終製品まで製造する形態まで
さまざま存在する。この場合、後者の形態の食肉センターを想定し、販売業者は
量販店またはホテル、レストラン等の外食産業に食肉を卸す業者(パーベイヤー)
を想定することとする。

 食肉センターから販売業者への卸は、従前からの取引や系列取引または営業活
動によってなされ、販売業者は欲しい規格、品質および部分肉またはコンシュー
マーパック製品の数量、価格等を電話やFAX等によって伝達することで取引が成
立し、商品が届けられることとなっている。この間には代金決済や保管、配送等
さらに多くの人手と伝票類、企業内システムが介在している。

 従来、生鮮品は商品アイテムごとの規格・品質や日々の取り扱い品目が異なる
という商品特性から電子商取引にはなじまないと言われてきたが、輸入品の一部
にこの情報取引が始まっており、規格取引等の下地ができあがりつつある。こう
いったことから、国内でも電子商取引を推進してはどうかということで、(財)
食品流通構造改善促進機構では「生鮮食品等取引電子化基本構想」なるものを出
している。

 同構想については検討内容の報告書等が発行されているのでそれを参照してい
ただきたいが、概略は「標準商品コード」「EDI(電子的情報交換)標準」「商
品関連情報データベース・システム」によって、流通の各段階における取引を電
子化することで流通の合理化、効率化を早期に実現しようというものである。


ITを活用したより高度な電子商取引

 ITを活用したより高度な電子商取引についてこれから述べることは、筆者なら
こう考えるという段階のことであり荒唐無稽と笑われる可能性のあることを承知
で話を進めたい。

 食肉流通のそれぞれの段階におけるコンピュータ利用やITの活用は、すでに相
当取り入れられている。さらに商品のコード化や取引の手順手続き等の標準化を
行うことで、電子商取引の進展と、本格的なサプライチェーン・マネージメント
を構築することも可能である。

 商取引の基本は、供給者側が売りたい商品をいかに効率よく生産し販売するの
かということであり、仲に立つ者は消費者がどのような商品を望んでいるかを斟
酌して仕入れていくかということであり、この「販売したい」と「仕入れたい」
が一致することで取引が成立する。

 これをそれぞれ一方的に「販売したい」情報として、または「仕入れたい」情
報としてインターネットにホームページを開設し、実行することは可能であるが、
この方法では情報が点在するだけで、相互に信頼できる取引ができるか、代金決
済は問題なくできるか、納入期限、場所など物流は問題ないのか、クレーム処理
に的確に対応できるか等の不安が付きまとい迅速正確な取引までには相当の時間
を要するものと思われる。

 したがって、公的機関のような絶対的信頼機関が一種のコントロール機能を果
たすことと、会員制のインターネット情報や特定の者のみが参加できるイントラ
ネット(インターネット技術を応用した専用回線によるクローズドシステム)で
の情報交換の場を開設することで、これらのことを解決することができるものと
思われる。

 まず、食肉センター側は生産した(生産する)商品の情報(生産した商品の規
格、品質等と在庫量)を、販売業者側は仕入れたい商品の情報(商品の規格、品
質等と納入期限、場所および数量)を、ホームページを設置し、掲載することで、
「販売したいもの」と「仕入れたいもの」が広範囲にわたって探すことが可能と
なる。

 この情報を相互に確認すると同時に合意(取引成立)に達すれば、電子的に発
注書と出荷指示書が発行され、保管倉庫に配送のための輸送手段に併せた指示が
伝達され、商品が決められた納入時期、場所に届ける手続きがネットワークを通
じて瞬時に行うことが可能となる。

 これと併せて、電子マネーや電子的な銀行取引を通じた代金決済システムにも
同時に情報が伝えられ、銀行口座間の金の出し入れも瞬時に済ますことが可能と
なる。

 以上のことは、電子的な情報交換によることからほとんど瞬時に行うことが可
能であるが、この中で唯一電子化できないものは、商品そのものの集配送である。
ただし、トラック等の運搬機類を集配送に合わせ、集荷のみや配送のみの搬送と
はならないよう集配ポイントと路線経路情報に基づいて集配情報を上手く組み合
わせることで、空車率を少なくするような合理的配備についてITを活用して行う
ことができる。

 さらに、範囲を拡大して、食肉センターは販売業者(または消費者)の意向を
収集することで、生産者に対し消費者の望むものの生産を指示することができ、
生産情報もこのシステムに参加可能であれば、生産者、食肉センターおよび販売
業者間の三者取引も可能となる。

 したがって、これらを全部結合することで、調達から処理加工さらには販売お
よび物流、代金決済やクレーム処理までの壮大なサプライチェーン・マネージメ
ントを完成させることが可能となる。


おわりに

 電子商取引について、食肉の流通を例に説明したが、同様の考え方は「牛乳・
乳製品」や「卵」等の他の畜産物にも応用できるものと思われる。

 取扱高の大小や施設整備の大小等により、前述の仕組みをベンチャー的にやろ
うとすれば民間に委ねることも可能であるが、取引に参加する者が正当な者かど
うか認証する必要があることと、代金決済が絡むことから誰かが信用供与しない
と本格的な電子取引が機能しないこと、ネットワークへの不正侵入による破壊活
動から取引情報を確実に守る必要があることから、公的機関のような絶対的信頼
機関が一種のコントロール機能を果たすことが重要となろう。

 また、このネットワークによって、生産の動向、取引価格の公表や商品の評価
情報等を生産サイドや供給サイドに的確にフィードバックし、生産の合理化や効
率化を積極的に、価格破壊等流通の混乱をさけ、消費者に対する畜産物の普及啓
発が図られるものと考える。

 したがって、ITの活用は社会経済構造を改革するだけの力を秘めているものの、
価格競争の激化が「中抜き」現象等、コンピューター取引の社会的影響について
の十分な把握と対応等の確立が、合わせて望まれるところである。

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