◎今月の話題



畜産食品と免疫の働き

東京大学大学院 農学生命科学研究科
教授 上野川 修一





はじめに

 いまだに地球上には飢餓状態の子供達がいる。彼らは病原細菌やウイルスに感
染しやすく、そしてそれが原因で死に至ることが多い。このような時には、抗生
物質より一片の肉、一杯の牛乳、そして一個の卵が命を救う。肉、牛乳や卵によ
って体の抵抗力すなわち免疫の働きが高められ、病原細菌やウイルスに打ち勝つ
ことが出来るのである。

 結核患者はこの50年で激減した。この減少にも畜産食品の免疫を高める働きが
一翼を担っている。

 さらにはわが国が世界一の長寿を達成した背景には、畜産食品摂取の増加が大
きな役割を果たしているのである。

 ではなぜ畜産食品が免疫の働きを高めるのであろうか。

免疫の働き

 まず免疫の働きについて少し説明をしておきたい。

 免疫とは、O−157などの病原細菌や、インフルエンザ、エイズウイルスなどの
ウイルス、そしてそれだけでなく、がん細胞などの増殖を抑える体のしくみであ
る。 

 免疫系において働いているのは、リンパ球といわれる細胞や抗体といわれるた
んぱく質である。 

 これらは非常に高度で精巧な働きをしている。
  例えば一度侵入したものはその細部にわたって記憶しているし、また相手が危
険であるかどうかを識別する能力を持っている。その能力で相手を正確に捕らえ
て、解体してしまうのである。
 
 しかしこの免疫の働きは、どのようなものを食べるかで大きな影響を受ける。
食物によっては免疫の働きを高めることも出来るし、場合によっては働きを下げ
てしまうのである。畜産食品はその働きを高める代表的なものなのである。 

良質たんぱく質

 まず、畜産食品は良質のたんぱく質を多く含んでいる。

 良質のたんぱく質の摂取は、免疫系が働くために必要な高い機能の免疫細胞を
作り上げるのに必須である。これまで多くの研究は、アミノ酸のバランスに富ん
だたんぱく質の摂取は、免疫の働きを維持し、高めるのに大きな役割を果たして
いることを示している。肉、牛乳、卵のいずれの場合でも、含まれているたんぱ
く質はすべて栄養学的に優れた機能を持っている。 

ビタミン・ミネラル

 ビタミンも免疫の働きに必要な食品成分である。 

 特にビタミンAやEが重要である。ビタミンAは免疫細胞が活性化し、またビタミ
ンEはその強い抗酸化作用により免疫細胞が活性酸素によって損傷を受けるのを防
ぐ。ビタミンAはレバー、卵、バターなどに多く含まれている。ビタミンEも畜産
食品に含まれている。 

 ミネラルも免疫の働きに重要である。亜鉛やセレンには活性酸素を除去する酵
素の構成成分があり、これが不足すると免疫の働きは低下する。そしてこの亜鉛
やセレンは、肉製品や乳製品に含まれている。 

 以上のように、畜産食品は免疫の働きを高める成分をバランスよく含んでいる
のである。 

プロバイオティクス

 発酵乳製品などに含まれている生きた乳酸菌、すなわちプロバイオティクスの
免疫系に対する働きも注目されている。 

 アレルギーは免疫系が異常となり、自分を攻撃してしまう病気である。 

 最近、ヨーグルトなどに含まれているプロバイオティクスがこのアレルギーの
予防に役立っているとの研究報告が出されている。アレルギーの多くは免疫系を
構成する細胞の種類のバランスが崩れた場合に発症しやすいといわれているが、
これらプロバイオティクスはそのバランスを修復する働きがある。 

 また、発酵乳中のプロバイオティクスの中には、がん細胞の増殖を抑えるもの
があるとも報告されている。 

 免疫系には、体内に出来たがん細胞を抑える機構が備わっている。その役割は
ナチュラルキラー細胞が果たしているが、プロバイオティクスのあるものはこれ
を増加させる働きがあるという。 

 畜産食品の持つ免疫の働きを述べてきた。昨今、一部の畜産食品についてさま
ざまな理由からその安全性が議論されている。
 
 しかし本来、安全な畜産食品を組み入れた食生活は、われわれを健康で豊かな
ものにしてくれるのである。免疫の働きに対する畜産食品の貢献は、その最も重
要のものの1つであることを理解していただけたら幸いである。 


かみのがわ しゅういち

平成元年 東京大学農学部農芸化学科教授、6年 東京大学大学院農学生命科学研
究科応用生命化学専攻教授、同年 東京大学生物生産工学研究センター長併任、9
年 東京大学アジア生物資源環境研究センター長併任、昭和54年 日本畜産学会賞
受賞、平成12年 日本農芸化学会賞受賞。 
日本動物細胞工学会会長・顧問、文部科学省農学・教養視学委員、文部科学省科
学技術会議専門委員、独立行政法人食品総合研究所顧問などを歴任。


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