◎今月の話題




「無理だった、ではすまされない」
〜食料自給率の数値目標〜

明治大学客員教授 中村 靖彦


メニューに食料自給率

 この頃、会社の食堂のメニューに、カロリー表示があるのは普通になった。しかし、農林水産省の食堂のように、そのメニューの自給率まで表示してあるのは珍しい。

 「焼き魚定食67%」、「かつ丼45%」といった具合である。和風のメニューが自給率が高いのは当然だが、かつ丼のように「おや、なんでこんなに低いの?」と、疑問を抱かせる例もある。トンカツの豚肉も卵も、国内の農場から出荷される場合が多いが、豚や鶏を育てるえさは90%以上輸入に頼っているので、カロリーベースの自給率の計算では、極めて低い数字になる。"不思議だね"というような疑問から日本の食料問題へと話題が広がることを、農林水産省が期待しての試みだったのでしょう。ただ、こちらの表示の方は、街の食堂へはなかなか普及しない。計算が結構大変だからだろう。

 さて、この食料自給率は、いま難問に直面している。先進国中最低の40%という自給率を向上させようとの国の目標が、どうも達成できそうもないのである。40%ではいくらなんでも低すぎるからと、平成11年に成立した「食料・農業・農村基本法」では、「基本計画」で、平成22年に45%へ引き上げようという数値目標を設定した。ところが、平成10年から14年まで、5年連続で、40という数字は全く変わらない。基本法は、道半ばで進捗状況を検証することになっていて、そろそろその作業を始めなければならない。それなのに目標達成は無理で、特に知恵もない。これが直面している難問である。

数値目標設定の経緯  

 そもそも食料自給率の数値目標は、どんな経緯で設けられたのだろうか。話は、「食料・農業・農村基本問題調査会」にさかのぼる。新しい基本法を作るに当たっての、有識者による議論の場で、平成10年に答申を出した。この調査会で、自給率は重要な議題となった。低すぎる自給率を引き上げるためには、目標を定めて、皆が努力することが必要だとの意見が多かった。

 けれども、調査会の委員の一人として議論に加わっていた私は、反対であった。反対の趣旨は次のようなものである。

 「日本は計画経済の国ではない。自給率には食料生産と消費のあり方が関係するが、どちらも国が強制できるものではない。作るのも食べるのも自由な国である。それなのに、農家には何をどれだけ作って欲しい、と頼んだり、消費者には何を食べろ、何を食べるななどと言えるわけがない。となると、目標の数値を決めても結局実現しないことになる可能性が高い。」

 調査会の場でも、私は何度かこんな発言をした記憶がある。ところが、議論のやりとりをしている間に、ちょっと驚くようなことが起きた。日本中からの"数値目標を設定せよ"との大合唱である。農業団体、消費者団体、自治体、そして、各地方議会などなど、陳情の文章が山をなした。

 これを見て、私も"これは反対ばかり言っていてもまずいぞ"と思いましたね。議会となると、住民の代表でしょう。その決議に逆らうような発言は、私としてもしたくない。そんなに希望が強いなら、努力目標としての自給率の数値目標を設定するのもいいかもしれない、と私も考えを変えました。別に私のせいだけではないが、とにかく、自給率向上の目標は、2010年に45%、と設定された。

目標設定の後で

 ところが、設定された後で、私はまた驚いた。"数値目標設定を"と大騒ぎをした人たちが、その後何もしない。数値を決めれば、後は国がやってくれると思っているのか、熱気は急速に冷めてしまった。

 いや正確に言えば、農業生産側は努力したことはした。小麦、大豆などの生産目標は早くも達成されつつある。ところが、まだ自給率の向上に貢献する段階ではない。絶対量が少ないのと、なかなか需要に結びつかない。しかし生産の努力は、補助金のせいもあるがまあ多としましょう。

 消費者側とか自治体はどうしたことか。数値目標に向けて、何をしたのだろうか。自給率を下げているのは飼料の輸入が大きい。ならば、配合飼料一辺倒の畜産でいいのかどうか勉強してみるとか、自給率の高いご飯の消費を増やす努力をしてみるとか、そんな動きも感じられない。政府は、健康のことも考えた「食生活指針」を設定したが、あまり関心をひいていない。ただ"飽食"を欲しいまま、では自給率の引き上げなど達成されるわけがないのである。やはり日本は、自由の国で、数値目標は馴染まないのだと思う。

 ここで、私は"それ見たことか"なんて言うつもりはない。それどころか"結局無理でした。45%の目標は撤回します"ではすまない。"何とかしなければ"と思っている。「基本計画」の見直しでは、いろいろな工夫をして欲しい。たとえば、自給率ではなく自給力向上の数値目標は考えられないものか。農地面積をどう維持していくか、中堅となる農業生産者の数をどのくらい確保するのか、あるいは、大家畜のための牧草、わらの国内供給、などの数値目標である。このようないくつかの要素を考えて、その結果として45%という数字がついてくれば何よりでしょう。

 

なかむら やすひこ

プロフィール

 宮城県仙台市出身。昭和34年東北大学文学部卒。同年NHKに入る。仙台、鶴岡の支局を経て、本部教育局農事部、解説委員室解説委員となる。
 平成13年3月、解説委員を退任。現在、明治大学および女子栄養大学客員教授。農政ジャーナリストとしても活躍中。
 このほか、現在、食品安全委員会委員、食を考える国民会議幹事長、食生活情報サービス・センター理事などを勤める。
 主な著書に「食の世界にいま何がおきているか」(岩波新書−最新刊)「狂牛病−人類への警鐘一」(岩波新書)などがある。



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