◎調査・報告


酪農体験学習により小学生の牧場や
牛に対するイメージ・知識はどのように変わるのか?
〜酪農教育ファームにおける調査報告〜

国立大学法人 帯広畜産大学畜産学部 瀬尾 哲也



はじめに

酪農についてのパネルを使った説明を聞く子どもたち
 近年、農村や農業の持つ多面的な機能が見直され、牧場や農場を子どもたちや消費者に開放する農家が増加しつつある。酪農を営んでいる牧場の持つさまざまな資源を教育的に活用する「酪農教育ファーム」活動は、「総合的な学習の時間」や社会科の学習にも導入され、全国各地で酪農体験学習が盛んに行われるようになってきた。

 酪農教育ファームの発展を目指し、98年7月(社)中央酪農会議の提唱により酪農関係者と教育関係者で組織する「酪農教育ファーム推進委員会」が発足した。さらに翌年7月に酪農家を中心とした全国的な組織「地域交流牧場全国連絡会」が設立され、酪農教育ファーム推進委員会と連携しながら、消費者との交流活動を進めている。酪農教育ファーム1)は、酪農や農業、自然環境、自然との共存関係を学ぶことができる牧場や農場であり、以下の活動を目指すものと定義されている。

1.酪農生産現場である牧場や農場を教育の場として開放し、牧場や農場が立地する農村の自然景観と生活文化を通して、酪農や農業のもつ多面的機能や公益的役割、さらに環境保全やリサイクル型農業生産などについて、子どもたちに理解してもらえるよう働きかける活動

2.生命産業である酪農の特性や技術を生かして、学校や地域社会と連携しながら子どもの生きる力をはぐくむ「心の教育」や「生命尊重の教育」、「食の教育」を支援する活動 

3.日々生乳を生産する酪農家の努力や工夫、地域農業との結びつきや自然との共存の仕組み、牧場の家畜や動物の生態、さらにはわが国の食生活における牛乳や乳製品の優れた役割などについて、より確かな情報や知識を広めていく活動

 2001年度、酪農教育ファーム推進委員会は、安全や衛生管理、教育能力など一定の水準に達した牧場に対して「教育を行うのに適正な牧場である」と認証する「酪農教育ファーム認証制度」を設立した。2003年度上半期には16万2千人を超える消費者が酪農教育ファーム認証牧場を訪問している。2004年4月現在、認証牧場の数は174にも上る。(写真1挿入)

 近年、イヌ、ネコ、ウマのようなコンパニオンアニマルを中心としたアニマル・アシステッド・セラピー(アニマルセラピー)が各地で盛んに取り組まれるようになり、その効果に関する多くの研究が報告されている。例えば、飼い犬を撫でている時に飼い主の血圧が下がるという報告2)や、乗馬がうつ傾向や状態不安の軽減をもたらすという報告などである3)。家畜では、ヒツジやヤギに接触した前後に実施した質問票による回答を比較した結果、それらの動物に触れることにより、小学生の緊張が緩和されたことや、高校生や大学生の不安感、うつ性などの気分が改善されたことが報告4)されている。

 牛との触れ合いによるそのような効果に関する調査研究は少ないが、次のような報告がある。

 角屋 5)は、酪農体験学習によって「生き物に対する愛着心」、「命の尊重」、「自然を愛する心」が育成されることを報告した。筆者ら6)は、酪農体験学習後の小学生に牛を触った感想を質問し、「温かかった」「かわいかった」「柔らかかった」という多くの回答を得たことを報告している。これらは前述の酪農体験学習が目指す活動の 2. に関連した成果である。

 しかしながら、1. および 3. で定義されている活動すなわち酪農や農業、家畜、乳製品に関する知識の増加について調査した報告はない。  

 そこで本研究は、酪農教育ファームで体験学習を実施した小学生を対象に、体験学習前後を比較し、牧場の仕事や牛および牛乳に対する知識やイメージが、どのように変化するかについて調査した。

表 調査学校概要

調査方法

 2003年8月下旬から9月上旬にかけて、北海道内の酪農教育ファーム認証牧場であるリバティヒル広瀬牧場7)、カントリーファーマーズ藤田牧場8)、(有)渡辺体験牧場9)での酪農体験学習を実施した北海道内の7小学校(4年生および6年生合計347人)を対象にアンケート調査を行い、342人の回答を得た(表)。

 牧場で行われた体験学習のうち、3牧場に共通する内容は、牛の体の特徴、牛の一生、酪農の仕事についての説明と、その後の搾乳体験および乳製品作りであった。体験学習の所要時間は75〜125分間であった。

 作成した調査票の質問項目は、牧場の仕事に対するイメージと知識、牛に対するイメージと知識、牛乳に関する知識や好みについてとした。体験学習前2週間以内および体験学習後2週間以内に、各学校の教室で匿名で回答していただいた。体験学習後の調査表には「体験後の感想」という質問項目を増やしたが、これ以外は体験学習前後ともすべて同じ質問項目とし、その変化を調査した。質問項目の詳細は次の通りである。

1.牧場の仕事に対するイメージ

問:「牧場の仕事についてどんなイメージをもっていますか」

答:「くさい・いいにおい・力を使う・汚れる・楽しい・かっこいい・のんびりしている・いそがしい・やりがいがある・大変・その他」の中から選択。(複数回答可)

2.牧場の仕事に関する知識

問:「牧場の人はどんな仕事をしていると思いますか」(自由回答)

3.牛に対するイメージ

問:「牛について、どんなイメージをもっていますか」(自由回答)

4.牛に関する知識

問:「牛の体の特徴や、生活などについて知っていることは何ですか」(自由回答)

5.牛乳の好み

問:「牛乳は好きですか」

答:「好き・嫌いだけど飲む・嫌いなので飲まない・アレルギーなので飲めない・どちらともいえない」の中から一つ選択。

6.牛乳に関する知識

問:「牛乳について知っていることを教えてください」(自由回答)

7.体験後の感想(体験学習後の調査票のみ)

問:「体験してみてどのように思いましたか。感想や驚いたこと、感動したことなどを書いてください」(自由回答)

 調査票は5名(調査票記入時の学校欠席者など)を除く342人から回収することができた。質問項目1.〜6.に対する回答数をWilcoxonの符号化順位検定(P<0.05)を用いて比較し、どの回答項目に、体験学習前と体験学習後の回答数の間に有意な変化が認められたかについて明らかにした(有意であった回答項目には図中に*を記した)。

 質問項目7.において自由に記述された体験学習後の感想は、その内容が何について書かれたものであるか分類した。

結果および考察

(1)牧場の仕事に対するイメージ(図1)

 牧場の仕事に対するイメージで最も多かった回答は、体験学習前では「くさい」「いそがしい」であった。これらについての体験学習後の回答数は体験学習前とほとんど変わらず、有意な増減は認められなかった。

 次に多かった「汚れる」「力を使う」という回答は、体験学習後には有意に減っていた。「汚れる」というイメージの有意な減少は、牧場の環境整備への努力と配慮の成果と言えよう。体験学習を実施した牧場は花壇やプランターに多くの花が植えられ、牛舎内外ともきれいに清掃されていた。また搾乳体験で使う牛もきれいにブラシをかけられており、牛体にふん尿がついていない。また体験学習中、児童自身が汚れることがなかったことや、牧場のスタッフが汚れた作業着を着用していなかったことも理由として考えられる。また、「力を使う」というイメージが有意に減少した理由としては、実際に農作業を見学することはなかったものの、トラクターを見ながら現在の農作業は全部機械で行うという説明を受けたり、放牧地までトラクターに乗って行ったりという体験があったからだと考えられる。

 一方、体験学習後に有意に増加したイメージは、「やりがいがある」「楽しい」というものであった。牧場の仕事には、忙しいけれども乳製品を作る楽しさがあるという話を聞いたり、実際にバターやアイスクリームを作ったりという体験から興味がわき、牧場の仕事に対する好感が増したと思われる。

 以上のように牧場の仕事に対するイメージは、酪農体験学習によって、「汚れる」「力を使う」というマイナスイメージは減少し、「やりがいがある」「楽しい」といったプラスのイメージが増加したと言える。

図1 牧場の仕事に対するイメージの変化
注:*は有意差あり(P<0.05)

(2)牧場の仕事に関する知識(図2)

 牧場の仕事には「乳搾り」「えさやり」「掃除」「世話」があるという回答が、のべ回答数の半数以上を占めている。いずれの回答も体験学習後は増加傾向にあるが、有意差が認められるほどではなかった。ほとんどの児童が、これらの知識を既に牧場での体験学習前から持っていたと思われる。

 「子牛の世話」「出産の手伝い」に関する知識は体験学習後、有意に増加した。すべての牧場で、出産時の世話の大変さを強調して説明していたことや子牛を実際に見たり触れたりする体験があった結果であると思われる。

 一方、有意に減少したのは、「牛の手入れ」に関する知識であり、体験学習前は11あった回答が、体験学習後には0になっていた。おそらく、ブラシをかけられきれいにされた牛に触れてはいても、ブラシをかける様子を見ることがなく、それについての説明もなかったためと思われる。

図2 牧場の仕事に関する知識の変化

注:*は有意差あり(P<0.05)

(3)牛に対するイメージ(図3)

 「あたたかい」というイメージが有意に増加したのは、直接牛に触れたことにより牛の体温を肌で感じることができ強く印象に残ったためと思われる。

 「模様がある」というイメージは有意に減少し、体験後の回答数は0であった。実際の牧場で、ホルスタイン種でも斑紋のほとんどない牛や、ブラウンスイス種などの斑紋のない牛を見たことや、体験学習前には「模様がある」という程度の漠然としたイメージだったものが、ホルスタイン種を見て「白黒である」という具体的なイメージに変わったことが理由であろう。

 牛は「大きい」というのが体験学習前に最も多かったイメージではあったが、体験学習後もこのイメージに対する回答はさらに増加していた。

図3 牛に対するイメージの変化
注:*は有意差あり(P<0.05)

(4)牛に関する知識(図4)

搾乳体験

 牛の体の特徴に関する「胃が4つ」「上の前歯がない」「反すう」「乳頭が4つ」という回答や「雄は肉になる」という回答は、体験学習後、有意に増加した。すべての牧場で、これらの知識は強調して話されていた。

 「草を食べる」や「鼻輪」についての回答は有意に減少した。「草を食べる」の減少の理由は、サイレージや配合飼料などの生草以外の飼料を見聞きしたことにあり、「鼻輪」の減少は、体験学習を行ったすべての牧場の牛が鼻輪をしておらず、鼻輪を付けた牛を一頭も見なかったためと思われる。

 牛に対するイメージについての回答(図3)と牛に関する知識についての回答(図4)の間で重複した回答がみられたため、それらの回答を合計して統計分析してみると、「大きい」と「かわいい」が体験学習後、有意に増加したことが分かった(「大きい」:241人から291人、「かわいい」:14人から32人)。

図4 牛に関する知識の変化
注:*は有意差あり(P<0.05)

(5)牛乳に関する知識(図5)

 調査した全農場で、バター作りかアイスクリーム作りのいずれかが実施されたにもかかわらず、全ての回答項目において有意な増減はみられなかった。作り方の説明はあっても、牛乳の成分や栄養価といった「牛乳そのもの」についての説明はほとんど行われなかったためであろう。

図5 牛乳に関する知識の変化

注:すべての項目で有意差なし

(6)牛乳の好み(図6)

 牛乳が「好き」と答えた児童は220人から228人へわずかに増加したものの、有意になるほどの大きな変化にはならなかった。

図6 牛乳の好みに関する変化

注:すべての項目で有意差なし

(7)体験学習後の感想(印象に残ったこと)(図7)

 「牛との触れ合い」「搾乳体験」「牧場で聞いた牛に関する話」に対する感想が最も多かった。これらはいずれも「乳製品作り」に対する感想を上回った。

図7 体験学習後の感想(印象に残ったこと)

注:すべての項目で有意差なし

まとめ

 酪農体験学習により、牧場に対する「汚れる」「力を使う」といったマイナスのイメージは減少し、「やりがいがある」「楽しい」といったプラスのイメージが増加した。酪農体験学習は、児童に農業への興味をもたせるよいきっかけ作りになると思われる。

 牧場の仕事や牛乳に関する知識に比べ、牛そのものに関する知識は、体験前後で有意に増減した項目が多かった。牛の胃の数、前歯の形態、反すう、雄牛は肉牛として育てられるといった牧場スタッフから聞いた知識のみならず、児童自らも牛が鼻輪をしていなかったことを発見している。また、自由に記述した感想の中にも牛に関する知識について書いた児童が多かった。

 酪農家が体験学習の受け入れを行う目的の一つに、牛乳、乳製品の消費拡大がある。しかし、体験学習前後で、牛乳の好みの変化や、牛乳に関する知識の増加は認められなかった。前述したように、調査を行った牧場では、牛に関する説明が中心で、製品としての牛乳に関する説明はほとんどなかったためと言えよう。そこで、これからは牛乳の成分や栄養価、安全性、季節による乳成分や味の違い、乳製品の種類、牛乳を使った料理などにも触れ、学習の幅を広げることも考えられる。さらに牧場で行う体験学習のほかに、出荷された生乳が乳製品になるまでの製造過程や、売り場での乳製品の種類、パッケージに書かれた表示などを学習するために、乳製品工場やスーパーマーケットと連携を図ることも効果的であろう。

 加えてイギリス、EUを中心に広がる家畜(動物)福祉政策や、近い将来予測される国際獣疫事務局(OIE)の国際的家畜福祉ガイドラインの設定10)にも目を向ける必要がある。今後、日本でも家畜福祉を考慮した飼育管理が求められるはずである。酪農教育ファームの活動には、生産者が家畜の飼育管理状況を積極的に消費者に公開し、生産する者の考え方や日々の努力を正しく伝えていく場としての重要な役割も期待される。

 酪農教育ファームの活動は、生産者と消費者との距離を縮め、信頼関係を築く貴重な場となるであろう。今後の発展に大いに期待するところである。

謝辞

 本調査の遂行にご協力いただいたリバティヒル広瀬牧場、カントリーファーマーズ藤田牧場、(有)渡辺体験牧場、調査小学校の皆様に深く感謝申し上げます。なお、本調査は、帯広畜産大学草地畜産専修(別科)の神山雄貴氏、増井彰宏氏、村越俊介氏の平成15年度特別研究として実施したものです。



<引用文献>

1)酪農教育ファーム推進委員会、酪農教育ファームホームページ(http://jdc.lin.go.jp/edf/index.html

2)横山章光「アニマル・セラピーとは何か」日本放送出版協会、1996

3)岡本敬子ら「乗馬前後における騎乗者の身体平衡機能および心理的変化」日本家畜管理学会誌:

39(1)16-17、2003

4)岡本全弘ら「ヒツジおよびヤギとの接触が小学生の気分に及ぼす影響」日本家畜管理学会誌:

39(1)66-67、2003

5)角屋重樹「酪農の有する教育的効果の実証研究(要約)」社団法人中央酪農会議・酪農教育ファーム推進委員会、2002

6)伍代正樹編著「酪農教育ファーム」酪農総合研究所、2000

7)リバティヒル広瀬牧場ホームページ(http://www.uemons.com/

8)カントリーファーマーズ藤田牧場ホームページ(http://shikasho.pos.to/fujita/

9)渡辺体験牧場ホームページ(http://www5.ocn.ne.jp/~wataiken/

10)松木洋一ら編著「日本とEUの有機畜産」農文協、2004




元のページに戻る