◎今月の話題


ヒトと家畜の共通感染症

国立感染症研究所 獣医科学部 第一室長 神山 恒夫

1 人獣共通感染症とは

 人間は餌付け、囲い込み、繁殖の管理などを行うことで動物を家畜化し、さまざまな利用価値を見いだしてきた。しかし、同時にそれは動物が保有している感染症の病原体が人間に伝播する機会を増大させることにもつながった。

 ある病原体によってヒトとヒト以外の脊椎動物の両方が同様の症状を示すとき、これは人獣共通感染症と呼ばれる。人獣共通感染症には、

・ 動物を本来の宿主とする病原体がヒトへ感染する動物由来感染症、

・ ヒトを本来の宿主とする病原体が動物へ感染するヒト由来感染症、

・ 病原性は不明であるが、ヒトと動物の両方から分離される微生物による感染

などが含まれる。

2 家畜と人獣共通感染症

 次ページの表に人獣共通感染症の感染源/病原巣としての観点から、各種脊椎動物をグループ分けして示す。このうち家畜に関しては、日本は諸外国に比べて飼育数は必ずしも多くはなく、いわゆる畜産国とは呼ばれない。このため、家畜はわが国における人獣共通感染症の原因動物としての危険性は低いと思われがちである。しかし、家畜から得られる乳肉産品をはじめとした動物性食品やそのほかの畜産物の利用度は世界的に見ても高く、国内供給で不足する分については輸入もされている。また、魚介類の消費量においてわが国は世界のなかでも抜きんでた存在となっている。これらのことは、わが国における人獣共通感染症の感染源として家畜(魚介類)は最も重要な動物種の1つとして十分注意をする必要があることを示している。

3 家畜由来感染症の伝播

 家畜由来感染症の伝播経路には、感染源である家畜との接触などによって直接ヒトにうつる直接伝播と、感染源家畜による環境の汚染や病原体を含んだ畜産食品の摂食など、ヒトとの間に何らかの媒介物が存在する間接伝播の2つが考えられる。また、産業動物としての家畜の飼養や、畜産物の加工従事者の間では職業上の感染のリスクが高くなることが考えられる。さらに、食品をはじめとした畜産物は広く消費者の間に流通することから、家畜および畜産物の衛生管理には特に慎重な取り扱いが求められている。

 これら家畜由来感染症の伝播経路と感染のリスクグループを家畜の飼養から利用まで順に模式図として次ページに示す。家畜の飼養や畜産物の加工・利用に伴う感染のリスクを過小評価することは許されないが、正しいリスク評価に基づいて適切な対策を講ずることでリスクの回避は可能であり、それによって、家畜や畜産物の利用価値は大きく向上することは説明するまでもない。

1)飼養者

 わが国の家畜衛生は高いレベルにあり、通常は家畜の健康管理が比較的徹底している。しかし家畜の飼育密度が高い場合には、飼育集団にいったん感染症が侵入すると感染動物数が多くなり、ヒトへの伝播の機会も増加する恐れがあることを忘れてはならない。

2)獣医師

 特に獣医師は病気の動物と接触する機会が多いために、感染症をうつされる危険性も高い。家畜感染症の専門家として、自分自身の健康被害を防ぐためのみならず、家族や周囲の人へ感染被害が及ぶことを防ぐために必要な防護措置をとることが求められる。

3)加工従事者

 多くの病原体はふんや尿とともに感染動物から排泄される。従って、排せつ物による汚染を避けることのできない畜舎やと場などは病原体による汚染の機会は高く、作業に従事する職業はハイリスクグループに属すると言える。

4)消費者

 根本的な対策としては家畜衛生を徹底させることで病原体保有動物を駆除し、加工・流通過程の衛生的な管理運営を行うことである。しかし、消費者に対する情報の提供と教育・啓発活動も大きな効果をもたらすものと期待される。

4 おわりに

 家畜は経済・産業動物として、われわれ人間を取り巻く動物のなかでも特殊な存在といえる。このことが家畜由来感染症の特徴やそれに対する対策にも強い影響を与えている。家畜由来感染症対策については国や自治体による家畜衛生対策、輸入検疫、獣医学と医学の密接な連携による基礎研究の推進など、多岐にわたる取り組みが必要とされる。今回は紙面が限られていたために部分的な解説にとどめたが、機会を改めて家畜と人獣共通感染症について掘り下げて考察したい。

参考文献

1「動物由来感染症、その診断と対策」(神山、山田編)、真興交易(株)医書出版部、2003
2「これだけは知っておきたい人獣共通感染症」(神山恒夫著)、地人書館、2004


かみやま つねお
プロフィール

1969年、北海道大学獣医学部卒業。
同年、厚生省国立予防衛生研究所(現国立感染症研究所)入省。
現在に至る。

元のページに戻る