★ 農林水産省から


「平成16年度 食料・農業・農村白書」の概要
〜畜産をめぐる情勢を中心として〜

大臣官房情報課
情報分析室 大竹 匡巳


はじめに

 平成17年5月17日、平成16年度食料・農業・農村白書が閣議決定の上、国会に提出、公表された。
 
  今回の白書は、本年3月に策定された新たな「食料・農業・農村基本計画」で示された農政改革の基本方向について、国民の理解と関心を深めることをねらいとして、最近の食料・農業・農村の情勢変化や農政改革のポイントを中心に作成している。
 ここでは、白書の中から、特に畜産をめぐる情勢を中心に説明していく。

国民の食の安全・安心に対する関心の高まり

 国民は、現在、かつてないほど多様で豊かな食生活を享受している。その一方で、近年、輸入農産物における基準値を超えた農薬の残留、食品の偽装表示、国内や米国でのBSEの発生など食の安全・安心を脅かす問題が相次いでおり(表1)、国民の食の安全・安心に対する関心は高まっている。
 
  食品供給の各段階別に消費者の不安感をみると、輸入農産物や農畜水産物の生産過程、製造・加工工程に不安を感じている割合が高く、小売店や家庭での取り扱いの段階に不安を感じる割合は低くなっている。このように、生産者、製造業者などと消費者の間の距離感の違いが、消費者の食の不安感に影響を与えているとみられる。

表1 近年の食の安全・安心等に関する主な出来事
 

資料:農林水産省作成

 また、消費者自らの対応策として、食品の安全性に関する知識が増えた者のうち5割の者は、値段より安全性を重視する行動をとっている(図1)。さらに、問題を起こした業者の買い控え行動をとるなど、食の安全・安心を重視した購買行動をとるようになってきている。


図1 食品の安全性に関する知識と食品の購買行動の変化
(食品の安全性に関する知識)

 

資料:農林漁業金融公庫「食生活や食育に関するアンケート調査」(16年8月公表)

注:1)全国の主婦を対象として実施したインターネット調査(回答総数2,047)。
  2)「過去1年間で食品の安全性に関する知識が増えたかどうか」を聞いたものである。
 


「食」と「農」お互いの顔のみえる関係づくり

 食品の安全性を確保するために様々な取り組みが行われているが、食にかかわる様々な問題の原因としては、豊かな食生活を国民が享受する過程で、食べる側である「食」と作る側である「農」との距離が拡大し、生産から流通、消費にかかわる各主体の顔が互いに見えにくくなったことが挙げられる。そして、これらの距離の拡大を背景として、各主体に求められている社会的な役割を十分に果たし得なかったことも影響している考えられる。
 
  このため、今後とも行政などは適正なリスク管理により食品の安全性を確保した上で、「食」と「農」の距離を縮小するため、互いの顔の見える関係づくりを進めるという観点に立って取り組みを進めることが重要である。
 
  具体的には、まず消費者と生産者・事業者の信頼関係を構築することが基本であり、生産者・事業者は、農薬取締法やJAS法などに規定されている制度を確実に守っていくなどの社会的責任の自覚と実践が重要である。
 
  また、消費者は、食の安全に関する情報などを正しく理解し、正確な知識や経験によって裏打ちされた受信力とともに、消費者のニーズを生産者・事業者による活動や行政施策に的確に反映させていくため発信力の向上が必要である。

BSEなどの影響による食肉の需給構造への影響

 平成13年9月、わが国で初めてBSEの発生が確認されて以降、17年4月までに国内で17例のBSEの発生が確認された。海外では、15年5月にカナダ、同年12月には米国で初めてBSEの発生が確認され、わが国では、これらの国からの牛肉等の輸入を停止した。また、15年12月以降、アジア地域や北米で高病原性鳥インフルエンザが相次いで発生し、これらの国から家きん肉等の輸入を停止した。16年1月にはわが国でも79年ぶりに発生が確認された。
 
  このような状況を背景として、わが国の食肉の需給構造は大きく変化した(表2)。牛肉需要量は13年度に大幅に減少した後、低水準で推移する一方で、牛肉の代替需要などから豚肉需要量が増加した。鶏肉需要量は堅調に推移していたが、16年の輸入停止により輸入量が減少した。このため、15年度の牛肉、豚肉、鶏肉の需要量は5年前と比較して14%減、12%増、2%増と変化はあったものの、食肉全体の需要量はほぼ同水準となっている。

表2 畜産物の需給動向                           (単位:千t)

 

資料:農林水産省「食料需給表」
 注:牛肉、豚肉は枝肉ベース、鶏肉は骨付き肉換算値、鶏卵は殻付き卵換算値、牛乳・乳製品は生乳換算値である。
 

 一方、家計の生鮮肉の購入量は、毎年、一定の季節変動を繰り返しながら緩やかに減少している(図2)。しかし、家計に占める牛肉、豚肉、鶏肉の割合をみると、BSEや高病原性鳥インフルエンザの発生により、各畜種の割合が変動し、発生以前の割合まで回復しないなど、消費者は家畜疾病に敏感に反応し、より安心できる畜種の食肉を購入している。
 
図2 生鮮肉の家計購入量の推移
 

資料:総務省「家計調査」
 注:農林漁家世帯を除く全世帯(2人以上の世帯)での値である。


生産コストの削減や省力化の推進による経営体質の強化


 近年の畜産経営の動向をみると、総飼養頭数は減少傾向で推移しているが、飼養戸数は小規模層を中心に減少しているため、1戸当たりの飼養頭数は増加傾向にあり、着実に規模拡大が進展している(図3)。


図3 乳用牛、肉用牛の飼養戸数・頭数の推移
 

資料:農林水産省「畜産統計」

 このような飼養規模の拡大や飼養施設の整備・拡充により大規模層ほど低コスト化や省力化が図られているが、平均でみると、生産費や労働時間はわずかな低減にとどまっている。9〜14年度における飼養管理時間と生産費の変化をみると、酪農経営では、搾乳牛1頭当たりの飼養管理時間は4.8%、生乳100キログラム当たりの生産費は5.8%の低下にとどまっている。一方、肉用牛肥育経営においては、去勢若齢肥育牛1頭当たりの飼養管理時間は14.8%の低減が図られたものの、もと畜費の上昇などにより、去勢若齢肥育牛1頭当たりの生産費は1.4%増加した。
 
  こうしたことから、今後は、地域の条件や経営実態に応じた多様な経営展開を推進し、生産コストの削減や省力化を図ることが必要となっている。具体的には、耕作放棄地や転作田、林地などの放牧による有効活用、コントラクターによる飼料作物の生産などの外部化、公共牧場などを活用した牛の預託によるほ育・育成の外部化、フリーストール・ミルキングパーラーやほ乳ロボットなどを活用した省力化などへの取り組みが重要となっている。


自給飼料に立脚した畜産物生産体制の確立

 自給飼料生産の推進は、食料自給率の向上、安全・安心な畜産物の供給などにおいて極めて重要であるが、利便性や労働力の負担などにより輸入粗飼料に依存する傾向にある。飼料作物の生産動向についてみてみると、農家戸数の減少や飼料生産労働力の不足などから作付面積は減少傾向にあり、15年度には約92万9千ヘクタールとなり、5年前と比べて4.1%の減となった(図4)。飼料作物の単収も、栽培・収穫作業の負担が大きい青刈りトウモロコシの作付けの減少などから減少傾向にある。


図4 飼料作物作付面積等の推移
 

資料:農林水産省調べ。
 注:生産量は、TDN(可消化養分総量)ベースである。

 一方、通常の水稲の栽培技術を活用し、湿田でも生産可能な稲発酵粗飼料の増産が進められている。多収、病害抵抗性、耐倒伏性などの特徴をもつ専用品種の開発・普及も行われており、稲発酵粗飼料の作付面積は10年度では48ヘクタールであったが15年度では5,214ヘクタールとなった。このような稲発酵粗飼料の生産の推進には、耕畜連携が重要である。また、畜産経営を支えるサービス事業体として育成が図られているコントラクターの中には、飼料作物生産の受託からTMRの調製・供給、家畜排せつ物のたい肥化・散布などを総合的に行うものもあり、耕畜連携を図る上でもその重要性は高まっている。今後、さらに耕畜連携の推進やコントラクターの育成などを通じて、飼料生産を促進することが重要である。


家畜排せつ物の適正管理と利用の促進

 家畜の排せつ物の処理については5年間の猶予期間を経て、16年11月から全面施行となった「家畜排せつ物の管理の適正化及び利用の促進に関する法律」の下、家畜排せつ物の不適切な管理の解消を図るため、たい肥化を基本とした多様な施設整備の推進が行われている。
 
  一方、畜産経営は、経営規模の拡大に伴い、家畜排せつ物を自らの経営耕地へ還元することのみで処理することが困難な場合がある。特に、畜産経営が多い地域の中には、家畜排せつ物の発生量がたい肥として農地に還元できる量を超えているとみられる地域もある。このため、家畜排せつ物の農地への適切な還元を行うためには、耕畜連携を基本としたたい肥の広域流通に向けた取り組みが必要である。さらに、メタン発酵や燃焼による発電など、地域の実情に応じた家畜排せつ物の高度利用技術の開発・普及を行うことが重要である。


農業生産と環境負荷の低減

 地球規模での環境問題が顕在化する中、国民の環境問題に対する意識が高まっている。また、農業者は、農業生産活動を通じて、地域の環境と深いつながりをもっており、環境保全において大きな役割を担っている。
 
  農業は、本来、自然に順応する形で働きかけ、上手に利用し、循環を促進することによって、その恵みを享受する生産活動である。その一方で、農業は、施肥、防除、家畜飼養などの生産活動の段階で、大気、土壌、河川・湖沼、地下水などの環境に対し、環境負荷を与えるリスクも有している(図5)。

図5 農業生産活動による環境負荷発生リスク
 

資料:農林水産省作成。

 消費者ニーズや農業生産のコスト削減に対応するため、効率性を追及した農業生産が展開されてきたことにより、農薬や肥料、家畜排せつ物などの不適切な利用などによる環境への負荷の増大に対する懸念が高まっている。このため、農業の持つ自然循環機能の維持増進を図ると同時に、環境負荷の低減を図ることが求められている。

環境保全を重視した農業への転換

 今後、農業に対する国民の信頼を得るとともに、農業の持続的な発展を図るためには、わが国農業生産全体のあり方を環境保全を重視したものに転換していくことが不可欠である。そのためには、多くの農業者によって環境との調和のための基本的な取り組みが着実に実践されていくことが最も大切である。
 
  このため、農林水産省では、作物の生産および家畜の飼養・生産について、基本的な取り組みを整理した「環境と調和のとれた農業生産活動規範」を17年3月に策定した。農業者への助成措置にに当たり一定の環境要件の達成を義務付けるクロス・コンプライアンスの考えに基づき、17年度より可能なものから、この規範の実践と各種支援策を関連付けていくこととしている。また、以上に述べたような個々の農業者による取り組みと合わせ、地域環境を保全するために、地域農業関係者が意識を高め、農業生産活動に伴う環境の負荷を大幅に低減させる取り組みを広げていくことが重要である。


平成16年度白書の構成

 以上、畜産をめぐる情勢を中心に16年度白書について紹介したが、白書全体の構成は、以下のようになっている。
 
  なお、その他詳細については、白書本体をご参照いただきたい。


―特集―
 食料・農業・農村をめぐる最近の情勢変化とこれらの変化を踏まえた新たな「食料・農業・農村基本計画」に基づく農政改革の必要性や改革の基本的視点などについて記述。

―トピックス―
 頻発する気象災害と新潟県中越地震、戦略的な農産物輸出の促進、地域ブランド化への動き、農産物貿易交渉への取り組みなど、平成16年度の特徴的な出来事4本について記述。


第1章 食の安全・安心と安定供給システムの確立

 食の安全・安心をめぐる情勢変化や食の安全および消費者の信頼確保に向けた取り組み、BSE問題などへの対応について記述。
 また、食料自給率について、新たな目標の下での関係者の重点的な取り組みについて記述するとともに、食生活の現状を踏まえた地産地消や国民運動としての食育の推進について記述。
 さらに、経済成長が著しい東アジアの農産物貿易の動向の変化、WTO農業交渉やFTA交渉の取り組みについて記述。

第2章 農業構造改革の加速化と国産の強みを活かした国内農業生産の展開

 最近の農業生産や農家経済の動向、新規就農者の動向などについて記述。
 また、農業の構造改革の加速化の方向として、担い手政策の改革、経営安定対策の新たな展開、農地制度の改革、地域農業の再編・活性化について記述。
 さらに、国産の強みを活かした農業生産の展開方向として、食の安全及び消費者の信頼確保、地域ブランド化、食品産業の需要への対応、農業技術の革新・開発、農産物輸出の推進について記述するとともに、環境保全を重視した農業生産の推進について記述。

第3章 農村地域の再生と美しく活力ある農村の創造

 農村の高齢化や混住化などが進行するなかでの農地や農業用水などの地域資源の保全管理の動向、バイオマスの利活用の動向について記述。
 また、活力ある農村の創造に向けた地域の主体的な取り組みの方向として、産業との連携、女性や高齢者も含めた人材・組織の育成、農村現場での関連機関の連携について記述。
 

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