◎専門調査レポート


畜産経営における衛生管理の取り組みの実態と今後の課題
〜農場段階のGAP(適正農業基準)とHACCP方式の導入の検証〜

九州大学大学院 農学研究院
教授 甲斐 諭


1.はじめに 〜調査研究の背景と問題意識〜

 周知のように平成13年のBSE発生以降、輸入農産物における農薬の残留、食品の不正表示などの国民の食の安全に対する不安を増大させる事態が続出した。このため、食品の安全性の確保のための必要な措置を講じることなどを基本理念とする「食品安全基本法」が平成15年5月に成立し、さらに同年6月には「食の安全・安心のための政策大綱」が公表され、産地段階から消費段階に至るリスク管理の確実な実施や消費者の安心・信頼の確保のための政策の展開方向が示された。

 平成15年12月に全国主要都市に在住する一般消費者1,021名(食料品消費者モニター)を対象に実施されたアンケート調査によれば(回収率98%)、「現在、興味を持っている農林水産行政」では、「食の安全と安心の確保」が75.8%でトップであり、第2位の「食料自給率」の9.4%を大きく引き離している〔1〕。年代別に「食の安全と安心の確保」への興味をみると30歳代が83.0%、40歳代が80.3%と成長段階の子供を養育中の世代で関心が特に高いことがわかる。今や「食の安全と安心の確保」は非常に重要な社会的関心事であるといえよう。

 同アンケートの中の「生産者に最も望むこと」をみると「安全・安心」が最も多く51.1%であり、第2位の「有機栽培、無農薬・減農薬」の23.9%を大きく凌駕している。年代別に「安全・安心」をみると30歳代が57.4%、40歳代が57.8%であった。

 では、消費者の食品供給の各段階における消費者の不安感を図−1からみると、第1位は「輸入農産物・輸入原材料等」であるが、「農畜水産物の生産過程」は第2位になっており、生産段階における不安感が大きく、「農場から食卓までの衛生管理」においては農場段階の衛生管理が消費者の不安解消にとって非常に重要であることが指摘できる。

 以上の各種アンケートをみると、消費者が行政に対して「食の安全と安心の確保」を、生産者に対しては「安全・安心」を期待するのは、「農畜水産物の生産過程」への不安を抱いているからであると考えられる。従って、食の安全・安心の確保には、「産地段階から消費段階に至る一貫したリスク管理」、「農場から食卓までの衛生管理」が必要である。しかし、現実には畜産経営における産地段階や農場での衛生管理の実態について調査した研究は数少ない。

 本稿では、このような問題意識のもとに畜産経営における衛生管理について実態調査した結果を提示し、今後の畜産経営における衛生管理のあり方について考察する。

図−1 食品供給の各段階における消費者の不安感
資料:平成15年度食料品消費モニター第1回定期調査(食品の安全性・食品のトレーサビリティについて:15.7)より


2.食品工場におけるHACCPと農場におけるHACCP方式の区別

 HACCPはHazard Analysis and Critical Control Pointの頭文字をとったもので「危害分析重要管理点」と訳されており、欧米の先進国において、あらゆる種類の食品業界で導入されている。コーデックス委員会の「HACCPシステムおよびその適用のためのガイドライン」によれば、HACCPはあらかじめ科学的根拠に基づいて、原材料および製造加工の各段階で起こりうる危害並びに制御方法(危害分析:Hazard Analysis:HA)を明らかにし、さらに最終製品の安全性を保証するために、特に重要な工程(重要管理点:Critical Control Point:CCP)において、危害の発生を防止するための手順、操作を設定して管理する手法である。

 わが国では、94年にPL(製造物責任)法が制定され、95年に施行されたが、HACCPの世界的な導入動向を踏まえた食品衛生法および栄養改善法の改正が必要になり、95年に「食品衛生法及び栄養改善法の一部を改正する法律」が公布され、96年より施行された。改正の主な内容は(1)国際化に対応した食品の安全対策、(2)食品健康に係る営業規制の見直しと自主衛生管理の推進、(3)食品を通じた健康づくりであり、具体的対応として「総合衛生管理製造過程の承認制度」が97年度より施行された。

 食品の安全性確保にはHACCPの導入が有効であるが、従来、わが国においてはHACCP手法は厚生労働省の「総合衛生管理製造過程の承認制度」の中で取り扱われ、6種類の食品製造業(乳、乳製品、食肉加工品、魚肉練製品、容器包装詰加圧熱殺菌食品(レトルト食品など)、清涼飲料)が承認の対象となっており、農場段階の取り組みは対象になっていない〔2〕。従って制度的にみて「農場段階のHACCP」というより「農場段階のHACCP方式」というべきである。

3.HACCPとGAP、GMP、GHPとの関連

 上述のように農場段階の衛生管理が重要になってきているが、HACCPは工場段階の汚染排除対策としての衛生管理であり、農場段階の衛生管理はまだ一般化されていない状況である。

 一般的に農産物、例えば野菜は図−2のように農場で生産され、工場で加工され、流通過程を経て消費される〔3〕。現在のHACCP制度はその総流通過程における工場段階の衛生管理を担当しているに過ぎない。

 農産物の総流通過程における各段階における衛生管理は、同図のようにHACCPのみならず、GAP、GMP、GHPによって分担されるべきものである。流通段階や消費段階における一般的衛生管理プログラムは適正衛生規範(GHP:Good Hygienic Practices)に相当する事項であり、農業生産段階においては適正農業規範(GAP:Good Agricultural Practices)、製造工場においては適正製造規範(GMP: Good Manufacturing Practices)で衛生管理される。これらの規範をもとに、作業担当者、作業内容、実施頻度、実施記録などを具体的に文書化した衛生標準作業手順書(SSOP:Sanitation Standard Operation Practices)を作成し、それに基づき衛生管理が実施される〔3〕。

図−2 野菜のHACCP、GAP、GMP、GHPの関係
資料:日本施設園芸協会『生鮮野菜衛生管理ガイド〜生産から消費まで〜』より作成。

 家畜の生産段階におけるHACCP方式のシステム概念図は図−3のように示される。HACCP方式の基本的な概念を家畜の生産段階に適用する場合は(1)健康な素畜・飼料を導入・確保し、(2)その素畜を清潔で衛生的な作業環境下で飼養管理することにより家畜への危害の汚染防止を確実に行うこと(一般的衛生管理)、(3)飼育・出荷時の家畜および畜産物の取扱いにあたってはHACCP方式の導入手順により特定の病原微生物を制御、あるいはある一定レベルまで低下させる管理手法を実施することが必要である。家畜の生産段階でHACCP方式を導入するためには、前提条件として(2)で述べた一般的衛生管理が非常に重要であるが、この一般的管理プログラムがGAPと呼ばれており、衛生管理項目として、(1)原材料(素畜、飼料、飲料水など)、(2)施設(設計、設備、保守、衛生管理)、(3)家畜の取り扱い、(4)飼養従事者(従事者への衛生教育の訓練)、(5)家畜の運搬が例示されている。

 農場段階ではGAPを前提条件にしてHACCP方式が成立するものといえよう。しかし、GAPとHACCP方式を峻別した議論はまだ一般的になされていないので、以下の論述ではGAPとHACCP方式を統合して畜産経営における衛生管理ということにする。

図−3 畜産経営における衛生管理
資料:全国家畜畜産物衛生指導協会『肉用牛経営における衛生管理について』2003年より作成。


4.肉用牛経営の生産段階における衛生管理の実態

(1)経営の概要

 調査対象として福岡県宗像市に立地する農事組合法人薄農場(以下、薄農場と略称)を選定した。薄農場は豪州や北海道から導入したアンガス種と黒毛和牛の交雑種を主体に約4,000頭を飼養する日本を代表する多頭肥育経営である。衛生的に生産された高品質の牛肉は首都圏生協や九州内の量販店などを通して販売されている。約10年前から同農場では、経営の安定と安定した生産・販売を可能にするために産直に主眼を置いて取り組んでいる。

 
農事組合法人薄農場代表理事 薄一郎氏(右)と筆者(左)  

薄農場の肥育牛舎概観

(2)HACCP方式導入の経緯と効果

 BSEを契機に、HACCP方式の導入へ動き始めた。BSEによって価格の低下も起こったが、それ以上に生産物が売れないという状況に陥った。そこで現代表理事の薄一郎氏は、まずは「売れるもの」の生産を行うべきであるという発想の転換を行った。BSE発生までは規模の拡大を重視していたが、その後は安全性や品質の向上に重点を置いた経営に転換している。同氏は「生産のあり方を根底から見直していく中で、生産者は特に安全性に関して責任を持つべきであるという考えに至り、牛肉フードチェーンの中の流通・加工段階以前に、農場段階で生産者が安全性の徹底を行っていかなければならないと自覚するに至った。」と述懐されている。

 BSE発生以前は、ほとんどが卸売業者を介した取引だったので、BSE発生後、売り上げは半分以下まで落ち込んだ。しかし、当時、一部取り組んでいた産直での販売状況をみると、取引先によっては販売額減少が15%程度でしかなかった。生産者自身が消費者に安全な商品を届けることがいかに重要であるか思い知らされ、大きく方向転換を図ったそうである。同氏は「一般に生産者は困難に直面すると他人に責任を転化するが、それは自分の責任放棄であり、そんなことをやっていては信頼を得られない。商品に対して責任を持つことが信頼を得るための前提条件である。HACCPは、自分達がやらなければならない課題を洗い出すための手段の1つであり、その中でやれることを1つ1つ解決している。衛生や安全性を高めようとする中で、養鶏業者とも出会い、医薬品販売業者や地元家畜保健衛生所の関係者とも相談し、HACCP導入を推進している。HACCPには記録などが必要であるので、トレーサビリティにも有効で、認証取得や付加価値を付けるためだけではなく商品に対して責任を持つことによって安全なもの、すなわち売れるものができる。HACCP方式の導入は意識改革の側面が大きく、その結果品質が高くなる。」とHACCP方式導入の経緯と効果を述べられている。

(3)HACCP方式導入の現状

 HACCP方式運用のためには、従業員の知識・技術レベルが一定である必要がある。従業員の増減があれば、その時々で教育を行わなければならず、時間がかかる。しかし、これから作成していく指示書・CCP・SSOPをわかりやすく簡潔にまとめられれば、誰が見てもわかるようになり教育もしやすくなると予想される。そこで研修会を開催することにした。参加メンバーは、薄農場の職員、飼料メーカー、地元家畜保健衛生所、担当開業獣医師であり、医薬品販売業者の(株)A社がコーディネーターとなり、平成14年2月から月1回ペースで研修会を開催している。

 なお、A社が主催する講習会には農場の従業員数名が参加し、HACCP方式導入に向けての取り組みの機運を高めていったとのことである。

 コーデックスマニュアルを使用し、現在は危害分析の段階まで研修を終了している。既存の略式のものを利用せず、自分達で1つ1つ積み上げていっているので、ここまで到達するのに開始から2年の年月を要している。これからCCPの作成に入るが、ペースを上げて、今年度中の運用を目標としている。しかし、CCPや指示書の作成においては、膨大な量の書類の作成が必要となる見込みである。

(4)HACCP方式の内容とHACCP方式導入による経営変化

 記録は基本的にはコンピューターで管理しているが、一部で書類による管理も行っている。記録管理に関してはマニュアルや記録表の作成中で定まっていないので、導入が容易なもの、マニュアル化ができているものから導入している状態である。

 牛の個体管理は電算管理を行っている。今後は動物用医薬品などに関しても電算管理を進めていく予定である。電算管理はエクセルベースのものであり、統合システムを持つソフトがないので、現段階では治療に関する項目、給餌に関する項目などが連動しておらず、個別のシートに作成されている。今後は管理を効率化するために各項目間の連動が課題である。

 同農場では認証取得などを目的としてHACCP方式を導入したわけではなく、自分達の生産物に対する安全性の保証および生産レベルの向上の一手段として取り組みを開始した。従って、生産現場従業員の意識改善を最大限重視し、従業員の教育に力を入れている。研修会への参加や(株)A社の研修会に従業員が交代で少人数でも参加することによって、従業員全体に意識変化の波及があると考えている。実際、去年頃から従業員からの改善提案が出るなど変化が具体化してきている。衛生環境に関しても効果が目に見えて出てきている。

 意識改革が進んだ結果、以前ならば面倒で終わっていたことが、やらなければならないこととして行動するようになり、従業員の中から新しい取り組みが始まっており、行動面にも積極性が出てきている。しかし、コスト面での変化は特に見られない。作業手順の確認を行い、作業内容を記録し、チェックを行わなければならないため、作業の手間がかかるようになっている。その分コストアップは多少出ているものと思われる。

(5)具体的なHACCP方式の取組み〜薄農場と全国の比較〜

 ここではわれわれが調査した現在の薄農場の取組み状況を平成14年度に全国家畜畜産物衛生指導協会が実施した全国の経営の取組み状況(全国調査〔4〕)と比較しつつ、わが国の肉用牛経営の農場段階のHACCP方式の実態について検討しよう(表−1参照)。

 薄農場は「飼料販売業者への衛生上の条件」を「つけている」が、全国的(100頭以上層、以下同様)には36%である(表−2)。薄農場ではポストハーベスト農薬未使用原料、遺伝子組換え体でない原料を飼料の衛生上の条件としている。

表−1 衛生管理に関する調査対象農場の飼養概数など
(単位:戸、%)
資料:「肉用牛経営における衛生管理について」(全国家畜畜産物衛生指導協会)より

表−2 飼料販売業者への衛生上の条件
(単位:%)
資料:「肉用牛経営における衛生管理について」(全国家畜畜産物衛生指導協会)より

 「購入飼料についての検査の実施」をしているが、全国的には13%でしかない。薄農場では「購入飼料の栄養成分検査」を「時々実施している」(全国10%)が、残留農薬検査と細菌検査はしていない。しかし、購入飼料の伝票を帳簿やパソコンに保存している(同36%)。

 「給与飲水の検査を実施」しており(同33%)、細菌検査も「時々実施している」(同16%)。また「導入牛の仕入れ先への衛生上の条件」をつけており(同29%)、「予防接種証明書」の添付を条件としている(同20%)。「導入後すぐに予防接種」をしており(同42%)、「疾病検査も実施」(同9%)している。

 農場内の衛生管理をみると「専用の衣服を決め」(同41%)、「専用の履物を決めている」(同52%)。「清掃・衛生基準のある場所」は「農場出入口」(同23%)である。「ハエ等の衛生害虫の駆除」を「不定期に実施している」(同59%)し、「予防接種プログラム」を「作っている」(同25%)。「予防接種の記録」は「記録している」(同26%)し、「診療・健康管理で使用した薬」は「全部記録している」(同26%)。「健康管理の見回り」は「毎日行っている」(同96%)し、「見回りの記録」を「記録している」(同9%)。「病気発生時の連絡先」は「開業獣医・管理獣医師」(同55%)と農業共済診療所(同46%)である。「糞・固形分の処理方法」は「肥料化」(同96%)であり、「尿・汚水の処理方法」は「農場内処理」(同26%)。

 「出荷先からの衛生条件の有無」は「常時ある」(同17%)ので、「出荷時の衛生基準」を「作ってある」(同54%)。「出荷時の衛生基準の内容」は「牛体の清潔度(洗浄)の検査」(同75%)が中心である。しかし、その「記録はしていない」(同86%)のが現実である。「出荷牛の格付け検査成績」を「毎回もらっている」(同86%)し、「出荷牛の食肉衛生検査成績」も「毎回もらっている」(同29%)。しかし、「出荷牛の食肉衛生検査成績」を「活用していない」(同9%)のは、今後の課題の一つである。

 薄農場の「農場段階にHACCPを導入する方式」をみると「全てに設定」されており(同19%)、「HACCPを導入する際に必要なこと」は「畜産生産者の意識・教育」(同55%)、「役所の助言・指導」(同7%)、「情報の提供」(同7%)を指摘している。「HACCPに関する情報の提供・講演会の開催」(同51%)。を望んでいる。

(6)今後の経営展開と行政との連携

 薄農場では、情報の公開を目標にホームページを準備している。自分達の手で管理していくことによって、生産者としてやるべきことが見えてくるのではないかと見込んでいる(コンテンツを増やすためには作業内容や記録管理などの点において見直しが必要)。また、情報を公開する以上、何年も同じ情報では意味がないので、常に改善していく意識が維持できる。

 衛生管理に関しては、現在、短期・中期・長期、それぞれでできることを洗い出して、それを1つ1つ進めている。すべてのことを今出来るわけではないが、少しでも早く取り組み始めることによって他の生産者との差別化も図れると期待している。

 経営面から見て、BSEのような大問題が起こっても安定した経営が出来るようにしたいので、そのためにいろいろな取り組みをしなければならないと考えている。いろいろな販売方式をそろえて消費者に対応していきたい。消費者が不満なのは、生産者が後追いになっていること。消費者は生産には立ち入れないのだから、生産者が消費者の求めるところに歩み寄るべきである。国際的に見ても日本は遅れている。宣伝も必要だが、宣伝できるだけの材料の確保が必要である。

 農場段階におけるHACCP方式の導入に関しては、行政(県や家畜保健衛生所など)は指導の立場ではなく相談相手であると考えている。行政もHACCP方式導入に関してのノウハウは持っておらず、研修会などを通じて一緒に検討を重ねながら勉強しているような状況である。導入例が少ないので、他との比較が出来ず、現状の把握が困難である。

 行政には次の点を要望している。(1)消費者からみれば、フードチェーンにおいて、生産・加工・流通の区別はなく、生産者の一括りである。したがって、協力体制を築いていかなければならない。(2)研修会を行いながら行政側も生産者側も学んでいくことで、全体としてもレベルアップが図れる。(3)行政も遅れている部分があり、スピードアップしなければならない部分もたくさんある。HACCP方式に関してはどちらが先というのではなく、一緒に作り上げて行きたい。


5.養豚経営の生産段階における衛生管理の実態

(1)宮崎県の養豚概要

 
薄農場の飼料保管庫
   

 宮崎県内には13農協があるが、養豚課(部会)を管内に擁する農協は都城農協と尾鈴農協のみである。養豚はこの2農協に集中しつつあり、その他の農協は肉用牛(宮崎牛)生産に傾斜している。養豚農家数でみると尾鈴農協は宮崎県内で都城農協に次いで2位である。ただし農場規模や飼養頭数では尾鈴農協の方が多頭化が進んでいる(母豚2,000経営もある)。都城農協は母豚100頭以下の小規模経営が主流の農協である。現在、宮崎県の農協ではHACCP方式はあまり浸透していないが、養豚経営のみならず肉用牛経営や養鶏経営などの規模の大きい経営(従業員数を雇用している経営)ではHACCP方式の導入が検討されている。

 宮崎県は、「宮崎ハマユウポーク」の産地である。これは素豚(ランドレース種×大ヨークシャー種)を限定し、デュロック種をかけて3元交配(LWD)した銘柄豚である。宮崎県の畜産試験場から譲り受けたランドレース種(L)と大ヨークシャー種(W)の純粋種を宮崎県経済連で2元交配(LW)し、F1の雌豚を農家に販売して、農家段階でデュロック種を交配している。デュロック種に関しては、指定種豚場(繁殖専門の経営)が販売している。

 豚は現在約70%が人工授精で交配しているので、指定種豚場も精液販売を行っている。これによって通常7〜10頭の母豚当たり1頭の種付け用デュロック種が必要だったが、現在では20〜25頭の母豚に1頭の雄で充分な状態になっている。人工授精により個別経営の雄豚飼養の負担が軽減されている(雄豚の価格は母豚の約3倍である)。雄頭数の減少分を母豚の飼養に当てている。「ハマユウポーク」は宮崎県で年間14万頭程度出荷されており、宮崎県全体の豚出荷頭数約138万頭の約1割を占めている。

(2)有限会社尾鈴ミートの経営概要とHACCP方式導入の契機

 調査対象経営の有限会社尾鈴ミート(以下、尾鈴ミートと略称)の社長の遠藤威宣氏は尾鈴農協の養豚部会(42戸)の部会長を務めている。同氏は豚の生産段階から販売、消費の拡大運動までを視野に入れて活動している。飼料から豚肉の流通ルートまで独自に形成したいと考えている。銘柄(「尾鈴豚」)の確立に情熱を傾けている。

 飼料は商系と農協から単味で購入し、自家配合している。販売先は系統出荷(宮崎県経済連)である。宮崎県経済連の販売ルートに乗せて、生協や量販店へ「宮崎ハマユウポーク」の銘柄で出荷している。経営状態は豚が高値で販売されており、現在安定している。

 生協(グリーンコープ)へは宮崎県綾町にある綾豚会を通して販売を行っている。この綾豚会は、もともと、綾町の養豚農家によって構成されたグループであるが、同氏はグループの趣旨に賛同して参加している。このグループを通しての販売が主体であり、生協販売の余分量は宮崎県経済連を通して量販店などに販売している。

 
(有)尾鈴ミート社長遠藤威宣氏(右)とご子息の太郎氏(左)中央は筆者
   

 子息の遠藤太郎氏は尾鈴養豚部会の青年部に属している。この青年部の後継者のグループが約2年前からHACCP方式の導入を検討し、経済連が後押しして導入を図っている。経済連職員と共に研修を受けに行った後、医薬品販売業者のインストラクターに指導を受けながら導入を図っている。HACCP方式は衛生管理手段としてだけではなく、技術の高度化・平準化を図る手段とも位置づけている。

 自分達が作ったものに対する責任をしっかりさせるためであり、グリーンコープとの取引の中で将来的には必要になるのではと考えている。それは、医薬品販売業者が持ってきた研修会の案内が契機(3日間×4回)になっている。取引相手が生協であるので自己防衛の意味もある。注射針の残留は致命的な失敗になり、基本的に治療薬は使わない方向であるが抗生物質の使用経歴も何らかの記録がなければ証明にならない。

 抗生物質の使用は体重30キログラムまでという契約だったが、離乳直後までに自主規制している。生協との契約内容は抗生物質未使用、注射針の残留無し、エサの指定(non-GMO)である。抗生物質の使用などを厳しく設定しているため、若干事故率は高い。

(3)HACCP方式導入の現状と内容

 現状作業の分析、危害分析のための書類作成に手間を取っている。項目数が多いため、時間がかかり、なかなか進めない。書類の作成は作業終了後の17時以降に行っているが、集会があればそちらを優先しなければならず、空いた時間がまとまっては作れない。専門的に行う人を雇用したいが、そうなるとまた経費がかかるので専任担当者の雇用は困難である。

 実際に現場で行っている作業内容を従業員に書いてもらって、現状作業分析シートを作成し、その分析を行っている。これは、尾鈴ミートにおけるCCPである。マニュアルがあるわけではなく、現状分析からCCPを作成している。

 医薬品販売業者からコーディネーターの資格を持つ人に月1回来てもらってHACCP方式導入を進めているが、書類の作成に慣れていないと困難である。特にパソコン利用の機会が増えるので、パソコンの駆使が不可欠である。

 最近では「とりあえずできることから」に方向転換し、注射針などの使用記録から取り組みをスタートしている。消毒・清掃関係のSSOPも今後に作成する意向である。何回か講習を受けた中でSSOPになりそうな部分がわかっているので、そこから開始して、全体を構築していく計画である。

 出入りの関連業者に対して農場外から入ってくるものは記録を提出してもらっている。例えば、サプリメント、ワクチン(ロット番号・保管温度・有効期限)、資材(注射針・消毒薬)、エサ(自家配合のため原材料のみ)の情報を紙媒体で提出してもらっている。

(4)具体的なHACCPの取組み〜尾鈴ミートと全国の比較〜

 ここではわれわれが調査した現在の尾鈴ミートの取組み状況を平成12年度に全国家畜畜産物衛生指導協会が実施した全国の経営の取組み状況(全国調査〔5〕)と比較しつつ、わが国の養豚経営の農場段階のHACCP方式の実態について検討しよう(表−3参照)。

 尾鈴ミートは「飼料販売業者への衛生上の条件」を「つけている」が、全国的(500頭未満、以下同様)には10%である(表−4)。しかし、尾鈴ミートは「購入飼料についての検査」、「購入飼料の栄養成分検査」、「残留農薬検査」を実施していない。「細菌検査」は「ときどき実施」し(同0%)、「家畜保健衛生所」で実施している(同1%)。

 「導入豚の仕入れ先への衛生上の条件」を尾鈴ミートはつけており(同43%)、「予防接種証明書」(同33%)と「疾病抗体検査証明書」(同15%)の添付と「特定疾病が発生した場合の補償」(同3%)を条件としている。「導入豚の隔離検査」(同23%)「導入豚の疾病抗体検査」(同17%)も実施している。「導入豚の疾病抗体検査」は「製薬業者関係」に依頼している(同6%)。

 農場内の衛生管理をみると尾鈴ミートでは「豚舎ごとの飼養管理人」を「決めている」が、それは全国的には31%である。「外来者用の履物」(同48%)、「豚舎ごとの衣服」(同8%)、「豚舎ごとの履物」(同14%)を決めている。「清掃・衛生基準のある場所」は「飼料タンク・飼料置き場」(同6%)、「豚舎内」(同18%)である。「洗浄・消毒基準のある場所」は「豚運搬車両」(同13%)だけである。「農場内の衛生害獣・衛生害虫等の防除基準」が「作ってある」(同26%)ので、それに従って「ネズミ」(同40%)を対象に駆除が「不定期に実施されている」(同51%)。「ハエ等の衛生害虫の駆除」を「不定期に実施している」(同62%)。

 「疾病予防等の飼養豚の防疫措置」を「作っている」(同32%)が、「防疫措置の記録」は「記録していない」(同70%)段階である。「予防接種プログラム」は「作ってある」(同53%)し、「予防接種の記録」も「記録している」(同52%)。「抗生物質の投与基準」は「作ってある」(同34%)が、「抗生物質の投与の記録」は「記録していない」(同74%)状況である。しかし、「微生物検査の記録」は「記録している」(同9%)。「微生物検査の実施機関」は「製薬業者関係」(同4%)と「家畜保健衛生所」(同32%)である。

 「疾病抗体検査の記録」(同29%)は残されている。「疾病検査の対象疾病」は「豚マイコプラズマ肺炎」(同36%)、「豚ボルデテラ感染症」(同40%)等である。「抗体検査の検査機関」は「製薬業者関係」(同11%)である。

 「豚舎内の異常豚の見回り」を「毎日行っている」(同91%)が、「異常豚の見回り記録」が作成されていない(同76%)。「疾病陽性豚の処理基準」と「疾病陽性豚の処理記録」も作成されていない(作成していないが、それぞれ79%、79%)。病気が発生したときの相談先は「種豚業者関係者」(同5%)、「製薬業者関係者」(同29%)、「家畜保健衛生所」(同45%)である。「注射針の残留事故に関する措置」は「決めている」(同52%)し、「残留事故に関する措置内容」は「できる限りすぐ除去」(同34%)、「スプレー・耳標で識別」(同22%)、「記録する」(同18%)ことになっている。

 「ふん・固形分の処理方法」は「肥料化」(同90%)であり、「尿・汚水の処理方法」は「農場内処理」(同54%)である。「出荷時の衛生基準」は「作ってある」(同21%)が、「出荷時の衛生基準の記録」は「記録していない」(同76%)のが実態である。

 「と畜場における出荷豚の格付け検査成績」を「もらっている」(同88%)し、「と畜場における出荷豚の食肉衛生検査成績」も「毎回もらっている」(同38%)。「食肉衛生検査成績をもらう」のは「出荷する農協・会社等」(同38%)であるが、それは獣医師などにいてもらうこともなく、衛生管理に活用されていないようである。

 「農場段階にHACCPを導入する方式」をみると「特定重要事項に限定」されており(同12%)、「簡単な作業手順から」(同36%)となっている。「HACCP方式を導入する際必要はこと」は「畜産生産者の意識・教育」(同45%)であり、「HACCPに関する講習会・講演会への出席」は「ある」(同13%)ものの「HACCPに関する情報の提供・講演会の開催」を望んでいる(同50%)。

表−3 安全性確保に関する調査対象農場の飼養概要など(一貫経営)
(単位:戸、%)
資料:「養豚経営における衛生管理について」(全国家畜畜産物衛生指導協会)より


表−4 飼料販売業者への飼料の衛生上の条件
(単位:%)
資料:「養豚経営における衛生管理について」(全国家畜畜産物衛生指導協会)より

(5)HACCP方式導入による変化

 
放牧されて元気に育つ繁殖用の雌豚は人懐っこい
   

 現段階では、目に見えた大きな効果は特にないが、従業員の知識・教育の底上げに効果あり、種付けを週の前半に行うことにより分娩日を集中させるとともに、出荷日を平日にできるように1週間を単位としたウィークリー養豚管理が取組みやすくなっている。記録管理が進み、給餌量・食べた量・残量、分娩から離乳までの食べた量、子豚の生まれたときの体重、離乳後の体重、出荷日齢、季節による体重の増減、価格の変動が記録されている。しかも「全農ピックス」を利用してパソコンでデータ管理がなされている。その記録を基に価格変動に合わせた出荷計画が可能になりつつある。

 危害分析を考えながらの作業であるため、作業工程の手間はかかるようになった。例えば注射針の管理や様々な書類の作成と管理に手間がかかるようになった。しかし、資材やエサの使用記録が残るので、また資材の散らばりの防止や失敗をしないようにする意識の変化が現れてきたので、いずれはコストダウンになるのではないか期待している。

 年間1母豚当たり出荷頭数は18頭ぐらい出来ればいい方であるが、なかには小規模で優秀な農家は24〜25頭出荷している。ただし、大規模農家の場合だとロットが大きいため、小さなミスがあると影響が大きく18頭以下になる傾向にある。大経営は従業員を使うことも出荷成績を落とす原因であるので、HACCP方式の導入による従業員の意識向上により出荷成績が向上することが期待される。


6.むすび 〜畜産経営における衛生管理の今後の課題〜

 「農場から食卓までの衛生管理」が必要になっているが、畜産経営にHACCP方式を導入するのは一般には困難である。しかし、本稿で取上げた2事例はともに(1)自分の生産した農産物に責任をもつことが販売を確実にするとの信念からHACCP方式の導入に踏み切っている。(2)生協出荷が中心である。(3)HACCP方式導入の途中段階ではあるが、(4)団体、行政、医薬品販売業者などの協力を得て着実に進めている。などの共通項があることが明らかになった。

 今後、多くの畜産経営にHACCP方式の導入を推進していくには、(1)経営者に対する関連情報・知識の習得機会の付与が必要である。また、(2)現在、医薬品販売業者がHACCP方式導入を主導しているが、今後、多くの経営に普及していくためには行政や団体が深く関与する必要があり、そのためには行政と団体の職員への研修機会の付与が不可欠である。


〔追記〕

 本稿を作成するに際し、薄一郎代表理事と遠藤威宣代表には情報や資料の提供などお世話になった。また農林水産省消費・安全局衛生管理課と宮崎県経済連養豚課からは適切な指導助言を、記して、御礼申し上げたい。

参考文献

〔1〕農林水産省消費・安全局『平成15年度食料品消費モニター第2回定期調査結果』P.3、2004年。

〔2〕甲斐諭「食品製造過程へのHACCP手法導入による安全性確保と消費者信頼」『長期金融〜HACCP手法による食品の衛生管理・品質管理の取組みの現状と課題〜』第88号、2003年1月、PP.1−7.

〔3〕日本施設園芸協会『生鮮野菜衛生管理ガイド〜生産から消費まで〜』

〔4〕全国家畜畜産物衛生指導協会『肉用牛経営における衛生管理について〜新しい食品の衛生管理手法HACCP方式の理解のために〜』2003年。

〔5〕全国家畜畜産物衛生指導協会『養豚経営における衛生管理について〜新しい食品の衛生管理手法HACCP方式の理解のために〜』2001年。


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